働かざるもの食うべからずVol.3

 

「一億総生活保護」化!?ベーシックインカム導入で危惧される未来とは

 いま、貧困や経済格差の問題を解決する方法として、国が全国民に一律で必要最低限の生活費を給付する「ベーシックインカム」が注目されています。その実現可能性は、どのくらいあるのでしょうか? 『いまこそ「社会主義」』(朝日新聞出版)の共著者である的場昭弘さんと、『武器としての「資本論」』(東洋 経済新報社)の著者である白井聡さんに聞きました。(※本記事は、朝日カルチャーセンター主催で2020年11月に行われた対談講座「マルクスとプルードンから考える未来」の内容の一部を加筆・編集したものです)

■ベーシックインカムは、企業のためのもの?

――ベーシックインカム論は、労働者が資本から自由になる道でしょうか? それとも、国民が国家に取り込まれる道でしょうか?

的場:ベー シックインカムというのは、もともとは資本主義的な発想の中から出てきた概念です。資本主義経済では、消費者にたくさん消費してもらわないと、企業活動を 継続することができません。つまり、消費者である国民の所得の保障を国家がすることで、企業活動が滞りなく行えるようにしましょうというのが、ベーシックインカム論の背景にあるもともとの考え方です。

一つの近未来として、企業活動がどんどん自動化されていって、いわばロボット化して、多くの労働者が働かなくてもよくなった状況を考えてみましょう。そうすると、仕事を失った労働者は賃金をもらうことができませんから、積極的な消費が行われなくなります。そこで、消費を行ってもらうための方策のひとつとして、ベーシックインカムが出てきます。

このベーシックインカムの実現を考えるにあたってポイントになるのは、国家が国民にあまねくお金を配るための原資をどうやってつくるか、ということです。企業活動が滞りなく行えるようにするという目的に照らせば、企業に税金をかけるというのが合理的となります。その税金を原資にして、国家が労働者にお金を与えて、消費してもらうということ

ベーシックインカムを受給するとは、いわば、そうやって消費のために動かされていく世界に生きるということです。そもそも、ベーシックインカムという考 え方のおおもとには、労働者が自らの労働権をしっかり行使して、その対価として得られるべき所得を得て生きていくという発想がありません。本当にそれでい いのかという、難しい問題を考えなくてはなりません。

政治家の中にはベーシックインカム論を立ち上げようとする人たちもいますが、いまひとつ説明しきれない理由は、いったい誰が何のためにベーシックインカムをやろうとするのかということが明確にされていないからではないでしょうか。

■ベーシックインカムは、人間を不幸にする?

白井:質問された方も2つの可能性があると思っておられるようですが、私も基本的にはその2つの可能性があるだろうと思います。

ですが、少なくとも、現時点で仮にベーシックインカムが導入されるとするならば、たぶん精神的にネガティブな影響が広がる結果にしかならないじゃないかなという気がします。いうなれば、国民一億総生活保護者化するっていう感じになっちゃうのではないかと。

生活保護という制度に関してはさまざまな問題というのが指摘をされていますが、私がここで問題にしたいのは、不正受給が起きるかもしれないなどといったこ とではありません。ベーシックインカムは、それをもらいながら暮らすことで、「何もしなくていいんだろう。医療費タダだしな。あー、なんて安楽で、充実も しているな。本当にこれが最高の生き方だ」と思える人がどれほどいるのだろうかという、根本的な問題をはらんでいると思います。

たぶん、そんな人はほぼいないと思うんです。それが、人間のある種、社会的本能ということなのではないかと思います。

ベーシックインカムをもらうとは、いわば、「自分が社会に対して何も与えることができていない」と思いながら、社会から一方的に受け取っているという状態 です。もちろん実際には、本人が気付いていないだけで、何かしら社会に与えているのかもしれません。でもとにかく、「与えていない」と思わされる状態で、 一方的に給付を受けるという状況が、人間はすごく不愉快、不本意なことなんだろうと思います。だから心がすさみやすいという問題を抱えているのではないでしょうか。

労働は、人間という存在にとって極めて本質的なものであり、人間らしくあるための条件でもあると思います。生活保護受給者が陥っている精神的苦境はこれ が満たされないことに端を発している。ベーシックインカムとして労働をしないでお金だけもらえるとなると、こうした生活保護受給者の精神的苦境が全国民的 に広がっていくっていうことが起きるんじゃないのかなということを、私は危惧しています。

的場:結局、労働は、所得とは関係なく存在しているものでもあるということですね。労働は、人間と人間をつなぐものでもある。つまり、労働を抜きにしたら人間関係がなくなるということが言えると思います。

それに、国家からお金を受け取るということは、まあ、国家によってまさに飼いならされてしまうという危険性をはらんでいるとも言えます。ベーシックインカ ムは、すごくおもしろいアイデアだと思います。ただ、実施するには、さまざまな工夫が必要であるということは間違いないですね。

[AERA dot.]

働かざるもの食うべからずVol.2

 

エッセンシャルワーカーの意味・職種とは?注目されている背景と現状を詳しく解説

エッセンシャルワーカーとは?
エッセンシャルワーカーが話題となった背景
「ブルーカラー」から「エッセンシャルワーカー」への変化
人々の生活を支えるエッセンシャルワーカーの職種
日本・海外のエッセンシャルワーカーが抱える問題
エッセンシャルワーカーに対する支援や感謝の取り組みの広がり

私たちが日常生活を維持していくために、無くてはならない職業に就いている人々を意味する「エッセンシャルワーカー」。新型コロナウイルス感染症の拡大が進む中、エッセンシャルワーカーの重要性が注目されています。今回は、エッセンシャルワーカーの定義や話題となった背景、抱える課題などについて紹介します。

エッセンシャルワーカーとは?

「エッセンシャルワーカー(essential worker)」とは、人々の生活にとって必要不可欠な労働者のこと。英語で「必要不可欠な」を意味する「essential」と、「労働者」を意味する「worker」を組み合わせた言葉です。エッセンシャルワーカーは、私たちが日常生活を維持していくために重要な役割を担っています。また「worker」と、「決定的な・重要な」を意味する「critical」と組み合わせて「クリティカルワーカー(critical worker)」や、「鍵、基幹」を意味する「key」と組み合わせて「キーワーカー(key worker)」と呼ばれることもあります。

エッセンシャルワーカーの例として、医師・看護師をはじめとする「医療従事者」や、バスやトラックの運転手といった「運輸・物流に携わる職種」、介 護や福祉などの分野で生活相談員として働く「ソーシャルワーカー」などが挙げられます。なお、エッセンシャルワーカーの職種については、後ほど詳しく紹介します。

エッセンシャルワーカーが話題となった背景

エッセンシャルワーカーが話題となった背景には、新型コロナウイルス感染症の影響があります。新型コロナウイルスの感染拡大を防止するため、世界各国で経済活動の自粛や「ロックダウン」と呼ばれる都市封鎖が行われました。また、日本では2020年4月に緊急事態宣言が発令されたこともあり、職場での不特定多数との接触を避けるため、在宅勤務を導入する企業が急増。そうした変化に伴い、認識されるようになったのが、働く時間や場所を「柔軟に調整できる業務」と「調整するのが困難な業務」という2種類の業務があるという事実です。

公共交通機関を利用して職場に出勤したり、職場で不特定多数の人と接したりすれば、その分だけ感染のリスクは高まります。しかし、それでもなお、私たちの日々の生活を維持するために現場で働き続けなければならないのが、エッセンシャルワーカーです。世界各国の大統領・首相が、コロナ禍にもかかわらず 現場で働き続けるエッセンシャルワーカーに対して、相次いで敬意を表したこともあり、エッセンシャルワーカーが話題になりました。

「ブルーカラー」から「エッセンシャルワーカー」への変化

ブルーカラーとは、作業着で業務にあたることが 多い技能系や作業系の職種に就いている人々のこと。「現場で働く肉体労働者」という意味合いが含まれています。ブルーカラーは、オフィス内で事務系の業務を行う人々を指す「ホワイトカラー」と区別するための言葉として使われてきました。

ブルーカラーの人々は、コロナ禍でも私たちの日々の生活を支えるために、現場で働き続けなければなりません。そのため、私たちのために働いてくれている彼らに感謝や敬意を示すため、「必要不可欠な」という意味を持つ「エッセンシャルワーカー」という呼び名が最近使われるようになりました。コロナ禍によりエッセンシャルワーカーが注目されるようになったことに伴い、彼らの業務に対する私たちの意識も変化してきているものと考えられます。

人々の生活を支えるエッセンシャルワーカーの職種

エッセンシャルワーカーには、どのような職種が該当するのでしょうか。人々の生活を支えるエッセンシャルワーカーの職種について表にまとめました。

エッセンシャルワーカーの職種

分野 具体的な職種 勤務場所 役割
医療 ●医師
●看護師
●薬剤師 など
●病院
●薬局 など
●患者の治療
●薬の処方
●新型コロナウイルス感染症の疑いのある患者の検査
●新型コロナウイルス感染症患者の治療 など
公務員 ●市役所職員
●区役所職員など
●市役所
●区役所 など
●行政サービスの提供
●新型コロナウイルス感染症関連の助成金・貸付・減免などの対応
介護・保育 ●介護士
●保育士 など
●介護施設
●保育園 など
●高齢者の介助
●園児の保育
●施設内での感染防止対策 など
金融 ●銀行員
●信用金庫の職員 など
●銀行
●信用金庫 など
●窓口業務
小売店 ●小売店の店員 ●コンビニエンスストア
●スーパーマーケット
●ドラッグストア など
●商品の販売
●商品の発注 など
運輸・物流 ●公共交通機関の職員
●トラック運転手
●宅配便の配達員 など
●公共交通機関
●全国各地
●公共交通機関の運行
●荷物の運搬
●荷物の配達 など

医療

「医師」や「看護師」「薬剤師」などの医療従事者が、エッセンシャルワーカーに該当します。私たちの健康のため には、病院や薬局で働く医療従事者の存在が必要不可欠です。コロナ禍において、医療従事者は「通常の診療や薬の処方」に加え、新型コロナウイルス感染症の 「疑いがある患者の検査」や「感染者の治療」も行っています。医療の最前線で、高い緊張感・使命感を持ちながら日々業務に励んでいる医療従事者は、エッセ ンシャルワーカーの典型と言えるでしょう。

公務員

「市役所職員」や「区役所職員」などの公務員も、エッセンシャルワーカーに該当します。地域住民が安全・快適に 暮らせるよう、さまざまな行政サービスを提供するのが、市役所や区役所の職員の役目です。最近では国民1人あたり一律10万円が支給される「特別定額給付金」や、新型コロナウイルス感染症に関連した「各種助成・貸付・減免」などの対応も必要となっているため、職員の負担が増えています。コロナ禍でも、地域 住民の生活を守るために日々業務に励む公務員は、私たちにとって必要不可欠な存在と言えるでしょう。

介護・保育

高齢者を介助する「介護士」や、園児を保育する「保育士」などの介護・保育の従事者も、 エッセンシャルワーカーに該当します。介助や保育は人と人との触れ合いを伴うものであるため、業務をする上で、利用者との「密接」を避けることは困難です。コロナ禍において、職員は介護施設や保育園といった施設内での感染防止にも力を入れながら、高齢者や園児をサポートしています。新型コロナウイルス感 染症の感染リスクを感じながらも業務を行う介護・保育の従事者は、高齢者や園児、またその家庭にとって重要な役割を担っていると言えるでしょう。

金融

「銀行員」や「信用金庫の職員」といった金融機関の職員も、エッセンシャルワーカーに該当します。現金の預入や 銀行口座への振込、融資の受付などの窓口業務を担う金融機関の職員は、地域住民や企業で働く人々にとって必要不可欠な存在です。金融機関では対面での接客をする時間が長いため、顧客との「密接」が生じやすい環境にあります。そうした中、日々業務に励む金融機関の職員は、地域社会にとって無くてはならない職種と言えるでしょう。

小売店

コンビニエンスストアやスーパーマーケット、ドラッグストアといった小売店の従業員も、エッセンシャルワーカー に該当します。日々の生活で食料品や生活必需品を消費している私たちにとって、商品を販売・発注する小売店は、必要不可欠な存在です。コロナ禍において、 不特定多数の顧客と接しながら業務にあたる小売店の従業員は、私たちにとって最も身近なエッセンシャルワーカーとも言えるでしょう。

運輸・物流

電車・バスといった「公共交通機関の職員」や全国各地に荷物を発送する「トラックドライバー」、各家庭に荷物を届ける「宅配便の配達員」といった運輸・物流の関係者も、エッセンシャルワーカーに該当します。乗客を運ぶ公共交通機関や、荷物を運ぶ車両があってこそ、私たちは快適な生活を送ることができます。運輸・物流の関係者は、コロナ禍でも社会のために働いている、非常に重要な職種です。

このほか、地域社会のために活躍する「警察官」や「消防士」、電気・ガス・水道といった「ライフラインに携わる事業者」、農業・漁業といった「第一次産業の従事者」、食品や衛生用品などの製造を行う「第二次産業の従事者」なども、エッセンシャルワーカーに該当します。

日本・海外のエッセンシャルワーカーが抱える問題

エッセンシャルワーカーを取り巻く環境は、決して望ましいものとは言えないようです。日本・海外のエッセンシャルワーカーが抱える問題について、紹介します。

感染のリスク

新型コロナウイルス感染症の感染リスクを下げるため、各国では国民に「密閉」「密集」「密接」の「3密」を避けるように促しています。しかし、在宅 勤務が難しく、不特定多数の人と接触する機会も多いエッセンシャルワーカーは、どうしても「3密」の環境下に置かれがちです。そのため、エッセンシャル ワーカーは他の職種の人々よりも、新型コロナウイルス感染症の感染リスクが高いとされています。

待遇・賃金

新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴い、エッセンシャルワーカーの業務負荷・心理的負荷は増しています。しかし、労働時間・休日などの「待遇」 や、給与・賞与などの「賃金」は改善されていないようです。「労働組合の連合会が、エッセンシャルワーカーの最低賃金アップを訴えた」「新型コロナウイル ス感染症の影響で病院の経営が悪化し、医療従事者の賞与がカットされた」といった話題がニュースで取り上げられる機会も増えました。危険と隣り合わせの 中、私たちの生活のために日々働いているエッセンシャルワーカーの待遇・処遇改善は、早急に改善すべき課題です。

エッセンシャルワーカーに対する支援や感謝の取り組みの広がり

エッセンシャルワーカーに対する支援や感謝の取り組みが広がっています。国や地方自治体、企業の取り組みについて紹介します。

新型コロナウイルス感染症対応従事者慰労金交付事業:厚生労働省

新型コロナウイルス感染症対応従事者慰労金交付事業とは、新型コロナウイルス感染症の拡大防止・収束に向けて、 日々業務を行っている医療従事者や医療機関の職員に、感謝の気持ちを伝えるための慰労金事業です。重点医療機関や新型コロナウイルス感染症患者を受け入れ ている医療機関、帰国者・接触者外来設置医療機関、PCR検査センターなどで働く、医療従事者や職員を対象としています。医療機関の種類に応じて、1人あたり5万円から20万円の慰労金が給付されます。
(参考:厚生労働省『新型コロナウイルス感染症対応従事者慰労金交付事業』/『病院・診療所・訪問看護ステーション・助産所等の管理者の皆さまへ 「新型コロナウイルス感染症対応従事者慰労金交付事業」のご案内』)

新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金(介護分):厚生労働省

新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金(介護分)とは、介護サービス事業所における「感染症対策の支援」 や「介護サービス再開に向けた支援」、介護サービス事業所・施設で働く職員への「慰労金」からなる交付金事業です。感染症対策の支援については、「感染症 対策に必要な物品の購入」や「外部の専門家による研修実施」などにかかった費用が助成の対象になります。介護サービス再開に向けた支援には、「利用者への 再開支援への助成」と「環境整備への助成」があります。また慰労金については、新型コロナウイルス感染症患者への対応の有無によって、1人あたり5万円ま たは20万円が給付されます。
(参考:厚生労働省『新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金(介護分)』/『新型コロナウイルス感染症対策を行う介護サービス事業所・施設 介護サービス事業所・施設に勤務する職員の皆さまへ』)

ブルーインパルスの飛行:防衛省(航空自衛隊)

2020年5月、航空自衛隊のアクロバット飛行チーム「ブルーインパルス」が東京上空を飛行しました。新型コロナウイルス感染症の対応にあたる医療従事者に対して、敬意と感謝を示す目的で行われた取り組みです。医療従事者が病院から手を振ったり、人々が空を見上げたりと、エッセンシャルワーカーのみならず自粛を強いられていた人々からも好評だったようです。
(「新型コロナウイルス感染症へ対応中の医療従事者等に対する敬意、感謝を示すためのブルーインパルスによる飛行の実施について」(防衛省) (https://www.mod.go.jp/asdf/news/houdou/R2/20200529.pdfを加工して作成)

エッセンシャルワーカーへの感謝・応援メッセージの募集:埼玉県川島町

埼玉県川島町は、エッセンシャルワーカーへの感謝・応援メッセージを募集しています。この取り組みは、昼夜を問わず現場の最前線で働くエッセンシャルワーカーへの敬意を示す目的で行われているものです。「メール」や「はがき」「手紙」で寄せられたメッセージは町のホームページに掲載されます。

スニーカーを1300足提供:ダイアナ株式会社

婦人靴やハンドバッグを販売するダイアナ株式会社では、エッセンシャルワーカーへの感謝の気持ちを込めて、スニーカーをプレゼントする「ダイアナエッセンシャルワーカー応援スニーカー」キャンペーンを開催しました。日本在住のエッセンシャルワーカーを対象とした取り組みで、当初は1000足の提供を予定していましたが、予想を上回る応募があったため、1300足を提供することに決めました。

まとめ

医療や介護・保育の従事者、公務員、小売店の店員、公共交通機関の職員など、彼らは私たちの生活に欠かせない「エッセンシャルワーカー」です。エッ センシャルワーカーは、「新型コロナウイルス感染症の感染リスク」や「待遇・賃金の課題」を抱えながらも、人々の健康・生活のために日々業務に励んでいま す。「応援のメッセージを募集する」「衛生用品や食料品を提供する」といったエッセンシャルワーカーに感謝や敬意を示す取り組みを、企業として実施してみ てはいかがでしょうか。

(制作協力/株式会社はたらクリエイト、編集/d’s JOURNAL編集部)

[d’s JOURNAL]

働かざるもの食うべからず

 

堀江貴文「働き方改革が進んだ先に起こること」

テレワークであぶりだされる「いらない社員」

「仕事のフリ」ができなくなる

僕はずっと、「オフィスにいる社員の大半はいらない」といってきた。それが新型コロナウイルスによっていよいよ明確になってきている。わかりやすい 例が「GMO」だ。GMOインターネットグループのグループ代表である熊谷正寿さんがいち早く在宅勤務を表明した。約5000人の社員がいるグループなの で、かなり大規模な「テレワーク推進」だ。

興味深いのは、出社を停止して数週間経っても業績が下がらなかったというデータだ。僕としては想定内ではあるが、改めて実証されてしまった。

正直、最初から全社員を出勤停止するというのは少しやりすぎな印象もあったが、熊谷さんは「テレワークでも業績は下がらない」という仮説を検証したかったのかもしれない。コロナ禍だからこそできることだ。IT企業を中心に、追随する会社もすぐに増えた。

ツイッター社は全世界の従業員に在宅勤務を認め、ヤフージャパンもテレワーク体制を拡大しながら、2020年からほぼ全社員がテレワークを基本とする働き方に移行した。しかし、こうした動きだけでは終わらないと考えている。社員の勤務形態がどんどん効率化されていくのだ。

いろいろなことがオンライン化されると、勤務時間や成果なども可視化されやすくなる。その結果、出社してパソコンに向かうことで「仕事しているフリ」をしてきた社員はどんどんあぶり出されるだろう。

そもそも本当にパソコンが必要な職種は、技術系、クリエーティブ系、デザイナー系などの一部に限られている。営業担当などはスマホで十分だろう。僕自身もプログラムをしないようになってからは、スマホしか使っていない。

オフィスもパソコンもなくなれば、ますます「仕事のフリ」ができなくなる。僕は年に2〜3回くらいオールドエコノミーな非IT系企業の会議に出席することがあるが、こちらがせいぜいひとりかふたりなのに、相手の出席者は10〜15人くらい。しかも半分以上が居眠りしている状況だったりする。その人たちは必要なのだろうか?

パソコンに向かって仕事のフリをしている人、無駄な会議に出ているだけの人、休憩スペースや喫煙ルームで雑談ばかりしている人、ほかにもいろいろな手段でサボッている人はいるだろう。

さらに、そういう人たちを管理する担当者、そういう人のバックオフィス関連の担当者もいる。働いていない人や不要な社員が実はたくさんいるのだ。少し話は逸れるが、髪を切ってもらっている美容師に聞いた話がおもしろかった。

コロナ禍で怒っている「主婦」のお客さんが多いそうだ。何に怒っているかというと、テレワークで旦那さんが「ずっと家にいる」からだ。しかも、観察してみると大して仕事をしていない。1時間も仕事していない場合もあるとか。

今までは、「通勤して喫煙所で雑談して、大して仕事はせず、飲んできていただけなんじゃないか」と憤っているそうだ。家で仕事すれば「家庭内」からも働いていない人が明確にわかってしまうのだ。

僕は「ライブドア」の社長をしているときから、いらない社員が多いのをずっと気にしてきた。苦労しながら改善してきたからこそ、断言できる。オフィスにいる「ホワイトカラーの人たちの9割は必要ない」。

ちなみに「ホワイトカラー」とは、「頭脳労働者や事務職の人」のことだ。そういう人たちの仕事の多くは、これからAIなどで代替されていく。大きな コールセンターがあっても、その仕事の多くはチャットボットで自動化できる。すでに導入しているところは、半分以上のやり取りがチャットボットだ。人間しかできないことは意外と少ないので、積み重ねればかなりの作業が「無人化」していくだろう。

まずは電話で話すことをやめる

ただ、「いらない社員」が多いとしても、すぐに改革して人々の働き方を変えるのは難しい。時間がかかるという結論に達した。だから僕は、会社を作って大きくするのはもうやめたのだ。会社を持つことにはリスクもあるからだ。

時間がかかるとは考えていたが、何らかの事件やイベントがきっかけで「いらない社員」が一気に社会に放り出されることはあるかもしれないとも考えていた。まさかの「新型コロナ騒動」がそれに当てはまってしまった。

予言していたからこそ、放り出された人たちへ「暇つぶし」を提供するオンラインサロン「HIU」を作っていた。もちろん、遊びだけではなく「新しい仕事」も含めたアクティビティーをどんどん開発している。

「働き方改革」が進むと、「いらない社員」はどんどんあぶり出され、初期段階としては「2~3年で半分」のホワイトカラーがリストラされると予想している。働き方改革はここから一気に進んでいくので、そのために早く準備をするべきだ。

簡単にできることのひとつは「電話で話すのをやめる」こと。電話での通話はかなりの時間が奪われてしまうので「非効率」だからだ。僕自身、電話を使わないようになってから、作業効率がかなりアップしている。「仕事のフリ」や「無駄な仕事」はすぐにやめて、きちんと成果をあげよう。

[東洋経済ONLINE]

「永遠のβ版」共感します♪

 

「コスパ」だけでなく「タムパ」も意識する若者たち

Z世代とどう向き合うか

現在、大学生~社会人2、3年目の若者は、「Z世代」(1990年代後半~2000年代序盤生まれ)と呼ばれる。デジタルネーティブよりさらに進んだ「SNSネーティブ」世代でもある彼らは、仕事や消費の現場において、どのような価値観を抱いているのか。
マーケティングライターの牛窪恵氏が、ITジャーナリストで楽天・元執行役員の尾原和啓さんと、Z世代を巡る「デジタルと若者消費」について考える。

牛窪恵氏(以下、牛窪氏):私はZ世代をテーマにした先の本で、彼らを「SNS世代」と表現しました。尾原さんも、彼らとデジタルメディアの関係性に注目していますね。

尾原和啓氏(以下、尾原氏):はい。「Z世代」の由来は、アメリカの 「Generation Z」です。アメリカは4年に1度必ず大統領選挙があって、政権や政策が大きく変わる可能性があるし、日本とは人種問題をはじめ社会環境も違うから、一概に同質には語れない。ですが、デジタルメディアの進化は共通する点が多いでしょう。

iPhoneを例に取ると、アメリカでは2007年に、日本では08年に初めて発売されました。Z世代の最年少者(現17歳)は4歳のとき、既にiPhoneをいじっていた可能性があるんです。

牛窪氏:その5年後には、SNSも浸透しましたよね。Z世代は小学生の頃に、スマ ホで常時接続が当たり前で、さくさくと画像を送り合ったり、LINEに投稿したり、オンラインゲームを楽しんだりしていた可能性があります。また、私がZ 世代の女子を取材した際には「中学生の頃から、海外セレブのインスタ(グラム)をフォローしてます」や「高校生のときから、アメリカの人気モデルが手掛けるコスメブランドの通販サイト(英語版)に登録してました」といった声が、続々と飛び出しました。

尾原氏:スマホやSNSのネーティブは、テキストより画像や動画が中心だから、 悠々と国境を越えるんですよ。先日、牛窪さんと音声SNSアプリのトークルームで一緒に話したとき(※1)も、TikTokでフォロワーが60万人もいるというZ世代の女性(1999年生まれ)が、「海外のフォロワーさんたちから、『日本語を教えてほしい』と言われたので、彼らの“お役に立ちたい”と思って、覚えやすい日本語を披露するようにした」とおっしゃっていた。印象的でしたね。

※1=2021年2月23日・音声SNSの「クラブハウス」における、柳川範之氏(東京大学大学院教授)、牛窪氏、尾原氏らの座談。

牛窪氏:まだ20代前半なのに、しかも海外の方々のために“お役に立ちたい”っ て、すらすらと……。私が若い頃には、とても言える言葉じゃなかった。しかも、コスパだけじゃなく「タムパ(タイムパフォーマンス/時間対効果)」も意識しながら、複数のデジタルツールやアプリをマルチで使いこなす印象です。

尾原氏:まさに自然体で、自分の手足のように操れる。すぐ上のミレニアル世代(現 20代半ば~40歳)と比べても、「心のOS」が違うんです。僕はミレニアル世代と比較するうえで、Z世代とSNSの関係性を、アメリカでバズワードにもなった「JOMO」という言葉でよく表現します。

牛窪氏:Z世代が「JOMO」なら、ミレニアル世代は?

尾原氏:「FOMO(Fear of Missing Out)」です。直訳すると「見逃すことの恐怖」。対するJOMOは「Joy of Missing Out」の略、「見逃すことが喜び」との概念。ミレニアル世代(FOMO)は、四六時中ネットやSNSにつながっていないと「取り残される」と恐れを感じる傾向がありますが、Z世代(JOMO)は、初めから「すべてに目配りするなんて無理」と分かっている。むしろ「いま偶然得られた、この情報やつながりを楽しもう」とポジティブに捉えるんです。

牛窪氏:すごくよく分かります。私ももう10年以上、20代への調査を続けていますが、LINEが普及した直後(2012~13年ごろ)は、「SNS(LINE)疲れ」といった言葉がはやりました。「常に友人のSNSをチェックしていないと落ち着かない」「『既読スルー』はヤバイから、早くレスしないと」と強迫観念に駆られる声も多かった。

でも、18年ぐらいから「Zenly」(ゼンリー)という位置情報共有アプリが、女子高生(Z世代)を中心に人気を集めるようになりました。スマホを通じて「いま、この瞬間」に友人のAさんやBさんとつながれていることが、ハッピーで楽しいと言うのです。インスタグラムの「ストーリーズ(24時間 で消える投稿)」も、似たニュアンスだと感じます。

世代間ギャップをどう埋めるかを意識しつつビジネスを展開すべし

尾原氏:ところで牛窪さん、マーケティングの神様フィリップ・コトラーの最新刊、『Marketing 5.0(以下、マーケティング5.0)』はもう読みましたか?

牛窪氏:はい、尾原さんに薦められて最初の部分は。でも21年2月発売の本書は、 全編英語版なので、なかなか前に進みません(笑)。ただコンテンツ(目次)を見て驚いたのは、あのコトラーが、サブタイトルの「Technology for Humanity(人とテクノロジーの共生(の模索))」における重要なバックグラウンド(背景)の一つとして、「ジェネレーションギャップ」を挙げていたことです。

尾原氏:そうなんです。今後5~10年の間に、いわゆるデジタルネーティブなZ世代やその下の「α(アルファ)世代」と呼ばれる人たちが、消費の中心になるのは間違いない。でも彼らに向けた商品やサービスを提供する企業側には、意思決定者として、まだデジタルネーティブではない40、50代以上の上の世代が残っていく。この世代間ギャップをどう埋めるかを意識しつつビジネスを展開すべし、というのがコトラーの主張です。

牛窪氏:そうか、消費者と企業の意思決定者(トップ)は、親子かそれ以上に世代が 違うわけですよね。もっとも、Z世代の両親の多くは「団塊ジュニア世代(現40代半ば~後半)」。バブル崩壊前後に青春を過ごし、高級ブランドより「無印良品」に代表されるノンブランドを好み、マーケティング・アナリストの三浦展さんが「シンプル族」と呼ぶように、モノを多く所有したがらない傾向にあった。いまはやりの「ミニマリスト」にも通ずる概念で、その意味では、Z世代とその親世代は、消費の価値観が似ているとも思ったのですが……。

尾原氏:デジタルネーティブかそうでないかという点で、やっぱりZ世代とその親世代の消費行動は大きく違います。でも確かに、この世代の親子は「仲が良い」と言われますよね。

牛窪氏:はい、私は「親ラブ族」と呼んでいます。またZ世代ぐらいからは、ひとりっ子の割合が増え始め、SNSネイティブでもあったので、親だけでなく「じぃじ、ばぁば」とも、スマホを介して頻繁にコミュニケーションしていた男女が多いようです。祖父母の多くは、戦後生まれの団塊世代で、とにかく感覚が若い。お孫さんのジャケットを見て「それ、どこのブランド?」と聞いたり、「一緒にスイーツ食べに行こう」と誘ったりする、といった感覚です。

尾原氏:僕は17年に書いた『モチベーション革命』(NewsPicks Book)という本で、ミレニアル世代を「乾けない世代」と表現しました。かつて高度成長期を支えた団塊世代(現70代前半~半ば)の多くは、モノがなかった時代を経験しているので、「クルマやカラーテレビが欲しい」などと切望した。でもミレニアル世代やその下のZ世代は、「ない状態」をほとんど知らない。

牛窪氏:だから消費に渇望感を抱きにくい(乾けない)、という意味ですね。でもだとすると、Z世代は消費の際に、何を重視するのでしょう。

私はZ世代を、「物欲より『コミュ欲(コミュニケーション欲求)』が強い」世代だと解釈しています。例えば、インスタ映えする「レインボーフード」(虹色のスイーツほか)や、「それどんな味?」と確実に盛り上がる「ガリガリ君」のコーンポタージュ味のアイス(赤城乳業)は、高級フレンチよりツッコミどころ満載で、SNS上でも「ネタ」になる。彼らは和の文化にも関心が高い「先祖返り」世代でもあるので、SNSで「#こけ女(こけし好きな女子)」 や「#ぬか女(ぬか漬け好きな女子)」など、和のハッシュタグを付けてつぶやくことで、ニッチな仲間との「ゆるつながり」を満喫する様子も、見てとれます。

尾原氏:確かにZ世代の消費では、牛窪さんが言う「ゆるつながり」にも似た「良好な人間関係」が重要ですが、もう一つ、「意味合い」もキーワードだと思うのです。

例えば、起業家。Z世代の若者たちは、ITバブルの頃に「ヒルズ族」と呼ばれた起業家たちには、どこか違和感を覚えている。半面、マーク・ザッカーバーグ(フェイスブック共同創業者兼会長兼CEO)のような起業家に、強く憧れていたりします。それは彼が、世界を一つにする、人とのつながりやコミュニティー、あるいは慈善活動など、経営において「意味合い」を大切にしているからではないでしょうか。

牛窪氏:柳川範之先生との対談(※1)でも話題になったのですが、おっしゃるとおりZ世代の起業家は、身近な人たちとの温かい人間関係や、会社を興す意味を重視しているように感じました。

消費の現場でも、あえてフェアトレードのチョコレートを買ったり、メルカリのようなフリマアプリで「誰かがはけなくなったデニム」を買って、クッ ションとして、よみがえらせたりする。また、Z世代に「ユーザー参加型」の商品やサービスが売れるのも、単にテクノロジーの進化がそれを可能にしただけで なく、そこに意味合いや良好な人間関係があればこそ、なのでしょうね。

デジタル化社会の商品やサービスは完成したように見えても終わりがない

尾原氏:そう思います。コトラーは「マーケティング4.0」(17年発表)において、顧客がブランドを通して「自己実現」できることが大切だと説きました。同時に、デジタル化を前提としたマーケティングミックスの概念を「4C」と表現 しましたが、そのCのうちの1つが「Co-creation(共創)」、つまり「共に創る」ことの重要性だったのです。

牛窪氏:そういえば以前、先のトークルームでご一緒した際に、尾原さんは実業家のけんすう(古川健介)氏が打ち出す「プロセス・エコノミー」に、触れていましたよね。商品やサービスが完成するまでの過程も含めて、ビジネスとして作り込む戦略だと思うのですが。

尾原氏:はい。そもそもデジタル化社会の商品やサービスは、常に新たな技術や消費者ニーズを取り込んで、どんどん進化を続けるので、完成したように見えても終わりがない。「永遠のβ版」だから、進化し続ける過程を、長く見せられるんですよ。

牛窪氏:だからこそ、そこに消費者が介在する余地もあるし、彼らも過程そのものを楽しめる。さらにそれがSDGsや社会貢献につながれば、先の自己実現欲求も満たせますね。

尾原氏:僕は、お笑いタレントのキングコング西野(亮廣)氏が以前、提言した「レストラン型からBBQ(バーベキュー)型へ」の理論が好きなんです。すなわち、今後は多くのサービスが、「プロが作った完璧な料理を出すサービス(レストラン型)」から、「お客さんと一緒になって、お客さんが食べるものを共に作り上げていく(BBQ型)」ようになる、との考え方。

あえて完成形ではないBBQ型を提供することで、Z世代の「良好な人間関係」や「意味合い」欲求も、刺激できると思うのです。

牛窪氏:そういえば、やはり以前トークルーム(※1)でご一緒した、Z世代の女子大生マーケッター(1998年生まれ)も、タレントで実業家のゆうこす(菅本裕子)氏などを例に挙げ、「ファンと一緒になって、コツコツとブランドを創り上げていく人や商品に、強くひかれる」「自分の声が生かされるかもと想像するだけで、楽しい」とおっしゃっていました。「共創」と「永遠のβ版」は、Z世代の消費に欠かせないキーワードと言えそうですね。

<牛窪恵氏・プロフィル>
マーケティングライター。修士(経営管理学/MBA)。世代・トレンド評論家。立教大学大学院・ビジネスデザイン研究科客員教授。

<尾原和啓氏・プロフィル>
ITジャーナリスト、フューチャリスト。京都大学大学院工学研究科を修了後、マッキンゼー・アンド・カンパニーやリクルート、Google、楽天の執行役 員などを経て現職。

[日経ビジネス]

自分が考えたとおりに生きなければならない、、、そうでないと、自分が生きたように考えてしまう。。。Vol.3

 

自由な人生…
自分自身を救える人生…
人の数だけあるそれらは、具体的にどんな人生なのかをよく考え抜いて、そんな人生を送れるように必要な準備を始めなければなりません。

そうでなければ、人は自由に、自らの心に忠実に生きるのではなく、単によく慣れて安定感を得られる事柄ばかりに囲まれた、これといった変化も挑戦も成長もない人生を送り逝くことになるやもしれません。

 

「これからたくさん時間があるのに、何も急ぐ必要はない。ゆっくり考えればいいだろう」
もしもこんなふうに考えている人のために、以下は十余年ほども前に新聞で紹介されたある95歳の方(103歳で逝去)の告白です。

『私は、若い頃、熱心に働きました。
その結果、私は認められ、尊敬されるようになりました。

そのお陰で、65歳のとき堂々と引退することができました。
そんな私が30年後の95歳の誕生日に、どれほど後悔の涙を流したかしれません。

私の65年の生涯は、誇らしく堂々としていましたが、その後の30年の人生は、恥ずかしく悔やまれる悲痛な人生でした。

私は引退後、「もう十分生きた。残りの人生は、おまけみたいなものだ」と考え、
ただ苦しまずに死ぬことだけを待っていました。

むなしい希望のない人生、
そんな人生をなんと30年も過ごしました。

30年という時間は、今の私の年齢、95歳の1/3にあたる、とても長い時間です。
もし私が引退したときに、
あと30年生きられると思えば、
こんな風には生きてこなかったはずです。
そのとき私は、自分は年老いた、
何かを始めるにはもう遅いと思っていたのが、大きな過ちでした。

私は今95歳ですが、意識は明瞭です。
あと、10年、20年、生きるかもしれません。

私はこれから、やりたかった語学の勉強を始めようと思います。
その理由は、ただ一つ。

10年後に迎える105歳の誕生日に、
95歳のときになぜ何も始めなかったのかと後悔しないためです』

 

長い時間でも、短い時間でも、意識的に生きなければ、時間はただ流れていきます。

「たとえ明日世界が滅亡しようとも、今日私は林檎の木を植える」
「すべてのことは願うことから始まる」
『「今でなくても」が、「やらなかった」になるのは実に早い』
場所や時間を超えて相通じるこれらは、ドイツの宗教改革者ルターが遺した名言です。

 

さらに過日のウェブ記事ファイルから、
脳科学者・中野信子氏のコラムも再度ご紹介します。

 

〜Vol.4に続く