孤独死ではない在宅ひとり死という選択Vol.5

ひとりで死ぬために必要な備え 「死後事務委任契約」とは?

(週刊朝日2021年8月13日号より)

(週刊朝日2021年8月13日号より)

 

「最期まで住み慣れた家で過ごしたい」と、「在宅死」を選ぶ人が増えている。家族がいなくとも家で最期を迎えられるそう。後悔しない「看取りへの備え」とは?

前編/コロナ禍で在宅死の希望が増加 在宅医療は意外と安い?】より続く

【「死後事務委任契約」でできることは?】

*  *  *

もちろん「おひとりさま」でも在宅死を選択できる。

「オレは絶対に病院とか施設とか行く気はないから。畳の上で死にたいんだ」

と、『「在宅死」という選択 納得できる最期のために』(大和書房)の著者で、在宅医療専門医の中村明澄医師に訴えたのは、C男さん(当時98)。妻やきょうだいには先立たれて、子どもはいない。血縁の親族も近くにいなかった。

「介護保険サービスの利用は最小限にして、家に人が出入りするのは、できる限り少なくしたいというのが希望でした。『自宅で治療が受けられる範囲で治らないのならあきらめる』と病院の受診も拒否されました」(中村医師)

ほとんど寝たきりの状態になり要介護度は5になった。おむつを使用するようになっても、「最近のおむつは性能がいいんだ」と言い、使ったサービスは1日1回の訪問介護と、週1回の訪問看護のみ。

床ずれを心配して介護ベッドのレンタルを勧めても、「布団がいい」と拒否。本人の希望どおりに布団のなかで、眠るように息を引き取った。

翌日に訪問した看護師や介護職員が見つけるケースもあるが、ひとりで逝ったとしても「孤独死」ではないという。

このように、おひとりさまでも「在宅死」を選択することができるが、「亡くなった後の備え」が必要になる。

D子さん(当時75)は、姉と二人暮らしだったが、姉を看取った後、「姉は自分が看取ったが、自分はどうやって看取られるのだろうか」と不安に駆られた。

甥や姪は疎遠なので負担はかけたくない。そこで、「死後事務委任契約」を結ぶことにした。

死後事務委任契約とは、元気なうちに、本人が亡くなった後の「死後の手続き」のほか、葬儀、納骨などを第三者に委任する契約をいう。

「自分が死んだ後の『死後の手続き』は家族や親族がいる人はいいのですが、子どもがいない、兄弟姉妹や配偶者には先立たれて、離れて暮らす親族には頼めないという人が増えています。葬儀や埋葬や、死後の手続きを行う『死後事務委任契約』を結ぶと安心できます」
そう語るのは、D子さんを看取った司法書士法人ミラシア、行政書士法人ミラシア代表の元木翼さん。

注意したいのは死亡届。自治体に出す死亡届は戸籍法により提出する人は家族や親族、後見人などに限られているので、判断能力が低下したときに備える成年後見制度の「任意後見」と一緒に契約するのが一般的という。

「遺言書では財産の継承以外の死後の手続きについて記載しても、法的な拘束力はないので、遺言書と死後事務委任契約をセットで、公正証書によって作成します」(元木さん)

D子さんのケースでは、病気で入院したとき、病室での付き添いや医療費の支払いなどは元木さんが任意後見人として代行した。

いよいよ危篤の状態になったときに医師から連絡が入り、D子さんを看取った。亡くなった後から、死後事務委任契約の「受任者」として生前に契約で結んだ内容に沿ってさまざまな手続きを実行していった。

まず、葬儀会社の手配をして、「喪主代行」として葬儀の準備に取りかかる。事前に甥や姪、関係者のリストを作ってもらい、D子さんが亡くなったことを連絡して、葬儀から火葬、納骨するまで仕切った。その一方で、行政関係の届け出、電気・ガス・水道など公共料金の支払い停止、固定・携帯電話、インターネットプロバイダー、クレジットカードなどの解約をし、遺品整理の業者に連絡して家財を片付けて、自宅を家主に引き渡した。

気になるのは、これらの費用。死後事務委任契約は、決まった形式はないが、公正証書で交わすケースが多く、公証人の手数料が約2万円。

死後事務委任契約の報酬に基準はなく、受任者に支払う報酬の相場は30万~50万円。委任する業務が多いほど価格は上がる。このほかに、葬儀代や遺品整理業者などへの支払いが別途かかる。実費を含めてトータルで100万~150万円あれば、無事にお墓まで連れていってくれるのだ。

「受任者は弁護士や行政書士、司法書士など専門家に頼むと安心できるでしょう。ただし、先に受任者が亡くなったり、法人が倒産したりするといったリスクも考えられますので、報酬は生前ではなく、相続財産から支払うケースが安心です。

受任者は遺言執行者を兼務して、死後事務委任契約書に『死後事務の費用や報酬は故人の遺産を受け取る相続人や遺言執行者から支払う』などと明記しておくといいでしょう」(同)

住まいが賃貸ではなく、持ち家であれば売却手続き、車を所有していれば処分もする。

死後にどんな手続きが発生するのかは、その人の所有している物にもよる。「エンディングノート」などで、処分してもらいたいものや情報をまとめておくと、処分する費用がいくらかかるのか、目安にもなる。

お金をかけないで、なおかつ納得した最期を迎えるためにも、元気なうちから「終活」を始めておきたい。

(ライター・村田くみ)

[AERA .dot/週刊朝日 2021年8月13日号より抜粋]

孤独死ではない在宅ひとり死という選択Vol.4

■コロナ禍で在宅死の希望が増加 在宅医療は意外と安い?

(週刊朝日2021年8月13日号より)

(週刊朝日2021年8月13日号より)

(週刊朝日2021年8月13日号より)

(週刊朝日2021年8月13日号より)

家族にも迷惑をかけるのだろうから、病院に行くべきなんだけど、できれば最期まで家で過ごしたい──。

【在宅死に備える4ステップはこちら】

肺がんの終末期だったA男さん(当時64)は、病院の医師から「これ以上できる治療はない」と言われて、自宅近くの診療所の在宅医療を受けることになった。時間があるときは近所のパチンコ店に出かけるなど、まだ趣味を謳歌でき、普段の生活は変わりなかったという。

「余命数カ月と言われても、まだ歩いて病院に通えるくらいの体力があると、在宅医療は必要ないのでは?と思う人も多いのですが、がんの最期は急速に状態が変化するので、慌てる前に『納得できる最期』を選んで準備してもらいたいと思っていました」

A男さんを看取ったときの様子をそう振り返るのは、『「在宅死」という選択 納得できる最期のために』(大和書房)の著者で、在宅医療専門医の中村明澄医師。

中村医師は大学病院を経て、2017年に「向日葵クリニック」(千葉県八千代市)を開設。年間100件以上看取り、在宅医療に関する情報を発信している。

「在宅医療」とは、通院が困難な人が自宅で生活を送りながら医療サービスを受けられる医療制度のこと。医師や看護師、薬剤師などが自宅へ訪問して、適切な治療を行う。

「そのまま自宅で看取られた方もいますし、家族に迷惑をかけたくないと、病院や施設での最期を選ぶ方もいます。最期までの時間の過ごし方、看取りの場所は自分で決めていいのです」(中村医師、以下同)

A男さんはまだ通院できる状態だったが、主治医から在宅医療を勧められ、向日葵クリニックにつながった。最初、中村医師は月2回のペースでA男さん宅を訪問。あるときA男さんの妻からこう告げられたという。

「A男さんの奥さま(同59)は、夫の死期が近づいている事実を認めたくない様子で、『余命はあと数カ月と言って、今がその時期かもしれないけれど、まだ動けるし、口は達者だし、まだ大丈夫でしょう?』とおっしゃったので、私は『あと1カ月はないと思います』とはっきり伝えました」

妻は取り乱すことなく、「それなら仕事を休んで最期まで夫に付き合います」と即答。職場に介護休業を申請し、介護に専念した。それから2週間ほどして、A男さんは自宅で家族や中村医師に見守られながら、静かに息を引き取った。

今、コロナ禍で病院では面会がほとんどできないので、在宅医療を希望する人が多いという。その流れで「最期まで住み慣れた家で過ごしたい」と在宅死を選ぶ人が増えている。

「自宅で亡くなるときには、最期の瞬間に医師や看護師が立ち会うことは少なく、ご家族だけで看取ることがほとんどです。ご家族から『呼吸が止まった』といった連絡を受けてから医師が訪問し、死亡確認を取った後、死亡診断書をお渡しします。最期までの瞬間はとても大切な時間ですから、慌てて医師や看護師を呼ぶ必要はありません」

自宅で最期まで過ごすことを考えている場合は、24時間体制が整っている「在宅療養支援診療所」に依頼するのがよいと、中村医師は言う。

かかりつけ医やケアマネジャー、病院内の医療連携室、地域包括支援センターなどで教えてもらえるので相談してみよう。

そして気になるのは、お金のこと。在宅医療は高額な費用がかかると思われがちだが、基本、公的な健康保険が適用される。

例えば、75歳以上で健康保険の自己負担が1割の人は、月2回の訪問で、約6500円程度かかる。ただし、高額療養費制度で70歳以上の自己負担の上限額は、月に1万8千円(一般年収の場合)と決められているので、それ以上の負担はない。

70歳未満の人は、自己負担が3割になるので、月2回訪問診療を受けると、約2万円。このほかに薬代、介護保険サービスを使えばその分の費用がかかってくる。

「介護保険サービスは65歳以上の方が対象ですが、がんの終末期の方など国の定めた16の『特定疾病』に認定されると、40~64歳の方でも利用できますので、使いたいサービスがあったらあきらめないで、まずは医師に相談してほしい」

在宅医療は医師や看護師、ケアマネジャー、服薬指導などを行う薬剤師、リハビリを行う理学療法士など、さまざまな専門家が連携を取りながらサポートしてくれる。

前出のA男さんは、64歳だったが、要介護認定を受けると要支援1。介護ベッドをレンタルした。自力で入浴するのが困難になってから訪問入浴を利用するというように、そのときの体調に応じて、介護サービスを使うことができる。

末期がんの人以外にも、「在宅死」を選択した人はいる。

認知症のB子さん(当時98)は、肺炎で入院したとき、持病の心臓病も抱えていたので療養型の病院への転院を勧められたが、娘(同75)が自宅での療養を決めたという。

「食事は少しずつですが、口から食べさせてあげると『うん、うん』と言いながら喜んでいたようです。B子さんはほとんど寝たきりだったので、娘さんは三度の食事やおむつの取り換えなど、毎日の暮らしの世話から、床ずれのケアまで丁寧に介護されていました」

穏やかな日々は3カ月ほど続いたが、お別れは突然やってきた。

いつものとおりに昼ごはんを食べて、娘が自分の食事を済ませてB子さんのベッドを見に行くと、すでに呼吸が止まっていたという。中村医師たちが駆けつけ、死亡を確認した。

亡くなった後に、体をきれいにして身なりを整える「エンゼルケア」を行った。エンゼルケアは訪問看護師か葬儀会社のどちらに頼んでもよいが、訪問看護師が行うと費用が5千~2万円程度かかる。葬儀会社ではセットで含まれているケースがあるので重複していないか確認する必要がある。

「『よかったね、きれいにしてもらったね』と、娘さんたちが涙を流しながら、穏やかな笑顔を浮かべていました。思い出話をしながら100歳近くまで頑張って生きてきたB子さんの人生をみんなでたたえるような穏やかなお見送りができました」

娘たち遺族も、自分ができることをすべてやりきった満足感から、「在宅死を選んでよかった」と振り返っていたという。

(ライター・村田くみ)

[AERA .dot/週刊朝日 2021年8月13日号より抜粋]

孤独死ではない在宅ひとり死という選択Vol.3

お金がかかる、おひとりさまでは無理…は思い込み? 在宅医療7つの誤解

在宅医療はお金がかかる?

在宅医療はお金がかかる?

「自宅で最期を迎えたい」と望む人は、国民の6割以上といわれます。ですが、自宅に医師が来て診療してくれる「在宅医療」について、正しく理解されていないことも多いようです。特によく言われる7つの誤解について、ノンフィクションライターの中澤まゆみさんが解説します。

*  *  *

【誤解その1】在宅医療では、高度な検査や治療は受けられない?

「在宅医療は看取りの医療なので、高度な検査や治療は受けられない」と思っている人は多いようです。在宅医療を受けているのは、子どもから高齢者まで、病気の対象も認知症から末期のがんまでさまざまです。自宅では手術はできませんが、在宅酸素療法や人工呼吸、経管栄養をはじめ、医師によっては、緩和ケア療法や腹膜透析、在宅輸血療法もおこなっています。在宅医療は、「看取り」に至るまでの長い期間、病気を抱えた人たちの家庭生活を支えるための医療なのです。

医療機器の小型化に伴い、これまで病院でしかできなかった検査も、できるようになってきました。X線検査やCT(コンピューター断層撮影)、胃カメラのような大がかりな検査機器は持ち込めませんが、血液検査、尿検査などに加え、心電図検査やスキャナーによる超音波検査などをおこなう医師も増えてきました。できない検査や治療については、提携医療機関につなぎます。

【誤解その2】在宅医療はお金がかかる?

「在宅医療は高い」と思っている人も多いと思います。在宅医療では「診療費」のほか、24時間対応のための「在宅総合診療料」などが入るため、外来に通院するよりは費用がかかります。しかし、自宅で受ける医療にも、病院と同じように「健康保険」が適用されますし、自己負担が一定額以上になったときには「高額療養費制度」で払い戻しが受けられます。70歳以上の一般所得者の自己負担限度額は1万2千円です。

月2回の訪問診療でかかる費用は「薬代」や「検査料」を除いて1割負担で6千円程度。がんの緩和ケアなど特殊な治療が必要な人は、それなりに高額になりますが、月額1万円以下の人が大半です。

外来への通院も、タクシーを使えば高くなりますし、夜間や深夜の対応が困難な医療機関もあります。本人の通院ストレスなども考えながら、選択するといいでしょう。

【誤解その3】在宅療養は家族の介護負担が大変?

いろんな調査を見ても「在宅療養は難しい」と考えている人はたくさんいます。東京都が2012年秋におこなった調査では、6割近くが「難しい」と答えていました。なかでも複数回答で最多だったのは「家族に負担をかけるから」で8割近く。数字だけを見ると、在宅療養は大変、ということになりますが。

確かに家族にとって、自宅での介護負担は軽いものではありません。ただ、こうした調査を見て感じるのは、「大変」「できない」というイメージが先行し、在宅療養でも「できること」がたくさんあるのを知らない人が多いことです。イメージで「できない」と決めつけるのではなく、在宅ケアで「どんなことができるのか」を、少し学んでみてください。「在宅」のイメージが変わるはずです。

【誤解その4】在宅医療を始めたら、病院には戻れない?

そんなことはありません。日本の医療はフリーアクセスですから、通院ができなくなって在宅医療を受けるようになっても、それまでの病院の主治医にかかり続けることは、かまいません。

たとえば、がんや難病のように治療の専門性を必要とされる病気では、それまでの主治医のいる病院に2~3カ月に1回定期的に通院し、普段はそれと並行して近所の診療所に通院したり、在宅医療を受けたりしている人は珍しくありません。病状が落ち着いたり、看取りが近くなったりしたら、在宅医療一本に絞る、ということが多いようです。

「併診」の場合は、病院と診療所の両方の医師が連携することが大切です。そうすれば、入院が必要なときには、かかっていた病院にすみやかにつなぐことができます。

【誤解その5】おひとりさまの「最期まで在宅」はむずかしい?

よく言われることですね。在宅医に会ったときに、「おひとりさまでも最期まで自宅生活は可能ですか?」と質問していますが、答えは全員、ほぼ同じです。「可能ですよ。認知症の人は少々ハードルが高いけど」

ただし、条件がいくつかあります。(1)本人に自宅生活への強い希望があること、(2)医療と看護・介護がチームを組み適切な支援ができること、(3)周囲に支えてくれる人がいることです。実際に「最期まで家にいたい」という独居の人に何人もお会いしましたが、この三つの条件を備えていました。認知症の人でも症状が穏やかで、きちんとしたケア態勢が組め、親身になって支えてくれる人がいれば、自宅で安らかな看取りを受けることも夢ではありません。

地域の居場所や、「通い・泊まり・訪問」のできる小規模多機能型ホーム、自宅と同じように暮らせるホームホスピスなどが近くにあれば、可能性はさらに広がります。

【誤解その6】死亡時から24時間を過ぎたら、警察に届けなければならない?

 在宅での「看取り」が多くなり、この「誤解」がクローズアップされるようになりました。医師法の「20条」と「21条」の混同による混乱です。死亡して24時間以上たっていても、医師の死亡診断書があれば、警察に届ける必要はありません。

ただし、これには普段から診ている医師の存在が必要です。診療を継続している患者が、生前に診察していた病気で死亡したと判断した場合、かかりつけ医は死亡診断書を書くことができる、ということです。普段から診ている医師でないと、こうした判断はできませんから、かかりつけ医の存在というのは大切です。

自宅で療養している場合、看取りが迫っても在宅医の訪問は週数回、しかも臨終の場に医師がいない、というのはよくあること。あわてて救急車を呼んでしまったときも、かかりつけ医に連絡すれば、医師が搬送先の病院と連絡を取り、死亡診断書を書くことができます。

【誤解その7】自宅では終末期の対応は困難?

入院中は激しい痛みを訴えていた人が、住み慣れた自宅に戻っただけで、痛みが軽くなったという話をよく聞きます。病院での医療の目的は「治療」ですが、在宅での医療の目的は、からだや心の痛みをやわらげ、療養生活を快適にする「ケア」ですから、人生の最終章の段階にある人にとっては、病院よりも自宅のほうが「向いている」と言えるかもしれません。

人生の終わりが近づくと、活動は不活発になり、寝ている時間が多くなりますが、それでも家族の負担はあります。休日や夜間にも随時対応してくれる介護サービスや、24時間対応の在宅医療・訪問看護サービスなどを上手に組み合わせ、負担を減らしてください。がんの痛みについても、自宅でも適切な緩和ケアができる時代になりました。

[AERA .dot/週刊朝日MOOK「自宅で看取るいいお医者さん」より抜粋]

孤独死ではない在宅ひとり死という選択Vol.2

■病院死より穏やかな最期 上野千鶴子の「在宅ひとり死」のススメ

人生の最期を迎えたい場所 (週刊朝日2020年6月19日号より)

人生の最期を迎えたい場所 (週刊朝日2020年6月19日号より)

 

新型コロナウイルスの感染拡大で、改めて人生の終わり方について考えた人は少なくないだろう。最期は一人──。『おひとりさまの老後』『おひとりさまの最期』などの著書がある社会学者の上野千鶴子さん(東京大学名誉教授)に、コロナが収束してもいつか訪れる最期の迎え方について聞いた。

【意識調査】あなたが人生の最期を迎えたい場所は?

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──なぜ「在宅ひとり死」がいいのですか。

「いいも悪いもない、おひとりさまのお年寄りがいや応もなく増えてきたんです。いま、高齢者の独居率は27%で、夫婦世帯が32%。夫婦世帯はいずれ死別するので、半数以上が独居になります。持ち家があるのに、入居金や家賃を払ってまで施設に入ったりサ高住(サービス付き高齢者向け住宅)に転居したりする必要がありますか。日常の先に死があれば、穏やかな最期が送れます。『在宅死の安らかさは病院死とは比べものにならない』と多くの在宅医が証言しています」

──最期は皆、「おひとりさま」になる。

「そうです。介護保険が始まり20年。介護の現場では看取(みと)りの経験と自信をつけた介護職が増え、体制も整いました。地域包括ケアシステムも広がり、地域が独居高齢者を支えるように変化しました。看護職や介護職が『医師がいなくても自分たちだけで看取りができる』と言いだすようになりました」

「在宅医も高い志とビジネスを両立できるようになりました。この20年で制度と人材は充実し、選択肢は増えました。(通い、泊まり、訪問を一つの事業所が担う)小規模多機能型居宅介護も、看取りのできる看護小規模多機能型居宅介護もできました」

──その訪問介護は、コロナの影響で崩壊してしまう、という切迫した声が聞かれます。

「コロナ禍で見えてきた問題は、すでにあった問題が非常時には増幅する、ということです。今、介護保険のホームヘルプ(訪問)が崖っぷち。コロナ禍で介護業界の人たちも危機の声明を出していますが、医療に比べて介護の声はあまり届きません。防護体制は無防備に近い状態なのに……。コロナで人手不足はさらに加速しています。訪問介護の労働条件が悪いのも、政策決定者たちが介護を『女なら誰にでもできる非熟練労働』と見なしているからです」

──膨張する費用を抑えようと、要介護1、2などの軽度者の支援を縮小する案が浮上しています。サービスが使いにくくなれば在宅ひとり死も難しくなります。

「介護保険が縮小されれば、足りないところは『自費負担で』と『家族を頼りなさい』となります。制度の後退を絶対許してはいけません。介護保険を守るために、高齢者が声を上げるべきです。一人ひとりの声が政権を動かす力になります」

──介護保険の後退は心配です。ただ、誰にも看取られない死を望む高齢者はいるのですか。

「(高齢者がバリアフリー住宅に共同で暮らす)グループリビングのCOCO湘南台(神奈川県藤沢市)を立ち上げた西條節子さんが語ったエピソードです。死が近くなった人に寄り添いながら『あなたの正直な気持ちを聞かせてほしい』と聞くと、『たまには一人にしてください』と答えたそうです。『死ぬときに一人にさせてはならない』というのは、送る側の思い込み。私はこれを『看取り立ち会いコンプレックス』と呼んでいます」

「高齢者が突然死することはめったにありません。介護保険につながれば主治医もつきますし、訪問看護ステーションが24時間緊急対応をしてくれます。訪問介護が定期的に入れば、死後、長時間経って発見される心配もありません。おひとりさまで不安なら、誰かに鍵を預けることも考えましょう」

──子どもは親を24時間看護・介護してほしいという思いから、施設入居を選びがちです。

「子どもが意思決定するからですね。『在宅ひとり死』のためには、本人の意思がまず大事。家族が本人の意思を尊重して、地域の看護・介護資源を利用し、在宅で看取る。そこに訪問リハビリテーションや訪問薬剤管理、訪問歯科診療、訪問口腔(こうくう)ケアなどの連携があれば、さらに理想的です」

「残念ながら地域格差や人材格差があるのは否めません。資源のある地域へ引っ越すのも一案でしょう。例えば、『家は病室、道路は廊下、病院はナースステーション』と町全体を病院にしようと医師会が取り組んでいる広島県尾道市、在宅ホスピスのパイオニア、山崎章郎医師が率いる『ケアタウン小平』のある東京都小平市、日本在宅ホスピス協会会長で小笠原内科・岐阜在宅ケアクリニックの小笠原文雄医師がいる岐阜市など。実際に『先生のところで死なせてくれ』と来る患者さんもいるそうですよ」

(本誌・大崎百紀)

[AERA .dot/週刊朝日 2020年6月19日号]

孤独死ではない在宅ひとり死という選択

上野千鶴子「在宅ひとり死は孤独死じゃない」 介護保険が可能にした選択肢〈dot.〉

【データ】おひとりさまのほうが悩みは少ない?調査結果はコチラ

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 共同意思決定という理念は正しいけれど、声の大きい人の意見が通るか、その人の顔色を見て忖度してしまうのが日本の高齢女性です。それならば本人の気持ちを日頃から聞いておけばいいだけです。死や死後について話すというタブーが最近やっと消えてきたせいで、そのようなコミュニケーションができるようになりました。

50代の初めに、86歳の父を看取りました。がんの告知を受けていたのですが、父は医師だったので自分が末期だとわかっていて、受ける治療も対症療法だけということを理解していました。

しかも彼は、小心で絶望したがん患者でした。病床の上で日に日に言うことが揺れ動きました。ある時は「一日も早く死なせてくれ」と言い、次の日には、「リハビリ病院に転院したい」と言う。この状況でリハビリ病院に行っても意味がないとわかっていながら言うのです。でも「そんなの無駄だからやめなよ」とは言えません。だから父の希望をかなえるために転院先を探すと、「気が変わった」と。

父は一日ごとに迷い、意見を変えました。その時に、死にゆく人の気持ちに「振り回されるのが家族の役目」と覚悟が決まりました。15カ月間それが続いて、面倒を見るきょうだいの間で同志愛が育ちましたね(笑)。

■おひとりさまは孤立しているわけではない ――家族がいない人の場合はどうでしょうか。

家族がいない人は振り回す周囲がいません。振り回すというのは甘えるということですから、同じ要求を赤の他人には言わないでしょう。話を聞いてくれる家族だから振り回すのです。つまり長年おひとりさまをやってきた人は、「こんなことを他人に言っても仕方がない」と覚悟が決まっているわけです。

人間らしいというのは、迷いとか悩みとか、弱さを見せること。もちろんおひとりさまでもそのような人はいるでしょう。だから夜は一人でいるのが不安だと訴える人のために、夜間に泊まってもらえるサービスもある。またある医師は、末期に「さみしいなあ」と言う患者に「誰に会いたいですか」と聞いて、その人に連絡するのだそうです。おひとりさまは単に独居なだけで、孤立しているわけではありません。

――日本の高齢者は友人がいない人が多いというデータもあります。

家族持ちの人たちを見ていると、家族のほかに人間関係を作ってこなかったのか、と本当に不思議ですね。「この人から家族を引き算したら何が残るんだろう」と思うことがあります。男性はとくに妻への依存度が高いですから、老後も妻さえいたら十分だと思うのかもしれません。でも妻に先立たれたら何もなくなってしまいます。

友人もいなければ家族もいないという、本当に孤立した人も確かにいます。でもその人たちも、介護保険と医療保険というインフラを利用することはできます。

面白い話があります。石垣島には、死に場所を求めて移住する人がいます。全員、男性だそうです。アパートを借りたり、都会よりも安いから家を買ったりして、住み着く。でもその人たちは、現地のコミュニティーと交わったりせず、年金を受けて一人で暮らします。

その人たちも病気になったり要介護になったりすれば、介護保険と医療保険を利用します。ケアマネジャーやホームヘルパーに支えてもらっているのですが、石垣島の人たちはとても親切だから、その後始末まで考えてくれる。「亡くなったら家族に連絡しましょうか」と聞いたら、「家族はいない」「連絡しないでくれ」と言われるそうです。それでも家族の連絡先がわかっている場合は、死後、遺族に「遺骨を引き取ってくれませんか」と通知すると、受け取りを拒否されたり、「宅配便で送ってくれ」と言われたりするとか。

家族と縁を絶った人でも、介護保険と医療保険があれば、ちゃんとした最期を迎えさせてくれる。そこまでできる社会保障制度を私たちは作りあげたのです。

■介護現場の経験値は世界に誇れる

一方でさびしさの問題は、制度では解決できません。

ずっと一人で暮らしてきたためさびしさ耐性がついて、お友達がいなくても平気という人はけっこういます。でも、家族がいないことに不安を感じて、積極的に人間関係をメンテナンスしてきた人もいます。人間関係は、種をまいて水をやらないと育たないものです。放っておいてできるものではありません。女おひとりさまはそこを上手にやっていますよね。

――一人暮らしで認知症というケースも近年増えていると思います。

私はかつて認知症に苦手意識がありましたが、今はなくなりました。認知症でおひとりさまでも、最期まで自宅にいられた事例が蓄積されてきたからです。家族の都合で施設に入れられるのではなく、認知症のおひとりさまでも在宅でそれなりに機嫌よくしていける。その事例を支えているプロが現れてきたことも大きいでしょう。

この20年間の、介護保険による現場の経験値はすばらしく進化しました。かつて介護保険がなかったころには考えられなかった「在宅ひとり死」の選択肢が生まれ、不可能が可能になってきました。私はこれを世界に誇れることだと思っています。

(構成/白石圭)

[AERA dot./週刊朝日ムック『さいごまで自宅で診てくれるいいお医者さん 2022年版』]