酒、、、百薬の長から万病の元へ。。。

日本人女性の「飲酒」と「乳がん」の関係、16万人のデータから判明!

閉経前の飲酒頻度と飲酒量が乳がんのリスクとの関係が明らかに

葉石 かおり
エッセイスト・酒ジャーナリスト

飲酒は乳がんのリスクを上げる可能性があるといわれています。しかしこれは、主に欧米の女性を対象にした大規模調査の結果でした。今回、日本人女性約16万人を対象にした大規模調査の結果が明らかになり、閉経前の飲酒頻度と飲酒量が乳がんのリスクと関係することが分かりました。酒ジャーナリストの葉石かおりさんが、研究を主導した愛知県がんセンターのがん予防研究分野分野長の松尾恵太郎さんにお話を伺いました。

先日、自治体の乳がん検診に行った。触診のとき、医師が右胸を触った際、「あれ?」というような表情をしたので、マンモグラフィーとエコーの結果が出るまで気が気ではなかった。

結局、異常はなくホッとしたものの、乳がん検診は毎回緊張する。というのも、この連載でも取り上げたように、飲酒は乳がんのリスクを上げるといわれているからだ(参考記事「お酒は控えた方がいいのか? 知られざる乳がんとアルコールの関係」)。

しかし、これまでは飲酒と乳がんの関係を示す研究は、欧米の女性を対象にしたものだった。欧米の女性と、日本をはじめとするアジアの女性とでは、飲酒の習慣も体質も異なる。

そこで、愛知県がんセンターなどが、日本人女性約16万人を対象にした大規模研究の解析結果を公表した(参考記事「閉経前の『適量を超える飲酒』が乳がんリスク上昇に関係」)。それによると、日本人女性の乳がんのリスク上昇に、閉経前の飲酒頻度や1日あたりの飲酒量が関係することが分かったという。

これは、ただごとではない。詳しく話を聞かねば。というわけで、愛知県がんセンターのがん予防研究分野分野長の松尾恵太郎さんにお話を伺った。

日本人女性約16万人のデータを解析

先生、日本人女性約16万人を対象とした今回の研究には、どういった背景があるのでしょうか?

「これまで日本人も含むアジア人を対象にした乳がんと飲酒の関係についての研究は、十分とはいえませんでした。そこで、愛知県がんセンター、国立がん研究センター多目的コホート研究、文部科学省のJACCスタディなどをはじめとする、8つのコホート研究をまとめ、分析を行いました。その際、BMI(*1)、初経年齢、女性ホルモン剤の使用の有無、出産の有無などの条件を補正した上で、閉経前と閉経後のグループに分け、乳がんと飲酒頻度、飲酒量の関係性を調査しました」(松尾さん)

コホート研究とは分析疫学における手法の1つで、特定の要因を持つ集団と、持たない集団を一定期間にわたって追跡し、両群の病気の罹患率を比較することで、病気の原因などを調べるものだ。

1日の飲酒量については、純アルコール換算で、「まったく飲まない(0g)」、「11.5g未満」、「11.5g~23g未満」、「23g以上」。また飲酒頻度においては、「現在は飲まない(過去に飲酒経験ありも含む)」、「週1日以下」、「週1日以上4日以下」、「週5日以上」とそれぞれ4つの群に分けて調査した。

果たしてその結果は……?

*1 BMI(体格指数)は、体重(kg)÷(身長(m)×身長(m))

「約16万人を平均14年間かけて調査した結果、2208人の方が乳がんに罹患していました。2208人のうち閉経前の方が235人、1934人が閉経後です。分析でまず明らかになったのは、閉経前の女性においては、飲酒頻度が高くなるほど乳がんの罹患率が上がるということです。そのリスクは、まったく飲まない人に比べ、週5日以上飲む人で1.37倍でした。また飲酒量についても、1日に23g以上飲む人の罹患リスクは、まったく飲まない人に比べ1.74倍と高い数字が出ました」(松尾さん)

このように、閉経前の日本人女性においては、飲酒頻度が高くなるほど、また飲酒量が多くなるほど、乳がんの罹患リスクが上がることが明らかになった。それでは、閉経後はどうだろう。

「一方、閉経後における乳がんと飲酒の関係を同じ条件で見てみると、週5日以上飲む人で1.11倍、1日に23g以上飲む人で1.18倍と目立った上昇がなく、統計的に有意な関係は認められませんでした」(松尾さん)

なぜアルコールが乳がんリスクを上げる?

純アルコール換算で23gといえば、日本酒だとほぼ1合……。酒豪であれば「食前酒」レベルともいえる量である。この量でも、毎日飲んでいれば、乳がんリスクが1.74倍になるのだ(閉経前の場合)。

休肝日は週2日程度で十分と(勝手に)思っていたが、「もう少し休肝日を増やしたほうがいいのかな」……と不安になってきた。

さて、ここで気になるのは、そもそもなぜ飲酒が乳がんのリスクを上げるのか、ということだ。

「飲酒によって主な女性ホルモンであるエストロゲンの量が増えることが分かっています。乳がんとエストロゲンは密接な関係にあり、エストロゲンにさらされる期間が長ければ長いほど、そしてエストロゲンの量が多ければ多いほど、乳がんの罹患率が上がるといわれています。エストロゲンが乳がん細胞の中にあるエストロゲン受容体と結びつき、がん細胞の増殖を促すからです」(松尾さん)

飲酒でエストロゲンの量が増える仕組みについては、はっきりとしたことは分かっていない。ただ、エストロゲンを合成するアロマターゼという酵素がアルコールにより活性化されることが知られており、飲酒によりアロマターゼが活性化されることでエストロゲンの産生量が増えると考えられるという。

まさかエストロゲンが飲酒で増えるとは驚いた。「エストロゲンが増える」という部分だけを切り取ると、美肌や美髪など美容面ではメリットがあると思ってしまうが、乳がんのことを考えると素直に喜ぶことができない。

また松尾さんによると、日本で乳がんの罹患率が昔に比べて上がっているのは「初経年齢が下がったことと、女性の社会進出に伴い子どもを持たない方が増えているという社会的背景も関係している」という。

初経年齢が下がれば、それだけエストロゲンにさらされる期間が長くなる。また、出産後はしばらくエストロゲンの分泌が抑えられるので、出産の回数が多いほど乳がんのリスクは下がるという。

閉経後の飲酒が乳がんと関係しない理由は?

一方で気になるのは、閉経後では飲酒と乳がんのリスクに有意な関係が見られなかったことだ。これはなぜだろうか?

「日本人女性における閉経後の飲酒と乳がんの罹患リスクとに有意な関係が見られなかった理由の1つに『肥満の割合』があります。閉経後、エストロゲンは卵巣ではなく、主に皮下脂肪で作られます。欧米人に比べ肥満の割合が少ない日本人の場合、皮下脂肪で作られるエストロゲンがもともと少ないため、飲酒によってエストロゲンが増加する量も少ないため、乳がんへの影響が抑えられたと考えられます」(松尾さん)

「中年以降はシワが目立たないから少しぽっちゃりくらいがいい」と都合のいい言い訳をしてきたが、やはり何事にも限度がある。松尾さんによると、「肥満度を表す数値として用いられるBMIが、25以上になると乳がんの罹患リスクが上がる」とのこと。

国立がん研究センターの「がんのリスク・予防要因 評価一覧」(*2)を見ても、「肥満」は閉経前の乳がんではリスクを上げる「可能性あり(BMI30以上)」、閉経後では「確実」にリスクを上げる、となっている。

がんのリスク・予防要因 評価一覧
がんのリスク・予防要因 評価一覧

出典:国立がん研究センターのホームページより

今回の研究結果を見て、将来の乳がんリスクのためにも、飲酒量や飲酒頻度に加え、体重のコントロールも考えたほうが良さそうだ、と痛感した。

次回は引き続き、乳がんの予防法を中心に松尾さんにお話を伺っていく。

松尾恵太郎(まつお けいたろう)さん
愛知県がんセンター 
がん予防研究分野分野長

[日経ビジネス]

脳は衰えない。。。

「加齢で脳が衰えるのは仕方ない」は間違い! 脳医学者が解説

瀧 靖之

何歳になってもハツラツとした生活を送りたいと思うもの。そのためには脳も若々しくなければならない(写真:123RF)

 「最近、もの忘れがひどくなった」「言葉がスッと出てこない」「集中力が続かない」……。中高年になるとこんなふうに感じる場面が多くなってくる。年を取れば脳のパフォーマンスが落ちてくるのは仕方ないと思うかもしれないが、東北大学加齢医学研究所教授の瀧靖之氏は「それは大きな間違い」と指摘する。

「脳は何歳からでも成長できます」と言う瀧氏は、幼児から大人まで、実に16万人もの脳のMRI画像を読影・解析してきた脳医学者だ。認知症予防の研究にも力を入れているが、「老化現象だからと諦めるのではなく、楽しみながら脳の機能を維持することは可能」と主張する。

中高年ビジネスパーソンが脳のパフォーマンスをアップさせたり、認知症を予防したりする方法を解説した瀧氏の書籍『脳医学の先生、頭がよくなる科学的な方法を教えて下さい』から、なぜ大人でも脳の機能を高められるのかについて、ライターの郷和貴氏を聞き手としてお届けする。

脳の老化が始まってもパフォーマンスは上げられる?

郷和貴氏(以下、郷):前回、大人の脳のパフォーマンスをアップさせる方法があると聞いたのですが、ぜひ具体的に教えてください。というのも実は私、20代の頃にうつ病で仕事を1年間休んだことがあって、それ以来なんだか頭の回転が遅くなったような気がして心配なんです……。

瀧靖之氏(以下、瀧):確かに、うつ病になると、前頭葉や海馬が萎縮することがあります(*1)。それで脳のパフォーマンスが一時的に下がることはあるかもしれませんが、今はライターとして毎日バリバリと文章を書かれているわけですから、大丈夫ですよ。

郷:でも、原稿を書くスピードをもっと上げたいんです。どうしたら脳のパフォーマンスを上げられますか?

瀧:成長段階にある子供の脳とは違い、大人の脳はゆっくりと老化が始まっています。ですが、これまでにお話ししたように、コツコツと刺激を与え続ければ大人の脳だってパフォーマンスが上がりますし、老化をさらに遅くすることも可能です。

それでは、ここでちょっとクイズです。以下のMRI(磁気共鳴画像法)の画像は、それぞれ別の人の脳を輪切りにしたものです。上の人の脳に比べて、下の人の脳はスキマが大きく、萎縮していることが分かります。2人の年齢差はどれぐらいでしょう?

2人の年齢差はどれぐらい?(画像:瀧靖之氏提供)

 

郷:全く分からないのですが……。上の詰まっているAさんが30代で、下のスカスカのBさんが70代、とか?

瀧:実はどちらも同じ「60 歳」の方の脳なんです。

郷:なんですと……?

瀧:同じ年齢でもこれだけ差が出ます。私はこれまで、膨大な数の脳のMRIを研究のために撮っていますが、被験者の方の脳が年相応なのか、若々しい脳なのか、もしくは実際の年齢よりも老けた脳なのかは、その方がMRI室に入ってきた段階で分かってしまうんです。

郷:どういうことですか?

瀧:脳が若々しい方は、年を取っていても身なりがきちんと整っていて、動作もキビキビしていて、受け答えもしっかりしています。実際の年齢より老けた脳の方は、それと全く逆で、おしゃれにもあまり気を使っていません。こうやって「見た目」から脳の状態がある程度予測できてしまうんです。

郷:外見にも表れてしまうということですか! 驚きました。

脳を若々しく保つためにできることトップ3

瀧:60~70代の方が認知症を予防するためにできることと、40~50代の方が脳のパフォーマンスをアップするためにできることは、基本的に同じです。

郷:何をやればいいのかぜひ教えてください!

瀧:まず、脳の健康維持や認知症の予防のために重要なこととして、特にエビデンス(科学的証拠)のレベルが高いものが3つあります。「脳を若々しく保つためにやるといいことトップ3」だと思ってください。それが「運動」「趣味・好奇心」「コミュニケーション(社会との関わり)」です。

そして、その次にエビデンスレベルが高いものが、「食事」「睡眠」「幸福感」の3つです。

郷:最初の3つのほうが高い効果が期待できるということですか? とりあえずその3つからやればいいわけですね。

瀧:基本的にはそうです。ただ、その次の3つについても、これからさらに研究が進んでエビデンスが積み重なっていく可能性はあります。ですから、この6 つのうち、できるものからやるというスタンスがよいのではと思います。

郷:なるほど。そして、トップ3に私の苦手な「運動」が入っていますね。

瀧:運動は脳にとてもいいんですよ。専門的な話をすると、酸素をたっぷり取り込んで行うウオーキングやランニングなどの有酸素運動によって、脳内の血流が増え、それにより脳内で脳由来神経栄養因子(BDNF)、インスリン様成長因子(IGF-1)、といった特定の細胞の成長を促すホルモンが放出されます(*2)。

BDNFが増えると海馬の神経新生が促進され(*3)、それにより記憶力の向上が期待できます。またIGF-1が増えると、神経伝達物質のセロトニンやBDNF自体の生成も促します(*4)。その結果、神経細胞同士の結合を高めたり、長期記憶の生成に関与したりするといわれています。

郷:難しくて頭に入ってこないのですが……。要するに運動すると脳の成長や維持に必要な物質が出てくるということですか?

瀧:簡単にいえばそうです。そして、どれくらい運動するのがいいかというと、中年期における週2回以上の運動は、認知症リスクを約40%下げることが明らかになった、という研究があります(*5)。特に遺伝的に認知症リスクの高い人に効果が顕著に見られたそうです。

趣味を持たないのは「人生損してる」

郷:それだけ運動に効果が期待できるなら、やったほうがいいのかな……。つい、おっくうになってしまうんですよね。

瀧:気持ちはよく分かります。人間が新しい習慣を身に付けること自体、非常に難しいことですから。楽しみながら続けられる運動が見つかるのが一番です。

続いて、「趣味・好奇心」です。楽しみながら何かに没頭することが大人にとって「最高の脳トレ」になります。

郷:趣味なら任せてください。川釣りのほか、プログラミングや、パソコンでの音楽制作などに最近はハマっています。

瀧:素晴らしい。趣味にハマっている人は知的好奇心が次々と湧いてきますよね。知的好奇心が強い人ほど、高次認知機能を担う側頭頭頂部の萎縮が抑えられていることが分かったという研究があります(*6)。つまり、加齢による脳の機能低下が抑えられるわけです。

また、知的好奇心が強い人ほど記憶の定着がよくなります。具体的には海馬、腹側被蓋野(ふくそくひがいや)、側坐核(そくざかく)、中脳黒質(ちゅうのうこくしつ)などの活動が高まるといわれています(*7)。

郷:「趣味を持たないのは人生損してる」って言い切っていいんじゃないですか。

瀧:その通りです。「運動しないのも損」って言い切ることもできますが。

郷:まあ、はい……。

退職年齢は「遅ければ遅いほどいい」

瀧:次は、「コミュニケーション(社会との関わり)」です。なぜコミュニケーションや社会との関わりが大事かというと、感情認知、言語、共感性、社会性などに関わる脳のいろんな領域を駆使して行われるからです(*8)。

郷:会社で働いていたらコミュニケーションは必須ですよね。

瀧:以前は60歳定年が普通でしたけど、この「退職年齢」ってけっこう大事なんです。健康な高齢者において、退職時年齢が1歳高いだけで死亡リスクが11%低下したというデータもあります(*9)。

郷:えっ、じゃあ仕事をリタイアするのは遅いほどいいってことですか?

瀧:そうなんです。早々にリタイアして生活費の安い地域に移住したいと思っている方もいるかもしれませんが、早期退職をすると60代前半くらいで脳の機能にマイナスの影響を与える可能性があるという研究もあります(*10)。

郷:定年退職後にどんな生活を送るかで、だいぶ脳の状態が変わってきそうですね。

瀧:仕事を辞めたあとに何か熱中できることがあって、友人との交流も盛んならいいんですけどね。

さて、今回は記事の中ではお伝えできませんでしたが、すでにお話ししたように、このほか「食事」「睡眠」「幸福感」も重要です。

郷:食事と睡眠はまだイメージができますが、「幸福感」とは何ですか?

瀧:自分が幸せだと感じることを、「主観的幸福感」と言いますが、幸せだと感じることでやっぱり脳にもよい影響があるんです。どんな人が幸福感が高いかというと、自分の好きなことを思う存分楽しんでいたり、社交性が高くて社会と積極的につながっている人(*11)、ボランティアのような利他的な活動をしている人ですね(*12)。

郷:なるほど。うちの母親は地域の福祉に関わる民生委員をやっているのですが、それも脳によいのですね。

瀧:最高ですよ。社会との関わりができ、幸福感も高められ、認知症の予防にもつながるはずです。

(聞き手 郷和貴=ライター)

[日経Gooday]

自分が考えたとおりに生きなければならない、、、そうでないと、自分が生きたように考えてしまう。。。Vol.5

 

創造の喜びの大きさとはいかばかりのものなのか、内面から自ずと湧き起こる直感や想像を思うがままに具現化できる、無から有を生み出せる瞬間に、脳内には幸せと喜びのホルモンが大量分泌されたように感じられ、胸いっぱいに誇らしさと満足感のエネルギーが満ち溢れます。

本当の満足感や幸福感は、自分には価値があると思える時、自分の存在価値を確認できる時に感じられるものです。

文学、音楽、美術、舞踊など、芸術を追求する多くの人々がそんな創造の喜びを体験したことがあるはずです。

必ずしも特定の芸術分野でだけ創造の喜びを味わえるというわけではありません。

私たちが生きていく人生のすべての瞬間が、創造のチャンスです。

生活の中で必要だと感じることを実行したり、不便だと感じることを改善したり、これまでにしたことのないことをしてみたり、いつもしていることをこれまでとは異なる方法でしてみたりすることも、すべてが創造です。

 

自分自身の人生の主は、あくまで自分自身です。

今の自分の姿と状況をつくったのは他の誰でもないまさに自分自身、すべては自分自身の責任だと、自分自身の人生の主になってはじめて、それまで浄化することができなかった感情に真っ直ぐに向き合い、欲望、利己心、被害者意識、劣等感、過剰な自意識など、執着してきたことを一つずつ手放して、自由になっていくことができます。

心の平和は、執着を手放したときに訪れます。執着は愚かさから生まれ、愚かさは人生の目的が自覚できないために生じてきます。

私たちは、何処から来て何処へ向かうのか、何のために生きていくのかが解らないと、金銭や名誉や他人に執着するのです。

否でも応でも自分が経験したすべてが、自分自身を目覚めさせてくれた意味のあるものだったと自覚したその時、初めてあるがままの自分自身を丸ごと許容することができて、心からの感謝の思い、平和な心が生まれてきます。

何処に行くべきか教えてくれる大きな知恵の光を心に感じ、その光に身を任せている間は、心にいつも平和を抱き続けていけるのです。

 

私たちは、人々と交わりながら暮らすときに幸福度が高まり、人生の醍醐味を感じられます。

心理学者のスーザン・ピンカーは、「つながり」よりも「ふれあい」を強調し、「実際に会って交流すると、有益な神経伝達物質を滝のように分泌し、私たちを健康で幸せにし、明晰にする」と述べました。

しかし、、、

人は誰しも、この世に独り来て、独り去ります。

老若男女、貧富の差、社会的な立場を越えて、人間ならば誰であっても存在の孤独が深く身に沁みる瞬間を経験するのです。

その孤独を紛らわすために人と会い、享楽に溺れる人もいれば、孤独に耐えられず鬱になったり、自暴自棄に生きていくこともあります。

かと思えば、孤独の実態と正面から向き合い、人間の生の本質についての深い省察を通して意識の覚醒を経験する人もいます。

彼らはそのような覚醒をもとに精神的な成熟による新たなレベルの生き方を選択し、そこから内面の喜びを得ます。

人生とは結局のところ、孤独を乗り越えて変わらぬ自由と真理を見つけていく長い旅です。

悟れない孤独は暗く、私たちを辛く悲しくさせるばかりですが、存在の本質へ孤独を昇華させた悟りによって孤独はもはや暗闇や陰鬱ではなく「目映い孤独」になります。

勇気を出して孤独と向き合うことによって人生の本当の意味と道理を見抜く眼識を得た人からは、夜空に浮かぶ闇を照らす孤独な月のように、目映い光が放たれ、周囲の人々をも明るく照らすのです。

どこか一方に傾いて何かに頼っていたり、どこかに嵌まり込んでいるときには、全体を感じ取ることはできません。

徹底的に独りになり、寂しさがひたすら身に沁みるときに、初めて全体を感じられ、深い暗闇を裂いて明るい光が滲み出てきます。

沈む夕陽や夜空の星々を眺めるとき、静かな森を歩くとき、独り瞑想に耽るとき、完全に独りではあるものの、あらゆるものと一つに繋がっていく充足感に包まれるとき、

決して他の人や外部の何かでは満たせない、私たちの中にある根源的な寂しさの先に進んで初めて、自分の人生を支えてくれる固い信念とビジョンを創りだす知恵とパワーを生み出すことができるのです。

絶対的孤独の先にあるもの、それは完全な力である希望です。

持てるものが何もなくても、希望があれば新たな何かを創造でき、絶望的な状況にあっても困難を克服していけます。

希望を手に入れる前提条件は何もありません。

若ければ希望が持てるのではなく、富があれば、何かがあったら、誰かが助けてくれたら、希望を持てるのでもありません。

ただ自分が選びとるだけのもの、自ら探し、探してもなければ創ればよいのです。

希望を実現するためには、絶えず自分を磨き、どんなときも最善を尽くすことが肝要です。

完成を目指すための自己啓発は、人と競争するためのものではなく、私たちが競争する対象があるとすれば、それは昨日の自分自身です。

次の失敗に、そしてまたその次の成功にいたるまでの、その時々の成功には様々な締め切りがありますが、完成に向かう自己啓発の締め切りはただ一つ、人生の最後の瞬間だけです。

人から期待される人生ではなく、胸の奥底の心が本当に望んでいること、それをしていて死んでも決して後悔しないと思えること、それをできなかったら死ぬときに後悔すると思えること、そんな何か、そんな生き方を見つけることがとても肝要です。

「今日が人生最後の日なら、今日しようとしていたことをそのままするだろうか?」と、自分に問いかけてみてください。

「そうだ」と思うなら、今それは間違いなく意味のあることです。

しかしそうでないなら、本当に心がしたいということを見つけるべきです。

悟りというのは大したものではなく、幾多の煩悩の後に一瞬霧が晴れて差し込む陽射しのようなもの、ただ自分に本当に必要なことに気付くことです。

その悟りの後にまた幾多の煩悩が生まれてきます。

物質主義や消費主義に慣らされた多くの人は、自分に必要なものが何かわからないまま、何の考えもなしにあれこれと購入し、過剰消費と浪費に明け暮れています。

自分に必要なものがわかる人ならば、物を購入するときにも慎重に選びます。

自分に必要なものが何かを知り、次に人々に必要なものが何かを知れば、そのように人生を設計できます。

エゴではなく真我の自分である限り、自分にとってよいことをすれば、それが結局はみなのためによいことなのです。

この世に、他と隔たって存在しているものなど何もありません。

地球上のすべての生命は、天と地、そしてその間の虚空でつながっています。

すべては一つだとわかることから、すべてを愛するという思いが生まれるのです。

 

参考文献
自分が考えたとおりに生きなければならない、、、そうでないと、自分が生きたように考えてしまう。。。Vol.1〜Vol.5に関して
草薙龍瞬/著「反応しない練習」
一指李承憲/著「人生120年の選択」

 

自分が考えたとおりに生きなければならない、、、そうでないと、自分が生きたように考えてしまう。。。Vol.4

 

自らにとっての真実の欠片は、迷い悩み考え抜いて決断した自らの完全な満足を目指す過程でしか見つけられませんが、それらで組み上げていく真の納得という幸福の美しい景色のパズルは、その時々での自らをあるがままに受け容れるということにより、それまでの自分自身から離れることでしか決して完成させることはできないのです。

自分自身に拘ることが自由への入口ですが、その自分自身が実はまた最大の束縛であり足枷にもなるからです。。。

そして、またその時々の一つの達成という納得の積み重ねを手放して、またゼロから次の達成を目指してコツコツと納得を積み重ねていく、、、
そうした繰り返しのすべての過程が、日々何時どんな時にも自らの納得に包まれた真の幸福な人生なのだと私は確信しています。

 

自分自身と真っ直ぐに向き合い、自らの内なる心の声に無条件に従って生きる限りのすべてが正しい、、、
人の数だけある自由な人生、自らを救える人生における正誤の基準は、いつも自分自身の納得の有無です。。。

本当のことや大切なことは、いつも隠れていて、自ずと見えてくるものがあるとすれば、それらは何処かの誰かにとっての願望や都合に過ぎません。

具体的にどんな人生を創り上げていくのかを、迷い抜き考え抜いたうえでの選択決断により、自分自身にしか決して見つけられない人生の扉を開け、試行錯誤を重ねながら一つ一つ探し出していく真実の欠片というパズルで、自らの納得という幸福な景色を組み立てていく道筋を進み続ける限りは、その過程におけるすべてが正しいのです。

 

こうした視点考察については、かつて2000年初頭に執筆したコラムにて詳述していますので、よろしければどうぞ〜
長いです。。。(苦笑)
巡り巡ってまたふりだしに(中段)
巡り巡ってまたふりだしに・続編2
巡り巡ってまたふりだしに・続編3

 

Vol.5に続く

現実はいつも、、、物語よりもドラマティック。。。

 

生まれてまもなく養子に出されたローラ・メイブリー(53)は、2019年、自分の実の親を見つけ出す。そして、その出会いが51年前の切なすぎるラブストーリーに、ハッピーエンドをもたらした。

1968年の春のある日、ホーン家とクーギル家は話し合っていた。といっても口を開いていたのは主に両家の父親たちだ。「(息子の)ジョーには、あなたが望むようになんでもさせます」。クーギル家の父親はそう言った。

高校2年生のチアリーダー、ドナ・ホーンは妊娠していた。子供の父親は学校のスター的存在、ジョー・クーギル。彼はそのとき、高校1年生だった。

「もしドナさんと結婚するよう望まれるなら、そのようにさせます。もし秘密を守れと言われれば、守ります。ドナさんが子供を産むならば、ジョーは彼女のサポートをするし、もし彼女の人生に関わらないで欲しいとおっしゃるならば、彼はそれに従います」

ドナの父は、ジョーには2度と娘と話して欲しくないと答えた。

決定権を持つのは親だ。こうしてジョーとドナは、2度と電話をしないと約束させられ、2年間の関係は涙で終わりを迎えた。

それから50年間、この約束は守られることになる。51年後のある日、彼らの間に生まれ、養子に出された女性が彼らを探し出し、引き合わせるそのときまで──。

「私にとって彼女がすべてでした」

2人の出会いは秋だった。廊下ですれ違いざまに微笑んだり、ランチ中にウインクを交わしたり……。家では毎晩、10分だけ電話で話すことが許されていた。彼らは、家族に会話を聞かれないよう、こっそりと気持ちをささやきあった。

「お互い初恋でした」。ジョーは米地方紙「インディアナポリス・スター」の取材にこう答えている。「私にとって彼女がすべてでしたし、彼女にとっても私がすべてでした」。

学校でジョーはスーパースターだった。彼は1年生ながらアメリカンフットボールのクォーターバックを務め、バスケットボールでも代表選手になり、陸上競技や野球でも活躍していた。

ドナは、チラリとしか彼を見られなくても、彼が出るイベントすべてに足を運んだ。若い2人は、週末が待ち遠しかった。ときどき、彼らはどちらかの家でだらだらと土曜日を過ごすことが許されていたのだ。

「言い合いになったことは一度もありません。すごくうまくいっていました」とジョーは振り返る。

しかし、1968年4月、ドナの妊娠が発覚すると、両家族での話し合いにより、2人は引き離された。

ホーン家は、すでに引っ越す準備ができていた。引っ越しは、行方をくらませる完璧な口実だったのだ。ジョーを失うことは、「悲しみに打ちのめされることでした」とドナは語っている。

1968年11月5日。ジョーの17歳の誕生日に、ドナは子供を出産した。悲しかった。彼女はジョーを愛しており、彼の誕生日は、彼と一緒にいられないことを思い出させる冷酷なリマインダーだった。

彼女と母親は長い時間をかけて話し合い、赤ちゃんを産んだ後、抱くこともなければ、見ることもしないと決めていた。二度と会うこともない子供だ。

ところが、「間違いが起こりました」とドナは言う。

ナースがやってきて、ドナの腕に赤ちゃんを置いた。30分間、彼女はその子を抱いていた。苦しい時間だったと言う。

一方ジョーは、自分の人生を歩んでいた。新聞記事は彼のスポーツでの活躍を褒め称えていた。もちろん噂は広まり、「みんなが真実を知りたがりました」。そ れでもジョーは無言を貫いた。彼もまた、胸を痛めており、何人の女の子に言い寄られてもデートをすることはなかったという。

ジョーはその後のことを何も知らされなかった。ドナが子供を産んだのか、女の子か男の子か、彼女が育てているのか、養子に出したのか……。彼は、彼女が精神的、肉体的に追わされた犠牲について幾度となく考えた。

「彼女の気持ちや、彼女の経験したことは、自分の100倍の重みがあることです」とジョーは語っている。

家族の誰にも似ていない自分

ドナと別れてから50年の間に、ジョーは2度結婚し、離婚した。2人の子供がいた。高校で教えながら、サングラスの会社も経営していた。2019年になったとき、彼は独身だった。

ドナも高校卒業後、2度結婚した。2011年に2人目の夫がガンで亡くなった。ドナは乳がんを乗り越え、3人の子供がいた。2019年、ドナもまた独身だった。

ドナが養子に出したローラ・メイブリーは素晴らしい養父母のもとで育ち、恵まれた人生を送っていた。彼女は、実の両親であるドナとジョーと同じように、インディアナポリスのフランクリン・セントラル高校に通った。

本当の両親はどんな人なのか……。彼女はいつも考えていた。「自分は家族の誰にも似ていないな」と。現在、彼女はアーカンソー州に暮らしている。「悩んでいたわけではありませんが、私の頭にはいつも疑問がありました」。

ローラは1995年、男の子を産んだ。1998年には、女の子も生まれた。

「生まれて初めて、自分と似た人に出会いました」。「私はこの子に似ている。そして、他にも自分と似た人がいるはずだと考えるようになったのです」

自分のルーツを知りたい、生物学上の両親を見つけたいという彼女の好奇心は、ますます強くなった。だが、ときは1990年代。まだ、インターネットは整っておらず、捜索活動は現在よりはるかに難しい。

彼女はその思いを意識の奥に押しやったが、頭から消え去ることはなかった。

50年越しのハッピーエンド

2019年6月29日、ジョーはメールを受け取った。

「こんにちは。ドナからあなたの名前を聞きました。なんと言えばいいかわからないけど、あなたは私の生物学的な父親だと思います。あなたから何かをもらったりするつもりはありません。ただ、自分のルーツを知りたいと思っています」

きっかけは、ローラの夫がプレゼントとして「23andMe」のDNAテストキットを贈ったことだった。彼は、テレビで生き別れた家族が再会するシーンを見ながらむせび泣くローラの姿を見てきた。

ローラは、検査結果をベッドに座って読んだ。親戚がいることがわかった。叔父の苗字は「ホーン」だ。彼女は何度も何度もそれを読んだ。それから、ドナの姉妹の存在が浮上した。彼女は手紙を書き、連絡先を知らせた。

こうしてドナから連絡が来たのだ。「私があなたの実の母です。聞きたいことはなんでも聞いて」。そしてドナはローラに、父親の名前を伝えた。

運命のいたずらだろう。ローラはすでにジョーを知っていた。彼女の高校時代の親友が、ジョーの甥と結婚していたのだ。

彼女が初めて電話でジョーと話したとき、彼がまずこう言ったという。「なんてことだ、もしあなたがドナに似ているなら、ものすごく可愛らしいに違いない」。

その声から愛が感じられて、ローラは素敵だと思った。そして、ローラはドナとジョーが連絡をとれるよう計らった。彼らは話し始めると止まることがなかった。彼らが再会し、抱き合ったとき、50年の年月が吹き飛んだように思えた。

「出会って、抱き合って、泣きました」。ジョーは言う。

2020年5月、彼らは結婚した。ドナはいま70歳、ジョーは69歳だ。

彼らを結びつけることは、ローラが意図したことではなかった。ただ、ルーツを知りたかっただけだ。自分が愛によって生まれたのか知りたかった。

50年前のラブストーリーの完結に立ち会えて嬉しいとローラは言う。

それに、彼女も答えを見つけた。そう、彼女は愛ゆえに生まれたのだ。

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