日本政府の取り返しのつかない功罪

 

■新型コロナワクチンはもう打たないほうがいい?3回以上は免疫力が低下との報告も

文=深月ユリア/ジャーナリスト:外部執筆者

新型コロナウイルスの感染対策として約3年間継続してきたマスク着用のルールが、3月13日から緩和された。5月8日には感染法上の「5類」に移行し、コロナにおびえる日々から着実に離脱しようとしている。
そんななか、今後のワクチン接種についてどうするべきか、悩んでいる方も多いだろう。日本は新型コロナワクチン接種率が世界トップだ。1人あたりの平均ワクチン接種回数は3回以上だが、皮肉なことに日本は感染者数も3000万人を超え、累積死者数も7万人を超えた。
感染者数に関しては、中国のようにPCR検査を制限している国、イギリスのように検査料がかかる国(簡易的な抗原検査が9ポンド)もあるので、日本は検査を希望する人に対してしっかり検査をしているということだ。おそらく、しっかりと検査をすれば世界最多の感染国は中国だろう。
しかし、これだけ死者数が増えているので、「重症化を防ぐ」といわれてきた新型コロナワクチンが「果たしてどの低下効果があるのか」という疑問を改めて抱かざるをえない。

米紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」の1月1日の報道によると、なんと「北米などで流行中のオミクロン株亜種XBBは、新型コロナワクチン接種者の方がかかりやすい」という。同紙によると、新型コロナワクチンを3回以上接種した人は、未接種者の3.4倍、2回目接種者の2.6倍感染率が高くなるという。いったいどういうことなのか。

連続接種は、かえって感染しやすくなる?

新型コロナワクチンは、当初は多くの人々の重症化を防ぎ、多くの人命を救ってきたことは否めないが、連続接種については名だたる研究者・医師たちが警鐘を鳴らしている。
新潟大学名誉教授の岡田正彦氏の研究によると、「新型コロナワクチンは免疫力を低下させる」という。
「新型コロナワクチン接種により、免疫力が低下する。しかも、免疫力低下は一時的ではなく、数十年単位と長期にわたるので、接種回数を増やすのは慎重になるべき」(岡田正彦氏)
また、名古屋大学名誉教授の小島勢二氏は、たび重なるワクチン接種により、逆に新型コロナに感染しやすくなるリスクを懸念している。
「アメリカの『疾病対策予防センター』の研究者が33万人を対象に調査したところ、未接種、2回、3回、4回とワクチンの接種回数が増えると、感染率が29%、33%、38%、41%と高くなる」(小島勢二氏)
そもそも、「変異株用ワクチンはあまり効果が無い」という説もある。

米医学雑誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」に掲載された論文によると、「変異株に対応した新型コロナワクチンを接種しても、初回接種した新型コロナワクチンに対応した中和抗体だけが増加し、変異株に対する中和抗体は十分につくられない」という。同様の説は科学誌「nature」、医学誌「セル」にも掲載された。
さらに、たび重なる新型コロナワクチン接種はADE(Antibody-dependent enhancement/抗体依存性感染増強)を招く、という指摘もある。ADEとは、ウイルス感染やワクチン接種によってつくられた抗体によって、かえって感染しやすくなる・重症化しやすくなるという現象だ。同じコロナウイルスに属するSARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)のワクチンは、動物実験の段階でADEが起きて、人間でも同じ現象が起きるという懸念から実用化に至らなかった。
つまり、たび重なる新型コロナワクチン接種は、免疫力低下が長期間続く、変異株用ワクチンを接種しても大した効果がない、ADEにより抗体の効果が低下する、ということだ。
ただし、このような現象は、新型コロナに罹患しても起きるとされる。免疫力が低下し、長期にわたる後遺症が残ることもあり、一度感染しても抗体は時間と共に減る・変異株に自然感染の抗体は効かないことがあるので再感染する。では、どうすればよいのか。

東京理科大学名誉教授・村上康文氏「新型コロナウイルスは人工ウイルス」

筆者は東京理科大学名誉教授の村上康文氏(専門は免疫学と分子腫瘍学)のオンラインセミナーを取材。そこで同氏は驚くべき説を主張した。
「新型コロナウイルスは人工ウイルスだと思います。コウモリに感染するウイルスを実験室で人間に感染するようにつくり変えました。新型コロナウイルスは人工的な遺伝子配列をしています」(村上康文氏)
人工ウイルスであるとすれば一層危険なので、できる限りの感染対策をすべきではないか。
「理化学研究所の研究データによると、日本では8割の人が従来のコロナウイルスに対する抗体を所有して、実は初期の武漢型は(日本人にとっては)そこまで脅威ではありませんでした。ですから、少なくとも全員が新型コロナワクチンを接種する必要はなかったと思います」(同)
同氏は「日本の感染対策は間違っていた」と主張する。
「ファイザー、モデルナなどmRNAの新型コロナワクチンを打つと、新型コロナウイルスは抗体を免れる方向に変異していきます。新型コロナのようなRNAウイルスは変異しやすいのです。Nature-Ecology-and-Evolutionによると、変異は弱毒化するどころか、毒性が高まる、という数理モデルもあります」(同)
さらに、新型コロナワクチンにはADE(抗体依存性感染増強)のリスクがあるという。
「新型コロナワクチンに限ることではありませんが、ワクチンはADEを引き起こします。接種した直後は感染防止効果があっても、長期的には感染しやすく、重症化しやすくなる場合もあります。イギリス公衆衛生庁の2021年の抗体陽性者を対象にした調査によると、抗体陽性者が増えても、感染者はかえって増えていました」(同)
イギリスのデータが示すことは、新型コロナウイルス感染症において、集団免疫(自然感染、ワクチン接種いずれも)の獲得が困難だということだろう。
同氏によると、ファイザー、モデルナのようなmRNAワクチンの最大の問題点は、“異物”であるスパイクタンパク質を細胞内で生産し、免疫システムが正常な細胞を攻撃してしまう点だという。
「mRNAワクチンは、細胞内でウイルス抗原(スパイクタンパク質)を産生します。スパイクタンパク質を生産する細胞は、免疫システムに“感染細胞”として認識されます。そして、免疫システムがこの細胞を正常細胞であるにもかかわらず“感染細胞”と判断し、攻撃してしまいます。だから、副反応が起きます。このような仕組みのワクチンは、これまで採用されたことはなく、今回が初めてです。この点でmRNA型ワクチンは、ワクチンと呼ぶより、遺伝子を細胞内に運び込む“mRNA医薬品”と呼ぶべきだと考えます」(同)
村上氏は2020年、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質でマウス20匹を対象に実験を行ったところ、同タンパク質の接種により5回目以降でマウスが次々に死亡していく現象が観察されたという。
「動物実験がそのまま人間にあてはまるわけではありませんが、このデータから考えても十分に気をつけなければなりません。学術誌『サイエンス』(2022年7月15日号)に掲載された論文によると、mRNAワクチンを3回接種すると、オミクロンに感染しても免疫ができにくくなるとのことです。また、4回目接種から炎症を抑制する抗体が増えます。しかし、ウイルスを撃退するには炎症が必要なのです。新型コロナワクチンは免疫抑制効果があるのです」(同)
では、新型コロナに罹患しても、新型コロナワクチンを接種しても免疫が抑制されるなら、どうすれば良いのか。
「1年くらいしたら、新型コロナワクチン免疫抑制効果はなくなります。免疫力を上げていくには適度な運動、太陽光を適切に浴びること、ビタミンD接種も有効ですね。コビナックス(同氏が開発したニワトリのmurak抗体を配合した口内スプレー)もお勧めで、一部の代議士も処方しています」(同)

新型コロナが変異した原因は?

一方で、新型コロナ研究の第一人者で東京大学医科科学研究所の科学者、佐藤佳氏の研究によると、「新型コロナが変異した原因は、必ずしも大規模な新型コロナワクチン接種が原因ではない」という。
同氏がメディアで回答したインタビューによると、「ワクチン接種でも自然感染でもウイルスは進化(変異)してしまう。しかし、自然感染の場合、重症化や死亡リスクが伴う。どちらが合理的かは、言うまでもない」という。
現在の日本でとれる感染対策の選択肢としては、「mRNAワクチンを接種する」「ワクチンを接種せず感染対策をする」、そして去年よりmRNAワクチンでない従来のワクチン製造方法でつくられた不活化ワクチンのノババックスワクチンも接種可能になった。筆者はノババックスを2回接種し、来月に3回目を接種する予定だが、現状、副反応はない。
周りに流されやすい日本人だが、「新型コロナを何回打つか」「そもそも打たないのか」「打つとすれば、どのワクチンを打つか」といった判断は、自分自身の身体の状態を考えて熟慮しよう。

[Business Journal]

減酒というスキンケア

飲み過ぎで肌ボロボロ? 酒がやめられない人が老けて見える理由

美容皮膚科専門医に聞く、肌と飲酒の深~い関係
葉石かおり=エッセイスト・酒ジャーナリスト

お酒を飲む量を減らすと、肌の調子が良くなることに気づいた、酒ジャーナリストの葉石かおりさん。飲酒と肌にはどのような関係があるのか、美容皮膚科専門医である銀座ケイスキンクリニック院長の慶田朋子さんに話を聞きました。すると、スキンケアとは無縁だった男性でも、あることを1週間続けるだけで、劇的に肌の調子が良くなると教わりました。そのあることとは……。

 このところの調子がすこぶるいい。

コロナ禍、緊急事態宣言が初めて出された3年前と比べると、しっとり感とツヤが全く違う。

最も違うのは、吹き出物ができなくなったことだ。マスク生活の影響かと思っていたが、一時は皮膚科回りをするほど肌荒れに悩んでいた。

だが今は吹き出物とは無縁。いったい何がよかったのだろう? マスクは相変わらずつけているし、思い当たるとしたら、家で酒を飲むことを基本的にやめたことしか考えられない。

これまで酒と肌の関係なんて考えたことがなかったが、やはり飲酒量を減らすと肌の状態が良くなるのではないだろうか。周囲にいる酒豪の男性方の肌を見ると、荒れ気味の人がかなり多い。ひどい人になると、粉ふき芋かと思うほどガッサガサなのだ。

気のせいかもしれないが、酒豪かつ愛煙家の男性ほど、シミ、しわが多く、肌の状態が良くないような……。

ここはしっかりと、世の酒好きな男性のためにも、専門家に事実を確認せねばならない。

美容皮膚科専門医として、美に関するアンテナの高い女性から絶大な支持を受けている、銀座ケイスキンクリニック院長の慶田朋子さんに、肌と酒の関係についてお話を伺った。

寝酒を1週間やめるだけで肌荒れは改善する

先生、肌にとって飲酒は良くないのでしょうか?

「はい、飲酒はお肌にとってメリットよりも、デメリットのほうが大きいと言えます」(慶田さん)

ああ、できれば信じたくなかったが、やはり酒と肌は関係があったのだ。ではいったい酒の何が肌に悪影響を及ぼしているのだろう?

「飲酒はお肌にさまざまな影響を与えます。お肌の健康にとって大切なのは、睡眠、食事、排せつ、運動習慣、ストレスコントロールの5つ。このうち最も重要なのが睡眠です。睡眠は肌の再生にとって欠かせないもので、睡眠の質の低下は肌荒れの原因になります。眠れないからと寝る前にお酒を飲む方がいらっしゃいますが、全くの逆効果です。寝酒はよく眠れるどころか、アルコールの覚醒作用によって、中途覚醒を招きやすくなり、睡眠の質が低下します。毎晩のように寝酒をあおっていると、お肌はボロボロになってもおかしくありません」(慶田さん)

酒飲みならほとんどの人が経験していると思うが、寝酒をすると寝入りばなは良いが、必ずといっていいほど夜中に目が覚める。確かに酒を飲まずに寝た夜は、中途覚醒がほとんどなく、目覚めもいい。肌もつややかで、しっとりとしている。質のいい睡眠は、高価な美容液に勝るとも言える。

若い頃ならいざ知らず、お肌の曲がり角をとうに迎えた年齢なら、寝酒による睡眠の質の低下は肌にダイレクトに悪影響を及ぼすのだろう。

「毎晩のようにお酒を飲む方で、肌荒れに悩んでいるのであれば、まずは1週間、寝酒をやめることをお勧めします。それだけで、びっくりするぐらい肌荒れは改善するはずです」(慶田さん)

なるほど。これまでスキンケアとは無縁で、肌が荒れるに任せていた酒豪のおじさまたちにも、「まずは1週間、寝酒をやめる」というのをお勧めしたい。

「男性でも、若い世代ではスキンケアは常識になりつつあります。それよりも上の世代で、これまでスキンケアとは無縁だったという方は、基本として、洗顔、保湿、そして紫外線対策から始めてみましょう。洗顔料をよく泡立てて顔を洗い、ジェルタイプで保湿効果の高い化粧水や乳液を塗って、外で活動するときは日焼け止めも忘れずに塗るといいですね」(慶田さん)

寝酒をやめて肌荒れが改善したおじさまが、さらなる一歩としてスキンケアに気を配り出したら素敵だと思う。

憎き「アセトアルデヒド」がしわ、たるみ、くすみの原因に

だがしかし、慶田さんによると、肌への長期的な影響を考えると、寝酒をやめることだけでなく、やはり飲酒量にも気をつけなければならないという。

「お酒は、お肌に直接的な悪影響も及ぼします。お酒を飲むと、アルコールは胃や小腸で吸収され、主に肝臓で分解されます。そして、アルコールの代謝により生成される『アセトアルデヒド』が問題なのです。通常、アセトアルデヒドはさらに分解され、無害な酢酸になるのですが、お酒を飲み過ぎるとアセトアルデヒドの分解が追い付かず、体に長い時間とどまってしまいます。これにより、お肌にさまざまな悪影響が生じるのです」(慶田さん)

アルコールの代謝能力には個人差があり、酒を飲むとすぐ顔が赤くなる人は、アセトアルデヒドの分解が遅い。そのため、いわゆる下戸のほうが、肌への影響は大きいといえる。

それでは、アセトアルデヒドは肌にどのようにして影響を与えるのだろうか。慶田さんによると、体のコゲともいわれる「糖化」が関わっているのだという。

女性誌の美容特集や、日経Goodayの記事などで、老化を加速させる主因とまでいわれる「糖化」というキーワード。これが、アセトアルデヒドと関係があるのだ(涙)。

「糖化は、体内の余分な糖がたんぱく質と結びつく現象のことです。この糖化が進むと、AGEs(終末糖化産物)という物質が生成されます。AGEsは肌の弾力を奪い、シミ、しわ、くすみなどを引き起こします。実はアルコールの分解過程で生じるアセトアルデヒドもまた、たんぱく質と結合し、アセトアルデヒド由来のAGEsを生成します。つまり、お酒をたくさん飲んで体内にアセトアルデヒドが長く存在すると、糖化が進み、老化が加速してしまうのです」(慶田さん)

AGEsとは、体内に存在する糖とたんぱく質が体温で加温されることによって結合した物質

この連載でもかつて解説したように、実際に飲む頻度が高い人ほどAGEsが体内に多く蓄積しているという研究もある(詳しくは「老化の主犯!? 怖い「糖化」はお酒を飲むと加速する?」参照)。

慶田さんによると、AGEsによって肌のコラーゲンなどのたんぱく質が変性・劣化すると、皮膚は硬くなってハリを失い、しわやたるみ、くすみの原因になる。しかも、劣化した肌のたんぱく質は、「古くて伸びた輪ゴム」のようなイメージだという。しかも一度そうなってしまうと、「元に戻るのは難しい」というから恐ろしい。

「酒+タバコ」は肌へのダブルパンチ!

「AGEsだけでなく、お酒のお肌に対する影響はまだあります」と慶田さん。

「体内でアルコールが分解されるときに、ビタミンB1が大量に消費されます。ビタミンB1は、糖質が代謝されてエネルギーが産出される際に補酵素として働きますが、お肌のターンオーバー(新しい皮膚ができて古い皮膚がはがれ落ちること)にも関わるものです。それが不足することによって、お肌が乾燥し、代謝も低下。すると、お肌のきめが粗くなり、透明感が失われます。またアルコールによる利尿作用によって脱水が促進されることも、お肌の乾燥へとつながってしまいます」(慶田さん)

しかも、酒飲みかつ愛煙家は、さらに注意が必要だという。タバコは人体にさまざまな害を与えるが、それが顕著に表れるのが肌なのだ。例えば、タバコに含まれるニコチンの働きにより毛細血管が収縮し、体のすみずみまで栄養が届かなくなってくる。すると、肌の再生能力が弱まり、吹き出物が出るなどのトラブルが起きる。

「タバコには多くの化学物質が含まれています。タバコを吸うとそれらの化学物質が体に入ってくるので、それに対抗しようと体の中で活性酸素が大量に生まれます。すると、活性酸素は細胞の『酸化』を招き、コラーゲンの分解を加速させるため、しわやたるみができていくのです。副流煙にも同様の作用があります。居酒屋でお酒を飲みながら副流煙を浴びるのも肌の酸化を促してしまいます」(慶田さん)

今でこそ喫煙できる飲食店は少なくなったが、副流煙を浴びながら酒を飲む日が続くと、やたら化粧のノリが悪かった記憶がある。気のせいではなかったのかもしれない。

また、酸化は体の「サビ」といわれる。酸化は、体の「コゲ」である糖化と手をつないで老化を促進させるという。なんということだ。

アルコールをストレス解消の手段にしてはならない

慶田さんによると、美肌のためには、良質なたんぱく質やビタミンをとることも大切だが、そうした栄養をしっかりとったからといって、酒を飲み過ぎていいことにはならないという。

この連載では、かつて、日本酒には肌にも良いアミノ酸が豊富に含まれていると紹介した(参考記事「日本酒は酔える化粧水?! アミノ酸たっぷりで肌にもよかった!」)。また、日本酒やワインに糖化を抑える効果が期待できることも解説している(参考記事「日本酒やワインが、老化の元凶「糖化」を抑える!?」)。しかし、だからといって日本酒やワインをガブガブ飲み過ぎては、肌の老化が進んでしまい、本末転倒なのだ。

「飲酒が習慣化して、お酒を飲まないと1日が終わった気がしない、ストレス解消ができない、という人は、自分の考え方や行動を見直したほうがいいかもしれません」(慶田さん)

夕方になると当たり前のように、缶ビールのプルトップを「カシュッ」と鳴らしてしまう酒飲みにとっては、頭の痛い言葉だが、惰性でだらだらと飲んでいるのであれば、この機会に見直してもいいかもしれない。

「お肌の問題だけでなく、飲み過ぎはさまざまな病気につながる恐れがあります。年齢を重ねるとだんだんお酒に弱くなり、アルコールが体に与える影響も大きくなってきます。そこで、日頃からつい飲み過ぎてしまうという方は、お酒を飲むのが日常ではなく、『特別な日』だと考えるのはどうでしょう。つまり、お酒は『ハレの日』の飲み物というわけです」(慶田さん)

私事で恐縮だが、コロナ禍にアルコール依存症になりかけたのをきっかけに、家飲みをほぼやめてから、私にとって酒を飲む日=スペシャルデーになった。「酒を飲むのは外食時」と決めてしまえば、家ではノンアルコールビールやレモンテイストの炭酸水でも満足できるようになった気がする。

「日常的にお酒を飲むのではなく、飲むのが特別な日だと考え、お酒を買い置きしないようにして、安いお酒ではなく高いお酒を選ぶようにすれば、飲酒量は自然と減っていくでしょう。逆に、安くてアルコール度数が高いお酒は、どんどん飲めて深酒につながるので、肌にとって害悪でしかありません」(慶田さん)

また、慶田さんは、飲酒がストレス解消になっているという人には、皮膚科のアトピー外来での治療が参考になるかもしれない、という。

アトピー性皮膚炎の患者さんは、ストレスがかかると皮膚をかいてしまい、症状が悪化します。それがエスカレートすると、かくこと自体がストレス解消になってしまうのです。そういう患者さんには、日記を書いてもらい、どういうときにイライラしてかきたくなるのかを明確にし、行動パターンを見直します。かきたくなったときに、かくという行動を、深呼吸したり、お茶を飲んだり、ガムをかんだり、好きなタレントさんの写真や動物などの癒やし系動画を見たり、といったほかの行動に置き換えることができれば、症状が劇的に良くなることがあります。こうした行動変容は、お酒にも応用できるのではないでしょうか」(慶田さん)

なるほど。どんなときに酒を飲みたくなるのかを日記に書くことで可視化し、飲むという行動を別の行動に置き換えることで、ストレス解消を別の方法で行うということだ。

古来より酒はコミュニケーションを円滑にするものだと言われているが、飲み過ぎは健康を損ない、肌にもダメージを与える。今一度飲み方を見直し、肌を整えることを一考してみてはいかがだろうか。

[日経Gooday]

私は真剣に人生120年計画、、、人生はまだ始まったばかり。。。(3/3)

■70代で死ぬ人、80代でも元気な人 第3回
70代で老け込む人、80代でも輝く人―決定的な差を生む、「衰え」に対する考え方の“違い”とは


人生100年時代――充実した老後のためには老後資金計画など“準備”も欠かせませんが、年齢を重ねるなかで、はつらつと過ごせる体とマインドを維持することも同じくらい重要です。

では、どうしたら、はつらつと年齢を重ねることができるのか?30年以上にわたって高齢者専用の精神科医として、医療現場に携わってきた和田秀樹氏は、70代が「ターニングポイント」だと指摘。70代を無事乗り越えることができれば、元気な80代を迎えられると言います。ただ、裏を返せば、70代には注意すべき危険が潜んでいることを意味します。

そんな70代を乗り越えるための「習慣」と「心がけ」についてのアドバイスがまとめたれた話題の書籍『70代で死ぬ人、80代でも元気な人』から、第1章の一部を特別に公開します(全3回)。

※本稿は和田秀樹著『70代で死ぬ人、80代でも元気な人』(マガジンハウス新書)の一部を再編集したものです。

若いころのようにはいかないことを、逆に面白がる

これは仕方のないことですが、70代になれば、体力も集中力もそれなりに衰えてきます。

「昔はこれくらいの作業なら1時間でできたのに」「一日中、本を読んでも集中できたのに」など、50代、60代のころまでならできたことが思うようにいかなくなってきます。

すぐに疲れてひと休みしたくなる、集中できなくて眠くなったり頭に入ってこなくなる。その程度のことならほとんどの70代が自覚していると思います。

でもそこで、「もう好きな本を読むなんてできないんだな」と考えるとどうなるでしょうか? 「体力を使うことはムリだな」と諦めたらどうなるでしょうか?

その時点で、テレビの前に座り込んでしまう、無気力な70代の仲間入りです。

少しぐらい体力が落ちても、時間をかければできないことはありません。体力が半分に落ちたのなら、倍の時間をかければできる計算です。そこで「やってられないな」と考えるのではなく、「面白いな」と考えてみてはいかがでしょう。

実際、面白いのです。

あんなにテキパキできたことがゆっくりしかできない。そのかわり、のろのろやってみると「そうか、こういう仕組みだったのか」とか「この作業がポイントだったのか」と気がつくことが出てきます。

以前だったら、おそらく休みたいと思っても「これくらい一気にやらなくちゃ」と頑張り続けたのでしょう。つまり若いころというのは、何をやる場合でも楽しんだり面白がったりする余裕がない。「時間」や「効率」にどうしてもこだわってしまうからです。

高齢になれば違います。

体力が落ちた、集中力も記憶力も落ちたとなると、これはもうできないことを面白がるしかないのです。

本を読んでいても「あれ、ここは昨日読んだページじゃないか」といったことがよくあります。「まあ、面白いから何回読んでもいいか」「昨日は読んでも頭に入らなかったけど今日は入るな」などと思い直せば、何か新しい発見をしたり、いままでとは違う読み方ができるかもしれません。

そういう面白さに気がつけば、たとえ時間がかかるようになってもとにかく読みたい本を最後まで読み通すことができます。少なくとも「一気に読めないから止めよう」とはならないはずです。

できなくなったことを面白がるというのは、やりたいことをやり続けるためのコツなのです。

いまできていることは、何も諦めなくていい

時間がかかろうが体力や集中力が衰えようが、いまできていることを諦める必要はありません。まったくできないというのならともかく、ペースを落としても休みながらでも、やればできることはこれまで通りに続けてみる。

「もう歳なんだから、疲れることや負担になることはやらなくていい」と考えてしまうと、結局は何もしない暮らしになってしまいます。楽には違いないでしょうが、そういう諦めの境地はまだ70代には早過ぎます。

もっと老いに逆らう気持ちになっていいし、それが70代のフェーズだというのが私の考えです。

ですから、大きな目安として、老いに逆らって70代を乗り切り、それで元気に80代を迎え、その80代も後半になったら少しずつ老いを受け容れてムリはしない、好きなことだけのんびり楽しんでやっていく、そんな考え方でいいような気がします。

もし70代のうちに「歳だから」といろいろなことを諦めてしまうと、80代になったころにはできることがほとんどなくなってしまいます。というより「やってみようかな」という気持ちすら消えてしまいます。

本を読むようなことでも、庭いじりのような軽い作業でも、10年も遠ざけてしまうと興味がなくなってしまう可能性があるのです。

私はこの本を主に70代の団塊世代を意識して書いていますが、理想は80代になっても輝いて生きていることです。10年先の高齢期になっても輝き失わないために、危険な70代をどう過ごせばいいのかを考えています。

80代になっても輝いている高齢者には、まだまだ自分が楽しめる世界が残されています。趣味や日常生活の中で大事にしている時間がいくつもあって、出かけたり人と会ったりすることを苦にしません。といっても忙しく動き回るようなこともしませんから、一日がゆったりと流れていきます。

そういう80代の人がよく口にする言葉に、「退屈することはありません」というのがあります。周囲から見ればのんびりゆっくり過ごしているようでも、本人には一日の中に好きな時間や夢中になれる時間が散らばっていて、その一つひとつを楽しんでいるうちに一日があっという間に過ぎてしまうのでしょう。

そういう毎日を送れるのは、70代にいくつも自分にとって楽しみなこと、好きなことをやり続けてきたからです。

80代になって新しい趣味ややりたいことが見つかるというのはあまりありませんから、70代のうちはいつでも楽しめる世界を身に周りにできるだけ多く残しておくということが大事なことなのです。

70代になって似合ってくる世界がある

私は70代の男性を羨ましく感じることがあります。

それなりにシワが刻まれ、髪の毛も白くなったり、髭にも白いものが目立つような男性が、着慣れたジャケットでバーの片隅に座っているようなときです。

もう長く通っている店の、いつも座っているカウンターなのでしょう。ゆったりとくつろいでいます。

夕刻、早い時間の寿司屋でも同じです。70代らしき男性が悠然と好きな寿司をつまみ、日本酒をゆっくりと飲んでいる場面に出くわしたりすると、「いいなあ」と羨ましくなります。

旅行もそうですね。若いころは慌ただしいスケジュールに追われていますから、新幹線で地方に出かけるようなときでも、窓の外をのんびり眺める気持ちにはなかなかなれませんが、70代と思しき年代の旅行客は違います。とてもゆったりと構えて窓の外の景色を眺めたり、本を読んだりしています。

そういうさまざまなシーンに共通するのは、一人だということです。

70代になると、一人が似合ってくるのです。

べつに寂しそうでもないし、拗ねているようでもないし、かといって気負いも緊張している様子もありません。ごく自然体です。一人でいることが様になっています。

若い世代はそうもいきません。同じことを一人でやってもどこか固くなっていたり、落ち着かなかったりします。そもそも周りから見て浮いた感じがします。要するに、一人が似合わないのです。

これが80代となると、そこに飄々とした雰囲気さえ生まれてきます。

杖を手にしたおじいちゃんやおばあちゃんが、馴染みの蕎麦屋さんでゆったりと蕎麦を食べている様子というのは、これもまた高齢にならなければつくれない独特の雰囲気があります。

老いることは悲観的なことばかりではありません。

老いることを何もかも否定的に受け止めるのも間違いです。

老いてはじめて似合ってくる世界や様になる世界もあります。そのことに気がつけば、格好いい70代でありたいという気持ちも生まれてくるはずです。

[フィナシー]

私は真剣に人生120年計画、、、人生はまだ始まったばかり。。。(2/3)

70代で死ぬ人、80代でも元気な人 第2回
精神科医・和田秀樹氏が解説! 90歳を過ぎても元気な人が共通して言う「ある言葉」


人生100年時代――充実した老後のためには老後資金計画など“準備”も欠かせませんが、年齢を重ねるなかで、はつらつと過ごせる体とマインドを維持することも同じくらい重要です。

では、どうしたら、はつらつと年齢を重ねることができるのか?30年以上にわたって高齢者専用の精神科医として、医療現場に携わってきた和田秀樹氏は、70代が「ターニングポイント」だと指摘。70代を無事乗り越えることができれば、元気な80代を迎えられると言います。ただ、裏を返せば、70代には注意すべき危険が潜んでいることを意味します。

そんな70代を乗り越えるための「習慣」と「心がけ」についてのアドバイスがまとめたれた話題の書籍『70代で死ぬ人、80代でも元気な人』から、第1章の一部を特別に公開します(全3回)。

※本稿は和田秀樹著『70代で死ぬ人、80代でも元気な人』(マガジンハウス新書)の一部を再編集したものです。

70代はまだまだアクティブにいこう

健康を気づかった節制生活は、自ら「老い」を早めることになるかもしれません。「健康でいたい」「長生きしたい」と願う気持ちが逆にその人を老け込ませてしまうとしたら、何だか皮肉な話です。

いまの70代は、かつての70代とはまったく違います。

かつて、30年くらい前の日本でしたら70代ははっきりとした「老人」でした。しょぼくれたり、シワが刻まれたり、歩行のおぼつかないような老け方が、70代のがごく当たり前の姿でした。

しかし、いまはどうでしょうか?

街角で見かける70代に腰の曲がった人なんかいません。背筋もシャンとしているし、顔色も肌つやも体格もいい。高齢者には見えないごくふつうの人の中に70代は紛れてしまって見分けなどつかないのです。

これは戦後生まれの団塊世代あたりから栄養状態も良くなって、成長期に肉や牛乳のようなたんぱく質をそれまでの世代よりはるかに十分に摂るようになったこととも関係があると思います。40代、50代のころでも外食でステーキや焼き肉を食べ、とにかく精力的に生きてきた世代ですから、70歳になったからといって急に老け込むはずがないのです。

しかも定年の延長で、60歳を過ぎても会社勤めをしてきた70代は少しも珍しくありません。ということは、つい数年前まではまったくの現役であり、仕事によってはいまも現役の人だっています。

つまり、「歳だから」と自己規制するには早過ぎる年代なのです。

むしろ、体力や知力も含めた若々しさをそのまま維持できるように、アクティブに暮らしたほうが、結果として長い高齢期を元気に乗り切ることができるでしょう。

80代後半になれば、さすがに老いを自覚します。老化そのものは、いくら体力があっても、栄養状態が良くても避けられないのです。

いまの時代は80代後半はもちろん、90代でもまだまだ若々しい高齢者が大勢いますが、やはり年齢から来る体力の衰えや記憶力の衰えは自覚していると思います。

ですからその年代になったら、もう老いに逆らう必要はありません。

むしろゆったりと老いに身を任せて、できないことは頼ったり助けてもらったり、あるいは時間がかかってもいいから自分でゆっくりやってみたりして、老いと親しみながら暮らしたほうがいいでしょう。

「気がつけば90歳」というのが理想の老い方

老いはひとくくりにはできません。先にも書いたように、70代、80代、あるいは90代にそれぞれのフェーズがあるからです。「もう70過ぎたんだから」と自分を高齢者の枠にくくってしまう必要はありませんし、個人差も当然あります。

もちろん理想は、80代になっても90代になっても、元気でいられることです。

体力の衰えから来る多少の不自由は仕方ないとしても、90代でも背筋がシャンとして快活な男性はいくらでもいますし、若い人たちに混じって趣味を楽しんだりサークルで勉強している女性もいます。

そういう高齢者に出会うと、「すごいなあ。90歳を過ぎたのにこんなに元気で頭もしっかりしているなんて」と誰もが羨ましい気持ちになります。

「私はいま70歳を過ぎたばかりだけど、もうあちこち調子が悪い。90代でも元気な人はしっかり節制したり、身体も鍛えてきたんだろうな」と思いたくなるでしょう。

ところが、元気な90代の方にきいてみるとみなさん笑います。

「70代なんて年齢を意識したことはなかった。やりたいことをやって、好き勝手に生きてきただけですよ」といった調子です。

「あの当時に比べたら、いまはもう身体も思うように動かないし、疲れやすいし、新しいことを始める気力もなくなってきたし、やっぱり歳には勝てませんね」と笑っています。

つまり90歳過ぎても元気な人は、用心深く生きてきたから元気なのではなく、あるいはとくに身体を鍛えたわけでもなく、自分がやりたいことをやって毎日を楽しんで暮らしてきた人が多いのです。

「気がつけば90になっていた」とみなさん言います。それだけ快活に、毎日を退屈することなく70代を過ごしてきたということです。

そこで私から提案したいのは、70代を老いの入り口と受け止めたりしないで自分がやりたいことをどんどんやって、自由に生きようということです。

まだ老け込むには早過ぎる年齢なのですから、何でもできるはずです。ましてやりたいことや自分が好きなことなら楽しみながらできます。気分はもちろん、身体だってまだしゃんとしているのですから、自分からわざわざブレーキをかける必要はありません。

そして、まずは元気で70代前半を乗り切ることです。

「なんだ、70代なんてこんなものか。それなりに疲れやすくはなってきたけど、自分が好きなことならまだまだ楽しめるんだ」

そう気がつけば、少なくとも自分が高齢になっていくことに対しての悲観的な気分だけは撥ね退けることができると思います。

「喜寿」(77歳)を満面の笑顔で迎えよう

心掛けていただきたいのは、とにかく年齢を十把一絡げにしないということです。

「そろそろ大人しくしなくちゃいけない年齢」「老いは気がつかないうちに進んでいく」といった、戒めなど持つ必要はありません。

老いには個人差があるのですから、自分の好奇心ややってみたいことにブレーキをかけなくていいのです。「もうそれなりの歳なんだから」「みんな節制しているんだから私もおとなしくしてなくちゃ」などと思わなくていいのです。

もし、いろいろな不安が浮かんできたとしても、いまが元気なら「よし、この調子」と自分を励ましてください。

70歳の節目で久しぶりに同窓会に顔を出した男性は、「つぎは喜寿に元気で会おう」という友人の呼びかけに大いに納得したし励まされたといいます。

「そうだな、これからどんどん老いていくんだろうけど、そんな先のことまで心配しても始まらない。とりあえずいまが元気なんだから、次の目標は7年後を元気で迎えることだ」

そう考えれば、「まずはあと7年」と近い目標が生まれます。

「この調子で7年を乗り切ってしまおう」と考えれば、そこから先のことまで不安にならなくて済むし、やりたいこともいまのうちにどんどんやってしまおうという気になります。

そして、気がつけば喜寿。もうすぐ80代に突入です。

まだまだいろいろなことができそうな気がするでしょうし、「80なんてこんなものか」と拍子抜けするぐらい、元気で快活な80歳を迎えることができるのです。

高齢期は長い。まして長寿の時代には20年、30年という高齢期が続きます。

その長さにため息をついて「これからもっともっと衰えていくんだな」と考えても守りの生き方しかできなくなります。それが結局、老け込んだ70代をつくってしまうとしたら、何だかもったいないような気がします。

70歳過ぎて多少の老いを自覚したとしても、やりたいことがあるなら「あと5年は好きなことやってみよう」「よーし、元気な後期高齢者(75歳)になってやろう」など、短めの目標設定をして自分を勢いづけるのも大事ではないでしょうか。

●「若いころのようにいかないこと」に直面したら……第3回へ続く>>

[フィナシー]

私は真剣に人生120年計画、、、人生はまだ始まったばかり。。。(1/3)

70代で死ぬ人、80代でも元気な人 第1回
血糖値、心不全…精神科医・和田秀樹氏がじわりと「老化」を感じたサインとは


人生100年時代――充実した老後のためには老後資金計画など“準備”も欠かせませんが、年齢を重ねるなかで、はつらつと過ごせる体とマインドを維持することも同じくらい重要です。

では、どうしたら、はつらつと年齢を重ねることができるのか?30年以上にわたって高齢者専用の精神科医として、医療現場に携わってきた和田秀樹氏は、70代が「ターニングポイント」だと指摘。70代を無事乗り越えることができれば、元気な80代を迎えられると言います。ただ、裏を返せば、70代には注意すべき危険が潜んでいることを意味します。

そんな70代を乗り越えるための「習慣」と「心がけ」についてのアドバイスがまとめたれた話題の書籍『70代で死ぬ人、80代でも元気な人』から、第1章の一部を特別に公開します(全3回)。

※本稿は和田秀樹著『70代で死ぬ人、80代でも元気な人』(マガジンハウス新書)の一部を再編集したものです。

じわりと身体に忍び寄る「老い」のサイン

一昔前であれば、60歳の還暦を迎えただけでもう十分に高齢者の仲間入りでしたが、いまの時代、60歳はバリバリの現役世代です。私も60歳を過ぎましたが、なってみれば「こんなもんか」というのが実感で、とくに老いを意識するということはありませんでした。

でも、病はべつです。

実際、60~70代になると半数くらいの人が何らかの薬を飲むようになります。久しぶりに昔の仲間と旅行に出かけたりすると、朝食の後に薬の入った袋を開いて飲み始める人が何人かいるものです。

「おまえもか」と言いながら、病気の話で盛り上がります。

若いときなら少しぐらい血圧や血糖値が高くても薬は飲まなかったのに、自分でも「用心するに越したことはない」と受け入れるのも老いのはじまりなのかという気がします。

かくいう私も、これはいろいろなところで書いてきましたが、血圧は200を越え、血糖値もコレステロール値も極めて高かったのですが、とくに気にすることもありませんでした。

ところが3年ほど前に血糖値が660まで上がって、まず歩くようになりました。少しは運動しなければ、と考えたのです。それまでは都会に暮らしているのにどこに出かけるのも車でした。運転が好きなうえに、少しの距離でもタクシーに乗る習慣が身についてしまっていたのです。

歩くようになると、今度はいきなり運動しはじめたので心不全と診断されました。それほど重い症状ではありませんが、とりあえず利尿剤を飲み、こまめに水分を摂るようにしています。

利尿剤を飲むと、トイレに行く間隔が短くなります。人と会っているときでも、「ちょっと失礼します」と席を立つことが多くなります。それでも理由を説明すると、みなさん「和田さんもそれなりに、ですね」と納得してくれます。

つまり老いはまず、こんな感じで何かの病気になって自覚することが多いのです。

「こうやってあちこちガタが来るのが、歳を取るということなんだろうな」と腑に落ちるものなのです。

次々に聞こえてくる、同世代の病

70歳を過ぎるころから、身体のあちこちに不調が出てきます。ちょうど、古希と呼ばれる年齢です。「区切りの歳だから久しぶりに集まろう」と同窓会が開かれるのも古希が多いといいます。

いざ集まってみると、話題は病気のことです。欠席した仲間の誰それは倒れたようだ、入院しているようだという話が出ます。

顔を合わせた仲間同士でも、「膝が痛くて歩くのがつらい」「脂っこいものは控えなくちゃ」「外で酒を飲むなんて久しぶりだな」などと、節制や養生の話が出てきます。

そして実際に、脳梗塞や脳溢血のような、動脈硬化や高血圧が原因で突然の発症をする人が出てくるのがこの年代です。いざ自分がそうなってみると、「あいつも病気だったのか」「あいつもリハビリ中らしい」といった噂が次々と耳に入ってくるのです。

そうなってくると、さすがに「もう若くないな」という気になります。「そろそろ歳相応の暮らし方をしなくちゃいけないな」と考えて、食事も含めてさまざまなことを自分にセーブしたり健診の数値の変化に注意するようになります。

でもそのとき、「だからアクティブにならなくちゃ」と考える人はどれくらいいるでしょうか?

「それなりの年齢になったからこそ、もっとやりたいことをやって、外にも出ていろいろな場所や人と出会うようにしなくちゃ」「いままで以上に毎日を楽しまないと、このまま老け込んでしまうぞ」と自分を元気づけようとする人はどれくらいいるでしょうか?

私の予想では、むしろ大部分の人が「節制しなくちゃ」「健康に注意しなければ」と考えているような気がします。

そのことじたいは間違いではないと思いますが、いろいろな願望や欲望を封じ込めることで、いまの状態をキープしようと考えるのではないでしょうか……。

単純な例を出すと、「肉料理が食べたい」と思っても「いや、野菜料理のほうが身体にはいいんだから」と諦めるようなことです。「旅行に行きたいな」と思っても「生活のリズムが壊れる」とセーブするようなことです。

それによっていまの状態はキープできるかもしれませんが、自分の願望を封じ込めることで、快感も幸福感も得られなくなります。張り合いのない毎日が繰り返されるだけですから、気分が高揚することもないでしょう。

●“節制”がもたらす残念な事態とは?第2回へ続く>>

[フィナシー]