人もペットも同じ、、、でも身体が小さい分ペットへの影響は大ですね。。。

■猫のがん原因に飼い主のたばこも、5〜6才以降は発症率高まる

 たばこの煙にさらされた猫や犬は、がんの発症リスクが高くなる――。2015年、イギリス・グラスゴー大学の獣医学者らが、受動喫 煙によるペットの健康被害についての研究結果を発表した。それによると、飼い主の喫煙本数が1日10本以下でも、たばこの煙に触れている猫の血液中のニコ チンレベルは、非喫煙家庭の猫に比べて明らかに高かったという。

もちろん、がんの原因はたばこの煙だけではない。近年、ペットの高齢化が進んでいるが、その分“ペットのがん”も増えていると、白金高輪動物病院・中央アニマルクリニック顧問の獣医師・佐藤貴紀さんは言う。

そもそもがんとは、突然変異を起こした細胞(がん細胞)が増殖し、体に悪影響を及ぼす病気のこと。がん細胞が増殖しすぎると体の組織や臓器が機能しなくなり、最終的に死に至る。

「がんが発生する部位は、人間と同じでほぼ全身。5〜6才(人間の年齢で換算すると36〜40才)以降、急激に発症率が高まることもわかっています」(佐藤さん・以下同)

がんに侵されていても、初期は症状がわかりづらく、発見が遅れることも多いという。

「皮膚がんや乳腺腫瘍の場合、しこりで気づくこともあります。しこり=がんではありませんが、しこりを見つけたらなるべく早く動物病院を受診してください」

動揺してしまうだろうが、まずは落ち着くことが大切。そして「がんの進行具合」「年齢に応じた治療法の相談」「治療費」などを整理しよう。判断が遅くなるほど、がんは進行する。医師から要点を聞いたら、なるべく早く今後について決断すること。

治療法は主に、【1】手術【2】抗がん剤治療【3】放射線治療の3つ。それぞれの治療法のメリット・デメリットは次の通り。

【1】手術
すべてのがん病巣を取り除き、他の部位への転移もなければ完全治癒できるため、がん治療として最も効果が期待できる。一方で、麻酔のリスクと免疫力低下による二次的な障害が懸念される。

【2】抗がん剤治療
麻酔などのリスクを伴わず病気の治癒が見込めるが、体への負担が大きく、耐えられないこともある。

【3】放射線治療
手術で切除できない部分のがんにも効果があり、諦めなければいけなかったがんにもアプローチできる。しかし、全身麻酔が必要になることがほとんどで、治療回数も月2回程度と、体力面・経済面の負担が大きい。

がんの治療は、主にこれら3つの治療法を、進行度や体力などを考慮しながら組み合わせて行う。

また獣医学も日々進歩しており、治療の選択肢は増えているという。では、がんを防ぐにはどうしたらいいのか?

「乳腺腫瘍に関しては、避妊手術を受けることでできにくくはなりますが、現段階でがんを100%予防する方法はありません」

がんの治療には、早期発見・早期治療が大事となる。そのためにも、日々の健康状態のチェックや定期的な健康診断、そして猫と同じ空間でたばこは吸わないなどの配慮を忘れてはいけない。

愛猫の健康を守れるのは飼い主しかいないのだから。

[女性セブン2019年4月11日号]

出していただくものを美味しくいただくのが私なりのマナーですが、、、私自身としては事前にご希望をお訊ねしたいと思います。。。

■「来客にコーヒー提供」は「カフェハラ」? マナー講師の見解は…

 

「コーヒーを軽々しく勧めないで!」――。インターネットの投稿をめぐり、「カフェインハラスメント(カフェハラ)」がにわかに注目を集めている。

打ち合わせの場でコーヒーを出されるのは許せないといった主張だが、なぜ不快に感じるのか。

望むのは「カフェインコントロール社会」

投稿は2019年3月20日、ブログサービス「はてな匿名ダイアリー」に寄せられた。

「コーヒーを軽々しく勧めないで!『カフェハラ』ですよ」との題名通り、訪問先での打ち合わせでコーヒーを出すのは「カフェハラ」だと問題視している。

投 稿によれば、体質や健康面などからカフェインの摂取を控える人はいるにもかかわらず、問答無用で勧められると指摘。気心の知れた相手なら断ることもできる が、初対面であれば難しいとして「『アルハラ』(アルコールハラスメント)は社会問題として定着したが、『カフェハラ』は問題にもされていないのだ」と憤 慨する。

以上を踏まえ、(1)ノンカフェインまたは低カフェインの飲料を出してほしい(2)お湯を注いだカップにスティック状のコーヒーやお茶のティーパックを添えて、カフェインの有無を選択できるようしてほしい――と要望した。

最後は「私が望むのは、カフェイン摂取をセルフコントロールできるような社会である」と締めている。

ナンシー関さん「コーヒーのファシズム」に警鐘

「カフェハラ」をめぐっては、コラムニストのナンシー関さんも自著『何の因果で』で「コーヒーのファシズム」との言葉を使ってあげつらっている。

「私はコーヒーが嫌いである。理由は、おいしくないと思うからだ。 単なる嗜好品の好き嫌いであるから、非難される筋合いのものではない。確かに非難はされない。しかしそれは、コーヒー好きの人たちの視野の中に『非コー ヒー好き』が入っていないからである。 『よもやコーヒー嫌いなんて人がこの世に居るなんて』ということである。だから、いろんなところで『当然』のようにコーヒーを出される。もてなしという善意が前提にあるだけに、 我々コーヒー嫌いに残された選択肢は『手をつけない』だけである。これをコーヒーのファシズムと言っては言いすぎだろうか」

ニュー スサイト「niftyニュース」の約4500人を対象にした調査では、コーヒーが苦手(「そんなに好きでもない」を含む)と回答した人は1割だった。苦手 と答えた人の意見に「おなかを壊す!気を使ってコーヒーを出していただいたとき、飲まないわけにもいかず、後でおなか壊してトイレの中で、やっぱり飲むん じゃなかったと後悔」がある。

マナーの基本は…

仕事の来客でコーヒーを出すのはマナーの専門家にどう映るか。NPO法人「日本サービスマナー協会」の講師である森麻紀さんは3月22日、J-CASTニュースの取材に「マナー違反にはあたりません」と話す。

お茶出しでコーヒーが出される機会が多いのは、頭を活性化させるといった役割があり、マナーの基本である「相手をおもいやって心地よい状態にする」には背かないという。

しかし、森さんは「ただ形通りのマナーを守るのではなく、臨機応変に対応するのも大切」と言及。コーヒーが苦手な人もいるため、相手の飲み物の好みを事前に把握すると一つ上のマナーになるとアドバイスした。

なお、投稿者が提案した「お湯を注いだカップにスティック状のコーヒーやお茶のティーパックを添えて、カフェインの有無を選択できるようしてほしい」との意見は、相手に手間をかけさせてしまうためマナーといえないとした。

[J-CASTニュース編集部 谷本陵]

あるがままの自らを受け容れる入口は“開き直り(=覚悟)” Vol.4

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一生折れないビジネスメンタルのつくり方 第4回

身体と心の状態をチェックする簡単エクササイズ

仕事がうまくいかないとき、やる気が出ないときに、気分転換をする人は多いと思います。インターネットで動画を見る人もいれば、マッサージ屋さんに行く人もいるでしょう。あるいは漫画を読んだり、美味しいものを食べたりと、気分転換の方法は人それぞれだろうと思います。

ただ、数ある気分転換の方法のなかでも、私がおすすめするのは、「身体を動かす」ことによる気分転換です。スポーツジムに行ったり、ジョギングをしたりといった本格的なものもありますが、デスクの周りで手足を伸ばしたり、首や肩、足首などをゆっくり大きく回すなど、ちょっとした体操やストレッチも効果的です。

なぜ、身体を動かことがいい気分転換になるのか。それは、身体と心は「一体」だからです。不安や怒り、ねたみや焦りを感じているとき、私たちの身体 には必ずどこかに、不自然な緊張やこわばり、鈍い痛みなどの違和感が生じています。逆に、全身がリラックスしているときには、私たちはネガティブな感情に とらわれることはありません。

身体と心が一体であることは、次のような簡単なエクササイズでも確かめることができます。

まず、蹲踞(そんきょ)という姿勢を取ってみましょう。つま先立ちでしゃがむ、お相撲さんや剣道の人が、試合の前にやっている姿勢です。やってみるとわかりますが、この姿勢を取ること自体が、西洋式の生活に馴染んだ現代人にとっては意外に難しいものです。

やり方は極めて簡単、蹲踞の姿勢でどれくらいの時間、安定を維持できるかを試してみるわけです。年齢によっても違いますが、少しでも心ここにあら ず、つまり何かを上の空で考えた瞬間、バランスを崩す人が多いのではないでしょうか。特に心に不安があったり、心配事があって落ち着きのないときには、 10秒もしないうちにバランスを崩し、姿勢を維持することができなくなってしまいます。

蹲踞の姿勢を取るとき、私たちは身体の重心を背筋に沿って真っ直ぐ降ろすことでバランスをとっています。心が乱れていると、必ず身体の重心の位置も乱れます。そうするとすぐさま、蹲踞の姿勢は崩れるのです。

つまり、蹲踞の姿勢をどれくらいの時間保てるかということで、そのときの精神状態の良し悪しを、ある程度、測ることができるのです。また、これは逆も成り立ちます。つまり蹲踞の姿勢をしばらく維持することによって、心はある程度落ち着くのです。

身体を観察するだけで調子が上がる!?

特にデスクワークの方にありがちですが、仕事に夢中になっていると、自分の心身の調子の変化に気づきにくくなります。自分では無理をしているつもりはなくても、疲労をたくさん溜めて仕事をしている人は少なくありません。

そういう人は、目をつむって、自分の身体を観察してみてください。呼吸が浅くなっていないか、背中がこわばっていないか、肩に力が入りすぎていない か……。身体のどこがだるいか、胃腸に違和感はないか、姿勢がかたよっていないか……。特に身体を観察してみて驚くのは、身体の中にはいつもどこかに微か ではありますが、「痛み」や「痺れ」や「気持ち悪さ」というものがあり、それが絶えず現れたり消えたりしていることです。

初めはあまりコツがつかめないかも知れません。でも何度か試みているうちに、あるときフッと、体の中の動きを捉えられるようになるでしょう。

焦りや不安で精神状態が悪いときというのは、必ず身体のどこかに、その兆候が出ています。そして、その兆候を、実際に症状が出る前に感じ取れるよう になると、不思議なことに、毎日ほんの5分でも目をつむって自分を観察しているだけで、しだいに身体の調子が崩れにくくなり、好不調のブレがなくなり、仕事のパフォーマンスが底上げされてくるんです。

ターゲットは「不安」

先ほど述べたように、自分の身体を観察すること自体、身体の調子を整える力強い作用があります。しかしそれだけではありません。もう1つ、仕事のパーフォマンスを確実に上げる要因があります。それは、自分の心身の調子をモニタリングすることによって「不安」が軽減されるからです。

調子の悪いときというのは、私たちは「調子の悪い自分」を「自分の実力」だと思いこんでしまいがちです。

「こんな簡単なミスばかりをしている自分は、仕事ができないダメな人間ではないか」
「この仕事には向いていないんじゃないか」

実際、ミスを繰り返したり、仕事の成果もあがっていなければ、こういう不安にとらわれるのも無理はありません。しかしながら、この「不安」こそが、実は「調子を落とす」最大の原因なのです。

本当は、どんな人であっても、好不調の波があります。つまり不調は固定したものではなくて、時間の波の一部なのです。どれほど調子が悪くても、ずっと悪いままではありません。いつか必ず、いや、案外早い時期に調子は上向いてきます。ところが、「自分は仕事ができない人間なんじゃないか……」という不安が強すぎると、ちょうど心に悪いイメージの“レッテル”を貼ってしまうような効果が生じて、不調が続いてしまいやすくなります。また、こういう不安にと らわれているときは「なんとか挽回しなければ」と焦って余計な仕事に手を出し、かえってミスを招き、さらに自信を失ってしまうという悪循環に陥ることも少 なくありません。

調子を落としているときに必要なことは「このまま不調が続くのではないか」という不安を払い、「なんとかなるさ」という、ある種の楽観主義を持つことです。
ただし、不安を払うためには「不安はよくないのだ」などと“心がけ”るだけでは、十分な効果は期待できません。それよりは、ほんの10分ほどでも休憩して、その間に深呼吸を数回する、身体を動かす、お茶やコーヒーブレイクをする、など具体的に節目の時間を持つのがよいのです。

そうして一度でも不安の軽減を実際に経験すれば、再び不調で落ち込んでしまっても、

1)これは本来の自分ではない
2)不安から解放された明るい自分に戻ることができる

という2点を、筋道を立てて思い出すことで不安は減少します。こうして1日のうちで不安に陥る時間が減少していけば、不調に陥る回数自体も減ってい きます。なぜなら「このままずっと、調子が悪いままだったらどうしよう」という底なしの不安こそが、実は不調を引き起こす最大の原因だからです。

「いまは確かに調子が悪いけれど、時間が経てば必ず、いいときがやってくるさ」という楽観的な希望を信じる。その信じる根拠となる鍵が、自分の心身の状態をモニタリングすることなのです。

心身の状態を常日頃からモニタリングしていると、自分の調子の「波」が把握できます。1日の間の変化はもちろん、1週間、1ヵ月……、といった、ま とまった期間の「波」を自分なりに把握することができれば、多少調子を落としたところで、「また調子が上向いていく」ということを信じられるようになるのです。

波を捉える練習

自分なりに「調子の波」を捉えておくことは、長期的に仕事のパフォーマンスを高いレベルで保ち続けるためには大切な習慣です。ただ、調子の波を感じ取るには、ある程度、自分自身を観察する「訓練期間」が必要です。

先に述べたとおり、身体の違和感を手がかりに、自分の調子の変化をチェックすることを日々の習慣のなかに取り入れてみてください。たとえば、1日のうちで、午前中と午後の調子の違いを比べてみる。お昼ご飯を食べたあとすぐと、数時間後の調子はどうか、人と会う前と、会ったあとではどう変化しているか……。あるいは一週間のなかでどう変化しているか、1ヵ月周期でみるとどうか……。

「調子の波」というのがどういうものかわかりづらい、という人は、風邪をひいたときなど、体調を崩したときにこそ、自分の体調の変化(体の内側の変化)を観察してみてください。というのも、調子が悪いときというのは、「波」が大きくなり、観察しやすくなるからです。

熱が上がっていくときのだるさ、しんどさ、関節のこわばりの変化を観察してみる。そうすると病気のときでも、ただ痛みやだるさやしんどさが物質のよ うにそこにあるのではなくて、たとえば、たった5分でも特にズキンズキンと痛いときと、そうでもなくて少し軽快してぼんやりしているときとが繰り返し訪れていることがわかります。

そうやって自分の身体の状態に生じる「波」を観察することで、だんだんと心身の調子の「波」を感知するセンサーが磨かれていきます。「苦痛は波を描 く」ということを知っていると、それだけでかなり楽になります。それは結局、「この苦しさが“ずっと続いたら”どうしよう」という不安がいつのまにか軽減 するからです。

まずは睡眠

いくら調子の波を捉えても、どうしても調子が低下してしまうことももちろんあります。そういうときに手をつけるべきことは「睡眠」と「運動」、その 次には「栄養」です。この順番は、大半の日本人にとっては、ということです。ここでは詳しく述べませんが、3つ目の栄養については、特に野菜嫌いの人は要注意です。そこだけはチェックしてくださいね。

さて、特に睡眠は何よりも大切です。質のよい睡眠を取ることさえできれば、たいていの不調は解消されてゆくとさえ言えると思います。

では、質のよい睡眠に必要なことは何か。いくつかあるのですが、最近、質のよい睡眠のために重要だということがわかってきたのが「午前中の運動」で す。質のよい睡眠のためには、副交感神経優位の状態で睡眠に入ることが必要なのですが、副交感神経を働かせるメラトニンという脳内物質は、運動をした15 時間後に分泌されることがわかっています。つまり、夜23時頃に就寝する人は、朝7~8時頃に運動しておけば、就寝しやすくなるというわけです。

また、朝、身体を動かしておくことも、その日1日のパフォーマンスを上げるうえで重要なポイントです。朝起きたときに気持ちが沈んでいると、その日1日の仕事のパフォーマンスが低下します。

私自身、朝起きたときに、軽いうつ状態といっていいぐらい、気分がすっかり落ちこんでしまっていることがあります。人生に対する強い空虚感があって、世界が色あせて見えてしまうのです。

そういうときでも、15分ほど体操をして身体を動かしているうちに、いつのまにか何事もなかったかのように気分がよくなり、調子を取り戻すことができることを実感しています。

ヨガでもピラティスでもラジオ体操でも、自分に合ったものでかまいませんが、朝の運動のコツは、いきなり全身を動かすのではなく、「身体の末端」か ら少しずつ、順を追って動かすことです。そういう意味で、私は足助體操(あすけたいそう)という体操を毎朝やっています。これはとても理にかなっていて、 簡単で安全で、体調が整います。たとえば朝目覚めたら、足首を左回し右回し各10回ほど、ゆっくりと回してみてください。そうやって少し身体が温まってき たら、次に違うストレッチ系の動きをやってみればよいと思います。

朝からしっかりと身体を動かし、まとまった時間、質のよい睡眠をとること。そうすれば、心と身体の調子は確実に上向いて行きます。

[アルファポリス]

あるがままの自らを受け容れる入口は“開き直り(=覚悟)” Vol.3

一生折れないビジネスメンタルのつくり方 第3回

「なんだか調子が悪い」ときに身につけるべきこと

いつもと同じようにやっているはずなのに、どういうわけか、あまり作業がはかどらない。営業先に行っても、なぜか会話が弾まない。いくら頭をひねっても、なかなかいいアイデアが降りてこない。何をやっても集中できない……。

これといってはっきりとした理由もないのに「なんだか調子が悪い」ときというのは、誰にでもあります。そういうとき、日本人の多くは仕事がはかどらない分、いつもよりも残業したり、少しでも調子が悪い分を帳消しにしようと踏ん張りがちです。風邪をひいて熱があるなど、明らかに病気であるときならとも かく、「なんとなく調子が悪い」というあやふやな理由で休むことはできない。むしろ、調子を落とした分を「根性」で穴埋めしたい……。生真面目な気質の日本の会社員の場合、そう考える人が圧倒的に多いと思います。

ただ、このように「不調時に無理して頑張る」ことには、多くの問題があります。

そもそも、調子が悪いときにいくらがんばっても、さほど、よい成果は出ないものです。どれほど自分にムチを入れても妙案は出ず、ミスは増え、効率は上がらない。そして、そういう状態のなかでがんばり続けることによって生じる最大の問題は、人間の感覚が、どんどんレベルダウンしてしまうということで す。

最初はちょっとした不調でも、無理をしているうちに感覚が鈍ってきます。自分が疲れていること、イライラしていること、不調に陥っていること自体が、わからなくなってきます。そうやって、自分の心身の調子を観察する余裕がなくなっていくと、結果的に、立ち直れないぐらい、心身の調子を崩してしまう ことにもつながるのです。

「調子が悪いときに無理をしてがんばる」ということは、百害あって一理なし、なのです。

「そんな甘いことを言っていては、社員の力が伸びない」
「自分が休むことで、同僚や得意先に迷惑をかけることはできない」

そうおっしゃる方の気持ちも、もちろんわかります。

しかし、仕事をするうえで大事なことは「身を削ってがんばる」ことよりもむしろ、「できるかぎりいいコンディションで働き続ける」ということではないでしょうか。

調子が悪いときには、しっかりと休む。感覚をしっかりと働かせて、自分の心身の状態を観察する。そうすることによって、不調から立ち直るだけではなく、不調を、人生を変える好機に変えていくこともできるというのが、精神科医として多くの方を見てきた、私の意見です。

「不調のサイン」に早めに気付く

不調のときには、休んだほうがいい。ただ、ひと口に不調といっても、さまざまなレベルがあります。「今日の打ち合わせはちょっと億劫だなあ」というぐらいのときと、「目の前が真っ暗で何もする気が起きない」というのは、まったく違いますよね。

本当に何もする気が起きない、仕事のことを考えただけでも暗い気持ちになる。このレベルの不調になると、別に私に言われなくても、多くの人が「ちょっと休もうかな」と考えはじめるのではないでしょうか。

一方で、「ちょっと気が重い」とか「なんだか集中力がない」という程度の不調では、なかなかそれが問題だという認識を持つ人は少ないでしょう。

実は、ビジネスマンの皆さんが自分で気をつけるべきポイントは、前者よりもむしろ、後者のような「ちょっとした不調」のときに、見逃さずに対応しておくということなんです。絶不調に陥る前の「ちょっとした不調」を早めに察知する。その「観察力」を発揮することが、不調を好機に変えていく鍵となりま す。

小さな不調のサインを察知することさえできれば、1時間早めに寝たり、喫茶店で30分ポカーンとしたり、整体を受けたり、つまりはそれぞれのライフスタイルに合う気分転換や身体の調整をすることもできます。それだけで、仕事のパフォーマンスは劇的に上がるのです。

近年、「未病」という漢方医学の言葉が、一般にも広まりつつあります。これは「病気になる前」の段階で予防、治療をするという考え方です。実際、身 体の病気も心の病気も、なるべく早めに対応したほうが回復にかかる時間が格段に早いし、負担も軽いということがわかってきています。

一般の方が「なんだか調子が悪い」と自覚して医者のもとを訪れたときには、医者から見ると「かなり調子が悪い」状態であることが多いものです。特に、20代、30代の、若くて、仕事を一生懸命やっている人ほど、そういう傾向があります。

仕事でミスを連発したり、夜、まったく眠れなかったり、寝坊して大事な仕事に遅刻したり、昼間、あくびばかりが出て、ほとんど仕事にならない……。 多くの人は、そういう「絶不調」な状態になってようやく、調子が悪くなっていたことに気付きます。でも、それでは手遅れなんですね。

「明らかな不調」の一歩前、できれば二歩、三歩前の「些細なサイン」に気付き、はやめに対応する。それができると、数年単位で見たとき、仕事のパフォーマンスを大きく向上させることにつながるのです。

なんだかイライラしている。

「不調のサイン」というのは、一般的に考えられているよりもずっと微妙で、相当注意しておかないと、気づき辛いものです。ここではいくつか、気をつ けてほしいサインをあげてみます。どれも一般的には「不調のサイン」とは考えられていないものですが、こういったサインをキャッチして「ちょっと調子が悪いかも?」と疑ってみることで、絶不調に陥ることを避けたり、不調からの回復を早めることにつながります。

・なんだかイライラしている

どんな人でも、「なんだかイライラしている日」ってありますよね。実はこのイライラというのは、典型的な「不調のサイン」です。これは医学的にいう と、副交感神経(リラックスを作り出す自律神経)の力が減退している状態とほぼ符合しています。つまり「目に見えない疲労が蓄積している」指標として捉え ることができるのです。

小学生ならともかく、成人して仕事についている皆さんは、「イライラしている」からといって、誰かれ構わず怒鳴り散らすということはないはずです。 ただ、たとえばエレベーターの順番待ちをしているとき、焦らずに順番を他の人にすっと譲れるときと、横入りをしてでも先に乗りたくなってしまう(実際には そんなことはしないにしても)ときというのがあります。

普段だったら何でもないような場面で感じる、ちょっとした「焦り」や「イライラ」。これは、実はあなたのメンタルに「ゆとり」がなくなってきている 「不調のサイン」です。まだ直接的には仕事上のミスにはつながっていないかもしれない。でも、こういう状態を放置していると、遠からずミスにつながってい くのです。

・決められない

喫茶店やランチでお店に入ったとき、席についてすぐにメニューを決められるときと「どれにしようかな」と迷って決められないときというのがあります。「決められない」というのは、結局のところ直感力が鈍ってきているということです。些細なことのようですが、これを「少し調子が落ちているサイン」と して捉えられるようになると、日々のコンディションの整え方が変わってきます。

・話を盛りたくなってしまう

会議での議論や同僚との雑談の際、そんなつもりはなかったのに、気付くと思いのほか熱弁をふるっていた、ということはないでしょうか。相手の話の腰を折ってしまったり、たいした根拠もないのに、自分の主張を大きく、声高に押し付けてしまったりしたことはないでしょうか。

こういった行動も、実は不調のサインである可能性が高いと考えられます。もちろん、仕事上の議論のなかで、本当に譲れない意見があるなら、熱弁をふるい、相手を説得しようとすることもあるでしょう。それは別に、不調のサインではありません。問題は、それほど強い意見があるわけでもないのに「口が勝手にしゃべっている」ような状態で話してしまっているケースです。これは不調のサインと考えられます。

事実をしっかりと検証し、証拠を確かめることなく、なんとなく自分の話を大きくしてしまう。いわゆる「話を盛る」ということをやってしまっていたら、不調のサインだと捉えたほうがよいと思います。

いつもに比べて考えが浅い、十分に思考を巡らせていることができていない。そういうとき、私たちは無意識のうちに「まずいぞ、これでは相手を説得できない」「相手に自分の意見がちゃんと伝わっていないかもしれない」という焦りにとらわれています。

こうした無意識の焦りこそが、「話を盛る」背景にある心の動きです。実際よりも話を大きく、飾り立てるようになってしまっていることに気づいたら、速やかにブレーキを踏むことが必要です。

・仕事を辞めたい

ここまで紹介したサインと少し性質が違いますが、実は「仕事を辞めたい」というのも、不調のサインのひとつとして覚えておいてもらうとよいと思います。

もちろん、辞める理由がはっきりしているなら、辞めてもいいんです。他にやりたい仕事がある。あるいは、今の職場にいると、どうしても自分がダメになってしまう。そうした理由が自分のなかではっきりと判断できているなら、仕事を辞めることには、まったく問題ありません。

ただその一方で、単純に「調子が悪い」ことによって「辞めたい」という気持ちが生じている、というケースも少なくありません。

調子が悪い状態が続くと、仕事のパフォーマンスが落ちます。すると当然、同僚から好意的な視線を受けなくなる。そうやって同僚や上司との関係が悪化してしまっていることで「なんとなく辞めたい」という気持ちになっている……。

こういうケースでは、生活のリズムを整えて、早寝早起きを取り戻すだけで、つまり身体のコンディションを上向きにしていくことで、「辞めたい」とい う気持ちが自然と消えていくことも少なくありません。本当に辞めたいと思っているのか、ただ「不調の結果」として「辞めたい」という気持ちが生じているのかは、区別が必要です。

不調のサインに気付けば8割解決する

人は常にベストパフォーマンスを出せるわけではありません。仕事をしていれば必ず、好調のときもあれば、不調のときもあります。ただ、自分の調子の よしあしをもう少し頻繁に感じ取ってチェックすることで、仕事のパフォーマンス(成果)をある程度、コントロールできるようになります。

調子が悪いときには、ミスしやすい仕事や、ミスが大きな問題に結びつくような仕事を避ける。あるいは、重要な案件は、睡眠を十分とって調子が戻ってから改めて判断する。こうやって対策を取ることができれば、常にある程度のパフォーマンスを維持することができます。

大切なのは、実際に大きなミスや失敗を犯す前に、自分の不調に気付いておくこと。大きな不調に陥る前に、日頃から、自分の状態をもう少しだけ正確に モニタリングしておくこと。これは、一見些細なことに見えるかもしれませんが、ストレスの多い現代の社会で働いていくうえでは、文字通り生命線といっていいくらい、大切なことだと私は考えます。

信号でいえば、赤信号に変わる前の、黄色信号の段階で手を打っておく。普通だったら気付かないぐらい何気ない不調のサインに気づける人は、不調から回復するのは早いし、不調の間も、パフォーマンスをある程度の範囲に収めることができるのです。

[アルファポリス]

Vol.4に続く

あるがままの自らを受け容れる入口は“開き直り(=覚悟)” Vol.2

一生折れないビジネスメンタルのつくり方 第2回

名越康文「ダメな自分」を受け入れることが、本当の自信を生む

社会に適応することで、かえって自信を失ってしまう

前回、「社会に適応しているかどうか」ということが、自分に自信を持てるかどうかに大きく関係している、ということをお話しました。実は「自信を持てるかどうか」ということを考える時、この要素は日本の風土において、とりわけ大きな問題となります。

ビジネスの場面では、学歴や会社の知名度、職階、年収。プライベートに目を向けると、友人がいるか、恋人がいるか、結婚しているか、子供がいるか……、などなど。日本社会で生きていると、本当に多種多様な基準から「あなたは社会に適応できていますか?」というプレッシャーが与え続けられていま す。

「これをやらないと、あなたは社会に適応できませんよ?」という<脅し>に、24時間365日さらされ続けている。大げさなようですが、そして個人差はもちろんありますが、この心理的プレッシャーは日本社会の現実の一つでしょう。そして、この<脅し>によって、多くの才能や能力が削り取られ、摩耗し、埋もれてしまっているというのが、日本社会の大問題だと私は捉えています。

もちろん、社会に適応すること自体は、大切なことです。若いビジネスマンの皆さんであれば、会社に貢献し、成果を上げ、しっかりとお金を稼いで家族を養ったり経済を回したりして、次世代へとバトンをつないでいくということは、何に重きを置くかはともかく、誰もが考えなければならないことです。そし て、それらをあるレベル以上でこなしていくことは、その人が生きていく上での大きな自信につながるのも事実です。

ただ、そういった現実をすべて踏まえたうえで、「いったん、社会に適応できているかどうかということを、忘れてみませんか?」とアドバイスしたくなるくらい、「社会に適応することに疲れ果てた人」がたくさんいらっしゃる、というのも事実なのです。

日本社会ではあまりにも「社会に適応せよ」「社会に所属せよ」という要請や、細々とした「基準」に自分を合わせなければいけないというプレッシャーが強い。そのことによって疲弊し、才能や能力をやせ細らせ、自信を失っている人があまりにも多いのです。

ダメな自分を「直す」のではなく「受け入れる」のが出発点

「社会に適応しなければいけない」というプレッシャーを受けたとき、私たちはほとんど自動的に、自分自身を「社会が求める形」に整形しなければ、と考えます。

暗くて、引っ込み思案な自分は、いつも会議や打ち合わせで勇気を出して発言することができない。もっと開放的で、社交的な自分にならなくちゃ……。

僕はいつも、飽きっぽくて根気強く物事に取り組めない。もっと地道な努力を続けられる自分にならないと……。

「失敗したらどうしよう」というネガティブな発想ばかりな私は、もっと勇猛で、チャレンジ精神にあふれた自分に生まれ変わらなくては……。

残念ながら、こうした「もともとの自分」を生まれ変わらせようとするチャレンジは、往々にして、その人の自信を失わされる結果につながりがちです。 というのも、持って生まれた資質を削ったり、変形させたりすることは、どうしても「もともとの自分」を否定することになってしまうからです。これでは、自分に自信が持てなくなるのも当然です。

しかし、だからといって「ありのままの自分」や「もともとの自分」のままでいいのかと考えると、おそらく、多くの人が「否」とおっしゃることでしょう。

実際問題、「ありのままの自分」のままでは、私たちは社会に適応することができません。ありのままの自分というのは、他人に嫉妬したり、いらいらしたり、自己中心的になったり、面倒臭がったりという「自分」です。私たちは一皮むけば、誰もが「そのまま」では社会に適応できない「自分」を抱えています。ある意味では、私たちの本性は多かれ少なかれ「社会不適合者」なのです。

ではどうすればいいのでしょうか? 素の自分のままでは、仕事で成果を上げたり、同僚と仲良く、協調することができない。しかし一方で、ありのままの自分を無理やり変えてしまえば、自己否定につながってしまう。この矛盾を、どうすればいいのか。

実は、この矛盾を超えていく第一歩が「ありのままの自分は、(実は)社会不適合者である」という現実を認めることです。実は、「自分に自信がある人」の中には、これができている人が少なくないんです。

もちろんこれは、「自分に自信が持てない人」にとっては、苦しいステップです。しかし、どれほどダメな自分であっても、まずはそのまま、受け入れてみる。そうすることで「本当の自信」を手にするための2つの道が開かれることになります。

持って生まれた資質を「そのまま」活かす

「本当の自信」を手にするための道のひとつは、「持って生まれた自分」をできる限りそのままに、社会の中で生かしていくことです。

「え? 自分にもともと備わっている資質なんて言われても、自分には人に誇れるような才能なんて何もありません……」

そうおっしゃる気持ちはよくわかります。

でも、「もともと備わっている資質」というのは、必ずしも「すごい能力」とか、「役に立つスキル」である必要はないんです。

僕の恩師でありカウンセリングの師匠である方があるとき、「自分には<意地悪>という才能がある」ということを言ったことがあります。「自分ほど、 根っからの意地悪な人間はいない。でもだからこそ、人の短所を見抜き、その人が失敗をしでかしそうな場面を予測して助言することができるんだよ」というのです。

このお話をお聞きしたときは、正直なところ、冗談をおっしゃっているのだろう、と思っていました。でも、年月を重ねて自分なりにカウンセラーとしての経験を積んでから振り返ってみると、これはある意味、本気でおっしゃっていたんじゃないかと思うようになりました。

多くの人は、才能とか能力といったものを「最初から光り輝いている何か」として捉えています。しかし、才能や能力の本質というのは、社会や、周囲の人との関係性の中で「元々持っていた資質」が生かされることによって、初めて輝きを持つものなのです。

師匠の例で言えば「意地悪」という持って生まれた資質を、そのまま相手を攻撃したり陥れるような形で使ってしまったら、害にしかならなかったでしょう。とても、社会に貢献するどころではありません。

ところが、同じ資質を、「相手の問題点を鋭く見抜き、そこをいかにサポートしていくか」という観点で使えるようになれば、それは他の人に真似できない「カウンセラーの才能」になるのです。

「ダメな自分」を受け入れる

「才能がない」「能力がない」「だから自信が持てない」と多くの人が口にします。でも、どんな人にだって能力はあるし、才能はあるんです。なぜなら、人間は社会の中で生きる動物だからです。どんな資質も、「どこで」「いかに」使うかによって、花開き、輝く場合もあれば、問題を引き起こす要因になってしまうこともある。これは安っぽいヒューマニズムの標語とは別次元の、厳粛な事実です。

いつも納期に仕事を間に合わせることができずに「自分は仕事が遅い」と悩んでいるあなたは、実は自分のペースで忍耐強く物事に取り組むことで成果を出せる、研究者タイプの人材なのかもしれません。あるいは、飽きっぽくて一つのことに集中できない人は、もしかすると、誰も思いもしなかった新しい事業を 開拓していく、起業家精神にあふれた人なのかもしれません。

私たちはみな、なんらかの資質を持って生まれてきます。一見、どれほど役立たずで、無意味な資質に見えたとしても、それを一度、「ありのままの形」 で見据えてる時間が必要なのです。そうすればその資質を社会のなかで「いかに使うか」という道も見えてくる可能性が高いのです。

普通だったら役にたたないような資質であっても、それを活かす場所や、活かし方、捉え方を変えることで、まったく違う見え方ができます。そういうふうに見ていくことで、自分を決して否定せずに、社会での居場所を見つけることができるんです。

「社会不適合者」だと自覚するから、人は協力することができる

「ありのままの自分では、社会に適応できない」という現実を受け入れることによって開かれるもうひとつの「道」。それは、「他人と協力する」という道です。

私たちはみな、ひとり残らず社会不適合者である。そのことがわかって初めて、私たちは素直に人を頼ったり、任せたりできるようになるのだと僕は考えています。

これは一見、矛盾しているように聞こえるかもしれません。「人と協力することができない人のことを、社会不適合者と呼ぶのではないか」と。

でも、私がいう「他人と協力する」というのは、別に「誰とでも社交的に、楽しく会話を交わすこと」ではありません。そうではなく、「自分だけでは何事をなすこともできない」という現実を謙虚に認め、他人に興味・関心を向ける、ということです。

光岡英稔(みつおかひでとし)さんという武術家がいます。光岡さんは韓氏意拳(かんしいけん)という中国武術の第一人者で、武術の世界の多くの人が 認める天才的な武術家なのですが、私がいつも「すごい」と感心するのは、あれほど強い光岡さんが、いつも「他人から学ぶ」という姿勢を忘れないことです。

光岡さんが学ぶ相手というのは、一般的にみて「強い人」「すごい人」という枠に収まりません。例えば光岡さんは、重度の身体障害者の施設である菖蒲園というところと、深い親交を持たれています。武術を深く追求し、身体を動かすことのプロフェッショナルである光岡さんだからこそ、常識的にみてしまえば 身体を自由に動かせない障害を持つ人の身体の中に、何か無限の可能性のようなものを学び取っておられる気がします。

「人と協力する」ということの本質は、別に仲良く言葉をかわしたり、目に見えるかたちでコミュニケーションを取ることではなく、「自分の外側」に関 心を向け、自分とのコラボレーションの可能性を探るということです。これをやるためには、自分に「足りないところ」「欠落しているところ」があると深く自 覚している必要があるのです。そうじゃなければ、他人に関心を向けたり、他人の強みや弱みを感じ取ることができないからです。

いくらお金を稼いだり、友人をたくさん作ったとしても、他人と協力できない人というのは、どうしても本当の意味での自信を持つことができません。自己完結するのではなく、他人とコラボレーションすること。これによって、人は初めて、本当の自信を手にできるのです。

「自分はそのままでは社会に適応できない」と知ること

社会の中で役割を果たし、評価を高めていくことは、基本的には自信を高めていくことにつながります。そういう意味では、仕事はがんばらないよりはがんばったほうがいいし、子育て中の人は子供に愛情を注いだほうがいいし、友達とはより友人関係を結んだほうがいいし、素敵な恋愛ができるなら、やったほうがいいでしょう。

でも、そうやってあらゆることを「がんばる」なかで、「ありのままの自分」を否定してしまうのは、心の奥底の、深いところで自分自身を傷つけてしまうことにつながります。そうすると、いくら社会的評価を高めたとしても、「自信」という意味では、プラスマイナスで、マイナスのほうが多くなってしまうん です。

まず「ありのままの自分」は、そのままでは社会に適応できない、ということを認める。

私は、気が回らずロクに人の役にも立てないし、特に魅力もない人間かもしれない。でも、そんな自分でも「かわいいやつだな」というぐらいの気持ちで、大切にする。そのうえで「でも、こんな駄目な自分でも、こんなふうにすれば、みんなの役に立てるんじゃないか?」「こういう強みを持っている人とコラボレーションすれば、何かを生み出すことができるんじゃないか」と工夫してみる。

もちろん、ときには、自分自身を変えていくこともあるかもしれません。しかし、無理やり自分自身を変えるのではなく、常に、元々の自分を出発点にして、社会に貢献したり、他人とコラボレーションする道を模索すること。これこそが、「ありのままの自分を受け入れる」ということの真意なのです。

[アルファポリス]

Vol.3に続く