大ブームになっている糖質制限だが、日本農業新聞の3月15日付のニュース配信を見て驚かれた方も多いのではないだろうか。
「ご飯やうどんなどの糖質制限をすることで、60代後半以降で老化が顕著になる」という内容の研究を、東北大学大学院がまとめたと いうのだ。3月19日には、フジテレビ「とくダネ!」も同じ研究を取り上げ、「“糖質制限ブーム”に驚きの報告 長期間の『糖質制限』で老化説」という特集を放送。3月29日発売の『週刊新潮』も同じ研究をもとに「糖質制限で『老ける』『寿命が縮まる』」という特集 を組んでいる。
これまで、「糖質制限による健康効果は絶大で、老化も防止する」としてきた糖質制限派の主張を真っ向から否定する内容で、ネットなどでも波紋を広げている。果たしてどちらが正しいのだろうか。糖質制限食の第一人者で『
江部康二の糖質制限革命』の著者でもある江部氏に語ってもらった。
「ご飯、うどん…炭水化物減らすダイエット 60代後半で老化顕著に 糖質制限ご用心」という 記事が、3月15日付で日本農業新聞のネット版にリリースされました。東北大学大学院・農学研究科の都築毅准教授(農学博士)らのグループが「マウス」を 使って行った試験では、炭水化物を減らした食事を長期間続けると、老化が早く進み、寿命も短くなるというものです。
都築准教授は、19日の「とくダネ!」(フジテレビ)にもゲスト出演され、同様の発言をされました。29日発売の『週刊新潮』でも都築准教授は、同じ研究をもとに糖質制限で老化、短命化すると断言されています。
当初は特に取り上げるほどの研究でもないと思ったのですが、私のブログ「ドクター江部の糖尿病徒然日記」にも複数の読者さんからコメントをいただきましたので、16日の同ブログに下記のような反論の記事を書きました。
そもそも、東北大学大学院・農学研究科のグループ は根本的な間違いを犯しています。それは、「そもそもマウスの食事実験の結果はヒトには当てはまらない」という基本的なことを無視していることです。
マウスで糖質制限実験をすることの根本的な誤り
どんな研究においても、手軽なマウスやラットが実験動物として使われやすいのは事実です。
しかし、マウスやラットで糖質制限食(高脂肪・高タンパク食)の実験をすること自体が、根本的な間違いだと言わざるをえません。なぜなら、マウスやラットなどネズミ類の本来の主食は草の種子(すなわち今の穀物)だからです。
草原が地球上の有力な植生として現れる鮮新世(510万年前)以降、ネズミ科の動物が出現して爆発的に繁栄します。510万年間、草原の草の種子(穀物)を食べ続けてきたネズミに、高脂肪・高タンパク食を与えれば、代謝が破綻するのは当たり前です。
ネズミの主食はあくまでも「穀物=低脂質・低たんぱく食」なのです。ネズミは、「穀物=低脂質・低たんぱく食」に特化して、消化・吸収・代謝システムが適合しているのです。
東北大学大学院の実験は単純に、マウスの代謝に合わない(主食でない)糖質制限食(高脂肪・高タンパク食)をマウスに与えて、寿命や老化を観察するという実験にすぎません。
すべての代謝が狂って老化が進み寿命が短くなるのも、言わずもがなです。
食事についてヒト以外の動物を使って実験することがいかに見当はずれなことか。わかりやすい例として、ゴリラを例にご説明します。
ゴリラの主食は「棘(トゲ)の多い大きな蔓(つる)や大きな草」です。
つまりゴリラは超低脂質・低たんぱく食が主食なのです。このゴリラに、糖質制限食(高脂肪・高タンパク食)を食べさせたら、代謝はガタガタになり、マウスやラットと同様、老化も進み、寿命も短くなるでしょう。
東北大学大学院の実験は、わかりやすく言うと、ゴリラにステーキを食べさせるというイメージになります。
ゴリラだと、糖質制限食(高脂肪・高タンパク食)を食べさせることの間違いが、マウスやラットよりわかりやすいのではないでしょうか。
人類のもともとの食性は「糖質制限食」
人類の主食が何であったかはともかくとして、農耕が始まる前の700万年間は、穀物ではなかったことは確実です。農耕が始まる以前の狩猟採集生活では、糖質を取ることはまれにしかありませんでした。
つまり歴史的事実として、農耕が始まる前は人類皆、実質的に糖質制限食を実践していたのです。
また、ヒトの進化の過程で脳が急速に大きくなり、シナプスが張り巡らされるためには、EPA(エイコサペンタエン酸)とDHA(ドコサヘキサエン酸)の摂取が不可欠でした。
EPAとDHAは、地上の植物性食品には含まれておらず、動物性食品にしか含まれていません。
したがって少なくとも、肉・骨髄・昆虫・地虫・魚貝……などの高脂肪・高たんぱく食を、脳が急速に発達した20万年前頃、必要充分な量、食べていたことは間違いないでしょう。
このように人類は本来、高脂肪・高タンパク食に慣れているので、糖質制限食の安全性は高いのです。
マウスやラットやゴリラと、ヒトの食性はまったく異なっているのです。
結論を簡潔に申しましょう。
薬物の作用や毒性をネズミ類で動物実験するのは、研究方法として比較的問題は少ないと思います(動物実験自体の是非は置いておきます)。
しかし、本来ヒトと主食がまったく異なるマウス・ラットなどネズミ類で、人類の食物代謝の研究を行うのは、出発点から根本的に間違っている可能性が高いので注意が必要です。
研究者の皆さんにおかれましては、「薬物の動物実験」と「食物の動物実験」はまったく意味が異なることを認識してほしいと思います。
この辺のことは厚生労働省も認識されているようで、私のブログに中嶋一雄先生(医師)から次のようなコメントをいただきました。
「厚生労働省の食事摂取基準に引用された文献は、すべてヒトの研究論文です。私が読んだ限り、動物実験の論文は一切引用されていません」
今回のマウス実験の発表は、東北大学大学院の医学系研究科ではなく農学研究科によるものであること、JAグループの広報紙ともいうべき日本農業新聞の記事であることなども割り引いて考える必要があるのかもしれませんが、少し乱暴だったという感は否めません。
糖質制限食こそが老化を防ぐ
なお、私、江部康二は現在68歳です。まさに日本農業新聞の記事のいう「60代後半から老化が顕著」にピッタリの年齢です。
しかし、52歳から続けているスーパー糖質制限食のおかげで、現在も皮膚の若さは52歳相当と好ましい状態です。このほか、
歯はすべて残っていて、虫歯はありません。背は縮んでおらず、夜間の尿もありません。目は裸眼で広辞苑が読め、聴力も低下していません。階段は駆け上がります。
一般に老化現象と言われる事柄に関して私の場合、スーパー糖質制限食で、かなり好ましい状態が維持できているのだと思います。京大医学部時代の同期生たちからは、私だけ「(良い意味で)異常だ」と言われているくらいです。
こうした糖質制限によるアンチエイジング効果は、多くの実践者から報告されております。血色が良くなるなど、若返り効果もよく聞きます。糖質制限により血行が良くなることなどから、さまざまな病気の予防改善効果も期待できます。
逆に、糖質の取りすぎは健康寿命を縮めると報告されており、一流医学雑誌『ランセット』にも「炭水化物の摂取増加で死亡リスク上昇」という記事が出たことについては、昨年10月3日の記事(「糖質制限」論争に幕?一流医学誌に衝撃論文)でご紹介しました。『週刊新潮』のタイトルとはまったく逆に、糖質を制限しないと「老ける」「寿命が縮まる」というのが国際的な新常識なのです。
全世代について言えることですが、特に50代以降の健康維持の鍵を握るのは「糖質制限」だと言っても過言ではありません。
皆さまにおかれましても、自信を持って正しい糖質制限食を実践していただきたいものだと思います。