万人向け一般的貯蓄法

 

高齢の人が読むと悔しがる、若い人は知っておくべきお金の話

 

これから、お金の話をします。

と聞いて、もう身構えた人が多いと思います。また「老後2000万円」の脅しか、と。そもそもお金の話は、多くの日本人が苦手としています。昔ば なしを読んでいても、お金持ちは「悪」であるかのように描かれることが多く、どうも私たちの潜在意識に「お金もうけ」は恥ずべきこと、卑しいことという価値判断が刷り込まれているようです。

確かに、お金もうけのために生きることは愚かなことです。お金を多く持っているからといって、持っていない者を蔑むこともまた愚かなことです。し かし、だからといって、お金に関して無関心でいてよいのかといえばそんなことはありません。むしろ、お金に人生を支配されないようにするために、お金の性質を知っておくことはとても大事なことだと思います。

貯蓄がなくても、日々ご飯が食べられて、寝る場所があればいい。そういう価値観を否定しようとは思いませんし、私もそれに近い感覚を持っています。しかし、自分の愛する人が病気に倒れたときに、お金が理由で望む治療が受けられないということがあるかもしれません。子供が才能を開花させ、大きなチャンスをつかもうとしたときに、やはりお金が理由で機会を与えることができず子供に諦めさせなければならなくなるかもしれません。その時に、悔しかったり悲しかったりするとしたら、それはお金に人生の一部を支配されてしまったということです。「お金もうけ」というと、どうもぜいたくをするためのものと受 け取ってしまいがちですが、そうではなく、お金を理由に望む選択肢を諦めなければならないような状況を少しでも避けるための「方法」の1つと捉えるべきで はないでしょうか。

では、人生の「取れたかもしれない選択肢」を失わないために、お金をどうためるか。多くの人は、これを足し算と引き算で考えます。

 収入(稼いだお金)-支出(使ったお金)=貯蓄(たまるお金)

 小学校低学年でも分かる数式であり、シンプルで、圧倒的に正しいですね。貯蓄を増やすためには、収入を増やす、支出を減らすという2つの方法があります。

このサイトの読者の多くは仕事を抱えていて、そのまた多くが会社や団体を経営したり、勤務したりしています。とすれば、収入を増やす方法として は、より高い給与がもらえるところに転職する、副業する、雑収入を得るなどの方法があり得るでしょう。支出を減らすためによくいわれるのは、家計簿アプリなどの利用による「見える化」で変動費に自覚を持ちつつ無駄を省き、毎月かかっている固定費を見直して不要なものを切り落としていくという方法です。体重も毎朝測るだけで痩せるといいますが(加齢のせいか、私の体重は最近は落ちなくなっていますが……)、出ていくお金についてその動きが数値として見えるよ うになるだけで、身銭を切るという実感が得られ、無意識に無駄遣いを抑制するような心理的な効果が生まれるものです。

ただ、今日説明したいのはこの足し算(収入増)や引き算(支出減)の話ではありません。掛け算の話なのです。

また画面の前で身構えた方が多いのではないでしょうか。そうです。「投資」について話をします。世の中、うまい話はない。絶対にインチキだ。……というその感覚は危機管理的には有用ですが、つかの間それは封印してこの記事を読み進めて みてください。これから説明するのは、魔法のように必ずもうかるというものではありません。一方で、投資は恐ろしい、堅実に生きるためには貯金が一番とい う話でもありません。世の中には、多くの人たちが失敗を重ねる中で知恵として確立された、もう疑う必要のない「失敗しにくい投資の考え方」というものが確立されています。それだけは知っておいてもらいたい、と思って書いていきます。

この記事では、個別の商品を推奨するようなことはないので、具体的な商品についてはご自身で調べていただくことになります。大事なのは、投資というものの考え方の根幹を理解することです。そこをつかんでおけば、魅力的に勧誘してくる商品の数々が顧みる必要のないものであることがおのずと分かるよう になると思います。

ちなみに、この記事は2万文字以上あります。情報の断片ではなく、考え方を丁寧に説明しようと試みたためです。お忙しいみなさんに「最後まで読んだらがっかりだった」と思われては残念ですので、以下にどんなことが書いてあるかを箇条書きで示します。あなたの関心のアンテナに何かが触れたら、ぜひ読み進めてください。特に、若い人たちにとっては、自分が持っている意外な「武器」に気づくことができる内容になっていると思います。

この記事に書いてあることのアウトライン
  • お金には値段があり、「時間」によって決まる
  • あなたが働くだけでなく、お金を同時に働かせるべき
  • でも、忙しいあなたには投資案件の精査なんてできない
  • 投資信託を長期・積み立てで買うのがよい理由
  • 知らないと絶対に損する「複利」の威力
  • インデックスかアクティブか、投資信託をどう選ぶ?
  • 資本主義の可能性を信じるなら市場全体を買えばいい
  • 年齢別「老後2000万円」のための毎月投資額
  • 20歳なら毎月1万4000円
  • 人間はみな死ぬ、だからお金が生まれた

また、記事中には上にすでに掲げましたが、黒板の板書のように記事の要点をまとめて掲載しています。ざっとその板書に目を通して、もう理解していると思うところは飛ばし、関心があるところだけお読みいただくのもよいと思います。

あなたは10万円をいくらで買いますか?

お金には、値段があります。

えっ?当たり前だろう。と誰もが思いますよね。1000円札の値段は1000円に決まっている、と。しかし、10万円に10万1000円という値段が付くことがあります。これがお金の不思議なところです。この不思議な値段は、そのお金を扱える「時間」によって決まります。

私が10万円持っていたとします。これを、ラーメン屋さんを開業したいがお金が足りずに困っているAさんに貸してみます。1年間は返さなくていいよ。その代わり1年後に1000円足して返してね。そういう約束をしたとします。10万円が10万1000円で売れたということです。この1000円を 「金利」といいます。1年間で10万円に対して1000円の金利が付いたので、年利(1年間の金利の割合)は100000÷1000=0.01なので、 1%です。一方、Aさんから見ると、1年間という期間、この10万円を扱う権利を1000円で買ったということもできます。このように、期限付きでお金を 扱える権利=期限まで返さなくてよいことの利益を「期限の利益」と呼びます。

なぜAさんは期限の利益を確保するために1000円を払い、10万円を10万1000円で買ったのか。それはAさんがその時点で10万円というお 金を持っていないからであり、かつ、10万円というお金があればそのお金を元手として新たなお金を稼ぎ、1000円以上の利益を生めると判断したからです。Aさんは10万円で調理器具や材料や食器を買って、ラーメンを作り始めます。1杯200円の原価のものを500円で売れば、300円の粗利益が出ま す。1日50杯出れば日商1万5000円。ここから自分の給与を引いて出た利益から、1年後に1000円を捻出して私に返してくれるというわけです。もう その頃には、ラーメン屋さんは軌道に乗っていることでしょう。

1人で店が回らないならアルバイトを雇う必要もあるでしょうし、そもそも家賃はどうしているんだという疑問も当然出てきますが、あえて単純化するために乱暴な計算をしています。この例で押さえていただきたいことは、以下の2つです。

  • 私は使うあてが当面なさそうな10万円を持っていた
  • Aさんはラーメン屋さんを開業したいという夢を持っていたが仕入れに必要な10万円がなく始められずにいた

私自身は、もうすぐクレジットカードの引き落としが15万円かかるが10万円しか銀行口座にないとか、給料日にお金が出るまでうどんで食いつなが ないとまったくお金がないとか、そういう状況にはなく、10万円という金額を、当面使うあてのないお金として持っていました。私に才覚やアイデアがあれば この10万円で何か商売を始めればいいのでしょうが、それもありませんでした。一方でAさんは、他店で十分に修業して、おいしいラーメンを作る技を身に付 けていたし、開業して独り立ちしたいという意欲もありましたが、お金がありませんでした。

私は、使うあてのない、ちょっと余っていたお金を貸して、対価として1年後に1000円をもらう。Aさんはお金を手に入れて「期限の利益」を活用してラーメン屋さんを始める。両方が得をしました。これが、最も原始的な「投資」というもののかたちです。

その1年間、私は私でサラリーマンとして働き、その対価として収入を得ます。「時間を費やして収入を得る」ことを「稼ぐ」「働く」と呼ぶのであれば、私の手元から離れた10万円もまた、Aさんの下で1年間働き続けて1000円を稼いだとも言えます。つまりこの1年間、働き手は私とお金の「2輪」に なりました。投資とは、お金を働かせることでもあるのです。お金のために、ではなく、お金が、働くのです。

そして、お金を働かせることによって、Aさんはラーメン屋さんを開業するという夢を果たすことができ、おなかが空いた人たちにあたたかくおいしい 一杯を提供して満足してもらうことができるようになりました。Aさんは、ラーメン屋さんで稼いだお金で家族を養っていくことでしょう。私は1000円がほ しく、Aさんも生活を立てたいと願っていただけかもしれません。しかし、その二者の間にお金というきっかけが一滴もたらされたことで、世界が、小さくかも しれませんが確実に変わりました。これが、資本主義が世界を昨日より豊かに塗り替えていく原動力です。

最初に挙げた式に戻ります。

収入(稼いだお金)-支出(使ったお金)=貯蓄(たまるお金)

ここで収入として想定しているのは、自身の労働の対価です。しかし、私だけでなく、私のお金も働けるということを説明してきました。式をこう改めるべきですね。

収入(自分で稼いだお金+お金が稼いだお金)-支出(使ったお金)=貯蓄(たまるお金)

投資案件のリスクを見極めるなんて無理

お金が勝手に働いてきてくれる「投資」。しかし、当然のことながらうまくいかないこともあり得ます。Aさんが開いたラーメン屋さんは立地が悪く、 想定通りにお客さんが集まらないかもしれません。食中毒を起こすかもしれません。Aさんが体を壊してしまうかもしれません。雇ったアルバイトの従業員が、 食材を弄ぶ動画をYouTubeで公開してしまうかもしれません。もっとひどいことに、Aさんにはそもそもラーメン屋をまともに開くつもりはなく、お金を 集めて散々使った揚げ句に逃げてしまう詐欺師だったということもあるかもしれません。

結果として事業継続が困難となりAさんが破産した場合、私は1000円という金利を得られないばかりか、10万円の元手をも失う可能性もあります。

これが投資のリスクです。10万円を1年間貸して得られる1000円は、Aさんから見れば上記の通り「期限の利益」への対価ですが、私から見れば1年間はその10万円が使いたくなっても使えない、いわば「期限の不利益」だけでなく、元 手も失うかもしれないリスクを取ったこと(リスクを引き受けることを「リスクを取る」と表現します)の代償でもあると言うことができます。

10万円を全部失うかもしれないけれど、約束が守られれば1年後に1000円増えるかもしれない。負わなければならないリスクと、得られる可能性のある利益(リターンと 呼びます)が釣り合うかどうかは、Aさんが事業を継続して利益を出すかどうかの確からしさやAさんの信用度によります。Aさんが見ず知らずの人であればま ず釣り合いません。でもAさんが、これまでも同じようにお金を借りてしっかり返しているという実績を知れば、釣り合う可能性は高まります。Aさんのお店を 出す場所や、ラーメンを作る技術、事業の計画などを知って「大丈夫だ」と思えれば、さらに高まるでしょう。「いざという時には、これを売って返します」と いうモノ(担保)を預かれば、もっと高まるはずです。

では、釣り合わない場合どうなるでしょう。たった1000円のためにAさんを信じることはできないが、1年間で5000円増えるならちょっと冒険にはなるけど貸してもいい、というようなことが起きてきます。つまり、リスクが大きければ大きいほど、釣り合わせるためにリターンは大きく設定されることになります。逆に言えば、リターンが大きく設定された投資案件は、それだけリスクが大きいということになります。「利回り10%」などとうたう投資案件の広告を見たときに、即座に「それに見合うリスクはどんなものだろう」と発想することが大切です。

投資をするためには、第1に、お金を出す案件について正しく知り、リスクの大きさを正しく把握しなければなりません。第2に、設定されたリターン がそのリスクに見合っているかを評価しなければなりません。ラーメン屋さんの事業資金を融資するという例で説明しましたが、どこかの企業の株式を買うのも、どこかの国の債券を買うのも、基本的には同じです。

ここでちょっと自分の立場で考えてみてください。一体、そんなことができるでしょうか。日々本業で忙しく働いている、投資を専業としない大多数の みなさんに、そんなことを調べて評価している時間がありますか。仮に時間があったとしても、お金を渡す相手の素性や計画について、あるいは企業が発表する 事業計画や財務状況について常に正しく理解して、リスクを評価することができますか。――できない、と思う方が大半ではないかと思います。

頑張っても、まず大半の人にはできないのです。仮にできたとしても、そのために費やされる労力は多大で、夢中になっているうちに本業の仕事がおろそかになったり、家族や友人のために使う時間を失ったりしてしまう。それはそれで、やはりお金に支配される生き方になってしまいます。

では投資を諦めなければならないのか、と言えば、そんなことはありません。

ここで登場するのが「投資信託」(ファンド)という商品です。

「同じ籠に卵は入れるな」

私たち一人ひとりは、一部のとても恵まれた方を除いて、そこまで大きな資金を動かすことができません。例えば毎月の給与から1万円投資したいとい う場合、株式は通常100株単位でしか買えませんので、1株100円以下の株しか買えないということになります。株式投資はほぼ不可能と考えてよいでしょ う。

投資信託という商品は、こうした個人の少額のお金を集めてプールを作り、株式や債券など、多くの場合複数の資産にまとめて投資してくれて、拠出し た金額に応じてリターンを得られるようにしてくれるものです。例えば1万円拠出する人が1000人集まれば1000万円になります。1000万円を拠出できる投資家と同じ力を持ってマーケットに参加し、その果実を1000人で分け合えるということになります。

投資の果実をどう受け取るかについては、大きく分けて2つの方法があります。例えば株式に投資する投資信託が、ある銘柄を買い、その株が値上がりした。あるいは株式の配当(生み出した利益の一部を還元するもの)を得たとします。投資信託には、この投資の果実を自らのお金のプールに再び入れて再投資していくものと、投資者に配当するものがあります。理由は後段で説明しますが、多くの場合、前者の「再投資型」を買うことが望ましいでしょう。

また、あらかじめ投資家に公表された方針で運用する(お金を働かせることを「運用する」 と表現します)のも投資信託の特徴です。例えば「日本の株式を買う」「バイオ分野の企業の株式を買う」「新興国の債券を買う」などの方針の商品が販売されています。この大きな方針さえ決めて買ってしまえば、投資先が適切であるかどうかの評価や入れ替えなどを専門家が代行してくれます。本業の仕事や家族との時間を費やして投資先を吟味する必要はなくなるというわけです。

投資信託を運用している会社が倒産したとしても、投資信託に投資されたお金やその準備のために置いておいたお金は運用会社自身の会計と厳しく分けて混ぜないルールになっているので影響を受けずに保護されます。銀行に預けたお金は1000万円までしか保護されない(このルールをペイオフと呼びます)ので、銀行に預けるよりも安全とも言えます。

と、よいことばかり書きましたが、投資信託は、売却時に、購入時の金額(これを「元本」と呼びます)を下回る――つまり損をする可能性のある商品です。

ただし、多くの場合、1社の債券を買う(1社にお金を貸す、と同義です)、あるいは1社の株式を買うよりも、投資先が複数になる(ことが多い)投資信託を買った方が、リスクは必ずしも小さくはなりませんが、少なくとも分散されます。例えば、あるバイオベンチャー1社が倒産したら同社の株式は紙くず同然になる可能性がありますが、バイオベンチャー30社に等分に投資する投資信託を買っていたとしたら影響は30分の1で済みます。

「同じ籠に卵は入れるな」。籠を落としてしまったら、すべての卵が割れてしまう。だから、卵を入れる場所を分散させよ。分散投資の必要性を語ると きによく引かれる箴言(しんげん)です。投資信託は、買う時にはたった1つの商品のように買えるものでありながら、しかし実際にはお金が分散投資される ――多くの場所で働かせられるように設計されているのです。

このように、もともと個別投資よりはリスクが分散されている投資信託ですが、買い方や商品の選び方にさえ注意すれば、さらにリスクを低減させていくことができます。

時間を味方につけると生まれる複利の威力

投資信託の買い方として最も推奨したいのは「長期積立」です。

この記事の前段で、「時間」によって、お金にはその額面以上の価値(金利)が生まれるという話をしました。このお金に価値をもたらす時間というものを味方につける人類史上最も強力な方法が「複利」と呼ばれる考え方です。

例えば1年間に1000円、貯金箱に入れていくとします。30年後にはいくらたまっているでしょうか。1000円×30年=3万円です。

一方、1000円を1年間働かせると10円稼いでくるとします。1年間で得られる金利が10円÷1000円=0.01なので「年利1%」です。貯金の代わりに30年間、これを繰り返したらどうなるでしょうか。10円が30回得られるので、金利の総額は300円になります。元本である1000円 ×30年=3万円も消えてしまうわけではないので、これに加えて、30年後には3万300円になります。お金に働いてもらった結果、300円もうかったと いうわけです。

しかし、こうしてみるとどうでしょう。「年利1%」で1000円を働かせ、1年後にはすでに1010円になっています。2年目には1000円ではなく、せっかく手元にあるので1010円と、新たに加える1000円を足した2010円を年利1%で働かせるのです。金利が20円得られるので、2010 円+20円=2030円になりました。3年目には、この2030円にまた新たな1000円を加えた3030円を年利1%で働かせる…といった具合に、毎年 毎年、得られた金利も加えた金額を働かせてみたら、どうなるでしょうか。

30年後には、なんと3万6000円を超えます。

お金をまったく働かせず貯金箱で寝かせて3万円だったものが、毎年1000円ずつを金利1%で働かせた後で貯金箱に入れる(このように単年度で金利を得てそれを再投資せずに蓄積させていく方式を「単利」と呼ぶ)と3万300円になり、毎年投じられる1000円も得られた金利もどんどん加えて年利1%ですべて働かせた場合(このように得られた金利も再投資していく方式を「複利」と呼ぶ)は3万6467円になりました。これが複利の威力です。

投資信託の買い方として推奨したい「長期積立」とは、この「複利」のパワーを味方につけやすい方法と言えます。

繰り返しになりますが、複利とは、時間がお金にもたらす効果です。その威力を大きくするためには、なるべく長い時間、投資を続けることが最も有用 です。時間がたてばたつほど「働くお金」が大きくなって得られる金利が増え、その金利を加えることでまた「働くお金」が大きくなっていく。この雪だるま式の効果が、時間がたてばたつほど出てくるのです。

また、上記のように投資信託には配当型と再投資型があり、後者を推奨しましたが、その理由は再投資型の方が複利効果を得られやすいからです。働いたお金が稼いだお金をまた働かせる。再投資型は、これを、投資信託の中で私たちが意識することなくやってくれる商品ということになります。

足し算、引き算ではなく掛け算で考えるという話を冒頭にしました。複利の力を使わずに積み立てれば、それは永遠にただの足し算の蓄積にしかなりません。しかしそこに、例えば年利1%だとしたら「×1.01」という小さな掛け算を加えるだけで、単年度で見れば1%増えるだけですが、時間が経過するご とに複利の効果が生まれてきます。これが「掛け算」で考える、ということの意味です。

収入(自分で稼いだお金+お金が稼いだお金)-支出(使ったお金)=貯蓄(たまるお金)

という同じ数式でも、この裏に掛け算を加えて複利効果をもたらすかどうかで、最終的な果実の大きさはまったく異なってくるということです。

時間を使って、複利の力を身に付けるべきだという理屈は分かりました。それであれば、早期に大金を一気に投じて、長い時間をかけてその元本が複利 効果を生んでいくの待っているのでもよいはずです。しかし私は「長期積立」と、「長期」だけでなく「積み立て」を推奨しました。なぜで「長期一括」ではな く「長期積立」が望ましいのでしょうか。

投資信託への投資は、これを買い戻す(現金化する)ときに損益が確定します。安い時に買って、高い時に売れば「もうかった」ということになりま す。こう聞くと「なるほど、暴落した時に買って、値上がりした時に売ればいいのか」と誰もが思うものです。実際に、株式投資などでそれで成功した投資家は たくさんいます。「億万長者(あえて定義ができないふわっとした言葉を用います)になりました」というような本を書いている人たちの多くは、売り買いのタイミングを制した人たちです。

しかしここでよく向き合っていただきたいのは、そのような本を書いている人たちは全員うまくいった人たちであり、失敗した人は一部の例外を除いて本を書くようなことがないという事実です。とすれば、彼ら・彼女らの成功事例は100万人に1人しか成功しない方法によるものなのか、あるいは10人に1 人くらいはうまくいく方法なのかが分かりません。もっと言ってしまえば、世の中には市場に参加している人数の割にあまり億万長者がいないので、どうやら成 功するのは一握りの人ではないかという推論が成り立ちます。であるのにそうした方法をまねしようとしてしまうのは「自分だけはうまくいくはずだ」というバイアスのなせるわざとしか言いようがないでしょう。

というのも、売買のタイミングは、神ならぬ誰にも読めないものなのです。値動きの グラフを後から見れば「ここで買えばよかった」「ここで売ればよかった」と誰でもすぐに分かります。しかし、グラフの最先端に立たされているとき、それま で上がっていてもこのまま上がり続けるのか、あるいは下がっていてもこのまま下がり続けるのかは誰にも分かりません。「ここが底だ」と思って上げに転じることを期待して買ったものの、ほんの踊り場にすぎず、そこから奈落の底まで落ちていくかもしれません。「バブルはもう崩壊する」と思って下げに転じることを警戒して売ったものの、そこはこれから始まる数年間の絶好調相場の入り口にすぎず、結果として、好調相場の恩恵にあずかる機会を失ってしまうかもしれま せん。

成功した人が描き終わったグラフを使って成功の要因を説明することはできますが、それを再現しようがないのです。過去のグラフの動きから法則性を見いだす「テクニカル分析」と呼ばれる手法もありますが、無数の事実と思惑が複雑に絡み合って織りなされる市場の動きを読むのは難しく、常に「想定外」の 動きに翻弄されるものです。

であるのに、一括で買ってしまったらどうなるでしょう。結果としてタイミングが悪かった場合、もう取り返しがつきません。だから、長期かつ段階的に積み立てで買うことで「時間(タイム)」を味方につけて、タイミングを誤るリスクを分散させることが有用なのです。

値下がりしたら「仕入れの好機」

投資信託というものは砂糖や塩のような粉体だと思ってください。例えば、毎月1万円を積み立てるとします。買い始めたときは、1万円で100g買 えました。しかし、残念ながら徐々に値下がりしていきます。ただ、価格が下がると、同じ金額で買える量は増えます。1万円で20g多い120gも買えるこ とになりました。その後価格は反転。今度は同じ金額で買える量が減ります。1万円で80gしか買えなくなってしまいました――。つまり、その時の価格に よって、同じ金額で買える「量」が変わるのです。

投資信託の価格が上がればうれしいのは直感的に分かると思いますが、積立投資をしていると、下がっても喜ばしく感じます。なぜなら、すでに買ったものは値下がりして価値を下げますが、これから買うものは安値でたくさん仕入れられることにもなるからです。投資家が買った投資信託の中には、1万円 120gで買った粉も入っていれば1万円80gで買った粉も入っていて、混ざっており、安い価格で買えた期間が長ければ長いほど袋の中の粉全体の単価がじわじわ下がっていきます。いざ値上がりしたときのもうけが大きくなっていくということです。

このように、単価が変動する商品を定額で、量を変えて買い続ける購入法を「定額購入法(ドル・コスト平均法)」 と呼びます。定額購入法が購入単価を総体として引き下げる効果があると考える人もいれば、単に気休めで、せっかく元本があるのに積み立てで買うために手元 のお金を遊ばせておくのは愚かだ、「時間」の効果をなるべく長くもたらすために一括でいいのでお金を早く市場に参加させた方がよいと考える人もいます。

いずれが正しいかはここでは断じませんが、定額購入法に懐疑的な人も認める「気休め」の効用も、投資心理に及ぼす影響という意味では小さなもので はないと思います。一括で大金を投資してしまったら、タイミングが正しかったかどうか、そのお金が増えるかどうか気になって仕方がありません。仕事や休暇の合間に頻繁に値動きをチェックしては一喜一憂することになるでしょう。前にも述べましたが、それではお金に時間=人生を支配されてしまいます。一方、定 額購入法で、タイミングを一切測らず自動的に淡々と買い続ける積み立て設定をしておくと、いつ買うのかを意識することもなくなります。お金の動きを気にして一喜一憂を強いられるコスト・リスクから解放されるということです。

プロの目利きを信じるか、目利きを最初から諦めるか

「買い方」に続いて、投資信託の「選び方」も考えていきましょう。

「選び方」と言っても「大きくもうかるものをどう選ぶか」というような話ではありません。投資信託は、そもそももうかったり、損したりするもの。 そのリスクを踏まえ、長期積立方式で買うという前提のうえで、短期的には価格が上下したとしても、長期的にならすとおしなべて「小さな掛け算」を重ねることができた――もう少し具体的に書くと、平均年利が小さくてもプラスになった、と振り返ることができるような商品をどう選ぶか、ということが大切になって きます。

投資信託には、大別して「インデックス・ファンド」と「アクティブ・ファンド」と呼ばれるものがあります。まずこの2つの性質をよく知っていただきたいと思います。

株や債券(借金)、不動産投資信託(REIT)など、様々な金融商品が「市場(マーケット)」 で取引されています。市場がなければ、売りたい人は買いたい人を自力で見つけてマッチングしなければなりません。また、相手が本当にお金を払ってくれるの か、信用できるのかなどを逐一調べなければなりません。これでは不便で、誰も活発に取引しようという気持ちになりません。そこで、誰もが取引に低コストで 公平かつ公正に参加できるようなルールと場がつくられました。これが市場です。

一般に、投資信託は、投資した人たちが出したお金を集めて、投資家たちを代表して(あるいは代行して)この市場で株式や債券を買います。このとき、どのように買うかによって上記の2種類に分かれます。

アクティブ・ファンドとは、その投資信託で株式や債券などを売買する担当者――ファンド・マネジャーと呼ばれる人たちが、「成長性の高い中小株を狙う」「スタートアップなどに先行投資する」などのポリシーを元に、その目利きにかけて投資先を吟味して決定する投資信託です。

一方のインデックス・ファンドとは、そうした個別銘柄に対する目利きに頼らず、ひたすら「インデックス(指数)」と呼ばれる数字の動向に連動するように機械的に売り買いされる投資信託です。

例えば株式市場の場合、1社1社の株価は「新製品の開発が終わったのでこれからもうかりそうだ」とか「つぶれそうだ」とかそれぞれの事情で値動きしますが、それらを見ても市場全体が好調なのか不調なのかが分かりません。そこで、多くの企業の株価の値動きを集計し、総合することで、市場全体の動向を 知るための指標としたものがインデックスです。インデックスの1つである「日経平均株価」は、東京証券取引所に上場する255社の株価から計算されます。 「東証株価指数(TOPIX)」は、同じく東証に上場するすべての会社の株価から計算されます。「ダウ工業株30種平均(ダウ平均)」はニューヨーク証券 取引所上場の30社の株価から計算されます。例えば日経平均株価に連動するインデックス・ファンドは、日経平均株価が上がれば価格が上がり、下がれば下がるように市場で株式を売り買いします。株式だけでなく、債券など様々な市場にインデックスはあり、それに連動するインデックス・ファンドがあります。

資本主義の可能性を丸ごと買うということ

近年は「アクティブ・ファンドよりインデックス・ファンドを買う方が正しい」という論調が強くなっていますが、いずれがよいかということについては様々な意見があるし、半ば神学論争になることもあるのでここで断じることはしません。ですが、買うべき投資信託を探すためには、少なくともこの2つの ファンドの性質の違いはよく理解しておく必要があります。

インデックス・ファンドの考え方は「目利きを諦める」というものです。例えば TOPIX連動のファンドは、極端に説明すると、東証に上場するすべての企業の株式を購入して保有します。そして各銘柄の値動きに応じてそれらを売買し、 その株価の総和の値動きをTOPIXの値動きに追随させることを目指します。東証には、よい会社も上場していますが、そうでない会社も上場しています。イ ンデックス・ファンドは、そこに対して目利きを発揮するという発想を捨て、いわば東証1部の株式市場を丸ごと買うのです。ダメなものもよいものも入ってい るけれど、市場全体の成長によって価格が上がっていけばよいという考えに立ちます。個人投資家がこれをやろうとすると莫大な資金が必要になるので事実上で きません。みなでお金を出し合ってプールをつくることで、「全部買っちゃえ」を実現するのがインデックス・ファンドの特徴です。

一方、アクティブ・ファンドは正反対で、ダメな企業も入っているのに市場全体を買うのは効率が悪いという考えに立ちます。購入する銘柄について分析し、場合によってはファンド・マネジャーが経営者に会って考えを聞いたり生産設備を自分の目で見学したりして、本当に買ってよいかを判断します。「目利きこそが命」です。

上記を比べればお分かりいただける通り、アクティブ・ファンドの方が、独自の調査や判断を伴う分、インデックス・ファンドよりも手間がかかりま す。結果として、高コストになります。このコストは、保有している投資信託の額に応じてかかり続ける「信託報酬」というランニング・コストとして投資家に転嫁されます。この点では、インデックス・ファンドの方が有利です。

一方で、敏腕のファンド・マネジャーの絶妙な「目利き」がバシッと決まれば、本当は実力があるが現在価格の安い銘柄、つまりお得な銘柄を選んで購入することで、インデックス・ファンドよりも大きくもうけることができる可能性があります。市場全体が下がっていたらインデックス・ファンドは必ず下がりますが、アクティブ・ファンドは、ダウントレンドの中でも巧みに例外やひずみを見いだしてその流れにあらがうことができるかもしれません。また、市場全体 が伸びているときでも、インデックス・ファンドは指数で表される市場の平均より大きくもうけることはできませんが、アクティブ・ファンドであればさらに大きく稼ぐことができるかもしれません。

いずれも、元本を割り込むような価格下落のリスクはあります。違うのは、インデックス・ファンドが常に市場の平均以上にもうからず、平均以下に損 しないのに対して、アクティブ・ファンドは、目利きの力や判断力によっては市場の平均と無関係な値動きを実現できる、という点です。

多くの主要な株価のインデックスを見ると、折に触れて上下し、時にバブルとして飛躍したり暴落したりしながらも、大きなトレンドとしては上がり続 けていると評価できるものが多そうです。それはすなわち、その株式市場を擁する経済圏が成長を続けているということを意味します。ある国や地域の市場を見たときに、個別企業の浮き沈みはあっても、その国・地域の経済の総体がこの先も豊かになり続けるとすれば、短期的な変動はあっても、長期的にはインデック スは上がることになります。インデックス・ファンドを買うということは、その国や地域の経済全体が成長し続ける――言い換えれば、資本主義が稼働し続ける可能性を買うということです。

一方、アクティブ・ファンドを買うということは、自分の手元のお金をどう働かせるかを決めるファンド・マネジャーの才覚を買うということです。先 述のように、多くの人には投資案件の一つひとつを評価することは現実的にはできません。それを代行してもらうために投資信託を買うのです。比較のうえで高 コストとなる以上、市場平均(インデックス)よりも大きなリターンが期待されます。実際に、日本株を扱うアクティブ・ファンドにはTOPIXを大きく上回る成績をたたき出しているものがたくさんあります。

前段の話を思い出してください。自分以外にお金にも働いてもらうことで、稼ぐ力を増やすことができます。ただし、お金にどこでどう働かせるかを正 しく判断しないと、出稼ぎに出したお金が戻ってこなくなるリスクがあります。しかし、本業が忙しい、家族や友人との時間を犠牲にしてまでお金もうけのことを考えたくないという人に、お金の働くべき場所について分析したり判断したりする時間はありません。それを丸投げできるのが投資信託という商品でした。アクティブ・ファンドを買う道を選んだ人は、その判断をファンド・マネジャーの目利きに委ねたことになり、インデックス・ファンドを買う道を選んだ人は、その判断を放棄して市場全体を買うことを選んだことになります。

前にも述べたようにいずれを推奨するかは書きません。ただ、複利という時間の力を味方につけようとするならば「長期積立」という買い方が推奨されると書きました。この長期積立と相性がよいのは、概してインデックス・ファンドの方だとは言えそうです。

インデックス・ファンドは「低コストで運用し、(市場平均より)大きくはもうからないが(市場平均より)大きく損もしない」というものです。そして「短期的には上下するが、市場全体が成長している限りにおいて長期的には値上がりする」という性質もあります。小さなもうけの掛け算を長い時間かけて繰り返していくことで複利効果を生んでいこうという投資スタイルには、この性質はよく合います。

一方でアクティブ・ファンドは「コストをかけてでも(市場平均より)大きくもうけよう」というものです。例えば、独自の嗅覚や観察眼で企業の本質を見抜くようなファンド・マネジャーがいる投資信託があったとすれば、確かに市場平均に対して勝てるかもしれないし、そのリターンは信託報酬コストを上回るものになるかもしれません。ですが、そのマネジャーが転職や引退で抜けてしまったらどうなるでしょうか。引き継ぐ人が同じパフォーマンスを出せればよいですが、そうでなかったら勝率を落としていく可能性もあります。「長期」で買えば買うほど、いずれそうしたリスクに直面する可能性が高まっていくことになります。このリスクもまた、コスト(信託報酬が高いということ)に並ぶアクティブ・ファンドが抱える弱みの1つです。

もちろん、強力なファンド・マネジャーが率いていて、かつそのポリシーを企業文化や仕組みとして定着させつつ後継者に権限移譲もできているようなアクティブ・ファンドもあります。そうした投資信託であれば、長期積立投資をしてもよいと考える人もいるでしょう。また、目利きの価値(が生むリターン) の方がコストの大きさよりも大きいと信じるなら、納得したうえでアクティブ・ファンドを買うという選択肢は十分にあり得ます。

大事なのは、アクティブ、インデックスそれぞれで想定されるリスク・コストと期待されるリターンを知り、理解し、評価してから選ぶということだと思います。

国すら選ぶのが面倒なら「全世界型」を買えばいい

では、その2種の投資信託の中で、どのように商品を選べばいいでしょうか。個性の明確なアクティブ・ファンドはファンド・マネジャーの思想やポリ シーに共感したり、その手腕を信用したりして選ぶことになるでしょう。一方で、インデックスに連動して機械的に売買され、個性に乏しいインデックス・ファンドは、何を基準に選んでよいか分からないと感じるかもしれません。しかし、選び方は単純です。原則は「インデックス・ファンドを買うなら、最もインデックスらしいものを選べ」となります。繰り返しますが、インデックスは個別銘柄の目利きを諦め、市場全体の成長を低コストで買う商品です。だから、含まれる銘柄の構成が最も「市場全体」に近い商品、最もコスト(信託報酬)の安い商品を選ぶとよい、というのが結論になるわけです。

例えば日本経済の成長を買いたいとすれば日本株のインデックス・ファンドを買うことが選択肢になりますが、先に述べたように、日本の株式市場には 「日経平均株価」と「TOPIX」という2つのインデックスがあり、それぞれに連動した投資信託が販売されています。どちらを買うべきでしょうか。上記の考えに基づくのであれば、TOPIX連動がよいということになります。なぜなら、前者は上場企業のうちわずか225社の、後者はすべての上場企業の株価を 基に算出されており、後者の方が「市場全体」に近いからです。

同じインデックスに連動する投資信託が複数あれば、コストの安い方を選ぶとよいでしょう。高い信託報酬は毎年得られる金利を侵食し、複利を生む「小さな掛け算」の力をそいでしまいます。そもそも期待リターンが大きくないインデックス・ファンドにとっては天敵です。また、投資信託には、残高に対して一定の割合で課される信託報酬に加えて、購入時には「販売手数料」、売却時には「信託財産留保額」 として、やはり手数料のようなものを取られることもあります。その率もよく見極めましょう。朗報としては、近年は競争が激化し、購入時・売却時の手数料が 無料の商品、信託報酬が極めて低コストの商品が増えています。ただし、古い商品には高コストのものも多く、しかも販売され続けていることが多いので、購入 時に信託報酬・販売手数料・信託財産留保額の大きさは必ず比較するようにしてください。0.01%でも低いものを選ぶことが大切です。

「個別企業の業績は見通せないが、ある国の市場全体は成長するだろう」という発想を突き詰めていくと「各国の成長は見通せないが、世界全体は成長するだろう」という発想に近づいていくかもしれません。

最近は、世界の主要株式市場それぞれの株式を時価総額の比率に応じて持ちつつ、各市場の動きに応じて売り買いしながら、世界主要市場の成長、すなわち世界の経済成長を買っていこうというインデックス・ファンド(「全世界株」などと呼ばれます)も低コストで登場しています。企業どころか、国も選びたくない、選ぶ知識も時間もないというような人は、こうした商品から買ってみるとよいかもしれません。国には栄枯盛衰があるが世界経済全体として成長し続けるのであれば、短期的には世界同時不況があって暴落したり世界的なバブルで膨張したりしつつ、上下しながら、長期的にはゆるやかに価格が上がっていくことになるはずです。

いくら積み立て投資すれば老後に2000万円たまる?

ここまでの理屈を振り返りましょう。投資案件について判断する目利きの力がなくても「投資信託」を買えばいい。インデックスで市場全体を買った り、アクティブでプロの運用に委ねたりできる。買うアクションは単純でも投資先を複数に「分散」できるため、リスクを抑えられる。短期単発で買うよりも、 複利の力を味方につけやすい「長期」で、かつ定額で「積み立て」で買う方がいい。インデックスの方が長期積立と相性がよい傾向がある。こうした話を進めて きました。

考え方は理解できたとして、では、具体的に、例えば老後の資金として2000万円をためるには、毎月どれだけ積み立てればいいのでしょうか。

…と、考えてしまうことが、もうお金に支配されてしまっています。いくら投資すべきか、と考えるべきではありません。いくら投資できるか、でよいのです。冒頭の例で挙げたように、当面、使い道のないお金を貯金箱の中で眠らせるのであれば働いてもらいましょう、というのが基本的な姿勢です。

例えば、大きな額のクレジットカードの引き落としがあるのに、あるいは何らかのアクシデントに遭遇してお金で解決できるのに、投資したがゆえに手元にお金がなくなり、金策に走ったり選択肢を諦めざるを得なくなったりするのは本末転倒です。毎月これだけ投資しなければと血眼になって、会いたい人に会う機会を減らしたり、見たい映画のチケットを買うのを無理にやめたりする必要もありません。

最適な投資額を割り出すために踏まえておきたい大切な考え方が3つあります。1つは、自分の生活におけるお金の流れを把握することです。多くの場合、お金は毎月、給与などの収入があり、ATMからお金を引き出して現金で支払ったり、電子マネーやクレジットカードの利用額が引き落とされたりして支出 されます。この流れを絶やさないために、どれだけのお金(生活資金、企業経営では運転資金と呼ばれます)が必要かを知ってください。収入と支出のバランスがそれなりに取れている場合、おおむね、生活資金は収入の1カ月分ほどあればよいのではないでしょうか。この金額は、常に現預金として抱えておく必要があり、投資に費やすべきではありません。

もう1つが、非常時への備えの資金を用意することです。会社が立ち行かなくなり、 給与が出なくなるかもしれません。家族が病気になり、保険がおりるまで一時的に治療費を払わなければならないかもしれません。時折発生する可能性があるこうした突発的な資金需要を満たせる金額も投資に用いるのはやめた方がよいでしょう。毎月、上記の運転資金だけ残して投資し、かつかつに家計を回していると、例えば会社を辞めたいといったときにその選択肢を諦めざるを得なくなることにもつながります。それもまたお金に支配されるということです。

この非常時の資金がどれだけ必要かは、個々人の事情によって大きく左右されるので一概には言えません。実家住まいの独身で、食事や光熱費を親に助 けてもらえるならほぼゼロでよいかもしれません。家族を養っていて、子供を私立の学校に行かせているようなケースでは、かなり大きく設定する必要があるで しょう。

3つ目が、何を我慢すべきかを見極めることです。無駄な支出を減らして、余ったお金を投資するわけですが、何を無駄と判断するかは意外に難しいものです。大事な家族と一緒に旅行を楽しむこと。久々の友人と一献酌み交わすこと。読みたい本や聴きたいCDを買うこと。こうしたことは、一見、使えば何も 残らない「消費」行動に見え、であればこれを使わずにそのお金を働かせた方がよいとも思えます。しかし、家族や友人との時間は、ある価値観では、そのために人生があるというほど大事なものかもしれません。消えてしまうように見えても、お金を使った代わりに、あなたのバランスシート(資産)にかけがえのない 思い出が計上されています。

本やCDを買うのもただの消費に見えますが、本を読み、何かを学ぶことで自分が成長し、仕事に役立つのであれば、それは自分という資本を強化したということになります。お金を働かせる話ばかりしてきましたが、一番確実にお金を稼げる資本は自分自身です。自分がストレスなく働くため、自分を成長させるための費用は消費ではなく自分という資本への投資でもあるのです。確実な自分への投資を我慢して、もうかるかどうか分からないお金の投資を優先するのは賢明とは言えません。

もちろん、何も我慢せずに思うがままに使ってはお金はたまりません。この記事の冒頭で書きましたが、スマホのアプリなどで家計簿を付けて、まずは自分のお金の流れ(キャッシュ・フロー) を見える化してみることから始めるとよいと思います。自分が支出しているお金の履歴を見て、利用頻度の低いサービスを解約したり、電気やガス、携帯電話の 契約を見直したりと「固定費」を削減すると同時に、それ以外の支出も、上記のような視点で、それが何も残らない「消費」なのか、それとも広義における「投資」なのかを見極め、前者だとしたらそういった支出は抑えていこうという意識を持つことで、じわじわと支出を抑えていくのがよいでしょう。

これまでお金を投資したことが一度もない人は、以上の3つの考え方に基づいて、自分が毎月、どれくらいのお金を出稼ぎに回せるかを計算してみてください。もし現預金の金額が運転資金程度しかたまっていないのであれば、投資なんて考える前に、まずは非常時の資金をためることです。非常時の資金は確保できていると思うのなら、これまで毎月、どれくらいの現預金が増えてきたのかをざっと計算し、そのお金を現預金ではなく投資信託などのリスク投資に振り向けつつ、毎月の家計を見ながらその額が増やせないかを試みていくことだと思います。繰り返しになりますが、投資額を捻出するために、家族や友人との大事な時間を犠牲にするような生き方は望ましいものではありません。お金に支配されないために投資で備えようとしているのに、その過程でお金に支配されてしまう ということになってしまいます。

ちなみに、住宅ローンを抱えながら投資することは私個人的にはあまりお勧めしません。住宅ローンを銀行から借りているということは、銀行が預金というかたちで消費者から集めたお金があなたのもとに働きにきたということです。結果、例えば手元にすぐに払える3000万円がなくても、3000万円の不 動産を買うことができました。35年で返済する場合、その期間について「期限の利益」が発生しています。毎月の返済額に上乗せされている金利がその対価です。債務者(お金を借りている人)が35年間の「期限の利益」を得ているということは、債権者(お金を貸している人=この場合、銀行)は35年間の「時間」の力――複利の力を得ているということです。債務者(お金を借りている人)は、繰り上げ返済して返済期間を短くすることで、この時間の威力を弱めることができます。つまり、その時点での借金額を小さくするのはもちろん、その時点から生まれていくことになる複利効果を削減することができるのです。返済期間の残りが長ければ長いほど、つまり繰り上げ返済の時期が早ければ早いほど、返済金利を削減する効果は大きくなるでしょう。

お金を投資して複利の力を使って増やすのも、借りているお金の複利の力をそぐのも、「お金を増やす」と「借金額を減らす」という表れ方こそ違いますが、時間の力でお金の価値を変えるというまったく同じ力の作用です。

ただ、住宅ローンの金利は、そもそも低金利時代であることに加えて、住宅を買うことを推奨するために政策的に抑えられており、条件によりますが年1%を切る極めて低い水準のローンを提供している金融機関は少なくありません。金利が低いということは、複利の力も弱いということです。繰り上げ返済して もそげる複利の力が小さく、返済額を減らすインパクトは大きくなりません。手元にまとまったお金があるとき、例えば現在年利0.5%の住宅ローンを繰り上 げ返済すべきか、平均年利3%が期待される投資信託を買うべきかと問われると迷う人もいるでしょう。

どう判断するかはあなた次第ですが、踏まえておいていただきたいのは、お金の投資には「もうからないかもしれない」というリスクがあり、借金の繰り上げ返済にはそのリスクがないということです。住宅ローンの繰り上げ返済は、いわば、リスクゼロの投資なのです。投資性のある金融商品の中に、そんなものは1つもありません。

年齢別「70歳で2000万円」への必要投資額

自由になる範囲で、無理なく投資すればいいと書きました。しかし、それでも、どれくらいの額をどれくらいの期間投資すれば、どんなリターンが得られるか知っておきたいという読者もいるでしょう。以下に1つ、シミュレーションを示します。

この記事の冒頭に以下のシミュレーションを載せるという選択肢もありましたが、あえて最後に置きました。最初に「これだけの投資で、こんなにたま る」と示した方がとっつきがよいということはもちろん知っています。しかし、投資とは無理のない範囲で時間を味方につけてお金を働かせることだと知ること なく、「なるほど月々これだけ投資すればいいのか」と安易に飛びついたり「こんなに投資しないとだめなのか」と強迫的に読み取ったりしてほしくなかったの で、あえて理屈を前段にたっぷり説明した後で掲げることにしました。

シミュレーションでは、70歳までに2000万円ためることをゴールに設定しています。老後資金として公的年金などのほかに「2000万円」が必 要(夫婦・無職世帯の場合)というリポートが話題になりましたが、法改正などが今まさに進んでいて、日本社会は65歳定年から70歳定年に移行していくことが予想されているからです。

期待されるリターンを「平均年利3%」と設定してみます。株式のインデックス・ファンドでおおむね想定される利回りで、長期の平均としては野心的とは言えず、人によってはやや保守的とも見るような数字です。投資のプロは10%を目指すといわれています。

まず20年間しか積み立てできない人、つまり70歳まであと20年間(240カ月)という50歳の人は、月々6万920円の積み立てが必要という 計算になりました。次いで30年間(360カ月)投資できる40歳の人は3万4321円の積み立てが必要と出ました。40年間(480カ月)積み立てられ る30歳の人は2万1597円、50年(600カ月)積み立てられる20歳の人は1万4395円です。

早くから積み立てを始められるんだから小さい金額で済むに決まっていると思うかもしれません。しかし、それだけではないのです。「2000万円」と達成額は同じでも、その構成はまるで異なります。

50歳から積み立てた人が達成する2000万円のうち、自分が働いて積み立てた金額(投資元本)はおよそ1460万円です。残りおよそ540万円 は、お金が働いて稼いだお金(運用収益)ということになります。つまり、複利を味方に付けずに貯金箱にためていた人より540万円も増やせました。20年 という期間でも複利の力は小さくありません。

しかし20歳から積み立てた人が達成する2000万円の構成と比べると大きく見劣りします。こちらは、自分で稼いで積み立てた金額はおよそ864 万円だけです。残る1136万円が運用収益、つまり2000万円のうち半分以上は、お金が自ら働いて稼いできてくれたお金ということになります。すさまじきものは、長期の時間を味方につけた複利の威力です。

インターネット上にはいくつか積み立て投資のシミュレーターが公開されているので、投資の期間や金額、想定年利などのパラメーターを色々と変化さ せてみると実感できるはずです。積立金額を大きくするよりも期間を長くした方がシミュレーションに対するインパクトが大きくなります。つまり、若ければ若いほど、手元に「働かせるお金」(元本)が少ないという弱みを、時間を味方に付けてカバーできるということです。逆に言えば、時間をすでに失った人がその喪失を金額で埋めようとすることは難しい。残念ながらすでに60代後半の人が「働かせるお金」をたくさん持っていたとしても、そのお金が働ける時間が足りず70歳までの複利効果はほとんど望めないでしょう。40代や50代の方ならまだ間に合います。20代や30代の人には、少額であっても、お金を一刻も早く働かせ始めることをお勧めします。

足し算と引き算しか知らずに生きるか、小さな掛け算を重ねることを知って生きるかで、お金に支配されずに生きられる可能性が大きく変わってくること、そしてそれを知って実践する時間が長ければ長いほど有利になることがお分かりいただけると思います。超・高齢化社会を迎える中で、社会保障システムに 対する若い世代の負担が大きくなっていくことが懸念されています。だからこそ、若ければ若いほど効果が出やすいこの「武器」を知り、その機会を行使していただければと思います。

人生は一度きり、お金に支配されないために

こつこつ貯金して開業資金がたまるのを待っていたらいつまでもラーメン店を開けないと困っているAさんは、本来準備のために求められる時間を、別の人からお金を借りることで短縮できました。このラーメン店のお客さんは、自分たちでラーメンを作る技術を学んだり、店を開いたり、調理器具をそろえた り、材料を仕入れたり、スープを仕込んだり、麺をゆでたりする時間を費やすことなく、自分の時間を費やして稼いだたった500円(時給1000円のアルバイトとすれば30分間)を支払うことでラーメンを食べることができます。

お金が、このように「時間」を伸び縮みさせることで価値を変えるのは、それを発明した人間が限られた時間を生きているからでしょう。誰にもいつか等しく死が訪れ、時計の針が止まります。長くてもわずか100年にも満たない時間しか与えられないけなげな人間たちが、それでも何事かをなそうとするために生み出したのがお金というものであり、その特性を生かす考え方が資本主義というものなのです。

若い時に、余裕がないながら少額でも積み立てたお金が、若さという「残された時間」の大きさを失う頃に複利の力を発揮するのはその裏返しでもあります。冒頭にも書きましたが、お金を稼ぐことは卑しいことだという風潮があります。投資となればなおさら嫌悪感を抱く人が少なくありません。しかし、例えば日本株のインデックス・ファンドを買い続けた人のお金は、日本の株式市場に投資されます。企業はそのお金を使って新しいサービスやモノを生み出したり、 その会社で働く人や家族の生活を豊かにしていったりすることでしょう。つまり、自分で稼いだお金を自分のために使う誘惑に耐えて、ある時間手放すことで、 そのお金は誰かの限られた人生の中でなせることを1つでも2つでもどこかで増やし、世界を変えています。その対価を、稼ぐ力や時間を失った老後に受け取ることの、どこに卑しく恥じるべきことがあるでしょうか。

「コロナ・バブルの波に乗ろう」とか「こんな投資法でもうかった」というような言説は巷間(こうかん)にあふれています。もちろん「もうけたい」 という欲望が、資本主義のエンジンを回転させる燃料であることは間違いありません。ですが、どうすればもうかるかを考える前に、なぜもうかるのか――そも そも資本主義のエンジンがどんな構造になっているかを知っておいても損はないと思って本稿を書いてみました。お金や、お金にまつわる不安に支配されることなく、むしろ時間の力をうまく活用してお金を働かせ、家族と過ごすのか趣味を楽しむのか、どんなことでも、限られた人生で自分がすべきと思うことを1つで も多くやりとげる人が増えることを願っています。

[日経ビジネス]

変化できるもののみが生き残る。。。

 

大量殺人を計画するテロリストだった渋沢栄一が“転向”した理由

 

渋沢栄一は武州の豪農だったが、仲間と共に尊王攘夷(天皇を敬い、外国人を打ち払う)思想に染まり、討幕のために今の群馬県高崎市にあった高崎城 乗っ取りを企てるが、これを中止して江戸に出る。江戸では、道中手形を融通してもらい、混乱の京へ──。その後、なんと、将軍家の身内である一橋家に仕えることに。攘夷からも転向し、一橋慶喜の弟、昭武(あきたけ)のフランス留学に随行した。

今回は、渋沢のこの変わり身について、『渋沢栄一と明治の起業家たちに学ぶ 危機突破力』の著者である歴史家・作家の加来耕三氏が、考察してくれた。

前回は、渋沢栄一が「『経営者失格』と言われても、渋沢栄一がやりたかったこと」を解説してくれているので、そちらもぜひご参考いただきたい。

(取材:田中淳一郎、山崎良兵 構成:原武雄)

私は渋沢栄一の評伝を何冊か書いていますが、書くたびに悩んで筆が止まるのが、なぜ彼が体制(幕府)を倒そうとする“テロリスト”から、体制側に転向していったのかということです。これはどう考えてもおかしい。理解に苦しみます。

なぜそのような転向ができたのか。

渡仏中、見たことがない黒いコーヒーを出されて、最初に口を付けた渋沢栄一。ダンスに誘われて最初に応じたのも渋沢だ。自らの意志で髷(まげ)も落とした。(画・中村麻美)

結論から先に申し上げれば、私は、渋沢は独り善がりな性格で、その性格があり得ない転向をもたらしたのだ、と考えています。自分さえ頑張れば何とかなる。周りを変えられる。彼は本気で、自分が頑張れば国を変えられる、と思い込む人間だったのです。

封建支配と階級的差別に憤る

渋沢は豪農の家に生まれますが、若くして幕府の封建支配と身分制度に激しい不信と憎悪を持つようになります。きっかけは、17歳ごろのことだったといいます。

渋沢が父の名代として、他の近隣の豪農とともに村の代官屋敷へ呼ばれて行くと、代官から御用金が課せられました。御用金は税金である年貢ではなく、返済されることのない強要された寄付です。他の豪農たちは即座に「上意をお受けいたします」と返答しましたが、渋沢は「父に伝えて改めてお受けにまいります」と答えます。

すると、床の間に座る代官は、下座で平伏している渋沢を見下ろして、「百姓の小倅(こせがれ)が」と嘲弄した。渋沢を、腹立ちと口惜しさが襲いました。

寄付を申し付けながら、なぜあのように高圧的な態度で命じるのか。なぜ嘲られなければならないのか。その怒りが、封建支配と階級的差別への憤りに向けられていったといいます。このエピソードは、大河ドラマでも印象的なシーンとして放送されていました。

その後、渋沢は江戸に留学して儒学や剣術を学びますが、そこで勤王の志士(朝廷のために活動した一派)と交友を結び、その影響から尊王攘夷思想に傾倒していきます。

文久3年(1863年)、渋沢24歳のとき、同志69人とともに上野国(現・群馬県)の高崎城を乗っ取って武器を奪い、横浜の外国人居留地を焼き討ちして、多数の外国人を斬るという計画を立てます。そうすれば、欧米列強からの問責を受けて幕府は転覆し、朝廷をいただく新しい世が生まれるという、とても正気の沙汰とは思えない無謀な計画でした。

決起を企てた段階で、渋沢栄一は幕府の転覆を計画した国事犯、テロリストです。もし実行していたら、後の日本近代資本主義の父は誕生しませんでした。

同じ文久3年、尊王攘夷の過激集団「天誅組」が一千余人規模で決起して代官所を襲いますが、幕府・諸藩連合によって一網打尽にされ、全滅します。69人で決起したところで、最初の城乗っ取りからして成功などするはずがないのです。

天誅組の顛末(てんまつ)を知った従兄弟から、決起を中止するよう説得され、渋沢は計画を断念します。ところが、この挙兵計画が、関東一円を取り 締まる広域公安警察である関八州取締役に漏れて、探査の動きが見え始めます。そこで渋沢は従兄弟とともに、お伊勢参りを口実に、父親から100両の餞別 (せんべつ)を受け取って、郷里を出奔します。

封建体制の中心、一橋家の要人に

渋沢は、京都まで逃げようと考えるのですが、いったん水戸に入って、次に江戸に立ち寄っています。何をしに行ったかというと、かつての江戸留学時 に面識を得ていた一橋家の用人・平岡円四郎に会うためです。道中手形が欲しくて会いにいったのです。テロリストが体制側の人間に、手形をくれと頼みに行ったわけです。この辺が実に、頭のいいやり方だと思います。

ところが今度は、その京都で、考えられない転向をします。

まず平岡の用人になり、平岡の世話で一橋家の用人になるのです。なぜ一橋家の用人になろうとしたのか。厳戒態勢の京都で動きまわるには、一橋家の家臣になったほうが簡単でした。しかし、尊王攘夷に凝り固まった人間が、体制側の中心の中の中心、御三卿の一つである一橋家の家臣になるなど、考えられません。

なぜなのか。私は、十五代将軍職に就く前の一橋家の主君・慶喜を、自分は説得できる、尊王攘夷派に変えられると、渋沢が独り善がりで考えたからではないかと思うのです。自分が説得すれば、慶喜を動かせると。

ところが慶喜との接触は得られない中で、一橋家で渋沢は、深谷の実家で培った商いに関する会計財務の手腕を発揮して、一橋家の財政再建を成功させます。この功績が認められて、慶喜の弟・昭武のフランス行きに、会計係として同行を命じられるのです。

変わり身の早さは、渋沢栄一の持ち味の一つです。フランス行きを命じられたとき、彼は断ることもできたはずです。それを受けたということは、その時点であっさり攘夷を捨てたのだと思います。

スエズ運河の意義を理解する

この考えが間違いではなかったことを、渋沢はフランスへ向かう道中で実感します。蒸気船での船旅から蒸気機関車に乗り換えてスエズの地峡を通るとき、渋沢はスエズ運河の開削工事を目の当たりにします。それを見て、これは日本が欧米列強に勝てるかどうかなどという前に、彼らの志のほうが立派ではない かと感じ入るのです。

運河を造ってアジアと欧州を結ぶことは、一国の利益ではなく、世界全人類の利益を考えてのことだ。そうしたことを欧米列強は考えているのか、と渋沢は驚くのです。我々日本人より、よほど志が高いではないか。それを討とうとする攘夷思想は、そもそも間違っていたのだ、と考えを改めるわけです。

フランスに到着すると、随行員のほとんどは外に出ず、フランスの人たちと触れ合おうともせず、現地の食事をも食べようともしません。とにかく目にすること、耳にすることすべてが嫌で嫌でしょうがなく、早く日本に帰りたいという人たちばかりでした。

その中で、独り異質だったのが渋沢栄一でした。見たこともない黒い色をしたコーヒーを出されて、最初に口を付けた。ダンスに誘われて最初に応じたのも渋沢。彼は在仏中、自らの意志で髷(まげ)も落とします。

さらに渋沢は、なぜフランスがこれほど近代化に成功しているのかということを、ほかの随行員とは別行動で聞いて回ります。聞いた相手は、幕府から日本総領事を委嘱された銀行家ポール・フリュリ=エラールです。

彼はフリュリ=エラールから、サン=シモン主義によって、民間に眠っている資金を、利息によって引き出し、集め、鉄道や製鉄、鉱業、交通といった 産業投資のための、大きな資本へ変えるシステムの存在を知ります。スエズ運河の開削工事も、その仕組みを使って行われているのだと知らされます。

単なる新しもの好きにとどまらず、そうしたことをもたらすシステムの何たるかを探り、それに感服できることが渋沢栄一の卓越した凄味(すごみ)だと思います。

何事にも固執しなかった渋沢

昔はこうだったとか、自分はこういう主義だといって、それらに固執してそのまま進んでいれば、渋沢も、いずれどこかで立ち往生して野垂れ死にしていたでしょう。

しかし彼には、一つの考えに固執しない、変わり身の早さがありました。テロリストから体制側への180度転向するし、主義主張やメンツ、方向性にとらわれない柔軟さがありました。渋沢栄一には、自身を拘束するものが何一つなかったのです。

彼は、自分が賽を振ることで、周りを巻き込み、巻き込んだ後の方向も自分で変えられると考える、独り善がりの性格であり、やりたいと思ったことはやり遂げなければならないなどと固執せずに、やれること、やったほうがいいことにどんどん踏み込んでいったのです。

主義主張ではなく、自分を必要としてくれること、求められていることを実行していったのが渋沢栄一です。その変わり身の早さが、日本の近代化をいち早く進めたのだと思います。

加来耕三(かく・こうぞう)
歴史家・作家

[日経ビジネス]

働かざるもの食うべからずVol.3

 

「一億総生活保護」化!?ベーシックインカム導入で危惧される未来とは

 いま、貧困や経済格差の問題を解決する方法として、国が全国民に一律で必要最低限の生活費を給付する「ベーシックインカム」が注目されています。その実現可能性は、どのくらいあるのでしょうか? 『いまこそ「社会主義」』(朝日新聞出版)の共著者である的場昭弘さんと、『武器としての「資本論」』(東洋 経済新報社)の著者である白井聡さんに聞きました。(※本記事は、朝日カルチャーセンター主催で2020年11月に行われた対談講座「マルクスとプルードンから考える未来」の内容の一部を加筆・編集したものです)

■ベーシックインカムは、企業のためのもの?

――ベーシックインカム論は、労働者が資本から自由になる道でしょうか? それとも、国民が国家に取り込まれる道でしょうか?

的場:ベー シックインカムというのは、もともとは資本主義的な発想の中から出てきた概念です。資本主義経済では、消費者にたくさん消費してもらわないと、企業活動を 継続することができません。つまり、消費者である国民の所得の保障を国家がすることで、企業活動が滞りなく行えるようにしましょうというのが、ベーシックインカム論の背景にあるもともとの考え方です。

一つの近未来として、企業活動がどんどん自動化されていって、いわばロボット化して、多くの労働者が働かなくてもよくなった状況を考えてみましょう。そうすると、仕事を失った労働者は賃金をもらうことができませんから、積極的な消費が行われなくなります。そこで、消費を行ってもらうための方策のひとつとして、ベーシックインカムが出てきます。

このベーシックインカムの実現を考えるにあたってポイントになるのは、国家が国民にあまねくお金を配るための原資をどうやってつくるか、ということです。企業活動が滞りなく行えるようにするという目的に照らせば、企業に税金をかけるというのが合理的となります。その税金を原資にして、国家が労働者にお金を与えて、消費してもらうということ

ベーシックインカムを受給するとは、いわば、そうやって消費のために動かされていく世界に生きるということです。そもそも、ベーシックインカムという考 え方のおおもとには、労働者が自らの労働権をしっかり行使して、その対価として得られるべき所得を得て生きていくという発想がありません。本当にそれでい いのかという、難しい問題を考えなくてはなりません。

政治家の中にはベーシックインカム論を立ち上げようとする人たちもいますが、いまひとつ説明しきれない理由は、いったい誰が何のためにベーシックインカムをやろうとするのかということが明確にされていないからではないでしょうか。

■ベーシックインカムは、人間を不幸にする?

白井:質問された方も2つの可能性があると思っておられるようですが、私も基本的にはその2つの可能性があるだろうと思います。

ですが、少なくとも、現時点で仮にベーシックインカムが導入されるとするならば、たぶん精神的にネガティブな影響が広がる結果にしかならないじゃないかなという気がします。いうなれば、国民一億総生活保護者化するっていう感じになっちゃうのではないかと。

生活保護という制度に関してはさまざまな問題というのが指摘をされていますが、私がここで問題にしたいのは、不正受給が起きるかもしれないなどといったこ とではありません。ベーシックインカムは、それをもらいながら暮らすことで、「何もしなくていいんだろう。医療費タダだしな。あー、なんて安楽で、充実も しているな。本当にこれが最高の生き方だ」と思える人がどれほどいるのだろうかという、根本的な問題をはらんでいると思います。

たぶん、そんな人はほぼいないと思うんです。それが、人間のある種、社会的本能ということなのではないかと思います。

ベーシックインカムをもらうとは、いわば、「自分が社会に対して何も与えることができていない」と思いながら、社会から一方的に受け取っているという状態 です。もちろん実際には、本人が気付いていないだけで、何かしら社会に与えているのかもしれません。でもとにかく、「与えていない」と思わされる状態で、 一方的に給付を受けるという状況が、人間はすごく不愉快、不本意なことなんだろうと思います。だから心がすさみやすいという問題を抱えているのではないでしょうか。

労働は、人間という存在にとって極めて本質的なものであり、人間らしくあるための条件でもあると思います。生活保護受給者が陥っている精神的苦境はこれ が満たされないことに端を発している。ベーシックインカムとして労働をしないでお金だけもらえるとなると、こうした生活保護受給者の精神的苦境が全国民的 に広がっていくっていうことが起きるんじゃないのかなということを、私は危惧しています。

的場:結局、労働は、所得とは関係なく存在しているものでもあるということですね。労働は、人間と人間をつなぐものでもある。つまり、労働を抜きにしたら人間関係がなくなるということが言えると思います。

それに、国家からお金を受け取るということは、まあ、国家によってまさに飼いならされてしまうという危険性をはらんでいるとも言えます。ベーシックインカ ムは、すごくおもしろいアイデアだと思います。ただ、実施するには、さまざまな工夫が必要であるということは間違いないですね。

[AERA dot.]

働かざるもの食うべからずVol.2

 

エッセンシャルワーカーの意味・職種とは?注目されている背景と現状を詳しく解説

エッセンシャルワーカーとは?
エッセンシャルワーカーが話題となった背景
「ブルーカラー」から「エッセンシャルワーカー」への変化
人々の生活を支えるエッセンシャルワーカーの職種
日本・海外のエッセンシャルワーカーが抱える問題
エッセンシャルワーカーに対する支援や感謝の取り組みの広がり

私たちが日常生活を維持していくために、無くてはならない職業に就いている人々を意味する「エッセンシャルワーカー」。新型コロナウイルス感染症の拡大が進む中、エッセンシャルワーカーの重要性が注目されています。今回は、エッセンシャルワーカーの定義や話題となった背景、抱える課題などについて紹介します。

エッセンシャルワーカーとは?

「エッセンシャルワーカー(essential worker)」とは、人々の生活にとって必要不可欠な労働者のこと。英語で「必要不可欠な」を意味する「essential」と、「労働者」を意味する「worker」を組み合わせた言葉です。エッセンシャルワーカーは、私たちが日常生活を維持していくために重要な役割を担っています。また「worker」と、「決定的な・重要な」を意味する「critical」と組み合わせて「クリティカルワーカー(critical worker)」や、「鍵、基幹」を意味する「key」と組み合わせて「キーワーカー(key worker)」と呼ばれることもあります。

エッセンシャルワーカーの例として、医師・看護師をはじめとする「医療従事者」や、バスやトラックの運転手といった「運輸・物流に携わる職種」、介 護や福祉などの分野で生活相談員として働く「ソーシャルワーカー」などが挙げられます。なお、エッセンシャルワーカーの職種については、後ほど詳しく紹介します。

エッセンシャルワーカーが話題となった背景

エッセンシャルワーカーが話題となった背景には、新型コロナウイルス感染症の影響があります。新型コロナウイルスの感染拡大を防止するため、世界各国で経済活動の自粛や「ロックダウン」と呼ばれる都市封鎖が行われました。また、日本では2020年4月に緊急事態宣言が発令されたこともあり、職場での不特定多数との接触を避けるため、在宅勤務を導入する企業が急増。そうした変化に伴い、認識されるようになったのが、働く時間や場所を「柔軟に調整できる業務」と「調整するのが困難な業務」という2種類の業務があるという事実です。

公共交通機関を利用して職場に出勤したり、職場で不特定多数の人と接したりすれば、その分だけ感染のリスクは高まります。しかし、それでもなお、私たちの日々の生活を維持するために現場で働き続けなければならないのが、エッセンシャルワーカーです。世界各国の大統領・首相が、コロナ禍にもかかわらず 現場で働き続けるエッセンシャルワーカーに対して、相次いで敬意を表したこともあり、エッセンシャルワーカーが話題になりました。

「ブルーカラー」から「エッセンシャルワーカー」への変化

ブルーカラーとは、作業着で業務にあたることが 多い技能系や作業系の職種に就いている人々のこと。「現場で働く肉体労働者」という意味合いが含まれています。ブルーカラーは、オフィス内で事務系の業務を行う人々を指す「ホワイトカラー」と区別するための言葉として使われてきました。

ブルーカラーの人々は、コロナ禍でも私たちの日々の生活を支えるために、現場で働き続けなければなりません。そのため、私たちのために働いてくれている彼らに感謝や敬意を示すため、「必要不可欠な」という意味を持つ「エッセンシャルワーカー」という呼び名が最近使われるようになりました。コロナ禍によりエッセンシャルワーカーが注目されるようになったことに伴い、彼らの業務に対する私たちの意識も変化してきているものと考えられます。

人々の生活を支えるエッセンシャルワーカーの職種

エッセンシャルワーカーには、どのような職種が該当するのでしょうか。人々の生活を支えるエッセンシャルワーカーの職種について表にまとめました。

エッセンシャルワーカーの職種

分野 具体的な職種 勤務場所 役割
医療 ●医師
●看護師
●薬剤師 など
●病院
●薬局 など
●患者の治療
●薬の処方
●新型コロナウイルス感染症の疑いのある患者の検査
●新型コロナウイルス感染症患者の治療 など
公務員 ●市役所職員
●区役所職員など
●市役所
●区役所 など
●行政サービスの提供
●新型コロナウイルス感染症関連の助成金・貸付・減免などの対応
介護・保育 ●介護士
●保育士 など
●介護施設
●保育園 など
●高齢者の介助
●園児の保育
●施設内での感染防止対策 など
金融 ●銀行員
●信用金庫の職員 など
●銀行
●信用金庫 など
●窓口業務
小売店 ●小売店の店員 ●コンビニエンスストア
●スーパーマーケット
●ドラッグストア など
●商品の販売
●商品の発注 など
運輸・物流 ●公共交通機関の職員
●トラック運転手
●宅配便の配達員 など
●公共交通機関
●全国各地
●公共交通機関の運行
●荷物の運搬
●荷物の配達 など

医療

「医師」や「看護師」「薬剤師」などの医療従事者が、エッセンシャルワーカーに該当します。私たちの健康のため には、病院や薬局で働く医療従事者の存在が必要不可欠です。コロナ禍において、医療従事者は「通常の診療や薬の処方」に加え、新型コロナウイルス感染症の 「疑いがある患者の検査」や「感染者の治療」も行っています。医療の最前線で、高い緊張感・使命感を持ちながら日々業務に励んでいる医療従事者は、エッセ ンシャルワーカーの典型と言えるでしょう。

公務員

「市役所職員」や「区役所職員」などの公務員も、エッセンシャルワーカーに該当します。地域住民が安全・快適に 暮らせるよう、さまざまな行政サービスを提供するのが、市役所や区役所の職員の役目です。最近では国民1人あたり一律10万円が支給される「特別定額給付金」や、新型コロナウイルス感染症に関連した「各種助成・貸付・減免」などの対応も必要となっているため、職員の負担が増えています。コロナ禍でも、地域 住民の生活を守るために日々業務に励む公務員は、私たちにとって必要不可欠な存在と言えるでしょう。

介護・保育

高齢者を介助する「介護士」や、園児を保育する「保育士」などの介護・保育の従事者も、 エッセンシャルワーカーに該当します。介助や保育は人と人との触れ合いを伴うものであるため、業務をする上で、利用者との「密接」を避けることは困難です。コロナ禍において、職員は介護施設や保育園といった施設内での感染防止にも力を入れながら、高齢者や園児をサポートしています。新型コロナウイルス感 染症の感染リスクを感じながらも業務を行う介護・保育の従事者は、高齢者や園児、またその家庭にとって重要な役割を担っていると言えるでしょう。

金融

「銀行員」や「信用金庫の職員」といった金融機関の職員も、エッセンシャルワーカーに該当します。現金の預入や 銀行口座への振込、融資の受付などの窓口業務を担う金融機関の職員は、地域住民や企業で働く人々にとって必要不可欠な存在です。金融機関では対面での接客をする時間が長いため、顧客との「密接」が生じやすい環境にあります。そうした中、日々業務に励む金融機関の職員は、地域社会にとって無くてはならない職種と言えるでしょう。

小売店

コンビニエンスストアやスーパーマーケット、ドラッグストアといった小売店の従業員も、エッセンシャルワーカー に該当します。日々の生活で食料品や生活必需品を消費している私たちにとって、商品を販売・発注する小売店は、必要不可欠な存在です。コロナ禍において、 不特定多数の顧客と接しながら業務にあたる小売店の従業員は、私たちにとって最も身近なエッセンシャルワーカーとも言えるでしょう。

運輸・物流

電車・バスといった「公共交通機関の職員」や全国各地に荷物を発送する「トラックドライバー」、各家庭に荷物を届ける「宅配便の配達員」といった運輸・物流の関係者も、エッセンシャルワーカーに該当します。乗客を運ぶ公共交通機関や、荷物を運ぶ車両があってこそ、私たちは快適な生活を送ることができます。運輸・物流の関係者は、コロナ禍でも社会のために働いている、非常に重要な職種です。

このほか、地域社会のために活躍する「警察官」や「消防士」、電気・ガス・水道といった「ライフラインに携わる事業者」、農業・漁業といった「第一次産業の従事者」、食品や衛生用品などの製造を行う「第二次産業の従事者」なども、エッセンシャルワーカーに該当します。

日本・海外のエッセンシャルワーカーが抱える問題

エッセンシャルワーカーを取り巻く環境は、決して望ましいものとは言えないようです。日本・海外のエッセンシャルワーカーが抱える問題について、紹介します。

感染のリスク

新型コロナウイルス感染症の感染リスクを下げるため、各国では国民に「密閉」「密集」「密接」の「3密」を避けるように促しています。しかし、在宅 勤務が難しく、不特定多数の人と接触する機会も多いエッセンシャルワーカーは、どうしても「3密」の環境下に置かれがちです。そのため、エッセンシャル ワーカーは他の職種の人々よりも、新型コロナウイルス感染症の感染リスクが高いとされています。

待遇・賃金

新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴い、エッセンシャルワーカーの業務負荷・心理的負荷は増しています。しかし、労働時間・休日などの「待遇」 や、給与・賞与などの「賃金」は改善されていないようです。「労働組合の連合会が、エッセンシャルワーカーの最低賃金アップを訴えた」「新型コロナウイル ス感染症の影響で病院の経営が悪化し、医療従事者の賞与がカットされた」といった話題がニュースで取り上げられる機会も増えました。危険と隣り合わせの 中、私たちの生活のために日々働いているエッセンシャルワーカーの待遇・処遇改善は、早急に改善すべき課題です。

エッセンシャルワーカーに対する支援や感謝の取り組みの広がり

エッセンシャルワーカーに対する支援や感謝の取り組みが広がっています。国や地方自治体、企業の取り組みについて紹介します。

新型コロナウイルス感染症対応従事者慰労金交付事業:厚生労働省

新型コロナウイルス感染症対応従事者慰労金交付事業とは、新型コロナウイルス感染症の拡大防止・収束に向けて、 日々業務を行っている医療従事者や医療機関の職員に、感謝の気持ちを伝えるための慰労金事業です。重点医療機関や新型コロナウイルス感染症患者を受け入れ ている医療機関、帰国者・接触者外来設置医療機関、PCR検査センターなどで働く、医療従事者や職員を対象としています。医療機関の種類に応じて、1人あたり5万円から20万円の慰労金が給付されます。
(参考:厚生労働省『新型コロナウイルス感染症対応従事者慰労金交付事業』/『病院・診療所・訪問看護ステーション・助産所等の管理者の皆さまへ 「新型コロナウイルス感染症対応従事者慰労金交付事業」のご案内』)

新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金(介護分):厚生労働省

新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金(介護分)とは、介護サービス事業所における「感染症対策の支援」 や「介護サービス再開に向けた支援」、介護サービス事業所・施設で働く職員への「慰労金」からなる交付金事業です。感染症対策の支援については、「感染症 対策に必要な物品の購入」や「外部の専門家による研修実施」などにかかった費用が助成の対象になります。介護サービス再開に向けた支援には、「利用者への 再開支援への助成」と「環境整備への助成」があります。また慰労金については、新型コロナウイルス感染症患者への対応の有無によって、1人あたり5万円ま たは20万円が給付されます。
(参考:厚生労働省『新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金(介護分)』/『新型コロナウイルス感染症対策を行う介護サービス事業所・施設 介護サービス事業所・施設に勤務する職員の皆さまへ』)

ブルーインパルスの飛行:防衛省(航空自衛隊)

2020年5月、航空自衛隊のアクロバット飛行チーム「ブルーインパルス」が東京上空を飛行しました。新型コロナウイルス感染症の対応にあたる医療従事者に対して、敬意と感謝を示す目的で行われた取り組みです。医療従事者が病院から手を振ったり、人々が空を見上げたりと、エッセンシャルワーカーのみならず自粛を強いられていた人々からも好評だったようです。
(「新型コロナウイルス感染症へ対応中の医療従事者等に対する敬意、感謝を示すためのブルーインパルスによる飛行の実施について」(防衛省) (https://www.mod.go.jp/asdf/news/houdou/R2/20200529.pdfを加工して作成)

エッセンシャルワーカーへの感謝・応援メッセージの募集:埼玉県川島町

埼玉県川島町は、エッセンシャルワーカーへの感謝・応援メッセージを募集しています。この取り組みは、昼夜を問わず現場の最前線で働くエッセンシャルワーカーへの敬意を示す目的で行われているものです。「メール」や「はがき」「手紙」で寄せられたメッセージは町のホームページに掲載されます。

スニーカーを1300足提供:ダイアナ株式会社

婦人靴やハンドバッグを販売するダイアナ株式会社では、エッセンシャルワーカーへの感謝の気持ちを込めて、スニーカーをプレゼントする「ダイアナエッセンシャルワーカー応援スニーカー」キャンペーンを開催しました。日本在住のエッセンシャルワーカーを対象とした取り組みで、当初は1000足の提供を予定していましたが、予想を上回る応募があったため、1300足を提供することに決めました。

まとめ

医療や介護・保育の従事者、公務員、小売店の店員、公共交通機関の職員など、彼らは私たちの生活に欠かせない「エッセンシャルワーカー」です。エッ センシャルワーカーは、「新型コロナウイルス感染症の感染リスク」や「待遇・賃金の課題」を抱えながらも、人々の健康・生活のために日々業務に励んでいま す。「応援のメッセージを募集する」「衛生用品や食料品を提供する」といったエッセンシャルワーカーに感謝や敬意を示す取り組みを、企業として実施してみ てはいかがでしょうか。

(制作協力/株式会社はたらクリエイト、編集/d’s JOURNAL編集部)

[d’s JOURNAL]

働かざるもの食うべからず

 

堀江貴文「働き方改革が進んだ先に起こること」

テレワークであぶりだされる「いらない社員」

「仕事のフリ」ができなくなる

僕はずっと、「オフィスにいる社員の大半はいらない」といってきた。それが新型コロナウイルスによっていよいよ明確になってきている。わかりやすい 例が「GMO」だ。GMOインターネットグループのグループ代表である熊谷正寿さんがいち早く在宅勤務を表明した。約5000人の社員がいるグループなの で、かなり大規模な「テレワーク推進」だ。

興味深いのは、出社を停止して数週間経っても業績が下がらなかったというデータだ。僕としては想定内ではあるが、改めて実証されてしまった。

正直、最初から全社員を出勤停止するというのは少しやりすぎな印象もあったが、熊谷さんは「テレワークでも業績は下がらない」という仮説を検証したかったのかもしれない。コロナ禍だからこそできることだ。IT企業を中心に、追随する会社もすぐに増えた。

ツイッター社は全世界の従業員に在宅勤務を認め、ヤフージャパンもテレワーク体制を拡大しながら、2020年からほぼ全社員がテレワークを基本とする働き方に移行した。しかし、こうした動きだけでは終わらないと考えている。社員の勤務形態がどんどん効率化されていくのだ。

いろいろなことがオンライン化されると、勤務時間や成果なども可視化されやすくなる。その結果、出社してパソコンに向かうことで「仕事しているフリ」をしてきた社員はどんどんあぶり出されるだろう。

そもそも本当にパソコンが必要な職種は、技術系、クリエーティブ系、デザイナー系などの一部に限られている。営業担当などはスマホで十分だろう。僕自身もプログラムをしないようになってからは、スマホしか使っていない。

オフィスもパソコンもなくなれば、ますます「仕事のフリ」ができなくなる。僕は年に2〜3回くらいオールドエコノミーな非IT系企業の会議に出席することがあるが、こちらがせいぜいひとりかふたりなのに、相手の出席者は10〜15人くらい。しかも半分以上が居眠りしている状況だったりする。その人たちは必要なのだろうか?

パソコンに向かって仕事のフリをしている人、無駄な会議に出ているだけの人、休憩スペースや喫煙ルームで雑談ばかりしている人、ほかにもいろいろな手段でサボッている人はいるだろう。

さらに、そういう人たちを管理する担当者、そういう人のバックオフィス関連の担当者もいる。働いていない人や不要な社員が実はたくさんいるのだ。少し話は逸れるが、髪を切ってもらっている美容師に聞いた話がおもしろかった。

コロナ禍で怒っている「主婦」のお客さんが多いそうだ。何に怒っているかというと、テレワークで旦那さんが「ずっと家にいる」からだ。しかも、観察してみると大して仕事をしていない。1時間も仕事していない場合もあるとか。

今までは、「通勤して喫煙所で雑談して、大して仕事はせず、飲んできていただけなんじゃないか」と憤っているそうだ。家で仕事すれば「家庭内」からも働いていない人が明確にわかってしまうのだ。

僕は「ライブドア」の社長をしているときから、いらない社員が多いのをずっと気にしてきた。苦労しながら改善してきたからこそ、断言できる。オフィスにいる「ホワイトカラーの人たちの9割は必要ない」。

ちなみに「ホワイトカラー」とは、「頭脳労働者や事務職の人」のことだ。そういう人たちの仕事の多くは、これからAIなどで代替されていく。大きな コールセンターがあっても、その仕事の多くはチャットボットで自動化できる。すでに導入しているところは、半分以上のやり取りがチャットボットだ。人間しかできないことは意外と少ないので、積み重ねればかなりの作業が「無人化」していくだろう。

まずは電話で話すことをやめる

ただ、「いらない社員」が多いとしても、すぐに改革して人々の働き方を変えるのは難しい。時間がかかるという結論に達した。だから僕は、会社を作って大きくするのはもうやめたのだ。会社を持つことにはリスクもあるからだ。

時間がかかるとは考えていたが、何らかの事件やイベントがきっかけで「いらない社員」が一気に社会に放り出されることはあるかもしれないとも考えていた。まさかの「新型コロナ騒動」がそれに当てはまってしまった。

予言していたからこそ、放り出された人たちへ「暇つぶし」を提供するオンラインサロン「HIU」を作っていた。もちろん、遊びだけではなく「新しい仕事」も含めたアクティビティーをどんどん開発している。

「働き方改革」が進むと、「いらない社員」はどんどんあぶり出され、初期段階としては「2~3年で半分」のホワイトカラーがリストラされると予想している。働き方改革はここから一気に進んでいくので、そのために早く準備をするべきだ。

簡単にできることのひとつは「電話で話すのをやめる」こと。電話での通話はかなりの時間が奪われてしまうので「非効率」だからだ。僕自身、電話を使わないようになってから、作業効率がかなりアップしている。「仕事のフリ」や「無駄な仕事」はすぐにやめて、きちんと成果をあげよう。

[東洋経済ONLINE]