宅配など市民の日常生活を支えるトラックは、運転の場面になると途端に邪魔な存在となってしまう。ノロノロ運転に路上駐車、そして大きな車体自体が恐怖でもある。
そんなトラックにまつわる“なぜ?”に答える『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)が発売された。かつて女性トラックドライバーとして鳴らしたフリーライターの橋本愛喜さんが、その体験をまとめた。
過酷な労働環境や、昨今の宅配便・再配達の問題をはじめ、トラックドライバーが一般車の運転手に分かってもらいたいこと。そして日常生活に役立つ眠気覚ましの方法とは。返ってきたのは“まさか!”といわざるを得ない回答だった。
ノロノロ運転の背景にある切実な事情
――トラックのノロノロ運転に苛立ってしまうという人は多いのではないでしょうか。
ノロノロ運転をしたくてしているわけではなく、速く走れない背景があることを理解していただければ。
大型トラックの法定速度は時速80キロ。さらに同車にはリミッターというものがついていて、どんなにアクセルを踏んでも時速90キロしか出ないようになっているんです。一方で一般車の実勢速度(実際に出されている速度)は、大体時速120キロといわれてます。なので、乗用車から見たら、大型トラックはどうしてもノロノロ運転になってしまう。まず、そんな背景があります。
高速道路だけではなく、一般道でもノロノロ運転をしなければならない理由として、荷物を守るためということがあります。突然急ブレーキをかけると、「荷崩れ」というのですが荷物が崩れてしまう。急ブレーキをかけないようにゆっくり走らないといけないので、ノロノロと走ることになる。
さらには、車間も取らなければならない。車間が開いているからといって、一般車がキュッと割り込んでしまうことが多いのですが、それがドキッとする。十分に前に出てウインカーを出して入るのであれば心の準備もできますが、急にすっと入られてしまうと、「お前ウインカー出してないだろ」とイライラ感 も出てしまうかもしれません。
破損させれば損害賠償は億単位 ドライバーが退職金で支払う例も
――荷物が精密機械などの場合、荷崩れして壊れでもしたら億単位の賠償になるそうですね。
運送業者が支払うべき対象になるのですが、トラックドライバー自身が損害を賠償しなければならない例も結構な率であるのが実情です。正しいマナーで 運転していても、急に割り込まれたりすると、「自分たちの状況分かってくれや」「あんな高額を払えるのか」とカッとなってしまうこともあります。
――ドライバーを高額な損害賠償から守る制度は十分とはいえない。
賠償金を給料ではとても払えないから、退職金を充てるドライバーも結構います。自分のせいじゃないのに支払いを免れない状況ですから、それは改善の余地があると思います。
オートマ車のトラックが増加 高齢者や女性の雇用目指し
――急ブレーキの話に関連して、トラックはやはりマニュアル車ばかりなのでしょうか。
実はオートマ車が増えています。半分まではいかないでしょうが、業界としてはオートマ社の導入を進めているのが現状です。その背景には人手不足があります。
マニュアルとオートマ車のどちらが運転しやすいかというとやはりオートマ車で、運転がそれほど得意じゃない高齢者や女性に雇用の幅を広げようという狙いがあるのです。
昨年4月に兵庫県神戸市の三ノ宮駅近くでバスの事故がありました。東京・池袋で高齢者の事故があった2日後です。あのバスはオートマ車なのですが、 マニュアル車であればあの事故は起きなかったと思います。特に停車している状況で踏み間違えて事故につながるというのはマニュアル車では考えにくい。今後、高齢化社会が進むことを考えると、個人的には業界のオートマ化を一概に賛成することは難しいです。
女性はわずか2.5% 女性に合う環境が必要
――女性の参画を目指すということですが、今もトラックドライバーはいわば“男社会”なのでしょうか。
女性ドライバーは2.5パーセントしかいません。著書では体を休める方法についても記しましたが、足がすごくむくむのです。むくみを治すために停車中はハンドル上に足を上げているのです。むくみ予防のために水を飲まない人もいます。
――著書からは想像を遥かに超える過酷さが伝わりました。
女性を増やすべきだとは思います。ただ業務の内容に合う、合わないというのはどうしても出てくる。私は金型を運んでいましたが、重くて危険な作業が多かったので女性の仕事としては向いているものではなかった。
例えば、重くない荷物ならば女性の負担にならず、問題ないかもしれません。しかし、長距離を寝る間も惜しんで走らなければならないとなると向かないでしょう。状況に応じて合う環境ならば、積極的に女性を増やすべきだと思います。
トラックの駐車スペースはどこ? 過酷労働の遠因に
――長距離の運転は睡魔との闘いもあり、過酷です。路上駐車して仮眠を取るトラックの事情も紹介しています。
トラックが停車できる場所が無い点は深刻です。乗用車であればコインパーキングがありますが、大型トラックにはそれがありません。
加えて、トラックの業務的な背景もあります。約束の時間に遅れる“延着”が許されないことは当然ですが、早く着いてもいけない。これを“早着”といいます。遅れないために一生懸命に時間を調整して現場に到着するのですが、その現場近くに行った後は今度は残った時間が自分の睡眠時間や休憩時間になる。 その時間を目的地の敷地内で過ごせるかというと、そうではないのです。
荷主自体が営業を始めていないからそもそも入れないということと、荷主によってはスペースの問題もある。“ジャストインタイム”という物流の流れ方があるので、荷主としては、「必要な時に必要なものだけ必要なタイミング」でというのがあって、時に入構を分単位で決められてしまうこともある。
「工場に来るまでは構外で待機していてね。でも近所はご迷惑だからやめてね」ということになってしまい、ドライバーがなんとか探し求めた場所が、ゼブラゾーンであったり3車線ある左側だったりして、迷惑だといわれてしまうのです。
――高速道路のパーキングエリアが休憩中のトラックでごった返す背景に、ETCの深夜割引制度があるのですね。
ETC深夜割は0時から4時までの間に1秒でも高速道路内にいたら料金が3割引になる。これは彼らにとって非常に大きいのです。中には同サービスを利用し、毎月数百万円以上の高速代を浮かせる業者もいます。それならば、経営者もドライバーに対して「ちょっとパーキングエリアで休んでくれ」となりますよね。
サービスエリアでも数少ない大型トラック用の駐車スペースは先着順で埋まってしまうから、枠を確保できなかったドライバーがどこに行くかとなると、 サービスエリアから本線に戻る合流地点で邪魔にならないように過ごすことになるのです。他にも、自分が降りる予定の出口の手前ですごい数のドライバーが休んでいる。そして、午前0時を回った途端に高速を降りていくのです。
“トラック野郎”の時代は年収1千万円も今は・・・
――4時間働いたら30分の休憩を定めた「改善基準」がドライバーには不評だというのも皮肉な話です。
業界では通称“430”といわれています。経営者にとってはこれを守らせることで「ドライバーをしっかり休ませた」という証になって必要なものです が、ドライバーの立場としてはやはり疲れを感じたタイミングで休ませてほしい。実は4時間というのは運転する側からしたら、“のってくる”タイミングなの です。
ちょうど運転の疲れも越えて、「よし、いくぞ!」という時間。それなのに、4時間を迎える30分ほど前から停車する場所を考えなければならないプレッシャーに苛まれることになる。「ここら辺で停まった方がいいのかな、いや、もうちょっと行った方がいいかも」とあれこれ考えることになってしまう。4 時間走って30分休みという時間縛りはやめてほしいようです。
トラック業界をめぐる規制緩和は1990年のことです。その規制緩和がトラックドライバーを苦しめる元凶にもなっています。労働環境も悪くして、いわゆる“トラック野郎”最盛期の時代には1千万円ほどあった年収も低下しました。“ルール!ルール!”の縛りが環境を悪化させたのです。
――1千万円は今では考えられない。
現在では平均年収で450万ほどです。本来の運送業務以外に細々とした作業も任されるようになり、加えて過酷な労働環境。新しい人が来ないのも当然で、人手不足が加速している状況です。
――しかも駐車できるスペースが見つけられないなどしてフラストレーションもたまる。
本当にイラッとしますよ。せっかく見つけた大型トラック用のスペースに車が停まっていると、クラクションも鳴らしたくなります。実際、過去に鳴らしたこともあります。今は言葉も丁寧になりましたけど、昔はやんちゃだったんで。
やんちゃが多いドライバー 車中では何を?
――ドライバーはやんちゃな人が多いのでしょうか。
やんちゃというより、すごく熱い人が多い。自分なりの正義を持って働いていますね。今回の本を書くにあたって、TwitterやFacebookなどを使い現役のトラックドライバーさんたちから意見を伺いましたが、やはり熱い人が多いなあとしみじみと。
みんな初めからトラックドライバーになりたくてなった人が多くて、生涯“ガテン系”という人も多い。でも、最近はホワイトカラー出身の人も増えています。
――高速道路の運転は景色が変わらずつまらないと感じます。
私は色々と物を考えながら運転するタイプで、めちゃくちゃ好きでした。逆に、一般道を走っている時は怖いんです。周りに人がいたり、自転車が飛び出して来たりするかもしれないから。高速道路は余程のことがない限り、人が歩いていることはない。頭の中を整理する時間にしていました。
私だけではなくて、トラックドライバーには考えることが好きな人が結構多いんです。運転中に音楽系と語り系、どちらのラジオを聴いているか尋ねたら、群を抜いて語り系でした。人の話と自分の状況を比較しながら、人生を考えたりする。
運転中は自由にできるのが頭と口だけなのです。だから、喫煙率はすごく高い。そして、色々なことを考えることが多くてポエマーも結構いるんですよ。 ちゃんとした詩を考えてTwitterのDMで送ってくれる人もいます。あとは、色々な土地に行くので素敵な写真を撮って送ってくれる方もいますね。
定番の眠気対策はスルメとガム
――トラックドライバーにとってラジオは必要不可欠ではないでしょうか。
全然聴かない人とめちゃくちゃ聴く人で両極端です。ニッポン放送の吉田照美さんの大ファンだから全て聴くとか、吉田さんのイベントが大阪であるから「一緒に来てください」と誘われもしました。
――橋本さんはどうしていたのでしょうか。
私は語り系もすごく好きだったんですが、歌を歌っていたので音楽系もよく聞いていました。車内ではR & Bも歌ってました。運転しながら歌う人は多いです。あとは独り言をいう人とか。
それは眠気対策もあります。スルメの力は絶大ですね。世の中の物流を支えているのはスルメです。スルメを噛む人は多いです。眠気対策としては実は缶コーヒーはあまり評判は良くないです。あくまでも嗜好品の一つですね。
実はみんな聞いてた喘ぎ声 “ある!ある!!”と賛同の嵐
――スルメ以外にはガムとかですか。
スルメ、ガム以外では中にはティッシュを噛むと答えてくれた人もいます。あとは自分の体をつねるとか。私は女性なので気づきませんでしたが、喘ぎ声も効果絶大だそうです。
――実に興味深い。
スマホかポータブルDVDを使ってかは分かりませんが、大音量で聴いて3大欲求の一つである性欲を刺激すると。興奮すると眠気が吹っ飛ぶそうです。
これもTwitterで教えてもらったのですが、今回の本には絶対に盛り込もうって。Twitterで眠気覚ましの方法を聞いたら、喘ぎ声って答え が返ってきて、「ある!」「ある!!」「ある!!!」「ある!!!!!」とすごい反響でした。運転中なので動画は見られないはずですが、声だけでも眠気が 吹っ飛び運転に集中できるのではないでしょうか。
私自身は労働には男女の性差を入れるべきではないとの考えですが、これだけは仕方ないと思いました。喘ぎ声で命を守ってもらえるのですから。
見直すべき顧客至上主義
――喘ぎ声の次に話すべきことではないかもしれませんが、楽天市場の送料無料化の騒動など、物流の現状をどう見ていますか。
ドライバーが負担を強いられる背景には、顧客至上主義というものがベースにあると思います。「送料無料」と銘打っても必ず運賃は発生しているのです。
にもかかわらず、わざわざ送料無料としてしまうのは、顧客であるお客様が“無料”に食いつくからです。そこに、すごく過酷な環境にあるトラックドライバーの価値がないがしろにされていると思わざるを得ません。実際、「あんなに苦労しているのに、俺たちの存在価値はなんなのか」というメッセージをくれた人もいます。
――Amazonや楽天などに対し、何か提案はありますでしょうか。
置き配については、積極的にやるべきという人も多いですが、浸透しない原因の一つが日本の文化なのでしょう。地面に荷物を置いて帰ることに抵抗を持つ人が特に高齢者に多く、手から手に行き渡らなければならないというおもてなし文化みたいなものもあります。
他にも、盗難にあったらどうしようという不安も根強い。マンションなどでは、宅配ボックスの設置も進みましたが、どうしてもすぐ満杯になってしまう。
捨て去るべき“宅配は自宅で”の概念
――宅配の利用者としては何度も再配達に来てもらうのは申し訳ないです。
重い荷物、例えば水のペットボトルかなんかを届けに行って、1度目は不在。再配達で指定の日に行っても不在、そこに雨でも降っていようものなら「なんで約束の日時にいないんだ」とかちんともくるでしょう。
――ネットでの買い物が普及した中で、物流の課題に対して消費者が考えるべき視点とはなんでしょうか。
現状では、置き配が最も新しいサービスでしょう。駅の近くなどにロッカーを設置してそこで受け取るというサービスもありますが、いかんせんものを選びます。消費者にとっては重いものは不便だし、ナマモノは扱えない。
そんな中で、自宅の玄関で直接受け取るべきものという概念を捨てることが一番かと思います。それこそ、コンビニの負担については十分な検討が必要ですが、コンビニで受け取るだけでも大分変わるでしょう。
今、顧客至上主義を全体的に見直そうという風潮は確実に広がっています。例えば、スーパーのレジ袋は有料化して、コンビニの24時間営業も見直されている。“消費者はそんなに神様ではないよね”というと、「何いってんだ」という声が絶対に出てきます。でも、それをやらない限り、物流はいつか絶対破綻してしまう。“サービス=無料”という概念を払拭しなければならないと今は感じています。
橋本愛喜(はしもと・あいき):大阪府生まれ。工場経営者、日本語教師などを経て、フリーライター。大型免許を取得後、トラックで200社以上のものづくりの現場を訪ねた。ブルーカラーの労働環境問題、ジェンダー、災害対策、文化差異などについて執筆や講演を続ける。
岸慶太
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