満たされぬ己の心の渇き。。。
満たされぬ己の心の渇き。。。
■酒・タバコの我慢は健康寿命に悪影響? どんどん老いる人の特徴は「おむつや杖を嫌がる」
豊かな老後を過ごすためにすべきことを説き、ベストセラーとなっているのが『80歳の壁』(幻冬舎新書)である。その著者で老年医学の第一人者・和田秀樹氏は、「楽な生き方」の実践こそが「健康長寿」の秘訣と明かす。読めば目からうろこのエッセンスが満載の特別講義をお届けする。
たとえば、高齢になってもタバコをやめない人がいたとします。昨今の風潮から、周りの人たちは「もう年なんだから」と禁煙を勧めますが、それまでタバコを嗜(たしな)んでいた人からすれば、どうしても我慢が生じます。
40~50代くらいまでの人なら健康維持のために効果的かもしれません。しかし、70~80代が禁煙するメリットと、我慢で生じるストレスのデメリットをてんびんにかけて、どちらがより健康に良くないか尋ねられたら、私は医師として後者だと助言します。実際、私の勤務していた老人ホームでの調査結果によれば喫煙者の群と非喫煙者群で生存曲線に大差がありませんでした。おそらく、煙草で体を壊す人は早くに亡くなってしまいますから、喫煙者でも80代まで元気なら、無理してやめる必要はないでしょう。
やりたいことがあるのに見栄を張って我慢をする。当然ここにはストレスが発生し、免疫機能に悪影響を与えます。逆に幸せな気分でいる時は、がん細胞を殺してくれる免疫細胞であるNK細胞の活性が上がるということが指摘されています。
高齢者が健康のためにと我慢して、結局ストレスで体を壊しては意味がありません。それよりも、自分がやりたいことを優先して、ストレスなく「楽に」「楽しんで」生きた方が幸せな人生だったといえるでしょうし、「健康寿命」にもいいのではないか。それが今回、私がお話ししたいテーマです。
日本人の平均寿命(2020年統計)は男性81.64歳、女性87.74歳で世界でもトップクラスを誇りますが、心身共に健康でいられる「健康寿命」(19年統計)は男性72.68歳で女性75.83歳と大きな隔たりがあります。平均寿命と健康寿命の差は男性で約9年、女性で約12年あるわけですが、それは病気や認知症などで誰かに介助されながら生きる平均期間を表します。充実した70代、80代になれるか否かは、この期間を元気で過ごせるかどうかにかかっている。それを私は拙著『80歳の壁』を通じて述べてきました。
それだけ聞くと、多くの人は“自分はまだ大丈夫”と老いた現実を認めようとせず、いかに健康を保つかを気にし始めます。食事制限で摂生に努めるなどしてストイックな毎日を過ごす方もいますが、日本人はアリとキリギリスの寓話でいえば、前者のような生き方こそ美徳と思いがちです。
目標に向かいコツコツと我慢強く頑張る姿は、傍目からは素晴らしいと映るかもしれません。けれど、見方を変えればアリは禁欲的に生活するあまり、楽しむことを知らずに死んでいく。片やキリギリスは人生の最期まで楽しんで死んでいったと解釈することもできます。共に最後は死にゆく運命なら、どちらが果たして幸せな人生といえるのか。現役世代ならコツコツとアリのように働くのが大事でも、退職後はキリギリスのように楽をしてもバチはあたらないと思います。
高齢者専門の精神科医として約35年間、6千人を超える患者を診てきた経験でいえば、身体に生じた衰えを受け入れたくない人たちは、本来必要であっても杖やおむつといった“老人の象徴”を拒絶して無理する傾向にあります。
しかし、「衰える」ことは決して「老いに敗北した」という意味と同義ではありません。筋力や認知機能の低下など、加齢による衰えはあらがってもやってくる。そうした現実を受け入れず、我慢を重ねて亡くなるより、足腰が弱くなったら杖をつき、耳が遠くなれば補聴器をつけ、使えるモノはうまく利用して楽をした方が、活動的で若々しく生きられるはずです。
大人用おむつを勧められると、自分が老人扱いされたと感じて露骨に嫌がる方も多いと思いますが、そうした人は失禁を恐れるあまり電車やバスにも乗りにくくなり、ちょっとした遠出は難しくなる。結果、出不精になって老いが一層進むリスクを考えれば、おむつをはいた方がぐっと行動範囲も広がります。「できないこと」は無理せず諦めて、もっと「楽に生きる」ことの方が、より有意義な人生を送れると思いませんか。
さまざまな公的福祉のお世話になるのを恥ずかしいと思う高齢者もいますが、使えるものは利用するとの観点に立てば、そんなことはありません。これまで立派に保険料や税金を納め続けてきたわけですから、介護保険や生活保護だって利用するのは当然です。権利を行使する資格を持ちながら、お上の世話になるのはどうかと我慢するのはおかしな話です。
デイサービスやヘルパーも同様で、まだまだ自活できると努力するのは大切だし立派なことですが、若い頃のように何も不自由なく暮らせるのは、70代くらいまでなのが実状です。80代を迎えれば避けようのない衰えが待っています。
ならば、無用な意地を張らず他人の力を借りることができれば、その分人生を楽しむ余地が出てきます。デイサービスなどの施設に通って、入所者同士で語り合い合唱したりすれば脳が刺激される。面倒な家事からも解放されて、好きなことに使える時間も増えます。
さらには多くの高齢者が楽に生きられない要因のひとつとして、健康診断の影響は大きい。診断における正常値は、あくまで統計的なはずれ値を除いたものであって、明確な根拠のあるものではありません。当然ながら個人差があり、基準値を超えたから病気になる、基準値内だから自分は大丈夫とはならないのです。80代を超えて元気なら「自分がエビデンス」だと胸を張り、多少の数値の変動があったからといって過度におびえることはないと思います。
たしかに70代ともなれば、大抵の人は血管の壁が厚くなって動脈硬化の状態になります。そのため、ある程度の血圧や血糖値がないと脳などに酸素や栄養が届きにくくなる。それなのに、多少血圧が高いからといって降圧剤で無理に血圧を下げれば、体へ栄養が行き渡らず結果として頭がぼんやりしてだるくなります。
そうした薬を服用する毎日から解放されたら、もっと人生が楽になると思いませんか。もちろん極度の高血圧は問題ですが、今の130以上を高血圧とする基準はあまりに低く設定されていると思います。日本人の死因で一番多かったのは、1980年まで脳血管疾患でした。この原因として高血圧がやり玉に挙げられてきましたが、栄養状態のよくなった今では多少血圧が高くてもそう簡単に脳の血管は破れません。高齢者でも年齢プラス90くらいの血圧値であれば、まず問題ないと考えてください。
血圧と同じくコレステロール値も下げろと言われますよね。動脈硬化の原因ではありますが、他方でコレステロール値が高い人ほどがんになりにくいというデータも存在します。日本では動脈硬化が一因となる心筋梗塞で亡くなる人と比べたら、がんで命を失う人の数の方が12倍も多い。またコレステロールは細胞膜の材料としても用いられるため、コレステロール値の低い人ほど免疫機能が落ちるといわれます。
加えて男性ホルモンを形成する上で欠かせない物質でもあるので、コレステロールを下げる薬を飲むとEDになりやすく、意欲や活力低下を招く。値を下げようと無理して肉を抜くよりも、食べたいものを口に入れた方がよほど健康的な老後を送れると思います。
食生活では塩分や糖分の摂取も控えるよう言われることが多いですよね。でも、年を重ねると舌の味を感じる機能である「味蕾(みらい)」が減少するため、濃い味付けを好むようになります。
ですから過剰に制限をかけるのはご法度です。高齢になるほど体に塩分を保持する能力が落ちます。これからの季節は発汗でも失われるので、この状態が続くと低ナトリウム血症を引き起こしてけいれんや意識障害に陥る。糖分も血中のブドウ糖濃度が下がれば頭がぼんやりしてくる。降圧剤を服用しているなら尚更で、運転中にこうした事態が起きれば事故を起こしかねません。
無理してダイエットに励んでいる人は再考を勧めます。50~60代の方であれば食事制限で動脈硬化のリスクを下げておくことは、その後の人生に有用かもしれません。ただ70代を過ぎると消化機能が落ちて食べる量も減ってはいませんか。
実は「最も長寿の群」はBMIの値が20~30の人たち。BMI35以上の群でもやせ型より長寿とされています。つまりは小太りくらいの体型の方が長生きしやすいのに、食事量を減らせば、栄養不足となって免疫機能も落ちるでしょう。
特に肉の摂取量を落とせばタンパク質不足から筋量低下に陥り、転倒して寝たきりのリスクも高まります。高齢者は健康のために無理して野菜中心の食事に変えがちですが、本末転倒になる可能性もあります。
冒頭でタバコの話をしましたが、最後にお酒との付き合い方を考えてみましょう。ご高齢の方は若い人に比べてアルコールを分解する能力が下がるため酔いやすく、結果的に飲み過ぎにはなりにくいので禁酒にこだわる必要はありません。ただし、お酒はどうしても依存症のリスクが高いので程々が大切。一人飲みだと、飲み過ぎた時にとめてくれる人がいないので、お酒が好きな人は気を付けた方がいいでしょう。おすすめなのは気の合う人と飲むこと。飲食店の制限も緩和された今、友と語らいながら飲むことは刺激になりますし、外に出ることでリフレッシュにもなります。
これを機に人間関係を見直すのも大切です。現役時代なら嫌な人と付き合う意味もあったでしょうが、リタイアしたら無理して関係を続ける必要はありません。限られた余生を自分のために使って誰が文句を言いますか。高齢者にとっては、今こそ悠々自適に過ごすチャンスなのです。
和田秀樹(わだひでき)
精神科医(老年医学)
[週刊新潮]
■血糖値が気になるなら醸造酒はNG? 食後高血糖を抑える飲み方の鉄則
葉石かおり
エッセイスト・酒ジャーナリスト
多くの人が気にする「血糖値」。肥満が気になるのはもちろん、将来糖尿病になるのは何とかして避けたいものだ。前編は、「食事と一緒にお酒を飲むと血糖値の上昇は抑えられる」という酒飲みにうれしい報告をさせていただいた。今回は、食後血糖値を上げないための具体的な飲み方、おつまみの選び方などを、前編に引き続き「ロカボ」の提唱者・山田悟さんに聞いていこう。
「食事と一緒にお酒を飲むと血糖値の上昇は抑えられる」――。
前編では最近の研究報告を基に、糖尿病専門医で、緩やかな糖質制限「ロカボ」の提唱者、北里大学北里研究所病院 糖尿病センター長の山田悟さんから、「アルコールは血糖値にとって、敵ではない」というお墨付きをいただいた。
私もそうだが、これまでは「アルコールは血糖値を上げるの? それとも下げるの? いったいどっち!?」とモヤモヤしていた酒好きもいたと思うが、前編を読んでだいぶホッとしたのではないだろうか。
私事ながら、自分自身が食後高血糖であることが判明したことは、卒倒しそうなほど驚いた(詳しくは前編をご参照ください)。こんな仕事をしているくせに血糖値180mg/dL(食後2時間後の値)ってどうよ…。なお、食後2時間の血糖値が140mg/dL以上の場合、食後高血糖と診断される(食後高血糖の怖さについては前編をご参照ください)。
糖尿病家系で、将来糖尿病のリスクが高い身としては、今後の食事、そしてお酒の飲み方には注意せねばなるまい。念のためお伝えしておくが、これは私だけの問題ではない。山田さんによると、日本人の半分近くは食後高血糖の可能性があるというのだから、人ごとではない! 特に昼食後に眠くなったり、集中力がなくなる人は要注意である。
では、食後高血糖を抑えるためには、どんな飲み方をするのがいいのだろうか。
いくらお酒が血糖値の上昇を抑えるといっても、糖質たっぷりのお酒を飲むとなると、「ホントに大丈夫?」とグラスを持つ手が止まってしまう。特に日本酒は、糖質を多く含むと言われているだけに、手を出すのを躊躇(ちゅうちょ)してしまうのではないだろうか? 正直、私も食後高血糖が判明してからというもの、日本酒は恋しいものの、あえて糖質ゼロの本格焼酎ばっかり飲んでいる。
また、食後高血糖の恐ろしさを知ってからというもの、おつまみに関しても気になって仕方がない。前編で紹介したオーストラリアの研究(Am J Clin Nutr. 2007;85(6):1545-51.)から、実験で糖質の多いパンをアルコールと一緒に摂取すれば血糖値の上昇が抑えられるという結果が得られているものの、その抑制度合いにはおのずと限界があるだろう。糖質たっぷりの焼きそばやポテサラをガンガン食べたら、さすがにマズイだろう…。
どんなお酒を選べばいいか、そしておつまみは何にすればいいのかーー。ここはしっかり山田さんに確認しておかねばならない。
山田さんは、血糖値を上げにくい、緩やかな糖質制限「ロカボ」を推奨していらっしゃいますが、アルコールを絡めた場合、どんな飲み方をすれば実現できるのでしょうか?
「前回もお話ししたように、血糖値を上げるのは糖質です。ですから、糖質面から見たお酒選びの鉄則は、『糖質の少ないお酒を選ぶ』ということになります」と山田さんは話しつつ、次のようにフォローしてくれた。
「しかし、お酒には個人の好みがはっきりあります。極端に糖質が多いお酒は避ける(もしくは量を控える)にしても、苦手(嫌い)なお酒を選ぶことはありません。ぜひ好きなお酒を楽しんでください。ただし、食事(おつまみ)とお酒の糖質量を合計して、40g以内(1食当たり)に抑えるようにしてください。ここがポイントです」と山田さんは話す。
山田さんが提唱している緩やかな糖質制限「ロカボ」では、1食当たりの糖質量を20~40g以内に抑えることを推奨している(1日当たりでは間食10gも含めて70~130g以内に抑える)。これにより、食後高血糖になるリスクを抑えようというものだ。1食トータルで40g以内に抑えるためには、糖質が少ないお酒を選んだほうが有利。その分、おつまみの選択できる幅が広がるというわけだ。
「糖質量が少ないお酒の代表は、本格焼酎、甲類焼酎、ウイスキー、ウオッカ、ジンなどの蒸留酒で、糖質ゼロ(またはほぼゼロ)です。一方、醸造酒は比較的糖質を多く含んでいます。中でも日本酒、ビール、紹興酒などは糖質を多く含んでいます」(山田さん)
血糖値の観点からは、糖質ゼロの蒸留酒がいいのはよーく分かる。しかし暑い日はビールをゴキュゴキュッと飲みたいし、和食には日本酒を合わせて楽しみたい。そしてイタリアンやフレンチならワイン(スパークリングワインも含む)と合わせたいと思うのが左党である。
先生、ロカボ的に醸造酒はNGなんでしょうか?
「いえいえ、そんなことはありません。醸造酒だって飲んでもいいんです。先ほども触れたように、1食トータルで40g以内に抑えればOKです。醸造酒の中では、ワイン(スパークリングを含む)は糖質量が低いという特徴があります。もちろん銘柄にもよりますが、赤でも白でもスパークリングワインでも、3杯程度飲んでもおよそ5g程度です。飲み過ぎなければ、あまり気にせず楽しめると思います」(山田さん)
「ワインを選ぶ際には『辛口』と表示されているものを選ぶといいでしょう。スパークリングワインの場合は、『extra brut』『brut nature』などと表記があるものが安心です(いずれも極々辛口という意味)。ただしデザートワイン、貴腐ワイン、そしてアイスワインはいずれも甘口で、糖質がとても多いので、飲むなら少量に抑えましょう」(山田さん)
上のグラフを見ると、確かにワインは醸造酒の中では糖質が低めだ。それに比べ日本酒は100g当たり3.6~4.9gと赤ワインの3倍程度の糖質が含まれているではないか。食後血糖値を気にする人は、日本酒に手を出さないほうがいいのだろうか?(涙)
「糖質面から見れば、もちろん糖質が少ないお酒がいいに越したことはありません。でも好みや、食べ物との相性もあります。日本酒など糖質が多めのお酒を飲む際は、おつまみで糖質量を調整すればいいんです。糖質が多めの日本酒でも、1合に含まれる糖質は7~9g程度です。食事の糖質をうまくコントロールすれば、十分に楽しめますよ」(山田さん)
なるほど。寿司と日本酒の組み合わせなどとなると一気に糖質の制限量をオーバーしてしまいそうだが、他のおつまみであれば工夫次第で何とかなりそうだ。
このほか、低糖質あるいは糖質ゼロの発泡酒、カクテル・チューハイなども上手に活用してほしいと山田さんは話す。「酒造メーカーは現在、売れ筋商品である低糖質(もしくは糖質ゼロ)のお酒の開発に大きな力を注いでいます。味もどんどんおいしくなっています。合成甘味料を使っていると『体に悪いのでは…』と心配する方もいらっしゃいますが、日本で認められている合成甘味料は、安全性が確認されており、神経質になる必要はありません。血糖値も上げません」(山田さん)
左党の中には糖質を気にするあまり、おつまみを食べず、酒ばかり飲んでいる人が少なからずいる。実際、そういう人を見ると、みるみるうちに痩せていくのだが、健康面が心配である。
そう話すと、山田さんは「お酒は食事と一緒に楽しんでください!」と強く話す。
「お酒は、お酒だけで飲むのではなく、食事と一緒に楽しむものです。お酒だけを飲み、酔うことを目的にすると、健康を損なう飲み方になる可能性があります。一方で、食事とともにお酒を飲めば、血糖値の上昇を抑える『体にいい飲み方』になります」(山田さん)。フランスの食文化では、食事とワインとの組み合わせ(マリアージュ)を大切にするが、それは健康面でも理にかなったことなのだと山田さんは話す。
さらに、「前編でお話ししたように、それによって血糖値を下げることが分かっています。太ることを気にして、お酒単体で飲む方もいらっしゃいますが、これを続けていて、昏睡状態など重篤な症状を誘引するアルコール性低血糖を生じた方もいます。アルコール性低血糖を防ぐためにも、おつまみを一緒にとったほうがいいのです」(山田さん)
先ほど、蒸留酒は糖質がほぼゼロだと紹介したが、ウイスキーなどの強い酒を単体で飲み続けるのはお勧めできないと山田さんは話す。「12カ国の35~70歳の成人、約11万5000人を対象にした、アルコール消費と心血管疾患、がん、外傷、死亡率などとの関係性を調べたコホート研究(Lancet. 2015;386:1945–54.)から、強いお酒(高アルコールのお酒)を飲む人は、ワインやビールなどの醸造酒を飲む人よりも、死亡率、脳卒中、がん、外傷などのリスクが高いことが明らかになっています」(山田さん)
そういえば若い頃に泥酔し、転んで靭帯を痛めた際に飲んでいたのはウイスキー単体だったっけ…。しかもロックでガンガン。
山田さんは、「蒸留酒を飲むのなら、炭酸で割ったハイボール、または水割りにするといいでしょう」とアドバイスする。確かに、ウイスキーにしても、焼酎にしても炭酸で割るハイボールが人気だ。蒸留酒でも、割って飲めば食事とも合わせやすい。
さて、お酒については、“酒量”に触れないわけにはいかないだろう。前編で紹介したように、お酒が血糖値の上昇を抑える効果が期待できるとなると、ちょっと多めに飲んでもよさそうだが、先生どうなのでしょう?
「アルコールそのものは、発がん物質とされていますし、一定量以上飲むと正の相関をもって死亡リスクを上げていきます。やはり飲酒量は適量に抑えてください。具体的には、国が定める適量飲酒である純アルコールで20gが目安です(*1)。日本酒でいえば1合、ビールなら中ジョッキ1杯、ワインならグラス2~3杯程度です。ただし、アルコールの強さ(耐性)には個人差もあります、このデータはあくまで観察疫学研究から推定した目安と理解してください」(山田さん)
おつまみのポイントは、たんぱく質と油をしっかりとること
次は、お酒と組み合わせる「おつまみ」。食後高血糖を抑えるためには、具体的にどんなメニューを選べばいいのだろうか。
「食後高血糖を避けるためのポイントは、何と言っても糖質の少ないメニューを選ぶこと、そして鶏肉や豆腐などのたんぱく質を多く含む食品、オリーブオイル、ナッツ、魚に多く含まれるオメガ3(*2)、バターや生クリームなどの良質な油をしっかりとることです。たんぱく質や油を先に摂取しておくと、血糖値の上昇が抑えられます。晩酌時にたんぱく質をしっかりとっておけば、筋肉の合成スピードも上がって、ロコモ(*3)対策にもなりますよ」(山田さん)
先生、居酒屋メニューでいえば、具体的にはどんなおつまみがいいのですか?
「枝豆、唐揚げ、冷ややっこ、焼鳥(塩)、そして刺身、カルパッチョなどもお勧めです。どうです? 居酒屋の定番メニューでも選べるものはいっぱいありますよね。こうした糖質の少ないおつまみなら、お腹いっぱい食べてもいいんです」(山田さん)
「たんぱく質と良質の油は満腹になるまで食べて大丈夫です。この2つを中心にした食生活をしている人は満腹感によってエネルギー摂取をコントロールできます。怖がらずとも、満腹になってもいいのです」(山田さん)
「お腹いっぱい食べてもいい」――。血糖値を気にする人は、常に「腹八分目にしなさい」と言われているので、この一言は暗闇にさす一筋の光のように見えるのではないだろうか? 山田さんによると、「たんぱく質や油を中心とした食生活をしている人は、満腹感を与える消化管ホルモン『ペプチドYY』がよく分泌され、さらにその状態が長く保たれる」そうだ。一方、「糖質中心の食生活をする人はペプチドYYが分泌されにくいため、特に肥満の人は食後2時間もすると空腹を感じる傾向にある」という。
確かに、肉や魚、そして大豆食品をはじめとするたんぱく質や油は腹持ちも良く、しっかり食べておくと間食を必要としなくなる。油もOKというのは、食べることが好きな左党にはありがたい。ただし、「古い油(酸化した油)、それにトランス脂肪酸(植物油を加工する際に生じる油の一種で、過剰摂取は健康に悪影響があることが指摘されている)は避けてください」と山田さんは話す。
そして、控えるべき糖質を多く含むメニューについては、「焼きそば、焼きおにぎり、パスタ、ピザなど、糖質が多いおつまみを食べたい場合はラストにしましょう。先にたんぱく質や油を十分にとっていると、血糖値上昇が若干でも抑えられます。そして、先にたんぱく質と油でお腹を満たしておけば、炭水化物メニューの量を食べ過ぎることもありませんよ」(山田さん)
居酒屋では、最初からポテトサラダ(すぐ出ることが多い)を頼む人もいるが、これはNG。「『ポテトサラダは野菜だから』などと言う人もいますが、血糖値の面からは避ける(もしくは量を控える)べきです。ポテトサラダのじゃがいもは、1個(100g)で糖質が17gにもなります。同様にコーンサラダもNGです。芋類やとうもろこしは主食と同じと考えてください」と山田さん。
なお、野菜に多く含まれる食物繊維には、糖の吸収を穏やかにする効果があるため積極的にとりたい。野菜の多くは糖質量が少ないが、ゆり根、かぼちゃ、レンコンは糖質量が多いので注意が必要。また、たまねぎ、にんじん、パプリカなども比較的多い。これらのとり過ぎには注意しよう。
知らず知らずのうちに糖質過多になっているおつまみを見直し、たんぱく質と良質な油中心のおつまみに変えることで、さまざまな病気を引き起こす食後高血糖を改善できる。また、昼食の内容などを見直せば、仕事の生産性を上げることも期待できそうだ。
ビジネスパーソンとして仕事のパフォーマンスを上げるため、そしてまた恐ろしい病気を誘引する食後高血糖を改善するためにも、今一度、飲んでいる酒の種類と食事の内容を一考しておきたい。
前回も紹介したが、以前の私の食後血糖値は軽く180mg/dL超え。「糖尿病と診断されてないもーん♪」(空腹時血糖値は基準値内)ということもあり、糖質への意識が甘かったが、この結果を踏まえ「これはまずい…」と食事改善に着手した。
山田さんのアドバイスを基に1食当たりの糖質を40gに抑える食生活を1カ月したところ、何と食後血糖値が97mg/dLという好成績を得ることができた。
具体的にどうしたかというと、糖質量を簡単に測れるスマホのアプリ( 「糖質カウンター」というアプリ)を活用して、1日の食事を管理するようにしたのである。このアプリを使って食事を管理すると、前述したように、レンコンやにんじんといった意外なものにも糖質が多いことが分かり、摂取量を抑えるようになる。こうして、日常の食事に気を付けることにより、食後高血糖がだいぶ改善されてきた。
正直、大好きなチョコレートはやめられないのだが、山田さんも「間食(スイーツ)もしっかり楽しんでください(ただし糖質10g以内)」と話していたので、量を抑えつつ安心して食べている。
普段に飲む酒は、日本酒メインから糖質ゼロの本格焼酎(水割りかハイボール)に切り替え、外飲みの際には、日本酒やワインなどの醸造酒を楽しむようにメリハリをつけたところ、ストレスもたまらず、リバウンドもしていない。もう少しがんばって、体重もあと3キロ減らしたいところである。
ちなみに、糖質を食べても、食後に運動さえすれば血糖値は上がらない、などと言う人もいるが、それはどうなのだろう? せっかくの機会なので山田さんに聞いてみた。
すると、「食後に、運動することは、もちろん悪いことではありませんので、ぜひ実践してください。ただし、血糖値については、運動より食事の影響の方が圧倒的に大きいのです。ですから、食後に慌てて運動するより、食事で糖質をコントロールしたほうが効果的といえます」(山田さん)というお返事をいただいた。やはり食事面での取り組みが最優先なのだ。
◇ ◇ ◇
ここまでの山田さんの話をまとめると、アルコールが血糖値を上がりにくくしてくれることは確実ではあるものの、適量はあくまで純アルコール換算で20g。選ぶ酒は、糖質量が少ない酒が望ましい。糖質量が多い酒を飲む際は、おつまみで調整して、1食当たりの糖質量はトータル(酒込みで)40g以内に収める。おつまみは、糖質量を考慮し、たんぱく質&良質な油を主体としたものを選ぶのが理想ということだ。糖質を多く含むメニューは食事の最後(カーボラスト)にする。
改めて見直すと、これといって難しいことはなく、意識さえすればすぐにでも実践できることばかりである。これで血糖値がコントロールでき、将来の糖尿病のリスクが減る。さらには食後の眠気を抑え、集中力も維持できるならお安いもんではないだろうか。
左党はおいしいおつまみを食べながら、酒を飲むことを何よりの幸せと感じる人が多く、そのため気づかぬうちに糖質過多になっていることがある。この機会に今現在の自分の食後血糖値を把握し、糖質の摂取を上手にコントロールしながら、長―く、健康的に飲み続けたいものである。
(図版:増田真一)
■お酒は血糖値を上げるのか、それとも下げるのか
葉石 かおりアルコールは血糖値の敵ではなかった!
酒飲みが気にする健診項目に「血糖値」がある。肥満はもちろん、将来の糖尿病を恐れるためだ。最近はマスコミで「食後高血糖」が取り上げられるケースも増えた。
多くの人が気にする血糖値、お酒との関係はどうなのだろうか。血糖値を上げるという話がある一方で、下げるという説もある。どちらが本当なのか。
そこで、最新刊『名医が教える飲酒の科学』が好評の酒ジャーナリストの葉石かおりさんが、糖尿病専門医で、緩やかな糖質制限「ロカボ」の提唱者、北里大学北里研究所病院糖尿病センター長の山田悟さんに直撃して話を聞いた。
中高年齢層の人が気にする健診の項目は数多くあるが、近年の「糖質制限」ブームなどもあり、特に注目度が高まっているものといえば「血糖値」だろう。
私に限らず、お年頃(中年)の左党であれば、血糖値を気にしている人は多い。肥満を気にするのはもちろん、将来の糖尿病を恐れている人も少なくない。ご存じの方も多いと思うが、血糖値とは血液中のブドウ糖の濃度のことで、血糖値が高い状態が続くのが、多くの合併症に罹患するリスクを負う、恐るべき「糖尿病」だ(詳しくは後述)。
実際、自身の周囲にいる左党たちの状況をよーく見ると、糖尿病予備群、あるいは既に糖尿病という方がかなりの確率でいる。まあ、彼らは糖尿病や痛風の薬を飲みながら、ビールをチェイサーに日本酒を飲むような人なのでサンプルにはならないかもしれないが…。
筆者の場合、気が気でないのは、母を筆頭に親戚の多くが糖尿病、という生粋の糖尿病家系だということ。叔父に至っては糖尿病の合併症のため、人工透析を長年行った後、壊疽(えそ)により両膝下を切断している。叔父の例は極端にせよ、直系の母と同様の糖尿病がいずれ私にも起こるのではないかと心配でならない。そんなこともあって、それはもう「血糖値」という言葉には敏感になっている…。
最近では、食後に血糖値が急上昇する、いわゆる「食後高血糖」のリスクも知られるようになってきた。食後高血糖の人は心筋梗塞などの死亡リスクが上昇するという。また、食後高血糖は、老化の原因の1つ「糖化」を進めるという話も当コラムで以前紹介した。
この多くの人が気にする血糖値、お酒との関係はどうなっているのだろうか――。
このテーマは、私は以前からずーっと気になっていた。というのも、糖尿病患者の人はお酒を控えたほうがいいという話を聞いたことがある(実際、糖尿病の私の母は医師からお酒を控えるように言われた)一方で、アルコールは血糖値を下げるという話も耳にするためだ。
後者についてよく言われるのが、「飲んだ後の〆のラーメン問題」である。左党の間でまことしやかに言われているのは、「酒を飲むと血糖値が下がるので、糖質たっぷりのラーメンを食べたくなる」ということ。私も今でこそ〆のラーメンは控えているけれど、酒を飲んだ後にラーメンが食べたくなるというのは同感である。これはやっぱりアルコールに血糖値を下げる効果があるからなのだろうか?
血糖値、そして糖尿病といえば、この方に聞くしかない! 今回は、日経Goodayでもおなじみ、糖尿病専門医で、緩やかな糖質制限「ロカボ」の提唱者である、食・楽・健康協会代表理事、北里大学北里研究所病院糖尿病センター長の山田悟さんに話を伺った。
本題の「お酒と血糖値の関係」に入る前に、まず、糖尿病のエキスパートである山田さんに、「高血糖」そして「食後血糖値」のリスクを確認しておこう。
「糖尿病の原因となる『高血糖』、そして『高血圧』や『脂質異常』は、放っておくとドミノ倒しのようにさまざまな病気を発症します。この現象は『メタボリックドミノ』と呼ばれます」と山田さんは説明してくれた。
「ご存じのように、血糖値とは血液中のグルコース(ブドウ糖)の濃度のことです。糖質を摂取すると、その後血糖値が上がります。血糖値が上がると、インスリンというホルモンが膵臓から分泌され、血糖値は下がります。このように私たちの体には、血糖値を一定に保つ仕組みが備わっているのですが、インスリンがうまく分泌されなかったり、効きが悪くなると、血糖値が下がらず、血糖値がずっと高い状態になってしまいます。これが糖尿病です」(山田さん)
「糖尿病は病状が進むと、慢性腎臓病になり人工透析を受けることになったり、網膜症を起こして失明したり、神経障害を起こして脚を切断するといった深刻な合併症を引き起こします。さらに、動脈硬化を進め、脳卒中、心筋梗塞などのリスクも上がります。最近では、日本人の最大の死因であるがんのリスクを高めることも分かってきました」と山田さんは説明する。
メタボリックドミノ! そして、がんのリスクを高めることにもつながるとは! 高血糖、恐ろしい…。
「実はこのメタボリックドミノの過程で、今最も注目されているのが『食後高血糖』なのです。食後高血糖とは、その名の通り食後に血糖値が急上昇することを指します。食後2時間時点で血糖値が140mg/dLより高くなった人は食後高血糖と診断されます。これは、糖尿病と診断される前段階である『糖尿病予備群』に該当する状態です」(山田さん)
最近は「血糖値スパイク」などと言ってよく話題になるものの、「そんなの大した問題じゃないのでは?」と思っている人も少なからずいると思う。しかしそれは大間違い。食後高血糖の悪影響は広範囲に及ぶのだと山田さんは話す。
「糖尿病の診断基準を満たしていなくても、食後高血糖があるだけで、心血管疾患による死亡リスクが高くなることが明らかになっています」(山田さん)。食後高血糖は、活性酸素を作り出す要因になり、全身の血管内で慢性の炎症が起こり「動脈硬化」を進め、心筋梗塞や脳卒中につながるのであろうと山田さんは話す。
血糖値が急激に上がったり下がったりする乱高下が、体にさまざまな悪影響を及ぼすことも近年の研究で次々と明らかになっているという。
例えば、血管内皮細胞の培養実験では、血糖値360mg/dLと90mg/dLで上下動させると、血糖値を高値で安定させた状態よりも血糖値の上下動が激しいほうが細胞死の数が多かったという結果が出ている(Am J Physiol Endocrinol Metab. 2001;281:E924-E930.)
山田さんによると、「血糖値の異常は、まず食後血糖値に表れる」のだという。「空腹時血糖値が常に高くなるのは、かなり糖尿病に近い状態になってからです」(山田さん)。だからこそ、食後高血糖を早期に見つけ、対策を打つことが大事になるわけだ。
さらに、血糖値の乱高下は、「食後の眠気、倦怠感などを誘引し、集中力を阻害します。それによって仕事や運動のパフォーマンスも低下します。糖尿病と診断されていない、一般の方々にとっても食後高血糖は重要な問題なのです」(山田さん)
なるほど、糖尿病が怖い病気だということは知られているものの、それでも、自分には関係ない“縁遠い存在”だと思う人は少なくないだろう。しかし、食後高血糖が、倦怠感や集中力などにも影響するというと、縁遠い存在どころか、私たちのような働き盛り世代にとっても、“ど真ん中”の重要な問題ではないか!
食後高血糖が恐ろしいのは、通常の健康診断では見つけることができないこと。健診で測るのは空腹時血糖で、食後2時間後などの血糖値を測るわけではない。つまり、健診結果では見つからないが、実は食後高血糖に該当する人が少なからずいるということだ。
山田さんは、実は、日本人の半分程度が、食後高血糖に該当する可能性があるのではないかと指摘する。
「2013年の中国における10万人規模の研究結果では、実に成人の2人に1人が血糖異常者だったという結果が出ています(JAMA. 2013;310(9):948-959.)。日本人は中国人と同じ東アジア人で体質が近いことから、日本人を対象にこの研究と同様の食後血糖測定を行えば、これに近い数値になると推測しています」(山田さん)
日本人の2人に1人とは、驚きの比率である。山田さんによると、「食後に血糖値が上昇しても、若い頃ならインスリンによって速やかに血糖値を下げることができます。しかし、歳を取ると、インスリンの分泌能力が低下します。加えて、糖を取り込む場所である筋肉が減れば、糖が利用されにくくなります。40代を過ぎると、健康に見える人でも食後高血糖が見られるケースが増えてくるのです」という(*1)。
ここで話が前後して恐縮だが、今回の取材の後、恐ろしい事実が判明した。何と、私自身が食後高血糖であることが分かったのだ!
取材で上記のような先生の話を聞いているうちに、「もしや自分も食後高血糖なのではないか…」と不安でたまらなくなった。というのも、パスタや丼物など糖質メインの昼食をとった後の午後2時くらいになると、ダルくなったり、どうにも眠くてたまらないということが少なくなかったからだ。そして、冒頭で触れたように、私は糖尿病家系、血糖値が上がりやすい体質である可能性が高い!
あまりに心配になったので、取材の翌日、筆者も食後に血糖値を測ってみた(当日の朝ごはんはみたらし団子、昼食はビビンバ丼+唐揚げ+豚汁)。すると、食後2時間時点での血糖値は180mg/dLと、思いっきり食後高血糖であることが判明して、それはもう驚いた。
筆者の場合、空腹時の血糖値は80mg/dLと基準値内で、健診で引っかからなかったため、「糖尿病と診断されてないし♪」と完全に油断していた。改めて糖尿病家系の恐ろしさを知ったのであった(涙)。
この話を聞いて、「自分も大丈夫だろうか」と不安になった人も多いと思う。山田さんによると、「ランチの2時間くらい後に、眠くなる方は食後高血糖の可能性が高い」という。
自分もアブナイ!と思った人は、ぜひ一度食後の血糖値を測ってほしい。調剤薬局にある検体測定室で、500円程度で測定できる。おにぎり2個と野菜ジュースを飲んで(これで糖質100g程度)、その2時間後に血糖値を測定して、血糖値が140mg/dLを超えていたら食後高血糖だ。もちろん、かかりつけの医師に相談したり、人間ドックの「経口ブドウ糖負荷試験」で測定してもいいだろう。
さて、ここまでの先生の説明で、食後高血糖がいかに怖いかがよく分かった。ではいよいよ、本題である「お酒と血糖値の関係」について山田さんに聞いていこう。
山田さんによると、かつては「お酒を飲むと血糖値が上がる」というのが糖尿病専門医の間でも常識だったのだという。
「昔は、糖尿病専門医にとって、アルコールは避けるべきという考えが当たり前でした。1990年代の日本糖尿病学会のガイドラインでは血糖値の管理が良好な人だけに限定して飲酒を許可していました。『お酒は血糖値を上げるのだろう。カロリーが血糖値の上昇に関与しているのだろう』という推測のもと、飲酒制限を指導していたのです」(山田さん)。確かに、かつて私の母が糖尿病と診断された際は、「お酒は絶対に禁止」とドクターから言われている。
ところが、この指導には科学的根拠があったわけではないのだと山田さんは話す。
「『お酒を飲んで血糖値が上がる』という論文は探しても見当たりません。あくまで私の推測ですが、糖尿病におけるアルコールの弊害に根拠はなく、何事も節制することが糖尿病治療にとって良しとされてきたことが影響しているのではないかと考えられます」(山田さん)
そして今は、その正反対、つまり「アルコールは血糖値の上昇を抑える方向に働くという興味深い研究報告が出ています」と山田さんは話す。
それが、オーストラリアのブランド・ミラーらの研究グループが、ビールと白ワイン、ジン、そして水を飲んだときの血糖値の影響を調べた研究だ(Am J Clin Nutr. 2007;85(6):1545-51.)。ここで、「アルコールは血糖値の上昇を抑えるという結果が出たのです」(山田さん)
この研究でブランド・ミラーらは、いくつかの実験を行っている。まず、ビール、白ワイン、ジン、そして、同じエネルギー量になるように合わせた食パンをそれぞれ単体で摂取して、血糖値がどのくらい上がるかを検証した。その結果は、最も血糖値が上がるのが食パン、次いでビールで、白ワインとジンはほとんど血糖値を上げなかった(下の実験1)。
「それぞれの食品が持っている糖質の含有量にほぼ近い形で、血糖値が上がりました。糖質量は、食パン>ビール>白ワイン>ジンの順に多くなります。ジンより糖質が多い白ワインの方が血糖上昇が若干低くなってはいますが、おおむね予想通りの結果となっています」(山田さん)
次の実験では、さらに食パン+水、食パン+前出のお酒の組み合わせで、検証している(下の実験2)。この結果、「最も血糖値を上げたのは『食パン+水』で、『食パン+白ワイン』を筆頭に、食パンとお酒の組み合わせは、『食パンと水』より血糖値が上がりませんでした。つまり、糖質とアルコールを同時にとると、血糖値の上昇が抑えられたという結果が出たのです」(山田さん)
3つ目の実験では、糖質(マッシュポテト)を摂取する1時間前に、水と前出のお酒を摂取した場合に、血糖値がどう変化するかを検証している(下の実験3)。この結果、水以外のアルコールは全て血糖値の上昇が水より低いという結果になった。
山田さんはこの結果について、「これらの実験結果には説明がつかない部分もいくつかありますが、少なくとも、パンなどの糖質が多い食品とアルコールを一緒に飲むと、食べ物単体で食べるよりも血糖値の上昇が抑制されました。つまり、食事と一緒にお酒を飲むと血糖値の上昇は抑えられる、と言えます」と話す。
おお! これは左党にとって、何ともうれしい実験結果ではないか! 糖質を単体で摂取するよりも、アルコールと一緒にとったほうが、血糖値が上がりにくいという結果は、食後高血糖を気にする左党にとってはビッグニュースである。
アルコールが血糖値を下げる仕組みについては、現時点では詳しいメカニズムは分かっていないとのことだが、以下のような要因が考えられると山田さんは話す。
「あくまで私の仮説ですが、アルコール分解のプロセスで多く使われるNAD(ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド)という補酵素が関係しているのではないかと考えられます」(山田さん)
「NADが少なくなると肝臓における『糖新生』が抑制されます。糖新生の抑制が食事だけでは十分でないという人であっても、アルコールをとったときにはNADが少なくなるため、糖新生を十分に抑えられるのではないかと考えられます(※糖新生は、血糖値が下がらないように新たに糖を作り出すシステム。実は肝臓は24時間、常に糖新生を行っていて、食後だけ糖新生の速度が落ちるようになっている。この速度低下のためのホルモンがインスリンであるが、インスリン作用が悪い人では糖新生速度の低下が不十分で、食後高血糖になりやすい)」(山田さん)
現時点でメカニズムは解明されてはいないものの、山田さんの「アルコールが血糖値の上昇を抑えることは確か」という一言が左党には何よりありがたい。これで大手を振ってお酒が飲めるというものだ。
「血糖値にとってアルコールは敵ではない」と分かって一安心したところで、前編はここまで。後編では、食後血糖値を上げないための具体的な飲み方、お酒の選び方を山田さんに聞いていこう。
(図版:増田真一)
4月開催の第71回米国心臓病学会年次学術集会で発表された3つの新しい研究により、毎日コーヒーを飲むことが心臓の健康に大きく関わることが判明した。
研究者たちは、1日に2~3杯のコーヒーを飲むことが「心臓病」や「心臓リズムの異常」のリスク軽減につながる可能性を発見。さらに学会のプレスリリースによると、コーヒーを飲むことで寿命が伸びることもわかったという。総合的に言えば、コーヒーによる心臓への健康効果の有無は、心血管疾患の有無に関わらないようだ。
この研究に使用するデータは、10年以上にわたり50万人以上の健康情報を集めた大規模データベース「UK バイオバンク」から得られた。研究者は、参加者のコーヒー消費量を調査。「心臓リズムの異常」、「心血管疾患」、「心疾患関連による死亡」、「その他の原因による死亡」との関連性について調べるため、1日当たり「1杯まで」から「6杯以上」で消費量を比較した。
これらの研究では、心臓の健康に影響を与えうる食事要因や、参加者がコーヒーを飲む際にクリームや砂糖(これらはそれぞれ心臓の健康に影響を与える可能性がある)を加えるかどうかについては考慮されていないので、注意が必要。また、研究参加者は白人が多く、実際の人口を反映したものではない。 ただし、運動、アルコール、喫煙、糖尿病、高血圧の有無は考慮されている。
最初の研究では、心疾患の既往歴のない382,535人の参加者のデータを調査。参加者の平均年齢は57歳で、男女比は等しい。この研究では、1日に2~3杯のコーヒーを飲むと、冠状動脈性心疾患、心不全、心臓リズムの異常、または他の理由で死亡するリスクが約10~15%低下し、最大の効果を得られることが判明。脳卒中や心臓関連の死亡リスクが最も低くなるのは、1日1杯の人であることも明らかになった。
2つ目の研究は、心血管疾患の既往歴がある34,279人が対象。結果として、1日に2~3杯のコーヒーを飲む人は、コーヒーを全く飲まない人に比べて死亡率が低くなった。さらに、消費量に関わらず、コーヒーを飲むことで心臓リズムの異常のリスクが低くなることも分かった。実際に、不整脈のあった24,111人はコーヒーを飲むことで死亡リスクが低下したという。
3つ目の研究では、コーヒーの種類の重要性について調査。「インスタントコーヒー」と「豆を挽いたコーヒー」、「カフェイン入り」と「カフェイン抜き」でそれぞれデータを比較し、心臓に与える影響を調べた。この研究でも、(インスタントと挽きの両方で)1日2~3杯のコーヒーが、不整脈、心臓の動脈閉塞、脳卒中、心不全のリスク低下という観点で最も効果を得られることがわかった。デカフェのコーヒーは不整脈には影響はなかったが、心不全を除く心血管疾患を減少させた。
心臓に不安がある場合、これまで専門家たちはコーヒーを避けることを推奨してきたが、プレスリリースによると、今回の新たな研究では1日に2~3杯のコーヒーであれば問題ないという結果が示されたとのこと。しかし、カフェインの摂取量を増やす前に、医師に相談することが大切なのでお忘れなく。
この研究の最終著者であり、豪メルボルンにあるアルフレッド病院&ベイカー心臓・糖尿病研究所のピーター・M・キスラー医師は、「コーヒーは心拍を速める作用があるため、飲むことで特定の心疾患を誘発したり、悪化させてしまうことを心配される方もいます。そのため、一般的な医学的助言として、コーヒーを避けるように言われることがあると思います。ですが、我々のデータは、コーヒーの摂取を控えるよりも、むしろ心疾患の有無にかかわらず、健康的な食生活の一部として取り入れるべきであることを示しています」とプレスリリースで述べている。「コーヒーを飲むことには、中立的効果(飲んでも害はないということ)か、心臓への健康効果があることがわかりました」
これまでの常識を覆す研究により、ほとんどの場合で、心疾患があってもコーヒーを控える必要はないことが明らかになった。「我々の研究は、コーヒーを飲むことは安全であり、心臓病を患う人々にとって健康的な食生活の一部となり得ることを示しています」とキスラー医師。
コーヒーを飲まない人、もしくは1日1杯程度しか飲まない人は、それ以上増やす必要はない、とキスラー医師は述べている。特に、コーヒーを飲むことで不安や不快感が生じる場合は無理に飲むべきではない。
「私にとって重要なのは、心血管疾患の有無にかかわらず適量であればコーヒーを飲んでも安全だとわかったことです。これらの結果で、普段飲んでいない人々にコーヒーを勧めることはありません」と述べたのは、UTサウスウェスタン・メディカル・センターで循環器内科教授・予防心臓病学部長を務めるアミト・ケラ医師。
「最近の他のデータでは、コーヒーが心拍数を上げ、睡眠時間の減少など他の影響がある可能性もわかっているので、特に観察研究の結果から一律に推奨することには注意が必要です」
また、ケラ医師はこれが観察研究であることから、個人の習慣とコーヒーを飲むことの効果を切り離して考えることは難しいという懸念も示している。
実のところ、心臓を強くするために働いているのはカフェインではなく、研究者たちはコーヒー豆そのものに理由があると仮定しているという。キスラー医師によると、コーヒー豆には100種類以上の生物活性化合物が含まれており、それらは酸化ストレスや炎症の抑制、インスリン感受性の向上、代謝の促進、腸の脂肪吸収の抑制、心拍の異常につながる受容体のブロックに役立つとのこと。
米国心臓協会によると、心血管疾患には心臓発作や脳卒中、心不全、不整脈、心臓弁膜症など、心臓に関する多くの問題が含まれており、統計では米国成人の約半数が心血管疾患に罹っていることが示されている。ケラ医師は、心臓の健康のために、地中海式ダイエットのような食習慣を取り入れることを推奨しているが、もし、医師の同意があり、カフェイン摂取が苦にならないのであれば、毎日の習慣にもう1杯、コーヒーを加えてみるのもいいかもしれない。
※この記事は、海外のサイトで掲載されたものの翻訳版です。データや研究結果はすべてオリジナル記事によるものです。
From: Women’s Health JP
[ELLE]