ここ数年私も続けています。。。

飲む美容液!? 食後ヤクルト美容のすすめ

「食後にヤクルトを飲む美容」は肌の綺麗なモデルたちの間では“定番”。連載【エルメス、今夜も好きにします】#8では、日頃から「腸内環境改善」目的でヤクルトを愛飲しているエルメスさんが、その魅力や個人的な感想をご紹介します。

 

■「食後ヤクルト」美容

以前、ツイッターでもご紹介した食後ヤクルト美容法。

こちらも私が長年続けている美容法ですが、ツイッターで紹介したところ大きな反響があり、とても嬉しく思っています。

私がヤクルトを飲み続けているのはもともと健康のためでした。ヤクルトに含まれている乳酸菌が腸内環境を良くし、腸内環境が良くなれば、免疫力も上がると聞いたからです。

昔から母がヤクルトをよく飲んでいたこともあり、10代の頃から家に常備されていました。

20代後半に入ってからというもの、油断すると体を壊すことが増え、本気で免疫力を上げようと思ったことから、筋力トレーニングと腸内環境を良くする「腸活」を始めました。このときに、肌の調子がすこぶる良くなったため、今でも筋トレとヤクルトは欠かせません。

当時はヤクルトに大きな美容効果があることに気づいていなかったのですが、SNSでとても肌の綺麗な読者モデルさんが「毎日の習慣でヤクルトを飲んでます」と投稿していることから、美肌の秘訣はヤクルトなのでは? と思うようになりました。

気づけば、ファッション誌時代でもヤクルトをよく飲んでいるモデルさんを見かけていました。

そこでヤクルトの美容法を調べてみると、やはり効果絶大だったので、私が続けている方法をあわせてご紹介します。

 

■ヤクルトってすごい

ヤクルトがなぜ美容にいいのか?

それは腸内環境と大きく関わっていると思います。
肌は内臓の鏡と言われます。以前、とても美肌な女医さんを取材したところ、とにかく腸内環境に気をつけていますとおっしゃっていました。

ヤクルトは、ヨーグルトの何倍もの乳酸菌を含み、またヨーグルトよりも量が少ないので手軽です。この乳酸菌が腸内環境を良くすることで、まず便秘が解消される傾向にあります。

便秘は、いわゆる体に不必要なものを溜め込んでいる状態なので、内臓に負担がかかって、結果として肌の調子も悪くなってしまいます。

また女医さんによると、腸内環境が良くないと体が内臓にエネルギーを使ってしまい、肌機能まで栄養素が回らず、美しく保つための力が失われてしまうんだそう。

腸内環境がいい人は、消化、排出までがスムーズに行われるため、食べたものの栄養素がうまく回り、結果として綺麗な肌になるのだと話していました。

肌のターンオーバーは腸内環境に強く紐づいていることから、「腸活」こそ美容に良いのだと思います。

乳酸菌を手軽にかつたくさん摂るとなると、忙しい現代女性にとって食べ物から多くを摂るのは難しいもの。

ヤクルトは量も少なく、味も美味しいので、とても手軽に乳酸菌を腸に送ることができます。

ヤクルト美容を試した方から、私宛に届いた感想の一例は

・ニキビが減った
・肌のキメが細かくなった
・肌が白くなった
・肌荒れが気にならなくなった、など。

私も肌の調子が悪いな、と思った際は、漢方、ヤクルト、乳酸菌を多く含んだ食事を意識するとすぐ改善されるので、やはり内臓のケアは、肌のためには必須とも言えます。

以前ご紹介したゴールドキウイも食物繊維をたっぷり含んでいるため、腸内環境改善の手助けにもなります。

■ヤクルト美容の方法

さまざまなやり方があると思いますが、ここでは私が取り入れている方法をご紹介します。

1、食後30分以内に1本飲む(できれば毎食ごと)

2、乳酸菌が沈殿している場合があるので、飲む前によく振る

3、冷やしすぎない。冷蔵庫では冷やしすぎないようにジップロックに入れたり、冷えにくい場所に置いたりします。乳酸菌が活発に動くには温度が低すぎない方が良いためです。

私は会社にもヤクルトを置いていて、ランチ後と夕食後に飲んでいます。

さらに効果を上げたい場合は、食事でも乳酸菌を多く取り入れると良いですよ。それもまた今度ご紹介できたらと思います。

忙しい女性に嬉しいヤクルト美容は、経済的、健康にもいい、肌にも効果があるなどいいことづくめ。

早速、取り入れてみてくださいね。

※本コラムの内容は個人の感想で、感じ方には個人差があります。

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解ってはいてもなかなか難しい、、、さらに暮らしを断捨離せねば。。。

現役医師が警告。人間は「6時間睡眠」でもまったく足りていない

 

睡眠時間が短いと身体や心に大きな影響を及ぼすということはよく知られていますが、具体的にはどんな影響があり、また何時間睡眠することが望ましいのでしょうか。メルマガ『ドクター徳田安春の最新健康医学』の著者で現役医師の徳田安春先生が、睡眠不足による弊害と、確保すべき最低の睡眠時間について、その根拠も含めて解説しています。

睡眠の最新医学。眠らない現代人と高齢者

年を重ねると睡眠時間が短くなります、とご老人の方々が言われるのをよく聞きますね。でも、高齢者の短い睡眠時間は健康的なのでしょうか。結論から言うと、短い睡眠時間は健康的ではありません。高齢者であってでもです。私は、高齢患者さんにも睡眠時間は最低7時間は確保するようにお勧めしています。今回のチャプターではその理由についてご紹介します。

現代社会では人々が眠れなくなっています。24時間365日、テレビは番組を放送しています。家電製品にLED電球が普及しています。LEDの青い光が網膜 に作用すると、脳にシグナルを送り、睡眠を防ぎます。車社会によって、毎朝の一般道路での騒音はますますひどくなっています。仕事や学校は依然として早い 時間からスタートします。これらによって遅く寝て早く起きるのが当たり前のようになっています。

人間の脳内には体内時計があります。体内時 計の1日は24時間15分程度。つまり、体内時計は24時間周期ではなく、毎日約15分遅く進むリズムとなっています。そのため、人間が眠る時間帯は体内時計のみに従うと徐々に遅れていくので、毎日この時計をリセットしなくてはなりません。リセットのためには、朝は日光に当たって体内時計をリセットする必要があります。

大切な睡眠

進化の過程で、睡眠は非常に重要な機能として温存されており、ほとんどすべての動物が睡眠をとっています。睡眠のフェーズには2つの種類があります。ノンレム睡眠とレム睡眠です。人間の睡眠では、90分間でこの2つのフェーズが1サイクルを成し ており、これが繰り返されています。睡眠の前半ではノンレム睡眠が長く、後半ではレム睡眠が長くなっています。私たちが夢を見るフェーズはレム睡眠です。

ノンレム睡眠とレム睡眠の役割はそれぞれ異なっています。ノンレム睡眠には記憶を助ける働きがあります。日中に学習した内容は脳の奥にある海馬に一時的に貯蔵されますが、ノンレム睡眠によって大脳全体にうまく配分されて長期の記憶として保持されます。レム睡眠は、記憶された知識を様々な組み合わせで結合することにより、クリエイティブなイノベーション的発想をもたらします。

睡眠時間が短くなると、睡眠の役割が十分に果たされなくなります。ノンレム睡眠が浅くて短いと、昼間の間に学習した内容が長期記憶として保存されなくなります。レム睡眠が短いと、クリエイティブな発想を生み出す可能性が低くなります。これらは受験生や頭脳労働者にとっては大変重要なことです。

また、睡眠が浅くて短くなると、体や心の健康に害を及ぼします。がん や心血管病、肥満、糖尿病などの病気になるリスクが高くなります。また、うつ病や不安神経症、そして認知症のリスクも高くなります。小児の場合、ADHD と似た症状をもたらします。心理的トラウマを受けた人の場合、レム睡眠が短いと、PTSDになるリスクが高まります。

健康的な睡眠とは

睡眠が浅くて短くなるとさまざまな病気のリスクとなることがわかりました。しかし、だからといって、ベンゾジアゼピン系や非ベンゾジアゼピン系の睡眠導入剤 などを服用することは勧められません。これらの薬は、睡眠を早めに導入してくれはしますが、睡眠の質を低下させます。長期に服用していると認知症のリスク が高まると言うこともわかっています。

大量飲酒はレム睡眠を抑える効果があります。つまり、クリエイティブなイノベーション的発想が抑えられてしまいます。研究者やビジネスマンにとっては致命的なこととなります。アルコール依存症の患者さんが、アルコールを中断したときに起こる禁断症状は、 振戦せん妄と呼ばれています。これは覚醒しているときに、レム睡眠、すなわち夢を見るような幻覚に襲われる症状です。

睡眠の後半の最後の部分で、私たちの睡眠のほとんどがレム睡眠に入ります。8時間の睡眠時間の中では、最後の2時間がクリティカルなレム睡眠ピリオドとなります。そうすると、 睡眠時間が6時間の人はこのクリティカルピリオドを味わっていないことになります。年齢を重ねても頭が硬くならないように、睡眠時間は8時間確保してでも 睡眠を毎日味わいたいところですね。

文献
Matthew Walker. Why We Sleep. Scribner. 2017

[まぐまぐニュース]

公正と公平が健全な社会の根幹。。。

江戸時代の武士の平均年収は500万円超

 

江戸時代の武士は現代のサラリーマンより豊かに暮らしていたのか。マネー事情や出世競争は? 当時の実情に詳しい識者に聞いて解き明かす。

■1両あれば、1カ月は暮らせた

江戸時代、武士の給与は先祖から受け継いだ「家柄」によって決まっていた。これを「家禄」という。当時はコメ本位経済で、年貢の量、身分などすべてがコメで管理されており、給与についてもコメの量で提示された。

コメを量る単位は「石」「俵」「斗」「升」「合」(※)。土地の標準的な収穫量は「石」を用いた「石高」を基準にし、「石高制」と呼んだ。

※1石=10斗=100升=1000合≒180リットル 1俵=3斗5升or4斗

「通貨に換算すると1石は、だいたい金1両という相場でした。江戸時代は1両あれば、なんとか1カ月暮らせるといわれていました。いまよりはるかに質素な暮らしぶりですが、現代価値で10万〜20万円程です」

そう説明するのは、歴史学者で国際日本文化研究センター名誉教授の笠谷和比古氏。

では、武士の平均的な給与はどのくらいだったのか。

「幕 府に直接仕える武士は、将軍に挨拶できる『旗本』(約5000人)とその資格のない『御家人』(約1万5000人)に分かれます。このうち旗本と御家人と の境目は家禄100石あたり。この階層で給与を考えたとき、税率は三ツ五分(35%)が基本なので35石が手取り収入となります。35石は現代では年収 500万円を少し超える計算です」(笠谷氏)

旗本と御家人といった階級の違い自体は、給与とは関係ない。家禄により給与は低くても、身分の高い家やその逆もある。戦で活躍さえすれば昇進できるというシステムであり、事務処理能力が高くても評価されることはなかった。

「江 戸時代の初期、武士の本分は戦場での槍働きだという気概がありました。ただし算盤や帳簿つけなどの行財政も必要な仕事です。武士の集団のなかで『やれ』と 指名されれば避けて通れません。そうして担当を任される武士は『ひ弱な人間』という評価であり、非常に不名誉だと考えられていました」(同)

だが、一途に武士が腕を磨き続ければいいという時代は次第に終わりに近づく。江戸時代初期の島原の乱(1637年)を最後に大きな戦はなくなり、武士はそれまでの働き方を変えることを迫られたのだった。

「元禄(1688〜1704年)、享保(1716〜36年)と官僚化が進むにつれ、武士の価値観は逆転します。算盤や帳簿づけが中心の勘定所が花形職場となり、事務処理能力の高さが評価ポイントとなりました」(同)

■8代将軍吉宗が「足高(能力)主義」を導入

同時に、給与が低い家は幕府の役職に就いて、出世することを積極的に目指し出す。

「官 僚化の初期段階は、家臣のうち最重職である家老の子は高い役職に就き、軍隊の中で最下級の足軽の子は低い役職に就くといったことがあたり前でした。ただそ れは、先祖が戦で貢献した家というだけで、行財政の分野で優秀な人間が出るという保証はない。となると当然、適材適所の人事にならず、組織全体がうまくま わらなくなる。優秀な人材を登用するには、実力主義の制度が必要とされました。そこで効果を上げたのが8代将軍吉宗の『足高制』です」(同)

足 高制では、出世して幕府の役職に就けば、在職中に限って不足分の報酬を補填。そして役職を離れれば元の家禄に戻る。それが世襲されることもない。ふつう家 柄の低い者の出世が可能になれば、既得権益を持つ家禄の高い者は面白くない。だが「能力主義」を導入する一方で「身分主義」も守ると明言することで保守派 の人間も納得。江戸文化研究家の菅野俊輔氏も「秀逸な制度だった」と評す。

「江戸時代の研究を長年していても、吉宗は異質。血のしがらみを取り払って制度を整えた稀有な将軍でした。自分のつくった制度と官僚を信じ切ったのでしょう」(菅野氏)

こうして18世紀には「能力主義」が浸透していく。

「こ の時代の能力主義こそを『年功序列』と言ったのです。『年』は経験年数を示しますが、それによりスキルアップして、『功』である成果が出る。すると昇進し て給料が上がっていく。いまの日本企業で使われる“年功序列”のように、年を重ねるだけで給料が上がるのとは意味が違います。仕事で成果も出さずに、給料 アップなんてもってのほかです」(笠谷氏)

昇進条件は業務成績の優劣であり、「誰もが認める優秀な人材が出世していった」(同)という。

■大岡越前守は吉宗の目にとまり町奉行へと飛び級

また、幕府では監察の制度があり、好悪や情実による職権乱用をすれば上司のほうが処罰されるハメになる。そのため、上司との相性は出世には無関係だった。

「実 力さえあれば身を立てられる時代でした。たとえば大岡越前守(忠相)。時代劇の印象で江戸町奉行として行政、司法を担当した存在として知られます。でも彼 は、もともとは将軍の御殿を警備する番士。それが18世紀初期、この能力主義の導入により、吉宗の目にかかり町奉行へと飛び級したのです。さらに寛政の改 革(1787〜93年)の時期からは試験制度も導入され、武芸・学問の両方が厳密に審査されるようになりました」(菅野氏)

はたして出世により嫉妬、非難を浴びることはなかったのか。

「小 野一吉(くによし)という人物のように、下級身分の御家人から財務長官である勘定奉行まで出世する者が出ても、家格が高い武士たちは僻んだり足を引っ張っ たりはしなかった。実力主義のなかでフェアな競争を繰り広げ、負けたときは“敵ながらあっぱれ”と称賛し、再チャレンジする。武士道精神が根付いていたの でしょう」(笠谷氏)

優れた功績があれば昇進し、そうでなければその地位に留まる。真の実力主義に基づく段階的昇進システムは、江戸時代に確立され、戦後の高度成長期まで日本の組織に一部が受け継がれた。健全でフェアな“出世競争”が再び評価される時期を迎えている。

笠谷和比古
歴史学者

菅野俊輔
江戸文化研究家

[プレジデントオンライン]

せぬ隙が、面白き。

 

万能を一心につなぐこと。

見所の批判に云はく、「せぬ所が面白き」など云ふことあり。これは為手の秘する所の案心なり。まづ二曲を初めとして、立ち働き・物真似の種々、ことごとくみな身になすわざなり。せぬ所と申すは、その隙(ひま)なり。このせぬ隙は何とて面白きぞと見る所、これは油断なく心をつなぐ性根なり。舞を舞ひやむ隙、音曲を謡ひやむ所、そのほか、言葉・物真似、あらゆる品々の隙々に心を捨てずして用心をもつ内心なり。
この内心の感、外に匂ひて面白きなり。かやうなれどもこの内心ありと他に見えて悪かるべし。もし見えば、それはわざになるべし。せぬにてはあるべからず。無心の位にて、我が心をわれにも隠す案心にて、せぬ隙の前後をつなぐべし。これすなはち、万能を一心にてつなぐ感力なり。

[『花鏡』世阿弥]

 

すなわち「せぬ隙」は、何もしないことや息を抜いて休んでいることではなく、実はその正反対。動いているとき以上の高密度のエネルギーが内部で張り詰めて、ずっとつながっていることなのです。そしてその心は気配として微塵も表に現れてはならぬ。わが心をわれにも意識させぬ、無心の境地に入ること。これはもう芸道の修練ではなく、禅の悟道そのものに思えます。充実した一念一念を、一瞬一瞬とつなぎ、積み上げ一生となる。有と無、自と他の境を超越すること。

しなやかに生きる。。。

 

最も強い者が生き残るのではなく

最も賢い者が生き延びるわけでもない

唯一生き残るのは変化できる者である

[チャールズ・ダーウィン]

 

ルールを変え

仕事を変え

意識を変えることで

人は、新しい環境に適応し続けることができる。。。