時空をつないでいく日々の創作

連載梶原しげるのプロのしゃべりのテクニック

「響30年」「山崎50年」を生んだ伝説のブレンダーが必ず守っている習慣

2018年11月11日

当記事はnikkei BPnetに連載していたものを再編集して掲載しました。初出は2014年9月4日です。記事の内容は執筆時点の情報に基づいています。

サントリーを飛躍させた伝説のブレンダー輿水精一さん

ブレンデッド・ウイスキーの最高峰である「響30年」や、珠玉のシングルモルト・ウイスキー「山崎50年」「山崎35年」、そして「白州」など、今や世 界のウイスキーファンを魅了し続ける名酒を世に送り出し、そのブランドを不動のものにしたサントリーのチーフブレンダー輿水精一(こしみず・せいいち)さん。ラジオ局のスタジオに現れた輿水さんは、カリスマオーラをぷんぷん漂わせた「伝説のプロフェッショナル」という雰囲気は微塵もない。超一流といわれる 人は大抵そういうものなのだが。

ウイスキー通にはいまさらな話で恐縮だが、ブレンダーとは樽ごとに個性の異なる「モルト・ウイスキー」を利き分け、これをバランスよくヴァッティング (個性をもつモルト・ウイスキーを大桶に入れて混ぜ合わせること)をしたり、「モルト・ウイスキー」(大麦麦芽=モルトだけでつくられるウイスキー)と 「グレン・ウイスキー」(とうもろこしなどの穀物に大麦麦芽を加えて蒸溜したウイスキー)を混ぜ合わせてブレンディングをしたりすることで、新しいウイス キーを創り出す人と言われる。何十万樽ある「モルト原酒」のどれとどれを組み合わせれば狙った味ができるのか、ブレンダーは日々格闘している。

 7人のブレンダーがいるサントリーでも、輿水さんはウイスキーの品質を決める「最終評価者」=チーフブレンダーとしてその頂点にいらっしゃった。サントリーでは創業以来、4人のチーフブレンダーがその役割を継承してきたが、輿水さんは1999年より務めてきた3代目だ。

ヴァッティングとかブレンディングとは何か。何となくは分かる気もするが実際の所「何をどうなさっているのか」は分からない。

こういうときは恥も外聞もなく聞いてしまうのが一番だ。ただし中途半端な「エラそうに見せたがる人」には、こういう質問はやめたほうがいい。「それくらい事前に調べておけ!」と言わんがばかりに「ムッとされる」可能性がある。

ところが超一流の方というのは、こういう「素朴な質問」に丁寧に答えて下さることが多い。むしろネットで調べた半端な知識を、専門家を前にぺらぺらしゃべってしまうほうがよほど非礼だと私は思う。

80万樽のマッチングから新製品を編み出す

梶原:「そもそもブレンダーとはどういうお仕事なんですか?」

輿水:「分かりやすく言いますと、新製品を作るため、80万樽ほどある、どの樽とどの樽の原酒を組み合わせるか、そのマッチングを行う仕事とでもいいましょうか」

梶原:「80万樽!!!」

この一言でラジオを聞いている人たちにも「おびただしい樽がギッシリ並んだ巨大な蒸留工場のとんでもない広大さ」が目の前に広がってくるのではないだろ うか。それと同時に80万樽にも達する原酒の中から、相性のいいものをヴァッティングしたり、ブレンディングしたりする輿水さんたちブレンダーの仕事の困難さを知り、さらなる興味を募らせるはずだ。

 「一流の人」「その道の大家」は「インパクトのある数字」をさりげなく口にされる。話が上手下手の問題ではない。スゴイことをやっている方は気負わずごく自然にスゴイことをおっしゃるからつい引き込まれる。

輿水:「新製品とは別に、既に何年も前に発売しているおなじみの角瓶やオールドなどの味を正しく維持するための ブレンディングも重要な仕事です。一方で、当然ながら12年先、30年先、お客様に喜んでいただける12年もの、30年もののウイスキーも作ります。そう いう未来の味も、今の私たちが決めることになります。ブレンディングとは、現在・過去・未来という時空をつなぐ仕事なんだと責任を感じますね。こういうこ とができるのも、先輩たちが素晴らしい原酒を作り、貯蔵してくれた80万樽があればこそですが」

仕事を「点で考えず線で考えろ」とはビジネスでしばしば言われるが、ブレンダーの仕事はまさにそれだ。一般のビジネスでも、「今のことでアップアップの イッパイイッパイ」ではいい仕事にはなりそうもない。仕事において「時空をつなぐ役割」という意識は大事なキーワードだ。

テイスティングで最も重要なのは集中力

輿水:「このブレンディングで重要なのは、皆さんはワインでご存じでしょうが、テイスティングです」

梶原:「グラスに入れた樽の原酒や原酒同士をブレンドしたものを、口に含むんですか?」

輿水:「はい、嗅覚・味覚・視覚を中心に全身の感覚器官を総動員して臨みます」

このテイスティングを、輿水さんはじめブレンダーの皆さんは毎日2時間かけてワイングラスで200杯分行うのだそうだ。言うまでもないが200杯のウイ スキーは口に含むだけで飲み込むわけではない。アルコールはある程度口腔内の皮膚から吸収されるが、それで「判定の軸が揺らいでしまう」などということは ないと断言なさる。

輿水:「テイスティングで最も重要なのは集中力です。テイスティングを始めてから終わるまで、感性の集中力に変 化があってはいけません。集中度合いが変わらず、同じ感覚でテイスティングし続けることが最低要件。感性に変化が起きないそのリミットが経験的に2時間以 内であり200回なのです」

ビジネスパーソンにとっても、「実際に自分の集中が途切れないのは何時間で、どの時間帯なのか」を知っておくことは大切だと思う。

仕事のできない人に限って「忙しい、寝てない」を自慢のように口にする。しかし、仕事のできる人は、結構涼しい顔で課題を達成して周囲を驚かせる。それは集中すべき時間、時間帯を心得て、24時間のメリハリを付ける賢い時間コントロールを心がけている証拠ではないか。

これといった仕事もないのに、「何だか、だらだら忙しい」といつもどこかで追い立てられる気分の私などは、「集中力のない典型だ」と大いに反省させられる。

「いい仕事」のために輿水さん心がけていること

輿水さんは、大事な2時間を1日のうち、どこに持っていくかもしっかり決めている。

輿水:「朝10時から正午までの2時間。私にとってはここが一番集中できる時間です。私は毎朝7時に工場に到着 します。そこで前日やり残した雑務や、この後のテイスティングの準備などにゆったり時間を使い、午前10時きっかりに始めます。そのためには心身の状態が 安定していることが大前提です。風邪を引いた、二日酔いなどが論外なのは言うまでもありません。肉体的な健康と同様、いや、それ以上に気をつけているのは 心の健康、つまりストレスをためないことです。テイスティングするとき、何かのストレスを感じたら、嗅覚も、味覚も、感性のすべてが効かなくなり使い物になりません」

梶原:「じゃあ、朝出がけに奥さんとケンカして気分が悪い、なんてのはアウトですね」

軽い冗談のつもりだったが、輿水さんは真剣だ。

輿水:「まるで駄目です。万一そういうことがあったとすれば、その人はテイスティングの仕事を始めることができません。やってはいけません。そもそもブレンダーとは、感情の起伏の激しい人には向かない仕事なんです」

毎日朝からウイスキーが味わえて、それが仕事になるなんてこんなにいい仕事ならやってみたい、と一瞬思っていたが、感情の起伏が激しく、ストレスを感じやすい私には最も不向きな仕事だということが分かった。

私に限らず、感情のふれ幅の大きい人にはどうやら丁寧で繊細な仕事は向いていないようだ。「いい仕事」のためには「集中力の維持」と「感性の軸がぶれない」、この2点が重要なのだと改めて知らされた。

 

外国観光客が日本のウイスキーを買って帰るのが当たり前に

輿水さんたちブレンダーや素晴らしい原酒を仕込んだ人たちのおかげで、日本のウイスキーは今や世界的な評価を受けている。

梶原:「サントリーの響、山崎、白州や、ニッカの竹鶴、余市をはじめ、日本のウイスキーは世界のトップレベルに到達したと言えますか?」

ずっと謙虚な姿勢を崩さなかった輿水さんが、このときばかりは「その通りです!」と即答なさった。

輿水:「世界を凌駕(りょうが)したと言うと言い過ぎですが、ウイスキーの世界的なコンペティションで3年続け て金メダルを取ったのは日本です。スコットランドのブレンダーをよく知っていますが、お世辞抜きで評価してくれています。私が入社した40年前には考えも 及びませんでした」

ここで輿水さんとちょっと懐かしい話で盛り上がった。

梶原:「僕は新入社員のころ、お金もなくてもっぱら“白”(安価なブランドのサントリーホワイト)を飲んでいま した。給料がちょっと上がるころから角瓶を飲みながら、上司がボトルキープしている“だるま”(サントリーオールド)を見ては、いつかは自分もオールドを、なんて思っていました」

輿水:「私も全く同じです。あのころは生活の向上に合わせてウイスキーの値段の高いものを選んでいくという、<いつかはオールド>って時代でした」

梶原:「車だって、<いつかはクラウン>でしたもんね」

輿水:「しかし今の若い方にはそういうこともなく、いきなりシングルモルトの白州から飲み始めるというスタイルが当たり前のようになっていますね」

梶原:「変わりましたねえ。変わったといえば、昔は外国旅行から帰って来る日本人がスコッチウイスキーをぶら下げて税関を出てきましたねえ。私もそうでしたが」

輿水:「憧れの外国産高級ウイスキーやブランディーが3本まで免税価格で安く買えましたからね。でも今では羽田でも成田でも、外国の観光客が日本のウイスキーを買って帰るというのが当たり前になっています。お土産でもとても喜ばれる」

輿水さんは心からうれしそうに語った。

家では角瓶を飲むんです!

梶原:「ところで、輿水さんは家では何を飲んでいるんですか?」

輿水:「晩酌ですか? 私はですねえ、角瓶なんですよ」

梶原:「えー? 響とか、山崎、白州じゃないんですか?」

輿水:「仕事柄そういうお酒、シングルモルトなんかもいろいろ家にありますよ。でも毎晩疲れずに飲むなら角瓶が 最高ですね。夏はハイボール、冬はお湯割り。特別に何かいいことのあったハレの日は響とか山崎、白州を飲みますよ。でも毎日っていうと疲れますね。それぞ れ主張が強いから」

午前10時から正午まで、感性の集中力を途切れさすことなく、200杯のウイスキーを鼻で嗅ぎ、口に含んでは吐き出し、データをノートに書き続ける伝説 のブレンダー。その輿水さんが、帰宅してゆったりくつろぐ夕飯の食卓。奥様とのんびり味わう晩酌に「角瓶」のお湯割りを楽しむ姿を想像し、何だか気持ちが ほっこりしてきた。

[UPGRADE LIFE/Nikkei TRENDY NET]

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