星野リゾートの社内はなぜ風通しがいいのか
社員が自律的に動ける組織が持つ5つの特徴
いま、「ティール組織(進化型組織)」と呼ばれる次世代型組織モデルが、経営者や人事担当者たちの注目を集めている。組織には売り上げ目標や予算もなければ、上司からの指示もない。にもかかわらず、社員はモチベーションを高く持ち、自律的に仕事をする。ティール組織とは、働く人が主導するセルフマネジメント組織であるという。
効率重視と合理主義がもたらした弊害
どうすれば社員1人ひとりの主体性を引き出し、限られた人材で生産性を最大化できる組織をつくることができるのか――。これは多くの経営者や管理職、チームリーダーが抱える共通の課題ではないだろうか。今年はじめに日本語訳が発売された『ティール組織』(フレデリック・ラルー著)によると、現代の資本主義社会においては、徹底した目標設定と目標管理のもと、競争に勝つことで利益を拡大し、成長を目指す達成型組織が主流だという。従来型のピラミッド構造をもつこの組織モデルで、これまで多くの企業が業績を上げてきた。
一方で、過度の効率重視と合理主義が働く人たちを機械の歯車のように扱い、人々のやる気を奪い、仕事をつまらなく苦しいものに変えてしまった。そこで、達成型組織に代わる新たな組織モデルとして生まれたのが、ティール組織というわけだ。海外では20年ほど前から登場し、ティール組織の条件に合致する企業もいくつかあるようだが、「完成型」はいまのところない。
日本ではどうか。じつは、ティール組織に極めて近い組織をつくりあげてきた企業がある。国内外で旅館やホテルを展開する「星野リゾート」だ。
1914年に軽井沢で創業した星野リゾートは、4代目経営者・星野佳路代表が運営に特化した経営方針を打ち出し、全国展開するリゾート運営会社へと成長を遂げた。
ラグジュアリーリゾート「星のや」や、温泉旅館ブランド「界」など、国内外にさまざまな業態の旅館を出店。今年4月に都市観光ホテル「星野リゾート OMO7 旭川」を開業、5月に「星野リゾート OMO5 東京大塚」をオープンした。
この躍進を支えているのが、今や星野リゾートの代名詞ともいえる「フラットな組織文化」である。上司と部下の間の主従関係は存在せず、ピラミッド型 組織にありがちなポジション争いや足の引っ張り合いもない。ホテルや旅館の総支配人などの管理職は立候補によって決まり、人事評価は業績ではなくプロセス重視で公平に行われる。現場はトップに“お伺い”を立てなくても、自分たちで意思決定することができる。社員が自分の能力を存分に発揮し、生き生きと働ける環境があるのだ。
筆者は過去数年間にわたり、星野リゾートの競争力の源泉であるフラットな組織と、そこで働く社員の活躍を取材してきた。社員の主体性とやる気を引き出し、企業の競争力につなげられる組織とはどのようなものなのか。拙著『トップも知らない星野リゾート~「フラットな組織文化」で社員が勝手に動き出す』 でも詳しく解説している、日本版ティール組織ともいえる星野リゾートの「フラットな組織文化」の一端を紹介したい。
自由に発想したことを提案し、行動に移せる
1.上からの指示に頼らない
世界のホテルチェーンと星野リゾートの決定的な違いは、前者が本社や本部主導による均一のサービス品質を保証しているのに対し、後者は現場主導で各 地域の魅力を反映させたサービスを提供していることだ。そのため、同じ星野リゾートの施設であっても、コンセプトやサービス内容、滞在の楽しさはさまざまである。現地主導のスタイルを採用するのは、地域の魅力はそこに暮らすスタッフがもっともよく知っていると考えるからだ。
現場に多くの自由が与えられているだけではない。現場レベルでも、スタッフは上司の指示を待つことなく、自由に発想したことを提案し、行動に移せる。実際に現場スタッフの自由な発想から生まれた人気プログラムには、奥入瀬渓流ホテルの「苔さんぽ」やトマムの「雲海テラス」、軽井沢ホテルブレストンコートの「マイ・マルシェ・ウエディング」などがある。その土地でしか体験できないユニークなサービスの数々が、星野リゾートの競争力を高めている。
「誰かの言うことや、誰かの指示に頼らないのが私たちの組織です。トップの言うとおりにすれば評価されるのではなく、顧客満足が高まることに取り組まなければ自分たちの評価にはつながらない。顧客の満足につながると自分たちが信じることをやるしかないのです」(星野代表)
2.安心して言いたいことが言える
意思決定プロセスがトップダウンではないなら、ボトムアップかというと、そうではない。役職に関係なく同じテーブルで議論ができ、誰が発言したかに 関係なく、説得力のある意見が採用される――。これが真にフラットであるということだ。各施設で毎月開かれる戦略会議では、総支配人の意見にスタッフが反 論することもあれば、総支配人の反対にもかかわらず、スタッフの意見が採用されることもある。
言いたい相手に自由に言えるためには、普段から人間関係がフラットであることが求められるが、「これは制度を導入すれば達成できるものではなく、文 化そのものを変えていく必要がある。だからこそ、会社のトップの覚悟とコミットメントが欠かせません」と星野代表。役職にかかわらず皆が同じデスクで仕事 をしたり、互いに役職名で呼ばず、誰に対しても「〇〇さん」と「さん付け」で呼ぶことを徹底したりするなど、フラットな組織文化の阻害要因となる「偉い人 信号」を1つずつ排除していったという。
また、マネジメント層と現場スタッフに与えられる情報量の均一化にも取り組んできた。星野リゾートでは、社員なら誰でも、自分たちの施設の売り上げ や顧客満足度など業績に関する情報にアクセスすることができる。上層部が経営判断に使うのと同じ情報を現場とタイムリーに共有することで、現場スタッフに 正しい議論や判断を促し、自分の仕事に責任を持ち、主体的に取り組める環境を整えているのだ。
管理職にとっても心地よい環境
3.リーダーはつねに正しくなくていい
誰もが経営情報にアクセスでき、しかも言いたいことを自由に発言できる環境では、管理職はこれまでのように「一般社員が知らない情報を持っている」 とか、「部長だから偉い」といった特権や優位性にあぐらをかくことができなくなる。部下からの反論を受けて議論を有利に進めるには、論理的思考が必要になるし、会議で皆の意見をまとめるには、より高度なファシリテーション能力が求められる。リーダーとしての真の実力が問われるという意味で、管理職は試練に直面することになるのだ。
その一方で、「『管理職はつねに正しい発言をしなければならない』というプレッシャーから解き放たれる」という側面もあるようだ。「組織がフラット であるということは、管理職も議論に参加する1人であるということ。思いつきをどんどん発言し、妥当性のある批判を受けたら直ちにそちらに乗り換えればいいのです」(星野代表)。管理職にも自由に発想し発言する機会が与えられるフラットな組織文化は、慣れれば管理職にとっても心地よい環境になるはずだとい う。
4.将来のキャリアパスを自由に描ける
星野リゾートでは、総支配人やユニットディレクターなどの管理職は、立候補によって決まる。やる気のある人がマネジメントに挑戦できる仕組みが整えられているのである。一方で、マネジメントから降りることも自由だ。マネジメントを経験した人が、興味関心の変化や、個人や家庭の事情などでマネジメント から離れ、重責の伴わない現場に戻る選択も可能なのである。星野リゾートでは、役職に就くことを「出世」ではなく「発散」、役職から外れることを「降格」 ではなく「充電」と呼ぶ。
社員がライフステージに合わせて自由にキャリアを設計できるのは、年功序列によらない給与体系であることも理由の1つだと星野代表は話す。「私たちが採用するのは、仕事に見合った給料を支払う給与体系です。勤続年数に関係なく、仕事の価値に対して給料を支払うので、会社として採算が合わないということがありません」。立候補制度の導入により、社員にキャリア設計の自由が与えられるのみならず、マネジメント層の入れ替わりを促し、組織の活性化にもつながっているのである。
社員を放ったらかしにはしない
5.自律するためのスキル習得の機会がある
発言したり行動したりする自由や、マネジメントに挑戦できる自由が与えられていても、それを実行するためのスキルが不足していれば、自由を謳歌できない。結局、上司に頼らざるをえないか、むしろ上司の指示に従っていたほうが楽だろう。フラットな組織文化で主体的に動くためには、相手を説得できるだけ の論理的思考、プレゼンテーション能力、意思疎通のためのコミュニケーション能力、議論を導くファシリテーション能力など、さまざまなスキルが求められるのだ。
社員が好きに動ける環境はあっても、個人の努力や能力に任せきりにする企業が多いなか、星野リゾートでは社員を放ったらかしにはしない。社内ビジネススクール「麓村塾」を通して、上司の指示に頼らず主体的に動くためのスキル習得の機会を社員に提供している。社員1人ひとりに発言や行動の自由を与えると同時に、学びの場を通して社員の自律的な働き方をサポートする。これも社員が自分の能力を存分に発揮し、生き生きと楽しく働くためには大切なことである。
上記に挙げた「フラットな組織文化」の5つの特徴は、「生命体的組織」「個人の自律分散型組織」とも呼ばれるティール組織の条件と近しい。
社員のモチベーションや能力を企業の原動力として機能している点も一緒だ。
先述した新業態「星野リゾート OMO」では、ホテルスタッフが「ご近所専隊 OMOレンジャー」と名付けた案内役を務める。色違いのユニホームを着用し、徒歩圏内でガイド本に載ってないような穴場の飲食店や、名物ママのいるスナッ ク、エンターテインメントなどを案内するという。社員が自ら考えて動く会社でなければ、思いつきもしないサービスであろう。
[東洋経済ONLINE]