変わらない、変われない、取り残され続ける存在。。。

秘密保護法成立から5年 陸上自衛隊のスパイ組織「別班」暴いたベテラン記者が警鐘

陸上自衛隊の一部組織が、身分を偽装した自衛隊員を独断で海外に展開させ、諜報活動を行わせる。組織の扱いは極秘扱いされ、自衛隊最高指揮官の首相や防衛相にすら知らされていない――。そんなスパイ映画さながらの現実が日本にあるという。

隊員は、互いの本名も知らないまま都内などのアジトを拠点に活動を続け、友人と酒を飲むことや年賀状、近所づきあいも禁止され、通勤ルートは毎日変えることが求められている。外部との接触を断たれ、精神的にも社会的にも“壊れる”隊員も少なくないそうだ。

そんな陸自の秘密情報部隊「別班」を追い続けているのが、共同通信編集委員の石井暁氏(57)(以下、敬称略)。5年半以上の月日を取材に費やし、非公然の別班の存在を伝える記事を2013年11月に配信した。

「ホームで電車を待つ時は、最前列で待つな」「痴漢にでっち上げられることに注意しろ。酔っぱらって電車に乗るな」。そうした警告を受けながら今も取材を継続し、別班の問題点や関係者への取材の生々しいやり取りなど詳細を『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』(講談社現代新書)にまとめた。

防衛や外交など4分野の情報が「特定秘密」に指定され、知る権利や表現の自由への懸念がいまだに根強い特定秘密保護法の成立から6日で丸5年を迎えた。

石井は「秘密保護法の成立後は自衛隊や安全保障の取材は格段に難しくなり、今では別班を取材するのも記事にするのも難しい状況」と指摘。「改憲論議が進む中で、民主主義国家の大原則である文民統制(シビリアンコントロール)から逸脱した別班の存在が十分に話し合われていないのは危険だ」と話す。【取材:岸慶太】

別班員は違法行為も行う

別班員は、スパイ養成機関として知られた旧陸軍中野学校の系譜を継ぐ陸自小平学校(東京都小平市にある陸自の教育機関)の心理戦防護課程で、尾行や張り込み、追跡などの教育を受け修了した自衛隊員が選ばれるという。

陸軍中野学校:旧日本陸軍の「後方勤務要員養成所」として1938年創設。情報の収集、謀略、諜報、防諜などいわゆる「秘密戦」の教育訓練機関として、45年の敗戦で閉校するまでに約2000人を輩出。卒業生は多くが陸軍の情報機関に配属された。

 

――別班員はどのように活動をしているのでしょうか。

基本的に自衛官という身分を偽って名刺を勝手に作ります。アジトも都内のビルなどに「〇〇〇会社」とか「×××研究所」っていう看板を掲げていて、携帯電話も他人の名義で作っている。そこからして違法です。

他にも、朝鮮総連の関係者をだまして、北朝鮮に行って情報を取ってきてもらう行為も違法でしょう。「こんな違法なことはできない」と言って辞める別班員は結構いるみたいです。彼らは自分がやってきたことを言うと責任を問われるので、あまり詳細は語ってくれませんが。

基本的に洗脳されていると思います。それでも、辞める人がいるというのは、社会人としての良識や常識が残っていたということですし、救われる気持ちになります。

 

――体験入隊した三島由紀夫氏が有名作家だとばれずに東京・山谷に潜行する訓練や、休憩時間に入ったトイレのタイルの色を問われたりするなど、戦後も心理戦防護課程で本格的なスパイ教育が行われました。

中野学校の教官だった人物が、小平学校の前身である調査学校の校長や副校長になっています。基本的には中野学校の教育内容をそのまま使っています。

自衛隊幹部には「海外諜報機関は必要だけど、公然の組織にしないと別班員が可哀そうだ」と言う人も結構いました。

海外で現地の捜査機関や情報機関に拘束、逮捕されたら、“トカゲのしっぽ切り”でしょうと。対外情報活動をやるなら、国家として責任を持たないといけないという問題意識ですね。

――別班員の活動の財源もベールに包まれています。

防衛省の予算を見ただけではわからない。裏が取れていないが、海外に展開している拠点を作って情報収集活動をする費用は、陸自の教育訓練費の一部を使っているという話もあります。裏を取るのも相当難しく、会計検査院でも検査できないんじゃないでしょうか。

別班OB「狙った情報は100%取れる」

――精神的にも壊れる人が多いと。

「洗脳教育を受けた」「人格が変わってしまった」と自分で言う人もいます。心理戦防護課程の教育を受けて誰にも心を開かなくなってしまったと言う人はOBに多いです。

まず、眼が全然違います。普通の人の眼ではなくなってしまっている。感情を持っていないという印象で。本人たちもたぶん分かっているんです。

――ほかの自衛官とは全然違ってしまう。

ある別班OBは、「とある地方都市の飲食チェーンの社長に会って、こういう情報を取って来い」と言われた。偽の名刺を作って、たどり着いて社長に話を聞いてくる作業ですが、「自分が狙った情報は100%とれる自信がある」って言うんです。

私たち記者は100%なんて絶対に言えない。彼と話していても、「逆に僕が何か言わされているんじゃないか」ってすごい怖いですよ。飲みながらだととくに怖いです。

99%ならまだわかりますけど、100%とれる自信があるって言うんですよ。どうやってやるのかと尋ねても、笑って教えてくれないですけど(笑)。

改憲について考える上で別班に関する議論は不可欠だ

石井は2008年4月、付き合いの長い自衛隊幹部との懇談で、「別班」(陸上幕僚監部運用支援・情報部別班)の存 在を示唆された。これをきっかけに、5年半以上を費やして慎重な事実確認と裏付け取材を進め、13年11月27日に「陸自、独断で海外情報活動」などと題 した記事を配信。今年10月に自著にこれまでの取材の経緯や別班の問題点をまとめた。

 

――記事の配信から5年のタイミングで、本を出した意図は何でしょうか。

安倍政権が改憲を進めようとする中で、自衛隊には災害対応に代表される明るい「陽」の部分だけではなく、「陰」の部分があると知ってほしかった。その代表が別班で、このまま放置されたまま改憲されると、非公然の状態の別班まで認めてしまうことになる。憲法9条を考える上で、別班について議論することは絶対に必要だと問題提起させてもらいました。

――酒席で二人きりになった防衛省幹部との何気ない会話から別班に関する情報を得ようとしたり、防衛省本館で退庁する幹部を待ち伏せして飲みに誘ったりする姿など、防衛省幹部らへの取材の様子が克明に記されています。

あえて、それを出しました。政府と防衛省は一貫して「別班なるものは過去も現在も存在しない」としていますが、実際は様々な幹部が取材に対して存在を認めている。それを可能な範囲でオープンにすることで、政府の主張が単純なものではないと示したかった。

二点目は、取材や調査報道の過程を明らかにして、若い記者やジャーナリストの参考になればとの思いです。最後は自分の身の安全を守るため。得体のしれない組織だから、今も怖いところがあります。取材源に迷惑をかけない範囲で、できる限りぎりぎりまでオープンにして、世間に知ってもらう。そうすることで、自分の身を守りたかった。

権力監視がジャーナリズムの最大の使命

――5年半の地道な作業ですが、あきらめるという選択肢はありましたか。

常にありました。取材を進めてもモノにならない可能性があって、一種の賭けでした。最初に端緒の情報を聞いて5年半かかったわけで、会社の取材費も相当使った。1行の原稿も書けなかったら終わりだと。今のポジションにはいられないと覚悟していました。

情報を集めて、パズルの全体が見えてきたかと思ったら、またダメになる。最初から簡単に記事化できるとは思わなかったけど、結構つらかったです。

こんな途方もない情報をどう裏付けて、本当に記事として成立させられるのかと。社内を説得させることも含めて、原稿にできるのかと。長くなることは覚悟していました。

――記事を出せば、防衛省どころか政府も敵に回しかねない。それでも、取材を続けたのは使命感からでしょうか。

当然のことですが、ジャーナリズムの最大の使命は権力監視です。日本の最大の実力組織は自衛隊であり、防衛省、自衛隊を監視するのは最も大切な仕事だと思っています。

別班に関する記事を配信後、石井の下には懇意の防衛省関係者から
「最低限、尾行や盗聴は覚悟しておけ」
「ホームで電車を待つ時は、最前列で待つな」――、
元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏からも
「痴漢にでっち上げられることに注意しろ。酔っぱらって電車に乗るな」
などの忠告が寄せられた。

――著書には生々しい忠告も記されています。

冗談かと思ったけど、まじめな顔で言うわけです。本当に「やばい」と思いました。で、佐藤さんと次に会った時は「自衛隊と公安の間でにらみ合っているから、今は大丈夫だ」と言われて(笑)。彼はヒューミント(人的情報収集活動)に関しては日本の外交官の中では最高峰と言われている人ですので、シャレにならなかったですよね。

「お前を消すぐらいのことはする」

――懇意にしていた元将官への取材では、脅迫めいたことも言われたとか。

「お前は私の現役時代からマークされている。尾行も盗聴もされてきた。今日俺と会ったことも把握されている」と元将官が言ってしまう。「別班は恐ろしい組織で、虎の尾を踏むと、お前を消すぐらいのことはする」とも。

その人は昔、共産党が政権を奪ったらと仮定の質問をしたら、「躊躇なくクーデターを起こす」と言いました。自衛隊の最も恐ろしい部分を見た気がします。本当に恐ろしいです。月並みな表現だが、身の毛がよだつと言うか。

――日本で起きている話ですか。

新聞記者がスパイ小説にかぶれて、妄想の世界で書いていると言われるかもしれません(笑)。

――現役の別班員に取材どころか接触すらできない厳しい状況の中、共同通信のOBから思いがけなく紹介された陸自幹部が別班経験者と分かり、生々しい証言を得られました。取材が行き詰った時には、助けてくれる人もいました。

ストーリーとして書くとそう見えますが、実際には全然うまくいっていないです。ひたすら苦しい日々です。

誰もいないところで取材するきっかけを作ろうと、せっかく幹部の官舎とか自宅を探し当てて、ピンポンを押しても門前払い。「帰ってくれ」って門前払いされると、精神的にも体力的にもダメージが大きいですよね。

――失礼ですが、石井さんはお若くはありません。

正直言って、バカじゃないかと思いましたよ。50過ぎて、俺何やってんだろうって(笑)。防衛省の本館の玄関で待っていて、目当ての幹部が出てきたら自宅まで尾行したりしまして、いい年して何やってんだって何回も思いました。

文民統制を逸脱した別班への問題意識を持つ自衛隊幹部は多い

――冒頭の自衛隊幹部が、新聞記者である石井さんに対して、極秘扱いの別班の情報を伝えたのはなぜでしょうか。

現代の民主主義国家の軍事組織の大原則は間違いなくシビリアンコントロールであり、制服自衛官の幹部も下の人も、皆さんそのことを分かっている。シビリアンコントロールを外したら大変なことになる、という問題意識は皆さんお持ちです。

自衛隊幹部って実はかなりリベラルな人が多いし、防衛大の教育も非常にリベラル。「自衛隊は当然必要だが、(別班は)おかしい」という問題意識ですね。

首相も防衛相も知らない別班なる組織があって、勝手に海外に自衛隊員を身分偽装させて国外に出して情報収集活動をしている。それはおかしいし、文民統制に違反していないかという正直な気持ちだったんだと思います。

情報機関は必要か不必要かの議論は別にして、作るならば公然の機関、組織でないといけない。それが非公然なのはおかしいという。

――幹部がリベラルというのは意外です。

毎年8月15日に靖国参拝する幹部ももちろんいます。さっきの元将官みたいに「クーデター起こす」と言うような人もいます。

ただ、防衛大もいわゆる右寄りの思想教育というのはしていません。初代防衛大学校の校長の槇智雄氏から、基本的にリベラルな学者か防衛官僚が校長をやっていて、制服出身の校長というのはいないんですよ。

――そもそもなぜ別班を非公然にしてしまったのでしょうか。

別班OBで、「どこかのタイミングで公然にしておけばよかった」と述べる方もいます。最初に非公然にしてしまったため、変えることができなかったというのが真相でしょう。

さらに、「別班は存在しない」と政府が言ってしまっているので、今頃になって「ありました」というのもできなかったんじゃないでしょうか。

石井は11年7月、陸上幕僚長経験者への取材で、別班が海外で活動していることや、別班員が「自衛官の身分を離れ ている」ために万が一の際にも幕僚長の責任が問われないことなど、別班に関する決定的な情報を入手した。当時は、核密約の存在を認めた実績がある民主党政 権下で、政府が別班を調査してくれるとの期待を込めた。だが、デスク役の中村毅社会部副部長(現・社会部長)と議論の上、「事実上認めたが、決定的な証言 がない」ため、読者への説得力が弱いとして出稿を見送った。

歴代首相はおそらく別班の存在を知らない

――民主党政権時代に記事にするチャンスが訪れました。

当時の防衛大臣は北沢俊美氏で、シビリアンコントロールを徹底しようとする人でした。陸上幕僚長経験者の証言で記事にできると思ったけど、情報がまだ足りなくて、説得力に乏しいとなりました。

――歴代の首相、防衛大臣は別班を知っていて知らないふりなのか、それとも本当に知らないのでしょうか。

全員に取材したわけではないので分かりません。でも、陸幕長経験者も防衛省情報本部長経験者も、あるいは事務次官も含めて「総理も防衛大臣も知らない」と言っています。知らないのでしょう。

ただ、元陸自幹部の中谷元氏、いわゆる「軍事オタク」の石破茂氏は2回防衛大臣をやっていると。二人はどこかの席で聞いている可能性もあるかもしれません。

石井は13年7月に旧知の情報本部長経験者への取材で、別班が旧ソ連、中国、韓国に展開し、ケースオフィサー(工作管理官)をしていることや、別班員が集めた情報が危機管理のため一部の幹部にしか共有されないことなどの詳細を得る。海外の別班員の安全のため、記事の 配信予定日の3日前に当時の西正典・防衛事務次官と岩田清文・陸上幕僚長に対し、記事を出すことを事前に通告した。

 

――13年11月27日に記事を配信する前に、防衛省幹部に事前通告しました。

記事を出すことで、海外の別班員が拘束されたり逮捕されたりしたら責任を取れません。なので、避難してもらうためです。後に「事前通告には感謝している」と防衛省幹部に言われました。

――2人の反応は対照的です。

西事務次官は仲良くしていたので、「別班があるのは聞いていたけど、海外展開は本当に知りませんでした。よく調べましたね」と褒めてくれました。非常に正直な感想だと思います。

岩田さんは「なぜこんなことを書くんだ。なぜこのタイミングなんだ」と。飲み友達だったのですが、それで完全に切れましたね。日本酒の師匠で「獺祭」のうまさを開眼させてくれたのも彼のおかげなんですけど。

人間関係は切れてしまいましたし、さみしいですよ。でも、しょうがない。飲み友達になるために会社の金で飲んだのではないので。

政府は「誤報」の言葉使わず

――記事について、当時の小野寺五典防衛大臣、菅義偉官房長官は別班の存在を否定しましたが、「誤報」との言葉は使いませんでした。

「完全誤報だ」って言ってくると思ってましたけど、そうではありませんでした。「空想」「絵空事」だって言われると思いましたが。

菅官房長官は翌日の会見で、「別班なるものは過去も現在も存在しないと防衛省からは聞いている」と防衛省がソースだとしているんです。小野寺さんも、「陸上幕僚長に聞いたところによると、そういったものは存在しない」と。真っ向から共同通信の誤報だとは絶対に言わなかった。

――それは将来的に認める可能性があるから。

民主党政権の時にやはり核密約を認めた実績に期待しています。ああいうことが政権交代をきっかけに起きる可能性はゼロではないと、かすかな希望を持っています。よっぽど勇気のある総理大臣と、防衛大臣とが合意して認める可能性はゼロではないと思います。

後日ですが、小野寺さんと飲んで話したら「変な感じはするよな」って言うんです。「長くても2年しかやんない防衛大臣になんか言わないよな」って 言っているんです。とことん話をして、自分も言えるとこまでは情報を明らかにして何とか調べてくれとは言ったんですけど、彼は本当に知らないです。

官僚が用意する想定問答(報道陣の質問を想定して事前に準備する答弁)でも、完全誤報とは言えないですよ。それを政治家に言わせてしまったら、自分たちの責任が問われますよね。

――記事を配信後の小野寺大臣との閣議後定例記者会見では、防衛省幹部から怒りの混じった視線を向けられました。

針のむしろで、いたたまれないですよね。後ろからは若い記者から「このじじい、いつまで質問しているんだ」「共同しか関係ないだろ」っていう冷たい視線が前から後ろから(笑)。とにかく、いたたまれないですよ。

記事で人間関係は壊れたが「後悔は全然無い」

――記事を出した後、20年来の知り合いの陸自幹部を飲みに誘うと、「定年後にしてくれ。絶対に携帯に電話しないで」と言われました。他にも、陸自から石井記者の情報源と疑われることを恐れて関係が切れた人も多くいます。記事を出した後悔はありませんか。

全然ないです。新聞記事を書くのが仕事ですから。飲み友達を作るとか仲のいい人を作るために会社の金で飲んでいるわけではありませんから。

石井は自著で、別班について正直に吐露した18の証言を紹介して結んだ。
「■絶対に素の自分は表に出せない。それがストレスで、休日は家族に嘘を言って漫画喫茶に行ってひとりでぼんやりしている」
「■どんな時でも、自然な笑顔をつくれる。人間として寂しい」
「■別班という組織の全貌を明るみに出して、潰してほしい。そして、国が正式に認めた正しい組織をつくってほしい」――。

――証言からは切なさを感じました。

可哀そうですよ。自衛官と言えど、一国民です。そういう人を洗脳したり人格を変えていいのかと。家族にも心の中で壁を作っちゃう人にして、どう責任を取るのかと思います。

自衛官ならやむを得ないのか。とてもそうは言えない。本人と家族が可哀そうですよ。選ばれてしまったらどうしようもないんです。

「別班員の安全をどう守るか?」 国民と国会の承認が必要だ

――自衛隊は今後も評価の分かれる対象であり続ける。災害対応などで国民の大きな期待と実績がある中、別班が今のままでは隊員個々人が浮かばれません。

海外に出向いて情報を取る組織は必要かどうかという議論は確かにあると思います。もし必要であるなら、今のような非公然の組織で総理大臣にも防衛相にも知らせていないなんていう状況を無くすべきです。総理大臣、防衛相の認識の下で、海外でも情報活動が必要であると国民、あるいは国会が認めるのであれ ば、堂々と活動すべきだと思います。

加えて、危険性に関する議論も忘れてはなりません。自衛官が海外で情報収集活動をする危険性を国民、国会に示さねばなりません。防衛駐在官(駐在武官)が情報収集活動をするのとは違って、身分を隠した自衛官にやらせるのならば、万が一海外の諜報機関や捜査機関に逮捕、拘束されたときに国家としてどう責任取るのか。そうしたことを突き詰めて議論すべきです。

別班の取材が佳境に入ったころ、国会では防衛や外交など4分野の情報を「特定秘密」に指定し、秘密を漏らした公務 員に罰則を定めた特定秘密保護法の審議が盛り上がった。取材や報道の自由、国民の知る権利への侵害が懸念される中、石井氏は別班に関する報道で一石を投じたい考えだったが、秘密保護法は反対が根強い中、13年12月6日に成立した。

特定秘密保護法で取材環境は厳しさを増すばかり

――6日で特定秘密保護法の成立から5年を迎えます。

当時は本当に残念で、悲しい思いがしました。安倍晋三政権の下で“いつか来た道”をまたたどっているなと言う気がしました。無力さも感じました。

秘密保護法は、権力側が恣意的に特定秘密に指定できるわけです。そうされると、記者はどうしようもない。防衛省の取材がやりにくくなったのは間違いない。法成立前と比較できる我々年寄りの記者にとっては、あきらかに取材がしにくくなった。

保護法ができてから取材に行くと、「ちょっと待って。それ特定秘だ」って言われると、言葉が繋げないんですよ。取材を完全に拒絶する決めゼリフです。

――取材拒否はおかしいと声を上げるのも難しくなった。

前提として、国は別班という存在自体を認めていないので、特定秘密になっているはずがありません。ただ、秘密保護法が出来る前だから取材をして記事を出すこともできたけど、成立後の今となっては、無理じゃないかと思います。

防衛省全体の雰囲気として、保護法ができてから非常に取材がやりにくくなった。今だったら別班の取材はできなかったと思います。

秘密保護法は、取材に対する無形のプレッシャーになっています。逮捕されるなら「真実を求めたジャーナリスト」としてヒーローになれるからいいんでしょうけど、本当に私たちが怖いのはガサ(家宅捜索)です。

会社に置いている取材メモを捜査機関に持っていかれたら終わりなんです。ニュースソースを守れないのです。ガサへの恐怖もありますし、常に秘密保護法で有形無形のプレッシャーを受けています。

――メディアも過渡期にあります。新聞からウェブ、スマホへという媒体の問題ではなく、そもそもの若者のニュース離れが言われる中、調査報道的な読み物はインパクトが大きい。

新聞記事の背景には、相当な無駄があるんです。今回の取材は5年半かかりましたが、相当な時間と取材費を使って、もしかしたら1行の記事にもならないかもしれなかった。そうしたことをやらせる体力が新聞、通信社に無くなりつつあるのは危機感を持っています。

それが出来なくなるとしたら、どこがやるのか。テレビ、ウェブメディアが出来るのかというと、どうなのでしょうか。ものになるかわからない調査報道は相当の余裕がないと出来なくなってしまっている。

メディアが権力監視型の調査報道をやる余裕はなくなりつつある

――若い人には何を感じてほしいですか。

聞屋(ぶんや=新聞記者)は古い言葉だし、ジャーナリストは自分で言うのは格好悪い。新聞記者を目指すなら、権力監視型の調査報道が一番価値があって、やるべきものだと思います。

新聞・通信社でそういう余力がなくなりつつある中で、いったいどうすべきか。アメリカでは、オンラインニュースの「プロパブリカ」がピュリッツァー賞を受賞しています。日本もそういうメディア環境になって行くのでしょうか。

――国の見解では、今も別班は存在しないことになっている。今後も追い続けるのでしょうか?

政府が別班の存在を認めて、しかるべき公然の組織になるまでずっと追い続けます。今、57歳なんで、定年まで残り2年。残り少ない記者人生ですけど(笑)。

 

石井暁(いしい ぎょう)

1961年生まれ。慶応義塾大学文学部卒業。85年に共同通信社に入社し、岡山、浦和(現・さいたま)、横浜支局を経て、94年から社会部。長く防 衛庁(現・防衛省)を担当し、安全保障問題を中心に、自衛隊のルワンダ難民救援活動、環太平洋合同演習(リムパック)、北朝鮮不審船事件、北朝鮮ミサイル 発射・核実験などを取材。月刊誌『世界』(岩波書店)にも寄稿してきたほか、別班を扱った調査報道の手法を伝える活動にも取り組んでいる。

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