「こんまり」こと近藤麻理恵は、「片づけ」プロフェッショナルとして、世界で最も知られる日本人の一人となりました。麻理恵さんの世界進出の戦略を手掛けてきたのがプロデューサーであり夫でもある私、川原卓巳でした。初めて書き下ろした書籍『Be Yourself』では、麻理恵さんと二人で歩いてきた「自分らしく輝く」ための道のりをご紹介しています。
今回は麻理恵さんや僕と同じように「捨てる」「手放す」ことに独自の美学を持っている寺田倉庫の前社長兼CEO(最高経営責任者)の中野善壽さん。著書『ぜんぶ、すてれば』にも書かれてある「捨てる」哲学が人生を豊かに生きるコツと話す。今回はその前編(構成:宮本恵理子)。

川原卓巳さん(以下、川原):寺田倉庫を経営改革し、天王洲アイルをアート街に変えた中野さん。著書『ぜんぶ、すてれば』を読んで深く感銘を受けたので、お会いできてとても嬉しいです。余計なものを削ぎ落として、本来の自分の価値を見つめて、大切に育てていこう。そんなメッセージを込めて僕は『Be Yourself』という本を書いたのですが、まさに中野さんがやってきた経営改革、人生の積み重ね方は僕のモデルです。

中野善壽さん(以下、中野):ありがとうございます。若い人に響いたのでしたら嬉しいですね。川原さんはおいくつですか。

川原:36歳です。

中野:いいですね。僕はいろんな世代の友人が多いのですが、40代後半から60代くらいの世代はすっかり諦めちゃっている人が多いんです。うまくいかないことを他人や世間のせいにして自分を慰めている。

確かに、苦労して頑張って学校も出て仕事も頑張ったのに「なんでこうなっちゃうの?」と失望する気持ちも分かるけれど、「すべては自分の気持ち次第で、因果応報なのだ」と気づかなければ、人生は進んでいかない。「世間の評価も目標も何もかも捨てていい。大事なのは、今、ここにいる自分の気持ちだ」 というメッセージを僕が発しているのは、他責でがんじがらめになっている人たちへの激励のつもりなんです。

川原:僕らの先輩世代には素晴らしい方々も多いのに、後ろ向きな気持ちのまま滞っているのはもったいないですよね。

中野:その点、今の20代・30代にはパワーがある。うつむきがちな世代の上に立って、「自分たちが超えなければならないんだ」という気概がある。この世代がうまくまとまっていけば、日本は変われる可能性が高いと希望を持っています。

ちょっと抜けているくらいが
ちょうどいい

川原:大先輩がそう言ってくださる のは、心から嬉しいです。僕たちの世代は生まれた時から不況続きでしたし、社会人になってからもおいしい経験はしてこなかった。だから楽観もしなければ悲観もしないけれど、このままでいいとは到底思っていない。自分たちの子どもの世代に、同じ社会を受け渡したいとは全然思えないんですよね。

最近は同世代が一部上場企業の社長になったり、国会議員になったりと、世の中のリーダーシップをとれるようになってきて、斬新な改革に挑もうともしている。でも、その時に壁になるのがやはり上の世代で……。中野さんのような立場の方が「いいから、若いやつらに任せておけ」と言ってくださるのが、本当にありがたいです。

中野:今、30年後の世界を予測す るデータを集めているところなんですけれどね、おそらくその頃には土地に根付いた国という概念はなくなって、散歩する感覚でアジアと日本を行き来するようになるでしょう。そんな未来への転換を、今の20代・30代は難なくできるはずです。40代以降の世代にも、もちろん果たせる役割はある。要はそれぞれの 役割を自覚して、それ以外のものを手放せるかが大事なんですよ。

中野さんの秘書:これ(襟の乱れ)、どうします? 整えましょうか?

中野:あまりちゃんとし過ぎないほうがいいんじゃない? 人は完璧に整えるより、ちょっと抜けているくらいがちょうどいいんだから(笑)

川原:いいですね、その抜け感。チャーミングですし、その姿勢に共感します。大人がちょっと抜けた姿を見せてくれると、僕らはホッとできます。

中野:僕はチャームポイントだらけですよ。例えば、お菓子の袋を開けるとき。年を取ると力を入れないと開けられないので、ついフルパワーでやっちゃって盛大に中身をこぼしちゃう(笑)。

川原:全部完璧にされると、周りはとっつきづらくなってしまいますからね。

中野:ファッションもそう。きちんとした上で、あえて崩す。人と会う時は、鏡の前でちゃんと服装を整えて、頬の筋肉も下がっていないかチェックした上で、30分くらいは普段通りに過ごす。ちょっと崩したくらいが、愛嬌があるでしょう。

作り込みすぎないほうが
ホンモノを伝えられる

川原:極意ですね。「作り込みすぎないほうがいい」というのは、僕もNetflixで番組制作をする際にも強く意識している点です。僕らの番組はドキュメンタリー形式なので筋書きがありません。しかし、コンテンツとしては面白くしたいし、「片づけで人生が輝く」というコアメッセージは確実に伝えたい。

では何をするかというと、“整えて、手放す”。テーマに合う人選やスタッフワークといった事前準備は完璧に設定するけれど、いざ撮影の現場に入ったら何も手を加えない。片づけを体験する家族がありのままの自分をさらけ出せるように、カメラも、照明も、録音も余計な手出しをしないように細心の注意を 払う。

すると、“らしさ”が画面ににじみ出てくる。本当の姿が表現できる。その結果、2019年にはNetflixで配信されたリアリティショーの中で世界で一番視聴された番組に選ばれるという栄誉をいただきました。

中野:「本物のらしさを映し出す」という姿勢にはまったく同感です。

失敗は、成功のための準備
そう思えば何も怖くはない

川原:世の中に流れる嘘の多さに、 みんな気づいているけれど続けているのはおかしいという違和感があるんです。「こうあるべき」「こういうものだから」に縛られて、本当はあるはずもない “正しさ”を追いかけて、みんなが自分自身を見失っている。だから「目が死んでいる」なんて言われてしまうし、生身の人間らしさが感じられない社会になってしまう。もっと枠を外れて、失敗してもいいじゃないかと言いたいです。

中野:そもそも、失敗の定義は人それぞれ違うはずです。だから自分の物差しを変えれば、失敗と思っていたものもそうではなくなる。小さなことでも成功と思えば成功です。すべては自分が評価することであって他人が決められることではありません。それも失敗は、成功のための準備だと思えば何も怖くはないでしょう。

川原:心配するより動きだせ、ということですね。(後編に続く)

[DIAMOND online]