高齢の人が読むと悔しがる、若い人は知っておくべきお金の話
これから、お金の話をします。
と聞いて、もう身構えた人が多いと思います。また「老後2000万円」の脅しか、と。そもそもお金の話は、多くの日本人が苦手としています。昔ば なしを読んでいても、お金持ちは「悪」であるかのように描かれることが多く、どうも私たちの潜在意識に「お金もうけ」は恥ずべきこと、卑しいことという価値判断が刷り込まれているようです。
確かに、お金もうけのために生きることは愚かなことです。お金を多く持っているからといって、持っていない者を蔑むこともまた愚かなことです。し かし、だからといって、お金に関して無関心でいてよいのかといえばそんなことはありません。むしろ、お金に人生を支配されないようにするために、お金の性質を知っておくことはとても大事なことだと思います。
貯蓄がなくても、日々ご飯が食べられて、寝る場所があればいい。そういう価値観を否定しようとは思いませんし、私もそれに近い感覚を持っています。しかし、自分の愛する人が病気に倒れたときに、お金が理由で望む治療が受けられないということがあるかもしれません。子供が才能を開花させ、大きなチャンスをつかもうとしたときに、やはりお金が理由で機会を与えることができず子供に諦めさせなければならなくなるかもしれません。その時に、悔しかったり悲しかったりするとしたら、それはお金に人生の一部を支配されてしまったということです。「お金もうけ」というと、どうもぜいたくをするためのものと受 け取ってしまいがちですが、そうではなく、お金を理由に望む選択肢を諦めなければならないような状況を少しでも避けるための「方法」の1つと捉えるべきで はないでしょうか。
では、人生の「取れたかもしれない選択肢」を失わないために、お金をどうためるか。多くの人は、これを足し算と引き算で考えます。
収入(稼いだお金)-支出(使ったお金)=貯蓄(たまるお金)
小学校低学年でも分かる数式であり、シンプルで、圧倒的に正しいですね。貯蓄を増やすためには、収入を増やす、支出を減らすという2つの方法があります。
このサイトの読者の多くは仕事を抱えていて、そのまた多くが会社や団体を経営したり、勤務したりしています。とすれば、収入を増やす方法として は、より高い給与がもらえるところに転職する、副業する、雑収入を得るなどの方法があり得るでしょう。支出を減らすためによくいわれるのは、家計簿アプリなどの利用による「見える化」で変動費に自覚を持ちつつ無駄を省き、毎月かかっている固定費を見直して不要なものを切り落としていくという方法です。体重も毎朝測るだけで痩せるといいますが(加齢のせいか、私の体重は最近は落ちなくなっていますが……)、出ていくお金についてその動きが数値として見えるよ うになるだけで、身銭を切るという実感が得られ、無意識に無駄遣いを抑制するような心理的な効果が生まれるものです。
ただ、今日説明したいのはこの足し算(収入増)や引き算(支出減)の話ではありません。掛け算の話なのです。
また画面の前で身構えた方が多いのではないでしょうか。そうです。「投資」について話をします。世の中、うまい話はない。絶対にインチキだ。……というその感覚は危機管理的には有用ですが、つかの間それは封印してこの記事を読み進めて みてください。これから説明するのは、魔法のように必ずもうかるというものではありません。一方で、投資は恐ろしい、堅実に生きるためには貯金が一番とい う話でもありません。世の中には、多くの人たちが失敗を重ねる中で知恵として確立された、もう疑う必要のない「失敗しにくい投資の考え方」というものが確立されています。それだけは知っておいてもらいたい、と思って書いていきます。
この記事では、個別の商品を推奨するようなことはないので、具体的な商品についてはご自身で調べていただくことになります。大事なのは、投資というものの考え方の根幹を理解することです。そこをつかんでおけば、魅力的に勧誘してくる商品の数々が顧みる必要のないものであることがおのずと分かるよう になると思います。
ちなみに、この記事は2万文字以上あります。情報の断片ではなく、考え方を丁寧に説明しようと試みたためです。お忙しいみなさんに「最後まで読んだらがっかりだった」と思われては残念ですので、以下にどんなことが書いてあるかを箇条書きで示します。あなたの関心のアンテナに何かが触れたら、ぜひ読み進めてください。特に、若い人たちにとっては、自分が持っている意外な「武器」に気づくことができる内容になっていると思います。
- お金には値段があり、「時間」によって決まる
- あなたが働くだけでなく、お金を同時に働かせるべき
- でも、忙しいあなたには投資案件の精査なんてできない
- 投資信託を長期・積み立てで買うのがよい理由
- 知らないと絶対に損する「複利」の威力
- インデックスかアクティブか、投資信託をどう選ぶ?
- 資本主義の可能性を信じるなら市場全体を買えばいい
- 年齢別「老後2000万円」のための毎月投資額
- 20歳なら毎月1万4000円
- 人間はみな死ぬ、だからお金が生まれた
また、記事中には上にすでに掲げましたが、黒板の板書のように記事の要点をまとめて掲載しています。ざっとその板書に目を通して、もう理解していると思うところは飛ばし、関心があるところだけお読みいただくのもよいと思います。
あなたは10万円をいくらで買いますか?
お金には、値段があります。
えっ?当たり前だろう。と誰もが思いますよね。1000円札の値段は1000円に決まっている、と。しかし、10万円に10万1000円という値段が付くことがあります。これがお金の不思議なところです。この不思議な値段は、そのお金を扱える「時間」によって決まります。
私が10万円持っていたとします。これを、ラーメン屋さんを開業したいがお金が足りずに困っているAさんに貸してみます。1年間は返さなくていいよ。その代わり1年後に1000円足して返してね。そういう約束をしたとします。10万円が10万1000円で売れたということです。この1000円を 「金利」といいます。1年間で10万円に対して1000円の金利が付いたので、年利(1年間の金利の割合)は100000÷1000=0.01なので、 1%です。一方、Aさんから見ると、1年間という期間、この10万円を扱う権利を1000円で買ったということもできます。このように、期限付きでお金を 扱える権利=期限まで返さなくてよいことの利益を「期限の利益」と呼びます。
なぜAさんは期限の利益を確保するために1000円を払い、10万円を10万1000円で買ったのか。それはAさんがその時点で10万円というお 金を持っていないからであり、かつ、10万円というお金があればそのお金を元手として新たなお金を稼ぎ、1000円以上の利益を生めると判断したからです。Aさんは10万円で調理器具や材料や食器を買って、ラーメンを作り始めます。1杯200円の原価のものを500円で売れば、300円の粗利益が出ま す。1日50杯出れば日商1万5000円。ここから自分の給与を引いて出た利益から、1年後に1000円を捻出して私に返してくれるというわけです。もう その頃には、ラーメン屋さんは軌道に乗っていることでしょう。
1人で店が回らないならアルバイトを雇う必要もあるでしょうし、そもそも家賃はどうしているんだという疑問も当然出てきますが、あえて単純化するために乱暴な計算をしています。この例で押さえていただきたいことは、以下の2つです。
- 私は使うあてが当面なさそうな10万円を持っていた
- Aさんはラーメン屋さんを開業したいという夢を持っていたが仕入れに必要な10万円がなく始められずにいた
私自身は、もうすぐクレジットカードの引き落としが15万円かかるが10万円しか銀行口座にないとか、給料日にお金が出るまでうどんで食いつなが ないとまったくお金がないとか、そういう状況にはなく、10万円という金額を、当面使うあてのないお金として持っていました。私に才覚やアイデアがあれば この10万円で何か商売を始めればいいのでしょうが、それもありませんでした。一方でAさんは、他店で十分に修業して、おいしいラーメンを作る技を身に付 けていたし、開業して独り立ちしたいという意欲もありましたが、お金がありませんでした。
私は、使うあてのない、ちょっと余っていたお金を貸して、対価として1年後に1000円をもらう。Aさんはお金を手に入れて「期限の利益」を活用してラーメン屋さんを始める。両方が得をしました。これが、最も原始的な「投資」というもののかたちです。
その1年間、私は私でサラリーマンとして働き、その対価として収入を得ます。「時間を費やして収入を得る」ことを「稼ぐ」「働く」と呼ぶのであれば、私の手元から離れた10万円もまた、Aさんの下で1年間働き続けて1000円を稼いだとも言えます。つまりこの1年間、働き手は私とお金の「2輪」に なりました。投資とは、お金を働かせることでもあるのです。お金のために、ではなく、お金が、働くのです。
そして、お金を働かせることによって、Aさんはラーメン屋さんを開業するという夢を果たすことができ、おなかが空いた人たちにあたたかくおいしい 一杯を提供して満足してもらうことができるようになりました。Aさんは、ラーメン屋さんで稼いだお金で家族を養っていくことでしょう。私は1000円がほ しく、Aさんも生活を立てたいと願っていただけかもしれません。しかし、その二者の間にお金というきっかけが一滴もたらされたことで、世界が、小さくかも しれませんが確実に変わりました。これが、資本主義が世界を昨日より豊かに塗り替えていく原動力です。
最初に挙げた式に戻ります。
収入(稼いだお金)-支出(使ったお金)=貯蓄(たまるお金)
ここで収入として想定しているのは、自身の労働の対価です。しかし、私だけでなく、私のお金も働けるということを説明してきました。式をこう改めるべきですね。
収入(自分で稼いだお金+お金が稼いだお金)-支出(使ったお金)=貯蓄(たまるお金)
投資案件のリスクを見極めるなんて無理
お金が勝手に働いてきてくれる「投資」。しかし、当然のことながらうまくいかないこともあり得ます。Aさんが開いたラーメン屋さんは立地が悪く、 想定通りにお客さんが集まらないかもしれません。食中毒を起こすかもしれません。Aさんが体を壊してしまうかもしれません。雇ったアルバイトの従業員が、 食材を弄ぶ動画をYouTubeで公開してしまうかもしれません。もっとひどいことに、Aさんにはそもそもラーメン屋をまともに開くつもりはなく、お金を 集めて散々使った揚げ句に逃げてしまう詐欺師だったということもあるかもしれません。
結果として事業継続が困難となりAさんが破産した場合、私は1000円という金利を得られないばかりか、10万円の元手をも失う可能性もあります。
これが投資のリスクです。10万円を1年間貸して得られる1000円は、Aさんから見れば上記の通り「期限の利益」への対価ですが、私から見れば1年間はその10万円が使いたくなっても使えない、いわば「期限の不利益」だけでなく、元 手も失うかもしれないリスクを取ったこと(リスクを引き受けることを「リスクを取る」と表現します)の代償でもあると言うことができます。
10万円を全部失うかもしれないけれど、約束が守られれば1年後に1000円増えるかもしれない。負わなければならないリスクと、得られる可能性のある利益(リターンと 呼びます)が釣り合うかどうかは、Aさんが事業を継続して利益を出すかどうかの確からしさやAさんの信用度によります。Aさんが見ず知らずの人であればま ず釣り合いません。でもAさんが、これまでも同じようにお金を借りてしっかり返しているという実績を知れば、釣り合う可能性は高まります。Aさんのお店を 出す場所や、ラーメンを作る技術、事業の計画などを知って「大丈夫だ」と思えれば、さらに高まるでしょう。「いざという時には、これを売って返します」と いうモノ(担保)を預かれば、もっと高まるはずです。
では、釣り合わない場合どうなるでしょう。たった1000円のためにAさんを信じることはできないが、1年間で5000円増えるならちょっと冒険にはなるけど貸してもいい、というようなことが起きてきます。つまり、リスクが大きければ大きいほど、釣り合わせるためにリターンは大きく設定されることになります。逆に言えば、リターンが大きく設定された投資案件は、それだけリスクが大きいということになります。「利回り10%」などとうたう投資案件の広告を見たときに、即座に「それに見合うリスクはどんなものだろう」と発想することが大切です。
投資をするためには、第1に、お金を出す案件について正しく知り、リスクの大きさを正しく把握しなければなりません。第2に、設定されたリターン がそのリスクに見合っているかを評価しなければなりません。ラーメン屋さんの事業資金を融資するという例で説明しましたが、どこかの企業の株式を買うのも、どこかの国の債券を買うのも、基本的には同じです。
ここでちょっと自分の立場で考えてみてください。一体、そんなことができるでしょうか。日々本業で忙しく働いている、投資を専業としない大多数の みなさんに、そんなことを調べて評価している時間がありますか。仮に時間があったとしても、お金を渡す相手の素性や計画について、あるいは企業が発表する 事業計画や財務状況について常に正しく理解して、リスクを評価することができますか。――できない、と思う方が大半ではないかと思います。
頑張っても、まず大半の人にはできないのです。仮にできたとしても、そのために費やされる労力は多大で、夢中になっているうちに本業の仕事がおろそかになったり、家族や友人のために使う時間を失ったりしてしまう。それはそれで、やはりお金に支配される生き方になってしまいます。
では投資を諦めなければならないのか、と言えば、そんなことはありません。
ここで登場するのが「投資信託」(ファンド)という商品です。
「同じ籠に卵は入れるな」
私たち一人ひとりは、一部のとても恵まれた方を除いて、そこまで大きな資金を動かすことができません。例えば毎月の給与から1万円投資したいとい う場合、株式は通常100株単位でしか買えませんので、1株100円以下の株しか買えないということになります。株式投資はほぼ不可能と考えてよいでしょ う。
投資信託という商品は、こうした個人の少額のお金を集めてプールを作り、株式や債券など、多くの場合複数の資産にまとめて投資してくれて、拠出し た金額に応じてリターンを得られるようにしてくれるものです。例えば1万円拠出する人が1000人集まれば1000万円になります。1000万円を拠出できる投資家と同じ力を持ってマーケットに参加し、その果実を1000人で分け合えるということになります。
投資の果実をどう受け取るかについては、大きく分けて2つの方法があります。例えば株式に投資する投資信託が、ある銘柄を買い、その株が値上がりした。あるいは株式の配当(生み出した利益の一部を還元するもの)を得たとします。投資信託には、この投資の果実を自らのお金のプールに再び入れて再投資していくものと、投資者に配当するものがあります。理由は後段で説明しますが、多くの場合、前者の「再投資型」を買うことが望ましいでしょう。
また、あらかじめ投資家に公表された方針で運用する(お金を働かせることを「運用する」 と表現します)のも投資信託の特徴です。例えば「日本の株式を買う」「バイオ分野の企業の株式を買う」「新興国の債券を買う」などの方針の商品が販売されています。この大きな方針さえ決めて買ってしまえば、投資先が適切であるかどうかの評価や入れ替えなどを専門家が代行してくれます。本業の仕事や家族との時間を費やして投資先を吟味する必要はなくなるというわけです。
投資信託を運用している会社が倒産したとしても、投資信託に投資されたお金やその準備のために置いておいたお金は運用会社自身の会計と厳しく分けて混ぜないルールになっているので影響を受けずに保護されます。銀行に預けたお金は1000万円までしか保護されない(このルールをペイオフと呼びます)ので、銀行に預けるよりも安全とも言えます。
と、よいことばかり書きましたが、投資信託は、売却時に、購入時の金額(これを「元本」と呼びます)を下回る――つまり損をする可能性のある商品です。
ただし、多くの場合、1社の債券を買う(1社にお金を貸す、と同義です)、あるいは1社の株式を買うよりも、投資先が複数になる(ことが多い)投資信託を買った方が、リスクは必ずしも小さくはなりませんが、少なくとも分散されます。例えば、あるバイオベンチャー1社が倒産したら同社の株式は紙くず同然になる可能性がありますが、バイオベンチャー30社に等分に投資する投資信託を買っていたとしたら影響は30分の1で済みます。
「同じ籠に卵は入れるな」。籠を落としてしまったら、すべての卵が割れてしまう。だから、卵を入れる場所を分散させよ。分散投資の必要性を語ると きによく引かれる箴言(しんげん)です。投資信託は、買う時にはたった1つの商品のように買えるものでありながら、しかし実際にはお金が分散投資される ――多くの場所で働かせられるように設計されているのです。
このように、もともと個別投資よりはリスクが分散されている投資信託ですが、買い方や商品の選び方にさえ注意すれば、さらにリスクを低減させていくことができます。
時間を味方につけると生まれる複利の威力
投資信託の買い方として最も推奨したいのは「長期積立」です。
この記事の前段で、「時間」によって、お金にはその額面以上の価値(金利)が生まれるという話をしました。このお金に価値をもたらす時間というものを味方につける人類史上最も強力な方法が「複利」と呼ばれる考え方です。
例えば1年間に1000円、貯金箱に入れていくとします。30年後にはいくらたまっているでしょうか。1000円×30年=3万円です。
一方、1000円を1年間働かせると10円稼いでくるとします。1年間で得られる金利が10円÷1000円=0.01なので「年利1%」です。貯金の代わりに30年間、これを繰り返したらどうなるでしょうか。10円が30回得られるので、金利の総額は300円になります。元本である1000円 ×30年=3万円も消えてしまうわけではないので、これに加えて、30年後には3万300円になります。お金に働いてもらった結果、300円もうかったと いうわけです。
しかし、こうしてみるとどうでしょう。「年利1%」で1000円を働かせ、1年後にはすでに1010円になっています。2年目には1000円ではなく、せっかく手元にあるので1010円と、新たに加える1000円を足した2010円を年利1%で働かせるのです。金利が20円得られるので、2010 円+20円=2030円になりました。3年目には、この2030円にまた新たな1000円を加えた3030円を年利1%で働かせる…といった具合に、毎年 毎年、得られた金利も加えた金額を働かせてみたら、どうなるでしょうか。
30年後には、なんと3万6000円を超えます。
お金をまったく働かせず貯金箱で寝かせて3万円だったものが、毎年1000円ずつを金利1%で働かせた後で貯金箱に入れる(このように単年度で金利を得てそれを再投資せずに蓄積させていく方式を「単利」と呼ぶ)と3万300円になり、毎年投じられる1000円も得られた金利もどんどん加えて年利1%ですべて働かせた場合(このように得られた金利も再投資していく方式を「複利」と呼ぶ)は3万6467円になりました。これが複利の威力です。
投資信託の買い方として推奨したい「長期積立」とは、この「複利」のパワーを味方につけやすい方法と言えます。
繰り返しになりますが、複利とは、時間がお金にもたらす効果です。その威力を大きくするためには、なるべく長い時間、投資を続けることが最も有用 です。時間がたてばたつほど「働くお金」が大きくなって得られる金利が増え、その金利を加えることでまた「働くお金」が大きくなっていく。この雪だるま式の効果が、時間がたてばたつほど出てくるのです。
また、上記のように投資信託には配当型と再投資型があり、後者を推奨しましたが、その理由は再投資型の方が複利効果を得られやすいからです。働いたお金が稼いだお金をまた働かせる。再投資型は、これを、投資信託の中で私たちが意識することなくやってくれる商品ということになります。
足し算、引き算ではなく掛け算で考えるという話を冒頭にしました。複利の力を使わずに積み立てれば、それは永遠にただの足し算の蓄積にしかなりません。しかしそこに、例えば年利1%だとしたら「×1.01」という小さな掛け算を加えるだけで、単年度で見れば1%増えるだけですが、時間が経過するご とに複利の効果が生まれてきます。これが「掛け算」で考える、ということの意味です。
収入(自分で稼いだお金+お金が稼いだお金)-支出(使ったお金)=貯蓄(たまるお金)
という同じ数式でも、この裏に掛け算を加えて複利効果をもたらすかどうかで、最終的な果実の大きさはまったく異なってくるということです。
時間を使って、複利の力を身に付けるべきだという理屈は分かりました。それであれば、早期に大金を一気に投じて、長い時間をかけてその元本が複利 効果を生んでいくの待っているのでもよいはずです。しかし私は「長期積立」と、「長期」だけでなく「積み立て」を推奨しました。なぜで「長期一括」ではな く「長期積立」が望ましいのでしょうか。
投資信託への投資は、これを買い戻す(現金化する)ときに損益が確定します。安い時に買って、高い時に売れば「もうかった」ということになりま す。こう聞くと「なるほど、暴落した時に買って、値上がりした時に売ればいいのか」と誰もが思うものです。実際に、株式投資などでそれで成功した投資家は たくさんいます。「億万長者(あえて定義ができないふわっとした言葉を用います)になりました」というような本を書いている人たちの多くは、売り買いのタイミングを制した人たちです。
しかしここでよく向き合っていただきたいのは、そのような本を書いている人たちは全員うまくいった人たちであり、失敗した人は一部の例外を除いて本を書くようなことがないという事実です。とすれば、彼ら・彼女らの成功事例は100万人に1人しか成功しない方法によるものなのか、あるいは10人に1 人くらいはうまくいく方法なのかが分かりません。もっと言ってしまえば、世の中には市場に参加している人数の割にあまり億万長者がいないので、どうやら成 功するのは一握りの人ではないかという推論が成り立ちます。であるのにそうした方法をまねしようとしてしまうのは「自分だけはうまくいくはずだ」というバイアスのなせるわざとしか言いようがないでしょう。
というのも、売買のタイミングは、神ならぬ誰にも読めないものなのです。値動きの グラフを後から見れば「ここで買えばよかった」「ここで売ればよかった」と誰でもすぐに分かります。しかし、グラフの最先端に立たされているとき、それま で上がっていてもこのまま上がり続けるのか、あるいは下がっていてもこのまま下がり続けるのかは誰にも分かりません。「ここが底だ」と思って上げに転じることを期待して買ったものの、ほんの踊り場にすぎず、そこから奈落の底まで落ちていくかもしれません。「バブルはもう崩壊する」と思って下げに転じることを警戒して売ったものの、そこはこれから始まる数年間の絶好調相場の入り口にすぎず、結果として、好調相場の恩恵にあずかる機会を失ってしまうかもしれま せん。
成功した人が描き終わったグラフを使って成功の要因を説明することはできますが、それを再現しようがないのです。過去のグラフの動きから法則性を見いだす「テクニカル分析」と呼ばれる手法もありますが、無数の事実と思惑が複雑に絡み合って織りなされる市場の動きを読むのは難しく、常に「想定外」の 動きに翻弄されるものです。
であるのに、一括で買ってしまったらどうなるでしょう。結果としてタイミングが悪かった場合、もう取り返しがつきません。だから、長期かつ段階的に積み立てで買うことで「時間(タイム)」を味方につけて、タイミングを誤るリスクを分散させることが有用なのです。
値下がりしたら「仕入れの好機」
投資信託というものは砂糖や塩のような粉体だと思ってください。例えば、毎月1万円を積み立てるとします。買い始めたときは、1万円で100g買 えました。しかし、残念ながら徐々に値下がりしていきます。ただ、価格が下がると、同じ金額で買える量は増えます。1万円で20g多い120gも買えるこ とになりました。その後価格は反転。今度は同じ金額で買える量が減ります。1万円で80gしか買えなくなってしまいました――。つまり、その時の価格に よって、同じ金額で買える「量」が変わるのです。
投資信託の価格が上がればうれしいのは直感的に分かると思いますが、積立投資をしていると、下がっても喜ばしく感じます。なぜなら、すでに買ったものは値下がりして価値を下げますが、これから買うものは安値でたくさん仕入れられることにもなるからです。投資家が買った投資信託の中には、1万円 120gで買った粉も入っていれば1万円80gで買った粉も入っていて、混ざっており、安い価格で買えた期間が長ければ長いほど袋の中の粉全体の単価がじわじわ下がっていきます。いざ値上がりしたときのもうけが大きくなっていくということです。
このように、単価が変動する商品を定額で、量を変えて買い続ける購入法を「定額購入法(ドル・コスト平均法)」 と呼びます。定額購入法が購入単価を総体として引き下げる効果があると考える人もいれば、単に気休めで、せっかく元本があるのに積み立てで買うために手元 のお金を遊ばせておくのは愚かだ、「時間」の効果をなるべく長くもたらすために一括でいいのでお金を早く市場に参加させた方がよいと考える人もいます。
いずれが正しいかはここでは断じませんが、定額購入法に懐疑的な人も認める「気休め」の効用も、投資心理に及ぼす影響という意味では小さなもので はないと思います。一括で大金を投資してしまったら、タイミングが正しかったかどうか、そのお金が増えるかどうか気になって仕方がありません。仕事や休暇の合間に頻繁に値動きをチェックしては一喜一憂することになるでしょう。前にも述べましたが、それではお金に時間=人生を支配されてしまいます。一方、定 額購入法で、タイミングを一切測らず自動的に淡々と買い続ける積み立て設定をしておくと、いつ買うのかを意識することもなくなります。お金の動きを気にして一喜一憂を強いられるコスト・リスクから解放されるということです。
プロの目利きを信じるか、目利きを最初から諦めるか
「買い方」に続いて、投資信託の「選び方」も考えていきましょう。
「選び方」と言っても「大きくもうかるものをどう選ぶか」というような話ではありません。投資信託は、そもそももうかったり、損したりするもの。 そのリスクを踏まえ、長期積立方式で買うという前提のうえで、短期的には価格が上下したとしても、長期的にならすとおしなべて「小さな掛け算」を重ねることができた――もう少し具体的に書くと、平均年利が小さくてもプラスになった、と振り返ることができるような商品をどう選ぶか、ということが大切になって きます。
投資信託には、大別して「インデックス・ファンド」と「アクティブ・ファンド」と呼ばれるものがあります。まずこの2つの性質をよく知っていただきたいと思います。
株や債券(借金)、不動産投資信託(REIT)など、様々な金融商品が「市場(マーケット)」 で取引されています。市場がなければ、売りたい人は買いたい人を自力で見つけてマッチングしなければなりません。また、相手が本当にお金を払ってくれるの か、信用できるのかなどを逐一調べなければなりません。これでは不便で、誰も活発に取引しようという気持ちになりません。そこで、誰もが取引に低コストで 公平かつ公正に参加できるようなルールと場がつくられました。これが市場です。
一般に、投資信託は、投資した人たちが出したお金を集めて、投資家たちを代表して(あるいは代行して)この市場で株式や債券を買います。このとき、どのように買うかによって上記の2種類に分かれます。
アクティブ・ファンドとは、その投資信託で株式や債券などを売買する担当者――ファンド・マネジャーと呼ばれる人たちが、「成長性の高い中小株を狙う」「スタートアップなどに先行投資する」などのポリシーを元に、その目利きにかけて投資先を吟味して決定する投資信託です。
一方のインデックス・ファンドとは、そうした個別銘柄に対する目利きに頼らず、ひたすら「インデックス(指数)」と呼ばれる数字の動向に連動するように機械的に売り買いされる投資信託です。
例えば株式市場の場合、1社1社の株価は「新製品の開発が終わったのでこれからもうかりそうだ」とか「つぶれそうだ」とかそれぞれの事情で値動きしますが、それらを見ても市場全体が好調なのか不調なのかが分かりません。そこで、多くの企業の株価の値動きを集計し、総合することで、市場全体の動向を 知るための指標としたものがインデックスです。インデックスの1つである「日経平均株価」は、東京証券取引所に上場する255社の株価から計算されます。 「東証株価指数(TOPIX)」は、同じく東証に上場するすべての会社の株価から計算されます。「ダウ工業株30種平均(ダウ平均)」はニューヨーク証券 取引所上場の30社の株価から計算されます。例えば日経平均株価に連動するインデックス・ファンドは、日経平均株価が上がれば価格が上がり、下がれば下がるように市場で株式を売り買いします。株式だけでなく、債券など様々な市場にインデックスはあり、それに連動するインデックス・ファンドがあります。
資本主義の可能性を丸ごと買うということ
近年は「アクティブ・ファンドよりインデックス・ファンドを買う方が正しい」という論調が強くなっていますが、いずれがよいかということについては様々な意見があるし、半ば神学論争になることもあるのでここで断じることはしません。ですが、買うべき投資信託を探すためには、少なくともこの2つの ファンドの性質の違いはよく理解しておく必要があります。
インデックス・ファンドの考え方は「目利きを諦める」というものです。例えば TOPIX連動のファンドは、極端に説明すると、東証に上場するすべての企業の株式を購入して保有します。そして各銘柄の値動きに応じてそれらを売買し、 その株価の総和の値動きをTOPIXの値動きに追随させることを目指します。東証には、よい会社も上場していますが、そうでない会社も上場しています。イ ンデックス・ファンドは、そこに対して目利きを発揮するという発想を捨て、いわば東証1部の株式市場を丸ごと買うのです。ダメなものもよいものも入ってい るけれど、市場全体の成長によって価格が上がっていけばよいという考えに立ちます。個人投資家がこれをやろうとすると莫大な資金が必要になるので事実上で きません。みなでお金を出し合ってプールをつくることで、「全部買っちゃえ」を実現するのがインデックス・ファンドの特徴です。
一方、アクティブ・ファンドは正反対で、ダメな企業も入っているのに市場全体を買うのは効率が悪いという考えに立ちます。購入する銘柄について分析し、場合によってはファンド・マネジャーが経営者に会って考えを聞いたり生産設備を自分の目で見学したりして、本当に買ってよいかを判断します。「目利きこそが命」です。
上記を比べればお分かりいただける通り、アクティブ・ファンドの方が、独自の調査や判断を伴う分、インデックス・ファンドよりも手間がかかりま す。結果として、高コストになります。このコストは、保有している投資信託の額に応じてかかり続ける「信託報酬」というランニング・コストとして投資家に転嫁されます。この点では、インデックス・ファンドの方が有利です。
一方で、敏腕のファンド・マネジャーの絶妙な「目利き」がバシッと決まれば、本当は実力があるが現在価格の安い銘柄、つまりお得な銘柄を選んで購入することで、インデックス・ファンドよりも大きくもうけることができる可能性があります。市場全体が下がっていたらインデックス・ファンドは必ず下がりますが、アクティブ・ファンドは、ダウントレンドの中でも巧みに例外やひずみを見いだしてその流れにあらがうことができるかもしれません。また、市場全体 が伸びているときでも、インデックス・ファンドは指数で表される市場の平均より大きくもうけることはできませんが、アクティブ・ファンドであればさらに大きく稼ぐことができるかもしれません。
いずれも、元本を割り込むような価格下落のリスクはあります。違うのは、インデックス・ファンドが常に市場の平均以上にもうからず、平均以下に損 しないのに対して、アクティブ・ファンドは、目利きの力や判断力によっては市場の平均と無関係な値動きを実現できる、という点です。
多くの主要な株価のインデックスを見ると、折に触れて上下し、時にバブルとして飛躍したり暴落したりしながらも、大きなトレンドとしては上がり続 けていると評価できるものが多そうです。それはすなわち、その株式市場を擁する経済圏が成長を続けているということを意味します。ある国や地域の市場を見たときに、個別企業の浮き沈みはあっても、その国・地域の経済の総体がこの先も豊かになり続けるとすれば、短期的な変動はあっても、長期的にはインデック スは上がることになります。インデックス・ファンドを買うということは、その国や地域の経済全体が成長し続ける――言い換えれば、資本主義が稼働し続ける可能性を買うということです。
一方、アクティブ・ファンドを買うということは、自分の手元のお金をどう働かせるかを決めるファンド・マネジャーの才覚を買うということです。先 述のように、多くの人には投資案件の一つひとつを評価することは現実的にはできません。それを代行してもらうために投資信託を買うのです。比較のうえで高 コストとなる以上、市場平均(インデックス)よりも大きなリターンが期待されます。実際に、日本株を扱うアクティブ・ファンドにはTOPIXを大きく上回る成績をたたき出しているものがたくさんあります。
前段の話を思い出してください。自分以外にお金にも働いてもらうことで、稼ぐ力を増やすことができます。ただし、お金にどこでどう働かせるかを正 しく判断しないと、出稼ぎに出したお金が戻ってこなくなるリスクがあります。しかし、本業が忙しい、家族や友人との時間を犠牲にしてまでお金もうけのことを考えたくないという人に、お金の働くべき場所について分析したり判断したりする時間はありません。それを丸投げできるのが投資信託という商品でした。アクティブ・ファンドを買う道を選んだ人は、その判断をファンド・マネジャーの目利きに委ねたことになり、インデックス・ファンドを買う道を選んだ人は、その判断を放棄して市場全体を買うことを選んだことになります。
前にも述べたようにいずれを推奨するかは書きません。ただ、複利という時間の力を味方につけようとするならば「長期積立」という買い方が推奨されると書きました。この長期積立と相性がよいのは、概してインデックス・ファンドの方だとは言えそうです。
インデックス・ファンドは「低コストで運用し、(市場平均より)大きくはもうからないが(市場平均より)大きく損もしない」というものです。そして「短期的には上下するが、市場全体が成長している限りにおいて長期的には値上がりする」という性質もあります。小さなもうけの掛け算を長い時間かけて繰り返していくことで複利効果を生んでいこうという投資スタイルには、この性質はよく合います。
一方でアクティブ・ファンドは「コストをかけてでも(市場平均より)大きくもうけよう」というものです。例えば、独自の嗅覚や観察眼で企業の本質を見抜くようなファンド・マネジャーがいる投資信託があったとすれば、確かに市場平均に対して勝てるかもしれないし、そのリターンは信託報酬コストを上回るものになるかもしれません。ですが、そのマネジャーが転職や引退で抜けてしまったらどうなるでしょうか。引き継ぐ人が同じパフォーマンスを出せればよいですが、そうでなかったら勝率を落としていく可能性もあります。「長期」で買えば買うほど、いずれそうしたリスクに直面する可能性が高まっていくことになります。このリスクもまた、コスト(信託報酬が高いということ)に並ぶアクティブ・ファンドが抱える弱みの1つです。
もちろん、強力なファンド・マネジャーが率いていて、かつそのポリシーを企業文化や仕組みとして定着させつつ後継者に権限移譲もできているようなアクティブ・ファンドもあります。そうした投資信託であれば、長期積立投資をしてもよいと考える人もいるでしょう。また、目利きの価値(が生むリターン) の方がコストの大きさよりも大きいと信じるなら、納得したうえでアクティブ・ファンドを買うという選択肢は十分にあり得ます。
大事なのは、アクティブ、インデックスそれぞれで想定されるリスク・コストと期待されるリターンを知り、理解し、評価してから選ぶということだと思います。
国すら選ぶのが面倒なら「全世界型」を買えばいい
では、その2種の投資信託の中で、どのように商品を選べばいいでしょうか。個性の明確なアクティブ・ファンドはファンド・マネジャーの思想やポリ シーに共感したり、その手腕を信用したりして選ぶことになるでしょう。一方で、インデックスに連動して機械的に売買され、個性に乏しいインデックス・ファンドは、何を基準に選んでよいか分からないと感じるかもしれません。しかし、選び方は単純です。原則は「インデックス・ファンドを買うなら、最もインデックスらしいものを選べ」となります。繰り返しますが、インデックスは個別銘柄の目利きを諦め、市場全体の成長を低コストで買う商品です。だから、含まれる銘柄の構成が最も「市場全体」に近い商品、最もコスト(信託報酬)の安い商品を選ぶとよい、というのが結論になるわけです。
例えば日本経済の成長を買いたいとすれば日本株のインデックス・ファンドを買うことが選択肢になりますが、先に述べたように、日本の株式市場には 「日経平均株価」と「TOPIX」という2つのインデックスがあり、それぞれに連動した投資信託が販売されています。どちらを買うべきでしょうか。上記の考えに基づくのであれば、TOPIX連動がよいということになります。なぜなら、前者は上場企業のうちわずか225社の、後者はすべての上場企業の株価を 基に算出されており、後者の方が「市場全体」に近いからです。
同じインデックスに連動する投資信託が複数あれば、コストの安い方を選ぶとよいでしょう。高い信託報酬は毎年得られる金利を侵食し、複利を生む「小さな掛け算」の力をそいでしまいます。そもそも期待リターンが大きくないインデックス・ファンドにとっては天敵です。また、投資信託には、残高に対して一定の割合で課される信託報酬に加えて、購入時には「販売手数料」、売却時には「信託財産留保額」 として、やはり手数料のようなものを取られることもあります。その率もよく見極めましょう。朗報としては、近年は競争が激化し、購入時・売却時の手数料が 無料の商品、信託報酬が極めて低コストの商品が増えています。ただし、古い商品には高コストのものも多く、しかも販売され続けていることが多いので、購入 時に信託報酬・販売手数料・信託財産留保額の大きさは必ず比較するようにしてください。0.01%でも低いものを選ぶことが大切です。
「個別企業の業績は見通せないが、ある国の市場全体は成長するだろう」という発想を突き詰めていくと「各国の成長は見通せないが、世界全体は成長するだろう」という発想に近づいていくかもしれません。
最近は、世界の主要株式市場それぞれの株式を時価総額の比率に応じて持ちつつ、各市場の動きに応じて売り買いしながら、世界主要市場の成長、すなわち世界の経済成長を買っていこうというインデックス・ファンド(「全世界株」などと呼ばれます)も低コストで登場しています。企業どころか、国も選びたくない、選ぶ知識も時間もないというような人は、こうした商品から買ってみるとよいかもしれません。国には栄枯盛衰があるが世界経済全体として成長し続けるのであれば、短期的には世界同時不況があって暴落したり世界的なバブルで膨張したりしつつ、上下しながら、長期的にはゆるやかに価格が上がっていくことになるはずです。
いくら積み立て投資すれば老後に2000万円たまる?
ここまでの理屈を振り返りましょう。投資案件について判断する目利きの力がなくても「投資信託」を買えばいい。インデックスで市場全体を買った り、アクティブでプロの運用に委ねたりできる。買うアクションは単純でも投資先を複数に「分散」できるため、リスクを抑えられる。短期単発で買うよりも、 複利の力を味方につけやすい「長期」で、かつ定額で「積み立て」で買う方がいい。インデックスの方が長期積立と相性がよい傾向がある。こうした話を進めて きました。
考え方は理解できたとして、では、具体的に、例えば老後の資金として2000万円をためるには、毎月どれだけ積み立てればいいのでしょうか。
…と、考えてしまうことが、もうお金に支配されてしまっています。いくら投資すべきか、と考えるべきではありません。いくら投資できるか、でよいのです。冒頭の例で挙げたように、当面、使い道のないお金を貯金箱の中で眠らせるのであれば働いてもらいましょう、というのが基本的な姿勢です。
例えば、大きな額のクレジットカードの引き落としがあるのに、あるいは何らかのアクシデントに遭遇してお金で解決できるのに、投資したがゆえに手元にお金がなくなり、金策に走ったり選択肢を諦めざるを得なくなったりするのは本末転倒です。毎月これだけ投資しなければと血眼になって、会いたい人に会う機会を減らしたり、見たい映画のチケットを買うのを無理にやめたりする必要もありません。
最適な投資額を割り出すために踏まえておきたい大切な考え方が3つあります。1つは、自分の生活におけるお金の流れを把握することです。多くの場合、お金は毎月、給与などの収入があり、ATMからお金を引き出して現金で支払ったり、電子マネーやクレジットカードの利用額が引き落とされたりして支出 されます。この流れを絶やさないために、どれだけのお金(生活資金、企業経営では運転資金と呼ばれます)が必要かを知ってください。収入と支出のバランスがそれなりに取れている場合、おおむね、生活資金は収入の1カ月分ほどあればよいのではないでしょうか。この金額は、常に現預金として抱えておく必要があり、投資に費やすべきではありません。
もう1つが、非常時への備えの資金を用意することです。会社が立ち行かなくなり、 給与が出なくなるかもしれません。家族が病気になり、保険がおりるまで一時的に治療費を払わなければならないかもしれません。時折発生する可能性があるこうした突発的な資金需要を満たせる金額も投資に用いるのはやめた方がよいでしょう。毎月、上記の運転資金だけ残して投資し、かつかつに家計を回していると、例えば会社を辞めたいといったときにその選択肢を諦めざるを得なくなることにもつながります。それもまたお金に支配されるということです。
この非常時の資金がどれだけ必要かは、個々人の事情によって大きく左右されるので一概には言えません。実家住まいの独身で、食事や光熱費を親に助 けてもらえるならほぼゼロでよいかもしれません。家族を養っていて、子供を私立の学校に行かせているようなケースでは、かなり大きく設定する必要があるで しょう。
3つ目が、何を我慢すべきかを見極めることです。無駄な支出を減らして、余ったお金を投資するわけですが、何を無駄と判断するかは意外に難しいものです。大事な家族と一緒に旅行を楽しむこと。久々の友人と一献酌み交わすこと。読みたい本や聴きたいCDを買うこと。こうしたことは、一見、使えば何も 残らない「消費」行動に見え、であればこれを使わずにそのお金を働かせた方がよいとも思えます。しかし、家族や友人との時間は、ある価値観では、そのために人生があるというほど大事なものかもしれません。消えてしまうように見えても、お金を使った代わりに、あなたのバランスシート(資産)にかけがえのない 思い出が計上されています。
本やCDを買うのもただの消費に見えますが、本を読み、何かを学ぶことで自分が成長し、仕事に役立つのであれば、それは自分という資本を強化したということになります。お金を働かせる話ばかりしてきましたが、一番確実にお金を稼げる資本は自分自身です。自分がストレスなく働くため、自分を成長させるための費用は消費ではなく自分という資本への投資でもあるのです。確実な自分への投資を我慢して、もうかるかどうか分からないお金の投資を優先するのは賢明とは言えません。
もちろん、何も我慢せずに思うがままに使ってはお金はたまりません。この記事の冒頭で書きましたが、スマホのアプリなどで家計簿を付けて、まずは自分のお金の流れ(キャッシュ・フロー) を見える化してみることから始めるとよいと思います。自分が支出しているお金の履歴を見て、利用頻度の低いサービスを解約したり、電気やガス、携帯電話の 契約を見直したりと「固定費」を削減すると同時に、それ以外の支出も、上記のような視点で、それが何も残らない「消費」なのか、それとも広義における「投資」なのかを見極め、前者だとしたらそういった支出は抑えていこうという意識を持つことで、じわじわと支出を抑えていくのがよいでしょう。
これまでお金を投資したことが一度もない人は、以上の3つの考え方に基づいて、自分が毎月、どれくらいのお金を出稼ぎに回せるかを計算してみてください。もし現預金の金額が運転資金程度しかたまっていないのであれば、投資なんて考える前に、まずは非常時の資金をためることです。非常時の資金は確保できていると思うのなら、これまで毎月、どれくらいの現預金が増えてきたのかをざっと計算し、そのお金を現預金ではなく投資信託などのリスク投資に振り向けつつ、毎月の家計を見ながらその額が増やせないかを試みていくことだと思います。繰り返しになりますが、投資額を捻出するために、家族や友人との大事な時間を犠牲にするような生き方は望ましいものではありません。お金に支配されないために投資で備えようとしているのに、その過程でお金に支配されてしまう ということになってしまいます。
ちなみに、住宅ローンを抱えながら投資することは私個人的にはあまりお勧めしません。住宅ローンを銀行から借りているということは、銀行が預金というかたちで消費者から集めたお金があなたのもとに働きにきたということです。結果、例えば手元にすぐに払える3000万円がなくても、3000万円の不 動産を買うことができました。35年で返済する場合、その期間について「期限の利益」が発生しています。毎月の返済額に上乗せされている金利がその対価です。債務者(お金を借りている人)が35年間の「期限の利益」を得ているということは、債権者(お金を貸している人=この場合、銀行)は35年間の「時間」の力――複利の力を得ているということです。債務者(お金を借りている人)は、繰り上げ返済して返済期間を短くすることで、この時間の威力を弱めることができます。つまり、その時点での借金額を小さくするのはもちろん、その時点から生まれていくことになる複利効果を削減することができるのです。返済期間の残りが長ければ長いほど、つまり繰り上げ返済の時期が早ければ早いほど、返済金利を削減する効果は大きくなるでしょう。
お金を投資して複利の力を使って増やすのも、借りているお金の複利の力をそぐのも、「お金を増やす」と「借金額を減らす」という表れ方こそ違いますが、時間の力でお金の価値を変えるというまったく同じ力の作用です。
ただ、住宅ローンの金利は、そもそも低金利時代であることに加えて、住宅を買うことを推奨するために政策的に抑えられており、条件によりますが年1%を切る極めて低い水準のローンを提供している金融機関は少なくありません。金利が低いということは、複利の力も弱いということです。繰り上げ返済して もそげる複利の力が小さく、返済額を減らすインパクトは大きくなりません。手元にまとまったお金があるとき、例えば現在年利0.5%の住宅ローンを繰り上 げ返済すべきか、平均年利3%が期待される投資信託を買うべきかと問われると迷う人もいるでしょう。
どう判断するかはあなた次第ですが、踏まえておいていただきたいのは、お金の投資には「もうからないかもしれない」というリスクがあり、借金の繰り上げ返済にはそのリスクがないということです。住宅ローンの繰り上げ返済は、いわば、リスクゼロの投資なのです。投資性のある金融商品の中に、そんなものは1つもありません。
年齢別「70歳で2000万円」への必要投資額
自由になる範囲で、無理なく投資すればいいと書きました。しかし、それでも、どれくらいの額をどれくらいの期間投資すれば、どんなリターンが得られるか知っておきたいという読者もいるでしょう。以下に1つ、シミュレーションを示します。
この記事の冒頭に以下のシミュレーションを載せるという選択肢もありましたが、あえて最後に置きました。最初に「これだけの投資で、こんなにたま る」と示した方がとっつきがよいということはもちろん知っています。しかし、投資とは無理のない範囲で時間を味方につけてお金を働かせることだと知ること なく、「なるほど月々これだけ投資すればいいのか」と安易に飛びついたり「こんなに投資しないとだめなのか」と強迫的に読み取ったりしてほしくなかったの で、あえて理屈を前段にたっぷり説明した後で掲げることにしました。
シミュレーションでは、70歳までに2000万円ためることをゴールに設定しています。老後資金として公的年金などのほかに「2000万円」が必 要(夫婦・無職世帯の場合)というリポートが話題になりましたが、法改正などが今まさに進んでいて、日本社会は65歳定年から70歳定年に移行していくことが予想されているからです。
期待されるリターンを「平均年利3%」と設定してみます。株式のインデックス・ファンドでおおむね想定される利回りで、長期の平均としては野心的とは言えず、人によってはやや保守的とも見るような数字です。投資のプロは10%を目指すといわれています。
まず20年間しか積み立てできない人、つまり70歳まであと20年間(240カ月)という50歳の人は、月々6万920円の積み立てが必要という 計算になりました。次いで30年間(360カ月)投資できる40歳の人は3万4321円の積み立てが必要と出ました。40年間(480カ月)積み立てられ る30歳の人は2万1597円、50年(600カ月)積み立てられる20歳の人は1万4395円です。
早くから積み立てを始められるんだから小さい金額で済むに決まっていると思うかもしれません。しかし、それだけではないのです。「2000万円」と達成額は同じでも、その構成はまるで異なります。
50歳から積み立てた人が達成する2000万円のうち、自分が働いて積み立てた金額(投資元本)はおよそ1460万円です。残りおよそ540万円 は、お金が働いて稼いだお金(運用収益)ということになります。つまり、複利を味方に付けずに貯金箱にためていた人より540万円も増やせました。20年 という期間でも複利の力は小さくありません。
しかし20歳から積み立てた人が達成する2000万円の構成と比べると大きく見劣りします。こちらは、自分で稼いで積み立てた金額はおよそ864 万円だけです。残る1136万円が運用収益、つまり2000万円のうち半分以上は、お金が自ら働いて稼いできてくれたお金ということになります。すさまじきものは、長期の時間を味方につけた複利の威力です。
インターネット上にはいくつか積み立て投資のシミュレーターが公開されているので、投資の期間や金額、想定年利などのパラメーターを色々と変化さ せてみると実感できるはずです。積立金額を大きくするよりも期間を長くした方がシミュレーションに対するインパクトが大きくなります。つまり、若ければ若いほど、手元に「働かせるお金」(元本)が少ないという弱みを、時間を味方に付けてカバーできるということです。逆に言えば、時間をすでに失った人がその喪失を金額で埋めようとすることは難しい。残念ながらすでに60代後半の人が「働かせるお金」をたくさん持っていたとしても、そのお金が働ける時間が足りず70歳までの複利効果はほとんど望めないでしょう。40代や50代の方ならまだ間に合います。20代や30代の人には、少額であっても、お金を一刻も早く働かせ始めることをお勧めします。
足し算と引き算しか知らずに生きるか、小さな掛け算を重ねることを知って生きるかで、お金に支配されずに生きられる可能性が大きく変わってくること、そしてそれを知って実践する時間が長ければ長いほど有利になることがお分かりいただけると思います。超・高齢化社会を迎える中で、社会保障システムに 対する若い世代の負担が大きくなっていくことが懸念されています。だからこそ、若ければ若いほど効果が出やすいこの「武器」を知り、その機会を行使していただければと思います。
人生は一度きり、お金に支配されないために
こつこつ貯金して開業資金がたまるのを待っていたらいつまでもラーメン店を開けないと困っているAさんは、本来準備のために求められる時間を、別の人からお金を借りることで短縮できました。このラーメン店のお客さんは、自分たちでラーメンを作る技術を学んだり、店を開いたり、調理器具をそろえた り、材料を仕入れたり、スープを仕込んだり、麺をゆでたりする時間を費やすことなく、自分の時間を費やして稼いだたった500円(時給1000円のアルバイトとすれば30分間)を支払うことでラーメンを食べることができます。
お金が、このように「時間」を伸び縮みさせることで価値を変えるのは、それを発明した人間が限られた時間を生きているからでしょう。誰にもいつか等しく死が訪れ、時計の針が止まります。長くてもわずか100年にも満たない時間しか与えられないけなげな人間たちが、それでも何事かをなそうとするために生み出したのがお金というものであり、その特性を生かす考え方が資本主義というものなのです。
若い時に、余裕がないながら少額でも積み立てたお金が、若さという「残された時間」の大きさを失う頃に複利の力を発揮するのはその裏返しでもあります。冒頭にも書きましたが、お金を稼ぐことは卑しいことだという風潮があります。投資となればなおさら嫌悪感を抱く人が少なくありません。しかし、例えば日本株のインデックス・ファンドを買い続けた人のお金は、日本の株式市場に投資されます。企業はそのお金を使って新しいサービスやモノを生み出したり、 その会社で働く人や家族の生活を豊かにしていったりすることでしょう。つまり、自分で稼いだお金を自分のために使う誘惑に耐えて、ある時間手放すことで、 そのお金は誰かの限られた人生の中でなせることを1つでも2つでもどこかで増やし、世界を変えています。その対価を、稼ぐ力や時間を失った老後に受け取ることの、どこに卑しく恥じるべきことがあるでしょうか。
「コロナ・バブルの波に乗ろう」とか「こんな投資法でもうかった」というような言説は巷間(こうかん)にあふれています。もちろん「もうけたい」 という欲望が、資本主義のエンジンを回転させる燃料であることは間違いありません。ですが、どうすればもうかるかを考える前に、なぜもうかるのか――そも そも資本主義のエンジンがどんな構造になっているかを知っておいても損はないと思って本稿を書いてみました。お金や、お金にまつわる不安に支配されることなく、むしろ時間の力をうまく活用してお金を働かせ、家族と過ごすのか趣味を楽しむのか、どんなことでも、限られた人生で自分がすべきと思うことを1つで も多くやりとげる人が増えることを願っています。
[日経ビジネス]