上白石萌歌の「スピッツ」呼び捨て発言が波紋…丁寧すぎる「さん付け」はむしろ失礼?
スピッツのファンだからこそ
テレビを観ていて小さく「やった! いいぞ」と呟いたのは私だけだろうか。
4月9日放送の『Mステ』こと『ミュージックステーション(テレビ朝日系)』。女優で歌手でもある上白石萌歌が歌手名の『adieu(アデュー)』名義で登場し、大ファンだと言うバンド『スピッツ』と共演を果たした。
彼女は、CMで『スピッツ』の『楓』などをカバーしたり、姉の上白石萌音とスピッツの楽曲をカバーしYouTubeで公表し、美しいハーモニーが話題を集めたりと、以前からファンであることを公言していた。
司会のタモリは、スピッツの草野マサムネに「(上白石が)スピッツのカバーをされているの知ってました?」と聞くと、草野は「むしろスピッツの『楓』より好きです」と答えた。
すると上白石は、 「スピッツは、私にとって神様的存在なので、神様からそんなお告げを頂いたんだと思うと、すごく震えるような気持ちです」と答えたのだ。
『スピッツさん』ではなく『スピッツ』。ちょっと「あれ?」と思った方も多かっただろう。その後も、上白石は「スピッツ」と口にするたびに「さん」づけすることはなかった。
オンエア後、ネット上では、 <スピッツって呼び捨てなの草> <上白石萌歌ちゃんがスピッツさんのことを呼び捨てでスピッツって言ってるのがすごく気になる> <Mステで上白石萌歌ちゃんが、スピッツのことをさん付けしなかったのが少し引っかかる> <スピッツ尊敬してるなら「さん」くらいつけよう> <スピッツさんじゃねえのかよ。スピッツだからとかじゃなくて、デビュー30周年迎えてる大先輩やで。失礼すぎん? > などという苦言が多数投稿された。
その一方で、上白石と同じ「スピッツ」ファンからは、 <上白石さん、スピッツメンバーが「スピッツさん」って呼ばれるの嫌なのまでちゃんと知ってそうだった> <スピッツさんって言わないところがさあ、最高だよねって思う> <上白石さん、本当に嬉しそうなの良い! 「スピッツ」っていうのほんとにファンなんだなって思った 笑> <当の本人達がさん付けされるの嫌がってんの知ってたんだろうし。それ履修済なんだ、私達と同じファンなんだ~って好感持ったけどなあ> といった称賛の声もあったのも事実である。
グループ名やコンビ名にも「さん」付け
また、アーティストの米津玄師も、過去に自身のTwitterでこんな発言をしている。
<バンド名にさんをつける習慣っていつから始まったんだろう? 3年ほど前、スピッツの対バンイベントに出演させてもらったときに、MCでスピッツにさんをつけなかったことでお客さんにエラい怒られてびっくりしたんだけど、そこんとこどうなんだろう。みんなはバンド名にさんつける? > と問いかけている。それに対してフォロワーは次のような反応を見せた。 <ヤバイTシャツ屋さんさん。。。笑> <つけなくていいと思います! 社長を社長さんって呼ぶのと同じ> <マサムネさんは『バンドにさん付けするのはおかしい』って言ってますよ!! 私もそのライブ行ってたけど、怒ってる人なんかいなかったし、ファンクラブのSNSでもそんなこと言ってる人いませんよ。それで怒ってる人は、マサムネさんの考えを知らないのでしょうね。ビックリ! > 昨今、テレビのトークでは、出演者は他の出演者を呼ぶ時に、「さん」づけが当然のような習わしになっている。個人名に「さん」付けするのは当然なのだが、グループ名やコンビ名にも「さん」が付けられるのだ。 「関ジャニさん」「TOKIOさん」「嵐さん」「ももクロさん」……。お笑い番組にしても、当然のように「オリラジさんと共演した時」とか「バナナマンさんは……」などと普通に話されている。
変じゃないか? 「さん」づけの風潮
筆者は、以前からこの風潮を「何だか気持ち悪い」と思っていた。当事者たちは、一緒に出演している彼らに失礼のないようにという思いで「さん」付けしているのだろうが、一方で「さん付けしておけば失礼にならないだろ」という安直な発想に思えてならないからだ。
例えば、自分が大ファンであるようなアーチストについて語る時、呼び捨てになるのは当然のことではないか。誰も「ビートルズさん」とか「ローリングストーンズさん」などとは呼ばない。確立された固有名詞には、下世話な敬称などはかえって失礼にあたると思えるからだ。
この奇妙な「さん」づけ問題、けっしてテレビや芸能界だけのことではない。気がついたら、至るところで蔓延している。
代理店などの打ち合わせや会議でも、「この件については、一度電通さんに聞いてみて」「日テレさんにしてみれば」「ローソンさんやセブンさんなどの店頭でも……」などと頻繁に耳にする。
先日家電量販店に行ったら、とんでもないことになっていた。タブレット端末を見ていたら、店員がこちらへやって来て、「こちらのタブレットは、楽天さんやAmazonさんの電子書籍が利用しやすいのですが、TwitterさんやLINEさんの利用にはちょっと不向きなんです」と説明を始めたのだ。
思わず店員の顔をまじまじと見てしまった。なんでも「さん」を付けとけば、丁寧に聞こえるだろうという安易な発想としか思えない。
また、チラシ広告の地図でも、周辺の名称にやたらと「さん」付けされていることがあって驚かされる。「〇〇スーパーさん」「ローソンさん」「AMPMさん」「餃子の王将さん」「NTTさん」「〇〇幼稚園さん」など、見ているこちらが赤面してしまうような地図だ。
呼び捨ては失礼になるという気遣いなのかもしれないが、筆者には気持ち悪いとしか思えない。
「させていただいて」を多用
また、先日、テレビのトーク番組にゲストとして若いタレントが出ていた時のことだ。話をする度に、「させていただいて」を連発することに違和感を覚えた。「ドラマに出させていただいて、〇〇さんと共演させていただいて、3話まで台本いただいていて……」「インスタで写真をアップさせていただきまして」 丁寧なのはわかるが、あまりに使いすぎると「いただいて、と付けとけば丁寧になるじゃん」と思ってるんじゃないか、と勘ぐられても仕方がない。「出演しました」「共演いたしました」「写真をアップしました」で何の問題もない。
我々でも手紙やメールの文章を書くときには、失礼にならないように表現には気を付けている。そこでも丁寧過ぎると「この人、わかってないんじゃないか」と思われることもある。
中には丁寧な表現だと勘違いして誤用しているケースも少なくない。 たとえば、「ご相談したいのは以下の案件になります」。この「~になります」は、いわゆる「コンビニ・ファミレス敬語」と呼ばれるもので、一見丁寧に見えるが「目にするとガッカリする表現」として知られている。また、「お返事のほう、よろしくお願いします」。この「~のほう」は明らかにNGである。
紋切りの丁寧表現ではなく、よく考えて選ばれた表現を使えば相手に気持ちは伝わるはず。この機会に、「丁寧」の意味をもう一度考えてみたいものだ。
小泉 カツミ(ノンフィクションライター)
[YAHOO JAPAN]