生きがいがある人は知っている 人生で大切な4つの要素
仕事のやりがいや働きがいを求める人が増えている。コロナ禍でリモートワークが推進される中、会社との関係や働き方を見直す機運が生まれていることも、その流れを後押ししている。どうすれば生きがいを見いだせるのか。ベストセラー『さあ、才能(じぶん)に目覚めよう』で紹介されているような強みと、幸せとの関係は? 幸福学研究の第一人者である慶応義塾大学大学院の前野隆司教授が解説する。
私は幸せの研究を行っています。「どんな人が幸せであるか」についての心理学的な基礎的研究と、人々を幸せにする物づくり・サービスづくり・組織づくり・町づくりなどの応用研究です。
そんな私から見て明らかなことの一つは、「自分の強みを明確に持っていて、それを生かせる人は、幸せな傾向がある」ということです。多くの研究者により、強みと幸せの関係についての研究が行われた結果として明らかにされた事実です。
つまり、幸せになるためには、強みを磨くべきなのです。逆に言うと、「強みが見つかっていない人は、幸福度が低い傾向がある」ということでもあります。つまり、強みは見つけたほうがよいと言えます。では、どうやって見つければいいのでしょうか?
自分の強みを見つけるには
「自分の強みが見つからない」という人がいます。まずは、それでいいのだと思います。強みはそう簡単に見つかるものではなく、人生をかけて探していくものなのではないでしょうか。
強みを探すコツは、いろいろなことをやってみることです。やってみないで考えていても、強みは見つかりません。なぜなら、強みとは、長年かけて習熟していくものだからです。長年かけて根気よく続けるためには、「面白いこと」であることが重要です。面白ければ続きますから。
「面白いと思うことが見つからない」という人もいます。こちらも、まずは、それでよいのだと思います。面白いことも、そう簡単に見つかるものではなく、人生をかけて探していくものなのではないでしょうか。
面白いことを探すコツは、いろいろなことをやってみることです。やってみないで考えていても、面白いことは見つかりません。なぜなら、面白いこととは、長年かけて習熟していく中で、面白さが増していくものだからです。長年かけて根気よく続けるためには、強みであることが重要です。他の人に負けない強みになっていたら、続きますから。
繰り返しになっていますね。つまり、「強み」と「面白いこと」は、鶏と卵の関係になっています。どちらかが見つからないと、他方も見つからない。 逆に、どちらかが見つかり始めると、好循環の因果関係ループが回り始め、どんどん、より強い強みと、より楽しいやりがいになっていきます。
つまり、「強み」や「面白いこと」は、やり続けないと深まらないのです。最初から強みだったり、最初から面白くてたまらなかったりは、しないのです。だから、最初は、ちょっとした強み、ちょっと面白いことから始めてみるしかないのです。しかも、始めないと深まらないのです。つまり、人は、いろいろなことにチャレンジしてみるべきなのです。
それでも、自分の強みがうまく見つからない場合は、『さあ、才能(じぶん)に目覚めよう』で紹介されている資質が参考になるでしょう。〈クリフトン・ストレングス〉で見いだされる資質は、あなたの強みの源泉です。
あと2つの要素──強みと面白いことに加えて
さて、では、「強み」と「面白いこと」の2つを満たしていれば幸せなのでしょうか。欧米で流行っている〈ikigaiベン図〉によると、あと2つの要素がありそうです。
「生きがい」という言葉は、日本では、やや古臭い表現であるように感じられると思いますが、意外と欧米の人は「ikigai」という日本語を知っています。
英ミドルセックス大学の教授に言われました。「デンマーク語のヒュッゲ(楽しい時間、居心地の良い空間)のような幸福感よりも、日本人の ikigaiのような幸福感のほうが深くて素晴らしい」と。彼の話によると、ikigaiという日本語は「利他的に社会に貢献することを通して感じる幸福感」というニュアンスで欧米に伝わっているようです。
現代日本では、「生きがいは旅行」「生きがいは盆栽」のように、特に利他的ではない趣味について語るときにも使う言葉なので、欧米に広がっているニュアンスに私は驚いたものでした。
さて、欧米で広まっている〈ikigaiベン図〉を見てみましょう(図表1)。
ikigaiベン図では、「What you are good at」「What you love」「What the world needs」「What you can be paid for」の4つが円で描かれています。それぞれは重なり合っていて、4つの円の重なり合った中央の部分が「生きがい(ikigai)」であることを表して います。
それぞれについて見てみましょう。
「What you are good at」は、直訳すると、あなたが得意なこと。まさに強みです。次の「What you love」はあなたが好きなこと。言い換えれば、先ほどから述べてきた面白いことですね。そして「What the world needs」は、社会が必要とすること、「What you can be paid for」とは、あなたが収入を得られることです。
つまり、「強み」と「面白さ」に加えて、「社会が必要とすること」「収入を得られること」の2つも満たしていると、「生きがい」とも言うべき幸福感が得られるというわけです。
幸福度を高める4つの要素
これは、幸福学研究から見ても理にかなっています。強みが幸福度に影響することは冒頭で述べましたが、他の3つも同様です。
あなたが好きで面白くて仕方がないこと(What you love)に熱中するとき、幸福度が高いことが知られています。たとえば、物事を満喫している人は幸福度が高いことが知られています。また、強い熱中・集 中状態のことを「エンゲージメント」または「フロー」「ゾーン」と言います。ポジティブ心理学(幸福感についての心理学)の創始者であるセリグマン教授に よると、エンゲージメント(フロー、ゾーン)は幸福感を形成する5つの要素(PERMA:Pleasant emotion, Engagement, Relationship, Meaning, Accomplishment)のうちの一つです。
また、社会が必要とすること(What the world needs)を行っている状態は、利他的で、親切で、思いやりのある状態ですが、このような利他的な行動が幸福度を高めることは、さまざまな研究により検証されています。
さらに、一定の収入(What you can be paid for)が幸福度を高めることも知られています。ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン教授によると、年収が7万5000ドルになるまでは、年収と感情的幸福は比例する傾向があるのに対し、年収が7万5000ドルを超えると、もはや年収と感情的幸福の間に有意な相関は見られなかったそうです。つまり、一定の収入になるまでは、収入が増加するほど人は幸せになっていきます。
〈ikigaiベン図〉に描かれた4つの円は、いずれも幸福度を高めるための要素なのです。なかでも、4つの円が重なった部分は、幸福度に寄与する4つの要因が重なっているのですから、特に幸福度の高い領域と言えるでしょう。生きがいを感じるわけです。強みを生かし、楽しくて仕方がなく、しかも社会に貢献し、お金までもらえるというのですから、幸せでないわけがありません。
4つの円が重なるところを探す
「仕事で給料をもらっているが、別に好きな仕事ではないし、強みを生かせていないし、社会に貢献している実感もない」という場合は、一番下の部分でしょう。「趣味のゴルフは楽しいが、別にうまくないし、もちろんお金を稼いでいない」という場合は、一番上の部分でしょう。
2つの円が重なっている部分にも名称が書かれています。
強みで、好きだが、社会貢献しておらず、お金ももらっていない部分が「Passion(情熱)」。好きで、社会貢献にもなっているが、お金をもらっておらず、強みでもない部分が「Mission(使命)」。社会に貢献していて、お金をもらっているが、強みでも好きでもないところが 「Vocation(天職、職業、生業)」。お金をもらっていて、強みでもあるが、好きではないし、社会に貢献していない場合が 「Profession(専門職)」です。
ちなみに、リクルートホールディングスが提唱している「Will、Can、Must」も、〈ikigaiベン図〉にある3つの要素に近いですね。 Will(やりたいこと)は「What you love」、Can(できること)は「What you are good at」、Must(しなければならないこと)は「What the world needs」にあたります。〈ikigaiベン図〉は、「Will、Can、Must、Moneyの4つが重なるところを探しましょう」というスローガン を図にしたもの、と言い換えることもできるでしょう。
やりたいこと、やるべきことを棚卸しする
さて、皆さんが日々行っていることは、〈ikigaiベン図〉のどこに相当しますか?
なるべく重なっているほうが、より生きがいに近く、より幸せな活動だと言えそうです。ですから、「仕事をしてお金を稼ぎ、社会に貢献はしているも のの、まだ自分の強みは見つかっていないし、ワクワクするような仕事ではない」という人(Vocation)は、強みや楽しいことを見つけたほうが、幸福度が上がるでしょう。
「楽しくて仕方がない趣味はあるけど、仕事はそれとは別」という人は、できれば、楽しくて仕方のないことと仕事を一致させたほうが幸せでしょう。脱サラしてペンション経営を始めましたとか、農業を始めましたという人はこのタイプでしょうか。
一度しかない人生、「まあ仕事だから仕方がない」「どうせ自分はこんなものだ」なんて言っていないで、4つの円の重なるところを模索すべきではないでしょうか。
そう思って、私は「やりたいこと、やるべきこと棚卸しシート」というのを作ったことがあります。「いま仕事で」「いまプライベートで」「将来、現世で」に分けて、「やりたいこと」「できること」「やるべきこと」「気づき」を記入します。そして、全体を眺めて、気づきを得ます。
私が以前やってみたものを、図表2に掲載します。ぜひ、皆さんもやってみてください。少し時間がかかるかもしれませんが、きっと何か気づきを得られることでしょう。そして、さらに幸せになるためのヒント、生きがいのためのヒントが見つかることでしょう。
多くの人が、強みと、やりたくてしょうがないこと、社会のためにやるべきこと、そしてお金を得られることの重なる部分を見つけ、生き生きと幸せに生きていかれることを、心から願っています。
前野隆司(まえの・たかし)
慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授
[日経ビジネス]