■日本人女性の「飲酒」と「乳がん」の関係、16万人のデータから判明!
閉経前の飲酒頻度と飲酒量が乳がんのリスクとの関係が明らかに
飲酒は乳がんのリスクを上げる可能性があるといわれています。しかしこれは、主に欧米の女性を対象にした大規模調査の結果でした。今回、日本人女性約16万人を対象にした大規模調査の結果が明らかになり、閉経前の飲酒頻度と飲酒量が乳がんのリスクと関係することが分かりました。酒ジャーナリストの葉石かおりさんが、研究を主導した愛知県がんセンターのがん予防研究分野分野長の松尾恵太郎さんにお話を伺いました。
先日、自治体の乳がん検診に行った。触診のとき、医師が右胸を触った際、「あれ?」というような表情をしたので、マンモグラフィーとエコーの結果が出るまで気が気ではなかった。
結局、異常はなくホッとしたものの、乳がん検診は毎回緊張する。というのも、この連載でも取り上げたように、飲酒は乳がんのリスクを上げるといわれているからだ(参考記事「お酒は控えた方がいいのか? 知られざる乳がんとアルコールの関係」)。
しかし、これまでは飲酒と乳がんの関係を示す研究は、欧米の女性を対象にしたものだった。欧米の女性と、日本をはじめとするアジアの女性とでは、飲酒の習慣も体質も異なる。
そこで、愛知県がんセンターなどが、日本人女性約16万人を対象にした大規模研究の解析結果を公表した(参考記事「閉経前の『適量を超える飲酒』が乳がんリスク上昇に関係」)。それによると、日本人女性の乳がんのリスク上昇に、閉経前の飲酒頻度や1日あたりの飲酒量が関係することが分かったという。
これは、ただごとではない。詳しく話を聞かねば。というわけで、愛知県がんセンターのがん予防研究分野分野長の松尾恵太郎さんにお話を伺った。
日本人女性約16万人のデータを解析
先生、日本人女性約16万人を対象とした今回の研究には、どういった背景があるのでしょうか?
「これまで日本人も含むアジア人を対象にした乳がんと飲酒の関係についての研究は、十分とはいえませんでした。そこで、愛知県がんセンター、国立がん研究センター多目的コホート研究、文部科学省のJACCスタディなどをはじめとする、8つのコホート研究をまとめ、分析を行いました。その際、BMI(*1)、初経年齢、女性ホルモン剤の使用の有無、出産の有無などの条件を補正した上で、閉経前と閉経後のグループに分け、乳がんと飲酒頻度、飲酒量の関係性を調査しました」(松尾さん)
コホート研究とは分析疫学における手法の1つで、特定の要因を持つ集団と、持たない集団を一定期間にわたって追跡し、両群の病気の罹患率を比較することで、病気の原因などを調べるものだ。
1日の飲酒量については、純アルコール換算で、「まったく飲まない(0g)」、「11.5g未満」、「11.5g~23g未満」、「23g以上」。また飲酒頻度においては、「現在は飲まない(過去に飲酒経験ありも含む)」、「週1日以下」、「週1日以上4日以下」、「週5日以上」とそれぞれ4つの群に分けて調査した。
果たしてその結果は……?
「約16万人を平均14年間かけて調査した結果、2208人の方が乳がんに罹患していました。2208人のうち閉経前の方が235人、1934人が閉経後です。分析でまず明らかになったのは、閉経前の女性においては、飲酒頻度が高くなるほど乳がんの罹患率が上がるということです。そのリスクは、まったく飲まない人に比べ、週5日以上飲む人で1.37倍でした。また飲酒量についても、1日に23g以上飲む人の罹患リスクは、まったく飲まない人に比べ1.74倍と高い数字が出ました」(松尾さん)
このように、閉経前の日本人女性においては、飲酒頻度が高くなるほど、また飲酒量が多くなるほど、乳がんの罹患リスクが上がることが明らかになった。それでは、閉経後はどうだろう。
「一方、閉経後における乳がんと飲酒の関係を同じ条件で見てみると、週5日以上飲む人で1.11倍、1日に23g以上飲む人で1.18倍と目立った上昇がなく、統計的に有意な関係は認められませんでした」(松尾さん)
なぜアルコールが乳がんリスクを上げる?
純アルコール換算で23gといえば、日本酒だとほぼ1合……。酒豪であれば「食前酒」レベルともいえる量である。この量でも、毎日飲んでいれば、乳がんリスクが1.74倍になるのだ(閉経前の場合)。
休肝日は週2日程度で十分と(勝手に)思っていたが、「もう少し休肝日を増やしたほうがいいのかな」……と不安になってきた。
さて、ここで気になるのは、そもそもなぜ飲酒が乳がんのリスクを上げるのか、ということだ。
「飲酒によって主な女性ホルモンであるエストロゲンの量が増えることが分かっています。乳がんとエストロゲンは密接な関係にあり、エストロゲンにさらされる期間が長ければ長いほど、そしてエストロゲンの量が多ければ多いほど、乳がんの罹患率が上がるといわれています。エストロゲンが乳がん細胞の中にあるエストロゲン受容体と結びつき、がん細胞の増殖を促すからです」(松尾さん)
飲酒でエストロゲンの量が増える仕組みについては、はっきりとしたことは分かっていない。ただ、エストロゲンを合成するアロマターゼという酵素がアルコールにより活性化されることが知られており、飲酒によりアロマターゼが活性化されることでエストロゲンの産生量が増えると考えられるという。
まさかエストロゲンが飲酒で増えるとは驚いた。「エストロゲンが増える」という部分だけを切り取ると、美肌や美髪など美容面ではメリットがあると思ってしまうが、乳がんのことを考えると素直に喜ぶことができない。
また松尾さんによると、日本で乳がんの罹患率が昔に比べて上がっているのは「初経年齢が下がったことと、女性の社会進出に伴い子どもを持たない方が増えているという社会的背景も関係している」という。
初経年齢が下がれば、それだけエストロゲンにさらされる期間が長くなる。また、出産後はしばらくエストロゲンの分泌が抑えられるので、出産の回数が多いほど乳がんのリスクは下がるという。
閉経後の飲酒が乳がんと関係しない理由は?
一方で気になるのは、閉経後では飲酒と乳がんのリスクに有意な関係が見られなかったことだ。これはなぜだろうか?
「日本人女性における閉経後の飲酒と乳がんの罹患リスクとに有意な関係が見られなかった理由の1つに『肥満の割合』があります。閉経後、エストロゲンは卵巣ではなく、主に皮下脂肪で作られます。欧米人に比べ肥満の割合が少ない日本人の場合、皮下脂肪で作られるエストロゲンがもともと少ないため、飲酒によってエストロゲンが増加する量も少ないため、乳がんへの影響が抑えられたと考えられます」(松尾さん)
「中年以降はシワが目立たないから少しぽっちゃりくらいがいい」と都合のいい言い訳をしてきたが、やはり何事にも限度がある。松尾さんによると、「肥満度を表す数値として用いられるBMIが、25以上になると乳がんの罹患リスクが上がる」とのこと。
国立がん研究センターの「がんのリスク・予防要因 評価一覧」(*2)を見ても、「肥満」は閉経前の乳がんではリスクを上げる「可能性あり(BMI30以上)」、閉経後では「確実」にリスクを上げる、となっている。
[日経ビジネス]