■がん患者さんへ 「絶対に生き抜く」と「いつでも死ねる」を共存させよ〈週刊朝日〉
西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。老化に身を任せながら、よりよく老いる「ナイス・エイジング」を説く。今回のテーマは「がんと心」。
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【がんと心】ポイント
(1)サイモントン博士は、がんと心の関係解明での先駆者
(2)博士とは来日するたびに鰻屋で一杯やる仲だった
(3)最初の印象は「歯切れの悪い人」。だから信頼した
私が長年、がん診療を続けてきて感じるのは、がんは患者さんの心の状態と関連があるということです。強いストレスによりがんを発症することも少なくありません。
現在は精神腫瘍学、精神神経免疫学といったアプローチから、がんと心の関係が解明されつつありますが、昔はそんな話は相手にされませんでした。その頃に先駆的にこの問題に取り組んでいたのが、いまは亡きサイモントン博士です。
博士が作り上げたサイモントン療法をご存知でしょうか。がんに対するイメージをコントロールすることで、がんに対抗しようというものです。例えば、白血球ががん細胞を攻撃するイメージを頭に浮かべるといったことをします。
サイモントン博士とは1996年に学会で出会い、意気投合しました。それ以来、来日するたびに埼玉県川越市の私の病院を訪ねてくれるようになり、近くの鰻屋で一杯やるのが二人の楽しみでした。うちの患者さんは勉強家が多いので、サイモントン博士が来るなら、是非、話を聞きたいとなり、毎回、患者さんとの交流会も開くことになりました。その時のやり取りは以下のようなものです。
「がんのような治りにくい病気を乗り切るためには、絶対に生き抜くぞという気持ちを持つことが不可欠です」
皆さんうなずきます。
「ただ、絶対に生き抜くぞという気持ちが強すぎると、これが執着になり効果が半減します」
さっと手があがります。
「どこから先が執着になるのですか」
「いや、気持ち自体はいくら強くてもいいのです。同時に、いつでも死ねるぞという気持ちも持つのです。つまり絶対に生き抜くと思う心の中に、いつでも死ねるという気持ちを同居させるのです」
比較的若い女性から手があがりました。
「いつでも死ねるなんて、私には思えません。少しでも死のことを考えると、残される子どもたちのことが思い浮かんで、涙が出てきてしまうのです。いつでも死ねるなんて到底考えられません」
「無理に死のことを考えるのはやめてください。かえってストレスになります。でもそのままでは前に進めません。少し間をおいて、どうしたらそういう気持ちになれるか、そのために、今何をすべきかを考えてみてください。そうですよ。いつでも死ねるなんて、そう簡単に思えませんよ。私だって、まだまだです」
サイモントン博士の最初の印象は「歯切れの悪い人」でした。話が地味で景気のいい話など一切でてきません。目には、いつも悲しさのようなものを漂わせています。だからこそ私は彼を信頼しました。現場で苦労を重ねている人は歯切れが悪いものなのです。
彼は英語圏でたった一人の私の親友でした。
帯津良一(おびつ・りょういち)
帯津三敬病院名誉院長
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