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移住セカンドライフの現実/私の知り合いにもリターン組は少なくない。。。/何処で何をするかではなく、何処ででも何事にもどのように取り組むのかということ。。。Vol.2

■人気番組『人生の楽園』 出演に至るまでの道とその反響

 長い老後をどう過ごそうか。いつか訪れる夫の定年や子供の独立に、「第二の人生」をふと考える人も多いだろう。それを前向きにとらえるか、後ろ向きにとらえるか…いずれにしても知っておくべきは、そんなに甘くはないということ。

 2月20日、2016年度の「移住先希望ランキング」が発表された。1位山梨県、2位長野県、3位静岡県。いずれも風光明媚で都会にも出やすい地域が選ばれた。

 昨今の移住ブームもあってか、ふるさと暮らしを希望する都市住民と地方自治体のマッチングを支援するNPO法人「ふるさと回帰支援センター」に相談に来る人は、前年から20%以上増加。男性が80才、女性は87才と平均寿命が延びる中、「第二の人生」に思いを馳せる人がそれだけ多いのだろう。

「子供が独立したり定年退職を迎える年齢にさしかかったかたはシニア期をどのように生きていくかを考え始めます。そんななかで『新しいことを始めたい』との気持ちから起業の相談に来るかたは、毎年1.5倍くらいずつ増えています」

 そう語るのは、「銀座セカンドライフ株式会社」でシニア世代の起業の相談に乗る、片桐実央さん。

「“やりがいのある仕事をしたい”“今までの仕事や趣味で培った経験を生かしたい”と起業にチャレンジするかたが多い印象です。実際、商品開発の仕事をしていた男性が、趣味のジョギング関連の商品を開発する会社をつくったり、“ケーキ作りが趣味で得意だけど、パティシエ並みではない”という女性がペット用のスイーツを作って売ったりする例もあります。

 健康を維持しつつ生きがいを見つけて働くのが“第二の人生”の理想だと思っていらっしゃるのだと思います」

◆高視聴率番組『人生の楽園』

 そんななか、「自分にとっての人生の楽園」を見つけ、充実した第二の人生を歩む人たちの暮らしぶりを紹介する番組、『人生の楽園』(テレビ朝日系)が人気だ。放送が800回を超えた今も、土曜夕方6時という時間帯に、平均視聴率11%台をキープしている(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。番組プロデューサーの森川俊生さんは、好調の理由をこう見ている。

「高齢化が進む今の日本で、“第二の人生をどう生きていくのか?”は大きな社会的関心事。この番組は時代の要請に応えているのではないかと考えています。放送開始から16年ですが、“第二の人生”は多様化しています。妻が都会に残り、夫が田舎で新しい暮らしに挑戦しながら適度の距離感で暮らしたり、“冬は都会、夏は田舎”のように、季節ごとに生活場所を変えるなど、同じ“2地域居住”でも、時代とともにそのスタイルは変わってきています。そういった変化を番組で見られることも人気の理由なのではないでしょうか」

 石川県でどぶろく造りをしながら冬季限定で農家レストランも営む夫婦や、少年時代の夢を追いかけて薪ストーブ職人になった夫とそれを支える妻など、どの人もうらやましいかぎりのセカンドライフ。ただし、番組では“その先”は描かれていない。

 本誌・女性セブンが調べてみると、実はせっかく始めた「第二の人生」からひっそりと手を引いている人も少なくなかった。店や旅館などを閉めていたり、ブログの更新が止まり、電話がつながらなくなっているところも…。なかには経営している宿泊施設を、「別の人にゆずりたい」と発言している人もいた。

『笑顔育む木曽馬の楽園』として2009年に同番組に出演した『吉良の赤馬牧場』の河井弘康さん(69才)、裕子さん(70才)夫婦も2015年に牧場を閉鎖し、第二の人生に幕を引いていた。“楽園”でいったい何が起きたのか…。

◆「まるで昔の彼女に再会したような気持ち」
 
弘康さんが馬に興味を持ったのは、高校3年生のとき。

「農業高校だったので、北海道に酪農実習に行ったんです。裸馬で走る先輩の姿が、格好よくて、うらやましくて。ぼくも何日か馬に乗せてもらって、すごくうれしくて、“馬と一緒に暮らせたらいいな”と思ったことをよく覚えています」

 しかし、その後、進学・就職と人生のコマを進めるうちにいつしか馬のことは忘れ、妻子のため、公務員として忙しく働く日々が続いた。

「だけど35才の時に家族で『木曽馬トレッキングセンター』に行ったとき、“やりたかったことはこれだ!”って感動したんです。女房はいるけれど、まるで昔の彼女と再会したように、胸がドキドキと高鳴りました(笑い)」

 それからは週末の休みを利用して地元・愛知県から長野県まで通い、乗馬や馬の扱い方を教えてもらう日々が始まる。

「基礎的なことから教えてもらって、乗れるようになったのが40才くらい。この頃から、“仕事を辞めて、牧場を始めようかな”と思っていたんです。だけど子供がまだ学生だったし、財産なんてなかったから、がまんしました。子供が就職して給料をもらうようになったら、好きにやらせてもらおうと、心の中で決めていました」

 シニア向け宿泊予約サービスを提供する『株式会社ゆこゆこ』が行った「第二の人生に関する調査」を見ると、「今、第二の人生が始まっていると思う」と答えたのは、70代以上が92.5%、60代が78.6%であるのに対して、50代は28.7%だった。

 弘康さんもまた、50代のうちは決心がつかなかった。

 平均寿命だけでなく、健康に暮らせる年齢「健康寿命」が男性71才、女性74才と大幅に延びている今、「第二の人生」をスタートさせる年齢も延びているのだ。

「50代に入ると、気力と体力が落ちてくるのを実感して、早く始めたいと焦りました。でも、仕事の給料もよくなってくるし、途中で辞めると退職金が減ってしまうことになるから、踏ん切りがつかなかった。結局、牧場を始めたのは退職後、61才の時でした」

 こうして木曽馬3頭とともに、弘康さん念願の「赤馬牧場」が2009年4月にオープンした。

「牧場は、自宅から車で5分の山の中腹にありました。お客さんが来てくれるか不安でしたが、地元の新聞が取り上げてくれて、初日は大盛況。10時から17時の営業時間中、馬を引きっぱなしでした」

 営業時間外も馬の世話や牧場の掃除で忙しく、牧場のゲル(テント)に寝泊まりし、朝6時に起きて23時に眠るハードな日々。しかし、弘康さんの心は高揚していた。

「“やった! おれの人生、61才からだ!”という感じで、就職した時より、ひょっとしたら結婚した時よりもうれしかったかもしれない(笑い)。やり遂げた達成感や満足感もありました」

 そんな幸せ絶頂のなか、『人生の楽園』のオファーが舞い込んだ。

「牧場を始めて1か月くらいの頃、電話で出演依頼がありました。実はずっと見ていた好きな番組だったから、すごくうれしかったです」(弘康さん)

 出演後の反響は大きかった。放送の途中から友人・知人などから電話が鳴り続け、来場者数も、放送後の土日が、約7年の営業のうちでいちばんのピークに。

「放送から1か月は、本当に休む間もないくらい忙しかった。人を乗せている馬も相当疲れたと思います(笑い)」(弘康さん)


■『人生の楽園』その後の現実 馬牧場経営者の例

◆「借の字」はやらないと決めていた

 弘康さんの赤馬牧場のスタッフは、基本的には夫婦と弘康さんの兄。あとはたまに娘や息子が手伝うという「一族経営」だった。定年まで公務員としてコツコツ働き続けた真面目な夫が、61才にして牧場を開くと宣言した時、妻はどんな気持ちだったのか?

「何を考えてるのって、大反対しました。私は犬や猫が好きで飼っていますけど、犬猫を飼うのと、車で5分もかかる山奥で馬を飼うのとじゃあ違うでしょ」(裕子さん)

 ここ25年で、熟年離婚率は7割も上がった。健康寿命が延びた今、「第二の人生」はひとりで自由に過ごしたいという人も多い。自由すぎる自分勝手な配偶者に愛想を尽かして別離を選ぶ夫婦も増えている。

 不満気な妻を横目に弘康さんは「実際に始めたら、やってくれるだろうという下心があった」と笑う。その目論みどおり、実際に馬が来ると、妻はかいがいしく世話を始めた。

「40才くらいから、酒を飲んだときに“馬を飼うぞ”って言っていたんです。その時は“何言ってるの”って感じで、相手にされませんでした。けど、女房は捨て犬や捨て猫の里親を探す活動をしているし、動物のふんが嫌だというタイプじゃないから、馬が来ればかわいくなって、手伝ってくれるだろうと(笑い)。本気で“離婚する”とでも言われたらあきらめていたけれど、これは口だけだなという、ぼくの読みが当たっていたね(笑い)」

 ふたりが離婚に至らなかったのは、弘康さんが妻の性格を熟知していたのはもちろん、「お金」の問題がなかったところも大きい。

 2015年度司法統計によると、妻から離婚を言いわたす場合の理由ランキングでは、1位は「性格の不一致」だが、2位「生活費を渡さない」、6位「浪費する」と、10位以内に2項目もお金がらみがランクインしている。

 その点、弘康さん夫婦は職場結婚で、ふたりとも定年まで勤め上げた。「お互いのお金はお互いで管理する」という決まりがあり、月に一定金額ずつ生活費として出し合う生活をしてきた。

「はじめから“借の字”はやらないと決めていました。借金、借地、借用。借りるとお金を返さなきゃいけませんからね。だから、退職金のうち約1500万円を使い、馬代はもちろん、ゲルや柵、軽トラやビニールハウスなどもすべて購入しました」(弘康さん)

 弘康さんは一から牧場をつくったため、特にお金がかさんだ。「第二の人生」で新しいことを始めるにはかなり高額な費用が必要だと思われるかたも多いかもしれないが、実際はそうでもない、と「銀座セカンドライフ株式会社」でシニア世代の起業の相談に乗る、片桐実央さんが言う。

「50代60代のかたは、小規模で起業する人が多く、起業にかける初期投資は、200万円から500万円、少ないと50万円というかたもいらっしゃいます。若者の起業とは違い、家を抵当に入れたり多額の借金をするかたが少ないため、大きな損失を生むことはありませんが、5年以上続く会社は半分くらいです」

 半分──つまり、2人に1人は“楽園”の夢を挫折するわけだ。長い老後を暮らす“虎の子“である退職金を使うリスクを裕子さんはどう考えていたのか。

「お互い長年勤めていて手に入れた、自分の退職金ですからね。使い方に口を出したことはありません。それに牧場の規模は小さくて、大きい赤字も出なければ儲けもない。私は、起業というよりも、道楽の延長だと思っていました(笑い)」

 馬の飼育費など、月にかかる経費は20万円くらい。収入は、『人生の楽園』に出た直後は50万円くらいになったが、ひと月しか続かなかった。

「年収にすると200万~250万円でしたし、経費もかかっているから利益はありませんでした。お客さんの“ありがとう”“楽しかった”“また来ちゃった”の言葉が、何よりの収入でした」(弘康さん)

 今回弘康さんは地元でセカンドライフを始めたが、移住の末に起業する人は、また違った苦悩を抱えることも多い。

 新たな地に移住して新たな生活を始めたものの、地元の人たちになじめなかったり、特にご近所づきあいが濃すぎる田舎ではプライバシーもないためそんな生活に耐えられず、都会に戻る人は多い。たとえば、リタイア後の移住先として人気のある沖縄は、3年以内に6割が地元に戻っていくという調査もある。

 その上、そこでビジネスを始めるとなれば、状況はさらに厳しくなる。東京から『移住先希望ランキング』2位の長野に移住して10年以上経つある夫婦は「雑貨屋を開いているけれど、開店休業状態」と苦笑する。

「東京で貯めたお金と長野で買った家があるから野垂れ死にすることはないけれど、お店としての収入はほぼありません。お店を開けても、やって来るのは道を聞きたい人ばかり…。観光客が来る夏はいいけれど、冬は閉めてしまう飲食店も多くて、正直暮らしづらいです。それでも、他のお店が東京から出店してきても利益が出ずに撤退してしまうのを見ると、とどまれているだけまだいいのかな、と思ったりもします。商店街の中にお店を構えているのですが、この10年で数えきれないほど“お隣さん”が変わりました」

◆やめる時は、始める時の10倍のエネルギーが必要

 なんとか営業を続けてきた弘康さんだったが、牧場を開園してから丸6年経った頃、目に異変が起きた。

「犬の散歩をしていたら、視界の上半分に黒い緞帳が下がったように、急に真っ暗になったんです」

 網膜裂孔だった。網膜に生じた破れ目のことで、放置すると網膜剥離を引き起こす可能性がある。高齢者になると発症しやすい病気だ。すぐに手術をし、日常生活に支障がないほどに回復した。しかし、激しい運動をして再発してしまえば、網膜にひびが入ったり、失明のおそれもある。

「重いものを持ったり、馬に乗って駆け足をするのはだめだと主治医に言われました。どうしたらいいのか悩み、眠れない夜が続きました」

 もし牧場を継続するなら、人を雇わなければならない。しかしそのお金はなかった。いつまでも元気に楽しく、幸せな日々が続くと疑ってやまなかった弘康さん。まさかたどり着いた人生の楽園で、病気に襲われるとは夢にも思わなかった。

 しかしそういった“想定外”は、シニア世代にはよく起こる。起業しているいないにかかわらず、これが老後破産や下流老人転落のきっかけとなるのだ。弘康さんは厳しい現実を突きつけられた。

「岐阜や名古屋など、遠くから来てくれる常連さんのことを思うと、やめたくなかったんですけどね…結局、採算が合わず、牧場を引き継いでくれる人も見つからなかったから、牧場を閉鎖せざるをえませんでした。やめるときの方が、始めるときより決断のエネルギーが10倍くらい必要でした。精神的な苦労で、体重が5kgほど減りました。これはなってみないとわからない心持ちですね。苦渋の選択で、最終的には馬ではなく、自分の体を取りました」(弘康さん)

 目の手術を受けて3か月たった12月20日、この日が赤馬牧場最後の日となった。その後、馬は岐阜と軽井沢の個人に引き取られた。

「別れる当日、馬はどこかに連れて行かれるってわかるから、全然、馬運車に乗らないんです。雨の降る1月の寒い日なのに、大人数人がかりで汗だくになって、馬を押したり引っ張ったりしました。1時間半くらいかかって、やっと馬が車に乗った時、ぼくは廃人のようになっていました。疲れと、信頼できる人に馬を引き渡した安心感で。その後は、未練が残るから、1回ずつしか馬に会いに行っていません」

 今は妻とふたりで、退職金を出し合って建てた家に住み、ささやかな家庭菜園を作っている弘康さん。そこには、飼っているニホンミツバチの姿もある。

 今でも、『人生の楽園』は毎週の楽しみの1つだと言う。

「最近は蕎麦屋とか喫茶店とか、飲食店が多いですね。うちより立派にやっとるな、とか思いながら見ています(笑い)」

 最後に、もしも退職前の決断の日に戻れたらどうしますか? と聞いてみた。

「やっぱりもう一度牧場をつくりたいです。廃業した今でも連絡を取り合う常連さんが何人もいるんですけどね、その中のカップルが今度結婚するから、牧場の跡地でお祝い会をやる予定なんですよ。馬が人を連れて来てくれた、牧場がなくなってもそんなふうに思うんです」

 自分だけの“楽園”が見つかって、運よくたどり着けたとしても、そこには幸せだけがあるわけじゃない。それでも思わずにはおれない。“楽園“を見つけられる人は、そうでない人より幸せなのではないかと


[いずれもNEWSボストセプン]

Posted by nob : 2017年03月18日 16:45

安楽死と尊厳死/私も自らの生き方(⊃逝き方)は自分で決めたい。。。Vol.2

■筒井康隆vs長尾和宏対談 安楽死と尊厳死の違いとは

 日本で「死に方」の議論が過熱している。これまでタブー視されてきた「安楽死」の“解禁論”も叫ばれ始めた。作家・筒井康隆氏(82)が、月刊誌『SAPIO』(小学館刊)に寄稿した論考「日本でも早く安楽死法を通してもらうしかない」(2017年2月号)も大きな反響を呼んだ。この論考に注目した、日本尊厳死協会副理事長の長尾和宏医師(58)の要望で、終末期医療と尊厳死、安楽死を巡る二人の対談が実現した。

長尾:先生ご自身は、理想の死に方ってありますか?

筒井:15年くらい前に、自分が死んだという想定で、著名人が架空の死亡記事を書く『私の死亡記事』という本が文藝春秋から出て、私も書きました。杖をついて原宿を歩き回り、気に入らない若者を杖でぶん殴っていたら、最後は若者たちの返り討ちに遭い、袋だたきにされて死ぬと。若い頃はそんなことを書いたんだけど、やっぱり痛い目に遭うのは嫌(笑い)。

長尾:袋だたきにされても、そう簡単に死ぬとは限りませんからね。

筒井:そうなんですよ。だから、やっぱり一番理想なのは、安楽死が法制化されることなんですね。

長尾:いや、私は安楽死に反対ですよ。ところで先生の最期はがんを想定されていますか? 認知症ですか?

筒井:認知症にならない自信はありますね。MRIで脳を診てくれたお医者さんが、「少なくとも90歳まで脳は大丈夫」と太鼓判を押してくれた。頭ははっきりとしているのだから、やはり安楽死がいい。がんにしても、尊厳死だと苦痛が伴うこともあるわけですよね。

──医師が薬物を投与することで患者を死に至らしめる「積極的安楽死」は、日本では認められていない。一方、「尊厳死」は回復の見込みのない患者が延命治療を拒否して亡くなることを指す。長尾氏は「尊厳死には苦痛が伴う」という筒井氏の言葉に敏感に反応した。

長尾:それが違うんです。

筒井:違うんですか?

長尾:『SAPIO』の論考でも、尊厳死は〈治療を絶つことによる苦痛が伴うから安楽死ではない〉と書かれていますが、それは間違いです。無理に延命治療をやるから苦痛が起きる。延命治療をやめて、緩和ケアに専念すると苦痛がなくなって穏やかに死ねます。これが尊厳死なんです。

筒井:本当?

長尾:本当です。医師の多くは、延命治療を断つと苦痛が増すと信じているけど、実際は延命治療を最後までやるから苦痛が大きくなる。

 ここに尊厳死協会の私の会員証がありまして、裏に宣言書が書かれているんですが、自分が意思を示せない状態になった場合、無駄な延命治療はやめてくれ、モルヒネを打つなど十分な緩和ケアをしてくれという意思を示すものです。

筒井:それはいいですね。

長尾:先生は『SAPIO』で〈苦痛を和らげる薬を貰いながら死ぬ方がずっとまし〉と書かれています。それこそ我が国では安楽死ではなく、尊厳死なんです。

筒井:日本では尊厳死は許されているんですか?

長尾:法制化されていないのでグレーゾーンといえます。ただ現実には、在宅医療だと尊厳死は可能です。私は在宅で1000人の尊厳死を看取ってきて、逮捕されたことはありません。

 だけど、病院の先生はやりたがらない。病院には人の目がたくさんあって、尊厳死を行なった場合に、その医者に恨みを持つ看護師などが警察に密告したら、逮捕される可能性がある。

筒井:在宅医療でも、家族がチクるってことはないんですか。

長尾:家では医者と看護師と患者、家族の距離がものすごく近いんですよ。在宅医療の中で一体感が生まれるので、そういうリスクは少ないんです。だから、末期がんの人を100人受け持ったら、95%は最期まで在宅で看取ることができる。

筒井:在宅で死ぬのと、病院で死ぬのとでは、費用はどのぐらい違いますか。

長尾:一般に在宅のほうが安いです。高額になった場合、在宅でも病院でも、高額医療の自己負担額は上限が決まっているので、同じになります。しかし、尊厳死(平穏死)がどういうものか、世間ではまだまだ知られていない。リビングウィル(*注)も同様です。

【*注:終末期医療に関する意思を、生前にあらかじめ記しておく文書】

筒井:安楽死の議論にも誤解が多い。『文藝春秋』(2017年3月号)に「安楽死は是か非か」という記事が載っていますが、アンケートに答えている著名人の大半が、安楽死について勘違いしているように見えます。

 この記事で社会学者の上野千鶴子さんは、〈生まれる時も生まれ方も選べないのに、死に時と死に方を選ぶのは人間の傲慢〉といっていますが、痛いのや苦しいのは誰でも嫌なもの。子供でも「死ぬときは、楽に死にたい」と思うでしょう。それを傲慢だというほうが傲慢です。

長尾:上野さんは、どうやら尊厳死について誤解されているようです。著書『おひとりさまの最期』では、「在宅ひとり死」と名付け、24時間対応の訪問医療などを用いた在宅医療を提言している。それはつまり、「尊厳死」そのものなのですが、一方の『文藝春秋』のアンケートでは尊厳死にも安楽死にも反対と答えています。どうも主張が一貫していないように思います。

筒井:他にも、アンケートでは「認知症になったら安楽死したい」という人がいるけど、現実的にできるわけがないじゃないですか。認知症になってから自分で意思を伝えられるはずがないし、家族が許すわけがない。

長尾:だからこそのリビングウィルなんですけどね。

筒井:彼らにはこの記事を読んで、もう少し深く考えてほしいね。

[NEWSポストセプン]

Posted by nob : 2017年03月18日 16:37

起きてしまったことを消してしまうことはできないし、残された問題点は解消していかねば私たちは前に進めない。。。Vol.2

■廃炉について、デマと誤報を乗り越えるための4つの論点(下)

開沼 博:社会学者

>>(上)より続く

論点2:ほかの被災地の6年遅れで
福島の復興は始まる

 次に、福島問題のターニングポイントとなる、廃炉の3つの作業について取り上げる。

 今年は福島復興・1F廃炉にとって大きな転換点になる。復興から5年の節目だった去年よりも、今年の重要性は遥かに大きい。というのは、1Fとその周辺地域における実質的な復興作業が始まる年と言っていいからだ。具体的には、「相当な範囲で避難指示解除がかかること」と「廃炉作業の主軸が、汚染水対策から原子炉内の燃料取り出しに移っていくこと」の2点がある。

 まず、相当な範囲で避難指示解除がかかることの意味は大きい。3.11後の福島では、1Fから半径20km以内を中心に立ち入りができない警戒区域が設定され、その後、避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域の3区域に再編され今に至る。いずれの区域も許可なしに居住はできないが、汚染の度合いの低い避難指示解除準備区域、居住制限区域の避難指示が解除されることになるのが今年だ。

 ここで何が起こるのかというと、端的に言えば、宮城、岩手、その他地域も含む地震・津波被災地域が11年からはじめていた生活の復興、つまり仕事や教育、医療福祉の再建と、それらを基盤にしたコミュニティづくりを、6年たったいまから後追いで始めるということだ。

 6年間も人が住まなかった地域は、あらゆるものが消滅している。店も病院も人のつながりも、もっと目に見えない、例えば地域の魅力や、そこで暮らす人の生きがいのようなものも。建物の老朽化もひどく、取り壊される家も多いだろう。津波で流された町の再建ももちろん大変だが、原発被災地には廃炉の仕事で3.11後にやってきた人や、避難先との往復を続ける2拠点居住をする住民もいて、また別な課題が山積する。

 もう1つが、廃炉作業の主軸が汚染水対策から原子炉内の燃料取り出しに移っていくこと。ニュースなどを見ていてわかるだろうが、この6年間あらゆるリソースが集められてきた汚染水の問題に一定の目処がつき、いよいよ原発内部の本格的な調査が始まっている。これは汚染水対策から燃料取り出しへと軸が移りつつつあることを指す。

汚染水対策が一段落して
燃料取り出しに焦点が移った

 福島第一原発で何が起こっているのか。断片的な情報が飛び交い、総括的な議論がなされる機会が少ないので混乱している人も多いかもしれないが、基本的には以下の3つの作業が行われていると考えればよい。

(1)汚染水対策
(2)燃料取り出し(使用済み燃料&燃料デブリ)
(3)解体・片付け

 よく分からない動きがあっても、基本的にはこの3つの作業につながることをやっている。そういう目でニュースを見ればいい。いずれも廃炉工程が続く限り必要な作業だ。

 1つずつ見てみよう。まずは(1)汚染水対策。これが一定程度落ち着いたのは、話題の中心から去ったということだけではなく、例えば、1F内部で働く人の数からも読み取れる。昨年度までは1F内では7000~8000人程度の人が働いていた。これは凍土遮水壁の設置工事や、事務作業をする建物などの土木・建設工事が大掛かりに行われていたからだ。しかし、それらが終わった今年度は6000人ほどに減っている。作業が労働集約的なものから、燃料取り出しのような、より知識集約型のものに移りつつつあるからだ。

 (2)燃料取り出しには、2種類あることは押さえておきたい。1つが使用済み燃料の取り出し。これはその名の通り、一度発電で使ってエネルギーを失っている燃料だ。4号機ではこの燃料の取り出しが終わっている。次は3号機で取り出し作業が行われる予定で、近いうちに動きがあるのでニュースでも報じられるだろう。

 もう1つがいわゆる「燃料デブリ」、溶け落ちた燃料の取り出しだ。これはややこしい。今はどういう戦略で戦うのかを、事前調査をしている段階。具体的に取り出し作業をするのは20年の東京五輪以降になる。

 ちなみに、今も土木工事は続いている。どこで続いているかというと、航空写真で見るとわかるが、福島第一原発構内の北側、自治体で言うと双葉町側の森だったエリアで廃棄物を保管・処理するためのスペースを作っている。森だったところは全部木を切って、整地されている。そこには、これまで6年間の作業で使った、いわゆるタイベックスーツ(防護服)や構内で出た汚染の低い廃棄物を置く。

 (3)解体・片付けは、最終的には、取り出した燃料や建屋自体にも及ぶ。それらを私たちは最終的にどう処理するべきなのかは、まだ全く議論を始められていない。次世代以降に押し付けないためにも、議論だけでも始めておく必要がある。

 (1)汚染水対策、(2)燃料取り出し(使用済み燃料&燃料デブリ)、(3)解体・片付け――。この3つ作業のうち、何がどこまで進んでいるのか、いま起こっているトラブルはどの作業のトラブルで、他の作業にどんな影響をおよぼすのか。そんなモノサシを持って見ると、今後1Fで起こることの根本的な問題を把握しやすくなるだろう。

論点3:最先端の優秀な人材が
廃炉作業に集結するか?

 次に見るのは、必要な人材について。これも新たな戦略が必要な時期になっている。

 ここまで述べたように、時間の経過とともに作業の内容も質も変わってきている。はじめは土木作業などが中心で、とにかく頭数が必要だった。現場の放射線量も高かったから、一人一人が長時間働くにも限界があった。

 しかし、現在の作業は、また別の人材の確保が必要になってくる。1つは高度な技術を研究・開発し、イノベーションを起こし続けるような人材。燃料取り出し、特に燃料デブリの取り出しには高性能ロボットやドローン、バーチャルリアリティ(VR)など、先端技術が関わってくる。それらを操ることができるかどうかで、作業進捗は大きく変わる。

 石棺化したチェルノブイリの事例のみを見て「人類に燃料デブリ取り出し実績なし」と思っている人もいるだろうが、過去に原発事故後の燃料デブリ取り出しの実績はある。1979年に起きたスリーマイル島原発事故の処理だ。1Fでのデブリ取り出しに関する予算や工法は、スリーマイルを参考にして試算されている。

 社会に存在する技術は、当時よりは充実していることは言うまでもない。それはアドバンテージだ。一方、スリーマイル島原発事故と違い、3つの建屋が同時に事故を起こしている上に、原子炉内部でのデブリの溶け方に関しては、明らかに福島のほうが状況が悪い。つまり、作業は圧倒的にしづらい。ここはディスアドバンテージだ。アドバンテージを享受しつつ、ディスアドバンテージをクリアして廃炉を進めるためには、先端技術に精通した優秀な人材が必要になる。

 それでどうやって人材を集めるのかということだ。紋切り型すぎる言い方かもしれないが、分かりやすく言えば、グーグルやアップルに行くような、あるいはトヨタや日産に行って自動運転をやりたいというようなレベルの人材だ。最先端技術を開発しながら実用化に落とし込む知識と技術力が求められる。

 昔は、宇宙産業などと並んで原発も最先端技術だった。しかし、今の福島にそんな人材が集まるだろうか?「厳しい」――これは現場で働く多くの人が口にすることだ。廃炉という後ろ向きな作業に、若くて野心ある人材が集まるのか。しかし、これはどうにかして集めなければならないし、集めれば廃炉作業は様々な展開が可能になる。

地元出身人材の確保も
廃炉の未来を左右する

 さらにもう1つ、必要な人材がある。長期にわたる作業を地元に根づいて支える人材だ。現時点で1Fで働く人のうち、地元住民の割合は5~6割程度だ。

 原発内には様々な業務がある。原発作業と言われて多くの人がイメージするような仕事ばかりではない。6000人が働く場所だ。自動車整備工場やガソリンスタンド、コンビニや食堂もあるし、ガードマンもいる。こういう作業を長期に渡って支える地元人材の層が厚いことは、作業の中長期の安定につながる。

 しかし、この地元人材の確保も、現状は厳しい部分がある。決して魅力ある労働環境ではないから、人が定着しないのだ。

 現在、1Fで働く人の多くは午前3時、4時から起きる生活をしている。1Fと、住宅地やスーパーなどが充実しているいわき市などの居住地が40km以上離れているような人も多く、通勤に時間がかかる。

 さらに、全面マスクにタイベックといった格好での作業が続いた時期が長く、夏場の熱中症が労働災害として多かったことも、この早朝の涼しいうちから働きだす慣習につながっている。それが冬でも変わらずに定着した。1F構内に何時に何人入っているのか、というのは各作業員がつける線量計の貸出数で推計できるが、それによれば、ピークは朝9時、10時。つまり、夜明け前に現場に入り、昼前には作業を終えて帰るというリズムで生活をしている人が多いことがわかる。朝は渋滞も起こるから、我先にと現場に入る。

 まだ若くて独身だったり、子育てが終わった世代ならまだしも、そうでない人には厳しい勤務条件だ。

 この問題を解決するには、家族と住んでも生活に不便がなく、通勤もしやすい場所に町がないとだめだろう。ただ、その復興の見通しはまだ立っていない。先に述べた通り、1F周辺の地域の復興はやっとこれからはじまるのだ。

 そういった意味では、1Fの構内=「オンサイト」だけを見ていては、廃炉の全体像は見えない。「オフサイト」も含めた全体像を見る必要がある。そして、廃炉を直接担っている、そこで働く人々にとって、そこでの生活がどれだけ魅力があるものになるのかが問われる。

 そこに求められているものを端的に言えば、「夢」だ。私は1Fの状況を呑気に楽観視しているのではない。しかし、ネガティブな課題の中に、いかに創造性や最先端性を見い出せるのか。あるいは、周辺地域の生活に子どもたちとの未来を感じること、老後も住む魅力を感じることができるのか。実際に、 3.11以前は、長年発電所で働いた技術者が生活環境がいいからと、わざわざ双葉郡に移住するケースもあった。廃炉が未来に「夢」を描ける形で進んでいるのか、いないのか。そのモノサシは現場の人はもちろん、それを外から見る私たちにも求められる。

論点4:廃炉が無事に済んだら…
豊洲問題から1Fを考える

 最後に、議論されてこなかったことだが、意識しておくべき問題に触れる。仮に、1Fの廃炉が進んでいったとして、最終的にあの場所をどうするのか、という問題だ。

 当然、東電は答えを用意している。「更地にして返す。それが福島の被災者との約束だ」と。事故当事者である東電の立場からそう言うのは当然だ。地元住民の中にも、そうしてもらわないと困るという心情が確実にある。

 しかし、更地にして返すことだけが唯一のゴールなのかというと、議論の余地はある。

 ここで言う更地を「グリーンフィールド」と呼ぶことがある。これと対になる「ブラウンフィールド」という言葉もある。グリーンフィールドとは廃棄物、汚染物質などが残っていない環境になった土地のことだ。一方、ブラウンフィールドとは一定の汚染が残っている土地を指す。厳密な定義の議論はあるが、ここでは割愛する。

 分かりやすくするために、あえて話を時事ネタに飛ばす。私たちは築地市場の豊洲移転問題で気づいたことがある。日本国内で何らかの施設を開発するのに有用な土地で、完全にグリーンフィールドの土地がどれだけあるのかということだ。東京だけではない。地方でも、よほどの過疎地に行っても空き地・山林に産業廃棄物が置かれているのを目にすることは多い。

 豊洲移転の話を私たちが初めて知った時に、まずは完全にきれいにするべきだと思ったのは当然だ。しかし、その汚染のレベルが、飲水の環境基準で見てどうなのか、コンクリートで遮蔽してどうなのか、という議論が進んでいき、ましてや、汚染を完全になくして更地にするための予算が、青天井と言ってもいいぐらいに膨れることを知る中で、立場は分かれていく。

 じゃあ、豊洲はやめにしよう、築地こそがゼロリスクだ、と思って話を進めようとしたら、戦後進駐軍のクリーニング店があった影響で汚染土壌が見つかり、でもそこで長年飲食物を扱ってきた事実もあり…。そんな話が繰り広げられる。

 この件についてこれ以上議論は深めない。グリーンフィールドだけがベストアンサーではない、という視点は、私たち素人には持ちにくい。事実として、豊洲を当初そうしようとしたように、1F跡地もブラウンフィールドにしつつ、リスクを抑える策を最大限施し、折り合いをつけながら利用する可能性を探っていく方法もある。

 ブラウンフィールドでも問題がないと言っているのではない。仮に完全なグリーンフィールドを目指すとして、誰が膨大な費用負担をするのか。他に折り合いをつける方法があるなかで、敢えてグリーンフィールドを目指すとするなら、その社会的合意を誰がどう取るのか。

 1F廃炉についても、そういう議論は視野に入れていく必要がある。21.5兆円。それがさらに増えるという時に、どこをゴールにするのか。その設定の仕方次第で全く先行きは変わる。実質的にかかる費用と、いわば「不安・不満解消費」とを分けながら、どう見ていくのか。これは「理科・数学」の問題ではなく「社会・国語」の問題だ。

 廃炉のゴール設定について、これまで「石棺化すればいい」という議論をしばしば聞いた。この議論には大きく2種類ある。

 1つが「どうせ廃炉は無理なんだから、チェルノブイリのように、とにかく今すぐ周りをコンクリートで固めて石棺化しろ」という感情論レベルのもの。これは論外だ。チェルノブイリの場合は、ああせざるをえなかったし、ああすることで一定の安定状態になる状態だった。しかし、福島の場合は同じことをしても汚染水の問題をはじめ、リスク管理ができなくなる。議論の前提が違うもの(チェルノブイリと福島第一原発)を無理に並べて語ってみたところで、全く的外れな話にしかならない。

 もう1つは、石棺といっても、チェルノブイリのようなものを指すのではなく、一定の手を加えた上で、原子炉やデブリの一部をリスク管理可能な形にして残す、ブラウンフィールド的なものを目指すべきだという議論だ。見た目も、チェルノブイリの石棺とは大きく違ったものになるだろう。

 これは議論としてありえる。デブリを全量きれいに取り出すことができるのか、できるとして、その作業をコスト・リソースを大量にかけてでも完遂すべきなのか。その点を追求していった時に、ここまではやって、ここからはやらない。やらない部分は、例えば、人が簡単には侵入できないように、何かあったらメンテナンスできるように覆いとなる建物で囲むなどする。そういう落とし所を目指す議論だ。

 現状では、デブリを全て取り出し更地にする可能性を追求すべきだ。住民の思いもあるし、あらゆるリソースを投入することに大きな反発はない。しかし、数十年単位で見ればその前提は変わる可能性はある。その中で、リスクとコストのバランスを見ながら柔軟な議論をしていく余地を残しておく必要はあるだろう。

なぜメディアは
デマにつながる報道をしたか

 皆が合意できる点を見つけていく作業を、時間をかけて成熟させて行く必要がある。当然、豊洲移転の問題で指摘されているように、裏でコソコソやるようなことは許されない。徹底的に透明性を確保し、住民の参画も促しながら議論をすべきだ。

 そのためにも、1人でも多くの人が最終的にどうするのか、というモノサシも持つ必要がある。その中で、長期的な先行きが見えてくる。

 冒頭では650シーベルトのデマ報道による2次被害について触れたが、メディアが何の躊躇も反省もなくそうなっているわけではない。

 2月に日本記者クラブが主催する福島視察に全国の新聞・テレビの記者が来た。彼ら一人ひとりを見れば、本当に悩みながら報道している。これは間違いない事実だ。県内メディア、自治体関係者、私のような研究者と違い、日常の仕事があるから、ずっと福島を見ているわけにもいかない。でも、福島や廃炉を伝えなければならないと思っている。

 彼らもどうにか分かりにくいものを分かりやすくしたい、そして多くの人に問題意識をもってほしいとモノサシを提示しようとしている。その結果が残念ながら「その場に数十秒いただけで死に至るレベル」という表現になってしまった。ただ、議論を深めれば「報じないわけにはいかない話だったが、次からは活かしたい」「人が死に至るレベルといった上で、『それが外に漏れることはない』と付け加えればよかったのかもしれない」など、具体的な改善のアイディアが出てくる。こちらも、多くのことを考えさせられた。

 コミュニケーションを取り、学び合いながら次につなげる。これはメディアだけではなく、多くの人が1F廃炉を見る際に意識すべきことだろう。

 福島の復興や廃炉に限った話ではない。あらゆる社会問題は、時間が経つほどに追い続ける人が少なくなっていく。記者も行政官も、数年経てば人事異動で去っていく。ただ、その中で人が変わっても皆で共有する知見の水準を高め、引き継いでいくことを、より意識していく方法はあるはずだ。今後はそのことをますます意識する必要があるだろう。

[DIAMOND online]

Posted by nob : 2017年03月15日 16:14

起きてしまったことを消してしまうことはできないし、残された問題点は解消していかねば私たちは前に進めない。。。

■廃炉について、デマと誤報を乗り越えるための4つの論点(上)

開沼 博:社会学者

3.11から6年。いまだに福島第一原発を巡っては誤報やデマが頻発し、福島の復興を遅らせ、廃炉作業の足も引っ張っている。廃炉が一筋縄でいかないことは事実。しかし、事実を正確に知ったうえで、「性急に判断せずに粘り強く議論を続ける」姿勢が醸成されれば、道は開けていくはずだ。(社会学者 開沼 博)

今も止まらない誤報・デマ
2月に起きたドタバタ劇

 650シーベルト――。2017年2月、東京電力福島第一原発(以下、1F)では、2号機の内部を調査する過程で過去にない高放射線量が検出された。新聞はこぞって「その場に数十秒いただけで死に至るレベル」などと報じた。

 たちまち、1Fは「絶望の淵に立たされた」存在に立っているかのように扱われた。海外メディアは福島全体、あるいは東京までも放射線量が上昇したかのように報じ、再び原発事故が起こっているかのように語られすらした。明らかな誤報・デマの嵐に、米原子力学会はそれらの報道を「明らかな間違い」と冷静に対応するように声明を出したほどだ。

 しかし、それは単なる誤報・デマで止まらない。韓国の済州(チェジュ)航空は、今月18日に福島空港を出発、仁川空港に着いてソウルに向かい、20日に再び福島空港に到着するツアーのチャーター便を運行する予定だった。

 しかし、1Fの放射線量の「上昇」を受けて福島空港発着を拒否。福島空港ではなく仙台空港を利用するよう、ツアー主催のHISに要求し、客室乗務員も搭乗を拒否した。インターネット上では、済州航空への非難の声が上がったという。これを受けて日本政府は、韓国政府に3度に渡って抗議するも埒があかず、結局、HISは運航航空会社を日本航空に変更した。用意していた185席は、ほぼ満席だった。

 福島空港の放射線量は国内外の空港と同レベル、というか、むしろ福島空港よりも高い空港はいくらでもある。

 3.11前には福島空港から韓国への定期便が存在したが、6年間止まったままだ。日本全体ではインバウンド観光の激増が喜ばしい話題として扱われるが、福島は完全に取り残されて6年間を過ごしてきた。日本全体の外国人観光客数は、10年に比べて15年は238.5%と飛躍的に伸びた。しかし、同期間で福島県への外国人の観光客は58.7%へと減ったまま。その差は大きい。

2号機650シーベルトを
どう捉えるべきか?

 では廃炉の現場で働く者たちは、この2号機内部の650シーベルトをどう捉えたのか。彼らの言葉に耳を傾けてみると、意外な反応が返ってくる。

 端的に言えば「特にどうとも捉えていない」人が大部分。むしろ、これまで誰も見たことがなかった未踏領域への到達を喜ぶ声さえ聞く。

 当然だ。今になって1Fの構内で放射線量が上がったという事実は微塵もない。むしろこの6年間、構内の放射線量は下がり続け、空間を飛ぶ細かいチリ、ホコリの放射線量も都内・霞が関周辺と同程度になっている。

 原発の運転中は、原子炉内部で650シーベルトどころではない高放射線量が日常的に存在する。問題は、それを外部に漏れ出ないように隔離できているかどうかだ。今回、650シーベルトを発見できたのは、作業が進み、厳重に外部に漏れ出ないように隔離されていた原子炉を格納する容器の内部まで、遠隔操作をもって計測しに行くことができたからだ。

 もちろん、安全だという話ではない。そこに人間が行けば「その場に数十秒いただけで死に至るレベル」のは間違いない事実だ。ただ、原発が運転していた状態から6年たち、原発内で発生する熱エネルギーも放射線量も当然大きく減り、なおかつ、その放射性物質がザルのようにバンバン外に漏れ出る状態ではないことは自明だ(もし内部の放射能が外に漏れ出る構造にあったら、むしろ、もっと内部の放射線量は下がっている)。

 誤解を恐れずに例えるならば、「エベレストに登りました、人が長時間そこにいれば死に至るような過酷な環境がそこにありました」と言っているようなものだ。エベレストの未踏領域に行けばそういう状況があることは、その山を登る人は当然知っている。それがどのような環境なのか、はじめて現場に行って具体的にわかりました、やっとそこまで到達したんですねという話だ。

 もし、いま稼働している火力発電所のタービンの上に行って「ここに人がいれば数秒で死にます」と言えば「そりゃそうだ」と答えるだろう。元からそこにあった、わざわざ人が行く必要もない場所でもある。650シーベルトが見つかったことは「大発見!」などではない。

 先に言っておくが、今後作業が進む中で、もっと高い線量が出る可能性は高い。それは、作業が核心部の未踏領域に近づき、「Unknown」が「Known」になるからだ。例えば、1、3号機は今回調査した2号機よりも溶け落ちた燃料の量は多いと言われている。より事故状態の時間が長かったのだ。そういう事実関係を事前に把握しておく人がどれだけいるかどうかで、受け止め方は変わる。誤った方向に社会が進むリスクは減る。

マスコミや専門家の機能不全が
福島に「2次被害」をもたらす

 デマと差別は、無知と不安から生まれる。「その場に数十秒いただけで死に至るレベル」という情報自体は、正確な事実。ただ、それを聞いて、デマを含めた誤った情報が世界に流通するのは十分事前に想定できた話だ。

 一方、「6年経ってやっと作業がそこまで進んだのか」という現場の認識も正確な事実。しかし、両者には大きな乖離がある。どちらを考え、判断するためのモノサシとするのかで、社会が進む方向は大きく変わる。今回は明らかに被災地・被災者への偏見を助長し、済州航空の一件のような、具体的な経済的損失も出したと言わざるをえない。

 本来、メディア=媒介はこういうモノサシが複数存在する現象に対して、ズレた複数の世界観同士をつなぐ役割をもっているはずだった。専門家の役割もそう。しかし、福島の問題、とりわけ廃炉の問題についてはその役割が機能していない。

 いわゆる「風評被害」と呼ばれる福島忌避による経済的損失や、それを引き起こすデマ・差別は問題だと世間は言う。ではそれを何が作り出しているのかと言えば、バランスの取れた世界観を得られずにいる世間自体でもある。背景に、モノサシの機能不全があることは明らかだ。

 福島からの避難者へのいじめもそうだ。「福島から来たお前は菌だ、病気になる」と言われるのは、子どもの無知が原因だということになっている。だから、道徳の教科書を読ませておけば、いじめはなくなるという対処療法がとられている。しかし、あまりに皮相的かつ責任転嫁も甚だしい対応だ。これは大人自身の問題だ。大人が「福島から来た人間や一次産品が汚染されていることはない」とモノサシ・根拠をもって言い返せる前提がなければ、今後も問題は続く。

 3.11以降、日本はその前提を整えて来なかったから、現にそこに起こった災害・原発事故そのものとはまた別の、2次被害が起こっている。

 前置きが長くなった。1Fには6年たっても福島に残った問題、そして今後も中長期に渡って残り続ける問題が凝縮されている。安全かどうかを大声で叫び合う前に、「不安だ」「とんでもないことになる」「廃炉なんか無理なんだ」と錯乱する前に、そもそも私たちはどういうモノサシを持って、現実に向き合えばいいのか考えておくべきだ。以下、いくつか1F廃炉が抱える課題をあぶり出しながら、私たちが持っておくべきモノサシをまとめる。

論点1:外れ続けてきた
1Fへの「負の予言」

 最初に取り上げたいのは、1F廃炉の失敗を願う人々が喧伝する「絶望の象徴」化だ。

 1Fが「絶望の淵に立っている」という設定で語られたのは、今回の「650シーベルト大発見!」問題に始まったわけではない。オオカミ少年が「オオカミが来た」と何度も叫ぶように、「1Fは絶望の淵に立っている」と叫ぶ声が何度も聞こえてきたのが1Fの6年間だった。

 例えば、「大量の被曝による廃炉作業員の人員不足で作業が継続できなくなる」「4号機が崩壊して使用済み燃料が原子炉建屋の外にこぼれ落ちて再避難」「多核種除去設備(ALPS)が完成せず汚染水問題は窮地に陥る」といった話が、その時々のトレンドになる。

 マスメディアはそれを匂わす。SNS等はそれをデマ混じりに拡散する。「4号機 崩壊」などで検索していけばその残骸はいまでも観察可能だ。それを見れば「このままいけば、日本滅亡」とでも言わんばかりの、煽りと虚偽にまみれたものが多数存在することに気づく。喜々としてネガティブな情報だけを選別してTwitterなどSNSで流し「こういう話を求めていた。これが福島の現実だ」などと、したり顔をする「有識者」「思想家」も多数いた。

 しかし実際には、作業の進捗と時の経過のなかで、それらの予言は外れ続けてきた。現在、作業員の確保も4号機もALPSも、安定的な状態にある。

 もちろん、それは現場での多大な努力があったからだ。人員確保も4号機の安定化も多核種除去設備の稼働も、様々なリソースを結集したからこそ成立したことだ。手放し無策のままでも大丈夫でした、という話ではない。

 ただ、この手の予言が厄介なのは、無責任なオオカミ少年たちが手を替え品を替え、デマを通して恐怖の共感を集めようとする中で、本当に必要な課題への注視がなされず、必要な手立てが看過されてしまうということだ。

 そろそろ外れたことが明らかになる予言は「凍土壁は絶対に失敗する」というものだ。凍土壁が完成すれば、汚染水管理などの大きな課題の解決に向けて前進することは間違いない。ただ、ここから先に問題となるのは、膨大な量のタンクに貯蔵されている浄化済み水の処理とデブリ取り出しという、具体的な、より難度の高い課題だ。

 そもそも原子力規制委員会もしばしば指摘してきたことだが、凍土壁は根治療法ではない。よりハードルの高い課題を解決すべき状況が目の前に迫ってくるということこそが、私たちがもっと早い時期から意識すべきだったのを、「予言」は覆い隠してしまう。

 1F廃炉の話は難しい。だから多くの人が口をつぐむ。饒舌に話す一部の人間の言葉には、明らかな偏りがあった。一般レベルでの1F廃炉を取り巻く言説は、その失敗を願う人ばかりに固められてきた。失敗を願って拝んでいれば思考停止できるから楽だ。デマには事実を持って反駁し、失敗を願うことしかしない思考停止の愚者は放っておけばいいが、一方で、いかにすれば前に進むのか頭を悩ませ、汗をかく人の層を厚くしていく必要がある。

「失敗か成功か」の二択クイズでは
廃炉の真実は見えてこない

 先日の2号機内部のサソリ型ロボットによる調査は最終的に想定していた作業を完了できず、結局、ケーブルを切って内部に放置することになった。その後開かれた記者会見では、どうにかして東電の担当者に「失敗した」と言わせようという問答が繰り返された。東電が「成果があった」という態度を取り続けたからだ。

 果たして失敗したのか、それとも本当に成果があったのか。ここでも正しいモノサシでもって考える姿勢が必要になる。

 途中でロボットが動かなくなったということは、当初の想定通りにことを進めるという意味では明確に失敗だった。一方で、今回は1F内部の情報を、カメラなどを入れながら細かく捉えることが目的であり、その意味では、一定の成果があったとも言える。

 東電が「失敗しました」と涙を流しうなだれる姿を見たい人はいまでも多いだろう。それでスッキリする人もいるかもしれない。ただ、この問題を追いかけ続け、どうにかしたいと思っている私にとっては、そんなものを見せられても何の得もない。知りたいのは、どんな情報が取れて、それがどれだけ意義あるもので、次の工程にどんな影響を与えるのか、ということだ。近日始まる予定の1号機内部の調査をはじめ、デブリ取り出し前の作業の今後につながる何かがあるのかということだ。さらに、それがどのように地域の復興に影響しうるのかということだ。

 成功か失敗か、という二択クイズをやっていては見えてこない、クロともシロともつかないことの中で、私たちは考え続けなければならない。同じようにシロクロで評価できない出来事は、今後も繰り返し起こるだろう。

 廃炉費用は21.5兆円で、当初想定していた額の倍になった。これは問題だ。電力消費者や国民の負担が出ることの正統性も、熟議されるべきなのは当然である。一方で、「こんな膨大な額の無駄遣いはだめだ。削減しろ」とでも言わんばかりの議論がある。

 では単純にカネをかけない、そして、技術もヒトも集まらなくていい、という話になったらどうなるか。ただでさえ30~40年かかると言われる廃炉の計画がさらに長期化するだろう。「そもそも30~40年なんて無理なんだ」という議論もあるが、現状ですら無理である可能性があるものが、さらに難易度を増すということだ。

 いかに効率的にカネをかけるか、あるいはこれだけの額をかけるからには、いかなるアウトプットを得られるのか。こうしたことを具体的に考えるには、相当な知力体力が求められる。

 とは言っても、普段から経済政策や外交防衛、医療福祉を考えて議論するのと大きなレベルの差はないと思う。ただし、最初に学んで前提知識をつけるためのツールが、廃炉に関しては大きく不足しているのも事実だった。だから私は『福島第一原発廃炉図鑑』という本を昨年刊行した。「いかにすれば前に進むのか頭を悩ませ、汗をかく」というモノサシをもち、思考停止しない人が求められているからだ。

>>(下)に続く

[DIAMOND online]

Posted by nob : 2017年03月15日 15:48

私は極端に身体が固いのですが、特に疲れやすくはありません、、、それでも柔らかくなりたい。。。

■疲れやすいのは「体が硬い」せいかもしれない

べたーっと開脚したり前屈する姿を見ると感心しますが、体が柔らかいことは健康面でメリットがあることを知っていますか?

「私は体が硬いもので」「歳のせいかめっきり体が硬くなって」などと嘆く人は多い。確かに硬いより柔らかいほうがいいような気がするが、実際のところ体が硬いとどのような不都合があるのだろうか。そもそも体のどこがどのように硬いのだろうか。

 体の「柔軟性」という言葉があるように、柔らかさの定義を調べたほうが話が早そうだ。厚生労働省によれば、柔軟性とは「筋肉と腱が伸びる能力」のことで、筋力、瞬発力、持久力、調整力とともに基本的な運動能力のひとつとされている。つまり体が硬いということは、筋肉と腱が伸びる能力に欠けるということである。

体力テストの「前屈」の意味
柔軟性は代謝や血行に影響する

 柔軟性には「静的柔軟性」と「動的柔軟性」がある。静的柔軟性はいわゆる体の柔らかさで、一般に柔らかいほど普段の生活でのケガが少なく、疲労も回復しやすいとされる。動的柔軟性は体の動かしやすさ、つまり運動のしなやかさのことで主に競技能力に関わるものだ。言い換えれば、体が硬いと動作が不自由なだけでなくケガをしやすく、疲れやすいということになる。また体が硬く緊張状態にあると代謝や血行が悪くなりやすい。つまり腰痛や肩こりなどの不調や、免疫や代謝などあらゆる体機能の低下につながるとの説もある。

 体力テストの立位体前屈で体を深く曲げられたとして、「それに何の意味があるの?」とお思いの人もいるかもしれないが、柔軟性が高いということには大きな意味があるわけだ。

 前述のように体の柔軟性は「関節可動域」により左右される。関節可動域とは字面のとおり、体の各関節が自然に動くことのできる範囲のことで、「骨格構造」と「軟部組織(筋肉や関節など)」によって決まる。骨格の構造は生まれつきのものであり、努力によりどうにかなるものではないが、体の組織なら変えることはできる。

 関節可動域を変えるための手段がストレッチ運動だ。私たちはストレッチをすると関節が動きやすくなったり、筋肉が伸びやすくなること、運動前や後のストレッチが大切であることを経験から知っているが、もともと筋肉や関節の柔軟性を高めるための運動なのである。

ラジオ体操は優秀なエクササイズ
過度な効能を謳うストレッチにはご用心

 ストレッチには、比較的軽い運動というイメージがある。やりようによってはいくらでもキツくできるのだが、一人でもできる、時間や負荷を簡単に調節できる、場所を選ばないという意味でとっつきやすい運動なのは確かだ。

 運動の習慣がなく体の硬い人が、どれストレッチでも始めてみようというとき、困るのが選択肢の多さだ。ほとんど「効能」に近いことを謳う様々なストレッチやその類があり目移りしてしまう。

 無難なのは定評のあるストレッチを選ぶこと。例えばラジオ体操第一・第二もいいだろう。全身の筋肉や関節を動かすようにデザインされた体操だから、ストレッチとしても優秀である。体が覚えているはずだからとっつきやすく、見かけ以上にカロリーを消費するのでダイエット向きでもある。

 あえて流行に乗ってしまうのもよい。メディアに当たれば、ここ最近話題となっているストレッチがいくつかみつかるはず。現在は背中柔軟性ストレッチ、横隔膜ストレッチが話題に上り続けている。極端な内容だったり、ありえないほど多くの効能を謳っていない限り、どれでもいい。その場で試してみて「キツいけれど気持ちいい」と感じたら、そのストレッチに決めてしまおう。続けるにはまず始めてみることだ。

(ライター 工藤 渉)

[DIAMOND男の健康]

Posted by nob : 2017年03月15日 15:30

アレルギーとまでは言わないまでも、私の場合はウェイトロスはもちろん、乾燥肌や蕁麻疹などが大幅に改善しました。。。

■ジョコビッチ選手を変えたグルテンフリーの食事法の効果(前編)

文:山本奈緒子

錦織圭選手の大活躍とともに、テニスが注目を集めています。その錦織選手が2014年、準優勝をした全米オープンで、決勝進出をかけて死闘を繰り広げた相手が、現在、世界ランク1位のノバク・ジョコビッチ選手。

そのジョコビッチ選手の著書が、いま驚異的な売り上げを記録中です。その著書のタイトルは、『ジョコビッチの生まれ変わる食事〜あなたの人生を激変させる14日間プログラム』というもの。10万部を超え、Amazonでも総合3位に入るなど、その勢いはとどまるところを知りません。

実は世界トップのアスリートであるジョコビッチ選手、ある食事法を取り入れた途端、劇的に成績がアップ。いきなり3つのグランドスラム大会を制し、一躍、世界ランキング1位に躍り出ました。好調は現在も続いており、2015年もウィンブルドンや全米オープンなどグランドスラム大会3勝。さらに4度目の年間世界ランキング1位が確定するなど、まったく他を寄せ付けません。

ではジョコビッチ選手は、一体どんな食事法を実践したのでしょうか?それこそが、ダイエットだけでなく、実は今や多くの一流スポーツ選手やアスリート達が取り入れ始めている食事法、“グルテンフリー”なのです。

そこで、グルテンフリーの目を見張る効果と、実践する上でのポイントなどを、その著書から抜粋してご紹介しましょう。「疲労感が抜けない」「いつも頭がボンヤリしている」という人は、ぜひ試してみてください。

そもそもグルテンフリーとは?

グルテンとは、小麦や大麦、ライ麦といった穀物に含まれるタンパク質のこと。実は、自分では気付いていないことも多いのですが、このグルテンのアレルギーを持っていて、小麦などの穀物を食べると、息切れやめまいといったさまざまな不調を起こす人が、意外にも多いのだそうです。

ジョコビッチ選手は、まさにそのアレルギーの持ち主だったのです。そこで、パンやパスタなど、グルテンを含むあらゆる小麦製品を断って、健康を取り戻そうとしました。それが、グルテンフリー食事法というわけです。

グルテンフリーで得られる効果

ジョコビッチ選手は、グルテンフリーの食事法を14日間取り入れたところ、1週間たったあたりから、次のような効果があったそうです。

・身体が軽くなり、やる気が湧いてきた
・体重が減少した
・脳内の霧が晴れ、思考が明瞭になった
・長年悩まされていた鼻詰まりが消えた

その後、試しに再びグルテン製品を摂取したところ、あっという間に、めまいとさまざまな不調が再発したといいます。

このグルテンアレルギーは、気付きにくいのですが、「5人に1人が持っている」といわれています。いつも身体が重い、すぐ気弱になる、という人。「ストレスのせいだ」と片付けているかもしれませんが、実はグルテンアレルギーによるものかもしれません。試しに14日間だけ、小麦製品をやめてみてはいかがでしょうか?

グルテンアレルギーか調べるテスト方法

「もしかしたら、自分もグルテンアレルギーかも」と思った人には、簡単に調べられるテストがあるので、ご紹介します。それは、以下の方法です。

1.まず、左手をお腹に当て、右手は真横にまっすぐ伸ばす。
2.誰かに右手を下方向へ押してもらい、自分は右手を下へ押されないよう抵抗する。このときの右手の反応が、健常な状態のときの身体の反応である。
3.次に、左手にパンを持ち、お腹の前に当てる。右手は2と同じく、真横にまっすぐ伸ばす。
4.再び、右手を上から下方向へ強く押してもらう。このとき、パンを持っていないときより抵抗する力が弱い場合、身体がパンに含まれる小麦を拒絶している証拠といえる。

このテストは、パン以外の物でも応用できます。試しに携帯電話を持ってやってみると、「その電磁波が腕の力を弱めていることに気付くだろう」とのことです。

グルテンフリーはダイエットに最適

アレルギーでなくても、小麦は糖分が多いので、血糖値を急激に上げてしまうという弊害があります。糖質の多いものを食べると、身体は血液から血糖を取り除こうとします。そして脂肪細胞を血中にたくさん送り込んで、血糖を取り込ませようとするのです。

逆に考えれば、小麦製品を食べないようにしさえすれば、血糖値が急激に上がることもなくなるし、脂肪細胞を血中に送り込む必要もなくなる。つまり、太りにくくなるということです。

実際にジョコビッチ選手は、グルテンフリーの食事を始めてから、それまでなかなか落ちなかった体重が5kgも落ち、身体が軽くなったそうです。グルテンフリーは健康的に体重を落とせるので、ダイエットをしている人にもお勧めの方法といえます。

グルテンを含む食べ物

では、グルテンはどんな食べ物に含まれているのでしょうか?例を幾つか挙げてみましたので、参考にしてください。

・パン
・パスタなど小麦から作られた麺類
・揚げ物の衣
・ケーキやドーナツなど小麦から作られたスイーツ
・クッキーやクラッカーなどのスナック
・ビールなど麦芽から醸造されたアルコール飲料
・醤油や味噌などの調味料
・加工チーズ
・インスタントのお茶やコーヒー
……などなどです。

ひと口にグルテンフリーの食事をとるといっても、グルテンを含む穀物は実に多くの食品に使われているので、常に原材料をチェックする必要がありますね。

今回は、ジョコビッチ選手の著書から、グルテンフリーの効果と実践する上でのポイントを、簡単に抜粋してみました。

原因不明の体調不良に悩まされていたり、ダイエットしてもなかなか痩せないという人は、ジョコビッチ選手にならって、まずは14日間だけ、グルテンフリーを取り入れてみてはいかがでしょうか?


■ジョコビッチ選手を変えたグルテンフリーの食事法の効果(後編)

現在、世界ランク1位のテニス選手、ノバク・ジョコビッチ。その彼が著書『ジョコビッチの生まれ変わる食事〜あなたの人生を激変させる14日間プログラム』で明かした“グルテンフリー(小麦や大麦、ライ麦といった穀物に含まれるタンパク質を一切摂らない食事法)”は多くの人の注目を集め、今や一流スポーツ選手、アスリートの多くが取り入れるようになっています。

前回は、そのグルテンフリーについて、効果や実践法などを中心に解説しました。

後編の今回では、実際にジョコビッチ選手がおこなっている食生活の内容について紹介したいと思います。

起きたらまず摂取するもの

ジョコビッチ選手には、朝の習慣が2つあります。

1つ目は、グラス1杯の常温の水を飲むこと。寝ている間、身体は何時間も水分を摂っていません。そのため、起きて活動を始めるための水分を必要としています。

ただし、このとき氷水を飲むことは避けているそうです。身体は、入ってきた水を体温と同じ温度まで温めようとして、消化器官へ血液を送り込んできます。冷たい水を飲むと、そのプロセスに多くの血液が使われ、消化が遅くなるだけでなく、筋肉への血流が妨げられてしまうのです。

ちなみにジョコビッチ選手は、朝だけでなく、一日を通して温かい水を飲むようにしているそうです。

2つ目は、スプーン2杯の蜂蜜を摂ること。身体は糖分を必要としていますが、悪い糖分を摂ると、血糖値が乱高下することになります。そこで良い糖分である蜂蜜を毎朝摂っているそう。さらに、ジョコビッチ選手は、通常の蜂蜜より抗菌作用の高いマヌカハニーを、できるだけ摂るようにしているそうです。

ジョコビッチ選手の朝食

それではジョコビッチ選手は、どんな朝食を摂っているのでしょう?彼は“パワーボウル”と称して、普通サイズのボウルに次の材料を混ぜて、毎朝食べています。

・グルテンフリーミューズリー、またはオートミール ※ オーツ麦を脱穀し、平たく押し潰したものがオートミール。そのオートミールにドライフルーツやナッツを加えたものがミューズリー。
・一握りの分量の様々な種類のナッツ(アーモンド、クルミ、ピーナッツなど)
・ひまわり、またはカボチャの種
・スライスした果物(バナナや様々な種類のベリーなど)
・ココナッツオイルをスプーン1杯
・ライスミルク、アーモンドミルク、またはココナッツウォーター

毎朝、これらの材料の割合を変えて、味に変化を付けています。日本人には馴染みの薄い食材も多く含まれていますが、輸入食品を扱うお店やネットショップなら、入手が可能です。ぜひ試してみてください。

これだけでは足りず「もう少し何か食べたい」と思ったときは、パワーボウルを食べてから20分後に、グルテンフリーのトーストやツナ、アボカドを食べているそうです。

20分の時間を空けるのは、消化を良くするため。胃は、炭水化物とタンパク質を同時に消化することができません。そのため、このパワーボウルのような炭水化物と、間食に含まれるタンパク質を同時に摂取すると、消化にエネルギーと時間を要します。

すぐにタンパク質が入ってくると、胃に負担をかけてしまうので、胃が適応できる時間を20分与えているのです。

ジョコビッチ選手のランチ

ジョコビッチ選手の典型的なランチは、“野菜入りグルテンフリーパスタ”です。グルテンフリーパスタは、キノアかソバで作られています。

野菜は、次のものを混ぜています。

アブラナ、トマト、キュウリ、ブロッコリー、カリフラワー、インゲン豆、ニンジンなど。このグルテンフリーパスタと野菜に、オリーブオイル、少量の塩を混ぜるのが定番です。

反対にジョコビッチ選手が食べないのは、トマトソースなどのソース類。とくに缶詰のトマトソースは添加物が多く含まれているうえ、胃がもたれるので消化が遅れてしまうそうです。

ジョコビッチ選手の夕食

夕食は、肉か魚といったタンパク質を中心に摂ります。具体的には、牛肉のステーキか鶏肉、サーモンが多いそう。肉はローストかグリル、魚は蒸すか短時間茹でる、という調理法を取ります。これに、蒸したズッキーニやニンジンなどの野菜類、またはヒヨコ豆やレンズ豆、スープなどを加えます。

アルコールは、ときどきグラス1杯の赤ワインを飲むのみ。ビールやウォッカなどは、麦から作られているので飲むことができません。

摂取していい水分は?

お茶は、いつ飲んでもOKな飲み物です。とくにジョコビッチ選手は、リコリスティーとジンジャーレモンティーを好んで飲むそう。リコリスティーはカフェインが入っていないのに目覚まし効果があるので、オススメです。

“食べ方”で心がけていること

ジョコビッチ選手が食事を摂るときのルールとしているのが、「ゆっくりと意識的に食べること」です。

早く食べると、胃に一度に大量の食べ物が押し寄せてくるため、胃は得た情報を処理する時間がなくなり、消化が遅くなってしまいます。そのため「満腹」のサインが出なくなり、食べ過ぎてしまうのです。

さらにジョコビッチ選手は、食事中は次のことを実施しています。

・テレビを観ない
・メールを見ない、送らない
・誰かと長々話さない

このようにして、食事中は噛み砕くことに集中します。それにより、唾液に含まれるエンザイムが食物と混ざり、より正確に胃に「情報」が伝わるからだそうです。

いかがですか?ジョコビッチ選手もそうであったように、自分では気付いていないけれど、実は小麦アレルギーを抱えており、それによって様々な不調に悩まされている人は意外と多いようです。ぜひ、彼の食事内容を参考に、14日間のグルテンフリーを試してみてください。


[いずれもRhythm(リズム)]

Posted by nob : 2017年03月04日 17:01