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遇うは別れのはじまり、、、

別れは新たに遇うはじまり。。。

Posted by nob : 2012年06月30日 12:37

これが民意。。。

■首相官邸前で15万人の大規模デモ、原発再稼働に抗議、福島からも駆けつけ

 関西電力大飯原発(福井県おおい町)の再稼働を2日後の7月1日に控え、6月29日に首相官邸前(東京都千代田区)で再稼働に反対する大規模なデモが行われ、主催者発表で15万人の参加者にのぼった。
 
 総理官邸前交差点にはデモ開始1時間前の午後5時時点ですでに100メートル以上にわたり人びとが列をなしており、その後も交差点に向かう四方の歩道から参加者が集まり続けた。デモ開始から約1時間後には交差点の両車線が封鎖されるほどの巨大なデモにふくれ上がった。参加者は約2時間にわたり「再稼働反対」、「野田やめろ」などと声を張り上げた。

 福島第一原発事故以降、ドイツでは25万人規模のデモが行われるなど、世界各地で大規模な抗議活動が行われていたが、当の日本では数万人規模の反原発デモは数少なかった。官邸前のデモも市民グループ「首都圏反原発連合」の呼びかけで毎週金曜日に行われていたが、4月時点の参加者は数百人程度だった。
 
 しかし、6月16日に野田政権が大飯原発の再稼働を正式決定すると参加者が急増。前回の6月22日には主催者発表で4万5000人(警察発表1万1000人)と膨れあがり、再稼働を目前に控えた今回はさらに3倍以上に拡大した。

 多数の参加者がツイッターやフェイスブックなどのSNS経由で集まっており、デモへの参加が初めてという声も多く聞かれた。
 
 ツイッターの呼びかけで東京都豊島区から参加した塚越仙奈さん(38)は「福島原発の事故以降、子どもに給食を食べさせられなくなった。ストレステストなども中途半端なまま原発が再稼働されることには怒りしかない」と語気を強めた。フェイスブックの呼びかけで参加した大学生の豊永拓人さん(18)は「原発は絶対にないほうがいい。デモでみんなの意見が政権に伝わるはずだ」と語った。

 福島県からの参加者も多く、郡山市から十数人のグループで来たという人見やよいさん(51)は「福島のことをなかったことにされたくない、という一心で東京にやってきた。福島の事故原因の検証も不十分なのになぜ安全だといえるのか」と激怒。大惨事が起きながらわずか1年あまりで原発の安全性を確保したとする政府への不信感を露わにした。
 
 人見さんは、所属する市民団体「原発いらない福島の女たち」のメンバーらとともに、29日昼から国会前で抗議行動を行い半日にわたり政権への怒りをぶつけた。

安全対策が放置された大飯原発再稼働

 大阪などの電力の需要消費地に電力を供給する大飯原発は、昨夏から再稼働の有力候補だった。政府は今年も原発の再稼働なしには今夏に関西で14.9%の電力不足に陥る、として再稼働を急いだ。野田佳彦首相は「安全性は確認できた」とするが、安全性への疑問は山積してる。

 昨年7月に欧州連合(EU)の導入を参考に決められたストレステスト(安全評価)の実施が不十分だという点だ。
 
 ストレステストは当初、1次評価と2次評価の実施が予定されたが、現状は1次評価しか行われていない。1次評価は想定を超える地震や津波に対し、安全上重要な設備がどの程度の余裕があるかを検証するもので、コンピューター解析など机上の計算にすぎない。
 
 2次評価は過酷な事故が起きた場合に、放射性物質を閉じこめることができるのか、構造的な健全性や機能について設計上の余裕を超えてどの程度安全性が確保されるか評価するものだ。
 
 当初、「運転の継続または判断を評価する」ものとして、11年末を提出期限としていたが、いまだ電力会社による提出はされていない。

 この点に関しては2月に、あの原子力安全委員会の斑目春樹委員長でさえも、「1次評価と2次評価はセット。安全宣言をするつもりはない。再稼働とは無関係」と発言し波紋を呼んだ。

 そもそも、本家のEUのストレステストは2次評価の内容に近く、2次評価がより重要だという専門家の指摘も多い。

 また、政府は福井県の要望に応える形で4月に「仮の安全基準」を策定したが、今後数年間かけて行われる対策もある。この安全基準は経済産業省原子力安全・保安院が出した「30項目の安全対策」が中心となっているが、そのうちのベント(排気)の際の放射能漏れを軽減するフィルター付きの設備の完成は2015 年度までかかる見込み。災害時の対策本部となる重要免震棟などの建設もこれからだ。
 
 つまり、7月1日の再稼働の時点では、福島の事故を教訓とした対策が完了しているどころか、“経済産業省が作った安全基準”すら実施されていない「見切り発車」にすぎない。

 大飯原発を視察した福島瑞穂・社民党党首は「大飯原発の地下には活断層がある可能性もある。十分な検証をすべき」とデモの中で指摘した。

 このように課題が放置されたなかでの再稼働が目前に迫り、市民による抗議行動は活発化している。7月1日には市民団体が東京の新宿駅前でもデモを予定。このほか札幌や熊谷など全国各地で今週末にデモが行われる予定だ。

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[麻田真衣 撮影:今井康一 =東洋経済オンライン]

Posted by nob : 2012年06月30日 08:47

公金に群がる同じ穴の狢ども、、、民意無視の暴挙を歯止めるのは私たち一人一人の意識と意志の総合力のみ。。。

■東電国有化、1兆円投入 株主総会で正式決定

 東京電力は27日に都内で開いた株主総会で、再建のため実質国有化を受け入れることを正式に決めた。政府は7月25日に1兆円を払い込む予定。筆頭株主の東京都が経営の透明性向上などを求めた4議案は否決されたが、議決権ベースで約14~21%(速報値)が賛成し一定の支持を得た。他の株主による脱原発提案の賛成は約8%だった。

 総会ではコスト削減不足を問う声や、柏崎刈羽原発(新潟県)の再稼働を前提にした再建計画への批判も噴出。福島第1原発事故からの信頼回復の遅れや収益改善の難しさが浮き彫りになった。

[47NEWS]


■東電、実質国有化決定=「脱原発」提案、全て否決−電力9社が株主総会

 東京電力や関西電力など電力9社は27日、定時株主総会を開催した。東電の総会では、原子力損害賠償支援機構を引受先とする1兆円の優先株発行のための会社提案が可決され、国が過半数の議決権を保有する実質国有化が正式に決まった。また、東電福島第1原発事故を受け、東北電力や中部電力など7社で「脱原発」や再稼働凍結を求める株主提案が出されたが、いずれも否決された。

[時事通信]

Posted by nob : 2012年06月29日 11:12

気を遣われる側には、、、

遣う側の気持ちは解らない。。。

それでもいつも遣う解る側でいたい。。。

Posted by nob : 2012年06月23日 22:00

期待も過ぎれば依存に、、、そしてやがて束縛に。。。

■幸福の源を持っていない人は倦怠につかまってしまう
【41】期待
アラン 、 村井 章子

今日の一言
期待を生むのは尽きることのない創意工夫であり、それが行動を導き、仕事に喜びと輝きをもたらす。

 火事を見ると保険のことを考えさせられる。保険は一種の女神だが、幸運の女神のようには愛されていない。それどころかむしろ、怖がられている。人々はわずかばかりの保険料を、それもいやいや納めるだけだ。それも無理はない、保険の恩恵は、不幸と一緒にしかもたらされないのだから。

 いちばん望ましいのは、言うまでもなく、家が火事にならないことである。だがこれは、手や足がついているように、あって当たり前でありがたみの感じられない幸福である。こんな消極的な幸福にお金を払うのは、なんだかばからしい。保険料を惜しげもなく払うのは、何にでも気前よく払う大企業ぐらいのものだろう。とは言え、一日の終わりに儲かっているのか損をしているのかわからないような大企業の幹部は、いささか気の毒でもある。たぶん彼らには、下っ端の社員に権力を振るうことぐらいしか楽しみがないのだろう。

破産に対して保険をかける商売人などいない

 先々の期待は大きいが財力には乏しいという連中は、保険が好きになれない。破産に対して保険をかける商売人などいるだろうか。いちばん簡単なのは、一定以上の利益が上がったら共同で積み立てておくことである。こうすれば、加入した店は差し引きでまずまず繁盛できるだろう。店主は役人のように固定給と恩給を保証されるだろうし、望めば医者にかかる費用や病気の間の手当も保証されるだろう。いや新婚旅行や慰安旅行も保証されるかもしれない。じつにみごとな知恵であり、理屈のうえではたいへんすばらしい。

 だが、物質的な生活がこうして文字通り保証されたとしても、幸福それ自体が生み出されるわけではないことを忘れてはいけない。自分の中に幸福の源を持っていない人は、行く手に待ち構える倦怠にすぐさまつかまってしまう。

期待を生むのは尽きることのない創意工夫

 富籤(とみくじ)の女神は、古代の人々には盲目の幸運の女神と呼ばれていて、いまでも保険よりずっと愛され崇められている。期待は途方もなく膨らみ、外れる心配という代償はあるけれども、誰もそんなことは気にしない。もし、あらゆる保険を扱う事務所のようなものがあるとしたら、その入り口には地獄の門よろしく「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」 と書いておかねばなるまい。

 これに比べれば、期待に胸膨らませる商人はずっと恵まれている。期待を生み出すのは、野心だけではない。そもそも野心は虚栄心に過ぎない。期待を生むのは尽きることのない創意工夫であり、それが行動を導き、仕事に喜びと輝きをもたらす。

 牛乳売りの女は、ミルク壷を見るとさあ働こうと考える。仔牛も牛も、仔豚も豚も、世話が必要だ。毎日せっせと働いていれば、次から次へと仕事が出てきて、ますます一生懸命になるものである。期待は壁を打ち壊し、いまは見えていない物を見せてくれる。はびこった雑草やいばらの茂みの中に、整然と耕された野菜畑や花畑を見せてくれるのである。だが保険は、壁の中に人を閉じ込めるだけだ。

祝福するとは腕前や技を祝うのではない

 賭けへの情熱たるや、考えてみるとたいしたものである。賭けをするときに人が向き合うのは、掛け値なしの偶然、それも自ら好んで作り出した偶然である。ありがたいことに、賭けの危険に対しては無料の保険がある——賭けなければよい。だが暇のある人の大半は、期待と不安という表裏一体の姉妹を熱愛し、トランプやさいころに飛びつく。しかも腕前で勝つより幸運で勝つ方を得意に思うらしい。

 「祝福」という言葉が意味するのは、まさにこのことである。すなわち祝福するとは幸福を祝うのであって、腕前や技を祝うのではない。古代の人々は神から恩寵を授かることを指してこの言葉を使ったが、神々の時代が終わっても、言葉は生き残っている。人間がこういう生き物でなかったら、ずっと昔から平等の正義が支配していたことだろう。だが人間は、単純なことをあまりありがたがらない。シーザーは他人の野心を利用して支配したが、これなどは最高の形で成就した期待と言えよう。

[日経ビジネス]

Posted by nob : 2012年06月23日 21:53

幸せな人は、、、いつでもどこにいても幸せ。。。

■忙しくしているからこそ、幸福でいられる
【40】賭け
アラン 、 村井 章子

今日の一言
忙しくしているからこそ、幸福でいられるのである。落胆して不幸なときでさえ野心家が幸福になるのは、不幸を退治する方法を追い求めるからだ。

 「一人で暮らしていて、欲望であれ不安であれ金の力で万事解決する人は気の毒だと思う」と誰かが言っていた。「年をとったり、ちょっとでも病気になったりしてごらん。どうしても、自分のことばかり考えすぎてしまう。妻や子供がいたら、始終心配事はあるだろうし、いつまでたっても借金から解放されないかもしれないが、見かけよりずっとしあわせなものだ。何と言っても、胃の調子のことなんて、考える暇もないからね」。こうしたわけで、多少の借金はあった方がいいのだし、借金があってもあまり苦にしないことである。

 平凡でもおだやかで波風のない人生がよい、と人はよく忠告する。だが、そういう平凡な人生を送るためにはたくさんの知恵が必要なのだ、という忠告は十分になされていない。富や名誉を軽蔑することなど、簡単である。だが、富や名誉を追い求めないと決めたうえで、退屈せずにいることはむずかしい。

 野心家は、めったに得られない幸福を見つけようと絶えず何かを追いかけている。だが野心家は、こうして忙しくしているからこそ、幸福でいられるのである。落胆して不幸なときでさえ、やっぱり彼は、その不幸によって幸福になる。と言うのも、不幸を退治する方法を追い求めるからだ。こうして追い求めることが、不幸をほんとうに退治する。このように、外から迫ってくる明らかな必要性は、頭の中でひねり出した歪んだ必要性よりはるかに価値がある。

根っからの賭事師は運任せの賭けに夢中になる

 賭けへの熱中には、冒険熱からよけいな飾りを剥ぎ取ってむき出しにした姿を見ることができる。賭けにのめり込む人は安全など考えもしないが、だからこそ賭けはおもしろいのだろう。そこで根っからの賭事師は、注意や慎重さや腕前に左右される賭けはあまり好まず、ルーレットのようにひたすら運を待ち危険を冒すだけの賭けに夢中になる。ある意味で、彼らは破滅を望んでいるのである。賭事師は、賭けるたびに自分に言って聞かせる——「今度こそ身の破滅だ。ま、身から出た錆だがな」。

 これは、ひどく危険な冒険旅行に出かけるようなものだ。ただちがうのは、自分の考え一つで無事に家に戻れるという点である。誰に強制されるわけでもなく、ただしたいときに危険を冒すということもまた、運任せの賭けの魅力である。この魅力に賭事師は取り憑かれる。

戦争には賭博に通じる要素がある

 戦争には、おそらく賭博に通じる要素がある。仕事も心配事もいちばん少ない連中が最も好戦的であることからもわかるように、戦争を引き起こすのは倦怠なのだ。このことをわきまえていれば、勇壮な演説にいたずらに惑わされずに済むだろう。

 金持ちで暇のある人間がこんなことを言うと、ひどくもっともらしく聞こえる。「私にとって生きることはたやすい。その私がこれほど危険を冒し、全身全霊を挙げて恐るべき危険に挑むのは、抗しがたい理由があり、避けがたい必然があるからなのだ」云々。とんでもない。この男は退屈しているだけである。朝から晩まで働いていたら、こんなに退屈はしないはずだ。

 こうしたわけで、富が不公平に分配されると、何よりもまず、裕福なたくさんの人間を退屈させるという不都合が起きる。するとこの連中は、恐怖や怒りをこしらえ出してはそれに夢中になる。この贅沢な感情は、貧しい人々にとってはひどい重荷でしかない。

[日経ビジネス]

Posted by nob : 2012年06月23日 21:49

こんな民意も無視、、、幻想の民主主義。。。

■再稼働撤回を求め〜官邸前に人の波

投稿者: ourplanet 投稿日時: 土, 06/23/2012 - 01:41
http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1386

国会議事堂の駅を降りると、そこは熱気に溢れていた。22日夜、政府が関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の再稼働を決定したことに対し、撤回を求め市民が総理官邸前に集まり、「再稼働反対」を訴えた。その列は400メートルにも延びた。
 
毎週金曜日に総理官邸前での抗議行動は、政府が3、4号機の再稼働方針を決めた4月から毎週実施されている。呼びかけているのは、複数の市民グループ有志でつくる「首都圏反原発連合」。6月上旬までは数百人規模だったが、総理が再稼働決定について記者会見を行った8日には、数千人規模となり、政府閣僚の協議前夜となった先週15日には1万人を超えた。
 
そして今週22日には、主催者発表で4万5千人が参加。参加者が、思い思いのプラカードを掲げ、官邸に向かって「再稼働反対」「大飯を止めろ」と繰り返した。その列は、官邸前の交差点から霞ヶ関方面に向かって400メートルほど連なり、途中、人の波が車道にあふれる場面もあった。
 
官邸前に駆けつけた落合恵子さんは「これほど市民を裏切っている人々をもうゆるさない」と強調、原発の再稼働を止めることを、あきらめないと訴えた。また、浪江町で酪農を経営していた「希望の牧場」の吉沢正巳さんは、「政府は福島の原発事故を過去のものとして蓋をして、再稼働でばんばんいってしまう。今回の事故で誰が責任をとっているのか、皆逃げている。言い訳をしてる。こまかしてる。嘘ついている。もうたくさんだ。」と力強く話した。

[OurPlanet-TV]

Posted by nob : 2012年06月23日 21:39

世間には本物らしき偽物が溢れているから、、、

ホントにスゴいのかどうかは

自分がやってみてこそはじめて判る。。。

Posted by nob : 2012年06月23日 13:18

厳しいね、、、でも当然有り得ます。。。

■レンタルサーバー会社でデータ消失 5千社・団体に影響

 ヤフーの子会社でレンタルサーバーを提供している「ファーストサーバ」(大阪市)は22日、プログラムミスで、同社のサーバー利用者の一部でメールやホームページのデータが消失したと発表した。全国の企業や自治体など約3万の取引先のうち、映画館「109シネマズ」や小林製薬、大阪市の水族館「海遊館」など約5千に影響が出たという。

 ファーストサーバは、企業などがホームページを運営するためのサーバーを貸し出している。20日にウイルス対策などで一部のシステムを更新したところ、プログラムに欠陥があり、データが消えたという。

 取引先に電話などで連絡するとともに復旧作業を進めているが、取引先がデータのバックアップをとっていないと、復元できないものがあるという。

[朝日新聞]

Posted by nob : 2012年06月23日 01:48

実際そういう話ですから、、、見せかけの民主主義が昨今すっかりと露に。。。

■「日本ついに核武装の道」韓国各紙警戒感あらわ

 【ソウル=門間順平】参議院本会議で今月20日に可決、成立した原子力規制委員会設置法の付則に、原子力の利用目的として「安全保障」の文言が盛り込まれたことに対し、韓国各紙は22日、「日本、ついに核武装の道を開いた」(朝鮮日報)など、警戒感をあらわにした記事を掲載した。

 東亜日報は社説で、「日本が核の軍事利用の可能性を払拭できなければ、国際社会が北朝鮮とイランの核開発をストップさせようとする名分を失う」と指摘。中央日報は、「日本が核武装すれば、韓国も(核武装を)せざるを得ない。誤解の余地のないよう、表現を正すことを望む」と主張した。

 韓国外交通商省の韓恵進(ハンヘジン)報道官は21日の定例記者会見で、「真意と今後に及ぼす影響を鋭意注視している」と述べた。

[読売新聞]

Posted by nob : 2012年06月23日 01:41

エンドレスな競争、、、そんなに急いでどこへ行く。。。

■「京」2位に転落 スパコンの計算速度

 スーパーコンピューターの計算速度の世界ランキングを判定するプロジェクト「TOP500」が18日、6月時点の最新ランクを発表した。前回まで2回連続で1位だった日本のスパコン「京」(神戸市)は2位に転落、1位は米エネルギー省などのスパコンだった。

 昨年6、11月に発表されたランキングでは、京が連続して首位だった。

 京は、世界で初めて毎秒1京回(京は兆の1万倍)を超える計算速度を達成したスパコン。864台の計算機で構成され、6月末に完成し、9月末から本格運用を始める予定。

 昨年11月のランキングでは、京の計算速度は毎秒1京510兆回。2位の中国のスパコンより4倍以上速かった。「TOP500」は半年ごとに更新される。

[産経新聞]


■日本のスパコン世界1位、そもそもスパコンは何に使うのか?=中国

  ドイツのハンブルグで開催中のスーパーコンピューター(スパコン)の国際会議で20日(現地時間)、トップ500リストが発表され、独立行政法人「理化学研究所」と富士通が共同開発中のスーパーコンピューター「京(けい)」が計算速度で第1位となった。新華社(電子版)は21日付で各国がスパコン開発にしのぎを削る理由について報じた。

  計算速度で第1位を獲得した「京」の計算能力は1秒間に8162兆回だ。なぜこれほどまでに強大な計算能力が必要となるのか。記事は、スーパーコンピューターでしか処理できない問題として8つ指摘した。

  1.気象予測:複雑な気流や海流から天候をシミュレーションし、天候の変化を予測することで気象災害による被害を軽減できる。

  2.地震予測:地層内部のエネルギーを計算し、地殻変動をシミュレーションすることで地震を予測し、被害を軽減することが期待されている。

  3.生命の秘密を探る:遺伝子学上のデータから細胞のネットワークをシミュレーションする。

  4.地球の秘密を探る:地球物理学を応用し、大量のデータ処理とシミュレーションによって、石油探査など潜在資源の開発に役立てる。

  5.宇宙の秘密を探る:天体物理学に基づいて時間の進行と加速をシミュレーションし、天体の変化に対するモデリングやテストを実施する。

  6.自動車設計:自動車設計には空気の流体力学・燃料消費・構造設計・衝撃吸収性・乗客の快適度・騒音など、多種の要因の総合的判断が必要となる。

  7.ナノ素材設計:ナノ素材をはじめとする新素材設計には、物質とエネルギーのシミュレーションに高度な計算が必要となる。

  8.社会科学理論:例えば汚染や災害、インフラに対するテロ活動への対応など、社会に対する安全度への影響をシミュレーションする。またマクロ経済や社会科学研究、人口推移のシミュレーションなどにもスーパーコンピューターは必須だ。(編集担当:及川源十郎)

[サーチナ]

Posted by nob : 2012年06月19日 00:03

この記録を塗り替えるのは、、、私。。。

■人間の寿命に上限はあるの 120歳超は希有の公算大

 英国の女王エリザベス2世は現在86歳。先週、在位60周年の祝福を受け、さらなる記録更新に向かっている。彼女は既に英国史上最高齢の君主だ(もし彼女がいま逝去したとしても、女王の息子、つまりチャールズ皇太子は史上12番目に高齢の国王になる)。彼女は2015年9月10日にはビクトリア女王を抜き、英国史上、最も在位期間が長い君主になる。フランスのルイ14世(4歳で国王になった)の打ち立てた欧州史上最長の在任記録を破るには、98歳まで生きなければならない。

120歳超の人が世界で一握りを超える人数には決してならないかもしれない。150歳というのは恐らく到達不可能

 エリザベス女王はまだまだ壮健であり続けるだろうが、人間の最高齢記録は平均寿命ほど延びていない。世界的にみれば、平均寿命は年に約3カ月ずつ延びている。これは早死対策が進歩していることが主因だ。実際には、われわれは既に最大限の寿命のようなものに達したのかもしれない。その理由はおそらく、そもそも自然選択(自然淘汰)は、再生産的な成功、つまり繁殖の成功に厳密に重点を置いており、とりわけ150歳まで生きられるようにする遺伝子を残す必要性がないからだ。

 米国の老年学研究団体ジェロントロジー・リサーチ・グループによると、世界最高齢の女性で米ジョージア州在住の元教師ベシー・クーパーさんは現在115歳で、今年8月26日に116歳になる。これは素晴らしい記録だが、1997年にフランスのジャンヌ・カルマンさんが打ち立てた史上最高齢記録の122歳164日に達するまでにはまだ6年もある。言い換えると、クーパーさんがカルマンさんの記録を破った場合、カルマンさんの122歳164日という記録は21年間破られなかったことになる。クーパーさんがこの記録を破れないとなれば、カルマンさんの記録は恐らくさらに長い間破られないことになろう。

 それは長い期間だ。現在、世界中に100歳以上の人が50万人近く生きていることを考えれば、なおさらだ。この人数は年間7%増加しているが、115歳を超える人々の数は増加していない。

 もしクーパーさんが122歳164日という記録を破れないとすると、その挑戦を引き継ぐ他の115歳の人は2人しかいない。このうち1人は男性で、京都に住む元郵便局員の木村次郎右衛門さんだ。木村さんはあと7カ月で、98年に亡くなった米国のクリスチャン・モーテンセンさんが打ち立てた男性の史上最高齢記録を超える。しかし、男性の木村さんが122歳になる公算は女性よりも小さい。また現在115歳を超える女性の数は2人で、06年時点の4人、97年時点の3人よりも少ない。

 昔の出生証明書が信じられるとすれば、1800年代に110歳の誕生日を迎えたあとで亡くなった人が少なくとも2人いる。したがって、20世紀には最高齢記録はカルマンさんによって12年延びたことになるが、それは同世紀の平均寿命の延び年数(36年間)のわずか3分の1に過ぎない。

 2002年、ドイツのマックス・プランク人口統計研究所のジェームズ・ボーペル氏は、平均寿命が頭打ちになると予測されたどんな年齢水準も数年以内に打破されていると指摘し、人口学者たちを仰天させた。しかし、イリノイ大学のジェイ・オルシャンスキー氏は、米国のような既に高齢化の進んでいる先進国には1980年以降、平均寿命上昇が当てはまらなくなっているとし、65歳の女性の平均余命に関する公式な予測は下方修正されるべきだと主張している。

 より健康的な生活習慣のおかげで、老年期を迎えられる人の数が増えている。しかし、これは人間の寿命に失効期日、つまり上限のようなものが存在することとは矛盾しない。大半の科学者は、加齢による身体の衰えがそれ自体、遺伝子に組み込まれているのではなく、衰えを遅らせる修復機能が遺伝子に組み込まれていると考えている。ヒトにおいては、親(父母)ないし祖父母として長生きさせる遺伝子は、子供たちの成育を後押しすることを通じて選択的優位性を持った経緯がある。だが、ひ孫の成育や生存にそれほど貢献しなかった可能性が高い曾祖父母の遺伝子はといえば、再生産的な成功、つまり繁殖の成功に恐らく決して貢献していなかったはずだ。

 換言すれば、90歳ないし100歳まで生きられる人の数に制限は全くないだろうが、120歳を超える人が世界で一握りを超える人数には決してならないかもしれないということだ。遺伝子操作でもしない限り、150歳というのは恐らく到達不可能だ。それは、たとえ(エリザベス女王陛下など)君主でも同じだろう。

[THE WALL STREET JOURNAL]

Posted by nob : 2012年06月17日 23:58

どっちもどっち。。。

■「東電撤退考えず」「官邸介入で混乱」認定 国会事故調

 東京電力福島第一原発事故を検証する「国会事故調査委員会」(黒川清委員長)は9日、政府の初動対応を「責任回避に主眼がおかれ、住民の健康と安全は顧みられなかった」と認定した。当時の菅直人首相らの介入も、混乱の原因だと批判。菅氏ら官邸側に厳しい内容となっている。

 今月末までにまとめる最終報告書に向け、同日開かれた国会事故調で、野村修也委員が事故調の見解として発表した。

 原発事故の影響で避難している住民約1万人を対象にしたアンケート結果も公表。政権から住民への情報伝達や避難指示の遅れが、混乱に拍車をかけたことも指摘した。そうした実態をふまえ、菅政権の情報発信のあり方は「住民の健康と安全確保の視点が欠けていた」と疑問を投げかけた。

[朝日新聞]

Posted by nob : 2012年06月10日 00:47

これらも私のライフログ。。。

このブログ、、、

そして日々の何気ない光景を記録するフォトブログ。。。
http://webnob.jp/blog/

Posted by nob : 2012年06月09日 21:46

自分自身に真摯に生きようとすれば、、、

第三者からも社会からもそれだけ乖離していく。。。

しかし、そうしてはじめて得られる状況や結果だけが、自分自身も第三者も社会も救う。。。

Posted by nob : 2012年06月09日 21:28

この蛮行愚行を止められない、、、これこそが最も深刻な問題。。。

■大飯原発再稼働  「アリの一穴」許してはならぬ

 政府は関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の再稼働方針を固めたが、地元同意の判断は先送りされた。福井県の西川一誠知事が野田佳彦首相に原発の必要性を国民に説明するよう求めたためだ。

 政府が原発政策でいまだに地元の信頼を得ていない実態が露呈したと言えよう。そもそも東京電力福島第1原発事故の十分な究明がされておらず、新しいエネルギー政策や安全対策も示さないまま、しゃにむに再稼働へと進む政府に拙速のそしりは免れない。

 そうした中で、地元だけが安易に再稼働に同意すれば「悪者扱い」される懸念があろう。西川知事は同意の前提としてエネルギー政策における原発の位置づけの明確化と、再稼働に反対する大消費地関西の説得などを政府に迫っていた。

 しかし、「脱原発」か「基幹電源に位置づける」かの国の根幹に関わるエネルギー政策の具体的戦略はまだ示されていない。新たなエネルギー基本計画に盛り込む2030年時点の原発比率についても検討段階だ。なのに原発の位置づけの明示など、どだい無理な話と言わねばなるまい。

 野田首相は先月末の関係閣僚会議で「原発は引き続き重要」と発言、知事向けのメッセージを込めたが、空々しいばかりだ。何を根拠にそう言い切れるのか。知事が求める国民向けの説明をしたとしても、説得力を持ち得ない。

 首相は「私の責任で判断する」と言うが、万一の場合、どのような責任をとるつもりなのか。首相退陣や議員辞職などで済む問題ではないことを指摘しておきたい。

 一方、関西広域連合は再稼働に反対し、政府に安全最優先の要求を突きつけておきながら、事実上の容認姿勢に転換した。再稼働を望まない一般市民の頼みの綱だっただけに、残念でならない。

 夏場の電力不足を乗り切る「期間限定」の稼働が条件との立場だが、政府は時限的稼働を否定している。いったん稼働すれば、再び止めるのは至難となろう。甘い対応と言わざるを得ない。

 政府は早くも大飯原発の再稼働を想定し、7月から関電管内で求める節電目標を引き下げる検討に入った。本来原発稼働ゼロを前提にした節電目標であり、脱原発依存社会への道筋を見通すはずだったものだ。企業や住民の節電意識が緩むのは避けられまい。

 ようやく新たな原子力規制組織発足の見通しが立ったとはいえ、新しい安全基準や再稼働のルールづくりはこれからだ。経済優先でなし崩し的に再稼働を進める手法は看過できない。これを許せば、同様のやり方が大飯原発以外の原発にも広がる「アリの一穴」になりかねない。

[愛媛新聞社]


■“脱原発依存”道筋示して

 嘉田由紀子知事と京都府の山田啓二知事は六日、原発政策に関する政府への再提言の会見で、再稼働について「国民的理解はまだまだ進んでいない」と強調し、最終判断する野田佳彦首相に「脱原発依存の道筋をしっかり示してほしい」と力を込めた。

 「大飯原発に何かあったときに深刻な被害を受ける『被害地元』として、言っておかないといけないことがある」。山田知事は提言内容を説明した後、申し入れの狙いを強調した。

 両知事で提言をまとめるのは四月に続いて二回目。嘉田知事は、福島の原発事故前から政官財癒着で原発政策を進めてきた構造を批判。再提言を「将来への提言」と表現し、「三月十一日以前の体質や構造を残してはいけない」と訴えた。

 両府県が参加する関西広域連合は五月下旬に声明を発表。「政府の安全判断は暫定的」として期間などを限定して稼働する条件で、最終判断を国に委ねた。声明は明確に容認を表明してはいないが、事実上の容認と受け取れる内容だった。両知事は、声明を電力需給などから「苦渋の決断だった」と振り返った。

 再提言は、広域連合の声明を踏襲した形で「稼働期間を電力需給が逼迫(ひっぱく)する時期に限る」と盛り込むが、再稼働と表裏一体の電力需給をにらみ、ぎりぎりの判断に迫られたことをにじませた。

 嘉田知事は「卒原発」、山田知事は「縮原発」。言葉は違うが、いずれも将来的に原発に頼らない社会の実現を目指す。再提言でも地元自治体と住民参加の仕組みづくりを法的に位置付けるように求めた。嘉田知事は「ゼロか百か、親原発か反原発かではない。未来に責任を負うということで提言を出した」と話した。両知事は、関西の電力供給を担ってきた福井県への感謝も繰り返し述べた。

(梅田歳晴)

 滋賀・京都「再提言」の主な内容

(1)【中立性の確立】 原子力規制庁の早期発足、地元自治体と地元住民参加の安全体制構築の法的位置付けの検討

(2)【透明性の確保】 大飯原発の放射性物質拡散予測システム(スピーディ)データの提供

(3)【福島事故を踏まえた安全性の実現】 安全基準が暫定的であることを踏まえ、再稼働時期は電力逼迫(ひっぱく)時に限定

(4)【緊急性の証明】 電力確保対策の積み上げの徹底

(5)【中長期的な見通しの提示】 廃炉計画、使用済み核燃料の最終処理工程の提示

(6)【事故対応の確立】 大飯原発の特別な監視体制への参加

(7)【原発事故被害者の救済と福井県の配慮】 除染計画などきめ細やかな対応、経済発展などを支えてきた福井県に対する国の具体的な支援方策の提示

[中日新聞]

Posted by nob : 2012年06月07日 23:55

私のライフログ、、、目的も手法も活用も考慮せず、できる限りの行動と摂取した品目を、なるべく翌日に記録する。。。

■何を記録すれば活用できるのか?
僕らがライフログを実践してわかったこと

NHK「クローズアップ現代」でも特集が組まれた「ライフログ」。生きてきた証を残す上でも、自分を深く知る上でも、経験を未来に役立てる上でも、“人生の記録”に注目する人が増えている。しかし、始めてみたものの、記録をなかなか見返せず、活用できていないと感じる人が多いのもまた事実である。そこで、番組に出演した『人生は1冊のノートにまとめなさい』の奥野宣之氏と、『たった一度の人生を記録しなさい』の五藤隆介氏が、ライフログの悩みの種である「何をどう記録するか」「どう役立てるか」「どう見返すか」の3点について、自身の経験をベースに本当に役立つ方法を語った。3日連続の対談連載の第1回は「何をどう記録するのか」。

アナログノートの達人・奥野宣之
ピンときたものは何でも貼る
奥野宣之/1981年大阪府生まれ。同志社大学卒業後、出版社及び新聞社に勤務。ノートを使った独自の情報整理術をまとめた『情報は1冊のノートにまとめなさい』が32万部のベストセラーに。シリーズ続編3冊合計で50万部を突破、「100円ノートブーム」を生み出した。著書に、ライフログノートの書き方をまとめた『人生は1冊のノートにまとめなさい』、『処方せん的読書術』など。

奥野:僕の場合、気づいたことを書いたりする以外に、基本的に日常の中で出会う紙ものはすべてノートに貼っています。自分で殴り書きしたメモや読んだ本の帯、いただいたハガキや送り状、名刺なども、すべて時系列で貼っていますね。

五藤:逆に貼らないものはあるんですか?

奥野:何回も行っているお店の名刺や、どこででも手に入るものは貼りません。自分の心にピンときたものを中心に貼っています。

五藤:付箋をたくさん貼られていますが、最初にメモしたものですか?

奥野:そうです。アイデアって急に思いつきますからね。台所で皿を洗っているときなんかに突然思いつくから、急いで泡を落として、まずはそのへんに置いてある裏紙にガーッと書いて、あとからノートに貼るんです。

五藤:付箋やメモ帳は家中に置いてあるんですか?

奥野:家中どこにでもありますね。トイレにも風呂場にも玄関にもあります。人から声をかけられたり、一秒でも余計な時間が経つと、人間の脳みそってコロッと忘れちゃうので、その瞬間に書き残さないとダメなんです。僕がアナログにこだわる理由というのは、そういうタイムラグをゼロにしたいという気持ちが大きいのかもしれません。

奥野:日々の行動記録については、ノートに直接書き込んでいくスタイルだけでなく、今は1日の行動記録を一覧できるエクセルで作った自作の「B5スケジュールシート」を使っています。これをノートに貼りつけて、寝た時間とか、やった仕事とか、食べたものとか、スーパーに行ったといった行動やそのとき読んでいた本、見たテレビ番組なんかを書いています。

五藤隆介/1980年愛知県生まれ。ブロガー兼ライター。EvernoteをメインテーマにEvernoteへの記録手段や整理方法、発見、試行錯誤を記載したブログ「goryugo, addicted to Evernote」主宰。Evernoteについて日本一詳しいブログとして多くのファンを集める。人気ブログ「シゴタノ!」やウェブメディア「マイコミジャーナル」でも連載を持ち、ファンを拡大中。著書に『たった一度の人生を記録しなさい』がある。

五藤:8時から24時まで目盛りがありますが、マメに記録していくんですね。これは行動記録だけで予定は書いていないんですか?

奥野:最初は予定と行動記録の両方を書いていましたが、最近はやったことのほうが多くなっていますね。

五藤:もともとは最初に予定を書き込きこんで、それを行動記録に合わせて修正していくということですか?

奥野:そうです。だから書き終わると、予定じゃなくて、実際に1日にやった記録として残ることになるんです。ただ最近、予定はグーグルカレンダーで管理して、行動記録をこのシートで残している感じです。

五藤:シートをノートに貼られていますが、先の分などはどうしているんですか?

奥野:あらかじめ5日分くらいは貼っておいて、それ以外は、いつでも貼れるように出力したものを持ち歩いています。最初のページに貼るとか、左ページに貼るといった細かいルールは設けないで、必要なときに貼るだけです。途中で何かページに書き込んでページの間隔が開いても気にしないようにしています。緑の用紙に出力しているので、あとで見返してもすぐに目に留まりますし。

デジタルノートの達人・五藤隆介
自動記録を活かしてiPhoneで記録

五藤:僕は基本的にすべてiPhoneで記録しています。主に記録しているのは「ふとした思いつき」や「行った場所」「食べた物」「会った人」です。景色や人物などを写真で撮ることもよく行います。

 ベースとなるアプリはEvernoteで、メモはFastEverというアプリ、写真はFastEverSnapというアプリを使っています。 iPhoneは常に持ち歩いているので、外出先や移動中にふと何か思いついたときでも、すぐに写真を撮ったり、簡単にメモできます。

 どこかに行ったときは、foursquareというアプリでチェックインして記録を残します。食べた物は、最近Evernote Foodを使って撮影しているんですが、これは、あとから検索ができるので便利です。例えば、「愛知県」と入れれば、愛知県で食べた物がずらりと出てくるんです。

奥野:写真以外の情報だと、どういうことをメモしたりするんですか?

五藤: この前、「道明寺饅頭」というものを初めて食べて、とても美味しくて感動してしまいました。そういう気になったことはメモしていますね。 他にメモするとしたら、「いくらだった」とか、「料理の名前」とかでしょうか。 あとは、検索することを考えて、「うどん」というタグを付けて記録する場合もあります。これなら食べたうどんのお店だけを、あとでまとめて見ることができるんです。

 とはいえ、デジタルの場合は食べた物の写真を撮れば、何月何日何時何分にどこにいたのかというのは自動で残るし、あまり細かくやりすぎても続かなくなるので、基本は「写真を撮るだけ」にしています。

名刺から読書まで
記録を検索できるデジタルの強み

奥野:日時や場所の記録が自動で残るというのは、デジタルの強みですね。その他、デジタルならではの記録法というのはあるんですか?

五藤:名刺や読んだ本の管理はデジタルのメリットかもしれません。名刺はiPhoneで撮ったりスキャナーでスキャンしていますが、自動で名刺の文字を読み取ってくれるので、あとからでもiPhoneで簡単に検索できますし、読んだ本は「本」というタグを付けて記録しているので、いつでもどこでも、あとで見返すことができます。

奥野:本の書影も入れているんですね。

五藤:読み終わった本を撮影したり、アマゾンからデータを取ってきています。書誌データもコピー&ペーストで貼っておけば、あとで「前に読んだ何々という人の本」とうろ覚えでも、検索すればすぐに出てきます。

奥野:僕の場合はアナログノートなので、検索するためには、ノートに書いたことの「索引」を別途デジタルで入力する必要がありますが、いずれにしろ、お互いアナログとデジタルという違いはありますが、情報を一元化してそこにすべてを投げ込むという発想は同じですね。検索する場合も一元化されているので、あとで見返せるわけです。

どこに魅力を感じるのか?
デジタルとアナログの記録の違い

五藤:デジタルノートは、並べ替えや仕分けも簡単にできるので、記録した情報をソートして特定の持ち物だけを一覧で見たりすることができます。また、写真を撮れば一瞬で記録を載せるので、デジタルはすごく便利だと感じていますが、アナログノートでログを残す奥野さんは、手で書いたり、貼ったりすること自体に価値を感じているんですよね。

奥野:日頃パソコンを叩いて仕事をしていますよね。そうすると、毎日がデジタルばっかりだから、もう触りたくないっていう感覚もあって、フィジカルな意味で、いつもと違う手の動かし方をしたいんですね。鉛筆をナイフで削ってみたり、クラシックカメラを使ったりするのって、たまにやると楽しいじゃないですか。ああいう感覚です。

五藤:え!? そうなんですか。僕はもう鉛筆は大学時代以来使っていなくて、手書きで書くという行為自体が嫌いなんです(笑)。

奥野:まあ、人によって違うとは思いますが、たまに野外キャンプなんかをすると楽しいですよね。焚き火をたいたり、魚をさばいたりと、あえて手のかかることをしてみるような、「レクリエーション感覚」っていうんでしょうか。

五藤:なるほど。手を動かすこと自体が趣味や息抜きでもあるということですね。

奥野:楽しみ、ですね。例えば旅行に行って、半券やパンフレットなどの資料、撮った写真や、その場で書いたメモなんかがいっぱいできますよね。それをどんなふうに切り抜くか、ノートに貼ってレイアウトするか、どう文章で表現するかと考えたり、実際に貼ったりするのが楽しいんです。

五藤:僕はたぶん奥野さんと真逆で、そういう細かい手作業が苦手なんですよね。ハサミで切るとか糊で貼るとか、できるだけやらないようにしたい(笑)。ご著書でも「空気感が残るのがアナログノートの魅力」とずばり書かれていますが、その辺は僕はまったくこだわっていないんです。

奥野:料理とか工作とかプラモデルとか、何かを作るのってワクワクしませんか? そういう手作業がやっぱり僕は大好きなんですよね。それに、手書きで思っていることを書くと、「俺は絶対これをするんだ!」という思いも強くなりませんか? こういうのをパソコンで入力すると、僕はすごく冷めちゃうんですよね。なにしてんだろ、って気持ちになる。

五藤:僕の中では、手で書いてもパソコンで書いても同じ感覚なんです(笑)。どんな形でも記録を残すことと、それをもう一度見返すことのほうが大切だという意識があるからかもしれません。

記録しまくって気づいた最近の変化
自分が体験したことだけを記録する

奥野:アナログノートはどうしても手作業な分、何でもかんでも記録するというのはちょっと大変です。だから、自分のフィルターを通して、「自分にとって価値あるログだけ残している」という感じがある。

 でも、デジタルだと自動で何でもログを残せるからか、何歩歩いたとか、何キロ走ったとか、数字を淡々と記録している人が多いですよね。僕はああいうデータ的なログの残し方だけじゃなくて主観的な言葉を書くので、数字だけで本当に意味があるんだろうかと思うんですけど……。

五藤:そういう人は活用の仕組みをつくっていますが、あくまで個人的な意見としては、何でもかんでもログを残す必要はないと思います。僕自身も、以前は何でもとにかく記録していたけど、最近は特に必要ないかなというものは、あんまりログを残さないようになってきていますね。

奥野:逆に減らしているっていうことですか?

五藤:そうです。例えば、自分が見たウェブページもちょっといいなと思ったら何でもかんでもクリップしていたんですけど、結局、何年たっても見なかったんですよ。必要なときは検索したほうが早いというのが現実で。それより、自分が直接体験したことや、自分の感情が大きく動いたログを残すほうが重要なんだと感じています。あとでログを見返すという意味でも、そうしたログのほうがグーグルで検索できる情報より価値があると思いますね。

奥野:それはまったく同感です。でも、デジタルはやろうと思えばいくらでも簡単にログを取れますけど、それをやめたきっかけって何なんですか?

五藤:あとで見るときに、邪魔だったんです。1日10~20件と、いろいろな情報をクリップしていたんですけど、結局、99.99%は検索したほうがいい結果が出てくるんですよね。もしかしてもっと技術が進んだら、そうした一見無駄なログも上手に仕分けしてくれる時代がくるんじゃないかとも思いますが、現状では、見返す上でノイズにしかなっていないんです。

奥野:それで結局のところ、自分に関わることだけを残すようになってきているんですね。

五藤:何かのイベントで誰かと会ったとき、検索すれば誰かが書いたブログの記事などから、いつ誰と何をしたかはすぐにわかります。でも、そのとき自分が何を感じたかという記録は、検索しても二度と探せないわけです。だから、例えば誰かが僕のことをこんなふうに言ってくれたというのは、自分の感情と関わったからログを残すんですが、イベントで誰々がこんなスピーチをしていたというのは、あまりログには残さないようにしていますね。

奥野:それは僕もまったく同じで、自分が読んで「いい」と思った資料の一番いいところを切り抜いて貼るわけで、もらったものを全部貼っているわけではないです。自分でフィルターにかけて、自分が関与したものだけを書く。だからその日の天気なんかは書いていないんですよ。でも、天気のことでも自分の体験したことは「雨に降られた」なんて書いている。

五藤:天気なんか、あとでいくらでも調べられますからね。

究極のライフログ「排泄ログ」
活用できれば効果的!?

奥野:自分に関わることで究極のログというのは、僕はトイレだと思うんですよ。自分の便のログ。

五藤:それって写真を撮るんですか。相当気持ち悪いですね(爆笑)。

奥野:確かに常識ではあり得ないけれど、実際できればものすごくいいことですよ。食べる物を撮るなら、出す物も撮らないと。山ログとか、食べログみたいに、「排泄ログ」というサービスが出たらいいと思う(笑)。

五藤:シェアしたくないし、されたくもないです(笑)。まあ、医療目的でのサービスとしてやるのはあるかもしれないですけど……。

奥野:でも、健康に絶対役立つと思いますよ。これこそ究極のログです。

五藤:トイレにセンサーを付けて、自動的に大きさとか固さを記録するとか。で、医者にデータが届くようになっていると。でも、ライフログについて書かれた最初の『ライフログのすすめ』(ゴードン・ベル・著)という本は、まさにそんな世界ですね。

奥野:デジタルでログを取ってる人って、最終的にはそういう「フルオートかつオール記録」の世界を目指しているような感じがありませんか?

五藤:目指していたんですけど、当分は無理だっていうことに気がつきました。どれだけこまめにログを残しても、実際にそれを活用できる仕組みができていないんです。例えば、排泄ログだってやればできると思いますが、現状では、趣味や自己管理としてやることはできても、その先で医者と一緒にシェアするような仕組みにはなっていない。いくらこまめに記録していっても、それを本当に活用できないなら、今はまだノイズにしかならないのだと思います。

奥野:結局、現状では、何でもかんでも記録することより、自分のフィルターを通して、自分に関わる記録を残していくほうが、ちゃんと活用できるということですね。それは、デジタルでもアナログでも、ライフログをやっていく上では同じことがいえると思います。

[DIAMOND online]

Posted by nob : 2012年06月06日 19:13