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誰もが結局まず自分ありきなのだから。。。

■「元祖脱原発」の山本太郎氏ついに“都知事選参戦”

66万票の“太郎票”をバックに動きだす山本氏

 東京都知事選(2月9日投開票)で自民、公明党が推す舛添要一元厚労相(65)を追う細川護熙元首相(76)の“当落を握る男”が動きだした。昨年の参院選東京選挙区で当選した“ご当地選出”の山本太郎参院議員(39)が、いまだどの候補者を支持するかを明らかにしていない。本紙の直撃に山本氏は、都知事選への“参戦”を表明。大都市東京で最大の票田となる浮動票の行方を左右するキーマンになりそうだ。

 今回の都知事選は煮え湯を飲まされ続けてきた脱原発勢には、またとない勝機となっている。昨年末の段階で、日弁連前会長の宇都宮健児氏(67)が手を挙げたが、脱原発勢はあくまで勝てる候補を模索。そこに細川氏と小泉純一郎元首相(72)という絶大な知名度を誇る2人が手を組み、細川氏への一本化の声が湧き上がったのは当然の流れだった。

 ところが、すでに共産党、社民党の推薦を受けていた宇都宮氏は「なんで私が降りなくてはいけないのか。私の方が(細川氏より)実行力がある。(一本化は)失礼な話だ」と折れないどころか、細川氏の佐川献金問題や小泉氏のワンイシュー選挙を批判。宇都宮氏の支援者も細川陣営のネガティブキャンペーンを展開し、互いの票を食い合うどころか、内ゲバとも言える醜態をさらす事態に陥っている。

 そんな中、沈黙しているのは山本氏だ。昨年の参院選東京選挙区で脱原発を掲げ、主に浮動票となる若者や女性、ネット層をターゲットに支持を広げ、66万票を獲得して当選した実績がある。前回の都知事選で宇都宮氏を支援していたが、今回は自身の周囲も細川氏と宇都宮氏に支持が二分し、板挟み状態になっている。

 永田町関係者は「山本氏は議員当選後、離婚の過去や天皇陛下への手紙騒動などがあり、冷ややかな目で見られているが、いまだに根強い支持があるのも事実。また騒動で新たに顔を売った部分もある。元祖脱原発の象徴とも言える山本氏がどちらにつくかで“太郎票”が大きく流れる」と指摘する。

 国会開会日の24日、本紙の直撃に山本氏は重い口を開いた。

「最終的にどうするかは、自分の中で答えが出ていない。自公勢力の大きな組織票に対抗するには一本化しかなかったが、至らなかった。今回の都知事選は低投票率が予想され、浮動票が動かない場合はなおさら勝ちが厳しい。選挙に興味がない人にいかに今回の選挙が重要なのかを訴えたい」

 週明けから都内で都知事選の投票を呼び掛けるキャラバンを1人で展開していくという。

 現時点では細川氏にも宇都宮氏にも肩入れせずに双方の陣営との接触も絶つという。不毛な脱原発勢同士の足の引っ張り合いに加担するつもりはさらさらない。

「今は決勝戦の前に(脱原発勢同士の)準決勝をやっているようなもの。細川さんは放射性廃棄物の東京での受け入れを表明していて、本気だなと思ったが、どこまでいけるかは未知。一有権者として、2人の街頭演説も聴きたい。勝負にならない選挙にはしたくない。そのためにはまず投票率を上げないとミラクルは起きない」(山本氏)

 投票率を上げることで浮動票を多くし、それを脱原発勢にかき集めたうえで、最終的には動向を見極め、勝てる候補への投票を呼びかけることで、事実上の“一本化”にもつなげる狙いが見えてくる。

「なんだかんだ言っても勝算があるのは細川氏。最後は山本氏と小泉氏が“変人合体”を果たせば大きなインパクトになる」(脱原発関係者)。サプライズとなるタイミングで行動に出る“66万票を握る爆弾男”の動向が注目される。

[東スポWeb]

Posted by nob : 2014年01月31日 12:10

絶えぬ珈琲効能論争、、、私は朝夕に、時折午後にも、ゆっくりといただきます。。。

■コーヒーの正しい飲み方

健康に効く2大成分はカフェインとポリフェノール

朝の目覚めに、ちょっと疲れたときに……

飲むとすっきりするコーヒーは、実は美肌や脂肪燃焼など、健康パワーの固まり!

コーヒーの力をイイトコ取りする飲み方をマスターしましょう。

 コーヒーというと、「健康に悪そう……」と後ろめたさを感じつつ飲んでいる人もいるのでは?でも、ご安心を。むしろコーヒーは体に良いという認識が広がっている。今年5月、最も権威のある医学雑誌の一つ、New England Journal of Medicine誌に「1日に3杯以上のコーヒーを飲む人は、飲まない人よりも死亡リスクが約10%低くなる」という大規模調査結果が報告された(※)。東京薬科大学名誉教授の岡希太郎さんは「コーヒーの健康効果を世界の医学会が認めた、画期的な研究」と評価する。
※(N Engl J Med 2012 ;366:1891-1904.)

シミを抑え、脂肪燃焼を高める2つの効果

 コーヒーの健康成分の一つは、ポリフェノール。お茶の水女子大学大学院の近藤和雄教授は「コーヒーは日本人の代表的なポリフェノール摂取源」と話す。その働きの一つとして、近藤教授は1日にコーヒーを2杯以上飲む人はシミが少ないことも確認。目安は、「ポリフェノールで1日1000〜1500mg を一応提唱している。コーヒーのみでとるなら3〜5杯ほど」(近藤教授)。ポリフェノールはカフェインを除いた「デカフェ」でもとれる。

 第2の成分が、カフェイン。東京慈恵会医科大学医学部の鈴木政登教授は「カフェインを摂取すると1時間後にはエネルギー代謝が高まり脂肪が燃えやすい状態になる」と話す。鈴木教授は「コーヒー1杯分のカフェインで脂肪燃焼効果は5時間ほど続く。運動の30分前に飲むといい」とアドバイスする。とりすぎには注意しよう。

健康に効くのはこの二大成分!

1. 1杯に200〜300mg
抗酸化でアンチエイジング
ポリフェノール

活性酸素に作用して紫外線によるシミを防ぐ

コーヒーの抗酸化力を支えるのが、コーヒーポリフェノール(クロロゲン酸類)などのポリフェノール。1杯(150ml)当たり300mgと豊富に含み、「飲むと30分から1時間ほどで体内の抗酸化力を高める作用を発揮する」(近藤教授)。コーヒーを飲む量と肌の状態を調べた研究では、コーヒーポリフェノール摂取が多いほどシミが少ないというデータが出た。

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1日に2杯以上飲む人はシミが少ない

非喫煙女性131名(30〜60歳)に対して、食事調査と肌状態の解析を行った。コーヒー1日2杯以上、つまりコーヒーポリフェノールを1日150mg以上とる人は紫外線シミが少ないことがわかった。(近藤教授ら、2011年第65回日本栄養・食糧学会大会にて発表)

意外?!コーヒーは日本人の抗酸化力の源!

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首都圏在住の主婦109人に食事、食材、飲料を一週間記録してもらい、ポリフェノールを何から摂取しているかを算出した。その結果、コーヒーからの摂取が47%と最も多く、コーヒーは日本人の最大のポリフェノール源であることがわかった。(近藤教授ら、2010年第64回日本栄養・食糧学会大会にて発表)

コーヒーポリフェノールにはこんなアンチエイジング効果も!
● インスリン抵抗性を改善し、糖尿病を予防。血圧を抑える
● 動脈硬化を予防し、心疾患リスクを下げる

2. 1杯に約100mg
エネルギー代謝を高める
カフェイン

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カフェインと運動で脂肪燃焼効果アップ
肥満・糖尿病モデルのラットを「安静対照群」、「運動群」、「カフェイン投与群」、「運動+カフェイン投与併用群」に分けて5週間飼育した。運動とカフェインを併用すると体重減少が顕著となり、筋肉量が増え、内臓脂肪と皮下脂肪が最も減少した。(鈴木教授の研究)

脂肪燃焼パワーを高める

カフェインをとると30分ほどで血中に到達し、脈拍が上がり交感神経が優位になる。さらに、エネルギーとして活用されやすい遊離脂肪酸が増え、脂質代謝が高まる。ラットの実験で、カフェインを投与して運動を加えるとこの働きはさらに高くなった(写真)。「ヒトを対象にした研究でも、コーヒーを飲むとエネルギー代謝が上がることを確認した」(鈴木教授)。

1杯中のカフェインはコーヒーが多い

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主な飲料に含まれるカフェイン量を比較すると、コーヒーの含有量が多い。コーヒーや茶葉から抽出されたカフェインは、コーラや栄養ドリンクにも使われている。(データ:五訂日本食品標準成分表、『カフェインの科学』学会出版センター)

カフェインにはこんなうれしい効果も!
● 交感神経を優位にする
● 抗炎症作用
● 肝臓など臓器の保護作用


■“コーヒーは体を冷やす”は勘違い!?

効き目大! でもとりすぎは ご用心

がぶ飲みするのはNG 妊婦は1〜2杯に

 カフェインは医療にも用いられているだけあって、急激に血中濃度が高まると中枢神経系を刺激し、めまい、心拍数の増加、興奮、不安、震えなどにつながることがある(表)。「カフェインは、血中濃度40μg/mlを超えるとほとんどすべての人に不整脈やけいれんを起こす。10杯続けざまに飲む、というような過剰な飲み方をすると、何らかの副作用が生じる可能性がある」と鈴木教授。カフェインは5時間ほど体内に留まるので、頻繁に飲むのは控えたい。

 妊娠中の摂取については、英国食品基準庁(FSA)が、2008年に「妊婦がカフェインをとりすぎると出生児が低体重となり、将来の健康リスクが高くなる可能性あり」とし、1日当たりのカフェイン摂取量上限を200mgと定めている。妊娠中の人は、デカフェにするか、1日当たり1〜2杯に。

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血中カフェイン濃度と症状

カフェインを治療薬として使った場合の症状と、血中カフェイン濃度との関係を示した。体重1kgあたり4mgのカフェイン投与で血中濃度は約6μg/mlになる。(表:鈴木教授)

“コーヒーは 体を冷やす”は 勘違い?!

「コーヒー摂取と冷えに相関なし」の研究結果も

 福島室長は「コーヒーポリフェノール摂取と肌状態の調査の際、冷えについても調査した。夏季・冬季いずれにおいてもコーヒー摂取と冷えとの間に相関はなかった」と話す。カフェインには体熱産生作用があり、3〜4杯のコーヒーで10%程度の熱産生アップが見込めるという研究も。薬膳カウンセラーの阪口珠未さんも、「低血圧や低体温の人にとって、コーヒーを朝に飲んで体にスイッチを入れるのは賢い方法。ただし温かくして飲んで」と話す。


■コーヒーはいつ飲むのが効果的?

コーヒーは 飲むタイミングに コツがある

眠気覚ましに効果的 日中の活性酸素対策にも

こんなタイミングで元気に

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 「運動や精神活動で疲れると、脳ではエネルギー代謝の残りカスとしてアデノシンという疲労物質がたまる。このときコーヒーを飲むと、脳に到達したカフェインが、アデノシンの代わりにアデノシン受容体につき、眠気を防ぐ。昼寝の直前に飲めば20〜30分後にしゃきっと目覚められる」と岡さん。「夜は睡眠中に分泌するメラトニンなどが活性酸素対策になる。日中はコーヒーポリフェノールなどの抗酸化物で対策をしたい」(近藤教授)。ただし「カフェインには胃酸分泌を高める働きがある。胃酸過多の人は、空腹時を避けて」(福島室長)。

ブラックが ダメならちょい足し ミルク砂糖

ミルクでカフェインの吸収をおだやかに

 コーヒー好きな人なら苦みや酸味をおいしいと感じるけれど、ブラックの味は苦手……という人もいるはず。でも、砂糖やミルクを入れると健康効果が薄まってしまうようで心配!

 ポリフェノールの吸収については「ミルクも砂糖も影響しない」と福島さん。カフェインについて「スプーン1杯、5g程度の砂糖であれば血糖値にはほとんど影響を及ぼさない。脂肪燃焼効果を下げることもない」と鈴木教授。砂糖の入れすぎはカロリーオーバーになるので気をつけて。一方、ミルクを加えると「カフェインが体内に吸収されるスピードがおだやかになる」(福島室長)。急激なカフェイン吸収は胃酸分泌増加により胃を荒らす原因にも。子どもや胃酸過多の人はミルクを加えるといい。


この人達に聞きました

岡 希太郎
東京薬科大学名誉教授/珈琲研究家
2004年にコーヒーの研究に着手。「カフェインには抗炎症作用もあり、肝臓や脳を守って肝がんやアルツハイマー病を予防する可能性も期待されている」

東京慈恵会医科大学
鈴木政登教授
体育学、応用健康科学、病態検査学が専門。「コーヒーの脂質代謝を高める効果は運動によってさらにアップする。肥満、糖尿病の予防にもコーヒーは役立つ」

お茶の水女子大学大学院
近藤和雄教授
同大学生活環境教育研究センター長。「日本人は食べ物より飲み物から多くポリフェノールをとっている。コーヒー摂取などで動脈硬化も抑制できる可能性がある」


[いずれもWOMAN Online]

Posted by nob : 2014年01月31日 09:33

私も身体の冷えの自覚がありませんでした。。。Vol.2

■『冷え』の原因となる食習慣とは?

「冷え」は女性の大敵

寒い日が続き冬真っ只中な今日この頃。

女性の一番の悩みといえば「冷え」ではないでしょうか?手足が冷たい、一日中身体の芯から冷えを感じて仕事に集中できない…などなど。

冷えはあらゆる病気の原因にもなります。色々対策はしているけど一行に改善しないという方、もしかしたら日々の習慣が原因かもしれません…

本当にお腹のため?朝ヨーグルトの習慣

お腹の調子を整えるため・美肌のため…と、朝食にヨーグルトを食べている方も多いのではないでしょうか?私自身もつい数年前まで、美容のために良いものだと思い10年間ほど毎朝ヨーグルトを食べ続けてきました。

しかし、牛乳やヨーグルト、生クリームといった流動性のある乳製品は身体を冷やす作用がとても強いとされています。また、子宮がんや乳がん、生理不順など婦人科系の病気を引き起こす原因として、この乳製品の食べすぎがあげられています。

グラタンなどクリーム系のお料理、カフェラテ、ヨーグルト、生クリームたっぷりのケーキなど…女性は乳製品を使ったお料理が大好きですよね。

元々農耕民族だった日本人が、このようなものを口にするようになったのは歴史的にみても最近のこと。牛乳を飲んでお腹がゴロゴロしてしまう方がいらっしゃるように、本来私たち日本人はそれらを多く口にしなくても大丈夫な人種だと言えます。

お腹の調子を整えたいのであれば、日本古来からあるお味噌や納豆など発酵食品を食べたほうが、同じ発酵食品でも私たちの身体には適しています。

朝スムージーの落とし穴

ダイエット、美容のために良いと言われているグリーンスムージーですが、飲み方を間違えると冷えの原因に。

胃腸へ優しく消化の負担も少ないため朝食として頂く事は悪くはないのですが、例えばそれが冷蔵庫で冷やしたものだった場合、内臓冷えの原因に。内臓を冷やしてしまうと代謝が悪くなるため、せっかくのダイエットも成功どころか逆効果に…

また、南国系のフルーツは身体の熱を下げる作用はあるためこの時期はオススメしません。
今が旬でかつ、日本でとれるフルーツで作ったほうが良いのですが、できるのであればスムージー習慣は夏だけにしておいたほうが安心です。

朝は体温を上げる習慣を!

人は日中活発に動くため、目覚めと共に体温を上げようとします。しかし、そこで上記に述べたような身体を冷やしてしまう物を食べてしまうと、1日中体温が上がりきらず過ごす事になり、冷えを感じやすくなったり集中力が欠けてしまったり…とさまざまな不調へ繋がります。

また、手軽に食べられる菓子パンも危険。菓子パンには精製されたたっぷりのお砂糖が含まれていますが、この白砂糖も体を冷やす原因食材のひとつ。

特にこの時期、朝の習慣はとっても大切!

ヨーグルトやフルーツなどで済ませている方は、温かいスープや発酵食品であるお味噌汁を頂き体の内側からしっかり温める努力をしましょう。菓子パンが習慣となっている方は、おにぎりにチェンジすることをオススメします。

いかがでしたか?冷えは長年の生活習慣の蓄積によるものです。日々の習慣を見直しできることからはじめ、冷えを解消していきましょう!

[スキンケア大学/美ログ]

Posted by nob : 2014年01月31日 09:24

沈没はしないまでももはや座礁寸前、、、成長という虚構から成熟という実体経済政策へ舵を取れ。。。

■原発ゼロが経済を飛躍させる

田中秀征 [元経済企画庁長官、福山大学客員教授]

円安が進めば輸出が増える
こんな単純な図式はもう成り立たない

 今週のマーケットは、世界的な同時株安で始まった。新興国経済の先行きに根強い懸念があるからとされる。

 東京市場も週明けの27日、日経平均株価は一時1万5000円割れとなり、400円近い大幅下落となった。

 同じくこの日政府は2013年(暦年)のかなり衝撃的な貿易統計を発表した。

 これによると13年の貿易赤字が過去最大の11兆4745億円に達したというのである。

 13年の為替レートは、12年比平均で2割以上も円安になっている。一体どうしたのか。

 輸出は価格ベースでは1割近く増えているが、数量ベースでは何と減少(1.5%)している。要するに円安によっても輸出は伸びていないのだ。

 その最大の原因は、日本企業の生産拠点が海外に移転されたため輸出が増えにくくなっていること。そしてわれわれが期待する国内生産回帰への流れは全く生じていないのだ。

 もう円安が進めば輸出が増加するという単純な図式は成り立たないだろう。

 一方の輸入は価格も数量も増えている。13年の輸入増額は12年比15%増となっている。

 これは主として火力発電への依存が強まり燃料輸入が急増したためとされる。

 ただ、この場合も円安が輸入価格を大きく押し上げているのが問題だ。

 幸い、今のところ日本の所得収支黒字の余力はある。しかしこの黒字も減少を示しているから、所得収支の黒字の拡大策も真剣に考える必要がある。

「不連続な歴史の局面」こそ
日本経済を飛躍させる

 私は現状の日本経済の流れに小手先で対応するだけでは、中長期のジリ貧傾向は避けられないと考えている。

 やはり、新技術、新商品の爆発、イノベーションがあって初めて日本の経済は再生する。

 戦後日本の経済を通覧すると分かるが、経済の新しいステージは、敗戦や石油ショックのように、大きな「経済外的要因」、「不連続な歴史の局面」によって用意されるのではないか。戦後の日本だけでなく世界の歴史にもその例は多いだろう。

「原発ゼロ」は、不連続な歴史の局面。必ず日本経済を飛躍させると私は確信している。確かに経済と生活に一時的な困難をもたらす可能性はあるが、その彼方には新しい経済、新しい生活が展望できる。ジリ貧の流れに流されることは我々日本人の進む道ではない。

[DIAMOND online]

Posted by nob : 2014年01月31日 09:08

彼の暴走暴挙を歯止めるも看過するも私たち次第。。。

■武器輸出の原則明確化に意欲 首相、参院代表質問で

 安倍晋三首相は30日午前の参院本会議で、政府が進める武器輸出三原則の見直しに関し「輸出を認める場合の厳格審査などを具体的に定めていく」と述べ、原則の明確化に意欲を示した。同時に「国際社会の平和と安定に貢献していく」として、首相が掲げる「積極的平和主義」を進める考えを重ねて強調した。

 参院は、首相の施政方針演説など政府4演説に対する2日目の各党代表質問を実施した。

 連立政権を組む公明党の山口那津男代表は、教育行政の最終的な権限を首長に移す教育委員会制度改革案に関し「教育の政治的中立性が保てるか疑問だ」などと指摘した。

[47NEWS]

Posted by nob : 2014年01月31日 08:50

私も、野菜&フルーツジュースに加えて、歳明け早々から発芽玄米&菜食中心に切り替えました。。。

■発芽玄米の登場で注目されるGABA(ギャバ)

発芽玄米の登場とともに脚光を浴びている成分、それが通称GABA(ギャバ)だ。正式名称は「ガンマ−アミノ酪酸」。文字通りアミノ酸の一種だが、たんぱく質を形作っている18種類のアミノ酸とは異なり、特に哺乳動物の脳や脊髄に存在する。

ギャバは体内で主に抑制系の神経伝達物質として脳内の血流を活発にし、酸素供給量を増やしたり、脳細胞の代謝機能を高めるはたらきがあることがわかっている。このため、脳内のギャバが不足するとイライラするのをはじめ、さまざまな体調不良を招き、ひいては大きな病気の引き金となってしまうのだ。

<GABAは睡眠中に生成される>

通常、ギャバは睡眠中、特に深い眠りに入っているときに生成されるため、睡眠不足はこのギャバ不足にもつながるとされていた。では、睡眠不足の人は、みんながギャバ不足に陥ってしまうのだろうか?

近年までは食べ物によってギャバを摂取しても、脳内へ到達することはないと言われてきた。
しかしギャバの研究が進み、最近になって、食べ物によって摂ったギャバも脳へ届くことがようやくわかってきたのだ。つまり、不足するギャバは食べ物から摂ればよいというわけだ。

期待されるGABAの効能

ギャバを摂ることによって、期待できる効果は、実に幅広く、多彩なことに驚くはず。

■血圧を下げる

ギャバには、血液中の塩分をろ過する腎臓のはたらきを活発にし、利尿作用を促すことで血圧を下げるはたらきがある。このため高血圧の予防に効果があるとされている。

■中性脂肪を抑える

ギャバが内臓のはたらきを活発にして消費エネルギー量を高める一方、血液中のコレステロールや中性脂肪をコントロールし、脂質代謝を促すことがわかっている。このため肥満の予防ばかりでなく、糖尿病などの予防にも役立つのではないかと期待されている。

■肝臓・腎臓のはたらきを高める

腎臓のはたらきを活発にして血圧を下げるばかりでなく、ギャバには肝臓のはたらきを促す効果も。このためアルコールの代謝も速くなるとされている。

■神経を鎮める

ギャバは、脳内で抑制系の神経伝達物質としてはたらく成分。このため、ギャバを摂ることでイライラなどをやわらげる効果がある。実際、パニックや不安の状態にある人の脳脊髄液を調べたところ、ギャバが著しく減っていたという実験結果も。これらのことから睡眠障害、自律神経の失調、うつ、更年期の抑うつや初老期の不眠といった症状の改善にも効果が期待されている。

さらに最近では、アルツハイマー型痴呆症の予防・改善にも期待できると話題を集めている。

発芽玄米のGABA量は白米の約10倍、玄米の約3倍!

人間の脳神経から内臓、血液のはたらきまで、さまざまな観点から効果が期待できるギャバ。これを効率よく摂取できるのが発芽玄米なのだ。ギャバの量は、白米にはわずかに1mg、胚芽米で2.5mg、玄米でも3mgなのに対し、発芽玄米は10mgと圧倒的に優れている。しかも発芽玄米なら、毎日の食事で意識しなくても摂れるのだから、便利だ。

[healthクリック]

Posted by nob : 2014年01月29日 18:16

これも呼吸法の一つ。。。

■どこでも安眠できる。ストレス知らずの丹田ヒーリング

毎日めまぐるしく動く情報の中で暮らしていると、一日が終わるころには身も心もヘトヘト。そこで、今日こそは早く寝ようと早めにベッドに入っても、神経が高ぶって眠れない......。

いくら体を休めようとしても心がついていかなければ、せっかくのリフレッシュタイムも台無しです。では、どうしたら心身ともに癒されるのでしょう?

そんなときは、ベッドに入ってからでもできる、自己ヒーリングがいいようです。おへその下、指3本分くらいのところにある「丹田」は、生命エネルギーの貯蔵庫とも言われる場所で、その丹田を温かい状態で保つと、心身共に幸福感に溢れて質の良い睡眠をとることができるのだそう。

丹田ヒーリング
1.下腹部に両手を当てます。
2.その状態で息を吸って下腹部を膨らませます。
3.次にゆっくりと息を吐きながら元にもどします。
4.これを数回繰り返します。
5.慣れてきたところで そのまま下腹部を膨らませた状態を保ちます。
6.膨らんだ下腹部の中心を意識して下さい。温かい感覚があります。この下腹部の中心が「丹田」です。
7.丹田を意識したまま、通常の呼吸に戻します。

これは、心身のほぐし&デトックスのオーダーメイドセラピー、癒やし亭 創始者である藤本明伸先生の直伝メソッド。1人で出来るので、ぜひともマスターしたいです。

丹田ヒーリングのコツを覚えると、どこにいても自分で心身を癒せるようになるので、旅先で眠れない私もやってみようと思います。これで、どこにいってもマッサージ店ばかり探す、なんてこともなくなるかもしれません。

(松田朝子)

[MYLOHAS]

Posted by nob : 2014年01月29日 14:00

結局はバランス良く、食べ過ぎ飲み過ぎに注意する、、、そんな当たり前の食生活をするということでしょう。。。Vol.2

■気がつくと「三段腹」になってしまう5つの勘違い「NG:食事が少ない」「NG:野菜しか食べない」

いかに毎日の生活を健康的に送るかが、スリム体形を維持するための大切なポイント。頑張っているのに三段腹になってしまうアナタは、勘違いしているのかも?

●勘違いその1:食事を少なめに食べる

食事を少なめに取る女性は要注意!これは「もっと食べたい」という心理的要素を煽(あお)り、ドカ食いしてしまうことを意味するのです。満足のいく量をしっかりと食べることの方がスリムへの近道!

●勘違いその2:肉類は控えめの「野菜中心」生活

脂肪が含まれる肉類は控え、野菜ばかりを食べることが健康であると信じてやまない女性は数多く存在します。しかし、そういう女性に限って三段腹が多かったりするのです。肉類に含まれる動物性タンパク質には代謝機能を高める効果があるので、脂肪も燃えやすい体質にしてくれます。お肉は適量を食べるようにして。

●勘違いその3:パンは食べない

血糖値を大幅に上げてしまう「白い」パンは食べないに越したことはないですが、全てのパンを避けてしまっているアナタは大きな損をしています。穀物がたくさん入ったパンやグラノーラ(無糖のもの)はインスリン値の上昇を遅めてくれる効果があるので、おなかに脂肪が付きにくくなるのです。1日に1回食べることで代謝に変化が見えてくるそうですよ。

●勘違いその4:「ライト」な商品を選ぶ

健康を考えて「ライト」な商品を選んでいるアナタは、身体を傷めているのをご存じでしたか?確かに糖分は少ないのかもしれませんが、その代わりに「人工甘味料」などの化学物質が大量に含まれているのです。砂糖が入っていないのに「甘い」なんて不自然にも程がありますよね。人工甘味料が脂肪を蓄えやすい身体にしているという調査結果もあるので、これは要注意。

●勘違いその5:脂肪は大敵

「脂肪=デブの要素」と思っている女性は数知れず。しかし、脂肪にもいろいろな種類があることはあまり知られていません。アボカドやオリーブオイルなどの良性脂肪は、身体に付いている脂肪を燃やしてくれる作用があるから意識的に摂(と)ることをおすすめします。脂肪が脂肪を燃やすのです。

あえて避けてきたものが実は必要なものだったなんてショックですよね!

今からだって決して遅くはないから、早速、頭を切り替えて。

※当記事は、ハイブリッド翻訳のワールドジャンパー(http://www.worldjumper.com)の協力により執筆されました。

参考:5 Habits That Give You Belly Flab
http://www.cosmopolitan.co.za/bodysoul/Diet/5-habits-that-give-you-belly-flab-pg1

[マイナビウーマン]

Posted by nob : 2014年01月29日 13:51

彼の場合これも仕事の内、、、しかしハードな仕事ぶりです。。。Vol.2

■誰も知らなかった夜のたかじん「カッコよすぎる爆飲伝説」50連発 vol.02

後輩のために酒場で土下座
関西の芸人のみならず、関東の芸人も、たかじんは面倒を見ていた。
【たけし軍団】の前衆院議員・東国原英夫氏も、その一人。
「よく飲みに連れて行ってもらいました。たかじんさんは、高級クラブでも(33)店を出るときに勘定を聞かずにポンと払う。【ここに勘定、置いとくな】と言って、すっと出て行ってしまう。私が何度か見たのは、20~30万円くらいでしょうか。(34)釣りは一切もらわない。カッコいいんです」東国原氏が続ける。
「98年、恥ずかしい(35)不祥事で自主謹慎していた折、たかじんさんから何度もオファーをいただきました。"オマエ、俺の番組で思いっきり話せ" と。(36) "オマエなあ、人生なんて51勝して49敗なら、それで合格なんや。いくつか負けて失敗しても、そんなもの関係あらへん"と言われたのは、いまでも僕の座右の銘です」
慈愛に溢れた先輩なのだ。

お笑い芸人の大平サブローは、吉本興業からの独立に失敗した際、たかじんに当時の吉本幹部の酒席に連れて行かれたときのエピソードを報道陣に披露した。
たかじんは、「こいつを吉本に戻したっておくんなはれ」と言い、頭を下げ、酒場で(37)後輩のために土下座までしたというのだ。

彼は、(38)テレビも酒場に変えた。
1996年から4年間放送された『たかじんnoばぁ~』(日本テレビ系)は(39)2000万円かけたバーのセットに本物のバーテンを入れ、ゲストと一緒に酒を胃袋に流し込み、話しては酔っ払うという過激な内容。
深夜帯なのに、時に(40)最高視聴率は25%を超えた怪物番組だ。
「もともとは、早朝の番組出演を断る口実に、(41)"本番中に酒飲ませろ!"と無理難題をスタッフに突きつけたことが始まりです」(前出・芸能記者)


■誰も知らなかった夜のたかじん「カッコよすぎる爆飲伝説」50連発 vol.03

パンツ姿でデビュー曲を熱唱
天衣無縫なヨッパライに日本中が釘づけになった。
「番組内では、相次いだケンカもそのまま放送した。(42)立川談志に灰皿を投げつけたかと思うと、【(たかじんは)気に入らん】などと攻撃を繰り返す(43)落語家の桂ざこばと飲み続け、喧嘩ののちに仲直り。不思議な番組でしたね」(前同)

このほか、(44)谷村新司は嬉々として【ビニ本】収集癖を開陳。
最終回に、ゲスト出演したビートたけしとは、こんな秘話まであった。
「たけしさんは、"ノーギャラでいいから、可愛いお姉ちゃんのいるところで飲んで、大阪のうまいものを食いたい"と条件を出した。対するたかじんは、(45)朝の3時半まで一緒に飲み歩き、別れ際、たけしの弟子に(46)自分のポケットマネーで、200万円を渡したんです」(前同)

たかじんは、桂ざこばと生放送の『なまみつ』(毎日放送)に、(47)ウイスキーの水割りを片手に、泥酔して乱入。
ゲストの女優・藤山直美とキスしたり、収録場所まで乗せてきた素人のタクシーの運転手を無理やり出演させたり、好き放題やり尽くした……放送事故スレスレ!

『たかじんONE MAN』(毎日放送)では、笑福亭鶴瓶とスタジオで2人で酒を飲みながら対談。
思い出話をするうちに深みにハマり、(48)鶴瓶は号泣。下はパンツ一丁のたかじんの太腿にガブリと噛みついたが、ズボンを脱いだほうも悪い!?

ラストでは、パンツ姿のまま、たかじんがデビュー曲「ゆめいらんかね」をギター1本でしっとり歌い上げた。
(49)普段はおちゃらけっ放しの鶴瓶が「すっごい、よかった」としみじみ感動。

この男の歌は、人の心を優しく揺さぶるのだ。
「たかじんの名曲『東京』は、日本中のスナックのみならず、タイ人が集う新宿歌舞伎町の"タイ・スナック"でも大合唱。(50)彼の歌は国境を越えたんです」(夕刊紙デスク)

遠くへ行ってしまった爆飲の神様に、合掌――。

[いずれもデジタル大衆]

Posted by nob : 2014年01月29日 12:32

核は処分できないゴミ、放射線が無力化する10万年後には北海道ごと移動して地層の大きな変化どころか海底に消失も?、、、(莫大な費用をかけて)地上で恒久管理し続けるべきもの。。。

■核のゴミ、国内処分は可能 専門家「北海道東部など地層安定」

 自民党資源・エネルギー戦略調査会(山本拓会長)は28日、原発から出る「核のゴミ」の最終処分を議論する小委員会の初会合を開いた。講師として招かれた高橋正樹日本大教授(火山学)は、道東や東北地方の太平洋側の一部など地層が安定している地域を示し、国内に最終処分に適した場所があると説明した。

 政府は高レベル放射性廃棄物の処分地が見つからないことから、政府主導で選定する方針を示しており、2013年度中にも選定方法を見直す。自民党は小委員会で早期に提言をまとめ、政府方針に反映させたい考えだ。

[北海道新聞]

Posted by nob : 2014年01月29日 09:20

彼の真意がどこにあれども、、、脱原発への影響力に期待。。。Vol.31/それでいい。。。

■【都知事選】小泉元首相、代替エネルギー案がないとの批判に「代案は出さない!」

出馬表明以来、訴えのほとんどを「脱原発」に費やしてきた細川氏だったが、この日は「一番の問題は、少子高齢化が世界の主要都市で、東京が一番早く進んでいること」と町屋駅前に詰めかけた約300人を前に、福祉問題から演説を始めた。

報道各社の世論調査で、有権者が関心を寄せる政策が原発問題ではないことがハッキリしたこともあり、軌道修正。福祉や五輪などに半分以上の時間を割いた。

一方、全くぶれないのが小泉氏。鼻声ながらも絶叫調で脱原発を訴え、原発廃止後のエネルギー案がないとの批判には「私1人で代案を出せ、という方が無責任。代案は出さない!」と“逆ギレ”。JR王子駅前でも「批判にこたえる必要はない!」と言い切った。

小泉節に聴衆は拍手喝采。“元首相タッグ”で無党派層に支持を広げようとしている細川陣営だが、候補者が小泉人気に食われている。

[産経新聞]

Posted by nob : 2014年01月28日 23:41

水は生命の源。。。

■冬こそ水分補給!乾燥肌・風邪予防のための正しいお水の摂り方

体内での水分の役割とは?

身体に占める水分量は、成人で体重の50~60%、赤ちゃんの場合で70%といわれています。体重の約20%の水分を失うと命に関わるともいわれており、栄養成分ではありませんが、人体の生命活動にとって非常に重要な役割を担っています。

主な役割として、まず、体内に摂り入れた栄養素や酸素の運搬、老廃物を排泄するなど、生命活動を支えている代謝は水を介して行われています。また、同じく代謝の一環である体内での化学反応の基盤にもなっています。その他、汗をかくことにより体温の調節も行っています。

水分補給で乾燥肌を防ぐ

水分補給がなされないと、体内に新しい水分が入ってこないため、古くて汚れた水が身体中をめぐっていきます。その結果、血流が悪くなりつまりドロドロの血液となりリンパ液の流れも滞ってしまいます。

このような状態が続くと冷え性や肩こり、むくみ等の原因にもなり、引いては、身体の表皮の肌細胞にもダメージを与えてしまい乾燥肌をも引き起こしてしまうのです。つまりめぐりめぐって、お肌の美しさにも悪影響を及ぼしてしまうということですね。

このような事態を起こさないためにも、毛細血管の隅々にまで十分な酸素や栄養を届けるために常に新鮮な水を届けてあげることが重要となります。

風邪・インフルエンザ予防は水分補給から

風邪やインフルエンザの原因となるウィルスの侵入を防ぐには、こまめな水分補給が大切です。風邪やインフルエンザの原因となるウィルスは口や鼻から呼吸とともに入ってきます。鼻や気道の粘膜の表面は“線毛”と呼ばれる毛で覆われており、この線毛が小刻みに動くことで粘液に流れを作りウィルスを咳やたんとして排出します。

このとき身体の水分量が減ると線毛が乾いてしまい、うまく働かなくなり侵入してきたウィルスを排出できなくなります。風邪・インフルエンザ予防のためにも、こまめな水分補給で常に喉をうるおしてウィルスを寄せ付けないようにしましょう。

水分補給は“水”で

冬は寒い上に汗をかかないので、水分補給をするタイミングを失いがちです。意識をして水そのものを摂って、水分補給をこまめにするように心がけましょう。コーヒーやお茶などは水分を排出する利尿作用があるため水分補給としてはおすすめしません。

○1日の摂取量は?

1日に1~1.5リットルを目安に水そのものをこまめに摂るようにします。食事からの水分摂取を加えると合計で2~2.5リットルくらいが目安となります。スポーツ飲料は身体の成分に近いので吸収は速いのですが、飲み過ぎると糖分の摂り過ぎになるため、日常生活での常飲はおすすめしません。

スポーツをするときや夏など汗をたくさんかいてミネラル分を失うときにはおすすめです。このとき、スポーツ飲料を水で2倍に薄めて飲むと素早く吸収されるうえに、糖分の摂り過ぎも防げます。(※水分補給をするにあたり、心機能や腎機能に異常があって水分を制限されている人は主治医の指示に従ってください。)

○水の温度は?

冷たい水は身体を冷やしてしまいます。夏冬関係なく一年を通して、常温あるいはぬるま湯に近い状態での摂取をおすすめします。

○朝一番にコップ一杯のお水を

人は、睡眠中にコップ一杯分の汗をかくといわれています。睡眠中に失われた水分を取り戻すという意味と、起きがけに水を飲むことによって朝食を食べる前の準備運動的に胃などの消化器管が動き出してくれるので、便秘予防にも最適です。この時のお水も必ず常温またはぬるま湯で。

今年の冬は、水分補給を意識して行い、乾燥肌対策と風邪・インフルエンザを予防し、美と健康を叶えましょう。

[スキンケア大学/美ログ]

Posted by nob : 2014年01月28日 17:53

過ぎ去りし始まりの日々を懐かしむ。。。

■ビジネススクールでは教えてくれない、起業家にとって大切な10のこと

Inc.:超難関ビジネススクールに入学するのはとても大変ですが、もし入学できなかったとしても、がっかりすることはありません。起業家にとって一番の学びの場というのは、自らの経験だからです。それはある意味、全ての人に開かれた学校でありながら、常に課題を突きつけられるため、課題を乗り越え、卒業するのがとても難しい学校でもあります。

ライターの Danielle Newnham さんは、数多くのテック系起業家にインタビューをし、『Mad Men of Mobile』を書きました。今回は、著者が本作を執筆する中で学んだ、起業を目指す人々への10のアドバイスを紹介します。

1.自分のアイデアを周囲の人々に発信する

多くの起業家は、疑心暗鬼に取りつかれています。自分のアイデアをソーシャルメディアで話せば、ライバルにそのアイデアを盗まれるのではないかと思うかもしれません。しかし実際には、そんなことは起こりません。他の人が真似をするのが難しいことにに挑戦し、それを完成させるために適切なチームをつくりましょう。もっとも重要なのは、実行することであり、アイデアそのものではないのです。

2.「善意に基づいた」アドバイスは無視すべし

起業について語る人の数は、実際に起業をする人よりもはるかに多いのが現実です。なぜなら、起業をしようとする過程で、友人や家族、同僚の善意に基づいたアドバイスに、高まっていたやる気がそがれてしまうからです。そうしたアドバイスには「まだ若すぎる/年をとりすぎている」「関連した経験が無いじゃないか」「資金が無いじゃないか」といったものが含まれます。

しかし実際には、あなた以上にあなたが考えている事業について理解しており、それをうまくやれる人はいません。自分の心の声に従ってください。本能を信じて、最初の一歩を踏み出してください。

いずれにしても、その事業がうまくいかどうかは、あなた自身がすぐに理解するはずです。

3.ローンチの日を早い日に設定する

締切が目前に迫っている状態ほど、チームのやる気を駆り立てるものはありません。準備の時間を長く設定すると、製品の公開を遅らせる理由を次々に思いつくに違いありません。完璧な製品などありません。しかし、どんな製品も時間、実際に使用されること、フィードバックによって、質を高めていくことができるのです。

4.共同創業者選びは、配偶者選びと同じである

実際には、起業してまもないうちは、配偶者と過ごす時間よりも、はるかに多くの時間を共同創業者と過ごすことになるでしょう。それは、多くの起業家の結婚生活が破綻してしまう理由とも言えるかもしれません。共同創業者を選ぶ際には、その人がただあなたのスキルや経歴、性格を補ってくれるだけではなく、あなたと共に莫大な時間を過ごすことを楽しんでくれるかどうかを確認しましょう。

起業の成功は、すばらしい立ち上げメンバーに恵まれるかどうかにかかっています。全メンバーがもてる力を出し切ることで、成功が可能なのです。

5.超人的な粘り強さを持つべし

起業において大事なことは、事業に激しく夢中になるあまり、四六時中事業のことを考えている状態でいることです。一日中、事業について語り、夜は事業の夢を見るような状態です。その執拗な粘り強い決意こそが、何度も訪れるであろう困難な時期を乗り越えるパワーとなるのです。

Shazam の共同創業者であるクリス・バートン氏は、この点について次のように語っています。
「起業の成功を決定づける一番の要素は、粘り強さです。 夢をかなえたいという決意が、理性を越えた超人的なレベルに達していなければ、成功する確率はほぼゼロです」

6.お金を起業の目的としてはならない

私が出会った起業家の中で、最終的に会社を売ることを目的に起業をした人は一人としていませんでした。会社を売った人が誰もいないというわけではありません。ただ、それを目標としていた人はいなかったのです。イグジットを目指していると、結局イグジットはできません。築くべきものは、その後何年ものあいだ、喜んで働きたいと思うような会社です。その過程の中で、会社に尽くしてくれる、やる気に満ちたチームを築くことができるでしょう。そうしたメンバーは会社の成功のために力になってくれるはずです。彼らはあなたの味方であり、あなたを応援してくれるのですから。

7.クラストップの天才が必要とは限らない

採用は起業のプロセスの中でも、もっとも難しく、時間もお金もかかる部分でもあります。必要なのは、起業家精神をもったチームであり、あなたの掲げるビジョンを達成するために共に働いてくれるチームです。それが、薄給長時間労働だったとしても。

クラスでもっとも成績の良い天才タイプの人材が必要だと思うかもしれませんが、本当に必要なのは、尋常でないレベルのやる気にあふれ、リスクを取ることを恐れず、会社の成功を心から欲している人材です。

8.全ての従業員は代替可能である

CEO として、あなたは全従業員の職務を遂行できるべきです。事業を経営するのに必要な全ての仕事を理解していなければなりません。経理担当者が突然仕事を放り出したり、共同創業者がある日かんしゃくを起こして、会社を去ってしまったとしても、うちひしがれていられません。

起業するときには、まずすべての仕事を自分でやるようにしましょう。それが、事業に必要な仕事を学び、またその仕事を遂行する適任者を見極められるようになるための唯一の方法なのです。

9.失敗は良いことである

アメリカ文化はヨーロッパに比べて、失敗への許容度がはるかに大きいと言えます。ヨーロッパでは、会社が倒産しかけている状態は恥ずべきことと捉えられます。実際は、なにかに挑戦をすれば、失敗することもあります。しかし、挑戦すらしなければ、いつか他の誰かが、自分が思い描いていた会社をつくるのを見て、自分を責めることになるでしょう。成功のためには、失敗すべきです。失敗は成功するための方法を学ぶことのできる、すばらしい経験なのです。

10.起業は人生で一度きりの挑戦だと思って取り組む

多くの起業家は、すばらしい事業を築くのには、多大な量のスキルとチームの努力が必要であることに気付き、そうしたスキルや人材を集めることが常に可能であるとは限らないことを理解します。

もちろん、起業家の中にはそうした挑戦を何度も成功させる人もいますが、それでも今挑戦している起業という冒険を楽しむことを忘れないようにしてください。そして時には、アイデア一つでゼロから作り上げた自分の会社に、誇らしく微笑みかけるようにしてください。

10 Startup Lessons You Won't Learn in School|Inc.

Jeff Haden(訳:佐藤ゆき)

[ライフハッカー]

Posted by nob : 2014年01月28日 17:46

漸く気付きがここまで、、、しかしまだまだです。。。

■原発再稼働反対60% 景気回復実感せず73% 共同世論調査

 共同通信社が二十五、二十六両日に実施した全国電話世論調査によると、原発の再稼働に反対するとの回答は60・2%に上り、賛成の31・6%のほぼ倍だった。

 安倍晋三首相は原子力規制委員会の安全性確認を前提に、再稼働を進める構えだが、否定的な意見が根強い現状が鮮明となった。安倍政権の経済政策で景気が良くなったと実感している人は24・5%で実感していない人は73・0%だった。

 憲法解釈の見直しによる集団的自衛権の行使容認に反対すると答えたのは53・8%を占め、賛成の37・1%を上回った。首相は憲法解釈変更を視野に入れるが、国民の理解は進んでいないといえる。

 首相が企業に求めている賃上げでは「実現しない」が66・5%だったのに対し「実現する」は27・8%にとどまった。四月からの消費税増税に関しては、家計の支出を「控える」が69・1%で、「控えようとは思わない」は29・4%。来年十月に予定される消費税率10%への引き上げは賛成が30・1%、反対は64・5%だった。

 米軍普天間(ふてんま)飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)の名護市辺野古(へのこ)沿岸部への移設計画をめぐり反対派の市長が再選されたことに関し「市長の理解が得られるまで中断」は42・9%、「計画撤回」は17・9%。「予定通り進める」は31・7%だった。

 内閣支持率は55・9%で、昨年十二月二十八、二十九両日の前回調査に比べて0・7ポイント増とほぼ横ばい。不支持率は31・0%。

[東京新聞]

Posted by nob : 2014年01月27日 17:54

彼の場合これも仕事の内、、、しかしハードな仕事ぶりです。。。

■誰も知らなかった夜のたかじん「カッコよすぎる爆飲伝説」50連発 vol.01

稼いだギャラはすべて「酒の海」に消えていった!

享年64――
【元祖毒舌】やしきたかじんは、死後も我々の度肝を抜いている。

「いや~、ビックリしました。亡くなる直前、たかじんさんはハワイ旅行に行く予定で、すでに(1)気に入ったワインとシャンパンを手配済み。体調の優れぬなか、宿泊先まで届ける段取りまで、つけていたようなんです……」(スポーツ紙記者)

彼がどれだけ酒を愛していたか、このエピソードだけでも十二分にわかろうというもの。
たかじんは【酒の人】だった。

「(2)気に入った酒じゃないと飲まないほどの酒通で、こだわりも強かった。基本はワイン、シャンパンで、時にスコッチウイスキーも好んでいました。(3)記憶をなくしても、洋酒をガブガブ飲んでましたね」(前同)

彼が足繁く通ったという大阪・心斎橋のレストランの女性店主は、彼の豪快な飲みっぷりにハートを射抜かれた様子だ。
「まずカッコいいのは、(4)すべて自腹で飲み食いすること。テレビ局の経費では一切飲まず、自分のカネで人にご馳走する。(5)番組で稼いだギャラは全部飲み尽くしたと聞いていますが、それも納得のカネ離れのよさなんです」(女性店主)

まさに、"爆飲伝説"を語るに相応しい人物。
すでにいくつか紹介したが、亡き豪傑を物語る秘話を、一挙蔵出し!!
「"オーパスワン"という(6)1本10万円はする高級ワインから飲み始めます。でも、これは、たかじんさんにとってウガイのようなもの。50万、100万と次々に高級ワインを飲み干し、気づけば(7)一晩で500万円使っていたことも多々あったと聞いています」(在阪局関連スタッフ)

本拠地は大阪イチの繁華街・北新地。
そこでの基本は、ハシゴ酒だ。(8)18軒というハシゴ記録もある。

芸能ジャーナリストの二田一比古氏も、こう証言する。
「10年ほど前、よく飲みに連れて行っていただきました。知り合いを誘って、皆でワイワイ騒ぎながら飲むのがたかじん流で、(9)お開きになるのは、たいてい朝でしたね」

途中、たかじんが酔ってひと眠りすることもあるが、いったん宴会に突入すれば、(10)「撤収!」というボスの掛け声がかかるまで、帰ってはいけないルールがある。

二田氏が、こう続ける。
「彼がすごいのは、朝まで飲み、(11)どれほど酷い二日酔いに苦しんでいても、収録が始まると、仕事はちゃんとこなすところです」ヨッパライの鑑だ。

「しかも、たかじんさんは仕事が終わると、(12)二日酔いでもまた新地へ繰り出す。一時期は、(13)新地にいない日はないと言われていました」(前同)

(14)たかじんが夜の街から消え、北新地は不況に喘いでいるというから、"タカジノミクス効果"は、ハンパなかったのだ。

店と店との移動も、スケールがデカい。
10メートルばかりの距離をタクシーに乗って、(15)運転手に1万円を渡して「お釣りはいらん!」。なんとも豪快!

お笑い芸人のトミーズ雅が、たかじんを偲び、報道陣に暴露した話もすごい。
(16)ぼったくりと知ってバーに入店。
瓶ビール2本を飲んで、5万円の請求……そこで、「暴力バーなら、10万円は取らんかい!情けなッ!」と(17)逆ギレし、請求額の倍の10万円を叩きつけた。

かたや、庶民の感覚を忘れず、立場で人を分けることなく、誰とでも気軽に酒を酌み交わした一面も、特筆したいところ。
たかじんと交流のあった産経新聞の記者は、こんな思い出話を書き綴っている。
〈ビルのエレベーターを降りたその時、「ここや」。北新地の目抜き通り、酒の自販機前のスペースに陣取って再び宴〉
老舗の高級クラブばかりではなく、人目もはばからず(18)自販機前でもパーッとやっていたのだ。

飾らない人である。制作会社スタッフも、こう言う。
「(19)テレビ局の下請けの若手社員にも気軽に電話をかけて"飲もうよ"と誘う。それで、翌日に楽屋に礼を言いに行くと、(20)ハニカミながら"ありがとな、また飲んでな"と言うんです」
ただ、(21)どんな偉い相手でもへりくだらず、必ず自分の本拠地・北新地に呼びつけていたという。

このほか、ひとり酒を好むことで有名で(22)口下手な某企業の幹部も「たかじんさんとなら一緒に飲みたい」と懇願しては飛んでくるというし、(23)たかじんと飲むためだけに、遠方から飛行機に乗って来阪する知り合いの男もいたという。

惹かれるのは、女性も同じだ。
「そういう関係にないホステスが"たかじんさんの時計、かっこええな~"と言うたら、(24)ポンとその場で高級時計をプレゼント。ウン百万円は下らない品に見えました。しかも、(25)彼女が東京で店を出したと聞くや、すぐその店に飛んでいったというんです」(在阪の芸能記者)

何をやっても愛嬌が滲み出ていたようで、「よく冗談で(26)"オッパイ占い"をしていましたね。オッパイの形を見たら、運勢がわかるとかで(笑)。女の子の中には、たかじんさんに心を許し、(27)生でオッパイを見せる子も多々いたと聞いています」(前同)

お気に入りのホステスを伴ってカラオケのあるクラブへ行き、(28)自分の持ち歌を披露することもしばしば。
ベタな口説き方に、女性も心をときめかすという。
「ホステスの中には連れ回されて、(29)たかじんさんの家に泊まっていく子もいました。ただ、そういうときにも、(30)彼は必ずソファで寝る。寝室のベッドを女の子に使わせるジェントルマンなんです」(前同)

そのほか、(31)サインをせがむ女の子の体中にサインをしまくる洒落っ気も忘れない。
寵愛を争い、(32) ホステス同士が大喧嘩を繰り広げた事件もあったほどの人気者。

み~んな、たかじんが"やっぱ好きやねん"!

[デジタル大衆]

Posted by nob : 2014年01月27日 17:48

人は今日生きているように明日死に往くもの、、、生きるも死ぬも自らの生を救えるのは自分自身のみ。。。Vol.4

■感動ドキュメンタリー 生命は不思議なり治らないものも治ることがある 医者は見捨てた—しかし神は見捨てなかったかくて奇跡は起きた!

「余命は3ヵ月です」「もう手の施しようがありません」—突然突きつけられる医師からの宣告。死は確実に目の前に迫っていたはずなのに、それを乗り越えた患者がいる。彼らはなぜ生還できたのか。

治療もしていないのに

 茨城県つくば市で在宅医療専門のホームオン・クリニックつくばを経営している平野国美医師の元に、父親が通う病院の院長から電話がかかってきたのは、2009年12月のことだ。

「お父さんが胃がんです」—院長はそう告げた。話を聞いて、平野医師は、父親の余命は3ヵ月もないだろうと判断した。

「もう次の桜を見せることはかなわないと思いました。ならば人生の最後は、せめて苦しまずに逝かせてあげたいと思い、延命治療のすべてを断り、引き取る旨を院長に伝えました」

 引き取った父親のためにマンションを借り、頻繁に顔を出して買い物や食事をともにした。多少の抗がん剤は用いたが、根治療法は一切なし。それでも病状は不思議と安定し、桜の時期を乗り越える。奇跡のような日々は3年ほど続いた。

「けれど、昨年の12月から体調が急変したんです。意識が常に飛ぶようになり、何度も『オレ、大丈夫だよね?』と私に聞くようになりました。私も、心構えだけはして、葬儀の準備も進めていました」

 そして今年1月、平野医師は自身が運営する看取りのできる有料老人ホームに父親を移した。プロである息子から見ても、2度目の奇跡はさすがに起きないと覚悟したのである。寝たきりの日々が続いたが、入居後10日ほど経つと、目を疑うような変化が起こり始めた。

「徐々に体調が回復し、歩けるようになったのです。『いやあ、治っちゃったよ』と本人が言うくらいで、トンカツをぺろりと平らげるくらい食欲も出てきた。今では毎朝、ホームの仲間たちと散歩をし、自転車を買いたいと言い出すまでになりました」

 余命3ヵ月の見立てから、3年6ヵ月。その父・國雄さんは、友人に囲まれ、好きなものを食べ、ホームの主のような顔をして楽しく日々を過ごしている。がんの治療は、変わらず受けていない。

「がんじゃなかったんだよね、胃潰瘍だったんだよ」

 國雄さんはこう笑い飛ばす。もちろん、がんという診断が誤りだったわけではないが、すでに過去のことになっているようだ。いまでは検査も受けていないので、がんがどのような状態になっているかはわからない。だが、がんが発覚したときよりも明らかに元気になった姿がそこにある。

医学的には説明できない

 平野医師はこう話す。

「医学的な説明は思いつきません。『こういう人もいるんだな』としか言えない。がんと共存しているのでしょう。最初に父の世話をした医師も、父を見て思わず『お元気なんだ……』と絶句しました。何が起こっているのか、私のほうが聞きたいくらいですが、父の楽天的な性格が幸いしているのかなとは思います。病は気からと言うけれど、父はがんであること自体を否定していますから」

 医者にも理解できないような奇跡的な回復—なぜこのようなことが起きるのか。誰にも説明はできない。けれど、「もう打つ手はない」と宣告された患者が生還を果たすケースは、少ないながらも存在する。

 千葉県在住の加藤公子さん(70歳)も、そうした一人だ。加藤さんを襲ったのは肝臓がん。'07年の発見時にはすでに末期だった。主治医は、本人には余命までは明かさなかったが、加藤さんの娘には、「もってあと3ヵ月から半年」と宣告していた。

 加藤さんが振り返る。

「娘が急に優しくなりましてね。何かおかしい、と感づいて、問い詰めました。すると涙ぐみながら、私に打ち明けたんです。言葉が出ませんでした。でも、私は20年前に乳がんもやっている。いつ死のうと仕方がないと思い、何があってもうろたえることだけはしまいと覚悟を決めました」

 けれども、諦めたわけではなかった。主治医からは「治療しても効果は期待できない」と言われたが、ラジオ波焼灼術、カテーテルを入れて抗がん剤をがんに直接注入する動注化学療法など、打てる手はすべて打った。そして半年後—。

「信じられないのですが、私のがんは跡形もなく消えました。治療してくれた先生自身が、退院時に『信じられない、信じられない』と言うほどでした」

 それから6年が経過。再発の兆候はまったくない。「治療が私に完璧にマッチした」、加藤さんはそう信じている。

「生存率0%」でも諦めない

 青森市で弁護士として活躍する小野允雄さん(74歳)は、'02年にステージⅣの大腸がんが発覚した。がんは腹膜播種(腹膜に散らばった状態)を起こしており、手術をしても再発の可能性は非常に高かった。

「ダメなんじゃないか、と本当に不安でした。術後の抗がん剤の副作用も相当苦しかった。でも、それに耐えられたのは、とにかく生きたかったからなんです。今は死ねない、子どもたちのことをもっと見届けたいと思い続けていました」(小野さん)

 だが、その思いも虚しく、3ヵ月後、肝臓にがんが見つかり、その後脾臓へと転移する。

「2度目の手術をする前、家内と一緒に医師から病状の説明を受けたのですが、『がんが腹膜に広がっている可能性が高い』と言われました。そのときは家内もひどく落胆し、二人で手を取り合って泣きました」

 幸いにも腹膜への転移はなく、手術で肝臓の一部と脾臓を摘出。その後は再発の恐怖と闘いながらも、弁護士としての仕事に打ち込む日々を送った。それから10年。いまも再発はない。

「最初の手術が終わったとき、『再発して手術ができない場合は、 2~3ヵ月しか持たない』と医師から言われていたそうなのです。そして、私の病状は5年生存率が0%という状況だった。それは後から知ったのですが、もし最初からその事実を知っていたら、がんと闘う気力が失せていたでしょう。私にとっては、『知らない』ということが良かったのだと思うんです」

 逆に、本当のことを全部知ったからこそ、乗り越えられることもある。悪性度の高い子宮絨毛がんの末期から生還し、がん治療のまっただ中で双子の出産まで成し遂げた長友明美さん(64歳)がその人だ。

 1981年、長友さんは夫の赴任先のアフリカで第1子を死産した。その後、体調が悪化する。

「最初は産後の肥立ちが悪いのだと思っていましたが、病院に行っても一向によくならない。そこで友人のいるアメリカへ行き、病院で子宮がんが見つかりました。すでに肺にも転移しており、『余命6ヵ月』と宣告されたのです。そのときは頭の中が真っ白で意味がわからず、受け入れることもできませんでした」

 抗がん剤治療が始まると、身体はどんどん衰弱していく。死の予感は日々迫ってきた。それなら母国に帰りたい。だが、死を覚悟して訪れた日本の病院で、医師からこう告げられた。

「もうがんで死ぬ時代は終わりました。やることをやれば治りますよ」—この言葉に強く打たれた。

「自分では、生きられるのはあと3~4ヵ月と思っていたんです。両親はお墓まで用意しました。でも先生は、『がんになったのはあなただから、あなたが治して帰るんですよ。私たちはそのお手伝いはできるけど、治すことはあなたじゃないとできないんです。がんと向き合ってください』とおっしゃった。びっくりしました。だって死ぬつもりだったんですから」

 この医師との出会いが、諦めかけていた長友さんを死の淵から引き戻した。

「この先生に付いていって、やれるだけやってみよう。闘わずに死ぬのは悔しいと思いました」

 ただ病院の治療に身を任すのではなく、長友さんはがんと闘うための猛勉強をした。抗がん剤や温熱療法といった治療に加えて、自分でできる治療法を探求して実践を重ねていった。

 そんな治療の最中に、生理が止まった。「生理が止まったら再発の可能性が高い。そのときは子宮を取ります」、医師にはそう言われていた。しかしそれは、再発ではなく、妊娠だった。

「しかも、お腹に宿ったのは双子でした。自分の身体が持つかも心配でしたし、子どもへの抗がん剤の影響など不安で一杯だった。健康に生まれてこない可能性のほうが高い。ものすごく悩みました。でも、『産もう、仮に障害があったとしても、すべてを引き受けよう』と心に決めたのです」

 '84年5月、双子が無事に誕生した。二人の女の子は無事に成長し、長友さんのがんは、30年以上たった今も再発していない。

 厳しい病に冒された患者を見放すのも医師だが、最後まで共に闘おうとする医師もいる。

 上井孝さん(39歳・仮名)は、そんな医師に巡り会い、現在、末期の大腸がんと闘っている。当初は「半年くらい」との医師の見立てだったが、それを大きく超え、がんの発覚から1年7ヵ月を迎えた。

 上井さんの主治医である半蔵門病院の平岩正樹医師は、細かい病状から今後の目標まで、すべてを本人に伝え、治療法を一緒に考えているという。

「真実を告げることで患者さんは病気と向き合うことができるのです。自分でなんとかしようという気持ちが一番大事で、それがなくては医者は何もできませんから」(平岩医師)

 上井さんは現在、平岩医師の診察を受けるために、自宅のある大阪から東京まで毎週1回、通っている。

「平岩先生の治療を受けたいという一心からです。先生は私がわかる言葉を選びながら、何でも答えてくれる。不安も取り除いてくれます。がんには追い込まれるイメージがありました。でも今は、広がっていくような気がします。身体は不自由になっても、失った分、得るものがある。話もできる。目も見える。ご飯がおいしいとうれしい。太陽が気持ちよいとか、風が心地よいとか、病気になる前まで見過ごしていた日常が、今は大きな喜びなのです」

 一日、また一日と、上井さんは「奇跡の記録」を更新し続けている。

神様に選ばれる条件

「どんな状況になっても、明日を人生で最良の日にすることは可能なんです。そうすれば、その翌日はさらに良い日にできる。そして、そうやって大きな病に立ち向かっている姿が、他の人を救うことがたくさんあるのです」(平岩医師)

 もう一人、がんとの闘いを続けている人物がいる。ドラマ『スケバン刑事』『宮本武蔵』などで活躍した俳優の中康次さんだ。公表はしていなかったが、中さんは昨年2月に直腸がんが見つかった。ステージは末期のⅣ。肝臓転移もあり、6~7cm大の腫瘍が4~5個あった。医者からは「あと6~8ヵ月」と宣告された。

「開腹手術はできない。いつ死んでもおかしくない状態でした。ただ、直腸が詰まって便が出ないので、腸閉塞対策のために人工肛門の手術だけはしてもらいました。あとは抗がん剤治療です。がんの宣告を受けても、まったく落ち込みませんでしたね。

 ドラマの台本だと、ガーンと落ち込んだりするじゃないですか。僕は違った。だって、余命6ヵ月と区切られたからといっても、みんな区切られているじゃないですか。死なない人はいないんだから。『俺の人生、こういうドラマ展開できたか』と思っただけでね。自分でも『なんだ、この落ち着きは』と思ったくらいです」

 そんな中さんのがんは、抗がん剤治療後、目に見えて小さくなってきた。いまは3~4週間に1度、入院して抗がん剤治療を続けている。

「余命宣告から1年3ヵ月以上たっているけど、小さくなった状態をずっとキープしています。女房があれこれ工夫して、おいしくて身体にいいものを毎日食べさせてくれるんです。おかげで毎日食事がおいしい。抗がん剤をやっているのに食欲が落ちなくて太ってしまい、減量しているくらいです。『まだ逝くはずがないな。こんだけ食事が美味しいんだから』、そう思っています」

 中さんがこうして前向きでいられるのには、ひとつ理由があった。

「僕の信条は『奇跡は必ず起きる』。ただし、信じる者にしか起こらない。この考えは、病気になる前も今も同じです。またこういう取材を受けて、『中さん、本当に治っちゃいましたね』と言われるようになっていれば最高だね。そのときは、『この前言ったでしょう、奇跡は起きるんだよ』って言うからね」

 宣告された余命を乗り越え、奇跡を起こすには、さまざまな要因があるだろう。だが、もし神が存在するのなら、「生きたい」と強く願い、必ず治ると信じた人にだけ、手を差し伸べるに違いない。

[現代ビジネス]

Posted by nob : 2014年01月26日 23:39

人は今日生きているように明日死に往くもの、、、生きるも死ぬも自らの生を救えるのは自分自身のみ。。。Vol.3

■結果的に幸せだった「がん宣告」それでも治療を選ばなかった人たち

 がんになったら治療を受ける。いまやこれは当たり前のことではなくなってきている。治療を拒否すれば、死は確実に近づいてくる。けれど、残りの命と引き換えにしてこそ得られるものもある。

静かに眠るような最期

「僕はもう死ぬよ」

 2011年2月、ドラマ『水戸黄門』『部長刑事』などで名脇役として活躍した俳優の入川保則氏(享年72)は、所属事務所社長の井内徳次氏にこう告げたという。

「がんで、もう半年も生きられないと言うのです。それまでは普通に舞台にも出演していましたから、青天の霹靂でした。今後どうしていくつもりか聞くと、治療は一切しないという。『僕はもういい。人生の幕が来たんだ。役者として死なせてほしい』と」

 じつは入川氏のがんは、前年の7月に見つかっていた。直腸がんでステージはⅢ。すぐに手術を受けて腫瘍だけは切除したが、それは一時的な処置に過ぎなかった。

「確実に転移するから抗がん剤治療をしたほうがいい」と医師から言われたが、すでに入っている仕事をキャンセルするわけにはいかない。年末までの仕事をこなし、年が明けた'11年2月。精密検査をした結果、がん細胞が全身に回っていることが発覚したのだった。

「余命は6ヵ月です。あなたに来年はありません」

 主治医からはそう告げられた。抗がん剤治療をすれば、命は多少長らえるかもしれない。けれど、それをやると副作用で動けなくなり、役者生命が断たれる。入川氏は治療を断り、役者として余命を使い切るという選択をしたのだった。

 当時は独身で一人暮らしの身だったが、3度の結婚と離婚を経験した入川氏には5人の子供と5人の孫がいる。家族は当初、治療することを強く望んでいた。長男の鈴木正則さんが言う。

「『現役が続けられなくなったら自分の寿命はそこまでだ』と常日頃から話していたので、治療はしないという父の選択に、最終的には家族も納得しました。

 父はがんを抱えたまま仕事を続けた末、'11年10月に入院しました。治療はせず、痛み止めの処置だけ行っていたんです。父を見ているうちに、似たような状況になったときには自分も同じ選択をするのではないかと思わされるようになっていました」

 最初に医師から告げられた"タイムリミット"は'11年8月だったが、それよりも4ヵ月近く長く生きた。生前、自分の葬式費用を前払いし、般若心経も自らテープに吹き込んで準備万端を調える「自主葬」を実践、親しい人々との「お別れ会」も済ませていた。

「健康だったときはそんなこと口にしなかったのですが、『子供たちがいてよかった』とか『ありがとう』などと感謝の気持ちを伝えてくれたことが今でも印象に残っています。

 看取ったのは12月24日。主治医の先生に『今は息をしていますが、呼吸器を外すと止まります。外してもいいですか?』とたずねられて、『いいです』と答えました。その後、父は息を引き取った。苦しみも痛みも訴えず、静かに眠るように亡くなりました」(前出・正則さん)

 がんが見つかったとき、たとえ1%でも治る可能性があるのなら、少しでも命が延びるのなら、できる限りの治療を受けたいと思うのが人情だろう。

 けれど中には入川氏のように「治療をしない」という選択をする人もいる。そうした人が、だんだん増えてきているという。日本尊厳死協会副理事長で埼玉社会保険病院名誉院長の鈴木裕也医師はこう話す。

「死期を延ばすだけの延命治療を拒否する患者さんは、年齢に関係なく増加しています。治る見込みがないのに抗がん剤治療などを続け、副作用を多発させて惨めで不幸な姿になっていく患者さんたちを目にしていることが大きい。

 いかに生き、いかに幕引きしたらよいのか、そのことを真剣に考える人が増えてきたのだと思います」

 福岡に住む胃がん患者・山口勝己さん(72歳)も、そうした一人だ。

 胃がんが発見されたのは3年半前。早期だが内視鏡で取れる程度ではなく、医師からは「胃の3分の2を切除する必要がある」と言われた。治療を強く勧められたが、山口さんは手術・放射線・抗がん剤の三大がん治療をすべて断った。がんになった家族が、治療の甲斐なく亡くなっていったのを目の当たりにしていたからだ。

100%死ぬわけではない

「9年前に実兄を大腸がん、8年前に義兄を食道がんで失ったときの治療を見てきたことが、私自身のがん治療は拒否しようと決めた大きな理由です。

 二人とも手術を受け、抗がん剤治療を行って退院したのですが、医師から『体力のあるうちにもう一度がんを叩いておきましょう』と言われ、2度目の抗がん剤治療をしたんです。その"念のため"の治療を始めて1ヵ月もしないうちに亡くなりました」(山口さん)

 実際、抗がん剤の副作用から死に至るケースは少なからずある。こうした経験から現代医療への不信感が増し、山口さんは、断食や玄米中心の食事療法など独自の道を選択した。医師から宣告された「何もしなければ3年持たない」という余命はすでに超えたが、いまも元気に暮らしている。

 がんの進行状況だけは定期的に病院でチェックしているが、発見当初の状態から進行しないまま、がんはおとなしく治まっているという。痛みなどの症状もまったく出ていない。

 がん治療を拒否した患者のすべてが、山口さんのような経過をたどるわけではないが、治療を受けなくても延命している患者が多数存在するのも事実だ。

 がん治療の難しさについて、「がん哲学外来」を開設し多くのがん患者との対話を続けている樋野興夫医師(順天堂大学医学部病理・腫瘍学講座教授)はこう語る。

「がん治療の問題は、われわれ医師にとってはグレーゾーンの部分があるんです。治療の効果について70%くらいは医学的に証明されていることで説明できるけれど、説明できないこともある。例えばある抗がん剤が本当にその患者さんに効くかどうかは医者にもやってみなくてはわからないことがあります。統計学的にある程度効くとは言えるが、使う患者によって副作用も違うし、ある人は使っても再発するし、ある人はそれで治ってしまう。まさにケースバイケースなのです」

 グレーゾーンだからこそ、「この治療をすれば5年生存率は50%だが、やらなければ20%」といった曖昧な言い方になる。「手術をすれば100%助かるが、やらなければ0%」とは言えない。これががん治療の現実なのだ。

痛みはコントロールできる

 では、実際にがん治療を受けなかった場合、患者の身体はどのように変化していくのだろうか。

 進行のスピードは個人によって異なるが、がん細胞は無限に増殖を続けていく。だが、「基本的にがん自体に症状はない」という。前出の鈴木医師が解説する。

「がんはどこにできても、がんそのものから痛みや苦痛は出ません。痛みは、がんが大きくなって周辺の神経に触ったときに生じます。すい臓がんは痛みがきついことで知られていますが、これはすい臓の尻尾の部分が脊髄の太い神経に接しているため、がんが大きくなると脊髄の神経に食いこみ、激しい背中の痛みや腰痛が出るのです。

 前立腺がんは骨への転移があり、進行するとやはり背中に痛みが現れます。肺がんの場合はがんが気管を圧迫し、空気が通らなくなることで苦しくなる。末期の呼吸困難はこれです。消化器系のがんでは腸閉塞になって食べ物がつかえ、苦痛とともに食欲が衰えて全身衰弱していきます」

 骨への転移が進行すると、かなり脆くなりちょっとした衝撃で骨折してしまう。骨折を機に寝たきりとなり、衰弱が進むケースは多い。がんが転移して体中の臓器を蝕んでいくと、食べ物も口から受け入れられなくなってやせ衰える。結果、臓器不全となって死に至るのだ。

 一方、進行したがんが原因で起こる痛みは、モルヒネなどを使った緩和ケアで「85%程度までは抑えられる」(前出・鈴木医師)。つまり、治療を拒否して症状が進んだとしても、「健やかに生き、安らかに逝く」ことは可能なのだ。

 訪問看護師だった40代の加藤真弓さん(仮名)は、まさにその道を選んで逝った。

 彼女を襲ったのは、胃がんの中でもとくにたちの悪いスキルス性胃がん。胃の違和感に気づいて開腹手術をしたところ、お腹の中にがんが散らばった状態で発見された。もはや手術で取りきれる段階ではなく、がんを切除できないままお腹を閉じることになった。

 主治医は加藤さんに「延命措置があるのなら、やることが当然。治療しないのはあなたの罪悪だ」とまで言い、抗がん剤治療を強く勧めた。だが、加藤さんはそれをきっぱりと断った。

「がん治療で仕事ができなくなるくらいなら、何も治療せず仕事を全うしたい」—これがその理由だった。

居酒屋にも行ける

 加藤さんと親しく接してきた医師で、『こうして死ねたら悔いはない』などの著書もある石飛幸三氏が思い出を語る。

「加藤さんは、仕事で終末期の方と接する中で、がんも自分の一部なのだから、一心同体のものとして受け入れていくしかないと考えていたようです。抗がん剤などでがんを叩けば、あるいは延命できるかもしれない。でもそうしたら副作用で衰えて、人の役に立つことができなくなる。

 彼女にとっての"生きる意味"は看護を通して世の中の役に立つことだから、看護の仕事が続けられなくなったら、仮に延命しても、生き続ける意味がなくなってしまうと言うのです」

 宣告された余命は3~4ヵ月。けれども、加藤さんは2年以上生き、できる限りの間、訪問看護の仕事を続けた。

 石飛医師は、昨年加藤さんの誕生会に招かれ、そこでこんな光景を目にした。

「居酒屋で開かれた誕生会では、彼女は中心静脈栄養の管をつけていて、何も飲めず食べられない状態でした。でも友人たちに囲まれて快活に笑い、おしゃべりしており、その姿はとてもすがすがしいものでした。

 残念ながら彼女はそれが最後の誕生日となり、昨年のクリスマスイブに、看護師仲間と弟さんに囲まれて亡くなりました。生前に献体を申し込んでいて、お世話になった人への手紙も書き残していた。最期まで自分の生き方を貫き、本当に立派でした」

 加藤さんは、石飛医師にこう言ったという。「がんが完全に治って、元気にまた日常生活が送れるわけではない。もうあと僅かなのに自分の生き方を否定されるのはつらいんです。医者は終末期の患者に『絶対こうしなければならない』と押しつけないでほしい。これは、私の遺言です。先生、このことを世の中の医者に伝えてください」と。

 治療を拒否した結果、自分の意志で穏やかな最期を迎えられる患者がいる一方、わずかな可能性にかけて治療に執着し続けた結果、逆に苦しみながら死を迎える人もいる。

 進行性の肺がんと診断された会社役員の中村益三さん(仮名・享年65)が、そうだった。日の出ヶ丘病院のホスピス医・小野寺時夫医師がその様子を語る。

「最初に入院した病院で、もう手術は無理だし、このがんには抗がん剤も効かないので、治療はせず元気なうちにやりたいことをやるのが一番いいとアドバイスされたのですが、中村さんはインターネットで肺がんの名医を探し出し、そこで抗がん剤治療を始めたのです。効果が思わしくないということで抗がん剤を何度か変えて治療を続けました。

 体調はどんどん悪化し、4ヵ月後には脊椎骨転移で歩けなくなり、5ヵ月目に右手がしびれ、会話ができなくなって脳転移と判明。私のところに来られたときは意識も混濁しており、2週間ほどで亡くなりました。

 奥さんと約束していた南米旅行も果たせず、抗がん剤治療で苦しみ抜いた末に死を迎えたのです」

 もちろん、何とか助かりたいという一念から、最後まで治療に専念した中村さんの選択を否定することは誰にもできない。とことんまで治療にこだわること自体が、その人の生きがいになっていることもある。

 治療するか、しないか。それは個人個人の生き方、あるいは死に方をどう考えるかに委ねられる。前出の樋野医師は、治療を拒否してもよい最期を迎えられるかどうかを決めるのは、患者の「覚悟」だと語る。

「がん治療をしないと決めて幸せな最期を迎える人と、そうでない人の最大の違いは『覚悟』の有無です。

 覚悟をもってがんを受け入れた人は後悔しません。自分はもう決めたのだから、大丈夫だと言い切れる。そういう人は、たとえ寝たきりであっても、他人を感化します。家族のため、誰かのために何かができる。勇気を与えることができる。そのときその人は、自分の社会的な地位や役割などを超越して、自分の存在自体に役割があるのだという人間観の転換ができている。そういう人は、幸せな人生を遂げられるのです」

 自分が病を受け入れ、その生き様で他人に影響を与える。「人の役に立ちたい」と最期まで意思を貫いた前出の加藤さんは、まさにこれを体現していた。
家族も幸せになった

 最期の最期まで積極治療をして後悔するのは、患者よりその家族のほうが多いという。樋野医師が続ける。

「死ぬまで辛い治療を受けさせ、苦しめてしまったという後悔が家族に残るからです。そうならないためには、たとえ患者が選んだ方法が間違いだと思っても、家族はそれを認めてどんなことがあっても患者に寄り添うことです」

 それをかなえられた理想の形が、一昨年5月に食道がんで亡くなった作家・団鬼六氏(享年79)のケースかもしれない。長女の黒岩由起子さんが振り返る。

「医師からがんを宣告されたときは母と私も同席していたのですが、父は即座に『身体を切り刻んでまで生きたいと思わない』と手術を拒否しました。母が慌てて『ちょ、ちょっと。もう少しゆっくり考えようよ』と言ったのですが、父の意思は固かった。

 もちろん私たち家族は手術を勧めました。父に生きていて欲しいという気持ちは当然ですが、団鬼六を殺してはいけないという思いもありました。でも父には、団鬼六として生きるのならば、手術を受けてヘロヘロになってまで生きながらえるべきではないという信念があったんです」

 家族の願いもあり、放射線治療と抗がん剤治療を少しは受けたが、手術は最期まで拒絶し通した。胃ろうも拒み、死ぬまで口で食べることにこだわった。

 だがやがて肺に転移が見つかる。咳が止まらず、苦しいと訴えるようになった。

「もうあかんってことやろ」

 徐々に、身体だけでなく心も弱り、こんな言葉が口をついて出ることもあった。でも、治療を拒否した患者に対し、家族は励ますことしかできない。由起子さんは最期まで「団鬼六」として生きてもらうため、力を尽くした。

 団氏は家族の支えを受け、最期まで奔放に生き抜く。医師から止められても、好きな酒は飲み続け、仲間を呼んでパーティーを開き、家族で旅行にも出かけた。そして、亡くなる5日前まで原稿に筆を走らせていた。

「最期まで手術拒否を後悔するような言葉は一切口にしませんでした。けれど、もちろん本人は生きていたかったんです。

『ただ生きながらえるのは死ぬより嫌だ』『自分の生きたいように生きさせてくれ』と言い、『ただ長生きさせることが親孝行だとは思うな』とも言っていました。この言葉は、振り返ってみると何にも代えがたい救いの言葉になっているんです。

 手術を受けるにせよ、受けないにせよ、残された家族は必ずあとで『あの時ああすればよかった』と思うものです。父の言葉は、家族をそうした悔いから救ってくれました。

 親の命のことなんて、どうにも決められません。だけど病院に入れば、以後は病院のレールに乗せられてしまう。家族にとってはセオリー通りに事が進むから安心なんです。『こうやっていれば大丈夫』と思えますから。そう考えると、結局、こう生きたいと考えて、それを実行に移せるのは本人しかいない。団鬼六はそうやって生き、私たち家族を救ってくれました」

 がん治療を拒否する患者は、医師はもちろん、家族から見ても「わがまま」と見なされがちだ。けれども由起子さんは、こう言う。

「私も父はわがままだと思い、なんでそんなに死に急ぐのかと思いました。でも今は、父は家族のためを思って、自分の好きなように逝ってくれたのだと思えます。死んでしまうことは負けではない。父本人にとってみれば勝ちです。だって結局は死ぬんですから」

 自分自身の意思を貫き、生涯を終えた後も家族の心を支えられる—それこそが、最高に幸せな生き方と言えるのではないか。

[現代ビジネス]

Posted by nob : 2014年01月26日 22:00

乗れば考えますよね。。。

■エレベーターが落ちた。その時に取るべき行動は?

毎日多くの人が利用しているエレベーターは、機器の進歩により音も静かで快適に、目的の階まで運んでくれます。とても便利なエレベーターですが、もしも、「エレベーターが落ちた時」どうしますか?

もしエレベーターが落ちた時に助かる方法について、教えて!gooにこんな相談がよせられていました。

■エレベーターの構造

「ワイヤーが全部切れても落下しない様安全装置が働きます」(mac1963さん)

「現在利用できるエレベーターで、落ちるものはありません。通常はロープで釣り下がっていますけど、これが切れても何重もの制動ロックがかかりますので落ちません。もちろん、制動ロックは電源も何も不要ですから、どんな場合でも作動します」(noname#175206さん)

毎日使用する機械なので安全には配慮されており、もしもの場合も考慮して作られているという意見です。

■頑丈な箱

さらにnoname#175206さんは、エレベーターを安全な装置と回答した上で、もしもの可能性という観点からこのように付け加えています。

「仮に地震などで建物が滅茶苦茶に壊れ、エレベーターの通り道自体が、制動ロックが届かないほどに壊れ、吊り下げるロープも切れたら、確かに落ちます。(中略)…エレベーターは非常に頑丈な箱です。建物がそこまで壊れるなら、エレベーターの外で生存できる確率は低いですが、エレベーターという頑丈な箱に守られていれば、助かる確率はぐんと高くなります」(noname#175206さん)

エレベーターが落ちるレベルの建物崩壊であれば、エレベーターの外も危険。落ちた後になるでしょうが、落ち着くまでエレベーターの中にいるのも安全なのかもしれません。

■10メートルジャンプ?

このQ&Aは、教えて!gooの物理学カテゴリへ投稿されたもの。落下時の衝撃をなくすため、という観点での回答も見られました。

Hayashi_Trekさんによると、「落下の衝撃(落下中のエレベータが地面に衝突して急停止する時の衝撃)をなくすには衝突時の速度を打ち消す速度でジャンプすれば、ジャンプ動作が終了した時点での速度が0になるので、そのまま着地できます」とのこと。

10メートル落下したのであれば、10メートル飛べる脚力が必要、という意見です。うーん、難しい…。

10メートルジャンプは非現実的ですが、エレベーターが落ちた場合について、みなさんから様々な意見が寄せられました。自分で何とかするのは難しく、エレベーターが持つ安全性に期待するものが多かったですね。落ちたときに限りませんが、非常時には、

「落ち着いて非常用のインターホンのボタンを押し救助隊の到着を待ちましょう」(RTOさん)

というのが最善の策といえそうです。

[教えて!ウォッチャー]

Posted by nob : 2014年01月26日 21:51

人は今日生きているように明日死に往くもの、、、生きるも死ぬも自らの生を救えるのは自分自身のみ。。。Vol.2

■切るべきか、切らざるべきか、あえて放置する手もある「あの『決断』が生死を分けた」医者が大病を患ったとき

人は大きな病気にかかった時、困惑し、恐怖し、どうしたらいいか途方に暮れる。それは、医者でも同じこと。だが、医者だからこそ下せた「決断」がある。彼らは、死の淵からいかにして生還したのか。

CASE1 脳卒中
命の危険を冒して早期リハビリをした

「病院で会議をしている最中、突然、何かの塊が首の左側を下から上へ、顎を通ってつむじまで、ムクムクと走り上がるのを感じました。直後、体が大きく傾いた。まるで、天地が逆さになったようでした。脳卒中でした」

琉球大学名誉教授でおきなわ健康長寿研究開発センター会長の鈴木信医師(80歳)は15年前、病に倒れた。左脳に脳梗塞を起こしたのだ。

「以前から手の震えや、コレステロール値が360まで上がるなど、今考えれば予兆といえるものもありましたが、特別気にも留めていませんでした。

ストレッチャーで運ばれている間、意識が戻ったり遠のいたりを繰り返し、やがて昏睡状態に。この間、いわゆる『走馬灯』を見ました。子供の頃に剣道教室をサボったことや、娘が生まれた時のことなど、さまざまな思い出が目まぐるしくフラッシュバックしたのです。まるで、あの世とこの世を行ったり来たりしているようでした」

目が覚めたのは9時間後。だが、残酷な現実が鈴木医師を待ち構えていた。

「目を開けると神経内科の教授がいて、『麻痺はあるか』という声が聞こえました。『ないよ』と言おうとしたのですが……『アーアー』としか声が出ない。体も動かない。完全に右半身の自由と言葉を失っていました。

周りのスタッフが話している内容はわかるのですが、言語中枢がある左脳にダメージを受けたため、失語症になってしまったのです。医師にとって、これは致命的。もうダメだ、と絶望的な気持ちになりました」

意思表示ができないので、検査や処置もされるがまま。

「体中管だらけで、まるでロボットのような状態です。必要性のわからない検査をしようとするスタッフに腹が立ったし、CTやらレントゲンを撮るため長時間寝かされ、腰がひどく痛む。『腰が痛い』『管を取ってくれ』と言いたいけど、言葉は出ません。かといって動くと、同僚医師に『我慢ができない、バカな人だ』と言われた。あの時の惨めな気持ちは忘れられません」

検査の結果、左大脳の4分の1が大きく損傷していた。鈴木医師のように頸動脈に血栓が詰まった場合、死亡率は約50%。生き残っても、3分の2の確率で寝たきりになるか、ボケてしまうという。だが、そんな窮地を脱せたのは、医師としてのある「決断」だった。

「奇跡的に命はとりとめましたが、このままでは脳細胞がどんどん死滅してしまう。当時、脳卒中になったら1ヵ月の長期にわたって安静にしてから、ようやくリハビリというのが一般的でした。たしかに、あまり早くからリハビリをすると、再発して死亡するリスクがある。だからこそ、医師は安静を求める。しかし、復帰するには一刻も早くリハビリするしかありません。私は『寝たきりやボケになるなら、死んでも本望だ』と、命を賭してリハビリすることを決断したのです。

強い意志のもと、まずは必死に口を動かすことと、発声練習をしました。

倒れてから3日目、ついに言葉が出ました。最初に出たのは『NO』。この時は感動しましたよ。そして、何とか意思疎通ができるようになったのは1週間後。でも、不思議なことに英語ばかり出てくる。これは今でも謎ですね。

その後も、新聞や本の音読、算数などで脳を刺激するほか、麻痺した顔面の体操や病院の敷地を妻に支えてもらいながら一周したりと、必死にリハビリをしました。看護師に怒られながらも、消灯後も発音訓練を続けました。

その結果、倒れて2ヵ月後に、自ら希望して病院の外来に復帰させてもらいました。当然、言葉は思うように出てきませんでしたが、日頃から通院している患者さんたちが、『私への診察をリハビリの一環にして』と言ってくれた。彼らの温情に涙が流れました。

今は、後遺症の95%は消えました。振り返ると、病気を克服できたのはあの時の『決断』と『意志の力』です。病気は医者が治すのではない。自分で治すのです。病気を経験して、改めて痛感した真実です」

CASE2 心臓弁膜症
82歳、それでも私は手術を選んだ

毎日、腕立て、腹筋、スクワットを50回、ビルの5階に入っているクリニックまでは階段を上って通勤、月に1度は20㎞の長距離ウォーキング—。

80歳を超えても、このような驚くべき生活を送ってきた虎ノ門・日比谷クリニック名誉医院長の山中秀男医師(86歳)が病魔に冒されたのは、2年前だった。

「私はそれまでまったくの病気知らず。毎日トレーニングを欠かさず、健康には絶対の自信を持っていました。ところが、82歳を過ぎた頃からでしょうか。徐々に体に異変が生じ始めました。病院への通勤途中、歩いていると息切れがひどくなるし、階段も、休み休みでないと上れなくなってしまったのです」

さすがに年が年なので単なる老化現象とも考えられるが、山中医師の様子をおかしいと感じた同院の医院長が心配して、心電図をとってくれた。

「すると、『これはダメだ。すぐに心臓の専門医に診せないと危険な状態です』と言われたのです。大病院で精密検査を行った結果は、心臓弁膜症。心臓から血液を送り出す弁が癒合し、血液の流れが妨げられる病気です。私の場合は、運動のやりすぎで、弁が固くなり弾力性がなくなってしまったらしい。

主治医からは、『このまま手術をしなければ酸欠が恒久的に続くため、腎臓・肝臓・脳といった臓器に血液が充分に送り込まれず、多臓器不全を起こすことは確実。手術をせずに薬で安静を保っても、2年しか持たないでしょう』と宣告されました」

余命2年、だが手術をすれば助かる—。

しかし、ここに大きな問題が立ちはだかる。心臓手術の場合、80歳以上になると死亡リスクが一気に高まるのだ。その確率は、6・7%。そのため、75歳以上の患者には手術しないという病院もあるほどだ。しかし、山中医師は、勇敢な「決断」を下した。

「手術を受けることを即決しました。当時、私は84歳。もともと元消化器外科医ですから、どんな手術になるのかも、もちろん承知の上でした。

死の危険を恐れて、2年の命を生きるか。即死のリスクを冒してでも、チャレンジして長生きするか……。究極の選択でしたが、私は、自分の体を信じることに決めたのです」

家族にもこの決意を伝え、山中医師はシコを踏んで気合を入れて、手術室へと向かった。

「手術は、無事に終了しました。翌朝、ICUで目が覚めた時、最初に思ったのは『ハラが減った』ということ。その日の朝食はカレーライスで、縫った傷が痛かったけど、全部平らげました(笑)。さらに翌日には一般病棟に戻り、順調に回復していきました」

自分の体を信じた「決断」は、見事にいい結果を招いた。今日も山中医師は元気に笑う。

「激しい運動のやりすぎで心臓を壊しましたが、極限に挑戦するような運動のおかげで術後の体力も保たれたと思っています。

手術3ヵ月後には、クリニックで診察を再開しました。去年からは、1日1万歩を目標に歩いています。まだまだ、現役を続けていきますよ」

「前向きな気持ちも健康の秘訣」と山中秀男医師

CASE3 腎臓がん
迷う自分を救ってくれた一言

「あのとき検査をしていなければ、私はいまこの世にいなかったでしょうね。がんを患ったあとの時間は『おつりの人生』だと思っているんです」

聖隷三方原病院(静岡県)呼吸器センター長で肺がんの名医として知られる丹羽宏医師(60歳)はこう話す。体の異変に気付いたのは、15年前、45歳のときだった。

「東京での学会が終わった夜、その解放感から飲みすぎてトイレに駆け込んだら、便器が真っ赤に染まるほどの血便が出たんです。これは大腸がんかもしれないと思って病院で検査をすると、恥ずかしながら、原因はただの切れ痔だった。でもその検査で、腎臓に腫瘍が見つかりました」

不安になった丹羽医師は、二人の泌尿器の専門医に相談に行ったという。一人目のA医師は、悩みながらこう言った。

「これは、がんかもしれないですが、お腹を切ってみなければわかりません。手術をしたほうがいいと思いますが、経過観察する方法もあります」

次に相談したB医師は、検査画像を見るなり、こう断言した。

「これは腎臓がんですね。すぐに手術をしたほうがいいです。私に任せて下さい」
この二人の言葉を聞き、丹羽医師はB医師に手術を任せるという決断をした。

「私は外科医なので、手術できるなら切ったほうが安心だろうとは思っていましたが、実際に患者の立場になると、状況を冷静に判断することができなかった。

がんでないなら手術をしなくてもいいのではないか、でもがんだったら手術しないと手遅れになるはずだ、本当に治るだろうか、自分の命はあとどれくらいだろうか……不安はつきません。自分は99%がんだと思っていましたし、『任せて下さい』と私の求めていたことを言って背中を押してくれたのが、B医師だったんです」

医者自身が治療法を迷えば、患者の不安はさらに増してしまう。どの医者に命を託すのか—それを決めるとき、医者の話を聞いて不安になるか安心するか、が一つの決め手になる。

検査で偶然見つかっただけでなく、丹羽医師のこの決断こそが生死の分かれ道となった。

へそ上から脇腹まで胴囲の4分の1周にメスを入れる大手術となったが、無事に終了。現在も再発はない。

「腎臓がんは骨に転移したり、血尿が出て初めてわかる病気なので、もしあのとき見つかっていなかったら、手遅れになっていたでしょう。それに、病気を乗り越えられたのは、あのときB医師が任せてくれと言ってくれたのが大きかった。医者は迷ってはいけない。患者の先導者であるべきなんです。そのことを患者になって改めて実感しました。その医師は、自分の疑問や不安を解消してくれるか。手術を迷っている患者さんがいるとき、自分のこの経験をお話しすることもあるんです」

CASE4 大腸がん
病気になった後も習慣は変えない

肺結核に赤痢、一過性の脳梗塞、膀胱炎、高血圧、高脂血症、肺炎、白内障、中耳炎、皮膚がん……軽いものまで含めたら、体験した病気は100以上にものぼるという。日本心臓病学会の初代理事長で半蔵門病院循環器内科の坂本二哉医師(84歳)は、まさに〝病気のデパート〟と呼ぶにふさわしい病歴を持つ。

「私はこれまでに4度ほど死にぞこないの経験をしています」と話すが、その中の一つが、大腸がんだ。

50歳のときのこと。地方へ講演に出かけた際、ベルトを締めていられないほどの腹部の膨満感を覚えた。病院へ行ってレントゲンを撮ると、進行した大腸がんが見つかる。

通常であれば、精密検査をしてから手術に臨むが、坂本医師は「即手術」を決断。4日後に手術が決行された。

「がんだとわかっているなら、早く取らないと血液に入って全身に広がってしまう可能性もある。だからすぐに手術をすることにしたんです。

じつは自分の病状は、手術当時詳しく知らなかった。術後20年経った祝いの席で、主治医の口からはじめて聞いたんです。実際は、S字結腸と直腸に合計3ヵ所のがんがあって、リンパ節にも転移していたということでした。かなり進行していたようです。そのままにしていたら、一巻の終わりだったでしょう」

当時、大腸がん手術では国内でもトップの腕を持つ医師が執刀。リンパ節へ転移したがんも丹念に切除された。腸を大きく切除したため、術後はトイレが近くなるなどの不自由は生じたが、次第に慣れていったという。

手術から20日後には、仕事にも復帰した。術後に何度か腸捻転を起こしたこともあったが、30年以上経つ現在も、再発はない。

「仕事に打ち込むことで、がんを患ったことを半分忘れていたというところもありますね」

一度手術をしたら、再発の恐怖におびえながら生活を送る人も多いが、病気を患ったことそのものを「忘れる」というのも一つの生き方だ。

さらに坂本医師は、大病を患った後も、過剰に体を労りすぎないよう、あえて生活習慣を変えないようにしたという。病になると、すぐに生活習慣を改善せよと迫る医師は多いが、ストレスを溜めずに生きることも、健康を保つ重要な要素ということだろう。

「私は大の偏食家で、野菜は食べないし、食べられないもののほうが多いくらい。けれど、がんになってからも、健康のために無理に野菜を食べようとは一切していません。食生活もまったく変わっていないですね。仕事をセーブすることもしませんでした。

私の最大の特徴は、嫌なことはすぐに忘れること。それから、諦めも早いということ。レントゲン画像を見たときはショックでしたが、医療に『100%』というものはないんです。検査の所見が間違うこともあれば、治療がうまくいかないこともある。あまりくどくど考えるほうがよくないと思っています。病気になるかならないか、いつ死ぬかということは生まれたときに決まっている。あとは運だ、とね。そういう意味では、私は神様になかなか見放されず、運がいいのでしょうね(笑)」

CASE5 前立腺がん
男性機能を失うリスクも恐れない

東京医療保健大学副学長で元NTT東日本関東病院外科部長の小西敏郎医師(66歳)は、がんを2度経験している。6年前に患った胃がんは、ごく早期だったため内視鏡治療で完治。その2年後には前立腺がんが見つかった。

「一つがんを克服したと思ったら次のがんがきた。まだほかの場所にもがんが出るのではないか、私はどのくらい生きられるのだろうか、そんな気持ちに襲われました。迷ったのは、治療法です。前立腺がんの場合、ホルモン療法、腹腔鏡手術、放射線治療、ロボット手術とさまざまな選択肢があるのですが、相談する医師が変われば勧める治療法も違いました。私の専門は消化器なので、前立腺がんでどれを選ぶのがベストなのか、まるでわからなかった」

そんな迷いが生じたとき、小西医師が相談したのが、同僚の医師だった。

「当時私が勤めていたNTT東日本関東病院の泌尿器科部長でした。長年付き合いがある飲み友達で、腕の良さも評判の医師。彼に任せよう、そう決めたんです」

その医師に勧められたのは、開腹手術だった。前立腺を摘出する手術は、術後に男性機能が失われ、排尿障害が残る可能性もある。だが、小西医師は決意を変えることはなかった。

「自分と同じ病状の患者にいつもやっている、ベストの治療をしてほしいということが私の望みでしたから。これは私の哲学です。もう孫もいましたし、男性機能が失われても逆にすっきりするのではないかと考えたんです。

手術をすれば、以前とまったく同じには戻らないことは分かっていました。でも、その後の人生に順応していけばいい、と。手術は無事に終わりましたし、後悔はありません。

医者が患者に治療法を選ばせる時代になっていますが、そんなもの決められるわけがない。何人かに相談してみて、この人なら悔いはないという医者に任せる。自分が納得できる理由があればいいと思うんです」

CASE6心筋梗塞
ちょっとした違和感で検査した

「首を寝違えたのかな……」

東京女子医科大学脳神経外科講師の林基弘医師(48歳)は、2年前の4月、首に異変を感じた。休日の夕方、自宅でテレビを観ながらうたた寝をしているときだった。

「首の左前が重たくなったんです。でも、反対向きで寝ると、じきに治った。そのままテレビを観ていたら、ふと気づくと番組が途切れてCMが映っていました。そのときは気づかなかったのですが、意識が飛んでいたんです。それから滝のように汗が噴き出してきた。おかしいなと思って、その日はすぐに眠りました」

夜中に目覚めると、症状は治まっている。だが、これは何かの兆候かもしれない—林医師は、そう予感した。

「通常、心筋梗塞の症状は胸部痛や左肩に抜ける放散痛が出るのですが、私はそれにはまったく当てはまらなかった。でも調べてみると、私のようなタイプの心筋梗塞もあるとわかりました。医者としてのプライドがあって、自宅マンションに救急車を呼ぶのもためらわれ、次の日に、循環器の専門の先生に相談することにしたんです」

翌日、心電図をとると、案の定異常が見つかった。

「林先生、すみませんがそのまま寝て下さい」

医師からそう告げられ、即、緊急治療となった。冠動脈が詰まってからすでに13時間以上が経過。心筋の壊死が進んでいた。

「治療台の上で、治療の指示を出す医師の声を聞きながら、自分の状態が良くないことがわかりました。ただ、怖いという思いはなく、『このまま目の前が真っ白になったら、あちらの世界に行ってしまうのだな』と、客観的にとらえている自分がいた。不思議な感覚でした。人生というのはテレビのスイッチを押すように、簡単に終わってしまうんだ、と思ったんです」

生死のどちらに転んでもおかしくない状況だった。だが、治療は無事に終わり、林医師は一命を取り留める。もし、あのとき首の違和感に気づかず、検査を受ける判断をしていなければ、結果は逆転していただろう。

リハビリを経て、2ヵ月後には外来に復帰。心臓の機能は正常値の70%ほどに落ちていたが、日常生活に大きな支障はない。しかし、この時点で「治った」とは思えなかったという。

「いつまた発症するだろうか。もし再発したら、自分が診ている患者さんに責任が持てなくなってしまう。それでは人間として卑怯ではないか。ある意味、欠陥品の医者になってしまったのだから、医者を辞めてまったく別の仕事をしたほうがいいのではないか……。患者さんを診ながらも、医者としての自信を失い、どうしたらいいかわからなくなってしまっていました」

一命は取り留めた。けど、自分は何のために生きるのか。目的を失って「空っぽになってしまっていた」。

そんな林医師を絶望から救ってくれたのは、外来に訪れた患者だった。

「『先生が心筋梗塞になったと聞いて気が気じゃなかった。帰ってきてくれて、本当によかった』と、僕の目の前で患者さんや家族が泣いてくれたんです。その涙を見たら、こんな自分でも頼りにしてくれている人、命を託してくれる人がいるというのは、なんとありがたいことだろう、と」

林医師はこのとき初めて、医療の本当の目的は、病気を治すことだけではなく、「元に戻すこと」なのだと気付いたと語る。

「治療によって病気を治し、『患者』から『人間』に戻れたとしても、生きる目的を持って社会と関わっていく『社会人』に戻れなければ、患者は本当に『治った』と感じられないんだということを知りました。患者さんに対しても、ただ病気を治せばいいというのではなく、『なぜ治療をしたいのか』『病気を治して何をしたいのか』ということを聞き、そのゴールに向かって一緒に努力するようになったんです」

生きる目的を見失わないこと—生死を分けるのは、こうした思いも関わってくるのかもしれない。

[現代ビジネス]

Posted by nob : 2014年01月26日 21:40

私の乾燥肌対策、、、近日公開します。。。

■今年こそ「脱、乾燥肌!!」

解消されない乾燥肌

空気の乾燥が気になるこの季節。100年前から東京では湿度が20%近く低下しているそうです。昔では「乾燥肌」などという言葉すらなかったのに、今では多くの人が悩みを持つ大きな美容テーマです。

そもそも、「お肌にとって乾燥が悪い」と言いますが、お肌が乾燥するといったい何が起こって、なぜ悪いのかをしっかり理解している方は少ないのではないでしょうか?

お肌の乾燥でカサカサして、メイクが粉を吹いたようになることを悩んでいる方もいらっしゃると思いますが、それは乾燥肌の氷山の一角にすぎません。もっと深刻な事態がたくさんあります。

また、どんなに保湿ケアをしても乾燥肌が解消されないという話しもよく聞きますが、それは正しい保湿の仕組みを理解していないからかも知れません。今回は、乾燥がお肌に悪い理由と、正しい保湿についてお伝えしたいと思います。

お肌が乾燥すると何が起こる?

お肌が乾燥すると、炎症を知らせる情報伝達物質が肌表面の角質細胞に受け渡されます。そうすると活性酸素が発生して、角質細胞が酸化してしまいます。

つまり、角質細胞が錆びてしまうのです。錆びた角質細胞は水分をキープする力が低下してさらに乾燥します。これを繰り返すことで、お肌は乾燥の悪循環にはまってしまうのです。

前回のコラムでお話ししましたが、肌表面の角質層は角質細胞が水分をたっぷり抱きかかえるスポンジのような役割をし、その細胞同士の隙間を細胞間脂質という油分が埋めつくし、それによってお肌の中の水分を外に逃がさず、なおかつ外からアレルギー物質やウィルスなどの異物が肌に入らない用にブロックするラップフィルムのようなバリア機能の役割を果たしています。

乾燥の悪循環にはまってしまうと、このバリア機能はどんどん低下し、お肌の水分は蒸発して失われ、アレルギー物質による肌荒れを起こしやすくなってしまいます。また、角質細胞が錆びると変色し肌を黄色くくすませます。さらに、バリア機能が低下して危機感を感じた肌は、バリアを強化しようと角質層を分厚くします。角質細胞は灰色をしているため分厚くなると肌は透明感を失い、感触もゴワゴワと固くなってしまいます。

保湿成分は2種類

乾燥の悪循環を断ち切るために重要になるのが保湿です。一言に保湿と言っても、2種類があることはご存知でしょうか?化粧品の成分で言えば、ヒアルロン酸も保湿成分ですし、ワセリンも保湿成分です。

ですが、その2つはまったく違う役割をします。保湿成分にはヒューメクタントとエモリエントという2種類があります。まずヒューメクタントですが、これは水分を抱きかかえる特徴を持つ保湿成分です。

先ほど「角質細胞は水分を抱きかかえるスポンジ」と言いましたが、乾燥進んだ角質細胞はその力が低下しています。この状態に化粧水で水分を補給したところで、ザルに水をかけているようなもので、すぐに蒸発してなくなってしまいます。

そのため、保湿のファーストステップはヒューメクタントで水分を抱きかかえる成分を与えます。

次にスポンジに含まれた水分が外に逃げないようにするフタの役割をするのがエモリエントです。一般的にエモリエントはお肌をしっとりさせる効果が高く即効性を感じるため、エモリエントの比率が高くヒューメクタントがおろそかになっている方が多いようです。

このヒューメクタントとエモリエントのバランスがとれて始めてきちんと保湿されたことになるのです。

●ヒューメクタントの代表成分
尿素、ヒアルロン酸、コラーゲン、PCA-Na、グリセリン
●エモリエントの代表成分
ワセリン、スクワラン、ラノリン、セラミド
※エモリエントは一般的に油分ですが、最近ではポリクオタニウム-51のような肌の表面に保湿保護膜をつくる水溶性高分子も注目されていて、油分にはない保湿効果を得られることがあります。

体全体で乾燥肌ケア

保湿ケアは大切ですが、残念ながら化粧品での保湿は万能ではありません。お肌に本来備わる保湿機能は化粧品とは比べ物にならないほど優秀なのです。実際に保湿ケアなどほとんどせずにも健やかな肌をキープしている人もたくさんいます。

保湿ケアと併せて、その本来の保湿機能を壊さずに高めることを考えて欲しいと思います。今までこのコラムでお伝えしてきたことですが、お肌を弱酸性に保ってバリア機能を高めること。食事によって細胞間脂質(エモリエント)の原料となる栄養素ととること。洗い過ぎて細胞間脂質を壊さないこと。さらに良質な汗にはヒューメクタントである尿素がふくまれますので、冬でも適度な汗をかくことを習慣にすること。

そして、できるだけストレスを溜めず、規則正しい生活を送ること。保湿ケアをしっかりしても乾燥肌がなかなか解消されない方は、体全体で乾燥肌のケアを心がけてください。

[スキンケア大学/美ログ]

Posted by nob : 2014年01月26日 21:35

過去は変えられなくとも、未来は如何様にも変えていける、、、他者の犠牲の上に自己の幸福は成立し得ないことをお互いの世界史から学ぼう。。。Vol.2

■靖国で「しめた!」と叫んだ韓国だが・・・
米副大統領の叱責が効き始めた

鈴置 高史
日本経済新聞社編集委員

 2013年末の安倍晋三首相の靖国参拝。韓国は「しめた!」と叫んだ。これを言い訳に米韓関係の悪化を食い止められると思ったからだ。だが年が明けてから、韓国には失望感が広がった。

参拝を世界で一番喜んだ韓国人

 12月26日に安倍晋三首相が靖国神社を参拝して、世界で一番喜んだのは韓国人だったのではないか。

 12月6日に米国のバイデン副大統領から米中間での二股外交を露骨に指摘されたうえ「米国側に戻れ」と言い渡された朴槿恵大統領。韓国人はすっかりしょげ返っていた(「北朝鮮に『四面楚歌』と嘲笑された韓国」参照)。

 そこに靖国参拝。駐日米国大使館は直ちに「失望した」と論評、米国務省も同じ表現で日本を批判した。韓国には「米国に叱られたのは我が国だけではない」との奇妙な安心感が広がった。そして「これは米韓関係改善のテコに使える」との期待が一気に盛り上がった。

 韓国は、日本との軍事協力を強化するよう求める米国に対し「日本の右傾化」を理由に断ってきた。しかし、米国からは「日本の右傾化とは言い訳で、本当は中国が怖いのだろう」と見透かされてしまった。バイデン発言はその象徴である。

世界標準からは奇妙な告げ口外交

 米国に対してだけではない。就任以来、朴槿恵大統領は世界中で日本の右傾化を言って歩く「告げ口外交」を展開してきた。しかし、韓国は世界から「奇妙な国」と冷ややかな目で見られるようになっていた。

 韓国の価値観からすると別段、おかしくはない。しかし、隣国の悪口を国家元首が言って回る国は、世界標準からすればやはり変な国なのだ(「なぜ、韓国は東京五輪を邪魔したいのか」参照)。

 韓国人には靖国参拝こそは救世主に見えた。なぜなら米国に対し「ほらこの通り、日本は右傾化しているでしょ。だから私は日本と軍事協力できないのです」と、言い訳の絶好の証拠を差し出せると思ったのだ。

 二股外交を反日で偽装するという朴槿恵外交が限界に突き当たっていた時だから、韓国紙には「安倍外交は死んだ」「日本のオウンゴールを生かそう」「米国と共闘し日本を追い詰めよう」などと喜びの声が満ち溢れた。

「靖国」は韓国の自爆兵器

 もちろん、韓国政府もこの機会を逃さなかった。世界に向け「野蛮で危険な国家、日本」と「被害者、韓国人の怒り」を宣伝した。

 1月に予定されていた日韓財務担当相会談を取り止めたうえ、次官級戦略対話や局長級の安全保障政策協議会の開催のための実務協議を中断することを決めた(「靖国参拝で全対話凍結 国際協調で『日本孤立作戦』」=朝鮮日報12月28日)。

 韓国国会も12月31日「靖国参拝と日本政府が狙う集団的自衛権の行使容認は、侵略戦争を美化し軍国主義を復活するたくらみ」との非難決議を採択した。

 朴槿恵大統領も1月2日、潘基文国連事務総長と電話で話し「過去を直視できずに何度も周辺国を傷つけるなら、不信と反目を助長する」と日本を非難した。潘基文事務総長の対日批判も引き出した。

 もっとも「靖国」は韓国にとって自爆兵器でもある。それが侵略戦争の象徴としても、韓国は日本と戦ったことはないからだ。

威張る朝鮮系日本人

 それどころか日本の「侵略戦争」には、当時の朝鮮人も日本の軍人・軍属として多数参加している。もちろん彼らは靖国神社に祀られているし、中には捕虜虐待の罪で戦犯とされた人もいる。

 連合国の軍人の中には太平洋戦争中に捕虜収容所で朝鮮人に酷い目にあわされた人もおり、米軍など組織の記憶となっている。

 韓国が「靖国」を掲げて自らを被害者と主張すれば「本当は加害者だったではないか」と逆に糾弾されかねない。そこで国会決議では批判の対象に「集団的自衛権」を含めて、合わせ技にしたのであろう。

 「靖国」に絡めた大統領の非難談話も被害者を「周辺国」とぼかし「韓国」とはしていない。やはりそれが理由の1つと思われる。

 一方、中国は日本孤立策の先兵として韓国を利用したい。日米離間を実現するには中国だけではなく、米国の同盟国でもある韓国に日本批判させるのがより効果的だからだ。

 しかし中国国民、ことに満州国が存在した東北部の人々には「威張り散らす朝鮮系日本人」への記憶が残っている。「靖国」を契機に、中国のネチズンが反韓的言説を展開しないとも限らない。そこで韓国を「完全な被害者」として認めてやる必要があったのだろう。

「二股外交するな」

 中国の陳海・駐韓代理大使は1月8日付中央日報に、安倍首相の靖国参拝を批判する記事を寄稿した。

 そこでは「日本軍国主義の侵略はアジア各国の国民にあまりに大きな厄災となった。中でも中国と韓半島の国民が最大の被害者だった」と、軍国主義を主語としたうえ韓国人を最大の被害者と認定した。

 もっとも、韓国は中国から呼びかけられた共闘に逡巡した節がある。12月31日に中韓外相は電話会談した。中国側は会談後に「両外相は安倍首相の行為を厳しく批判した」と発表したが、韓国側は「最近の北東アジア情勢など関心事を協議した」との文言に留めた。

 それを解説した聯合ニュースは「日本と協力する分野もあり、韓米日の協力の必要もある」「歴史問題で中国と全面的に連携するのは望ましくない」との政府の中の意見を紹介した。

 韓国には「二股外交するな」というバイデン発言が効き始めたのだろう。これまでなら会談後、直ちに中国と声を1つにして日本批判したうえ、国民にも外交成果として大いに誇ったものだ。

 今度それをやったら米国から「まだ、中国のお先棒を担ぐつもりなのか」と言われかねない。「中国と組んで日本を叩く」構想はとりあえず棚上げせざるを得なかったのだろう。

空振りに終わった日本叩き

 代わりに韓国人は「米国と組んで日本を叩く」ことに希望を見出した。聯合ニュースは1月2日配信の「韓国と日本が新年から対米外交戦」で以下のように書いた。

・韓国政府は(靖国参拝で)米国を動かす名分を手にした。ワシントンの外交筋も1日「米国で今ほど日本に対する批判の気運が高まったことはないと思う。民主主義と自由、平等など人類普遍の価値を同盟の礎石とする米国としては容認しがたい行為だった」と話す。

・(現地時間1月7日の米韓外相会談で)尹炳世(ユン・ビョンセ)外相が米国との対話の中で日本に向けた何らかのメッセージを引き出すなど、韓日の歴史問題においてそれなりに意味ある転換点を作りだす期待感がある。

 もっとも、韓国人のその熱い期待も空振りに終わった。米韓外相会談後の記者発表で、ケリー米国務長官は“日本問題”に関し一切触れなかった。

 それどころか発表では記者からの質問は受け付けないという異例の措置をとった。韓国人記者が“日本問題”に関し聞くに決まっている。ケリー長官がどう答えても対日批判に聞こえるから、というのが韓国紙の見立てだ。

 それに尹炳世外相自身も発表の席で日本を名指しして批判しなかった。韓国紙はこれに関しては何も書いていないが、米国の強い要望の結果だった可能性が極めて高い。

日本への懲戒手段はない

 韓国紙には不満が溢れた。会談を報じた中央日報の記事の見出しは「水も漏らさぬ韓米同盟……安倍への言及はなかった」。

 「水も漏らさぬ両国の関係」(Without an inch of daylight between us)とはケリー長官の言葉だ。そう言う割には、米国は安倍批判をしてくれなかった——という韓国人の悔しさが伝わる見出しだ。

 もっとも、韓国紙の米国特派員はそれ以前から「米韓による日本包囲網」への過剰な期待を諌めていた。米国の事情や本音をよく知るからだ。

 その1つが朝鮮日報のワシントン特派員、イム・ミンヒョク記者の書いた「米国、安倍に厳しく警告したものの……」(12月31日)だ。興味深いのは以下の部分だ。

・米国の懸念は「安倍の歴史認識」そのものよりも「(日本の)周辺国との対立」にある。この点で韓米間には根本的な認識の差があり、今後解決を巡って意見の違いが露わになる可能性が高い。

・ニューヨークタイムズが「韓中は日本と首脳会談をすべきだ。安倍の参拝に『ライセンス』を与えたのは韓国と中国の(会談拒否という)圧迫だった」と社説に書いた。同紙論説委員と米外交当局者がしばしば会っていることを考えると、無視すべきではない。

・「北東アジア戦略の中心軸」たる日本を米国は放棄できない。安倍に痛烈な警告はしたが、さらなる懲戒手段はほとんどない。結局、韓中に「(日本との)対話により、自分たちで解決しろ」と言ったに等しい。

米国の本音を直視せよ

 中央日報ワシントン支局長のパク・スンヒ記者も12月31日に「米国の本音」という記事を載せた。以下である。ちなみに原文の「本音」はハングルで「ホンネ」と表記。日本語そのままだ。

・2期目のオバマ政権は、野党との政争で厳しい日が続く。内政の疲労は外交力も失わせた。シリアの状況が端的な例だ。

・米国にとって同盟とは道徳や価値のような情緒ではなく国益だ。我々が貴重なものと考える韓米同盟も、米国の国益の中にある時が安全地帯だ。

・「失望」声明に喜ぶあまり、米国が安倍の日本を嫌うことを韓国人は望んだ。しかし、その米国の国防長官は長い間の悩みだった普天間基地の移転問題が解決されるや否や「強い米日同盟」に言及した。

・米国の財政赤字は2013年11月基準で1352億ドルに達する。米国はこの赤字を埋めるためなら何でもする姿勢だ。中国に対抗せねばならない米国は、依然として安倍の日本を必要とするほかない。米国の本音を直視せねばならない。

同盟は情緒ではない

 この記事のハイライトは「同盟は情緒ではなく国益だ」の部分だ。外交を感情で考えがちな韓国人に対し、筆者は「野蛮だが、カネを出す日本を大事にする米国」という現実を伝えたかったのだろう。

 同時に「米国を実利で満足させないと、韓国は見捨てられるかもしれない」と警告を発したかったに違いない。「韓米同盟も……」の部分からそれが伺える。

 確かにそうなのだ。日本の集団的自衛権の行使容認に対し、韓国政府は反対の姿勢を強くにじませている。日本との軍事協定も署名当日にドタキャンした。米国の強く求めるミサイル防衛(MD)にも参加しない。ことに後者は日本の右傾化とは全く関係がない。

 韓国は守ってくれている米国ではなく、旧宗主国の中国の顔色を見て動くようになった。まさに「韓米同盟が米国の国益から外れ始めている」のだ。

 「このままでは同盟が危機に瀕する」「日本問題など語っている場合ではない」と危機感を抱く韓国の知識人がようやく出てきたということだろう。

 ただ、韓国の空気は「同盟は情緒」のままのようだ。それを背景に1月9日、最大手紙の朝鮮日報は「『歴史と安保は別』という米国の対日認識は誤り」という社説を載せた。

 ケリー長官が日本批判をしなかったことを非難するために書かれたものだ。要は「靖国神社に首相が参拝し(戦争ができる国にするため)憲法を変えようとする日本を、米国は叩き直せ」という主張だ。

甘い言葉を耳元でささやく中国

 もちろんこの論説自体は「情緒的」とばかりはいえない。「日本に対する貴重な外交的武器である歴史カードを、米国に陳腐化させられてはいけない」との国益を主張したものだからだ。

 「中国と共闘できる歴史カードをきっちりと維持してこそ、米中二股外交が可能だ」という韓国なりの計算もそこにはある。

 ただ、中国との対決に全力を挙げる米国人の目には、日本の軍国主義復活を騒ぎたてる韓国人の言説は「情緒そのもの」と映るであろうし、この訴えを米国が聞くこともないだろう。

 今、中国は毎日のように「一緒に日本を叩こう」と韓国の耳元にささやいている。それは韓国人の情緒からすれば実に魅力的な呼びかけだ。

 米国に叱られて「離米従中」の歩みをいったん止めたかに見えた韓国人の心は揺れるであろう。とすると韓国は、再び中国傾斜を始めるのかもしれない。

[日経ビジネス]

Posted by nob : 2014年01月25日 18:57

人は今日生きているように明日死に往くもの、、、生きるも死ぬも自らの生を救えるのは自分自身のみ。。。

■有名人遺族が今だから明かす 思えば、あれが「死の前兆」だった(前編)森繁久彌、大鵬、三船敏郎、大島渚
感動秘話 なぜ、あのとき気付かなかったのか

ふとした瞬間の、いつもとは違う仕種や言葉。亡くなった後だからわかる。あの時、もう「死」は忍び寄っていたのだと。8人の有名人たちの遺族が、医学では説明しきれない不思議な体験を明かす。

森繁久彌 享年96 森繁建(次男)
亡くなる5日前、ギュッと孫娘の手を握った

オヤジが老衰で亡くなる1年ほど前でしょうか。家族みんなで食事をしていた時、「幸せだなぁ……。こんなに幸せな家族って、世間にどれぐらいいるんだろう」と、突然つぶやいたんです。

ずっと仕事一筋の人だったし、そもそも照れ屋でしたから、そんな言葉を聞いたのは一緒に住んでいた僕も初めてで……。今振り返ると、あれはメッセージだったような気がします。国民栄誉賞、文化勲章など、仕事では大変な評価をいただいたオヤジですが、自分にとって一番の幸せは家族との暮らしの中にあると感じていたのでしょう。

仕事は'04年の映画『死に花』とドラマ『向田邦子の恋文』が最後でした。年相応の衰えや足腰の弱りはありましたが、基本的には健康で、その後、出演依頼も何度かありました。でも、僕があえてセーブさせたんです。やはり役者であるからには、周囲に肉体の衰えを見せず、十分な演技が出来なくてはならないと考えていたからです。

仕事から離れたオヤジは、ひ孫たちととても楽しそうに遊んでいました。ご飯を食べさせっこしたり、膝に乗せて会話をしたり。子供が好きでしたから、本当に満足そうでしたね。

最後の入院は、誤嚥が原因でした。食事中、むせたかと思うと呼吸が荒くなり、顔面蒼白に。慌てて主治医を呼んだんです。

すぐに落ち着きましたが、念のため救急車で総合病院に入院しました。主治医は「2~3日で自宅に帰れますよ」と言っていたのですが、検査の結果は誤嚥性の肺炎でした。高齢ですから回復もはかばかしくなく、入院は長引き、3ヵ月。オヤジはしだいに衰えていき、とうとう自宅には戻れずじまいとなってしまいました。高齢者は入院すると、どうしても体力、気力が落ちるんですよね。

入院中、オヤジがよく口にした言葉は、「お腹が空いた、ご飯にしようか」、「お饅頭が食べたい」。また誤嚥したら怖いので我慢させていましたが、「食べたいものを、好きなだけ食べさせてあげれば良かったなぁ」と、今になって後悔することもあります。もう96歳だったのだから、最後は好きにさせてあげれば良かったのかもしれません。

日が経つにつれ、オヤジの口数はどんどん減っていきました。そして1ヵ月半が過ぎる頃には、コミュニケーションは握手が中心になった。「オヤジさん」と呼び掛けて手を握ると、「おう、おう」と答える。力は驚くほどあり、しっかりと握り返してくれました。

亡くなる1週間前からは、もう口もきけなくなって……。でも耳は聞こえていたようで、孫やひ孫たちが「じぃじ、大好きよ」と声を掛けると、微笑むんです。手もやっぱり握り返してきたし、孫たちの体を必死に触ろうとしていました。

亡くなる5日くらい前ですが、しばらく来られなかった僕の娘が面会に来て、手を握ったら……あの光景は、今も忘れられない。いつもと違い、ぎゅーっと何か言いたげに、意思を持った握り方をしたんです。言葉こそ発しませんでしたが「ありがとう、幸せだったよ」と家族に伝えたかったのかもしれませんね。今振り返れば、あのときオヤジは自分の死を覚悟したのかな、とも思うんです。

「今日がヤマです」と医師に告げられたのは亡くなる前日。病室に集まった親族の前には、心電図モニターが置かれました。僕が甥に「テレビドラマでよく見るだろう。この波線が直線になってしまうと、臨終なんだよ」と説明した途端、本当にピーという音と共に全部が直線になったんです。みんなが慌ててベッドを取り囲んだ直後、オヤジは「ふーっ」と深く息をして、一瞬目も開けた。モニター画面はその後も何度か直線になり、そのたびに周囲が「オヤジさん」、「じぃじ」と声を掛けると、息を吹き返しました。

繰り返し呼吸停止していたのは、オヤジらしく、旅立ちを前に何度もリハーサルしていたんじゃないかな。その夜一晩中僕を一睡もさせず、翌朝、オヤジは静かに息を引き取りました。


大鵬幸喜 享年72 納谷芳子(妻)
白鵬関を叱り飛ばす夫が「チューして」と私に甘えて

お父さんが亡くなったのは'13年の1月19日。心室頻拍という診断でした。

ただ、いま振り返ると、'12年12月に入院をする前から、心のどこかで死期の近さを予感していたのかもしれません。

というのも、かつて部屋にいた若い衆のことを思い出すようになったんです。「いまあの子は何してるんだろう」とか、「病気をしたらしいな。大変だろうな」なんて言葉をふと口にするのを何度か聞きました。

ほとんど使うことのなかった携帯電話で、旧友に連絡をとったりもしていましたね。用事は特にないんですよ。「おう、元気か」と声をかけて、思い出話を少しするだけでした。

ただ、一番の変化は、家族に対する接し方。心根は元から優しい人でしたが、昔は「コノヤロー」、「バカヤロー」と、怒鳴ってばかりだった。そんな人が、急に柔らかくなったんです。

思い出すと切なくなるのは、亡くなる何日か前のこと。お父さんが、「芳子、芳子」と私を呼んだ。「なに?」と聞くと、「好きだよー」という言葉に続けて、「お母さん、おまえがいたから、俺はここまで頑張ってこれた。いろいろ大変な思いをさせたな。ありがとな」と言ってくれた。冗談っぽく「おい、チューぐらいしてくれや」とも。でも恥ずかしいのと、まさかその後すぐに亡くなるとは思いもよらなかったので、私は「何言ってんのよ」と、はぐらかした。あのとき抱きついて、チュッとしてあげればよかったって……。

もともと寂しがり屋でしたが、亡くなる数ヵ月前からは何をするにも私が一緒でした。家政婦さんがいようと看護師さんがいようと、私を呼ぶ。ちょっと用事で外に出たとたん、「いいからすぐ帰ってこい」と電話がかかってくるんです。多いときは何十回も着信があり、私もくたくたになりました。それだけ必要とされたのは、妻として喜びでもありましたが。

亡くなる日も、病室から真っ先に私に連絡がきました。朝の8時くらいに、「よーしこー」とすごく調子が良さそうだった。「どうしたの?元気だね」と返事をすると「早く来てくれ」と。それが最後の言葉でした。電話を切った30分後くらいに、病院から危篤だと連絡がありました。

病室に駆けつけ、先生が手を尽くしてくれている間、「お父さん、お父さん。いつまでも寝てないで、お話しよう」と、ずっと声をかけました。意識はもうなかった。でも、お父さんの目の端から涙が流れたんです。声は届いていたんだと思います。

ただね、一つ伝えておきたいのは、お父さんが弱さを見せたのは、私の前だけということ。世間に対しては最後まで大横綱・大鵬でした。

正月前に仮退院した後、再び病院に戻る日のことです。白鵬関が「ほんの少しでもいいから、どうしてもお会いしたい」ということで、挨拶にいらっしゃった。

具合が悪く、あまり話もできない状態だから、お父さんは不安になっていました。私も「無理しなくていいよ」と言っていた。

でもね、いざ白鵬関の前に立つと、顔つきが一瞬で変わった。

「おう、俺はこれからな、病院行くけど、頑張るからな。お前はただ頑張るだけじゃだめだぞ。相撲も日常生活も、何から何まで、ちゃんと横綱らしくしないと、真の横綱ではないからな」

と熱く語ったんです。私は胸が一杯になった。本人はもう精一杯なんです。しんどくてしんどくてしょうがないんです。その証拠に、白鵬関と別れると「芳子、早く。もう病院行くぞ」と疲れきっていた。

誰よりも強くあろうとしたお父さん。そんな人だからこそ、私にだけ見せてくれた「弱さ」が忘れられないんです。


三船敏郎 享年77 三船史郎(長男)
「今日は天気がいいな」無口なオヤジがつぶやいた

'97年に全機能不全で他界したオヤジは晩年、認知症を患いました。

オヤジはそれまで約20年間、母で女優の吉峰幸子と別居し、違う女性と暮らしていたんです。ところが、認知症の症状が現れ始めた'92年、僕たちの元に戻ってきた。

一緒に暮らし始めたオヤジは、孫と楽しく遊ぶ、ごく普通のお爺ちゃんでした。

孫と過ごす以外の時間は、一人でビデオ鑑賞。約150本近く出演した自分の昔の映画を、黙って懐かしそうに鑑賞しているんです。それでいて、昔話をすることはありませんでした。若いころから口数は多くありませんでしたが、晩年は極端に無口になっていました。

今思うと、認知症を含めたオヤジの体調悪化は、'95年に母がすい臓がんで亡くなった直後から急に進んだようでした。

母の死がオヤジの精神面にどのような影響をあたえたのか、今となっては知りえません。しかし、時期がちょうど一致するのは、何か意味があったのかも……とも思えるのです。

認知症が悪化したオヤジは、担当医のすすめで、高齢者医療の専門病院に入院しました。

入院後、しばらく元気に過ごしていたオヤジでしたが、亡くなる約半年前から、床に臥せりがちになり、食事も流動食しか受け付けなくなりました。

流動食に切り替わる少し前のことです。窓の外を眺めていたオヤジが、突然「今日は天気がいいな……」と、一言つぶやきました。僕は、「そうだね」と返した。

それが、ほとんど話さなくなっていたオヤジと交わした、最後の会話でした。

これを境に、体調は急激に悪化。生きる気力も失っていったように思えました。

そして、死の約1ヵ月前になると、あらゆる内臓の機能が極度に低下し、流動食の摂取も難しくなった。最後は、点滴による栄養補給に切り替わりました。医師から「そろそろ危ない」と告げられたのは、この頃です。

そこで、若手時代からオヤジを我が子のようにかわいがってくれた、俳優の故・志村喬夫人の政子さんに連絡をとりました。

親族以外で容体を伝えたのは、身内同然の彼女だけです。「世界のミフネ」と呼ばれていただけに、認知症が発覚したときも大騒ぎになっていましたからね。オヤジの周囲を騒がせたくない一心でした。

政子さんが駆けつけたのは、亡くなる1週間前のことです。すでに、オヤジは昏睡状態に陥っていました。

政子さんはオヤジの頬をぺたぺたと叩き、耳元でこう声をかけました。

「ほら、三船ちゃん、しっかりするのよ!」

すると、驚いたことに、オヤジの目から一筋の涙が流れたのです。

1ヵ月前からコミュニケーションが一切取れない状態が続いていたため、にわかには信じられませんでした。あまりのことに、医師にも言い出せなかったほどです。

オヤジは志村喬さんと数々の映画で共演させていただき、仕事を離れても志村家とは家族ぐるみの付き合いでした。幼かった僕も、二人を「じぃじ」「ばぁば」と呼んでいたほどです。

世界を股にかけて活躍したオヤジですが、賞賛も批判も一身に背負う俳優という仕事は孤独でもあり、志村さん夫妻は心の拠り所になっていたのでしょう。

そんな政子さんが、死の淵にいる自分に声をかけてくれた。僕には医学的なことは分かりませんが、あのときのオヤジには政子さんの言葉が、たしかに聞こえたのだと思います。きっと、走馬灯のようにさまざまな思い出が胸を去来し、想いが涙となって溢れたのでしょう。

最期は、家族に見守られる中、静かにスーッと息を引き取りました。徐々に意識が消えていくように、穏やかな表情をしていました。


大島渚 享年80 小山明子(妻)
最後のお願いは「お酒が飲みたい」でした

'12年11月、大島は肺炎で救命救急センターの個室に入院しました。この時、すでに年を越せるか分からない状態でしたので、京都に住んでいる大島のいとこの俊彦さんや、入院すると大阪からいつも来て下さる古くからの知人にも連絡しました。もうほとんど声の出ない状態だったんですけど、お二人の呼びかけに、ちゃんと「はい」って返事をしていました。

亡くなる数日前には少し落ち着いていたので、1時間ほど「京都でこんなことがあったわよね」なんて昔話をしました。実際は私が一方的にしゃべっただけですが(笑)。そのとき、

「神様に最後のお願いをするとしたら何がしたい?おうちに帰りたいか、おいしいものを食べたいか、お酒を飲みたいか。一つだけ選ぶとしたらどうする?」

と聞きました。「家に帰りたい」と言うかと思ったら、大島は、

「(お酒が)飲みたい」

って。これが最後の会話です。もしかしたら自分がこれからどうなるのか分かっていたのかもしれません。お酒好きでしたし、大島らしい選択だと思いました。

先生に「さすがにお酒はダメですよね」って訊いたら、「唇につける程度なら大丈夫ですよ」とおっしゃってくれて。だから毎日、唇に少しだけ指でお酒をつけてあげたの。香りだけでも、最後の望みをかなえてあげられたのかな、と思います。

家族が見守る中、大島が静かに息を引き取ったのは'13年の1月15日。翌日から私は18年ぶりの舞台に出演することになっていて、最後の舞台稽古が19時から始まる。大島と一緒の車で家に戻り、布団に寝かせて、最後を迎えられる準備をして、劇場に向かいました。大島は私のために日を選んでくれたのかなと思っています。

あとで看護師さんから聞いたのですが、その日の朝、大島は「ママ~、ママ~」と叫んでいたそうです。それが最後に発した言葉。昔からあの人は何かあるたびに私を呼んでいましたからね。虫の知らせがあり、お別れのために私を呼び寄せようとしたのでしょうか。

大島が逝ってから早いもので1年近く経ちますが、夢に出てきたのは一度だけです。熱海の海沿いの喫茶店で二人でお茶をしている夢。それは若い頃、映画の撮影の天気待ちで行った喫茶店の情景でした。当時、大島は助監督、私は新人女優。たった一度、夢で会えたのが、なんでこの場面なのか、理由はよく分からない。人間の記憶って不思議です。

人生をやり直せるなら、もう一度大島と結婚したいですね。ただ、最後の17年とは違う生活をしてみたい。ずっとリハビリの日々でしたからね。

大島が亡くなって3ヵ月ほど経った頃ですが、自由が丘のレストランで食事をしていたとき、ふと老夫婦の姿が目に入りました。

ご主人はビールを飲み、二人で楽しそうに食事をしていた。まるであの時の熱海の喫茶店の私たち二人みたい。その姿を見て、「私が求めていた幸せは、これだったんだなぁ」と気づきました。そう思うと涙が出てきた。

かなわぬ夢ですが、なんてことのない日常をあの人と過ごしてみたかった。大島が亡くなって以来、涙を流したのはこの一度だけです。

■有名人遺族が今だから明かす 思えばあれが「死の前兆」だった(後編)天野祐吉、井上ひさし、梨元勝、谷啓
感動秘話 なぜ、あのとき気付かなかったのか

天野祐吉 享年80 天野伊佐子(妻)
忘れていた記憶が次々に甦ると漏らした

主人が緊急入院する前のことです。ベッドに横になった主人が天井をジッと見つめながら、「字が見えるんだ」と言うんです。「はっきりとは読めないけど、俺に『解読しろ』と言っているのかもしれない」と。なぜかその時、私は主人が連れて行かれちゃうと感じました。

まさかそれを読んでしまったからかどうかは分かりませんが、その2日後に突然、高熱が出て、入院。それからわずか5日後('13年10月20日)に、夫・天野祐吉は、あっと言う間に旅立ってしまいました。

亡くなる日の朝、先生が集中治療室に入る許可を出してくれました。わずかでしたが、二人きりの時間を過ごせた。その後、彼は穏やかな顔のまま苦しむこともなく、私の腕のなかで息を引き取りました。

入院したとはいえ、本人に病気の自覚は一切ありませんでした。むしろ「小学3年生の盲腸以来だ」なんて、入院を楽しんでいるくらい。3・11以降、仕事への意欲は増し、体も健康でしたからね。

でも、いま振り返れば、亡くなる半年ほど前から、「前兆」はあったような気がします。戦時中に無理やり歌わされた軍歌など、忘れていた記憶が甦るという不思議な現象があったんです。本人は「(記憶の)引き出しが開いたのかな」と話していましたが、自分の人生と向き合っていたのかもしれません。

主人は酸素吸入が必要となってから、筆談ノートを書き始めました。「病院日句」と名付けられた一冊の大学ノートには、「絶対に(君を)置いていかない」「ご飯を食べられている?」などと私を気遣う言葉が綴られていました。ページが進むごとに薄くなっていく文字。最後の言葉は「(家に)かえろかえろ」。たぶん、もう帰れないと分かっていながら……。

こんなこともありました。主人は、生前からの本人の希望でお葬式もしていないし、お墓もつくりませんでした。荼毘に付した後、せめていつも一緒にいようと思い、遺骨をペンダントに入れた、その時です。「カバン」というあの人の声が聞こえたんです。

これは何かのメッセージに違いない、と家中を必死に探しまわると、クローゼットの奥のカバンから2年前に書かれた遺言書が見つかりました。生前、「俺は悪運が強いから98歳まで生きると思う」と豪語していましたが、もしものときのために準備をちゃんとしていたんですね。遺言書は「ありがとう。またね」という感謝の言葉で締められていました。

主人の仕事場でもあった部屋は今もそのままにしています。やっぱり片付けられないんですね。愛用していたメガネも、テレビモニターの見えるいつもの場所に置いたままです。


井上ひさし 享年75 井上麻矢(三女)
父の背中に「諦め」を感じ、覚悟を決めました

そう長くはないんじゃないかな—。そう感じた瞬間は、いまでもはっきりと覚えています。それは、亡くなる2ヵ月ほど前、後ろ姿を見たときです。

私は小さいときから、父の背中ばかり見てきました。机に向かう背中です。原稿を書く父は、それこそ精気がみなぎっていました。それに比べ、病室で見た姿には諦めのようなものを感じたんです。

その頃、父は食事をあまり摂れなくなっていた。「人間は食べることと出すことが基本」、そう考えていた父ですから、ショックだったんだと思います。

肺がんで亡くなるまでの闘病生活は約5ヵ月。最後の日は'10年4月9日でした。しかし父自身は、がんを宣告される前から、自らの死期を本能的に感じていたのかもしれません。

父は最後の1年間、私に一生分といっていいほどたくさんの話をしました。社会の構造や演劇に対する心構え、父の立ち上げた劇団「こまつ座」が進むべき道、観ておくべき芝居、父は毎晩電話で熱く語った。短くて3時間、長いときは夜10時から翌朝の7〜8時まで。父に言われて観劇した芝居の劇評を述べるという宿題も、毎日のように出されました。父娘のというより、まさに私に後を託すための会話でしたね。

闘病生活の間も、そんな「授業」は毎日必ずありました。一度、話している最中に父が激しく咳き込んだことがあった。心配になって電話を切り上げようとしたら、「僕には時間がないんです。だから君も心して聞いてくれないと困る」と言われました。そのとき、「ああ、この人は命を削って、これからのことを私に託そうとしているんだ」と胸を打たれました。

前兆は、父の作品にも表れていたのかもしれません。最後の2作、『ムサシ』と『組曲虐殺』。前者は、若い人たちにエールを送りたいという思いで書き上げたもので、自分たちの存在そのものが奇跡だという、人生の賛歌です。

『組曲虐殺』は作家・小林多喜二の評伝劇。これは、人間は良い人生を送っていれば、死をも恐れない強さを身につけることができるという作品。2作とも、父の作品の中ではかなり異質で、メッセージ性が非常に強い。

父は無意識に残された時間の短さを知っていた。いま振り返ると、そんな気がしてならないんです。


梨元勝 享年65 梨元麻里奈(長女)
仕事人間だった父が、仕事を断った翌日に

がん宣告は、母と私、そして父の3人で受けました。告げられてから父は、「大丈夫」と繰り返していた。まさか2ヵ月しか生きられないなんて、思ってもいなかったんでしょうね。

肺がんのステージⅣだったんですが、父は「ステージ」の意味がよくわかっていなかったんです。「ステージはいくつまであるの?」なんて聞いてきたくらいですから。でも不安はあったんでしょう、「がんについての資料を持ってきて」と私に言いました。なかには読ませたくない内容のものもあったんですが、父の頼みを拒むわけにもいかず、病室に大量の資料を持っていった。ただ、読むのが怖かったのか、死ぬわけがないと思っていたのか、結局、父は最後まで目を通しませんでした。

父の気力の衰えを感じたのは、ずっと続けていた週刊誌の連載を「中止したい」と言ったときです。父は原稿の分量に合わせて、記事の内容を電話口でまとめて話すことができました。だから最悪の場合、書く力はなくなっても、喋ることさえできれば何とかなるということで、最後まで残していた連載です。

その最後の仕事を「辞める」と、仕事人間そのものだった父が口にしたとき、長くないのかもと思いましたね。そしてそう語った翌朝、本当に父は亡くなってしまった。

ただ、いま振り返れば、がんが発覚する1〜2年前から、父には「虫の知らせ」があったのかもしれません。母と一緒にウォーキングを始めたんです。これはそれまで仕事だけだった父からは、考えられない行動でした。結婚生活35年余りのうち、母いわく、家にいるのは「半分くらい」だったそう。おそらくウォーキングには、いままで作れなかった夫婦の時間を取り戻そうという思いがあったんでしょう。

私はいま、父と同じリポーターの仕事をしています。きっかけは、闘病中に父の仕事を少しだけ手伝ったことです。

それから3年、不屈のリポーターとして、スクープを追い続けた父には、いまだ遠く及びません。

憎めない笑顔と「恐縮です!」の決めセリフで、数多くの芸能人からスクープコメントを取った父。もっとアドバイスを聞いておけばよかった、心からそう思っています。


谷啓 享年78 渡部泰裕(長男)
認知症を患っていたのに、森繁さんの死を言い当てた

オヤジが階段から足を踏み外して滑り落ちたのは2010年9月のことです。

僕はいつものように、昼前、玄関で「オヤジ、仕事に行ってくるよ」と声をかけて出かけました。認知症が進行していたオヤジも、僕が仕事で出ていくことだけはわかったようで、僕の目をジーッと見つめてきた。言葉じゃないけれど、これが最後のコミュニケーションになりました。

仕事を終えて帰宅したら、オフクロが廊下に倒れて意識のないオヤジに寄り添っていた。救急車を呼びましたが、明け方、病院で息を引き取りました。

タバコを買いに行っても家に戻れなかったり、近所を徘徊するなど、認知症は進んでいたのですが、僕たち家族のことだけは決して忘れず、防音設備のある居間で、大好きなホラー映画をよく観ていました。

そんなオヤジが、僕らを驚かせたことがあります。亡くなる前年の11月のことです。オヤジを1階の寝室に寝かせ、僕は2階の自室にいたのですが、オヤジがパジャマ姿で、ぼーっとしながら廊下をウロウロしているんです。

徘徊が始まったのかなと思い、「もう寝ようね」とオヤジを促したのですが、「ジイサンが挨拶に来ているんだ」と言って、頑として言うことを聞いてくれない。相手にせずに、とにかく寝かしつけたのですが、その晩の11時頃、テロップで森繁久彌さん死去の速報が流れたんです。

森繁さんは舞台『屋根の上のヴァイオリン弾き』で、ずっとオヤジと一緒だったから、まずびっくり。それから、オヤジが言っていた「挨拶に来ているジイサン」とは森繁さんのことだったんじゃないかと思って、またびっくりです。

昔から、オヤジはその手のものが見える人で、自分が見た幽霊の話などもしていたんです。晩年は認知症を患っていましたし、ボケていたのか、ホラー映画の記憶とごっちゃになっていたのか、あるいは夢と混同していたのか、今となってはわかりません。

でも僕は、オヤジはあの日、森繁さんと会ったんだと思うんですよ。森繁さんが会いに来てくれたら、オヤジも嬉しいに決まっている。親しい人に会えるなら、死後の世界もまんざら悪くない。そう思ったほうが夢があるじゃないですか。


[いずれも現代ビジネス]

Posted by nob : 2014年01月25日 17:37

彼の真意がどこにあれども、、、脱原発への影響力に期待。。。Vol.30

■細川護煕氏都知事選当選したら脱原発にどれだけ影響力あるか

 現在、選挙戦が展開されている都知事選では“原発”も争点になっているが、もし細川護煕氏(76才)ら「脱原発」派が当選したら、今後、どのように脱原発は進んでいくのだろう。

 実は、いち地方自治体である東京都の知事には、全国にある原発をなくす権限はない。『「フクシマ論」 原子力ムラはなぜ生まれたのか』(青土社刊)などの著書で知られる社会学者の開沼博氏はこう指摘する。

「原発の廃棄や再稼働の決定、エネルギー政策の基本方針の転換には、内閣の閣議決定など国政レベルでの意思決定が必要です。知事選の結果がそのまま政治に反映されるわけではないなかで、新都知事に何ができるかは未知数です」

 例えば沖縄県知事は、長く普天間基地の県外移設を訴えてきたが、それはいまだにかなってはいない。それどころか、県民の意思は知事の挫折の前に、遠のく一方でもある。1月19日に投開票された名護市長選では、移設反対の現職が再選されたが、安倍政権は移設方針を変えるつもりはない。そこには、地方自治体のもつ力の限界が垣間見える。

 東京都は東京電力の4番目に大きな株主ではあるが、実際に保有している株は全体のわずか1%強。持っているのは“決定権”ではなく、“影響力”にすぎない。しかし、「それでも今回は脱原発を実現できる可能性があります」と語るのは、地方自治に詳しい法政大学教授の五十嵐敬喜氏だ。

「東京は人口も経済規模も他の都市とはケタ違いです。細川さんが勝利し、都知事として脱原発を強く訴えた場合、日本国民に与える影響力は計り知れません。原発事故で苦しむ福島県だけでなく、柏崎刈羽原発のある新潟県、浜岡原発のある静岡県など、原発の立地自治体で住民たちが声を上げ、日本中に広く連鎖していくでしょう。強硬な姿勢が目立つ安倍政権ですが、さすがに国民から沸き起こる脱原発の声を無視はできないはずです」

[女性セブン]


■脱原発へ「安倍1強」打倒狙う小泉氏は昨年夏から「戦闘モード」に入っていた

歳川 隆雄

1月23日告示・2月9日投開票の東京知事選の幕が切って落とされた。同日午前、東京都庁前で第一声を上げた細川護煕候補(元首相)の傍らには小泉純一郎元首相が控え、例の絶叫調で「原発即ゼロ」を訴えた。

細川候補がこの日3ヶ所で行った街頭演説をテレビニュースで観た限り、予想していたほど都民・聴衆が元首相コンビに突き動かされたようには感じられなかった。だが、17日間の選挙戦期間中16日間、小泉氏は細川氏の選挙キャンペーンに同行するというので、今後、小泉節が炸裂すれば化学反応を起こして細川氏支持が急増する可能性はゼロではない。

ただ、マスコミ各社の世論調査(告示前に実施)の結果を見る限り、そして細川陣営内の不協和音などもあって、細川氏が自民、公明両党都連推薦の舛添要一候補(元厚生労働相)に届くのは相当難しいのではないか。

ドン・キホーテに自らの心境託し

筆者の最大の関心は、小泉元首相が細川元首相を全面支援するに至った背景と、その理由である。『日本経済新聞』の清水真人編集委員が同紙電子版にかつて書いた記事が示唆に富んでいる。同氏によると、昨年7月の東京・九段の靖国神社の「みたままつり」期間中、小泉氏の揮毫が境内に飾られていた。

そこには、「夢はみのり難く 敵はあまたなりとも 胸に悲しみを秘めて 我は勇みて行かん……たとえ傷つくとも 力振り絞り 我は歩み続けん」という、ミュージカル「ラ・マンチャの男」で主人公のドン・キホーテが歌う「見果てぬ夢」の一節があった。

清水氏の解説によれば、小泉氏がこの歌詞に心境を託したら、「戦闘モード」にスイッチが入ったことを意味するという。

2005年6月3日の衆院郵政特別委員会で民主党の小沢鋭仁衆院議員(当時・現日本維新の会議員団国対委員長)が郵政民営化反対の立場から「あなたは空想と現実の区別がつかなくなったドン・キホーテだ」と痛罵したところ、答弁に立った小泉首相は「実はドン・キホーテは大好きです」と述べ、先の「敵はあまたなりとも」「我は勇みて行かん」とそらんじてみせたというのだ。

だとすると、小泉氏は昨年夏から「戦闘モード」に入っていたことになる。では、仮想敵は誰だったのか。細川元首相が都知事選出馬を検討し始めたのは、猪瀬直樹前知事が徳洲会からの5000万円借用問題で辞職を決めてからのことなので、「原発即ゼロ」をシングルイシューとした細川支援とは直接的には関係ない。

であれば、昨年夏頃から、小泉氏の胸中には「安倍1強」体制打倒の気持ちが芽生えていたということなのか。

安倍首相は夏前にも6基の再稼働決定の構え

昨年春に黒田東彦日銀総裁が誕生して、アベノミクス(安倍晋三政権の経済政策)の「第1の矢」として金融の異次元緩和が実施され、続いて「第2の矢」である5兆円規模の経済対策が打ち出され、円安・株高による景気回復の兆しが見えてきた。さらに同年7月の参院選で勝利して衆参ねじれが解消、安倍政権の政策プライオリティ第1位であるアベノミクス推進には原発再稼働が不可欠との認識が政府・与党のコンセンサスになったのが夏のお盆休みの頃だ。

ところが小泉氏は、実はその前の4月に、自分の政権時代に支援してくれた奥田碩元経団連会長ら経済界有力者に対し、3・11(東日本大震災)による東京電力福島第一原発事故を考えると、全ての原発を廃炉するしか選択肢はないと断じていたのだ。と同時に、安倍首相は「脱原発」を決断すべきだと言い切り、経済人は返す言葉もなかったという。

官邸関係者によると、安倍政権は、原子力規制庁が現在行っている九州電力川内原発、四国電力伊方原発、関西電力高浜原発のトータル6基の安全審査がクリアできれば、遅くとも夏前にも再稼働を決定する構えだ。

こうした安倍政権の再稼働路線を阻止するために小泉氏はたとえ孤高であっても「倒閣」に踏み切ったのではないか。まさに権力闘争であり、「戦闘モード」にスイッチを入れたということなのだろう。

細川氏応援で炸裂する小泉節が、どこまで東京都民を引きつけられるのか、見物である。

[現代ビジネス]

Posted by nob : 2014年01月25日 12:37

彼の真意がどこにあれども、、、脱原発への影響力に期待。。。Vol.29

■都知事選、小泉氏の狙いは「ストップ・ザ・アベ」

田原総一朗

 1月23日告示、2月9日投開票の東京都知事選で、細川護煕(もりひろ)元首相が14日に立候補を表明した。小泉純一郎元首相が支援し、「脱原発」を打ち出して都知事選を戦う。

「舛添楽勝」から一転、白熱戦の様相

 細川さんの名前が浮上するまでは「舛添要一氏が楽勝ではないか」という空気があった。ただ、元厚生労働相の舛添さんは「自民党の歴史的使命は終わった」と言って2010年に自民党を飛び出して新党改革を結成し、除名されている。その舛添さんを自民党が応援するのは相当「ねじれ」た関係である。

 細川さんは14日、小泉さんと約50分の会談を終えた後にツーショットで記者会見を行った。小泉さんは会談で「今日は旧暦で12月4日。赤穂浪士の討ち入りの日だ」と話を切り出したという。小泉さんは「当選のために積極的に頑張りたい」と全面支援を細川さんに約束した。

 細川さんは1993年8月に非自民・非共産の連立政権を首相に就任したが、東京佐川郵便からの借りいれ問題を追及されて9カ月で退陣。その後は陶芸家として余生を送ると思っていたのだが、約20年を経て、突然、都知事選に立候補した。

 これで俄然、都知事選は白熱戦の様相を呈してきた。

小泉流の無茶苦茶な発言

 昨年11月12日、小泉さんは日本記者クラブで会見を行い、そこでの発言が話題を呼んで朝日新聞や毎日新聞、東京新聞などが大きく取り上げた。「脱原発」から踏み込み、小泉さんは「即原発ゼロ」と明言したからだ。

 だが、私は「即原発ゼロ」発言には二つの問題があると考える。小泉さんは、「政治で一番大事なのは方針を示すこと。原発ゼロという方針を出せば、専門家や官僚が必ずいい案を作ってくれる」と語った。しかし、これは責任ある政治家なら決して言わないことであり、無茶苦茶な発言である。これが一つ。

 もう一つは使用済み核燃料の最終処分問題について。小泉さんは、「(処分場選定の)メドを付けるのが政治の責任だと言う。付けられると思う方が楽天的で無責任だ」と発言している。最終処分場は今までずっと見つけられないのだから将来も見つかるはずがない。それをできると考える方こそ無責任。そう小泉さんは言っているのだ。

 使用済み核燃料は日本に約1万9000トンもある。「即原発ゼロ」にしても、この使用済み核燃料の最終処分をしなければならない。だが小泉さんは、この問題については全く触れていない。方針を示すことが政治の役割なら、最終処分のきちんとした方針を示すべきだろう。

美濃部亮吉氏の「ストップ・ザ・サトウ」

 小泉さんは演説がうまい。短い言葉でわかりやすく訴える。だが、その内容に大きな矛盾が含まれていることが多い。細川さんは近々、都知事選での政策を発表するだろうが、「脱原発」後の使用済み核燃料の最終処分問題、代替エネルギーの安定的確保などをどう説明するのか注目したい。

 それ以上の問題もある。「脱原発」といっても、東京に原発があるわけではない。原発による電力の最大の消費地である東京で、「脱原発」を争点にする意味は何か。原発立地地域で「脱原発」を争点にするのはわかりやすい。しかし、東京という地方自治体で、しかも原発電力消費地で原発問題を争点にするのは「ねじれ」があるのではないか。

 ただ、東京都民には東京を地方自治体だと思っている人が少ないようだ。むしろ、「国家」に等しいと思っているのかもしれない。

 1967年から79年まで長く都知事を務めた美濃部亮吉(1904-84)という人がいる。私は美濃部さんによく取材したものだが、71年の都知事選で美濃部さんが掲げたスローガンは「ストップ・ザ・サトウ」だった。

 当時の首相は自民党の佐藤栄作氏である。保守の佐藤政権(1964-72)はベトナム戦争での北爆を支持するなどして左派から反発を買い、長期政権のほころびも次第に大きくなっていた。

小泉氏の「ストップ・ザ・アベ」の狙い

 都知事選という地方自治体の首長選挙で佐藤政権を打倒する「ストップ・ザ・サトウ」と訴えたのは、「ねじれ」というより、むしろ見当はずれとさえ思えた。

 しかし、社会党と共産党に支援された美濃部さんはこのスローガンで360万票以上を獲得して、自民党支援の秦野章氏に圧勝した。都知事選に国政問題を持ち込み、首相を批判して勝利したのである。

 今回の都知事選は、「ストップ・ザ・原発」だけではなく、小泉さんによる「ストップ・ザ・アベ」だと私は受け止めている。それが小泉さんの本心だろう。

 小泉さんは首相時代、安倍晋三氏を最初は官房副長官に起用し、その後、幹事長、官房長官に抜擢した。いってみれば、安倍さんを首相にしたのは小泉さんだ。師弟コンビともいわれる二人だが、小泉さんは今、安倍さんのどこが不満なのか。

 よく言われるのは「即原発ゼロ」発言をめぐる対立だ。小泉さんが「自民党内にも脱原発を唱える人がいる。首相が決断すればできる」と発言したのに対して、安倍さんは「今の段階でゼロを約束するのは無責任」と一蹴した。だから、耳を貸さない安倍首相に揺さぶりをかける、そこに小泉さんの意図がある、というものである。

 しかし、この説にはあまり説得力がないように思う。私は、自民党が一強になり、そのなかで安倍首相の存在感が強まりすぎて、自民党内でもまともな議論が行われなくなっていることに対する小泉さんの不満があるのだと思う。

党内議論が活発に行われていない

 かつての自民党はデパートのようなもので、保守からリベラルまで多様な主義主張があり、党内で活発な議論が行われていた。

 象徴的なできごとは1990年の湾岸戦争のときだ。当時は首相が海部俊樹氏、自民党幹事長は小沢一郎氏だった。湾岸戦争に自衛隊を派遣すべきだとの小沢さんの主張に対して、野中広務氏や古賀誠氏、梶山静六氏らが反対し、結局、自衛隊は派遣されなかった。

 自民党内にはタカ派とハト派がいて、党内議論が常に行われ、うまくバランスがとれていたのである。

 しかし、今は集団的自衛権の問題を見ても、内閣法制局長官をかえて憲法解釈でその行使容認を行おうとしても党内から反論らしい反論は出てこない。原発問題にしても党内議論は活発に行われていない。

 「こんな自民党はダメだ」——。小泉さんはそう憤っているのではないか。小泉さんは自民党内に議論を巻き起こしたいのだ。

 都知事選は、細川・小泉連合の登場で舛添陣営との白熱した戦いになりそうである。

[日経BPネット]

Posted by nob : 2014年01月25日 09:57

なかなかこれが難しい。。。

■他人に褒められたときの上手な返し方

以前紹介した記事「『褒めてもらう』ことで素敵な恋ができる」でも紹介されている通り、他人から褒めてもらうことは、素敵な恋愛をすることに繋がります。

でも、いざ褒められても、照れや恥じらいから「そんなことないよ~」「私なんか...」と謙遜してしまう人も多いはず。

自分の価値をきちんと認めて「褒められ上手な女性」になるためには、どうすればいいのでしょうか?

■否定ではなく肯定で返す

「そのバッグかわいいね」と突然褒められたとき。本当はお気に入りのバッグなのに、謙遜するあまり、「そうかな?」「セールで安くなってたから」と、つい、 否定の言葉を口にしていませんか?

でも、その最初に返す一言で、褒められ下手か褒められ上手かは決まってしまいます。どうしても、謙遜してしまうという人は、まず「ありがとう」と返事をする癖をつけましょう。

■自分も相手も気分が良くなる返し方

褒められ上手は、褒め上手でもあります。誰かから褒められっぱなしで終わるのではなく、さりげなく、相手も褒めることも必要なのです。

だからといって、 「私なんかより、○○さんのがステキですよ!」と露骨に褒めてしまうと、相手もむりやり気をつかわれている気分になってしまいます。

「○○さんにそう言ってもらえると自信になります」「ほかの人は気付いてくれなかったので、そう言ってもらえて嬉しいです」といった感じで、相手の洞察力を褒めつつも、「あなたに褒めてもらえて嬉しい」という気持ちを伝えるようにしましょう。

そして何より、褒められ上手になるためには、まず、自分自身を褒めてあげる習慣をつけることも大切。

日常の些細なことでもいいので、「よく頑張った!」と自分を認めてあげられるようにしたいですね。

ファッション&恋愛コラムニスト/LISA

[グリッティ]

Posted by nob : 2014年01月24日 20:46

他者のためじゃない、誰もが自身のために生きていることを知るだけでいい、、、他者を気にしなければ、そもそも自信を失うこともない。。。

■「自信」をとりもどすための4つのコツ

社会に出てから10年以上の月日が経ち、だんだん大きな仕事を任されるようになる一方で、プレッシャーに悩まされたり、自信を失うことも多くなってきます。

そんなとき、少しでも自分の才能を認め、自信を回復し、自分の中から最大限の能力を引き出せるようなコツを日常的に身につけられたらいいなと考えていたところ、「Give Yourself the Respect You Deserve(あなたにふさわしいリスペクトをあなた自身にあたえましょう)」というアメリカの記事を見つけました。

そこに書かれていた、自分を認めてあげるための4つのコツをご紹介したいと思います。

自分を認めてあげるための4つのコツ

(1)「しなければならないこと」を減らすこと

全てをこなそうとすることで、本当に大事な目標を達成するための時間がなくなる場合もあります。実際は、「するか」「しないか」を自分で選択することができるのに、しなければならない義務のように感じ、それに時間を注いでしまっていることはありませんか?

例えば、気乗りしない誘いを受けた場合、自分がその場でどう感じるのかについて考え、相手との会話にげんなりする自分の姿が予想できるのなら、思い切って断ってよいのです。余計なものは省いて、自分が本当に楽しめることだけにエネルギーを注ぐように心がけましょう。

(2)友達に寄りかかること

Goal Groups Internationalの設立者で共同作業コンサルタントのジェニファー・ストーン氏によれば、「グループで目標を達成する場合、一人で行うよりも、はるかに作業がはかどる傾向にあります。その結果、いかに自分たちが才能のある存在であるかを認めやすくなります」と。

どんな時でも、支えになってくれる周りの人々を思い出し、その人たちに自分の日々の生活で起こっていることをシェアすることを心がけてみましょう。「自分の成し遂げたことや、葛藤していることについて、直接会って友達に話すことで、私たちのストレスは減少し、私たちの記憶は良いものとなって全体的な気分が上昇します。」とも。

もし、なかなか直接仲間と会うことができない場合は、大学時代の仲間に気楽なメールを送るだけでもOKです。

(3)リストを作る(そしてこまめにチェックする)

ロサンゼルス在住のライフコーチのキャロリーナ・カーロ氏が提案するのは、自分自身の好きなところについて、書き出してリストアップすること。書き出したリストを自分の自信が揺らぎそうな時に目につきそうな場所に置いておきます。例えば、携帯電話のメモ機能のところに保存しておくなどがいいかもしれません。

そのリストは自分の身体的な特徴から、成し遂げたこと、今までに言われた褒め言葉などまでにいたります。キャロリーナ氏によると、「女性は、他人の中に美しさを見つけるのが得意な一方、自分たちの中からそれを探すのを忘れがちです」だそう。自分のポジティブな部分について気づいて認めることで、徐々に自動的に自分を褒めることが身についていくそう。

(4)自分の中にもう一人の自分を持つ

アメリカの人気歌姫ビヨンセは、自信に満ちて生意気な「Sasha Fierce」というもう一人の分身を自分の中に持っていると言っています。そして、あなたもそんな分身を持つべきです、と精神科医で「A Happy You: Your Ultimate Prescription for Happiness(幸せなあなた:幸せのための究極の処方箋)」の著者であるエリザベス・ランバルド博士は言います。

ランバルト博士はあなたの自信に満ちた分身に名前をつけ、あなたが不安な状況に陥った時に、彼女ならどうするかを尋ねてみること、そしてそれを実行することをすすめています。「このトリックは、いったんあなたを自分自身から離れさせ、くよくよ考えるのは止めて行動起こさせるように力を与え」てくれるそう。

ご紹介した4つのコツは、具体的な方法なので実践しやすそう!

始めは自分を褒めたり認めたりするのは難しいかもしれませんが、繰り返すうちに自然に自分をリスペクトし、自分自身を大事にしてあげられるようになるといいと思います。

[Give Yourself the Respect You Deserve]

(佐々木祐里)

[MYLOHAS]

Posted by nob : 2014年01月24日 20:34

まずは“今でしょっ”、、、そして“考え込む前にまずは始めてみることでしょっ”。。。

■40歳を超えたら考えたい、「会社に頼らない働き方」を実現する5つのステップ

 「“大企業に勤めれば一生安泰”という時代は終わった」「これからは会社に頼らずに生きていける人が必要とされる時代」といったことが、近年あちこちで言われるようになりました。

 こんな声を聞くと、よほど自信のある人でない限り「俺、大丈夫かな?」と不安を感じるものですが、20代、30代ならまだしも、会社生活に慣れきった40代ともなると「“会社に頼らないで働く”といっても、どうすればいいのかわからない…」というのが正直なところかもしれません。

 『40歳からの会社に頼らない働き方』(柳川範之/著、筑摩書房/刊)はそんな人のために、「会社に頼らない働き方」とはどんな働き方か、そのためにはどんなことをすればいいかを解説しています。

 今回はその中から、「会社に頼らない働き方」をするために今からやっておくべきことを紹介します。

■まずは将来に備えてシミュレーションする

 「2年後にクビになったとしたら、その時自分に何ができるのか」

 この視点で将来を考えてみることが「会社に頼らない」自分になる最初のステップです。5年後ならどうか、10年後はどうか、など様々なバリエーションを考えておくだけで、意識はかなり変わるはず。

 ポイントは「暗くならないこと」。あまり現実的に考えすぎると悲観的になりがちなので、「こんなことをしてみたいな」と夢を持って考えましょう。

■状況に応じた発想力を

 とはいえ、将来のシミュレーションをするといっても、変化が激しい時代ですから「先行きが不透明すぎて何も考えられない」という人もいるはずです。

 しかし、ここはわからないなりに考えておかなければなりません。

 考えられる状況ごとにプランA・B・Cと複数想定し、そのそれぞれについて「アクシデントがあったケース」と「何もなかったケース」に分けてその先の想定をするなど、プランを枝分かれさせていきます。

■目標を組み立てる

 ここまでのシミュレーションしたことを元に、今後の目標を組み立てます。

 その際は短期的な目標と長期的な目標の2つを設定するのですが、目指すは「会社に頼らないこと」、つまりクビになっても生きていけるようになることですから「短期目標は日々の仕事、長期目標は出世」というのはやめましょう。

 頭の中で考えるだけでなく、紙に書き出すとより具体的に目標を立てることができます。

■少しずつ踏み出してみる

 目標がはっきりしたら、その目標のために何をすべきかもわかるはず。さっそくその方向に踏み出してみましょう。

 その際は

・自分で決める癖をつけること(会社員を続けていると全体の合意を取って物事を進める癖がつきがちなので、すべて自分で決断する意識を持ちます)
・完璧を求めないこと(完璧なプランを求めると行動を起こせません)
・大きく踏み出しすぎないこと(くれぐれもいきなり会社を辞めたりしないように)

 この3点に注意が必要です。

■うまくいかなかったら引き返す

 計画がうまく行かないのは当たり前。

 そんな時にこまめに方向転換できるかどうかは、仮に会社を辞めて独立したとしてもとても重要になります。

 うまく行かなかったら引き返したり、方向を変える。この柔軟性は今のうちに養っておきましょう。

 「会社に頼らない働き方」をするために必要なのは、資格やスキルだけではありません。

 会社がなくなった時にどうするかを想定して、今のうちからできることをやっておくだけでも、いざ本当に会社がなくなったり、クビになった時に焦らず行動を起こせるはず。

 本書には、40歳以降のビジネスパーソンが会社に依存せず生きるために必要なことが網羅されていますので、いずれ独立するつもりという人はもちろん、当面会社を辞めるつもりはないという人も、手にとって将来に備えておきましょう。

(新刊JP編集部)

[ビジネスジャーナル]

Posted by nob : 2014年01月24日 20:26

私も以前はいくつもの保険に加入していましたが、、、ある日すべてを解約しました。。。

■生涯で2000万円負担?“保険好き”日本人、無駄に保険をかけすぎる謎

 人生で一番高い買い物は、いうまでもなく家だ。では、2番目に高い買い物はなんだろうか。
 それは、保険である。

 そう聞いても、ピンとこない人も多いのではないだろうか。家は現物が手に入るので実感しやすいが、保険は保障を買うもので実体がない。毎月の保険料が引き落としになっていると、光熱費などと同じ感覚になってしまうかもしれない。

 ところが、その金額は驚くほど高いのだ。生命保険文化センターの調べによれば、1世帯あたりの年間払い込み保険料は平均で45.5万円。これを20年間払い続けたら1,000万円近くになる。30年なら1,300万円を超える計算だ。保障を厚くすると、その分保険料も上がるので、生涯では2,000万円以上を払うことになる人も珍しくない。

 少し値が張る買い物をする際には、慎重に商品を検討したり、何社かの商品を比較したりするのが普通である。しかし、なぜか保険に関しては、この比較・検討がおろそかになりがちだ。

「近所の家の息子さんが保険の営業をしているから」「あまりにも熱心に勧めてくれるので……」などという理由で安易に契約しているケースが、じつに多いのである。また、「すでに保険に入っているけれど、知り合いに泣きつかれて仕方なく」といった感じで、もうひとつ保険に加入したりしていないだろうか。1世帯あたりの平均加入件数は4.2件だといわれているが、保険のかけすぎはまったくの無駄。毎月の支払いは小さくても、ずっと払っていくと高額になることを忘れてはいけないのだ。

●高い買い物だという自覚を

 約8割の日本人が生命保険に加入しているという数字を見てもわかるように、世界を見渡しても日本ほど保険好きな国はない。もっとも、数年前までは約9割が保険に加入していたので、だいぶ見直しが進んできたとはいえる。

 だが、保険の加入率を比較すると、アメリカでは約50%、イギリスでは約30%、ドイツでは約40%となっており、日本人がいかに保険好きかがわかる。

 こういう状態が生まれた背景には、戦後の歴史も大きく影響している。日本では女性の自立が遅れて、大黒柱である男性に依存する生活が続いていた。そのため、大黒柱の死亡に対するリスク回避の意識が高かったのだろう。

 しかし、現在は状況がずいぶんと変わってきている。「とにかく保険を」と加入するのではなく、自分にとって何が必要かを考えるべきである。

 保険に加入するときには保険料の総額がいくらになるか、まずは計算をしてみたい。すでに加入している人も、これからいくら払うのか計算してみるといいだろう。そうすると保険に対する意識が変わってくるはずだ。

 余分な保険はやはり無駄である。一度、自分の保険を見直してみることをお勧めする。

(文=長尾義弘/フィナンシャル・プランナー)

[ビジネスジャーナル]

Posted by nob : 2014年01月24日 20:17

過去は変えられなくとも、未来は如何様にも変えていける、、、他者の犠牲の上に自己の幸福は成立し得ないことをお互いの世界史から学ぼう。。。

■日本が韓国にした酷いこと

小笠原誠治

 私は、最近韓国がやたら日本を目の敵にするような言動にいささかウンザリしています。そして、慰安婦の像を何故アメリカ各地に設置するのかも理解ができません。だから、韓国に対して一言言いたくなります。

 ただ、それと同時に、日本が戦前戦中の時代に韓国に酷いことをしたことも事実であると言うと、それは間違いだ、というような批判を頂くのです。

 そうした人々によれば、日本は韓国に酷い仕打ちをするようなことをしていない、と。むしろ感謝されるようなことばかりをしたのだ、と。

 そして、そのようなことをいう人々は、日本が韓国に対し酷いことをしたというのであれば、その証拠を示せと言うのです。

 貴方はそのような批判をどのように思うでしょう。

 日本が韓国に酷いことをしたというのならやっぱり証拠を示すべきなのでしょうか? そんな風に貴方も考えますか?

 時代は変わったものなのです。だって、そのようなことを言う人など今まではいなかったからです。

 我々よりも上の世代の言い分は、「確かに日本は韓国などに迷惑をかけたが、いつまで謝罪を要求するのか、いい加減にして欲しい」というものでした。

 そうですよね?

 それが、今は、それより一歩進んで、日本は韓国に迷惑をかけていないと言い張るのですから。

 若い世代は、昔のことは何も知らないのですよね。ただ、韓国や中国のことが嫌いなだけで、だから何でも反論したくなる、と。

 もちろん、私も昭和20年代生まれですから、実際に戦争を体験した訳ではないのです。だから100%の確信を持って言えることは何もない。

 しかし、私たちの親は実際に戦争を体験した。だから、何となく戦争中のことが想像できるのです。

 言っときますが‥私だって、戦前、或いは戦時中に日本が韓国に対し悪いことなどしていないことが証明できたらどれだけ嬉しいことか!

 そんなの当たり前ではないですか! だって日本人なのだから。

 しかし、仮に少しでも悪いことをしたのが事実であるとしたら、それを反省するのが当然。

 でしょう?

 韓国や中国の過激な言動に触発され、日本においても愛国主義的な動きが高まっているのはある程度は理解できます。しかし、だからと言って、日本人の方まで過去の事実を無視するようなことを言いだしたら、韓国や中国の理不尽なことを言う人々と同じレベルになってしまうではないですか!

 そうでしょう?

 日本はどれだけ韓国に対し悪いことをしたのか?

 そのような問いに対して、逆に日本が過去韓国のためにどれだけためになることをしたのかを強調する向きがあります。

 確かに、日本の韓国併合も考えようによっては韓国にとってプラスになった面があるのかもしれません。しかし‥だからといって、日本は韓国のために日韓併合をしたのか?

 そんなことはないのです。飽くまでも日本のためにしたことなのです。

 私は、何故日本が韓国に対し酷いことをしたと言うのか?

 それは私にとって大変ショッキングなことがあったことに由来します。

 日本が韓国に対して最後の円借款の供与を決めたのが1990年の1月頃でした。当時、韓国は地下鉄を拡充しようとしており、そのための資金を日本が円借款として供与しようということになったのです。そして、私は、政府のミッションの一員として円借款交渉のために韓国を訪れたのです。

 但し、円借款の交渉といっても、実際にミッションが現地を訪れる際には話は事実上まとまっていたと言ってもよく、従って、どちらかと言えばセレモニー的な要素が強く、合間に韓国内の観光施設を訪れる余裕もあったのです。

 そして、確か南大門を訪れたときのことだったと思うのですが‥韓国側の女性の担当者が是非この絵をみなさいと指差したものがあったのです。

 実は、そこに描かれていたのは、朝鮮王朝のお姫様が日本の軍人から切り付けられる様子を描いたものでした。

 こんな残虐なことを昔の日本人はしたということを、今の日本の若い人たちは知っているのかと言いたかったのか?

 ただ、先方は何もそれ以上は言わないのです。

 私は、そのときに思いました。何故そのような悲しい絵を我々日本人に見せつけるのか、と。円借款の交渉で来ているのに、その絵が関係があるのかと。

 いずれにしても、その残虐な絵を見せられて私は、相当のショックを受けたのです。

 私が見た絵というのは、韓国側が事実を歪曲して描いた絵だったのでしょうか?

 そんなことはないでしょう。

 原因は何であれ、日本の軍人が朝鮮のお姫様を切りつけたというのは事実ではないのでしょうか。

 それが、私が、日本が戦前、戦中に韓国に対して酷いことをしたということの一例なのです。

 それ以外のことについては、繰り返しになりますが、私が実際に戦争を体験したのではないので明確なことを示す訳にはいきません。

 しかし、状況証拠と言うものがあります。

 仮に、今一部の愛国的な人々が言うとおりに、日本が韓国に対し感謝されるようなことはしても、憎まれるようなことをしていないのだとすれば、何故、実際に戦争を体験した世代の人々は、そのことをはっきりと我々に伝えなかったのでしょうか。

 事実は、それどころか、そのような世代の政治家たちはずっと韓国に対し謝罪し続けていたではないですか。

 大体、今頃になってA級戦犯の人々の何が悪いのか、なんて開き直った言い方をする人が現れていますが、その辺の感覚も私にはピンときません。

 若い世代の人たちは、多分、兵隊やくざなんて映画をみたことがないのでしょう。

 勝新太郎に田宮次郎が出演していて‥

 何を言いたいかと言えば、如何に当時の軍隊が理不尽なことを朝鮮人などだけではなく、日本人に対してもしていたかがよく分かるのです。

 日本人に対してさえも大変酷い仕打ちをしたのがかつての軍隊ではないのでしょうか?

 日本人に対してさえ酷い仕打ちをしたのが事実であるとするならば、外国人にはもっと酷いことをしてもおかしくはない。

 そうでしょう?

 日本人に対してどんな酷いことをしたというのか?

 それは無理やり死を強制したことです。

 何故絶対に生きては帰ってこれない人間魚雷に十代の兵隊を乗せたのか? 攻撃するための機関銃も装備していないような飛行機に兵隊を乗せて敵に体当たりを命じたのか?

 負けることが分かっていながら無駄に命を犠牲にしたのです。

 生き残った飛行機乗りの兵隊さんが語っているではないですか。

 自分たちは命は惜しくなかった、と。そして、自分たちも、自分たちが乗った飛行機で敵の航空母艦を沈めることができるのなら、それは本望だった、と。しかし、戦争の終わり位になると、日本軍の飛行機には敵を攻撃するための機関銃が装備されていないものだから、敵から簡単に撃ち落とされるのが分かり切っていた、と。とても、敵の航空母艦に近づくことなどできなかった、と。

 そうやって多くの兵隊さんたちを死なせてしまったのです。

 捕虜になったら故国の土を踏めるなんて思うなとも教えていました。そのためにどれだけ多くの日本兵の捕虜たちが無残な死に方を選んだことか。

 私、30代前半の頃、キャンベラにあるオーストラリアの財務省で調査研究に従事していたことがありますが、そのときに戦時中、カウラというところのキャンプで日本兵の捕虜の集団脱走事件が起きたことを知りました。脱走したといっても、武器と言えるものは何もない。敢て言えば、フォークやスプーン程度。この捕虜たちは何も生き延びることを望んだ訳ではないのです。ただ軍人らしく死ぬために脱走を試みたのです。そして、多くの日本兵の捕虜が死んでしまったのです。

 そのキャンプには日本兵だけではなく、ドイツ兵やイタリヤ兵も捕虜として隔離されていたそうですが、イタリヤ兵などは、戦争が終わったら今度はどんな商売をするかなんて話をしていたそうなのです。

 その一方で、日本兵の悲壮なこと。何故ならば、捕虜は生きて帰ってはいけないと教えられていたからです。

 沖縄でも多くの尊い命が失われたではないですか?

 それでも、日本の軍隊は酷いことをしていないと言い張るのでしょうか?

 もちろん、戦争が起こったのは何も日本だけのせいとは言い切れない面があるのはそのとおり。

 しかし、そもそも大陸に進出するきっかけになったのは、国内の不況が長引いて多くの貧しい農家の若い女性などが身売りされるようなことが起きたからなのです。

 つまり、座して死を待つのではなく、大陸に活路を求めよう!と。

 しかし、大陸というのは他人のものであるのですから‥進出される側からしたら有難迷惑に過ぎないのです。

 韓国では、王朝も途絶えてしまいました。その真の原因がどこにあるかは別として、日本が朝鮮を併合したことがそのきっかけになったことは事実でしょう。

 いずれにしても、事実は事実として認めることが必要なのです。

[BLOGOS]

Posted by nob : 2014年01月24日 20:05

今後の実用化に期待。。。

■宇宙線で原発内可視化に成功 福島廃炉へ活用期待 筑波大などの研究チーム

高エネルギー加速器研究機構や筑波大などの研究チームは23日、地球に降り注ぎ物質を透過する能力が高い宇宙線の性質を利用、原発の使用済み核燃料プールに保管されている燃料などの様子を外部から可視化することに成功したと発表した。東京電力福島第1原発事故では1~3号機で原子炉内の状態は分かっていない。廃炉に向け、溶けた燃料がどのように散らばっているかを把握するのに役立つと期待される。

チームの角野秀一首都大学東京准教授は「(宇宙線の)計測装置は比較的簡単に設置できる。東電の協力が得られれば使う準備はできている」としている。

チームは宇宙線が大気と反応して生じる素粒子「ミュー粒子」が質量の大きい核燃料に当たると吸収されたり進行方向が変わったりする点に着目。日本原子力発電東海第2原発(茨城県東海村) の原子炉建屋周辺に計測装置を設置、建屋を通過してくるミュー粒子を観測。その結果、核燃料が 原子炉脇のプールに保管されている様子や、建屋の骨組みが浮かび上がった。

[産経新聞]

Posted by nob : 2014年01月24日 18:28

ブレないために。。。

■本田圭佑のメンタルはなぜブレないのか? 本田一族の根底に流れるサムライの気骨

 ファンの間ではよく知られた話ではあるが、本田圭佑はアスリート家系の出身だ。現在本田の代理人を務める実兄の弘幸氏は帝京高校出身の元プロサッカー選手で、かつてアルゼンチンでもプレーした経験がある。

 一方、父方の祖父、本田満氏の弟である大三郎氏(78歳)はオリンピアンだ。家庭の経済的理由から日本体育大学を中退したにも関わらず、トレーニングに励み、ハンドボールの国際大会にも出場したが、1964年の東京オリンピックでハンドボールが正式種目から外れると、カヌーに転向して出場を果たした強者である。また、その息子である多聞氏は、レスリングのフリースタイルで3大会連続五輪出場、全日本選手権は8度制した名レスラーとして知られる。

 圭佑と弘幸氏の兄弟は、両親の離婚に伴い、中学卒業まで大阪府摂津市にある祖父・満氏の家で育てられた。オリンピアンを輩出した家系の中で、本田圭佑はどう育てられたのか。現在神奈川でカヌースクールを経営する大三郎氏を訪ねた。
 
■アスリート家系の中で育まれた夢と気質

「あなたは圭佑のメンタルが本当に強いと思う?」
 取材がスタートするなり、大三郎氏はいたずらっぽく笑いながらそう言った。突然の逆質問に一瞬答えに窮していると、こう続けた。

「(ワールドカップの出場権獲得を決めた)オーストラリア戦で、圭佑がPKを入れたでしょ。そうしたら僕のところにもあちこちから電話が来てね、あなたのように聞いてくるんだよ。『あのメンタルの強さはどこから来ているのか教えてほしい』と。僕はその度に、あいつは本当に強いのかなと疑問に思った。子供の頃から、負けず嫌いなところがあるのは間違いないんだけど、強いというより、強がっているという感じだね。実はものすごく臆病なんだよ。臆病だから、トレーニングも人一倍やらないと、怖いし不安になる。それは僕も多聞もそうだった。これは本田家の血統と言ってもいいかもしれない」
 
 本田はメンタルが強いのではなく、弱い。そのパブリックイメージからは想像もつかないことだが、言われてみれば、あの痛々しいまでの努力の裏に「臆病だからこそ」という理由があったとしても納得できないことはない。では、血統というのはどういうことか。
 
「多聞と圭佑は22歳離れている。だから子供の頃に会ったことはないんだけど、おばあちゃんやおじいちゃんによく話を聞かされるわけだよね。五輪に出ているなんていうのは、子供からすれば雲の上の出来事みたいな感覚でしょう。だから、多聞に対する憧れというのはあったと思うし、これぐらい練習すれば、こういう結果を出せる、というようなことは、常日頃から聞かされていたんだ。それは大きいと思うね」

 家系の中に、オリンピアンが2人もいたという環境は、本田がプロサッカー選手になるという夢を抱くにあたって強い後押しになったことは想像に難くない。身近な成功例の存在が、本田少年の夢を加速させた。
 
「圭佑にサッカーの動機付けをしたのは、父親の司なんだけど、もう一つ大きかったのは、一緒に生活した2人の存在だね。兄の弘幸ともう一人、ヨウちゃんという子がいる。ヨウちゃんは司の姉の子で、圭佑と同い年なんだけど、3人で兄(満氏)の家で育てられたんだ。学校が終わると、いつも3人でサッカーをしていた。サッカーが上手くて、スター的な気質を持っていた弘幸とはタイプが違って、ヨウちゃんは気が優しくて、精神的にも圭佑の支えになっていたようなところがある。圭佑のほうがサッカーが上手いんだけど、ヨウちゃんはいつも練習相手になっていた。あの当時に培われたものは大きいと思うね。圭佑はヨウちゃんに感謝しなければならないよ。この間、僕の母の仏壇を作り替えた時に、本田家の人間が集まって会食をしたんだ。その時、弘幸と圭佑とヨウちゃんの3人が久しぶりに一緒になったんだけど、関係性は変わってなかったね。圭佑はグラウンドの中で表現する時と、家族の中で話をしたりする時とでは全然違うんだよね。外ではふてぶてしく見えるけれど、そんなに大胆なものは持っていない。気の小さい、人に気遣いする男だよ」

 もう一つ、本田少年の芯を形作った要因として、離婚により母親と離れて暮らしたというのも大きいのではないか。大三郎氏は続ける。
 
「それはあるだろうね。だけど圭佑は誰にも言わない。家族にも言わない。でも、ないのがおかしいよね。やっぱり実の母親だからね。子供の頃、家の人に内緒で、兄弟でお小遣いを貯めて、岡山で暮らしていた母親に会いに行ったりしたこともあったみたいだ。これは僕の勝手な想像だけど、今まで頑張ってきているのも、有名になって母親に知ってもらいたい、見てもらいたい、というような想いがあるんじゃないかな」
 
■言ったことに責任を取る 本田が抱く武士の心

 インターネット上で大きな話題になった画像がある。本田が書いた小学校の「卒業文集」の作文で、そこには、日本代表選手になること、W杯で有名になること、そのために人一倍練習すること、そしてセリエAに移籍すること、といった夢が明確に、順を追って書かれている。そのとおり、夢を確実に実現していっている様が、多くの人の驚嘆を誘ったが、大三郎氏はうれしそうに笑いながら言う。

「ウチの家の裏にね、なんでもないドブ川がある。そこには小さな橋が架かっているんだけど、多聞が高校進学に際して親元を離れる際、いつものようにその橋を渡った。その時、『次にこの橋を渡るのはレスリングで日本一になってから。結果が出るまでは渡らない』と言ったんだ。圭佑もそれに似たようなところがあってね、大阪から石川の星稜高校に進学した時、兄貴(満氏)と司が送っていった。兄貴に圭佑の表情はどうだった? と聞いたら、寂しそうと言えば寂しそうだけど、『よう分からん』と言っていたけどね、あの時、ものにならなければ大阪には帰れないと、そういう想いを持っていたんじゃないかな。だから文集にああいうことを書いて、それを実現していっているというのも、一回書いた夢をね、実現できなかったら恥ずかしいと。書いたこと、言ったことには責任を取らなければならない。そうじゃなきゃカッコが悪いと。そういう気質があるんだよね。だから大きなことを公衆の面前で言うのも、強がって、カッコつけてるんだよ。でも言った代わりに、隠れてでも練習しなければならない。それによって、人よりも多く練習することになるんだ」
 
 武士は食わねど高楊枝、という言葉がある。名誉を重んじる武士は、貧しくて食事が取れない時でも満腹を装って爪楊枝を使うことを比喩したことわざだが、大三郎氏が語る本田の少年期と、現在の本田の言動を重ね合わせると、そうした古き良き日本男児の精神が透けて見えてくる気がする。
 
「僕も兄貴もね、熊本の生まれなんだ。肥後のサムライたちは、刀を抜けなかった時代、ツカに大層な装飾をつけて競い合っていた。そうやって見栄を張って、自分を強く見せる。だけど見栄を張った手前、言ったこと、やっていることには責任を取らなければならない。圭佑は大阪で育ったとはいえ、熊本人に育てられたんだから、そういう気質があるのは間違いない。本田の男はみんなそうだよ。臆病者の集まりで、大胆な人間や、天才的な素材を持っている人間はいない。臆病だから強がって、下手くそだから練習する。それをあきらめないで続ける。今の圭佑があるのは、とにかくグラウンドにいた時間が長く、誰よりも練習したからだと思うね」
 
「W杯で優勝する」と、究極の大言を口にしている本田は、日本中の期待を自ら進んで浴び、時にそれを背負い込み過ぎているのではないかと思えるほどの悲壮感を漂わせながら、ピッチに立っている。家系から授かった武士の気骨。楊枝を咥えながら、あえて茨の道を進みゆく姪孫にかける言葉は何か。
 
「圭佑は、追い込まないといけない。追い込まないと新しいものが生まれない男だ。だからうんと背負えばいいと思う。大胆な発言も、もっとやればいい。日本中が敵に回るくらいの発言をすればいい。ケガをして苦しむのも無駄ではない。どんどん苦しめ。人は流した涙の数だけ強くなる。忠義に生きた尼子氏の長、山中鹿介(戦国時代の武将)も『願わくば我に七難八苦をあたえたまえ』と月に祈った。追い込んで、耐えて、練習して、それを乗り越えていく。それが本田の男よ」(了)

文=田中亮平(編集部)

[2013年9月取材 サムライサッカーキング vol.013掲載]

Posted by nob : 2014年01月24日 18:15

同じ人に何度も恋をする、、、

だからますます好きになる。。。

Posted by nob : 2014年01月23日 16:58

私も身体の冷えの自覚がありませんでした。。。

■腰痛、肩こり、頭痛、ひざ痛、ストレス、慢性的な疲れ……
あなたを苦しめているつらい不調の原因は「ココ」にあった!

「冷え」と聞くと、「私は冷え症じゃないから大丈夫」という方もいるでしょう。とくに男性は、「冷えは女性特有のもの」という意識からか、ご自身の体が冷えていることに気づいていない人も少なくありません。しかし「冷えは万病の元」といわれるほど、体が冷えるということは、さまざまな体の不調を招く原因になります。意外に知られていない「冷え」と「健康」の関係とはいったい?

体の不調の9割は
「冷え」を消せば改善できる!?

 「冷え」。

 そう聞くと、ほとんどの方が「手先、足先の冷え」をご想像するのではないでしょうか。だから冒頭でも述べたように、男性の方のほとんどが「自分は冷え症じゃない」と思われるのです(男性は女性に比べて筋肉量が多いので一般的な足先や手先の冷えを感じにくい)。

 ではそんな方に質問です。

 腰痛を感じている皆さん、ご自身の腰を触ってみてください。冷えていませんか?
 肩こりに悩んでいる皆さん、肩に手を置いてみると冷えているな、と感じませんか?
 暑がりだと思っているメタボ気味の皆さん、お腹にそっと手を添えてみると、なんとなく体の中から冷えが伝わってきませんか?

 そう、実は、「体の不調がある=体が冷えている」のです。

 触れてみても、あまり冷たくないから大丈夫という人でも安心できません。実は肌の表面に出てきていなくても、内臓が冷えているということもあります。なかなか疲れが取れない人は、腎臓、肝臓、副腎が、便秘や下痢ぎみの人は胃腸が冷えているのです。

 どうして「冷え」が私たちの体に影響を与えてしまうのでしょうか?

疲れが取れない、風邪が治らない。
それはあなたの体温が低いからかも

 突然ですが、あなたの日頃の体温は何度ですか?

 こう聞かれて「自分の平均体温は~」とすぐに答えられる人は少ないのではないでしょうか。
「子どもの頃は36.5度だったけれど、今はどれくらいかな?」と考えてしまう人がほとんどでしょう。大人になると、風邪でもないかぎり体温は測らないという人が大半だと思います。
「体重だったら測りますけど」と答えてくれる人もいます。ダイエットをしている人だったら、気になって体重は毎日測る。なのに体温は測らない。

 皆さんは体温を測るなんてあまり意味がないと思っているかもしれません。しかし、体温はご自分の体調を知るうえでとても大切な数値です。
 人間の体温は36.5度が適切だといわれています。この体温を維持している状態が、最も免疫力が高まり、健康でいられるのです。だからこそ、風邪をひいたときや調子が悪いときだけ体温を測るのではなく、体調がいい、悪いに関係なく、自分の体調のバロメーターとして定期的に測っておくことが大切なのです。

 実は近年、平均体温がとても低い、という方が増えています。36.5~37度の適切な体温を大きく下回る、36度台ギリギリ、下手をすると35度台という人もいるようです。

 体温が35度台。

 これは体にとってよくありません。自律神経や排泄機能のバランスが崩れてしまいます。こんなに低いと、便秘や肌あれ、肩こりはもちろん、消化器系の不調、月経不順、むくみ、疲れやすい、風邪が治りにくいといった症状が現れます。

 このまま何の対策もしないと、低体温の状態が続きます。すると、ますます免疫力は低下、それに伴い、体調もますます悪くなってしまうのです。
 がんなどの病気も体の冷えが積み重なって発症するといわれています。それほどに低体温は懸念すべき状態なのです。

体の調子が悪いな、そう思ったらまず
「冷え」を疑ってみましょう

 赤ちゃんの体温は37度ぐらいが平均です。大人なら微熱かな?と思う体温です。新生児の時期はとくに高く、その後は少しずつ下がっていきます。10歳ぐらいでいったん落ち着いて、36.5度の平均を維持します。
 やがて高齢になると体温は徐々に下がっていきます。若い頃と比べると、平均で0.2度ぐらい下がるそうです。なぜそうなるのかという直接的な原因は明らかではありませんが、年をとると運動機能や体の生理機能が徐々に衰えていくことと関係があると言われています。

 高齢になって体温が下がるのは自然の流れなのです。
 しかし問題は、若い人の低体温です。先述しましたが、まだ若いのに体温が35度台しかないという人が増えています。子どもでも36度に満たない「低体温児」が最近では珍しくありません。本来ならエネルギーに満ちあふれているはずなのに。

 なぜ体温が低い人が増えているのでしょうか?

 その原因は、現代人のライフスタイルにあります。
 運動不足や偏食、季節を問わず体を冷やすものを食べている、多忙によるストレス、肌を露出するファッション、冷暖房が効きすぎている室内環境、さらには薬や添加物の摂りすぎなどの要因が体温を下げているのです。

 つまり私たちは普通に暮らしている中でも、知らず知らず冷えを招く要因に囲まれて生活しているということになります。

 だからこそ、意識して「冷え」を消すことで、あらゆる不調の改善を図ることができるのです。

 次回からは「不調」と「体の冷え」についてもう少し詳しくご紹介していきましょう。

[DIAMOND online]

Posted by nob : 2014年01月20日 08:15

聞く耳とは、、、

聞きたくない

受け容れたくない事柄に

耳を傾ける力、、、


聞きたいことだけを

聞きたいよう聞くことは

どこの誰にもできること。。。

Posted by nob : 2014年01月17日 22:41

阪神淡路大震災からはや19 年。。。

そしてまた今日も、、、

♬何気ない毎日が

風のように過ぎていく。。。

Posted by nob : 2014年01月17日 22:37

オリンピック返上論にも賛成、、、とにもかくにも原発ストップが火急的最優先課題。。。

■過去に五輪返上論…細川氏、発言の一貫性苦慮

 東京都知事選(23日告示、2月9日投開票)に14日出馬表明した細川護煕元首相(76)は、近く発表する公約作りを進めている。

 過去に2020年の東京五輪・パラリンピックの「返上論」に言及しているほか、首相辞任の引き金となった東京佐川急便からの1億円借り入れ問題の説明責任も求められており、陣営は過去の発言との整合性をどうとるか、対応に苦慮しているようだ。

 細川氏の陣営は、細川内閣で首相秘書官を務めた成田憲彦・駿河台大教授や、民主党元参院議員の円より子氏ら日本新党時代のつながりを中心に「勝手連」的にそれぞれ集まり、出馬に向けて準備をしている。陣営関係者によると、細川氏は当初、14日に小泉元首相の支持を取り付けて「脱原発」を目指して出馬する意向を明らかにし、翌15日に記者会見で他の公約を発表する段取りだったが、準備などに手間取り、記者会見は延期された。

 懸案となっているのは、細川氏の過去の言動との整合性だ。特に東京佐川急便からの1億円借り入れ問題への説明が難題で、陣営内では「きちんと返しており、30年以上昔の話で問題がない」との楽観論もあるが、猪瀬直樹・前東京都知事が5000万円の献金問題で辞任した出直し知事選だけに、注目される可能性は高い。陣営内には「最初に答えて、後の質問は『類似』として受け付けない」といった意見も出るなど、対応に神経をとがらせている。

 また、昨年末に 径 ( こみち ) 書房から出版されたジャーナリストの池上彰氏の著書でのインタビューで言及した「五輪返上論」も波紋を広げている。細川氏は東京五輪について、「安倍さんが『オリンピックは原発問題があるから辞退する』と言ったら、日本に対する世界の評価が格段に違ったものになっていた」と語っている。

 原発は国の政策だが、五輪は開催地の都知事が取り組む重要課題だけに、他候補から追及されるのは必至で、陣営関係者は「選挙にマイナスだ」と漏らしている。

[読売新聞]

Posted by nob : 2014年01月17日 22:25

そのとおり!!!Vol.33

■世界はナショナリズムの暴走に歯止めをかけられるか
2014年、安倍首相の転換を願う

田中秀征 [元経済企画庁長官、福山大学客員教授]

 新しい年は、1914年の第一次世界大戦の開戦からちょうど100年になる。偶発したサラエボでの「一発の銃声」が世界を巻き込む大戦争に発展したことを、現代人はあらためて想起して、ナショナリズムの暴走に歯止めをかけねばならない。

 近年、多くの国の政権が、経済のグローバリズムと政治のナショナリズムを併用して国の統治をしているように見える。

 元来、この2つは相反するものであって両立させることが困難であるはずだ。

 グローバル経済は、モノ、カネ、ヒトの自由な交流によって、国境の塀を低くする。

 だが、国家、民族、宗教を優先価値とするナショナリズムは、国境の塀をどんどん高くしてしまう。

 それにもかかわらず、多くの国、特に新興国の一部では、意図的、意識的であるかはともかく、この2つをいわばセットとして活用し、国を統治している印象だ。

 これらは根本的に相矛盾するものだから、いつかは必ず破局を招くことが必至である。

 中国や韓国の現状はそれに近いように見えて心配になる。エジプト、トルコ、あるいはブラジルなどの大規模デモや暴動も、一見違うように見えるがこの矛盾が根底にあるように思われてならない。

急速なグローバル化が巻き起こす
経済格差、ナショナリズムの先鋭化

 グローバル経済は必然的に経済格差を生む。私はそう考えている。これが世界の雇用、賃金水準が平準化するまで続くとしたら、少なくとも今後2、300年間は経済格差が拡大し続けるのかもしれない。

 グローバル経済下では、権力上層部が他国のそれと連携して権益を拡大確保する。マラソンで言えば、第一グループが手厚く援護されて、第二グループが軽視されるから、その差は否応なく広がり、第一グループの背中さえ見えなくなってしまう。

 こうなると、第二グループはナショナリズムに熱狂する他に不満のはけ口がなくなるではないか。また、権力側はすすんでナショナリズムを煽り、矛先を他国に向けさせて自らの保身を企てることになる。失業者や低所得者が尖閣問題に熱中しなければ、中南海の指導者は気を休めることができないのだ。

 日本は、この轍を踏んではいけない。過剰なナショナリズムで日本を挑発する国と同じ次元で争わないことが何よりも重要である。日本は攻撃的ナショナリズムではなく、防御的ナショナリズムに徹するべきである。他国の主権侵害は絶対にしないと同時に、自国の主権侵害を断固として許さずはね返す。そんな一段格上のナショナリズムを目指そうではないか。

 安倍晋三首相の「積極的平和主義」はこんな方向を目指すものであることを願っている。

 ところが、最近の安倍首相の言動は、多くの国に誤解や疑念を生んでいる。特定秘密保護法、集団的自衛権の行使への熱意、さらには唐突な靖国参拝などが、米国をはじめヨーロッパ諸国、東南アジアまで「失望」させ、疑心暗鬼にさせている。

 さて、経済のグローバル化は、そのスピードが急速であればあるほど、格差の拡大も急激となり、またナショナリズムの先鋭化も速くなる。

 とにかく今年は拙速なTPP合意を含め、グローバル化を急がずに、ここで一息ついて遠くを見る必要もある。

 首相の6日の記者会見は、むやみに馬にムチを当てる感じではなく、首相にしては精一杯抑制されたものと受け取った。もしや、このままウルトラナショナリストのような評価が欧米でも定着したらそれこそ不本意であろう。新年は首相が転換する機会である。

[DIAMOND online]

Posted by nob : 2014年01月15日 17:15

言い得て妙。。。Vol.15

いずれの記事も

鳥井謙吾
合同会社FunFanLifework 代表

[AllAbout newsdig]


★絶対に起業に失敗したくない人はコストを最小化してやってみよう

弱点はアゴとジェットコースターです。おはようございます。起業・集客コンサルタントの鳥井です。起業ってのは何かどうしても危ないものだとか、危険が付きまとうみたいに考えられている節がいまだに強いですよね。たくさんのクライアント様からご相談をうけていて、日々それを強く感じています。

そこで今回は、僕がこれまで実践してきた「絶対に失敗したくない時のビジネスの始め方」についてお伝えします。

■コストを最小化した形を考えて実際にやってみる

まずは、自分がやりたいことや、ビジネスとしてやってみたいことがあるなら、それをコストが一番掛からない形で小さく実現する方法がないかを考えましょう。

例えば、「カフェとか飲食店とかを開きたい!」みたいな人ってのは、いまだに結構いたりしますよね。でも、いきなりお店をOPENするのってお金がかかるし、失敗するかもしれないから怖くてできない……なんて状態だとします。

まぁ正直な話、カフェなんて単価とか回転率とか競合性とか色々考えてみても、個人が始めて儲かるイメージが全く湧かないからあんまりオススメしないけど、でもやりたいならやったほうがいいよね。人生は一度きりで、明日死ぬかもしれないんだから。

そういう人は、まずはコストを最小化した形で実際にやってみることをオススメします。例えばカフェでも、いきなり開業してやる必要なんかないですよね。場所や機材はレンタルすればいい。

自分が思っているコンセプトで、実際に一晩だけでもいいからカフェをOPENしてみる。スタッフも知り合いレベルでもいいから調達してみる。目標を決めて、人を集めてみる。そうすると、スターバックスで1年アルバイトするよりも、よっぽどいい経験になる。オーナーとしての、人、モノ、金、情報、時間などの資源を扱う視点が分かるから。

セミナー講師なら会場レンタルしてちょろっと開催してみればいいし、ITベンチャーなら自分でプログラム組んでみてアプリとか販売してみればいい。どんなビジネスも、コストを最小化した形にすれば、実は明日できるようなものばっかりです。

■やってみると、モチベーションの穴が分かる

例えば、カフェをやりたいと思っている人がよくやってしまうのが、「準備資金を貯める」とか、「飲食店で修行する」とか、「不動産の価格を調べる」みたいなこと。うん、もちろん資金も必要だろうし、飲食の経験も必要だろうし、エリアの相場とか価格帯とかを知ることも大切だと想います。

でも、それをいくら事前にやっても、大抵の人は失敗する。なぜかというと、やってみないと分からない細かいことが死ぬほどあるから。そして、その細かいことが自分の興味関心を奪っていき、モチベーションが死ぬ可能性があるから。

例えば、飲食店なんかをOPENしてみると、まずは労務管理で死ぬ。採用がうまくできない、もしくはできたけど辞めていってしまう。もしくはうまく育たなくてイライラする。採用に関して想像以上にコストがかかる。シフトの調整がうまくいかない。辞めた人間と給与に関してもめる。レジからお金を勝手に使ってしまう……その他その他その他……。

なんてことが当たり前に起こる。毎日。で、こういったことはオーナーとして開業をやったことが無い人には分からないし、細かい部分まではリアルに想像ができない。もしかしたら、店内のデコレーションやPOPなんかも自作しなくちゃいけなくなるかもしれない。仕入れや廃棄率のコントロールが予想以上に負担に感じるかもしれない。こういった、自分がイメージしていたのと全く関係ないいわゆる「業務」と呼ばれる部分が大量に、それはもう大量に発生する。

これにやられて、みんなモチベーションが下がってしまう。結果として、「思っていたのと違う」となって撤退する。この業務や雑務を乗り越えてもやりたいことなのかを検討できていない、つまりモチベーションに穴がある状態で、開業して失敗する人が多いです。

だからまずは小さくやってみることで、そのあたりを色々とチェックできます。できれば、継続して定期的に開催してみたらいいですね。それでもモチベーションが続くようならきっと成功しますよ。

■やってみると、顧客の目線になれる

ビジネスで一番大切なのが、顧客目線です。ちゃんとした立派な事業計画書なんかいらないです。顧客目線さえあればビジネスはうまくいく。でも、素人の状態からいきなり開業とかビジネスをスタートさせようとすると、結構この「顧客目線」をイメージできていない人が多い。

「自分がこうしたい」とか、「自分はこれが素敵だと思う」みたいな情熱とか想いが先行して、しっかりした顧客目線を醸成できずにスタートしてしまう。

カフェとか飲食店でも、「気の合う仲間が集まってワイワイできる場所を作りたい」みたいな、もう素人感満載の理念とかイメージのまま開業しちゃう人をたくさん見てきました。他にも、「自分らしい人生を送れる人を増やしたい」みたいな感じで、ライフコーチとかライフプランナーとかやっちゃう。

うん、もちろん情熱は大切なんだけど、人に評価されないとタダの変な人だからさ。人に評価されないと、起業家はホームレスだから。こういう人は、顧客とかマーケット、市場の目線になれていない。「(自分が)こういうのがあったらいいのに」とか、「(自分が)相手にこうなって欲しい」みたいな気持ちのままになってる。

だから、「自分は絶対に必要だと思うんです!こんな風に考えています!」みたいなことをガンガンアピールしてるんだけど、思ったより評価されない。当たり前だけどそれじゃだめで、「相手が本当にそれを欲しがっているのか」が大切ですよね。

熱も大切だよ。想いがないとダメだけど、それだけじゃダメという話。

小さくやってみるとその辺が顕著に分かります。意外と全然評価されないから。お金とってやってみたら分かるよ。少ない金額でもいいから、しっかり課金して定期的に開催してみると、リピート率とかアンケートの結果とかですごくリアルに分かる。

目安ですが、アンケートで「自分にぴったりの内容だった」という声が増えてきたり、同じ開催内容でもリピートしてくれたりする人が現れたら、顧客目線と自分の発信したい内容が刷り合ってきていると思っていい。

そこまでは、コストを最小化した形で、小さくやってみたほうがいいです。何が評価されるのか。自分の方向性は合っているのか。小さくスタートして、顧客の声に耳を澄ませて、調整していくことをオススメします。

■5~6回は開催してみよう

目安ですが、5回とか6回くらいは、不定期でもいいのでコストを最小化した形でやってみることをオススメします。これを経験してから起業・開業するのと、とりあえずで知識や資金を集めただけで起業・開業するのでは、成功率に天と地の差が出ます。

まずはコストを小さい形にできないか。今週末くらいに、企画を練ってみてください。なんかアイデアが湧かないなぁ……と言う人は、僕のメルマガで企画やアイデアの出し方とかも解説しています。参考にして見てください。

この次に大切なのが、「事前にリストを取ること」なんですが、そのあたりについては

絶対に失敗しないビジネスの始め方があるとしたらコレです
(引き続き以下にクリップしてあります)

こちらの記事に書いておきました。参考にしてみてください。あなたのチャレンジを応援してまーす!


★絶対に失敗しないビジネスの始め方があるとしたらコレです

元気があれば何でもできる。おはようございます。起業・集客コンサルタントの鳥井です。

将来的に自分で稼げるようになりたいと思っている人が、起業とか独立とかのリスクを最大限減らして確実に成功するための方法について、先日も

絶対に起業に失敗したくない人はコストを最小化してやってみよう

という記事を書きました。ご好評いただいてありがとうございました。今回はその続きを書きたいと想います。

先日の記事では、まず自分のプランをコストが最小化する形に直してやってみるという手法をお伝えしましたよね。でも、それだけだと足りないものがあって、それが顧客リストです。その辺のお話。

■顧客リストを取得するのに商品なんかいらない

さて、WEBの業界では当たり前なのに、みなさんがあんまり知らないことのダントツ一位が、これかもしれません。つまりですね、ビジネス始める時というのは、普通の人が思ってるのと順番が逆なんですよ。

普通は、ビジネスとか商品とか店舗とか、とにかく何でもいいから「売るもの」や「紹介するもの」が先に存在して、それを販売する先として顧客がいるという認識だと想います。

でも、外さないビジネスのやり方はその逆です。先に顧客(正確には見込み客)が集まっていて、その人達が欲しそうなビジネスや商品を後から考えて作ってるんですよ。

だから、売れる。だって、欲しい人がもう既にいるんだもん。

僕も、僕のクライアント様も、新しく参入したジャンルで実績が無い状態でも、ポンポンと商品が売れるのはこれが理由です。先に欲しい人を集めているから。それに尽きます。

このリリース前に見込み客リストを集めているかが非常に大きな差になります。

■先にリストを集めるってどうやるんじゃい

例えば、先日の記事と同じようにカフェや飲食店をOPENしたいと思っている人がいるとします。でも、色々と資金や準備が……みたいな事を考えて中々実現できないでいる。

そしたら、まずは別の記事で書いたようにコストを最小化してやってみること。それによって、モチベーションの穴と、顧客のニーズを事前に把握する。

そして同時に、OPEN前の期間で見込み客のリストを集めまくりましょう。例えばOPEN前の一年間で、イメージしている店舗と同じようなコンセプトで、イベントなどを定期開催します。規模は最初は小さく初めて、徐々にOPENまでに大きくしていく。そのイベントに来てくれた人は、全て連絡先などを入手してリストにしていきます。例えば、名前とメールアドレスを入力してWEBから申し込むような形にすればいい。

あと、僕だったらメディアのプロなのでブログなどを利用して情報を発信していきます。店舗が無い状態でも、発信できることはたくさんある。例えば定期開催しているイベントの様子などはUPできますよね。他にも、なぜ自分がその店舗をやろうと思っているのかにまつわる過去の話とか。その店舗で提供しようとしているメニューのレシピをこっそり公開するとか。自分がいいなと思う都内のおしゃれカフェの楽しみ方を紹介するとか。

結局は、自分がビジネスで提供しようとしている価値をしっかり把握できていれば、メディアでの集客なんてのはどんなビジネスモデルだろうが、商品がまだ無かろうが関係なく成功する。

この辺はちょっと文章だと説明が難しいので、youtubeとかでも発信していってるので「鳥井謙吾のB型起業人チャンネル」も是非チェックしてもらいたいですが。とにかくそうやって、先に欲しい人を集めちゃうんです。

■必要なのは事業計画書じゃなくて、見込み客リストじゃない?

想像してもらいたいですが、自分が新しく店をOPENした際に、OPENしてから初めてWEBや広告や看板を使って告知や集客を始めるのと、OPENのタイミングで既に自分の店舗に興味があって連絡まで取れる人が5,000人いるのと、どっちが成功しそうですかという話です。

単純です。どんなビジネスモデルでも一緒です。WEBビジネスとか何ビジネスとか、関係ないんですよ。ビジネスは基本、顧客がいれば成立するので。

OPEN前にアホみたいに皮算用の事業計画書を書いている人をたくさん見てきましたが、余程の経験者じゃない限り、計画書通りにいくことなんて無いです。

そんな事に時間を使うヒマがあったら、リストを取ってください。自分がやりたいことや興味のあることを利用して、事前に興味のある人を集める。ブログやソーシャルを利用すれば、月に数十万人にアプローチして、1,000名単位で見込み客リストを作ることが可能なわけです。

うまく自分に直してイメージできない人は「鳥井謙吾のB型起業人チャンネル」で今後も発信しますので、勉強するべし。

■まとめ

まぁつまり、ビジネスは始める前からほぼ決まっているということです。勝負は、始める前に決まってます。

成功するための準備としての、前回の記事と今回の記事でした。

やっぱり、顧客目線に尽きますね。なんだかんだ。

楽しんで、あんまり大げさに考えずにビジネス始めてみてください。以上。

Posted by nob : 2014年01月15日 16:21

私も、数日前からレモン水(レモン入り生フルーツジュース)を始めました。。。

■身体にたまった毒を出すには、朝1番の「レモン水」が効果的

お正月や新年会シーズンも終わりを迎え、「気付いたら、冬太りから脱出できずにいて困っている」という人も多そうです。でもこの寒さの中、無理に食事制限をするダイエットでは、すぐに風邪をひいてしまうという悪循環にもなりかねません。そこでおすすめなのが、「レモン」を使ったデトックス。

朝の「レモン水」で、体の毒素を追い出す

フランスで話題になった書籍『CITRON MALIN』によると、食べ過ぎや飲み過ぎ、ストレスなどにより体内に蓄積された毒素を追い出すには、まず消化器系のデトックスから始める必要があるといいます。そのためには、解毒や利尿作用を促すことで、脂肪細胞内にたまった毒素や水分を排除することが重要なポイント。そのために、朝1番に「レモン水」を飲むのが良いのだそう。

1.朝食の30分前に、コップ1杯のぬるま湯にレモンを絞って飲む
2.以後、1日7〜9杯のレモン水を飲む(水約1リットルに相当)

こうすることで、血液中の老廃物や余分な水分を尿で排出する機能をもつ、腎臓のはたらきを活性化させることができるといいます。

もちろん、毎回ぬるま湯にレモンを絞っていれることは難しいので、朝1リットルのペットボトルにレモンを絞り、1日かけて飲み終えるようにするのもおすすめです。また、レモンにはビタミンCがたっぷり含まれているので、寒い冬の時期にはとっておいて損はありません。風邪対策も同時にできます。

寒い冬は、レモンでデトックス風呂

寒いこの時期はゆっくりとお風呂に入るという楽しみがありますが、ここでもレモンを使うことで、デトックス風呂が完成します。

1.39〜40度くらいのお湯に、レモン2〜3個をしぼる。この時、レモンの皮も一緒に入れる
2.お湯に20分ほどゆったりとつかることで、レモンのエキスを肌表面からとり入れる

レモンは、美容、健康、掃除に万能と言われています。フランスで人気のある『CITRON MALIN』では、レモンの効用や使い方が1,001種類にものぼって紹介されています。ナチュラルで気軽にビタミンを補給しながら行えるレモンのデトックスなら、安心して試すことができそうです。

[CITRON MALIN]

water with lemon via Shtterstock

(文:下野真緒/南仏在住ジャーナリスト・エディター)

[cafeglobe]

Posted by nob : 2014年01月15日 16:07

言い得て妙。。。Vol.14

■ザ・世論~日本人の気持ち~

小川 たまか [編集・ライター/プレスラボ取締役]

子どもの96.9%が「日本が好き」な一方で苦言も!
政治家は耳が痛い「日本の嫌いなところ」

 ベネッセが子どもたちを対象に行った調査によれば、96.9%が「日本がとても好き」「どちらかといえば好き」と答えたという。大人に同じ調査を行った場合、どのような結果となるかも気になるところだが、子どもたちは日本のどんなところが「好き」だと感じているのだろうか。調査結果を見てみたい。

 調査は2013年11月27日?12月3日にかけて実施。調査対象は小学校1年生~高校3年生までの1626人。

 調査結果によれば、「あなたは日本についてどう思いますか?」という質問に、「とても好き」と答えた子どもは52.2%、「どちらかといえば好き」は44.7%だった。

 「どんなところが好きですか?」と聞いた質問に集まった回答は次のようなもの。

「優しい人が多い」
「日本人の謙虚さ」
「マナーを守る人が多い」
「景色がきれいな場所が多い」
「おすしなど日本食がおいしい」
「アニメがたくさんある」
「鉄砲がない」
「安心して住める」
「交通網が進んでいる」
「戦争がない」

 また、「あなたは今、幸せですか」という質問に「とても幸せ」と答えた子どもは33.0%。「どちらかといえば幸せ」と答えた子どもは60%だった。

 日本を「好き」と答えた子どもが大多数であること、さらに「とても幸せ」「どちらかといえば幸せ」と答えた子どもが多いことは、ある程度日本の大人をほっとさせる結果だろう。また、日本に暮らしているとある程度「当たり前」として受容してしまう、「安全性」についても、子どもが特別なことであると理解していることがわかる。

 ただし、「日本のどこが嫌いですか?」という質問に集まった回答は耳が痛くなるものもある。

「いじめが多い」
「はっきりNOと言えない」
「細かいことでごちゃごちゃ言う」
「地震が多い」
「家が狭い」
「勉強ばかりしなくちゃいけないところ」
「お金持ちとそうじゃない人の差がひどい」
「景気が悪い」
「政治家の大人げない発言」
「原子力があるところ」
「外国に対して遠慮しがち」
「英語を話す機会が少ないところ」

 こういった子どもたちの意見を、「大人が言うことの受け売り」と言う人もいるかもしれない。確かにそういった部分はあるだろうが、「子どもは社会を映す鏡」とはよく言ったもので、子どもたちの言葉だからこそストレートに伝わってくるところはある。

「テレパシーが通じる」「がんがなくなる」
子どもたちが思い描く未来は

 また、アンケートでは、2020年と2050年の未来がどんな風になっているか、子どもたちが想像することについても聞いている。集まった回答は次のようなもの。

■2020年

「スマートフォンやタブレットを子どもからお年寄りまでみんなが持っている世界」
「学校の授業がコンピューターでできるようになる」
「アナログへの回帰」
「人型ロボットが活躍する時代」
「治せる病気が増える」
「自動運転車が普通に走っている社会」
「再生可能エネルギーが主役になっている」
「暑くなって、いろんな動物や植物の生態系が変わっている」
「英語が必要になる」
「英語が話せなくても世界中の人と話せる機械ができていて、英語の勉強をしなくてもよくなる」

■2050年

「携帯電話は思っただけで通じるようになる」
「テレパシーが使えるようになる」
「ドラえもんみたいなロボットができている」
「がんがなくなる」
「空を車が飛んでいると思う」
「宇宙エレベーターが完成して、宇宙旅行が身近になる」
「原発に代わる新しいエネルギーの開発に成功」
「戦争がない平和な地球」
「スターウォーズのような世界で、いろいろな惑星に自由に行き来できる」

 2050年の世界から戦争はなくなっていると思うかという問いに、「はい」と答えたのは34.6%、「いいえ」と答えたのは65.4%だった。

 子どもたちが未来に希望を持てる時代をつくることが大人たちの仕事。そのために何をできるのかを考え続けたいものだ。詳細は、ベネッセの教育情報サイト内「子どもの96.9%が「日本が好き」 日本を憂い未来を見据える、大人顔負けの目 「未来予想」【前編】」「視点はグローバル いまどきの子どもの未来予想 「未来予想」【後編】」から確認できる。

[DIAMOND online]

Posted by nob : 2014年01月15日 15:52

彼の真意がどこにあれども、、、脱原発への影響力に期待。。。Vol.28

■都知事選:細川氏出馬表明「原発は国の存亡に関わる問題」

 猪瀬直樹氏の辞職に伴う東京都知事選(23日告示、2月9日投開票)で、細川護熙(もりひろ)元首相(76)は14日午後、「私も都知事選に立候補する決断をした。日本のさまざまな問題、特に原発の問題は国の存亡に関わる問題だ」と述べ、都知事選への出馬を表明した。東京都内のホテルであった小泉純一郎元首相との会談後、記者団に語った。小泉氏も会談後、記者団に「原発の問題で共感できる。細川氏を強力に支援していきたい」と述べ、細川氏を全面的に支援する考えを示した。細川、小泉の両元首相の脱原発での連携で、原発政策が争点として急浮上し、安倍晋三首相の政権運営にも影響しそうだ。

 会談は約50分行われた。小泉氏は記者団に「原発ゼロで日本は発展できる。それが細川氏を支援する最大の理由だ」と説明。「原発問題は都政と関係ないと言うが、東京が原発なしにやっていけるという姿をみせれば、必ず国を変えることができる。国政にも十分刺激を与える」とも述べた。さらに「原発ゼロでも日本は発展できるというグループと原発なくして日本は発展できないというグループの争いだ」と強調。支援の方法については「演説会や会合に出て支持を訴える」と語った。

 細川氏は15日にも出馬の記者会見を開く。細川氏は政党の推薦を受けず無所属で立候補する意向を固めている。民主党は推薦などを出さずに、実質的に支援する意向だ。

 ただ、細川氏は1998年に政界を引退して15年以上経過している。このため、陣営内には知名度が高い小泉氏との連携は不可欠との声があった。今回の会談で小泉氏が支援を明言したことで、出馬を決断した。

 都知事選には、舛添要一元厚生労働相(65)▽前日弁連会長の宇都宮健児氏(67)▽元航空幕僚長の田母神俊雄氏(65)▽発明家のドクター・中松氏(85)らが出馬する意向を表明している。【光田宗義、阿部亮介】

[毎日新聞]


■細川護熙元首相が都知事選出馬を表明 小泉純一郎氏が支援

細川護熙(もりひろ)元首相が1月14日、都知事選に出馬することを表明した。同じく元首相の小泉純一郎氏と同日、都内のホテルで会談したあとで記者団に話した。細川氏は都知事選で掲げる「脱原発」などの公約を説明し、小泉氏は支持する考えを示したという。時事ドットコムは次のように報じている。

細川氏は、「脱原発」を重要争点に据えて出馬する考えを伝え、同じく脱原発を唱えている小泉氏に支援を要請。小泉氏は応じる考えを示した。小泉氏は会談後、記者団に「細川さんのために私も積極的に頑張る」と述べた。

(時事ドットコム「細川氏が出馬表明=小泉氏は支援-都知事選」2014/01/14 13:15)

都知事選は1月23日告示、2月9日に投開票される。今のところ、自民党が支援する舛添要一元厚生労働相、共産・社民両党が推薦する日弁連前会長の宇都宮健児氏、元航空幕僚長の田母神俊雄氏らが出馬する意向を示している。

ニコニコ生放送の収録動画によると、二人が記者団に話した主な内容は以下の通り。

細川護熙元首相

「(小泉氏とは昨年の)10月21日にお目にかかったんですが、それから久しぶりに今日お目にかかって、今度の都知事選の問題もそうですが、国の抱えている全般に関して忌憚のない話をしました。示唆に富んだお話をいただいて、私も今度の都知事選に立候補するという決断を致しました。

ついては、是非、小泉元総理の強力なご支援をお願いしたいと申し上げて『よし、自分もやるから』という話を頂いたので本当に心強く思ってます。(決断した最大の理由は)今の日本の様々な問題、特に原発の問題について国の存亡に関わる問題だと思っているからです」

小泉純一郎元首相

「昨年10月にお会いしまして、『この国の形をどうするか?』と、特に原発の問題で共感できるところがたくさんあったものですから、今回、細川さんが都知事選挙に立候補する決意を固めたという話を伺いまして、心から敬意を表したい。そして私も喜んで積極的に、細川さん当選のために頑張るということをお伝えしました。

(具体的には)演説会やさまざまな会合があると思いますから、そういう場に私も出て良ければ出て、細川支持を訴えます。『原発は都政とは関係ない』という人もいますけど、私が一番重視しているのは『原発どうするか?』です。

私が細川氏を支持する最大の理由は『原発がなくても日本は発展できる』というところです。東京が原発なしでもやっていけるという姿を見せれば、必ず国を変えることができる。国政にも十分に影響を与えるだろうと。だから、細川さんが当選できるように頑張ります」

[ハフィントンポスト]


■都知事選は原発の是非を問う選挙になった!

田中秀征 [元経済企画庁長官、福山大学客員教授]

 14日正午、細川護煕、小泉純一郎両元首相が会談。ここで細川氏は都知事選への出馬の決意を伝え、小泉氏の支援を要請。小泉氏はその決意を歓迎し、全面的な支援を約束した。

 両氏は会談後、報道機関の質問に答えて会談内容を明らかにした。細川氏は出馬の決意を公に表明し、小泉氏は全面的支援の意向を明言した。

 これによって、23日に告示される東京都知事選挙が、国政の課題、特に原発の是非を最大の争点にして争われることが確定的となった。

細川氏が都知事選出馬を決め
小泉氏が支援を決めた最大の理由

 細川氏は都知事選立候補の最大の理由を問われてこう述べた。

「今の日本のさまざまな問題、特に原発などについて、非常に私なりに国の存亡に関わる問題だという危機感を持っているからだ」

 要するに、細川氏は原発問題を「国の存亡に関わる問題」と規定し、知事選の最大の争点とする認識を明らかにした。

 これに対して小泉氏はこの都知事選の性格をいかにも小泉流で明確に規定した。

「(この都知事選挙は)『原発ゼロでも日本は発展できる』というグループと、『原発なくして日本は発展できない』というグループの争いだ。私は『原発ゼロで日本は発展できる』という考えに立っている。それが私の細川さんを応援する最大の理由だ」

 すなわち小泉氏は、この都知事選が原発の是非を問う選挙になると断定しているのだ。

約7割が「原発の在り方争点化」に賛成
もはや是非を問うことは避けられない

 これに対して安倍晋三首相は外遊先のモザンビークで記者団にこう語った。

「エネルギー政策は東京都だけでなく、国民みんなの課題だ。都知事としての課題もバランスよく議論されるべきだ」

 これは日本時間13日未明の発言である。14日の両元首相の会談を強く意識し、それを牽制する狙いと受け取られる。

 安倍首相は、原発の是非が、都知事選の突出した争点となることを恐れているのだろう。

 しかし、この首相発言も逆に原発問題の争点化に拍車をかけている。

 12日と13日に実施されたANNの世論調査によると、都知事選で「原子力発電の在り方」が争点になってもよいとした人が、何とほぼ7割に達した。もはや争点化を回避できないどころか、それに異論を唱える人は「議論を封じて原発を推進する人」と見なされかねない状況となった。

 細川出馬、小泉支援が明確になった今は、一段とその傾向は強まっているに違いない。

 この上、都知事選の第一声で両者がマイクを握れば、この選挙が原発の是非を問う実質的な都民投票になることが避けられなくなった。「何となく再稼働」はもうあり得ないのだ。

 一体、政府が「エネルギー基本計画」案で、原発を「基盤となる重要なベース電源」と規定している以上、都の経済や生活、あるいはオリンピックを議論するには、その基盤の是非を問うのは当然のこと。都政の課題を問う議論を相撲に例えれば、どんな相撲をとるかという以前にその土俵をどうするかという問題であろう。

 この際、原発推進派は堂々とこの争点化を受け入れ、原発の必要性を掲げて都知事選に臨む他はない。

細川、小泉両氏の「本気」を
覆すことのできる人はいない

 細川、小泉両氏には、原発を容認してきた「世代の責任」への痛切な思いがある。単に1人の世代人としてではなく、トップの政治指導者として容認、推進してきた反省と後悔を共有している。その深さは同じく「世代の責任」を感じる私などとは比べものにならないだろう。

 2人をよく知る私から見て、捨て身の決意で“最後の仕事”に挑む彼らの「本気」を覆すことのできる人がいるはずはない。

[DIAMOND online]

Posted by nob : 2014年01月15日 15:49

なるほど、、、早速試してみたいと思います。。。

■○○で効果倍増!身体ぽかぽかになる正しい半身浴のやり方

シャワーでなくきちんと浴槽につかることが、冷え性対策やストレス発散に有効なのは、もはや常識ですよね。でもどうせ入浴するなら、効果倍増したい!

そんな欲張りなあなたに『AneCan』2月号「24時間“温活”ライフ!」より、効果アップの半身浴のやり方をお届けします。

まず準備するのは「塩」。お風呂に塩を入れることで、保湿&発汗効果がアップするんです。バスソルトなど、塩入りの入浴剤もたくさん出ているので、好きな香りのものを選んでみて。ちなみに私は安売りしてたときはクナイプのバスソルト、あるいはスーパーで売ってる天然塩をひとにぎり適当にぶっこんでます。

~正しいお風呂の入り方(半身浴)~

1:食後2時間以上あけてから入浴する
2:塩を入れたお風呂の温度は38~40℃とやや低めに設定
3:入浴前に常温の水をコップ1杯飲む
4:ぬるめのシャワーを足の先から、ひざ、腰、お腹、上半身の順にかけてから湯船におへそまでつかる
5:5分たったら浴槽からいったん出て、手とひざから下にぬるま湯と熱いお湯(42℃)を交互にかけ、また浴槽にin
6:5と6を5セット繰り返す
7:1時間以上の入浴は危険! 入浴後はコップ1杯の水を飲む

半身浴って、おへその丈までぬるめのお風呂に長くつかるんだと思っていましたが、5セットとはなかなか慌ただしい!身体の芯から温めるには表面だけを温めすぎないことが大切なので、ついついのんびりしすぎるところを、ぐっとこらえて挑戦してみたいと思います。(安念美和子)

[Woman Insight]

Posted by nob : 2014年01月12日 16:14

確かに、、、依存従属心から脱却して、好きなこと楽しいことを追い求める自らに最大限リスクすること。。。

■心と体のアンチエイジング
脳を老けさせないOK習慣

脳にとっての“成人式”は30歳前後

物忘れが多くなった!と感じたことはありませんか? でも大丈夫。

今からでも十分脳は成長できるそう。そこで、専門家に脳をいつまでも若々しく保つ方法を教えてもらいました

脳の栄養は経験や体験 刺激を与えて活性化させて

 「20代、30代の脳はまだまだ成長期。脳にとっての“成人式”は、30歳前後です」と話すのは、脳科学の専門家で、「脳の学校」代表取締役の加藤俊徳さん。実は、WOMAN世代は、老化を心配するよりも、脳を発達させることができる伸び盛りの時期だと認識することが大切なのだという。

 “カリキュラムに沿って過ごす”学校生活から卒業し、社会人として“自分で選択する”生き方が始まる20代は、「脳が柔軟に物事を吸収しやすいとき。新しいことに挑戦して、体験や経験を積むことで、記憶や知識を蓄える脳領域が成長します」。続く30代では、20代の経験のなかから“好き”“楽しい”と感じたことを続けたり、経験を深めたりすることで、物事を理解する脳領域が活性化していくという。

 「脳の神経細胞の数は、生まれたときが一番多く、年齢とともに減少しますが、使われていない未熟な脳細胞は、新しい刺激によって発達します。そして、ネットワークが強化されることにより、脳はさらに成長できるのです」。

 脳の老化予防のために、やっておくべきこと、やめたほうがいいことは今回と次回で示す通り。

 脳の成長力は年を重ねるほど個人差が大きくなるそう。ぜひ、今日から脳トレ習慣を身に付けて、脳の若さを維持しよう。

やっておくべきこと

脳は好奇心や前向きな考え方を持つことで、働きが活発になる。また、苦手なことに挑戦すると、普段使わない脳領域が刺激を受けて活性化する。好きなこと+少しの負荷で脳を元気にしよう!

1.楽しいこと・ワクワクすることをする
「多くのことに好奇心を抱き、楽しいことや未体験のことにどんどん挑戦して。それが脳の一番の栄養になります」。楽しい刺激で脳の成長が促進される

2.1日1回、心から「ありがとう!」を言う
感謝は相手の気持ちを感じられるからこそ出てくる言葉。脳の中で“感性”を磨く部位を使うことにつながる。普段から、小さなことにも感謝する気持ちを忘れないにしよう

3.1日1回、自分を声に出して褒める
1日の最後に、今日できたことを声に出し、自分を褒める。自分を卑下するのではなく、褒めることを習慣化すると、脳はだんだんとストレスに強くなっていく

4.利き手と反対の手で雑巾がけをする
体を動かしながら、効率のいい拭き方を考えるなど、脳の様々な部分を使う雑巾がけ。これを利き手でない手で行おう。「普段やり慣れないことは、脳を活性化します」

5.すれ違う車のナンバーを足し算する
運転やスポーツは、対向車や相手の動きを「よく見る」必要があるので、視覚系の脳領域を強化する。バスに乗ったときにも、対向車のナンバーを足し算して「見る」目を養おう

6.1日1個、新しい単語を覚える
新しい情報への関心や記憶力が衰えるのを防ぐため、意図的に脳を動かす習慣を持とう。興味がある記事で見た、意味不明な言葉を調べて覚えると、記憶力も好奇心も刺激でき◎

7.草木や野菜を育てる
植物などの生き物は、なかなか思い通りに育たない。自然環境の変化に合わせて、臨機応変に対処することで、分析力や判断力を養う脳の領域が使われる

8.入浴後に全身ストレッチをする
「体がこると、脳の運動領域の酸素消費が増え、ほかの部分への酸素供給が不足し、思考力が鈍ることがあります」。入浴後のストレッチでこりをほぐして、効率的に働く脳を保とう

9.良質な睡眠を取る
脳には休息も大事。24時前には照明を消し、睡眠時間をしっかり確保して。ぐっすり眠っている間に脳の情報が整頓されるので、翌日の思考力もアップする

[日経ウーマンオンライン]


■心と体のアンチエイジング
脳を老けさせるNG習慣

マイナス思考やマンネリ、過度なストレスは脳の大敵!

やめたほうがいいこと

「楽しい」「新しい」と感じることが脳の栄養だとしたら、脳の成長の大敵は、マイナス思考やマンネリ、そして過度なストレス。これらをできるだけなくして過ごすようにして

1.イライラする
「いら立ちの原因はいろいろありますが、その一つが脳の同じ部位を酷使すること。脳内の血流が悪くなり、疲れから怒りっぽくなる場合が」。そんなときは、深呼吸をして気分転換を

2.21時以降に食事を取る
21時以降は、脳や体がお休みモードに入っていく時間。食べることによっても脳は働くので、この時間の食事は、休むはずの脳に負担を強いることになってしまう

3.人の悪口を言う
人の悪口など、否定的な言葉を使ったとき、一番に聞こえるのは、自分の耳。「ネガティブワードは、脳の働きを鈍化させます。脳をいつまでも成長させたいなら、ネガティブな言動はできるだけ避けましょう」

4.会社と家との往復のみ
毎日決まりきったマンネリな生活では、脳が“慣れ”てしまい働きが鈍化する。通勤ルートを変えたり、寄り道したりするなど、日常生活に変化を与えるだけでリフレッシュできる

5.太りすぎる!
「肥満などの生活習慣病は、脳細胞が傷つく、原因になります。食生活に留意し、コンスタントに運動をして、脳の成長を妨げないように気を付けましょう」

6.運動不足!
日中、体を動かさないと、夜もいい睡眠が取れず、脳も休まらない。また運動不足だと、運動をつかさどる脳領域が活性化しないので、意識して体を動かそう

7.10cm以上の高さのハイヒールを履く
足首を立てて履くハイヒールは、肩や腰にもこりや痛みを生む。痛みを感じるのは脳の思考系の領域。痛みが大きくなると、その分、判断力や思考力などが低下してしまう

8.焦る・慌てる・急ぐ
ゆっくり物事に向き合って考え、行動すると神経細胞の枝が伸び、各脳領域が連動して働くので、思慮の深さが育まれる。急ぎすぎていると感じたら、ペースダウンを

9.ケータイ・スマホを手放せない
毎日のスケジュールも、友人の電話番号も書いたり覚えたりせず、ケータイやスマホに頼り続けると、次第に脳を使わなくなり、老化が進む。アナログな習慣も取り入れて

10.人の目を気にしすぎる
自分が心地よいこと、楽しいことを積極的に行うことで、脳は成長していく。人の目を気にして行動を制限すると、脳は成長しにくくなるので「自分思考」を大切にしよう

[日経ウーマンオンライン]


いずれも
脳の学校代表取締役
加藤俊徳
加藤プラチナクリニック医師

Posted by nob : 2014年01月12日 15:54

確かに、、、四十歳を過ぎて幸せな(元)美人に私も出会ったことがありません、、、勿論そもそも美人として生きていない真の美人は別として。。。

■「美人=幸せ神話」は崩壊へ? 美人って「マスト」が多すぎて、全然幸せそうじゃないって思いませんか?

美人だったらもっと違う人生だったのに……と、悶々とした経験がある人は少なくないはず。でも40歳目前になって、負け惜しみではなく「そんなに美人っていいのかなあ」と思ってしまう筆者です。

「美人が女の価値の中心なんだろうか?」と。そろそろその思考、変えてもいいんじゃないでしょうか。

なぜなら……

美人が有利なのは入り口だけ

たしかに美人の方が、恋愛においても、就職においても、チャンスが多いことは事実です。美人なら選択肢が広がり、スタートから違います。

選べる自由、これこそ美人だけが享受ができる特権です。

これは美人が悪いわけでも、あなたが悪いわけでもなく、社会の仕組みがそうなっているのだから仕方がありません。美人じゃないゆえに、逃した彼、あこがれの会社への就職、それはそれは悔しい思いだったことでしょう。「美人だったら、なんでも手に入れることができたのに」と。でも、美人の彼女たちは、果たして本当に幸せなのでしょうか?

ひょっとすると、あなたがあれほど大好きだった彼を奪って結婚した彼女は、今、DVが原因で離婚して、シングルマザーかもしれません。大手企業の受付嬢として抜擢されたマドンナは、プライドだけ高くて仕事のできない、お局になっているかもしれません。

「あの頃は美人で幸せそうだったのにね」「美人なのに、どうしてあんな男と」と陰口を叩かれているかもしれません……いや、叩かれているでしょう。他でもない、我々に。

強くなくては、美人ではいられない

美人なのに~的評価は、美人である以上、永遠につきまといます。

「美人だったら、次の彼もすぐできるだろう」
「美人だったら、簡単に人生やり直せるだろう」
「美人だったら、お金には困らないだろう」

つまり、美人は負けてはいけないのです。

美人は強くなくてはいけない。ブスになってはいけない。貧乏になってもいけない。平凡ではいけない。幸せでなくてはいけない……。果たして、それは当然なのでしょうか? 美人というだけ全てが手に入るほど、人生は甘くないはずです。

しかし一般的に、世間では「美人なら何でも手に入れられる」という評価が多く、そんな評価にさらされる美人は、実際には窮屈だろうと私は思います。

こんなにマストが多い、美人というポジションは、私だったらとても耐えられそうにありません。もちろん美人ではない私の負け犬根性に他なりませんが、やはり美人には強靭な心身が必要なのではと思わずにはいられません。

2ランクアップした自分を愛せ

たしかに美人は良い、羨ましい、摩り替わってみたい! けれど、私たちは自分の姿を卑下することも、悲観することもなければ、美人に嫉妬する必要もありません。メイクやファッションを変えて、見た目が2ランクくらいアップしたら、もっと自信をもっていいのです。その努力、十分素晴らしいじゃないですか。

自分の土俵で一生懸命戦う女性は、文句なしに美しく、その努力を自分で評価できる人は幸せだと心から思うのです。

ブスが熱く語りすぎちゃったでしょうか……すみません。

[ANGIE]

Posted by nob : 2014年01月12日 15:47

彼の真意がどこにあれども、、、脱原発への影響力に期待。。。Vol.27

■都知事選 細川元首相、出馬へ 来週、正式表明、小泉氏とも会談

 東京都の猪瀬直樹前知事の辞職に伴う都知事選(23日告示、2月9日投開票)で、細川護煕元首相(75)が立候補を決断したことが10日午前、複数の関係者への取材で分かった。来週、正式表明する。「脱原発」を主張する小泉純一郎元首相と週明けに会談し、支援を取り付けたい意向だ。

 細川氏は10日、周辺に「出馬を決断する状況になった」と語り、都知事選出馬に向けた準備作業を本格化させる決意を明らかにした。

 細川氏は「脱原発」を争点に、幅広い支持を得たい意向とみられる。このため特定政党の推薦や支持を得ず、無所属で選挙戦を戦う方針だ。

 公約では「脱原発」や財政改革などを柱に訴える。細川氏は東日本大震災以降、脱原発の立場から発言を繰り返しており、年明けには、周辺に「東京都は東電の株式を多数保有している大株主だ。影響力は大きい」と話していた。

 細川氏は昨年、小泉氏と会食し、エネルギー問題で意見交換、脱原発で一致した。都知事選でも、有権者の注目度が高く、脱原発の立場を取る小泉氏の協力を得たい考えで、来週にも小泉氏と会談し、支援を要請する。

 細川氏は熊本県知事を2期務めた後、日本新党を結成。平成5年8月から6年4月まで首相として非自民8党派による連立内閣を率いた。10年に還暦を区切りに政界を引退し、陶芸家として活動していた。

 都知事選にはこれまでに、舛添要一元厚生労働相(65)や日弁連会前会長の宇都宮健児氏(67)、元航空幕僚長の田母神(たもがみ)俊雄氏(65)らが立候補の意思を表明している。

[産経新聞]


■細川氏、14日にも小泉氏と会談

 東京都知事選(23日告示、2月9日投開票)への立候補の意向を固めた細川護熙元首相(75)が、「脱原発」で連携を模索する小泉純一郎元首相(72)と14日にも会談することが11日、分かった。支援を要請するとみられる。関係者が明らかにした。細川氏周辺には小泉氏の支援確約を立候補の条件にすべきだとの意見があり、会談が実現すれば正式表明に向けた環境整備が進む形になる。

 細川氏の陣営は既に都内に事務所を構えており、主要政策として脱原発のほか、社会保障の充実や海外との都市間交流促進などを盛り込んだ包括的な公約づくりに着手。2020年東京五輪の在り方についても考え方を示す方向だ。

 かつて細川氏の秘書を務めた日本維新の会国会議員団の松野頼久幹事長は11日、地元・熊本市内での会合で「細川氏が立候補するなら、はせ参じたい」と述べ、個人的に支援する考えを表明した。日本維新は石原慎太郎共同代表が元航空幕僚長の田母神俊雄氏(65)を支援しているが、党は自主投票を決めている。

 一方、細川氏を「最有力候補」と位置付ける民主党は11日の都連選対会議で、細川氏には推薦などを出さずに「勝手連」として支援する方向で調整を続ける方針を確認した。都連会長の松原仁国対委員長は「政策面でどのような関係をつくるかを詰めたい」と述べ、細川氏側の公約づくりを注視する意向を示した。

 都知事選には田母神氏のほか、自民、公明両党が支援する舛添要一元厚生労働相(65)、前日弁連会長の宇都宮健児氏(67=共産、社民推薦)と発明家のドクター中松氏(85=本名・中松義郎)らが立候補を表明している。(共同)

[日刊スポーツ]


■小泉「原発即ゼロ」要請は無視されたのか!?

田中秀征 [元経済企画庁長官、福山大学客員教授]

 経産省は12月6日に、中長期のエネルギー政策の方向を示す「エネルギー基本計画」の原案を発表。一部修正を経て年内に最終案を固め、年明けに新しいエネルギー基本計画を閣議決定するという。

 原発を「重要なベース電源」と規定した原案はその後「基盤となる重要なベース電源」と修正。事故以前の「基幹電源」の表現より原発重視が一段と強まった印象を受ける。また原案は「必要とされる規模を確保」として新増設を容認、原発依存を拡大する方向を示している。

 要するに、原発政策は原発事故以前の姿に戻ってしまったのだ。

 これに追い打ちをかけるように、17日、放射性廃棄物の最終処分に関する関係閣僚会議が新設され、首相官邸で初会合を開いた。

 この席で安倍晋三首相は「将来世代に先送りせず、関係閣僚が一丸となって(最終処分場の設置を)推進してほしい」と強調した。

 これは誰が見ても小泉純一郎元首相に向けたポーズに映る。それこそ、単に努力を偽装するもので、見えすいた先送り手法である。もちろんこんなことであの小泉氏が納得するはずがない。むしろ火に油を注ぐようなものになるだろう。

「トイレのないマンション」を流行語にして、最終処分場問題に関心を集中し、「原発即ゼロ」を唱えて譲らない小泉元首相には、四方八方から矢が浴びせられている。

 その中でも最も強い批判は、彼が「代案を示さない」ことであり、将来の経済や国民生活に「無責任で楽観的過ぎる」ということのようだ。

 これに対して彼は「必ず知恵のある人がいい案を作ってくれる」と言って押し返している。それに小泉氏はかなり具体策(『小泉純一郎の「原発ゼロ」』山田孝男著)も示して反論していることに驚く。

小泉純一郎と石橋湛山の共通点

 孤軍奮闘する小泉氏を見て、私は戦時中の石橋湛山元首相を思い出す。

 石橋湛山は、戦後昭和31年に首相に就任したが、病気のためわずか2ヵ月後に退陣した。

 戦前、彼は言論人として大正期から雑誌東洋経済を舞台に軍部に抗してまで堂々と論陣を張った。

 戦争末期の昭和19年になって当時の大蔵大臣は、密かに省内に「戦時経済調査室」を設置し、戦時ならぬ戦後の経済について経済専門家たちに検討させた。石橋湛山もそのメンバーであった。

 昭和20年に入るとヤルタ協定の内容が明らかになり、戦争に負けると国土が4つの島に限られることもはっきりしてきた。

 メンバー誰もが、国土狭小、資源欠乏、人口過密な日本が4つの島でやっていけるとは思わなかった中で、湛山だけは「4つの島になったら、4つの島で食っていくように工夫すべきであるし、やり方によってそれはできる」と強調した。

 同じくこの会のメンバーで、戦後一橋大学の学長を務めた中山伊知郎は、晩年になって戦時の湛山について語っている。

「正直なところ私にはどうしていいか分からなかった。4つの島で、この大きな人口を抱えて、これからどうしていくのか」

「4つの島での生き方を徹底的に考えていた石橋さんには歯が立たなかった。議論ですでに負けたし、その後の事実の進行では、いっそうはっきり負けた」

「日本の経済が、敗戦の焼け跡から立ち上がり、復興し、成長する各段階ごとに、私はこのことを思い出す」

 かつては第一級の学者が心底から「かなわない」と敬服する政治家もいたのである。

 湛山はそのための多くの条件を示しているが何よりも「国民の全力を学問技術の研究と産業の進歩にそそぐ」必要を説いた。

 小泉氏の「原発ゼロでやっていこう」という声は、「4つの島でやっていこう」という湛山の声と重なって聞こえる。そしてそれが可能であるとする根拠は共に、日本人の不屈の精神力、最先端の科学技術、優れた人材に対する確信にあるのではないか。

 小泉氏は、日本が敗戦のピンチをチャンスに変えたように、震災のピンチをチャンスに変えようと言っているのだ。日本人ならそれができると信じているのだろう。私もまたそれを信じている1人である。

 もう1つ小泉純一郎と石橋湛山の顕著な共通点は、大きな挑戦に際しても単騎出陣をいとわないところだ。

[DIAMOND online]


■「原発の講演、やるよ」 小泉純一郎元首相が自民党に 執行部は警戒

政界を引退した小泉純一郎元首相が、原発についての講演を、依頼されればやるとの意向を自民党に伝えていたという。朝日新聞デジタルが報じている。

「原発即時ゼロ」を訴えている小泉純一郎元首相が昨年12月、自民党の石破茂幹事長に「党から要請があれば、原発政策について講演をしてもいい」と伝えていたことがわかった。原発政策で古巣を揺さぶろうとする小泉氏の存在に、党執行部は頭を悩ませている。

(朝日新聞デジタル『「原発の講演、やるよ」 小泉元首相、自民に売り込み』より 2014/01/10 05:00)

小泉元首相は2013年、「原発推進は無責任」として、脱原発への姿勢を明確にしていた。東京都知事選に立候補するとされている細川護煕元首相も脱原発を主張しており、小泉元首相との連携を模索。動向が注目されている。

細川氏は、原発の再稼働や海外輸出を進める安倍政権を批判している。立候補した際には「脱原発」を最大の争点にする意向だ。このため、同じく「脱原発」を掲げる小泉氏との連携を重視。小泉氏からの支援を受けられるかどうか慎重に見極めている。

(朝日新聞デジタル「細川元首相、都知事選候補に浮上 「脱原発」争点に」より 2014/01/09 05:12)

[ハフィントンポスト]

Posted by nob : 2014年01月12日 15:29

健全で保守的、、、これからの経験と成長に期待。。。

■「セックス経験なし」も約7割!

「草食系男子」や「こじらせ女子」など、「恋愛下手」なイメージで語られることの多い今どきの若者。そんな若者の恋愛の実態を探るべく、新成人300人(男女各150人)を対象に「恋愛観」についてアンケート調査を実施した。

はじめに「恋人の有無」について聞いてみると、全体の8割(男性86.0%、女性73.3%)が「いない」と回答。さらに「セックスの経験の有無」についても、全体の7割(男性77.3%、女性63.3%)が「ない」という結果に。

では、どんな相手となら恋愛をしたいのか?13項目の異性のタイプについて、「理想の恋人」に近い方を2択で選んでもらったところ、ひとつの傾向が明らかに。

■「理想の恋人」に近いのはどちらのタイプ?

【男女ともに多数派が同じ項目】
[1]一緒にいて安心できる(男性84.0%、女性90.7%) > 一緒にいてときめく
[2]性格が良い(男性80.0%、女性81.3%) > ルックスが良い
[3]恋愛経験が少ない(男性76.7%、女性66.0%) > 恋愛経験が多い
[4]相手に惚れられている(男性62.0%、女性の74.0%) > 自分が惚れている
[5]みんなに優しい(男性71.3%、女性62.0%) > 自分だけに優しい
[6]面白い(男性57.3%、女性63.3%) > マジメ
[7]あまり会えないが束縛しない(男性53.3%、女性56.7%) > いつも一緒にいられるがヤキモチ焼き

【男女で多数派が異なる項􀧯】
※女性が理想とする恋人像
[8]年上(92.7%) > 年下
[9]仕事ができる(76.0%) > 家事や料理ができる
[10]押しが強い(68.7%) > 奥手
[11]リードしてくれる(66.7%) > 自分に合わせてくれる
[12]経済力はあるが多忙で一緒に過ごす時間が少ない(女性66.0%) > 時間に余裕はあるが経済力がない
[13]自分の話を聞いてくれる(58.7%) > 自分から話を盛り上げてくれる

※男性が理想とする恋􀦯像
[8]年下(57.3%) > 年上
[9]家事や料理ができる(87.3%) > 仕事ができる
[10]奥手(56.0%) > 押しが強い
[11]自分に合わせてくれる(男性66.0%) > リードしてくれる
[12]時間に余裕はあるが経済力がない(66.0%) > 経済力はあるが多忙で一緒に過ごす時間が少ない
[13] 自分から話を盛り上げてくれる(50.7%) > 自分の話を聞いてくれる

[1]~[5]を見ると、男女とも“情熱的な恋愛”より“穏やかな恋愛”を求めているのがよくわかる。ときめきより安心、ルックスより性格、惚れるより惚れられたい…といった恋愛観は、守りに入っているようにも見える。
また、[9]~[13]では、意外と古風な恋愛観が表れている。「男性が女性をリード」「男性は仕事、女性は家庭」という関係性は、若者の間でもいまだに根強いようだ。
ただ、[4]で見られるように、男女双方が“相手から愛されること”を待っていては、なかなか恋愛は始まらないもの。救いとなりそうなのは、[3]で男女ともに「恋愛経験は少ない􀧍がよい」と答えている点。恋愛経験が少ないことはむしろアドバンテージになる様子。そうとわかれば、気になる異性に臆せずアタックしてみてはいかがだろうか。

(有栖川匠)

※記事中の調査結果は、1993年4月2日~11月19日生まれの新成人男性150人、女性150人を対象にしたwebアンケートをもとに集計
(調査期間:2013年11月19~22日、協力:アイリサーチ)

(R25編集部)

[NEWSポストセブン]

Posted by nob : 2014年01月12日 15:20

する側にもされる側にも、依存や従属に幸せはない、、、預金と年金便りなど愚の骨頂、早くからの生涯労働環境づくりこそが身も心も助ける。。。

■実例集 こんなに恐ろしい定年ビンボー
退職金なんてあっという間になくなる 離婚は最悪の選択

第1部 貯金がどんどんなくなる——これが現実です
あ然こんなにカネがかかるなんて!

上司から叱られ、部下から陰口を叩かれるのもあと数年。バラ色の余生を謳歌しよう—そうは問屋が卸さない。あなたの軍資金はすぐに尽き果ててしまう。悲哀に満ちた「定年ビンボー」物語。

想定外の出費はこんなにある

「こんな定年生活を送るはずじゃなかったのに……」

河田宗助さん(72歳、仮名、以下同)が天を仰ぐ。大手私鉄会社に勤めた後、退職金の大半を費やし自宅を改築した彼は、すでに貯蓄していた1200万円弱を銀行員に勧められるまま、投資信託へつぎ込んだ。

「配当金を期待しての投資でしたが、全然儲かりませんでした。結局、銀行の手数料稼ぎに利用されただけなんですよ。頭に来て1年で解約したので、百数十万円の損失が出ました」

退職直後こそ失敗したとはいえ、企業年金と公的年金を合わせて月二十数万円の年金も支払われ、同い年の妻との生活に限れば、さほど不自由はないはずだったのだが—。

「5年前、音信不通だったひとり息子がアジア人女性と赤ん坊をひき連れて、わが家に転がり込んできたんです。息子は学生の頃から役者になると定職につかず、『インドへ映画の撮影に行く』などと言っては、私のいない隙に妻から小遣いをむしりとっていました。転がり込んだときも無職同然で、いまだに家でゴロゴロ。息子はもう50歳ですよ!年金だけで家族5人が生活していますが、中の上くらいだった生活が一転、下の中になりました」

それからは、会費が1万円かかるからと同窓会や会社のOB会を欠席し、最低3000円はかかるからと地域の会合などにも出なくなった。会社の後輩と会ったときも、最初のうちはたまたま持ち合わせがないとごまかしていたが、最近では体調が悪いとウソをつき、人付き合いそのものを避けるようになったという。

「昔から鮮魚に目がなく、『寿司はカウンターで食うもの』と偉ぶってきた私の御馳走は、月1回、孫と食べる回転寿司。夕食の缶ビールは5年前から1本に減らされ、680円の刺身盛り合わせパックに入っている12切れを、4 切れずつ小皿に分け、3日かけて食べる毎日です……」

一方、月の年金16万円と預貯金を頼りに、トップセールスを誇った住宅販売会社を昨年退職した倉吉貞広さん(61歳)も、定年生活を悠々自適に過ごしたい想いを叶えられなかった。

「想定外だったのは、4歳年下の妻から、『あなたが家にいるのがすごくストレス。せめて日に5時間だけは外に出てほしい』と懇願されたことです。

私がやむなく向かった先は、パチンコ店。通い出して4ヵ月後にドル箱を15箱積み上げる大当たりを出しました。その快感が忘れられず、気づいたときには、妻に内緒のへそくり350万円を全部スったんです。

損失を取り戻そうと、なけなしの生活費を競馬につぎ込んでボロ負け。それでも、ギャンブルから足を洗えず、年金が手に入ると、止める妻を払いのけて、パチンコ店に通いました」

家庭内に居場所がなく、外に出たいがためについ始めたパチンコなのに、依存症になってしまう人もいる。倉吉さんは食費を切り詰め、キャベツとそうめんばかりの生活が2週間も続いた頃に、体調不良で1週間入院した。夫の行状に呆れ果てた妻は実家に帰ったという。

「妻や子供たちから軽蔑の目で見られたら、今度は悲しくなってきて、朝から焼酎をがぶ飲みし、アルコール依存症に近づいています。読者の皆さんにはそうなってほしくないから、恥を忍んで今回のインタビューに応じました」

総務省の調査によると、定年後の夫婦(夫65歳以上、妻60歳以上)の実収入は月約22万2000円、支出は26万5000円('11年)。一方、大卒の定年退職者は勤続35年以上で2335万円の退職金をもらう('08年、厚労省調べ)。これに定年前の貯金や定年後の公的年金を加えれば、サラリーマンの多くは、ひとまず安定した老後を送れると思っているはずだ。

しかし、ここで見ているように、定年後に思いがけぬビンボー生活を強いられている人たちが増えていることも現実である。家計の見直し相談センター代表の藤川太氏が解説する。

「本来なら定年後の投資は失敗が許されず、収入も低くなるのに金融機関の言うままに、退職金をそっくり運用にまわす人たちがいます。中には退職金の半分近くも失ってしまうケースもありました。また自分の子供や孫に大金をはたく人が多いのは、彼らに振り向いてほしかったり、他のことに使うより納得度が高いからでしょう。孫の大学の学費に4年で600万円も払う人、子供に仕送りするために70歳すぎても働く人すらいます。

住宅ローンがまだ何千万も残っているなど、私の見たところ、退職者の2~3割は経済的問題を抱えています。定年後、破産状態になる人も少なくありません」

実際に「定年ビンボー」に苦しむ人たちの理由は様々である。彼らの告白に耳を傾けてみよう。

通院費がバカにならない

■娘にカネを費やし、デパ地下で試食品を食べる毎日(70歳・元運輸会社)

定年時の貯蓄額は約3000万円あったのに、現在ほとんどないのは娘にカネをかけすぎたからです。演劇に熱中する長女には、東京での家賃10万円と生活費を出しました。大学卒業後も定職につかず、『東京で就職活動がしたい』という次女には、交通費や宿泊費を出し続けました。

なのに娘たちは『今月も5万しか稼げなかったから助けて』と、いまだに小遣いをせびります。60歳過ぎてはじめてパートに出た妻は、『この年で働くなんて』とグチってばかりで、料理に手をかけてくれません。情けない話なのですが、デパ地下の試食品めぐりをしています。店内を何周も回り、いろんなものを食べて家に帰るんです。これならおカネを節約し、有り余る時間もつぶせますから。

■夢の田舎暮らしだったが、通院費と獣害でアウト(62歳・元食品加工会社)

定年後の夢だった田舎暮らしを実践するため、退職金2100万円から1500万円を使って、房総半島のとある町に一戸建て付き320坪の土地を購入しました。年金は月23万円ほどあり、57歳の妻とふたりで暮らすには、何の不自由もないと思ったのが大間違いでした。

私たちが移り住んだ地域は集落の身内意識が強く、我々新参者は相手にしてもらえないどころか無視までされてしまいます。おかげで妻は移住3ヵ月で鬱病を発症し、治療費と通院に使う車のガソリン代が月7万円もかかりました。田舎なので、近所に病院がないんですよ。

完全自給を目指していた家庭菜園でしたが、耕耘機や草刈り機などに20万以上費やしたのに、収穫間際の野菜がタヌキやハクビシンに食べられてしまい、さすがに意気消沈しました。

大学生の娘の留学費用もあり、家計は苦しくなる一方。夫婦の楽しみは図書館で本を読むことくらいです。

■退職金で買った新居で、「草むしりのプロ」を自称(64歳・元損保会社)

60歳で定年を迎えたとき、法人部門の部長を務めていました。継続雇用制度で会社にとどまったものの、書類のチェックなど若いOLのような仕事にとても耐えられず、たった2年でやめました。退職金約3000万円のほとんどをつぎこみ、田舎に新居を購入し、あとは年金で生活費をやりくりしています。

しかし引っ越したばかりなので近所付き合いもなく、好きな麻雀やゴルフもする相手がいない。することがないのがこんなに辛いとは思いませんでした。あるとき「料理はすべて自分がやる」と妻に宣言したものの、フライパンの油に火が入り、危うく火事になりかけ、「料理はもうしないで!」と厳命されました。

仕方なく、庭の草むしりに精を出す毎日です。最近、昔の友達に「草むしりのプロ」を自称しています。

■妻が新興宗教にカネをつぎこみ始めて……(65歳・元地方公務員)

妻が新興宗教にハマってから運命が変わりました。教祖に言われるままに、貯金1500万円全額を寄付していたんです。

住まいは父母の残してくれた分譲マンション。子供たちも独立し、退職金と月25万円の年金で十分にやりくりしていけるはずだったのに、年金や退職金、生活費までも勝手に渡していたんです。公務員時代、家にいなくて妻に寂しい思いをさせたから、宗教にハマったのでしょうか?

服はバザーで手に入れたお古ばかりで、食事はスーパーの売れ残りにパンの耳。最近は、友人に「ひとりあたり米2㎏を、海外の飢えた人に贈る運動をしている」と嘘をつき、分けてもらったおコメを食べています。人間、おカネはなかなか出してくれませんが、おコメはくれるんです。

■仕事をしたくても、再就職先が見つからない(60歳・元コンサル会社)

会社では営業部長でしたが、事業縮小に伴い定年前に会社都合退職しました。ところが、自己都合扱いにされたため、手にした退職金は600万円。しかも、退職直後に妻から離婚を切り出され、その半分が解決金として消えました。

肝心の再就職活動ですが、100社以上アプローチして、面接まで到ったのがたった2社です。ヤケクソだったんでしょう、その合間に昼酒やキャバクラに走った結果、4ヵ月で預金残高は20万円になりました。消費者金融4社から100万円を借り入れて追加融資が受けられなくなり、現在は転職活動と並行して、生活保護を申請中です。

■フランチャイズの経営に失敗して預金が半分に(64歳・元スーパー店員)

まだ枯れたくはなかったので、退職後にファストフードのフランチャイズ経営を始めたんです。出店費用は約2000万円。これで退職金はほぼ消えましたが、最初の1年は妻と二人の生活費用くらいは稼げました。

ところがその後、近所に競合店が次々とできて、売り上げがどんどんダウン。1年半で400万円の赤字となり、3年後に店を閉めたときには800万円あった預金が半分になりました。

ハローワークに通いましたが、仕事は見つからず、時給800円のアルバイトをし、今の収入は月に3万8400円です。妻のバイト代10万円と合わせても15万円弱です。年金はもらえますが、それでも、仕事を続けなければ暮らしていけません。

ものすごい恥をかく

—前出の藤川氏によると、退職後の生活が破綻してしまう人の中には、定年を迎えても「俺はまだまだ働けるし、仕事口も見つかる」と思い込んでいる人が少なからずいるという。

全国紙の辣腕記者だった森川良治氏(63歳)も、そうした〝プライドの高さ〟が老後の人生設計を大きく狂わせたひとりである。

「私の年収は最終的に1000万円ほどでしたが、60歳で定年になったとき、手元に残った貯金は1000万円にも満たなかったんです。しかも、住宅ローンは70歳まで残っています。

なぜかといえば、普段の暮らしぶりが派手だったんです。そしてその生活が退職後もやめられない。

私が新聞社を辞めたとき、これまでの実績があるから、生活はなんとかなると考えて、まず『元●●新聞記者』という名刺をつくり、就職活動を始めたんですが、これがまったくの逆効果でした。

肩書のない人間が前職を強調しても、誰も相手にしません。といって、私自身コンビニの店員などの仕事はプライドが許さない。

いまでは貯金も底をつき、自己破産寸前の状態なのに、後輩や友人の前に出ると、つい『きのうはこんな面白い店に行った』などと、生活に余裕があるように振る舞ってしまいます」

様々な事情を抱えている定年ビンボー。

前出の藤川氏は定年後に対する考えを改めるべきだと指摘する。

「私たちはおカネを使わないと楽しく過ごせないとか、時間がつぶせないと誤解しているのではないでしょうか。定年後に生活レベルを落とすことを恐れず、おカネのかからない趣味を定年前に持っておくべきでしょう。現在の収入の半分で暮らすことを心がければ、苦しむ必要はありません」

右の診断テストの結果はどうだったろうか。間もなく訪れる定年ライフを豊かに生活できるよう、定年後の現実を直視しておこう。

第2部 あなたは大丈夫!?
老いてからのビンボーはこんなにみじめです実例
すぐにダマされる人びと

「ある人の実例ですが、1800万円くらいの退職金をもらった直後に、760万円する高級外車を購入し、『貯金が大幅に減ったじゃない、生きるためのおカネなんだから勝手なことしないで!』と奥さんを大激怒させたケースがありました。長年、少ない小遣いでやりくりしてきた旦那さんにしてみれば、せめて退職金くらいは自由に使いたかったんでしょう」

家計再生コンサルタントの横山光昭氏が語るように、退職金が入ると気が大きくなり、自分へのご褒美として豪華な旅行をしたり、念願の高級車に乗り換えたりする気持ちは理解できなくもない。

だが、「これくらいの贅沢はいいだろう」という考えが、定年後の生活を一変させてしまうのも事実。

ここでは、専門家が実際に相談を受けた実例を中心に、定年ビンボーの「傾向」と「対策」を考えていこう。

前出の横山氏は、自分の親の金使いに関する相談を頻繁に受けるという。

「ここ数年、『親父のおカネの使い方を見てもらいたいんだけど』という相談が増えています。出費が年金をこえるために、息子さんに『ちょっと旅行費用を出してくれないかね』とカネを無心に来るんですよ」

自分の招いたビンボーとはいえ、わが子におカネの使い方を心配されるばかりではなく、おカネを借りに行くとはみじめである。

もちろん、仕事から解放され、ゆっくりと旅行に出かけたい人は多い。定年直後、退職金の使い道としてよくあるのが、世界一周豪華クルーズなどである。

だが、多額の出費の末の夫婦水入らずの楽しみにも、落とし穴が待つ。

「退職時まで、長い時間を一緒に過ごしたことのない夫婦が長期間の船旅に出た場合、困るのが夫婦喧嘩です。お互い逃げ場がなくなり、戻ってくる頃には夫婦関係が修復不可能なほどに悪化してしまうケースもあります」(ファイナンシャルプランナーの畠中雅子氏)

セカンドライフの船出を祝うはずの旅が、離婚の引き金となりかねないのである。実際、定年離婚を切り出すのはほとんどが女性であり、中には定年後の離婚に備えて、3000万円のへそくりを貯めた女性もいたという。想い出づくりの旅行は、格好の離婚の理由づくりになりかねない。

そしていざ離婚となると、退職金の半分を元妻に持って行かれる可能性もあるほか、年金分割制度によって、年金を分け続けなければならない。夫に非があれば慰謝料がそれに加わるし、急な入院では保証人にも困る。

何より日常のことをほとんど妻任せにしてきて、料理もできないとなれば、食費は嵩む一方。離婚は、定年ビンボーへと向かわせる最悪の選択なのである。

また、畠中氏によれば、退職金を自宅のリフォームに使う人はかなり多いというが、ここにも落とし穴がある。

「定年退職者がリフォームする際、気をつけなければならないのが、『いっそ、バリアフリー化したほうがいいですよ。所得税の還付もありますから』という業者の決めゼリフです。

定年後は所得税の還付金なんてたかが知れています。問題なのは、廊下や階段の手すりで家が窮屈と感じる人が若い人に多く、バリアフリー化された家が、高値で売却できないことにあるんです。

定年後の生活はおよそ30年。3000万円の退職金を得られようが、1年間に取り崩せる金額は100万円、ひと月に8万円なので、慎重に使うべきです」

他方、退職金を何かに使うのではなく、さらに増やそうともくろみ、投資に走る人も多い。ところが、これもやはり大失敗するケースが目立つ。

退職金などのまとまったお金が口座に振り込まれたことを察知した銀行員が、投資勧誘に突然訪れることもあるのだ。

経済ジャーナリストの荻原博子氏が解説する。

「じつは、投資話に簡単に引っ掛かるのは、ついこの間までサラリーマン生活を送っていた人なんです。仕事で失敗しても会社が守ってくれましたし、毎月決まった日に給料をもらえるので、リスク感覚が欠如しているからです。定年後、家でぼーっと暇をもて余しているところに、投資話が持ちかけられると、ついつい乗ってしまうんですね。

『上場したときに何十倍にもなります』と、高齢者を狙った未公開株の投資詐欺も横行し、退職金をそっくり巻き上げられたという悲惨な例が増えています」

退職金を狙った勧誘には「保険」も多い。60歳を過ぎると体調に不安を感じるし、「医療保険」くらい入っておいたほうがよさそうだが—。

「高齢者が払い込む保険料はかなり高額なので、高齢になって新たに医療保険に入る意味は乏しいのです。余裕があるのなら、保険料分の金額を手元資金として残しておいたほうが賢いでしょう」(前出・藤川氏)

いくらあればいいのか

もうひとつバカにならないのが、子供や孫への出費である。親が定年になっても稼ぎのない子供の面倒を見続けるような家庭が、珍しくなくなっている。

「収入のない子供の奨学金を代わりに返済したり、ひきこもりのわが子を社会復帰させるため、得体の知れない団体に1000万円単位の寄付をするなど、老後資金を惜しげもなく使う親はいくらでもいます。

かわいい孫のために大金をはたく人もいて、目立つようになってきたのが、年金生活を送る祖父母同士が孫のランドセルや雛人形などをどちらが買うかで揉めるケース。彼らは自分たちの見栄のために老後資金を取り崩してでも、孫に相手方より高価なプレゼントを贈りたがった末、資金を減らします」(前出・畠中氏)

様々な要因で生活費は減っていく一方で、歯や関節など体のあちこちが悪くなり、予想外の入院費や、通院のためのタクシー代の出費などで老後生活は、さらに逼迫していくことになる。

これまで仕事のことばかりでやりくりのことなどほとんど考えなかったのに、カネのことばかり気にする毎日。やむなく再び働こうと思っても、働き口がない。

何より老いてからのビンボー生活は自分の人生を否定されたようで、みじめさばかりがつのってしまう。

しかしながら、定年後への備えをしていない人は思いのほか多い。フィデリティ退職・投資教育研究所所長の野尻哲史氏が語る。

「70~80代で資金不足が露呈しても、リカバリーは利きません。ですが、今年4月にサラリーマン1万人を対象にアンケート調査を実施したところ、『退職後の生活用に用意している資産は幾ら』の質問に『0円』と答えた50 代男性がなんと28%強にものぼっていました。まさしく定年ビンボーの予備軍です」

実際に定年ビンボーにならないためにはどう備えればよいのか。野尻氏は「逆算の資産準備」を提唱する。

「『退職時までに○○円貯める』という考え方ではなく、『75歳でいくら残すか』を設定すべきだと思います。具体的には、95歳で資産が0円になるように逆算して考えるという発想。

たとえば、75歳以降も年金収入以外に月10万円使いたいとして、95歳で残高0円になるには、75歳時点ではまだ2400万円を残すべきということです」

最後に、安定したセカンドライフを望む50代の定年予備軍に、前出の横山氏がアドバイスする。

「いきなり月50万円から30万円の生活レベルに落とすのは、かなり厳しいことです。急激なダイエットがリバウンドを招くのと同様に、定年後、急に生活を切り詰めても失敗する可能性が高い。仮にいま55歳なら、5年かけて少しずつ生活レベルを落として慣れていけば、快適な老後を過ごすことができますよ」

定年後に向けて、自分のライフスタイルを見直すには、今しかない。

[現代ビジネス]

Posted by nob : 2014年01月07日 11:56

結局はバランス良く、食べ過ぎ飲み過ぎに注意する、、、そんな当たり前の食生活をするということでしょう。。。

■野菜と鶏ささみを食べればOKと思ってない!?
男性が勘違いしがちな「ヘルシー」の基準

笠井奈津子 [栄養士、食事カウンセラー]

 肉のつく場所が変わってきたり、階段が億劫になったり、お酒が残りやすくなったり…と体に起きる変化に、「年をとったせいだ」とひとり密かに気がめいったことはないだろうか?でも、実はそれが悪しき習慣の積み重ねによるもので、今ならまだ取り返しがつくステージにいるとしたらどうだろう。実際、そうしたケースも少なくない。2014年は「まだまだ自分はいける!!」という自信と共に歩める年になるよう、ヘルシーな習慣について改めて考えてみたい。

“ヘルシーな生活”をしていても
「結果」を見ない人が多すぎる

 そもそも、ヘルシーとは一体なんだろうか。健康的な、という意味であるはずだから、食に関していえば、結局のところ、偏りなくバランスよく食べることが基本だろう。となると、野菜を食べていればヘルシーといえるだろうか。野菜を食べない人にとって、野菜を食べることはヘルシーな行為になる。でも、野菜しか食べない人がさらに意識をして野菜を食べるという行為は、また違う意味を持つように思う。

 最近、エッジのきいた3人の経営者から三者三様の“独自の健康法(食)”についての話を聞く機会があった。ひとりは「冷えは免疫力を下げるから、生のものは絶対摂らない」と言い、ひとりは「ビタミンと酵素を効率的に摂るために加熱したものは絶対に摂らない」と言い、ひとりは「○○(某牛丼チェーン店)で1日2食食べる以外は間食も酒も摂らない」と教えてくれた。

 何かの道を極めた人というのは、自分が決めたことを貫く姿勢がすごいな…と思いつつ、3人の食生活を足して3で割ったくらいのバランスが一番良いのかも、と思わないでもない。でも、3人ともに共通している「定期的(週に一度以上)に体重計にのっている」「食べ過ぎない」「飲みすぎない」は確実にヘルシーな習慣である。もちろん、それができたら苦労しないよ…という声もあるはず。

 でも、上記の習慣に限らず、せっかく体のために何かしているのに、結果を見ない人は意外と多い。彼らが自らの健康法が正しいと言い切るには、「健康診断の結果が良い」というデータや「疲れにくい」「集中力が途切れない」などの実感が伴う結果があってのこと。

 クライアントから「大量のサプリを飲んでいる」「朝は絶対に食べない」などと言われたとき、いろいろ思うことはあるが、まずは「それによって何か良くなったような実感はありますか?それをしないと明らかに感じが違いますか?」と確認するようにしている。そして、そう聞いたときの「え?いやー、わかんないな」という答えほど、もったいない…と思うことはない。

 誰だって、本来は伸び率が低いところに多額の投資はしないだろう。せっかくの努力は、結果が出ることに注ぎ込んだ方が良い。それ以前に、せっかく投資しているのであれば、結果を見た方が良い。良い習慣をとりいれることと同じくらい、“実は結果が出ていなかった習慣”の断捨離を行うことは大事なのだ。中には「もう何年も毎日飲んでいるからわからない」という人も少なくない。そういうときには、1週間ほどお酒を絶ってみたときの体感で判断しても良いだろう。

食生活の善し悪しがチェックできる
健康診断で見るべき項目は?

 ビジネスマンが健康診断の結果でチェックするのであれば、まず見てほしいのが血糖値に関係するHbA1c。空腹時血糖は直前や前日の食事内容などに左右されることがあるが、HbA1cは過去1~2ヵ月の血糖値の平均的推移を示すので、「前の晩遅くまで食べていたから」なんて言い訳が通用しない。つまり、日頃の食生活への成績表。正常値内にあっても、高めだったら今こそ気のつけ時だ。

 というのも、痛風のような顕著な性差は見られなかったものが、ここ数年、女性よりも男性の糖尿病患者数が如実に増えてきた。その原因がどこにあるかといえば、やはり肥満。やせ願望が強い女性に対し、男性30代以上の肥満率は3割を越えているのだ。ぽっこり出たお腹が自分のスタンダードになってないだろうか。「かっこよかった自分」ではなく「かっこいい自分」がスタンダードになっても良いのではないだろうか。

 自分が肥満傾向にあるかどうかをチェックするために、もうひとつみてほしいのは中性脂肪。中性脂肪が高いというと「脂肪」という言葉から「脂質の摂りすぎに気をつけよう」と思われがちだが、気をつけるべきは、天丼のごはんの部分であったり、ステーキセットについてくるマッシュポテトだったりする。つまり、原因は炭水化物の摂りすぎにある。

 摂りすぎた糖質は使いきれずにグリコーゲンとして肝臓や筋肉に貯蔵される。だから中性脂肪を減らしたかったら、まずは糖質を減らすこと。こういう人が揚げ物を避けて、他のタンパク質と比較すると糖質を多く含む豆腐や納豆などを頻繁にとれば、改善には向かいにくい。いつもと同じメニューを食べていたとしても、注文時から「ごはん少なめで」ということができたら、その積み重ねは大きい。

鶏ささみ肉、ノンオイルドレッシングに
頼り切った食生活の落とし穴

 また、運動習慣のある人に特に多い「鶏ささみ肉はヘルシーである」という説も注意。各お肉に含まれる栄養を見比べてみると、それぞれに良い部分がある。たとえば、牛肉はつい不足しがちな亜鉛や鉄が豊富だし、豚肉はビタミンB群が豊富で、疲労回復効果も高い。鶏ささみ肉のヘルシーさは、低カロリー、低脂質高タンパクのイメージが強く、筋力アップのために大量のタンパク質を摂るような場合には他の選択肢がなかなか見つからないこともあるだろう。でも、通常の生活でささみ肉ばかり摂っているのはヘルシーとは言い難い。

 ちなみに、脂肪を燃焼するために必要なL-カルニチンの含有量が多い順に、羊(ラム)肉→牛肉→豚肉→鶏肉、となる。ただ、鶏肉が低カロリーなのは事実なので、夜遅い時間に食べるのであれば鶏肉にする、などタイミングで決めるのもありだ。また、和牛とオージービーフを比べた際、味で見れば和牛に軍配が上がりがちだが、オージービーフの方が低脂肪、かつ、L-カルニチンが多く含まれる。

 そして、気をつけてほしいのはノンオイルドレッシング。ふつうのものより体に良さそうだが、ノンオイルドレッシングの方が糖分が多くなっていることが多々ある。脂質を抑える分、味わいを出すためにいろいろ加えざるをえないのかもしれない。せっかく野菜をたっぷり摂ったのに、そこでも糖質をたっぷり摂った、なんてことになったら悲しいではないか。いつも言うことだが、毎日良かれと思って摂っているものほど、中身をよくチェックしよう。

自分のやり方を貫きがちな男性こそ
「ヘルシー」を見直そう

 女性がいろんなお店にいったり、いろんな情報から気に入った部分を選び取るのと比べれば、男性は、比較的、自分が決めたやり方、食べ方を貫きやすい。だからこそ、その選択が間違っていたときには、ヘルシーさとは正反対の方向にいってしまいがちだ。健やかな心身のためには栄養バランスが命だとすれば、極端な食事法に危険がないとは言い切れない。まずは健康診断というひとつの成績表を目安に、自分のヘルシー度をはかり、自身のヘルシー習慣を見直してみてほしい。

 とはいえ、フリーランスなどで定期的に健康診断を受けてない人も少なくない。そんなときに目安となるのは、“顔色”。かくいう私も、以前、「疲れを見せないのも仕事のうち。いつも顔色よくいるようにしなさい」と母にたしなめられたことがある。栄養士という仕事柄、顔色が悪いのは絶対的マイナスポイントだ。でも、栄養士に限らず、顔色が悪いことで得する職業もなかなかないだろう。冬は寒さからどうしても顔色が悪くなりがち。自分が選び取った習慣が本当にヘルシーかどうか…毎朝鏡にうつる自分の顔が答えを教えてくれているはずだ。

 心に決めたことは、逃げ道を作らないように宣言してしまってもいい。というわけで、私もこの場を借りて、休肝日を作ること、英語でカウンセリングができるようになることを誓います。あなたが心に決めたことが、これからの日々にたくさんの笑顔をもたらすものとなりますように。

[DIAMOND online]

Posted by nob : 2014年01月07日 10:32

そのくらいに本当にやりたいことを見つけることは難しい。。。Vol.3/まずは入り口として。探し求める真の自らは社会性にはなく心の内に、何をするかよりどのように取り組むか。。。

■定年前にたそがれない!50代からの人生リセット術

野田 稔 [一般社団法人 社会人材学舎 代表理事]

中学生の頃に得意だったものがあなたを救う?
50代での人生リセットを可能にする意外な能力

人生をリセットするには
まずは「能力の棚卸し」が必要だ

 新しく人生をリセットするとしたら、一番大切なことは何であろうか。普通は、「まずは強い思いを持つべきだ」といわれる。「Will」である。果たして自分は何をしたいのか、を考えることであるが、これは間違いだ。間違いというか、無理だ。

 そうした思いが持てるくらいであれば、とっくに持ち、かつ、思いがあるなら行動に移しているはずだ。思いが持てないという頭の構造になっているからこそ、今、悩みはより深まっている。今、自分がやるべきこと、やりたいことが明確な人だったら、多分、私のこの連載は読んでいないのではないか。それでも読んでくれているとしたら、それは嬉しい限りだ。

 多くの人は、やらなくてはならいこと、「Must」に頭をとらわれすぎていて、やりたいことを思いつく余裕がない。たとえ思いついたとしても、それを行うには自分には能力が足りないと思うのが普通だろう。そこで重要なことは、自分の才能、能力について、もう一度、棚卸しをして、認識することだ。

 まず、考えなければならないのが、Will、Can、Mustのバランス。Mustが優勢になっていて、Willがわからない、つまり自分は本当は何がしたいのかがわからないというのが普通だが、この場合はまずCanの棚卸しから始めるのが良い。

 能力は、自分で気がついている能力と、気がついていない、あるいは忘れている能力に大別される。

「あなたは何ができますか?」と聞かれて「課長(部長)ができます」と答えたという笑い話のような現実は、実は明日は我が身だ。彼の頭の中で、できることとして意識している能力は、課長職をこなしているという、ここ数年間の自分の働きぶりと、それに必要とされた能力だけになっている。

 人には隠れた能力がもっとたくさんある。しかし、その中のある重要なパートは、昔は顕在化していたにもかかわらず、人生のどこかの段階で自ら封印してしまった可能性がある。昔はできたが、今はできなくなくなっている、錆びついてしまったようなCanもあるだろう。

 では、能力の棚卸しの本題に入る前に、年齢と能力の関係に関する俗説に疑いの目を向けてみよう。

 年を取ると創造性が鈍るとか、保守的になるとよく言うが、一概にそうとは言えない。少なくとも欧米では、シニア層が起業することも多く、しかも成功確率は高いといわれる。

 若者には失うものがなく、挑戦心があるとよくいわれるが、これも疑わしい。少なくとも、本人たちはそうは思えないことが多い。失いたくないものの最たるものが未来だ。若者はこれからの人生が長いことがわかっている。それだけに、今失敗して、暗い将来が到来したらたまらないと不安になる。実は、積極的に行動をしたほうが、むしろ未来は開けることも多いのに、今の延長線上にある未来を捨てられないから、失うものが多いと感じるわけだ。自分のこれまでの乏しい経験と小さな成功が、掛け替えのないものに思えてしまう。だから捨てられない。

小学校高学年から中学生の頃に
好きだったものを思い出してみよう

 さて、「Can」の棚卸しへと話を移そう。

 まず、自分の能力について考える場合、顕在化している能力、つまり、会社に入ってから自らが身につけた能力、その延長線上で今発揮している能力は、いったん脇に置こう。大事なのは、自分が忘れてしまっている能力、封印してしまった能力の再発見だからだ。

 そうした能力は「ノンネグレクテッド・タレント」と呼ばれる。「無視し得ない能力=原点Can」を意味する。

 人にはそもそもその人が好きだったり、得意だったりしたものがあって、意外とそれらは生涯変わらない。仮説ではあるものの、多くの場合、それらの萌芽は、小学校高学年から中学生の頃に見られる。

 ところが、そうした自分の原点にあるCanを人は仕事に活かしているかというと、多くの人はそうはなっていない。

 なぜならば、それらは入学試験や入社試験で評価されるようなものとは限らないので、そうした時期になると親から止められたり、自分で封印してしまったりするからだ。それで普通の勉強に力を入れる。その結果、一人前にはなるかもしれないが、それ以上にはなれなくなってしまう。

 たとえば当時、何よりも絵を描くことが好きだった。男の子だけど、料理が好きだった。時計を分解しては組み立てていた。とにかく人の悩みを聞くのが好きだった……などは、高校や大学受験、あるいは就職に際しては、ほとんど顧みられることはない。それでいつしかそれに時間を費やすことを止めてしまう。その上で、二番目か三番目に好きなこと、皆によくできると言われたこと。実は好きでも何でもないけど、潰しが利きそうなものを身につけて、磨いていくことになる。

 その封印を解くためには、好きで没頭していたことを思い出すほうがいい。必ずしも人よりうまくできたり、褒められたりしたことに限る必要はない。まさに、“好きこそものの上手なれ”だ。人より点数が高かったとか、人より明らかにうまかったということばかりに目を向けるのではなく、好きだったことに目を向ける。それが得意でもあったらなおいい。それは間違いなく、原点Canと言えよう。

子どもの頃のCan×大人になってからのCan
2つの掛け算で幸せな人生になる

 私のことを少し話させてもらいたい。私は、小さなころからしゃべることが好きだった。テレビのアナウンサーのマネをしてみたり、発生練習のようなことまでしていた。テープレコーダーを買ってもらったのをきっかけにして、友人の1人とディスクジョッキーの真似事を始めた。月曜日に録音したテープを同級生に配り、回し聞きしてもらう。それで土曜日までにリクエスト曲を書いてもらい、回収。土曜の夜にエアチェックして、リクエスト曲を録音し、日曜日に DJ番組を録音して、また月曜日に回す。

 高校に入ると放送部に入り、大学ではテレビ局でバイトを始めた。放送局の雰囲気が大好きだった。就職に際しては、実はそのテレビ局から誘われもした。そのままテレビ局に入っていれば(実際に入れたかどうかはわからないが)、アナウンサーになって、しゃべることを職業にする道もあったかもしれない。

 しかし、当時の私にしゃべりを職業にする気はなかった。しゃべることはただ好きなだけで、それを生業にするというのは、あまり恰好のいいことだとは思えなかった。仕事にすべきことは、学術的に鍛え上げられたものでなければいけないと思った。

 しゃべることのほかに、探究心が強く、小学生の頃から科学実験が大好きだった。粘土細工でできるだけ精巧に人体モデルを作ってみたり、限られた材料でホバークラフトの製作に打ち込んだり、物事の原理原則を考えて、それを再現するのが好きだった。

 その性向が数理解析に向かい、数学が得意な高校生、そして大学生になっていた。そこで、その経験を生かして、野村総合研究所の研究員となった。最初の仕事は統計分析を行ったり、シミュレーションモデルを作ったり、など嬉々として取り組むのだが、いるところにはいるものだ。所詮、一番得意ではないことで勝負しようとしても、その道を極めようと迷いのない人には叶わない。野村総研には実際、数理解析の権化のような人がたくさんいた。しまいには、私のインストラクター役であった人から「野田君って、意外と数学が苦手なんだね」などと、大変ショックなことまでいわれてしまった。

 つまり、自分に顕在的に能力があると確信していたことには、比較優位性があまりなかったのだ。

 ただ、野村総研の先輩たちは皆、分析のプロではあるが、オーラル・プレゼンテーションには長けていなかった。必然的に、そういう役回りは私に回ってきた。大きなシンポジウムなどの舞台上でのリハーサルの雰囲気は、やっぱり好きだった。照明に照らされたときの緊張感はたまらなかった。それでも、そうした場所でしゃべることに、あまり価値は見出していなかった。

 数理解析の次は自分がマネジメントに長けていると思い込み、管理職として大成しようとも思った。そうこうしているうちに、会社を辞めて、大学の教員になるとともに、本格的に地上波でデビューすることになった。最初に言われたのが「野田さんはどうしてそんなに正確に尺(時間)が読めるのですか?」だった。尺を読んでいるつもりはないが、中学時代からの習い性になっていたようだ。

 野村総研にいた当時は、研修は好きではなかった。経営コンサルタントは研修事業を下に見る傾向があるからだ。しかし、やってみると奥が深くておもしろい。「今までで一番おもしろかった」などと言ってもらえると、やっぱり、自分の才能はこれなのかと思う。そうして45歳のときに、自分の原点Canが「話す」であることに気づくのだから、私もずいぶんと遅かった。

 その後は努力して自分の声も作り直し、自分の理想イメージに近づけた。大人になって培ってきたCan、すなわち分析力、論理的思考力、人脈、組織論の知識。そうしたものと“しゃべる”という能力を掛け算し始めた。研修も教壇も、テレビのコメンテーターやキャスターも、趣味と実益が表裏一体となったわけで、これに気がついて本当によかったと思っている。

 最も重要なことはそこだ。原点Canを見つけたら、それと大人になって身についた大人Canを掛け算してみる。原点Canというノンネグレクテッド・タレントを活かす道を考える。その時に必要なのは掛け算された能力を仕事につなげる翻訳能力だ。そのままではどうしていいかわからない原点のCanをどう今に生かすことができるのか。

 昔はバンドを組んで音楽に熱中した。だからまた大人バンドを組んで楽しもう。それは趣味としてはいいことだろう。しかし、ここで言っている意味とは違う。

 私も、原点Can、つまりそもそも私が一番好きで恵まれていた才能と、もう1つあった探求心や分析力が開花して育んできた大人Canを掛け合せたときに、私なりにユニークな能力を見つけることができた。どちらか一方では差別化にはならない。いくら私がしゃべりがうまいとしても、それで一流のアナウンサーになれるわけもない。

 こんな人もいた。同じ年齢の友人で、彼も経営コンサルタントだった。彼は絵を描くのが好きで、得意だったらしい。大学受験に際しては、親に嘘をついて美術系の大学に進んだ。ところが学費の滞納からそれが親にばれて、辞めさせられて、別の一流大学に入り直して経営コンサルタントになる。しかし、44 歳のとき、期せずして私と同じ日に会社を辞めて、陶芸の勉強を始めた。芸術の道が忘れられなかったのだ。職業訓練学校に入って技術を中心に学んだ。プロになるべく陶作を始めたのだが、それは正直、趣味の域を出るものではなかった。ところがしばらくして、彼もそれを悟ったのか、陶芸ショップを始める。経営コンサルの知識と才能、そして芸術に対する造詣があったので、店はゆっくりとだが成功した。そんな開花の仕方もあるのだ。

 さて、あなたの原点Canは果たして何だろうか。多くの人はそれを封印している。封印を解いても、それを仕事に活かす方法がわからない。一度、活かし方がわかったら、その人は幸せだ。ごく一部の人は、封印を解き、その活かし方も考えて会社に提案して採用されたり、ことによると会社を辞めてまで新たな挑戦を始める。

 辞めると将来に不安があってもイキイキしている。好きなことを生活の、いや人生の真ん中に置けるからだ。

 正月休みは終わってしまったが、新春にそんなことを考えてみてはいかがだろうか。

[DIAMOND online]

Posted by nob : 2014年01月07日 09:33

まったく同感です。。。

■お墓文化に縛られていたら日本の未来は暗い
吉田丈治

お墓に入りたくないという女性が多いらしい。

当方33歳なので墓に入るとかそういうことを自分事として考えたことは無かったのだが、自分ならどう思うだろうかと考えてみたところ、「なんともおもわなかった」。お墓に入りたいとも、入りたくないとも思わなかった。それが正直なところだ。

■お墓に思い入れなんて無い

それはお前が子供の頃から墓参りの習慣が無かっただろ!というツッコミを受けそうだが、そういう訳でもない。

自分の祖父母もみんな亡くなってしまったし、何回忌みたいな事でお墓にお参りに行くということも無いわけではない。

ただ、そのお墓参りという行動に思い入れが全く無いんだなぁ。

極端な話をすると、親戚一同が集まる口実でしょう。わざわざ墓参りでやる必要ありますかね。

故人をおもうなら、それは脳内でやればいい。お墓の前にいかなきゃ手を合わせられないというものでもないでしょう。

思い出深い人であれば、色んなシチュエーションで思い出すものだし、それは時と場所を限らないはずだ。

■お墓が無いと残された人たちが困る…のか?

お墓に出向いてお墓をきれいに掃除して手を合わせる。そういうポーズの為にお墓が必要だろうか。

そんな事しなくても良いから、命日になにかやるならホームパーティーでも開いて親戚一同、わいわいとやってくれた方が良いなぁ。中心に自分の写真が置いてあるのかもしれないけど。
これからの老人なんて、きっと生前のビデオなんて腐るほどあってさ、集まる度に掘り出し物ビデオ発見した!とかいって盛り上がってくれたら楽しいんじゃないの?

一年に一度集まる事ってこんなに楽しいことなのか!みたいな方向に持っていったほうが幸せになれるんじゃないだろうか。

出生率の低下や、核家族化による絆の低下だとか、色々言われるけど、要は家族の必要性を感じる機会が少ないってことだよね。

ましてやこれから高齢化社会で介護というどちらかと言うとネガティブなベクトルで家族が必要になってくるんだ。

自分の子供にはそんな体験させたくないなとか思ってしまったら、ますます出生率なんて低下してしまうだろう。

■家族をもっと楽しい物に

デジタルアーカイブが増えていくこれからの時代。お墓参りなんて古いですよという時代がきっと来る。

悲しみにくれざるをえない最後であるなら仕方がないが、大往生だったら喪服着て集まるより、一族で集まって楽しい時間を過ごせる方が良いだろう。

お墓文化なんてどうでもよいので、家族が楽しくなる方向に文化を持って行って欲しいですね。

[All About newsdig]


■女性の3割が「墓に入りたくない」 新たな埋葬法が不要論を後押し

 人生も後半戦。“終のすみか”を考える皆さん、死んだら、どんな墓に入りたいですか? 既婚男女1000人へのウェブアンケートを行ったところ、女性の27.6%(男性は20.6%)が墓には入りたくないと答えた。

 死後、「墓に入りたくない」と考える人は、なぜ女性に多いのか。その背景について『お墓は、要らない』などの著者で、土葬や野辺(のべ)送りなどの昔の弔いに詳しい高橋繁行さんに聞いた。

「女性が、先祖代々の墓に入ることをうっとうしがったり、家族のしがらみから抜け出したいと思ったりするのは、今に始まったことではない。ただ、これまでの埋葬法とは違う『樹木葬』『散骨』『手元供養』といった新しい供養の仕方の登場が追い風となり、自分の意見を言いやすくなったのではないでしょうか」

 男性の場合はどうか。長男は良くも悪くも「先祖代々の墓」に縛られやすいが、次男や三男のほか、実家から遠く離れて長年暮らしてきた人たちは都市圏を中心にあふれている。

「急速な少子化に加え、単身世帯の増加や無縁化などを背景に、入るべき墓を持たない人が増えています。『墓不要論』の根底にある、墓地や墓石にかかる不明瞭な価格への不信感も影響しているでしょう」(高橋さん)

 その時代の経済事情や社会情勢を色濃く反映し、刻々と移り変わる「墓への考え方」。いつごろから変化してきたのか。前出の高橋さんが指摘する。

「1990年ごろ、それまでの墓石は『先祖代々何々家之墓』などと書かれていたが、自分たちの好きな字などを刻む『文字墓』が出てきた。これを機に、柔軟な考え方が受け入れられ、さまざまな埋葬法に目を向ける人が増えた気がします」

 高橋さんは、「残された遺族の気持ちもくみ取る判断の必要性」を訴えている。

 故人が散骨を望んだとしても、遺族には手を合わせる場所がなくなり、寂しい思いをするケースがあるという。あるいは、個人の意志を尊重して無宗教の葬儀を営んだ結果、親戚などから非難を受ける“世間体”も無視できない。

「どうしたら、自分自身、そして家族が納得できるか。生きているうちによく考え、話し合いましょう」

[週刊朝日]

Posted by nob : 2014年01月03日 20:02

早起きは三文の徳。。。

■早起き習慣を身につけたい人へ...継続するために大事な2つのポイント

ソーシャルメディア共有サービス「Buffer」の共同設立者Joel Gascoigneさんは、朝の日課をかなり重要なものとしてとらえています。実際、Joelさんは朝の日課を「もっとも見返りのある習慣」と呼んでいるほどです。今回は、Joelさんが「早起きを習慣付けるためにやった方がいい」という2つの大事なポイントを紹介しましょう。

私は朝の日課を愛していて、常に守るように心がけています。日課の中心は、まず日の出前に早起きすること。大事な仕事を90分間やり、それからジムに行きます。最近、自分のブログにもこの習慣ことを書きました。

今回は、朝の日課を数カ月間にわたって継続させるためのポイントと、朝の日課を習慣化するとどれだけ大きなメリットがあるかという、2つのポイントに絞ってお伝えします。

そもそも、なぜ早起きをするのか?

朝の習慣において重要な2つのポイントについて話す前に、「なぜ早起きをした方がいいのか」について、私の考えをいくつかお話したいと思います。

第一に、成功している人は早起きな人が多いということです。実際、毎朝6時に起きる習慣がある人は、人生において大抵何かを成し遂げています。私がよく知るCEOたちには、かなりの早起きで、朝4時半に起きている人が何人もいます。

さらに、早起きをすることで「その日を自分で作っている」という気分になります。朝になったらベッドから這い出て、それからいつものようにメールをチェックするのと、自ら率先して早起きをして、誰にも邪魔されない静かな時間に大事な仕事をするのでは、どちらが自分の人生をコントロールしていると感じられるでしょうか。私は後者を選びたいです。

では、早起きを習慣にしたいと思った人には、これから2つの重要なポイントについてお話していきましょう。

夜の習慣を作る

毎朝早起きをする習慣を身につけるために、私が発見したもっとも大事なポイントは、睡眠が7時間未満の日が続くと、遅かれ早かれ疲れてしまうことです。

これに対抗する最善の手段は、自分に必要な睡眠時間を把握し、自分に必要な睡眠時間が取れる時間に寝ること(私の場合は約7.5時間です)。早く眠ろうと決めてから、一日の仕事の疲れを取り、ベッドに入る時には頭から仕事が離れているようにするために、30分の癒しの時間(散歩)を設けるようにもしました。

ある程度継続して早起きをするためには、朝の習慣と同じくらいに夜の習慣も大事になるのです。

週末も早起きをする

もうひとつの大事なポイントは、長期間継続して早起きをするなら、平日と同じくらい週末も意識した方がいいということです。たまに寝坊することだってあるし、週末に気をゆるめて休むことも大事だと分かっています。しかし、個人的には週末に起きる時間を遅くしてしまうと、平日の早起きにも大きな影響があると感じました。週末も早起きするように意識してからは、早起きの習慣が長い間続くようになりました。

平日に早起きをしようと決めたら、週末にはいつもの時間より1時間以上遅く起きないようにした方がいいと思います。つまり、金曜や土曜の夜も、早く寝るようにした方がいいということになります。土曜日や日曜日にいつもより数時間も遅く起きると、月曜日に早起きしたいと思ってもできない、もしくはつらいと感じます。

ありがちなのは、月曜日に少し遅く起きるようになると、火曜日もそうなってしまうこと。水曜日には早起きの習慣が戻ると思いますが、規則的に早起きを続けていた時の、流れる魔法のような状態を感じることはできないでしょう。週末に意識して平日と同じような早起きをしない場合は、毎週末ちょっとした時差ボケのような状態になります。週末にも平日と同じような時間に起きていれば、体がゆるんでいないので、継続して早起きを習慣付けられますよ。

Two important and often overlooked aspects of creating a lasting morning routine | Joel.is

Joel Gascoigne(原文/訳:的野裕子)

[ライフハッカー]


■朝の時間は稼ぎどき〜ベットから飛び起きたくなる7つの習慣

この50年、ベッドの中で朝日を浴びたことは一度もない。 ──トーマス・ジェファーソン(第3代アメリカ合衆国大統領)

Dumb Little Man:朝日がまだ昇りきる前、ごく選ばれた人たちだけが、まどろみから身を起こし、新しい一日に向かって歩き出します。この選ばれた人々は、暖かいベッドから抜け出せない私たち凡人に比べ、はるかに多くのことを成し遂げます。

朝を支配する鉄人とはどんな人たちでしょうか?

理論上は、朝の4時に起きようと11時に起きようと生産性は変わりません。重要なのは、頭と体に十分な休息を与える時間である睡眠の質です。

こうした早起きの鉄人、生産性の申し子たちは世界を違う視点で見ています。彼らにとって朝の時間は稼ぎどきなのです。毎朝、目的意識とともに目覚め、確信とともに行動し、容赦なく達成していきます。

では、彼らはどのようにして毎朝ベットから抜け出しているのでしょうか?

1. ウォーキングの習慣をつける

人間は習慣の生き物です。人体の自然なサイクルである24時間の概日リズムに従えば、身体の機能をフル活用できます。

例えば、自分に合った時間を見つけてウォーキングを日々の習慣にすれば、目覚めもよくなり、毎朝フレッシュな気持ちでベッドから抜け出せます。

2. 朝食はリッチに夕食は質素に

人体にとって最適なのは、 朝食はリッチに夕食は質素にすることです。朝にしっかり食べれば、一日中高いエネルギーを保ちながら程よく燃焼させていけます。

夕食を軽い食事で済ませれば、就寝時には胃の中を空にできます。体が正常に機能しており胃に潰瘍もないなら、空腹のほうがよく眠れます。胃の中が空であれば、消化ではなく細胞の修復と活性化にエネルギーを使えます。

3. 目的をもって生きる

小さな子どもは夜に眠るのをいやがります。また、世界で一番、ベッドから起きだすのを待ちきれない人たちでもあります。なぜこれほど「勤勉」なのでしょうか? 子どもたちは「どんな些細なことでも見逃したくない」のです。

大人である私たちには「見逃したくない」以上の何かが必要です。人生を変えるようなワクワクするゴールが必要であり、そこへ到達するため毎日を規律正しく生きることも重要となります。命をかけるほどでなくとも、最低限、毎日を「生きる」ための目的は必要不可欠なのです。

4. 一日を計画する

目的を持って生きようと言うのは簡単です。しかし、ちゃんと計画しないとゴールを追いかけるのは来週からでいいかなとつい先延ばしになってしまいます。

計画すれば、ゴールに向けて脳も動き出し、毎日が充実します。翌日のスケジュールを整理するのに、毎晩15分もあれば十分です。

毎日のウォーキング、重要なタスクに取り組む時間、食事とリクリエーションの時間などをスケジュールしてください。きっちりすれば、目的意識を持って日々を送れるとともに、より多くのタスクをこなしながらより多くの楽しみを享受できます。人生の貴重な時間を浪費にせずに済むのです。

幸せな人々は行為を計画するのであって、結果を計画するのではない。──Dennis Wholey(テレビプロデューサー)

5. 水を飲む

寝る前に少しの水を、朝起きたときに500ccの水を飲んでください。寝る前の水は体の修復プロセスを促進します。睡眠中に新鮮な水が体の隅々に行き渡り細胞を活性化します。朝の水には2つの役割があります。一つは、心身が目覚めるための最初の水として。もう一つは、消化システムを起動させ、排泄を促すため。朝からお通じが良いと気持ちがいいものです。

6. 体を働かせる

前述のとおり、人体には24時間の概日リズムがあります。このリズムが、睡眠、食事、運動など、あらゆる身体機能に影響を与えます。

概日リズムに従えば、身体を効果的に働かせることができます。例えば、朝に運動をすれば、血流がよくなり、体も高いレベルで働いてくれます。

運動する時間がないと言う人は、すぐにその時間が見つかるだろう。病気になったときに。ー Edward Stanley(ダービー伯爵)

運動を日課にすれば、その時間が来る前には、体はエネルギーを高めて準備を整えます。体験すればわかりますが、エネルギーを高めた状態で目覚めると、ベッドから飛び起きたくなります。

7. 「私的」な時間を持つ

少しは「私的」な時間もないと充実した朝にはなりません。瞑想は心をクリアにし、集中力を養ってくれます。世界のニュースをじっくり読むのもよいでしょう。こうした私的な時間もスケジュールに組み込んでおきます。

何をすれば充実するかは人それぞれ。自分にあった活動を選んでください。ポイントは、朝目覚めたときに、ベッドから飛び起きずにいられないほど、「心から」楽しい活動を選ぶこと。本当に飛び起きますよ。ぜひ、試してみてください!

7 Simple Ways To Burst Out of Bed Each Morning|Dumb Little Man

Alex Shalman(訳:伊藤貴之)

[ライフハッカー]

Posted by nob : 2014年01月02日 22:40

睡眠は時間よりも質とは思うけれど、、、心がけてみたいと思います。。。Vol.2

■「8時間寝るのがベスト」は忘れよう:集中力向上につながる睡眠ハック3選

人間は平均して一生のうち24年間を寝て過ごします。しかし、この「睡眠」に関しては不可解なことが多く、健康のためにどのくらいの睡眠時間が必要なのかもわかっていません。今回は研究成果を取り上げながら、この「睡眠の謎」に迫ってみました。

睡眠に関する最大の問題のひとつは、「話題があまりにも多すぎる」ことかもしれません。必要な睡眠時間やその影響、睡眠中に起きていることなど、一般的なことは誰もが知っています。けれども、これらの知識をどこで得たのかよく考えてみると、人づての話だったり、子どもの頃に母親から言い聞かせられたりしたものがほとんどだったことに私は気付きました。

「8時間睡眠がベスト」説は忘れるべし

「自分に必要な睡眠時間」については、誰もがわかっているはずです。私も良く使うセリフですが、「8時間から9時間は寝ないとダメだ」というのが一般的な回答でしょうか。

とはいえこれは、事実無根の思い込みかもしれないのです。

睡眠研究の第一人者Daniel Kripke教授によれば、これまでに「8時間睡眠が理想的である」ことを裏付ける証拠は一切見つかっていないということです。同教授の最新の研究では、「一晩に6時間半から7時間半の睡眠を取る人が、もっとも長生きで幸福度も高く、最大の生産性を発揮している」ことが判明しています。

この研究でさらに気になるのは、「それ以上長く眠ると健康に悪い」という点です。

私自身、一晩8時間の睡眠がベストだと考えていたので、この結果には驚きました。ただ言うまでもなく、ひとつの基準が万人に当てはまるわけがありません。ヨーロッパの睡眠研究の第一人者 Jim Horne氏は、著作『眠りの科学への旅』でこう述べています。

それではまるで、人間はみな靴のサイズが25センチで、身長が170センチでなければいけないと言っているようなものです。

まずは、Kripke教授の言う6時間半から7時間半の間で、自分に最適な睡眠時間を探るのが近道のようです。私も、現在この方法で取り組んでいます。

寝不足の落とし穴:脳に与える影響とは

さて、睡眠に関するとても興味深い話のひとつをご紹介しましょう。4時間しか寝ていないはずなのに、7時間半の睡眠を取った自分と同じくらい集中力があり、頭が冴え、仕事をバリバリこなしている人に出会ったことがありませんか?

この状況からは、「極度の睡眠不足であっても、しっかりと睡眠を取った人と同程度の集中力を持ち、元気いっぱいでいることは可能」ということが言えます。実際、ある最新の研究結果によると、何らかの課題を与えられた時にベストを尽くせば、睡眠不足の人も、そうでない人と全く同じ結果を出せることが明らかになっています。変ですよね。

いっぽうで、こんなこともわかっています。

十分に寝ていようが寝ていまいが、人は誰でも、時おり集中力を失います。そんな時、十分な睡眠が取れていれば、頭がぼんやりしてきても脳がそれを補おうとし、集中力は復活します。ところが、睡眠が不足していた場合、集中力は回復しないのです。

大きな発見は、睡眠不足状態にある人間の脳も、正常に機能することはあるものの、断続的に停電のような状態に陥るという点です。

こう語るのは、ハーバード大学で研究を行なうClifford Saper教授です。

「4時間しか寝なくてもバリバリ仕事ができる」と豪語している人は、嘘をついているわけではありません。ただ問題は、集中力を失ったら最後、それを取り戻す力がないことにあります。さらにひどいのは、睡眠不足の人は自分のパフォーマンスの低下を自覚しないという点です。

睡眠不足が足かせになっていることに、本人も気が付かないのです。Saper教授は、「一見したところ、いつも通りに頭が働いているという時間帯もあるため、実行力もあるし大丈夫だろうという誤解をしてしまいます。しかし、実際には脳にひずみが生じているので、悲惨な結末を招きかねません」と説明しています。

睡眠の力を味方につけよう

寝不足は確かにつらいもの。では、睡眠の力を最大限に活用し、成果をどんどん上げていくにはどうしたらよいのでしょうか。

より良い睡眠習慣を作り上げることに焦点を絞った情報は、ネット上にあふれています。そこで、私が「もっとも賢い人」と考える数名の力を借り、快い睡眠と生産性向上のために取り組むべきアプローチを3つにまとめてみました。

その1:お昼寝習慣のススメ

Bufferで働き始めてからの2年間、私は毎日20分ほど昼寝をしています。私の大好きな作家で、SNS関連の著書が米紙「New York Times」のベストセラーリストに名を連ねるMichael Hyatt氏も長年昼寝を習慣としており、自身のブログでもその効果について述べています。

Hyatt氏は昼寝の最大のメリットを、「ほんの数分浅い眠りに落ちるだけで、脳が注意力を回復できること」だと指摘しています。

私自身は、いつも午後3時頃に能率が落ちてくるので、それに合わせて昼寝の時間をとっています。目覚めた時には生産性が100パーセント回復しており、まさに最善策といえます。

Hyatt氏が紹介している動画によれば、昼寝習慣の主な利点は疲労回復です。当然だとお思いになるかもしれませんが、まさに日々の幸福度を大幅にアップさせてくれる要因なのです。

ただし、昼寝を習慣づけるのはけっこう難しいので、成功するための3つのヒントもお教えしましょう。

* まず、昼寝の習慣を周囲にしっかりと認識してもらいましょう。同僚や上司の協力やサポートを得られれば、昼寝をうまく習慣づけるための準備が整います

* 昼寝の長さも重要です。「昼寝をしても自分には効果がない」という声をよく耳にしますが、このような場合は大抵、昼寝の時間が長すぎるのが原因です。30分以上昼寝をしてはいけません。私の場合、20分が最適な長さです

* 極めて重要な最後のポイントは、昼寝を一貫した習慣にすることです。毎日昼寝をすることと、昼寝する時間帯(生産性が低下する午後3時頃が一般的)の両方を確実に守りましょう

その2:入眠儀式を持つ

毎晩歯磨きするように、簡単に眠りにつくためにはどうしたらいいのでしょうか。答えは簡単。心地よい眠りへと自分を導く「入眠儀式」を持てばいいのです。

「習慣」と違い、「儀式」には人をその気にさせる力があります。BufferのJoel Gascoigne氏は、入眠儀式についての自身のブログ記事で、「習慣は、自分自身に無理やり課す行動であることが多いのに対し、儀式はやらずにはいられない行動」だと説明しています。

入眠儀式で大切なのは、この1日を締めくくるための行動が、「その日の仕事や活動から完全に切り離されている」ということです。儀式の例をいくつかご紹介しましょう。

* 決まったルートを決まった時間に20分ほど散歩します。頭がすっきりし、眠りへの準備が整います。就寝前の散歩については、こちらの記事の「Paulo Coelhoのスピードエクササイズ」も試してみてください

* フィクションの本を読むのも効果的です。ノンフィクションではなく小説を選びましょう。日常と完全に切り離された別の世界や観点にどっぷり浸かって、眠りに備えましょう

* 最後に、私自身に効果てきめんだった方法をもうひとつ。それは、「起床時間をきっちり決める」という方法です。そして起床時間を、起床後すぐに取り組まなくてはならない活動に結びつけます。7時30分に目覚ましをセットしても、いつもスヌーズボタンを押してしまうという人は、違った方法を試してみましょう。目覚まし時計を同じようにセットした上で、朝起きたらすぐにしなくてはならない行動とその時間を決めるのです

私の場合は、「起床後すぐの7時40分に朝食をとる」などを設定しています。Gascoigne氏は、起床時間のきっかり5分後にジムに向かうそうです。これで、ベッドから出られずグズグズする朝も減りますね。

その3:心身ともにちゃんと疲れる

『成功と幸せのための4つのエネルギー管理術―メンタル・タフネス』の著者、Jim Loehr氏とTony Schwarz氏は、著書の中で上質の眠りを得るためには、身体的にも精神的にも疲れる必要があると主張しています。

精神的に困難なタスクと、身体的に負担の大きいタスクを、最低でもひとつずつ自分に課してみましょう。熟睡につながり、全身をしっかり休めることができます。

最後にもうひとつ:女性は男性より睡眠時間が必要

最後に、非常に興味深い事実をご紹介します。平均すると、女性は男性よりもほんの少しだけ長めの睡眠を必要とするそうです。個人差はありますが、平均では20分ほど長いようです。この理由についてHorne氏は、「男性よりも女性の脳のほうが複雑な配線であるため、長めの睡眠が必要だ」と著書『眠りの科学への旅』で述べています。

How much sleep do we really need to work productively? | Buffer

Leo Widrich(原文/訳:遠藤康子/ガリレオ)

[ライフハッカー]

Posted by nob : 2014年01月02日 22:32

死に方は生き方の完結、安楽死の法制化は必要、個人の選択に任せるべきこと、、、基準は本人の明確な意思のみ、原則本人が執り行える方法論を。。。

■オランダで「安楽死専門クリニック」が話題 「日本」でも開業の日は近い?

医師による「安楽死」が合法とされているオランダで、「安楽死専門のクリニック」が話題になっている。クリニックは行政の中心都市デン・ハーグにあり、患者の自宅に医師を派遣して、投薬による「安楽死処置」をするサービスを行っているという。

同国でも、安楽死処置を行った医師が刑事罰を免れるためには、「患者の苦痛が永続的で、耐えがたい」など、様々な条件をクリアする必要がある。それでも、あるレポートによれば、2005年から2010年にかけて死亡した患者のうち、安楽死を要請した人の割合は4.8%から6.7%に増え、安楽死を容認する医師の割合も37%から45%となった、と報告されている。

日本でも「いかに死ぬか」への意識は高まりつつある。安楽死を望む声も時折聞かれるが、こうした「安楽死専門クリニック」が日本で開業される可能性はあるのだろうか。金子玄弁護士に話を聞いた。

●積極的安楽死は、形式的には「殺人」になる

「わが国では、現行法上、安楽死専門クリニックの開業は困難でしょう」

どうしてだろうか?

「『安楽死』には、『間接的安楽死』、『消極的安楽死』、『積極的安楽死』の3類型があります。投薬による安楽死処置は、このうち積極的安楽死にあたります。

この積極的安楽死は、直接的に患者の生命を短縮することから、形式的には殺人罪(刑法199条)ないし嘱託・承諾殺人罪(刑法202条後段)に該当します。

このため、現行法上で合法的に積極的安楽死を行うためには、何らかの理由によって『違法性がない(違法性が阻却される)』と認定される必要があります」

●裁判で「違法性がない」と判断される基準は?

積極的安楽死について、「違法性がないと判断されるための基準」はあるのだろうか?

「名古屋高裁・昭和37年12月22日判決は、以下に挙げる6つの要件があれば『違法性が阻却される』と判断しました。この裁判例は以後、基準として機能しています。

(1)病者が現代医学の知識と技術から見て不治の病におかされ、しかもその死が目前に迫っていること

(2)病者の苦痛が甚だしく、何人も真にこれを見るに忍びない程度のものとなること

(3)もっぱら病者の死苦の緩和の目的でなされたこと

(4)病者の意識がなお明瞭であって意思を表明できる場合には、本人の真摯な嘱託・承諾のあること

(5)医師の手によることを原則とし、医師により得ない場合には特別の事情があること

(6)その方法が倫理的にも妥当なものとして認容しうるものであること」

ずいぶん古い判決だが、基準はいまでも変わらないのだろうか?

「比較的新しいものでは、横浜地裁・平成7年3月28日判決が、次の4要件により、違法性阻却要件を判断しています。

(a)患者が耐え難い肉体的苦痛に苦しんでいること

(b)患者の死期が迫っていること

(c)患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くし、他に代替手段がないこと

(d)生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示があること」

日本にも安楽死についての基準は存在するものの、あくまで、こうした条件が全て満たされたごく例外的な場合にのみ、問題がなくなるという判断のようだ。実際に医師が処置を行うためには、安楽死が社会的に容認されたうえで、法律やガイドラインが整備されるなど、超えるべき様々なハードルがあるということだろう。

●オランダとは社会的背景が違う

安楽死が広がるオランダでの動きを、金子弁護士はどうみているのだろうか?

「オランダでは、1980年代から積極的安楽死を巡る議論・実態調査を踏まえて、2001年4月には安楽死を合法化する刑法改正に至りました。

ただし、そこに至る社会的背景として、ホームドクター制度の充実、インフォームドコンセントの徹底、医療保険制度の整備等が存在することを見逃してはいけません」

やはり、社会の前提が違う点が大きいのだろう。日本でも今後、安楽死を巡る議論が進む可能性はあるのだろうか? 金子弁護士は次のように締めくくっていた。

「社会的背景が異なるわが国では、オランダでの実例をそのまま斟酌することはできませんが、患者の自己決定権の尊重の風潮は年々高まっています。立法化の必要も含め、積極的安楽死を巡る議論の深化が望まれるところです」

【取材協力弁護士】
金子 玄(かねこ・げん)弁護士

[弁護士ドットコム トピックス]

Posted by nob : 2014年01月02日 17:16

引け際の演出、、、それは創作活動の完結。。。

■小椋佳 来年9月「生前葬コンサート」

 シンガー・ソングライター小椋佳(69)が発売中のオリジナルアルバム「闌(たけなわ)」を最後のアルバムとした上、来年9月に東京・NHKホールで「生前葬コンサート」を開くことが22日、分かった。

 気力、体力の減退が理由という。同アルバムと異例のコンサートをもって、大掛かりな歌手活動に一区切りをつける。

 「闌」は「宴も闌ですが…」などと使われる言葉。小椋は「今が真っ盛りという意味ですが、物事が終わるあいさつなんです」と話した。70歳を目前にした決意だ。「間違いなく気力、体力は減退したという実感はあります。同期で幸運にも第2、第3の職場を与えられた人でさえ隠居している。音楽活動の場合は定年はない。だから自分でけりをつけなくてはいけないと思った」。

 異例のステージも決まった。来年9月12日からNHKホールで4日間連続で「小椋佳 生前葬コンサート」と銘打った公演を行う。1日25曲を予定しているが4日間で全て異なる計100曲を歌う。

[日刊スポーツ]

Posted by nob : 2014年01月02日 17:10

安倍首相(アメリカ合衆国日本州知事)は米国政府の意向には沿うのだから、米国政府に会談を取り持つように働きかけてほしい。。。

■【靖国参拝】「中韓は安倍首相と会うべき」 ニューヨーク・タイムズ

中韓は安倍首相と会うべきだ――。

安倍首相の靖国神社参拝を受けてアメリカの有力紙「ニューヨーク・タイムズ」は、これ以上、日中韓の関係を悪化させないためにも中国と韓国はこれまでの姿勢を改め、日本との対談を実現させるべきだと指摘した。両国は対談を拒否することで、軍事化を目指す安倍首相に口実を与えてしまっていると批判した。

■「安倍首相の本当の目的は日本を軍事国家にすること」

ニューヨーク・タイムズは12月26日に掲載した記事の中で、安倍首相の本当の狙いが「第二次世界大戦時代の日本の誇りを取り戻し、日本を軍事国家にすること」であることが、今回の靖国神社参拝で明らかになったと指摘。

さらに、「アメリカは日本が東アジア圏において軍事的存在感を強め、信頼できるパートナーになる」ことを望んではいたが、かえって日本は東アジアの不安定化を招く「アジアの問題」になってしまったと懸念を示した。

記事には安倍総理大臣が靖国神社参拝に先立ち、野党やメディアの反対にもかかわらず特定秘密保護法を成立させたほか、自衛隊の装備を拡充する防衛大綱をまとめるなどして、政治的なリスクを負いながら日本の戦後の平和主義からかじを切ろうとしているとしています。
また、外交的には今回の靖国神社参拝が日本と中国や韓国との関係を一層悪化させ、アメリカにとってももはや日本は、中国に対抗するうえで頼りになる存在ではなく、中国との緊張を高める「アジアの問題」になろうとしていると指摘し、アメリカの対アジア政策にも悪影響を及ぼしかねないと懸念を示しています。
(NHKニュース「米有力紙『参拝は平和主義から離脱』」より。12月28日11時56分)

■「中国と韓国は安倍首相に口実を与えてしまっている」

こうした安倍首相の強硬な態度を厳しく批判した上で、ニューヨーク・タイムズは社説の中で、領土問題や歴史問題を巡る中国や韓国の硬化した態度が日本国民に不安を与え、軍事化を目指す安倍首相に口実を与えてしまっていると指摘した。

中国と韓国の両国は2012年に安倍氏が首相に就任して以来、領土問題や慰安婦問題をはじめとする歴史問題を理由に会談を拒否しつづけている。
しかし、中国と韓国のこのような態度が逆説的に今回の安倍首相の靖国参拝につながったと考えられる。過去1年間における尖閣諸島をめぐる中国の「けんか腰」な動きは、日本国民に中国が軍事的脅威であるという印象を与え、その結果軍事国家を目指す安倍首相に口実を与えてしまったためだ。靖国神社参拝も安倍首相のそうした動きの一環である。
さらに韓国も慰安婦問題を巡って日本と対立し、朴槿恵大統領は安倍首相との会談を拒否してきた。その結果、韓国への反感を募らせつつある日本国民の信頼を取り戻す努力を怠り、今や日本人の約半数が韓国を軍事的脅威とみなしている。
(ニューヨーク・タイムズ “Risky Nationalism in Japan”より。12月26日)

「けんか腰」な態度とは、中国が一方的に尖閣諸島上空を含む東シナ海エリアに防空識別圏を制定したことなどを指していると考えられる。こうした中国と韓国の姿勢が日本国民の不安を煽り、安倍首相の言動をサポートする世論を作り上げてしまっているという指摘だ。

従って、安倍首相の軍国化を目指す動きをこれ以上加速させないためには、中国・韓国の首脳が日本との対談の場を設け、直接これらの課題を議論する必要があると述べている。

同時に安倍首相がこのような大胆な行動に出ることができるのはアメリカの軍事的バックアップがあるからこそであると指摘し、アメリカ政府は安倍首相の方針を支持しないという考えを明確に打ち出すべきと説いた。

[ハフィントンポスト]

Posted by nob : 2014年01月02日 13:11

安倍首相(アメリカ合衆国日本州知事)の暴走暴挙を看過するも歯止めるも私たち次第。。。

■安倍総理が靖国神社に参拝 軍事国家化に歯止めがきかなくなった日本

 12月26日午前、安倍晋三総理が靖国神社を参拝した。

 8月15日の終戦記念日、10月17日の秋の例大祭での参拝を見送っていたことから、昨日までの時点で、「年内の参拝は見送りの見通し」と報じられていた。従って、今回の参拝は、まさに”電撃的”であったと言える。

 内閣総理大臣の靖国神社参拝は、2006年8月15日、当時の小泉純一郎総理が参拝して以来、7年4ヶ月ぶりとなる。小泉政権以後、歴代の総理は、中国、韓国との関係改善を優先して参拝を見送ってきた。 この日の参拝を受け、中国と韓国は激しく反発している。韓国政府は「日本側の信頼と誠意が疑われる」とする声明を発表。中国も、程永華駐日大使が外務省を訪れ、「強烈な不満と厳格な非難」を表明した。特に中国は、この日がちょうど抗日戦争を戦った故毛沢東主席の生誕120年の記念日にあたることから、中国国民の反日感情の高まりは必至の情勢だ。

◆急速に軍事国家化に傾く安倍政権◆

  12月4日の日本版NSCの創設、12月6日の特定秘密保護法の強行採決、12月23日の武器輸出三原則の事実上の緩和による南スーダンへの銃弾1万発提供、そして今日の安倍総理による靖国神社参拝など、この年末にきて、安倍政権の軍事国家化に歯止めがきかない状態となっている。9月26日にニューヨークで講演した際、安倍総理は「右翼の軍国主義者と呼びたいならどうぞ」と開き直ってみせた。9月26日にニューヨークで講演した際、安倍総理は「右翼の軍国主義者と呼びたいならどうぞ」と開き直ってみせた。

 暴走のブレーキがきかないのは政府だけではない。「皆さまのNHK」もである。

  12月23日の天皇誕生日に、NHKは天皇陛下80歳の誕生日のお言葉の中から、「戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今の日本を築きました」の文言を削除して放送した。恣意的な削除であることは明らかである。政府だけでなく、メディアも一体となって、憲法の改悪と日本の軍事国家化に向けた地ならしを行っているのである。

 中国、韓国との首脳会談がいまだに開催されないなど、日中、日韓関係が戦後最悪と言われるまでに悪化している現在、安倍総理があえて靖国神社に参拝するということは、「中国、韓国との関係を自ら進んで改善する意志は日本側には毛頭ない」というメッセージを、両国に突きつけたということに他ならない。

◆「電撃参拝」がこのタイミングだった理由◆

 このタイミングで安倍総理が参拝に踏み切った理由として、米軍普天間飛行場の辺野古への移設が、ほぼ決定的となったという事情が背景として考えられる。

 前日の25日、安倍総理と沖縄県の仲井真弘多(ひろかず)知事が会談。安倍総理は仲井真知事に、2014年度予算案に概算要求を上回る沖縄振興予算を計上したことを説明。2021年度までの振興予算を毎年3千億円台確保することを伝えた。

 仲井真知事は「驚くべき立派な内容だ」などと政府側の提案を高く評価。「有史以来の予算だ。いい正月になる」とほくほく顔で語り、辺野古の埋め立て申請を27日に承認する意向を示した。

 日本政府にとっては、日米関係における長年の「躓きの石」だった辺野古移転の問題で、大きな前進を見たことになる。米国側への”義理”を果たしたとの思いから、安倍総理の”宿願”であった靖国神社参拝に踏み切ったのではないかと考えられる。

 安倍総理にとって、靖国神社の参拝を巡る問題は、先の大戦で被害を加えた中国、韓国との問題である以上に、畢竟、米国との外交問題なのであろう。靖国問題に対してずっと釘をさしてきた米国が、一番文句を言いづらいタイミングをはかった、ということになる。

◆仲井真知事への揺さぶりか ここにも徳洲会の影◆

 安倍総理と仲井真知事との会談に先立つ12月1日、自民党沖縄県連は、米軍普天間飛行場の移設先として「辺野古移設を含むあらゆる選択肢を排除しない」とする方針を正式に決定した。同県連はこれまで県外移設を明確に求めており、政府の求めに応じて”変節”をしたかたちだ。

 “変節”した自民党沖縄県連、そして仲井真知事に対しては、「結局はカネなのか」と批判があがっている。

「いい正月になる」と、ほくほく顔で大金を手にして辺野古への基地移設に賛成するのならば、「沖縄」に対する日本国民のまなざしは一気に冷ややかなものになるだろう。自民党議員と県知事ら「変節漢」に対しては、軽蔑が残るだけだ。

 「沖縄は日本政府に対するごまかしとゆすりの名人だ」と発言したとして、2011年3月に更迭されたケビン・メア前在沖縄総領事に対し、仲井真知事は「県民の尊厳を傷つけた」として強く抗議していた。我々もまた、沖縄に対する侮辱は許されないと考え、メア氏を批判した。しかし、今の仲井真知事と自民党議員は、メア氏が口にした「ゆすりの名人」という悪口雑言に対し、正面からこれに反論できるだろうか。

 言うまでもなく、沖縄県民すべてが、自民党議員と知事の”変節”を支持しているわけではない。25日、首相官邸前と沖縄県那覇市の沖縄県庁前では、市民が政府と仲井真知事に対し抗議の声をあげた。真剣に、打算なく辺野古移設反対を貫いている人にすれば、自民党議員と知事の手のひら返しは、侮蔑以外の何ものでもあるまい。

 仲井真知事の背後には、猪瀬直樹前東京都知事に5000万円を渡していたことが問題となった、徳洲会の存在が指摘されている。2006年12月の知事選で仲井真氏が立候補した際、徳田毅氏が同じく立候補していた糸数慶子氏の陣営を離れ、仲井真氏の支持に回った。2010年11月の知事選でも、徳洲会は仲井真氏を全面的に支援した。

 昨年12月の衆院選を巡る徳洲会の公職選挙法違反、そして猪瀬直樹前東京都知事への5000万円受領問題がここへ来て大々的に表面化したのは、徳洲会から支援を受けてきた仲井真知事に対し、日本政府とその意を汲んだ検察が、揺さぶりをかける狙いもあったと考えることができるのである。

◆米国は靖国神社の存在をどう考えているか◆

 では、米国の、靖国神社に対する認識とは、どのようなものなのだろうか。

 10月3日、「2プラス2」(日米安全保障協議委員会)のために来日したケリー国務長官とヘーゲル国防長官が、その足で、東京都千代田区の千鳥ヶ淵戦没者墓苑に献花を行った。

 千鳥ケ淵戦没者墓苑とは、第二次世界大戦で死亡した日本の軍人や民間人のうち、身元不明や引き取り手のない遺骨を安置するための施設である。A級戦犯の合祀によって中国や韓国から批判が出ている靖国神社に代わる、国立の追悼施設として定めてはどうか、という議論が、これまでも浮上しては遠のくという繰り返しをしてきた。

 安倍総理は今年の5月、「フォーリン・アフェアーズ」のインタビューに応え、「日本人が靖国神社を参拝するのは米国人がアーリントン墓地を参拝するのと同じ」と語った(東亜日報 5月21日)。

 ケリー国務長官とヘーゲル国防長官による献花は、靖国神社をアーリントン墓地になぞらえた安倍総理に対する、はっきりとした批判に他ならない。米国は、戦前の日本から引き継ぐ「靖国」の伝統より、中国への配慮、第二次世界大戦の歴史を優先する、というまぎれもない政治的なメッセージなのである。

 私が10月4日にインタビューした軍事評論家の前田哲男氏は、ケリー国務長官とヘーゲル国防長官の行動について、次のように説明した。

 「これは、『靖国はノーだ』という、米国のはっきりとしたメッセージだと思います。日本政府は、相当ショックを受けているのではないでしょうか。

 安倍総理の復古主義的な姿勢は、韓国からの強い反発を招いています。米国の東アジアにおける軍事戦略は、日本と韓国に存在する米軍基地を基礎にしています。したがって、米国にとって、日韓関係必要以上にこじれることは、好ましいことではありません」

◆靖国神社は長州藩の神社◆

 安倍総理が靖国神社への参拝にこだわる理由の一つに、山口県を本籍地とし、同じく山口出身の岸信介を母方の祖父に、佐藤栄作を大叔父に持つという、自らの出自と家系が影響していると考えられる。

 というのも、靖国神社とは、山口県(旧長州藩)に起源を持つ神社なのである。以下、今回の安倍総理による靖国神社参拝のサイドストーリーとして、靖国神社の起源について押さえておきたい。

  1865年、長州藩が奇兵隊の死者を祀るために建立した桜山招魂社が、靖国神社の起源である。その後、禁門の変、戊辰戦争などで戦死した長州軍の兵を合祀。明治維新後、明治天皇の上京にともない、天皇の錦の御旗が与えられることで、官幣の神社として靖国神社が設立された。

 靖国神社の境内の中央には、大村益次郎の銅像が立っている。このことが、靖国神社の性格をよく表していると言える。大村益次郎は、後に初代総理となる伊藤博文や木戸孝允、高杉晋作、井上馨らとともに戊辰戦争を戦い、天皇をかつぐことで江戸幕府を「朝敵」として「成敗」した、長州藩の軍事的リーダーである。

 そして、大村の思想を受け継ぎ、明治3年に徴兵令を発布したのが、大村と先輩・後輩の仲であり、初代陸軍卿に就任する山県有朋であった。

 高杉晋作が「武士だけでなく、百姓・町人でも戦える者は兵隊として抜擢せよ」と提唱して創設された奇兵隊、そして大村益次郎、山県有朋へと受け継がれた軍事思想の中核とは、軍隊を江戸時代の武士のような一部の階級に限定するのではなく、国民をあまねく徴兵の対象とするという、「国民皆兵」である。

 安倍総理が突き進む日本の軍事国家化は、長州藩に起源を持つ「国民皆兵」の思想を受け継いだものであると見なすこともできなくはない。

 陸海軍、とりわけ陸軍において圧倒的な支配力をもった長州閥は、幕末維新の内戦を戦い抜いた、その後、どこにまなざしを向けていたか。

 朝鮮半島である。朝鮮半島への侵略は、幕末の時点から、維新の志士らの間に広く共有され、胚胎していた軍略思想だった。

 明治維新後に「国民皆兵」で徴兵された日本軍が、日清戦争時に朝鮮半島で行ったジェノサイド(大虐殺)の真実について、北海道大学名誉教授の井上勝生氏にインタビューを行ったのは、今年の夏のことだった。

◆先にあるのは日本の国際的孤立◆

 これまで繰り返しお伝えしてきたように、特定秘密保護法、日本版NSCの創設、解釈改憲による集団的自衛権の行使容認など、米国は日本の軍事国家化に向けて背中を押し続けてきた。しかし、同時に、ケリー国務長官やヘーゲル国防長官による千鳥ヶ淵戦没者墓苑への献花にも見られるように、日本の右傾化する歴史認識について、折に触れて釘も差してきた。

 言わば、アクセルとブレーキを同時に踏んできたのであり、それは米国内部で日本に対する外交姿勢に複数の意見が存在することを意味する。米国内は日米同盟最重視の一枚岩ではないのである。

 しかし、ここにきて安倍政権は、高揚した国内のナショナリズムと、自らが一方的に信じているだけの「強固な日米関係」という物語を背景に、外交上の繊細なバランス感覚の一切を投げ打って、軍事国家に向けて、ブレーキの壊れたダンプカーのように、猪突猛進を開始した。その果てにあるのは、中国や北朝鮮はもちろん、韓国や米国からも距離をおかれる、愚かしい国際的孤立ではないのか。

 米国内のジャパンハンドラー達にハシゴをかけられ、得意気に駆け登って、あげく米国にハシゴを外されたときには、「右翼軍国主義者と呼べ」と開き直った安倍総理は、どう責任をとるのか。いたずらに国を危うくする、それが「自称」であろうと「愛国者」のすることだろうか。(岩上安身)

[BLOGOS]

Posted by nob : 2014年01月02日 12:51

そのとおり!!!Vol.32

■新潟県知事 泉田裕彦 
東電は原子力発電部門の分離と事実隠蔽の原因究明をせよ
東京電力:インタビュー特別編

東京電力の命運を握る柏崎刈羽原子力発電所の再稼働。それに待ったをかける立地県首長の真意に迫る。

――東電は現在、銀行から新しい融資を受けるための総合特別事業計画を書いていますが、東電の収支は完全に柏崎刈羽原発に依拠しています。結局、金の問題で再稼働せざるをえないという状況について、どのように考えていますか。

 言いたいことは2つ。1つは、原子力発電部門を東電から分離しないとダメではないかということ。3月11日以前は東電も、県からの安全対策要請をかなり 前向きに考えてくれていました。それが今、苦しい懐事情のために先送りや曖昧な対応になっている。県民の生命や安全、財産を守る知事の立場として、原発を 安全に運用すべき東電がこれでは困ります。

 それというのも、そういう制度設計になっていることが問題なんです。国策民営でやってきた事業で大事故が起きたときに、すべて東電の利益で賠償させるス キームになっているから、「柏崎刈羽の再稼働か新潟県民の安全か」なんて選択肢になるんです。根本的に変えるべきです。そのために、いろいろ活動していま す。

――具体的にどのような取り組みをしているのですか。

 いろいろやっているんですけど、手の内は明かせませんので(笑)。こんなことをやっていますって言ったら、フタをされちゃうじゃないですか。

 誰が責任をとるか、被災者の救済をどうするのかも含めて制度設計を見直すということになれば、また違った結論が出るわけです。なんら責任をとっていない株主や東電に融資している金融機関に責任をとってもらう破綻処理も一つの選択肢です。

 言いたいことのもう一つは、再稼働の議論の前にやるべきは福島の事故の検証と総括で、これが唯一無二ということです。その中で東電は、なぜ事故発生から2カ月もの間、メルトダウンの事実を認めず故意の虚偽発表をしたのか原因を解明すべきです。

 東京電力は3月11日、地震のその日、夕方5時の段階で数時間後にメルトダウン開始ということは認識していました。ところが、東電がメルトダウンを認めたのは、2ヵ月後で、この間、ずっとウソをついていたわけです。

 これね、過失じゃないんです。故意なんですよ。わかっていたのに、あえて言わなかったということです。誰がそんな指示をしたのかを明らかにする必要があると思います。背景事情もあるはずですから。

 なぜウソをつかなければいけなかったのか。それは制度上の問題なのか。他にも課題がある可能性があるので、自ら犯した故意の虚偽発表、事実の隠蔽について、なぜそういう選択に至ったのかを、まず解明すべきだと思うんです。そうでないと、また同じことが起きるでしょ。

――東電を持株会社制にして廃炉や汚染水対策部分を切り分け、対策の責任を明確化する案の議論が進んでいますが、問題の解決になると思いますか。

 いや、難しいんじゃないんですかね。東電の社長が一人で判断できることには限界があり、非常に多くの課題を背負っている組織を、切り分ければすむ話ではないと思いますね。

 持株会社制にしても、傘下の企業で賠償費用の負担を分担する状況になったら今と変わらないと思いますよ。そうではなくて、やっぱり原子力発電部門を東電から分離しないと安全を優先する組織にならないのではないですかね。

 それから、株式会社が福島第一原発の廃炉をすることに私は疑問を持っています。利益にとらわれない公社、もしくは廃炉庁などをつくるべきだと思っています。

 現場の作業員の方々は、ひょっとすると途中でかなりピンはねをされて、すごく厳しい環境で働かされているわけで、彼らの国家公務員化等を考えるべきだと思うんですよ。

 現場が何を望んでいるかというとね、やっぱり使い捨てされるっていう感覚については抵抗感が強いですから、そうじゃなくて国家公務員等として身分保障することでモチベーションを継続するということが重要なんじゃないでしょうか。

――東電の廣瀬(直己)社長が会見でよくおっしゃっているのが、例えば1000人の廃炉庁をつくったとして、廃炉は30年にわたる作業だから、人数が足りるのかと。一方、3万人の従業員がいる東電が最も現場をわかっているので、東電内で順繰りに人を回せないと廃炉だけはどうにもならんとおっしゃっています。

 廃炉の人員が足りないというのなら、廃炉庁は採算を考えないで、1000人と言わず補充すればいいんですよ、もっと。で、それは国費でやるんですよ。廃炉作業に十分な人数と体制を、利益に依存しないかたちで確保して、対応できる体制をとるべきです。

 民間企業の経営ができる範囲でやろうっていう考え方が間違っているということだと思います。だから、採算度外視でやるです。

――立地県の首長として、柏崎刈羽原発の再稼働に対して実質的な最終権限を持つため、東電の命運を握る状態になっています。当初、柏崎刈羽原発について東電が原子力規制委員会の審査を申請することに否定的でしたが、9月末に条件付きで承認しました。周囲からの圧力を感じてのことでしたか。

 いろいろな声は届きました。そして、原発の話は普通の政策論と違って、本質的な議論が伝わらないことも困っています。廣瀬社長と面談すると、記事のタイトルはなぜか「泉田が怒った」とかなってしまう(笑)。

 ほかにも例えば、今でも大手の報道各社は規制委の審査を「安全審査」と書くでしょ。あれは「規制基準適合審査」だし、規制委自身も「安全審査」とは言わないんですよね。なぜかというと、この基準は線量規制の上限値を外しているんです。つまり、基準をクリアしても健康に影響のある被曝をしうるものなんです。あくまで設備の規制基準なんですよ。これを何度説明しても、大手マスコミは絶対に書いてくれない。

 そうすると何が起きるかっていうと、「なぜ知事は東電に“安全審査”を受けさせないんだ」という誤解が広まるんです。それでは不安だということになるんで、「じゃあ、規制基準適合審査はどうぞ」ということで申請の承認をしたんです。

 でも、フィルターベントの運用については、プラント1基だけで身体に影響がある被曝をしうるという県の試算が出ているので、当然、住民の避難計画との整合性をとっていただかないといけない。そこで、体制が整うまで運用開始できないようにするという条件をつけたんです。

 ただ、最初は「泉田が圧力に負けてブレた」と言われた(苦笑)。「どうしてブレたんですか」って質問には、ブレていないし、ここが問題なんですって説明をしています。

――第1回の規制委の審査会合で東電の管理能力について規制委から審査に入れるかどうかの懸念が示されましたが、これについてはどういうお考えですか。

 首尾一貫しない、審査権限の振りかざしという風に見えるんですよ。規制委は住民の健康と安全を守るために政府の関係機関に勧告をする権限を持っているので、むしろやるべきことは、このままでは十分ではないと思えば、ほかの政府機関に勧告をすべきです。

 本来公益を守るはずの規制委が自分の権限を縮小して、住民の安全、安心、健康、財産、これらをいかに別の機関のせいにするかに努力している姿は滑稽です。

――泉田知事といえば、東電だけでなく規制委とも代わる代わる闘っている印象です。

 最初から両方が問題を抱えていました。根本的な問題は何かというと、福島での事故、これを検証しないと新しい原発の基準を作れないわけですよ。それをやらないで基準を作っているんで、そこがスタートラインとして間違っていると思うんですよね。

 そして、規制委の体制ですよね。審査をするのが設備班と地震・津波班しかいないんですよ。にもかかわらず、電力会社の管理能力を審査すると言っているわけです。それならば、マネジメント班をつくらないと、本来審査できないんじゃないかと思うんですよ。

 設備の性能だけ見てもしょうがなくて、事故が起きた原因は判断ミスもありますし、情報を隠すという組織がうまく機能していない部分もあるし、それを助長するような法体系っていうのもあるわけです。

 それなのに、規制委員会が地震・津波班と設備班しか持っていなくて、抽象的に管理能力を審査するというのは、体制からしても不備じゃないかと思います。

 さらに、この規制委の規制基準がですね、住民の健康を守るという視点に欠けているんですね。今回、敷地境界での上限線量を外しました。つまり、住民の健康に影響のある被曝を避けるっていう観点での基準になっていないということです。

 つまり、何のために審査しているのかよくわからないのです。規制委員会が「審査はちゃんとやりました」という責任回避のための審査になっているのではないかとさえ思えるんです。

 この辺について、規制委にはちゃんと説明していただく必要があるのだと思います。ですが、規制委の田中(俊一)委員長が私との直接の面談を拒んでいます。他県の知事にはもう会っています。私に会わないのは説明ができないからっていう以上の理由はないと思います。

 そんな状況で、地域住民の方が基準をクリアしたから近くの原発は安心だと思えるかは疑問です。規制委の今の行動一つひとつが不信を助長していると思います。

――知事自身は脱原発といった考えを持っているのですか。

 原発の燃料であるウラン235は、核燃料サイクルが実現しなければ化石燃料より早く数十年程度で枯渇します。そうすると、原発は人類史から見れば過渡的なエネルギーにしかならない。だから、いずれにしても次のステップを考えないといけない。

 私は資源エネルギー庁時代にエネルギー供給計画に2度携わっています。世界の情勢や企業の動向、燃料調達リスクなどをにらみながら、かなり専門的な議論をした上で供給計画をつくって、エネルギーのベストミックスを考える。

 原子力も同じだと思うんですよね。事故のリスクや廃炉費用、核燃サイクルがどうなるかを含めた上で、コストがどうなるのか評価をして初めて結論が得られる。答えが先にあるという考えには、私はあまり現実味を感じないですね。

 (「週刊ダイヤモンド」編集部 鈴木崇久)

[DIAMOND online]

Posted by nob : 2014年01月01日 23:48