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消費者の利便性と企業間の競争とのせめぎ合い。。。

■ ドコモ社長「全機種SIMロック解除」宣言の衝撃
ジャーナリスト 石川 温

 NTTドコモの山田隆持社長は7月6日、2011年4月以降に出荷するすべての携帯端末に、「SIMロック」を解除できる機能を盛り込む方針を明らかにした。いち早く報道した日本経済新聞電子版の記事はミニブログ「Twitter(ツイッター)」などを通じて瞬く間にユーザーに広まり、大きな反響を呼んだ。衝撃はユーザーだけに止まらない。携帯端末メーカーや通信業界の関係者にも驚きをもって受け止められた。

予想外だった「全機種対応」

 業界関係者の多くが目を疑ったのが「全機種」という点だ。NTTドコモはもともと、1つの端末を複数の通信事業者で使えるようにするSIMロック解除に前向きなスタンスだった。なぜなら、仮にNTTドコモの端末がSIMロック解除となっても、ユーザー流出の影響はほとんどないと予測されていたからだ。

 他社のSIMカードでは「iモード」サービスが使えず、電話とSMS(ショート・メッセージング・サービス)程度の機能しかない端末になってしまう。NTTドコモを使い続けてきた多くのユーザーにとって、iモードのない電話機など無用の長物だ。NTTドコモ経営陣も、SIMロックを外してもユーザーの流出は限定的と見積もっているだろう。

 ただ、主力機種をSIMロック解除に対応させるだけでも、相当な開発コストがかかる。そのため総務省が今年6月にガイドラインを策定した時点では、大半のメーカー関係者が「SIMロック解除の対象は、子ども向けの通話特化型端末などに限定されるのではないか」と予測していた。

 総務省にとってSIMロック解除は、威信にかけても市場に導入したい案件である。そこで通信事業者はとりあえず限られた種類のSIMロック解除端末を用意して、メンツを立てるつもりではないか、というのがメーカー各社や通信業界の共通認識だった。実際、SIMロック解除に反対の立場をとっていたソフトバンクモバイルの孫正義社長も、途中から「一部機種では対応させる」と態度を軟化させていた。

ソフトバンクへの宣戦布告

 しかし、NTTドコモの山田社長は「全機種対応」と明言した。これは間違いなく、アップルのスマートフォン「iPhone」を持つソフトバンクモバイルに対する「iPhoneもSIMロック解除に応じよ」という宣戦布告である。

 SIMロック解除で市場を活性化しようとするなら、全通信事業者が対応する必要がある。とはいえ、通信規格が異なるKDDIはどう頑張っても現状では「蚊帳の外」だ。次世代通信サービスの「LTE」に移行すれば規格が統一されると言われているが、LTEは当初はデータ通信のみで、音声通話は既存の技術を使う。そのため、LTEが導入されてもSIMロック解除の効果が出るまでに時間がかかる。

 NTTドコモとしては「うちが全機種、SIMロックを外すのだから、ソフトバンクモバイルも全機種、外してくださいな」と詰め寄りたいのだろう。総務省とさらには世論を巻き込んでiPhoneのSIMロックを外すことができれば、ネットワーク品質のよいNTTドコモにユーザーが流れてくると期待しているのだろう。

 一方、ソフトバンクモバイルは「iPhone、iPadはNTTドコモと戦うための武器。絶対に渡さない」と孫社長が公言するように、SIMロック解除の流れから何としてもiPhoneを死守したいはずだ。そのため、NTTドコモと比べてネットワーク品質が劣るというユーザーのクレームに対して「電波改善宣言」を打ち出し、エリアの充実や公衆無線LANスポットの拡大、小型基地局の導入などの対策を進めてきた。

 「SIMロックが解除されれば、海外に渡航した際に現地通信事業者の安価なデータ通信サービスを利用できるようになる」という要望も根強いが、6月28日には「海外パケットし放題」というサービスを発表。31カ国・地域で来年6月まで1日上限1480円の定額でパケット通信を使えるようにした。SIMロック解除の標的からiPhoneをそらすために、ソフトバンクモバイルはあらゆる手を打とうとしているかのようだ。

ドコモへの乗り換えは有利?

 ただ、実際にiPhoneを持ち歩いていると、屋内などで電波が不安定で、使いたいときに圏外になるケースが多いように感じる。事実、SIMロックがかかっていない香港版の「iPhone3GS」にNTTドコモのSIMカードを挿したものと、ソフトバンクモバイル版iPhone3GSとを比較しても、やはりNTTドコモの電波をつかんでいるiPhone3GSの方が、安定してデータ通信を行えるケースが多い。

 世界各国に出荷されているiPhoneやiPadは、実はハードウエアとしてはすべて同じなのだという(背面に記されている「技適マーク」などは各国によって異なる)。購入時にアップルの管理サービス「iTunes」に接続した際、本体内にある個体番号をネットワーク側が識別し、出荷した国に合わせてその国の通信事業者の情報をファイルとして書き込む。つまり、SIMロックの有無はファイル1つでいくらでも変えることができ、アップルがファイルさえ用意すれば、日本のiPhoneもいつでもSIMロックフリーになるのだ。

 とはいえ、iPhoneユーザーがそのままNTTドコモに乗り換えて、何の支障もないかどうかは検証の余地がある。

 1つは音声通話の品質だ。NTTドコモに端末を納入しているある海外メーカー関係者は、「NTTドコモのネットワークは世界と比べるとやや特殊で、独自のカスタマイズが必要になってくる。海外で売られている端末をそのまま持ってきても、着信がうまくできないことがあり、何らかの改善が必要」と指摘する。データ通信は問題なくても、音声通話では何らかの影響が出る可能性もある。

 仮にiPhoneがNTTドコモのネットワークで使えるとしても、それだけでユーザーが一気にソフトバンクモバイルからNTTドコモに流れるとも考えにくい。ソフトバンクモバイルにはユーザー間の通話が無料になる「ホワイトプラン」があり、iPhoneユーザーの間ではかなり重宝がられているからだ。

 また、ソフトバンクモバイルが海外で一般的なMMS(マルチメディア・メッセージング・サービス)を標準機能として提供している点も大きい。仮にiPhoneがSIMロック解除となっても、NTTドコモでMMSが使えなければ、サービス内容が低下することになる。

 NTTドコモも「棚からぼた餅(もち)」のようにiPhoneが手に入るわけではない。MMSに対応しなければならないし、iモードメールをインターネットメールのようにiPhoneで送受信できるようにする必要も出てくるだろう。

一番のしわ寄せ、国内メーカーに

 NTTドコモの全機種SIMロック解除で、より大きな影響を受けるのが日本の端末メーカーだ。ある日本メーカー関係者は「SIMロック解除が前提となれば、日本メーカーが一番しわ寄せを受けるのは間違いない」と頭を抱える。

 ファイル1つで簡単にSIMロックが外れるiPhoneとは異なり、日本メーカーがSIMロック解除に対応しようと思えば、開発や検証に相当なコストがかかる。通信事業者により周波数が異なるため、ソフトバンクモバイル向けに端末を納入しているメーカーは、NTTドコモのネットワークでも使えるように追加で800MHzの周波数にも対応しなくてはならない。1つの端末で通信各社のメールやウェブサービスを利用できるようにするには、ソフトウエア開発に膨大な時間とカネがかかる。

 「SIMロック解除の対応に開発費と人を割いていたら、海外進出どころの話ではなくなってくる」とあるメーカー幹部は語る。

スマートフォン戦略への打撃

 もうひとつの懸念が、今年後半から来年に国内メーカーが勝負をかけようとしているスマートフォン戦略に影響を及ぼしかねない点だ。「日本メーカーは海外メーカーのスマートフォンと違いを出すために、通信事業者や日本独自のサービスを搭載することに全力を挙げていた。しかし、SIMロック解除が前提となると、通信事業者の独自サービスは載せづらくなり、海外メーカーと似たような端末にしか作れなくなってしまう」(メーカー関係者)

 すでにシャープがKDDI向けに供給する「IS01」は、KDDIのプッシュメールや著作権保護が必要なコンテンツサービスに対応している。さらに年末以降は、各社が電子マネーの「おサイフケータイ」といったサービスを搭載し、既存の携帯電話ユーザーがスマートフォンにスムーズに乗り換えられるようにする戦略を描いてきた。しかし、SIMロックが解除されれば、すべての通信事業者で使えることが最優先となり、この戦略を大きく見直さざるを得なくなるだろう。

 SIMロック解除は、通信事業者の意向に従うだけに見える国内メーカーを自立させ、世界進出を後押しするという意義が強調されるが、メーカーは本音ではありがた迷惑な話と受け止めている。海外進出の契機どころか、さらに企業体力を奪う可能性もある。

 ユーザーにもメーカーにも混乱が生じないかたちでSIMロック解除を導入するために、各通信事業者はどのように合意すべきなのか。来年4月までに、解決すべき課題はまだ数多く残っている。

[日本経済新聞]

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Posted by nob : 2010年07月07日 15:41