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とんだ茶番。。。Vol.2

■「原発なしで電力は賄える」は本当か

 「週刊朝日」6月10日号に、広瀬隆氏の『「原発全廃」でも電力不足は起きない!』という記事が掲載された。北海道から九州までの電力9社が保有する原子力発電以外の火力発電などの設備と、他社が発電した電力を受電した分で、最大電力需要を賄えるという主旨だ。広瀬氏の説が本当なら、節電のために努力している産業界にとっても、暑い夏を冷房なしで過ごすことを心配している事業所や店舗、そして家庭にとっても、うれしい限りだ。

 インターネットなどをみると、そんな広瀬氏の記事への注目が高まっている。広瀬氏への賛同を、ブログで表明する市長も現れた。一方、政府が節電の要請を止めようという気配はない。広瀬氏の主張が正しいのであれば、節電の努力は不要なはずだが、むしろ節電のための取り組みは広がっている。自動車業界は平日の電力供給に問題があることから、木曜と金曜を休日にして、土曜と日曜の操業を決めた。学習塾では早朝に授業しようという動きがある。事務所は冷房温度を28℃に設定するのが普通のことになってきた。広瀬氏の主張は正しいのだろうか。

 実は広瀬氏の主張の根拠になっている数字を検証すると、原発なしでも電力需要を賄えるという主張に、疑問符が付く。よく知られているように広瀬氏は、「原発を今すぐに廃止しろ」との立場だ。福島第1原発の事故を受けて、今後、原発をどうするか、国民的議論が必要なことは間違いないが、それには正確な情報が必要だ。原発廃止を強く訴えたいために、データをよく検証せず、原発を今すぐ廃止しても電力供給は大丈夫と言い切るのは、ミスリーディングと言ってもいいだろう。

 電力需給に関する広瀬氏の主張をみながら、実態を分析してみよう。

電力需要はどこまで減らせるか

 よく指摘されることだが、電力は貯めることができない。電力が必要な時、必要な分だけ発電して、供給する必要がある。仮に必要な量を発電できなければ、電圧と周波数の低下を招いて、大停電を引き起こす。停電を回避するために、電力会社には冷房需要が高まる7月や8月の最大電力需要を賄えるだけの設備を保有することが従来から求められている。この最大電力需要を、原発がなくても十分に賄えるだけの設備能力があるというのが、広瀬氏の主張だ。

 最大電力需要はどの程度になると予想されているのだろうか。日本の電力供給と需要の約3分の1を占める東京電力の事情を確認してみよう。東電は今年の最大電力需要を、5500万kWと想定している。広瀬氏も記事のなかでこの数字を引用している。しかし実際は、家庭と産業で節電が進むことから、実際の最大電力需要はさらに減ると予想される。

 節電による需要減はどの程度、見込めるだろうか。電力需要のひと月分の積算値である電力販売量の実績を基に分析してみよう。東電の管内における5月の電力販売量は、主に家庭向けの「電灯」が前年同期に比べて12.2%減、産業向けの大口需要は同5.7%減になり、全体では同11.9%減になった。震災の影響が続いていることに加え、家庭での需要が、節電意識の高まりで大きく減ったのがその理由だろう。

 一方、ヤフージャパンなどのウェブサイトでは、「電気予報」という情報を提供している。この予報が示す「使用率」とは、利用できる東電の発電設備がフル稼働した場合の発電量に対する、瞬間的な電力需要の割合を示している。積算の電力販売量が約12%減っていることから、瞬間の使用率も平均で昨年比10%以上、減っていると言える。

 この傾向が続けば、7月や8月に予想される最大電力需要も、5000万kW程度になる可能性が高い。現在、東電の柏崎刈羽原発が4基稼働していることから、今年の夏は乗り切れそうだ。問題は、震災からの復旧が進む来年以降の電力需要に対応できるかどうかだ。今後、この4基が定期点検の時期を迎えて停止していけば、供給はさらに厳しくなるだろう。東電の過去10年間の最大電力需要の推移を図-1に示したが、リーマンショックの影響で経済が低迷した2009年を除いて、最大電力需要は6000万kW前後だ。

 東電の販売電力量に占める電灯の需要は3分の1程度で、大口需要家をはじめとする産業部門が電力需要に与える影響は大きい。家庭の節電が浸透しても、来年以降、生産活動が復旧して産業用の電力需要が伸びれば、最大電力需要は6000万kWになってもおかしくはない。5500万kWという今年の予測は例外で、来年以降の需要を賄えるかどうかが大きな問題だ。

 東電以外の電力会社の最大電力需要も、来年以降、伸びが予想される。低迷が予想される今年の需要予測の数字をもってして、原発がなくても需要を賄えると言い切る広瀬氏の主張にはやはり無理がある。しかし、氏の主張の問題点は、需要に対する見方にも増して、供給力に関する認識にある。次のページで詳しく見てみよう。

図-1 東電の過去10年間の最大電力需要の推移
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設備があっても100%の供給はできない

 広瀬氏は、電力会社が保有する原発以外の水力、火力の発電設備と、他社からの受電で需要を賄えるから、原発を全廃できると主張している。この主張には、3つの大きな誤解がある。

 まず、水力発電の設備能力と、実際に可能な発電量は異なる。水力発電所は常に100%の設備能力で供給できるわけではない。2番目に、石油火力のなかには昭和30年代に建設されたものもある。これも常に100%の能力で使用できる保証はない。そして3番目の誤解は、他社受電に、卸電力事業者である日本原子力発電の原発が発電した電力が含まれている。彼が示す「原発なしでも大丈夫」の根拠そのものが、原発全廃になっていないわけだ。

 具体的に東電の発電能力を基に確認してみよう。広瀬氏の記事によると、東電が保有する火力の発電能力を合計すると3869万6000kW、水力は898万1000kW、他社受電は1081万6000kWで、すべて合わせると5849万3000kWの発電能力がある。だから広瀬氏は、火力と水力だけで、供給予備力が6.4%あると計算している。一般に、万が一に備えて供給予備力は最低8%必要であると言われているが、350万kWの設備の余裕があれば、何とかなる可能性が高い。しかし、この5849万kW超の発電を本当に期待していいのだろうか。

 まず、水力発電について検証してみよう。水力発電の方式には、自流式、貯水式、揚水式の3つがある。自流式は流れ込み式とも呼ばれ、自然の流れを利用するので需要のピークに合わせて発電することはできない。一方、ほかの2方式はピークに合わせて放流し、発電が可能だ。もちろん貯水式の場合、空梅雨で雨が降らなければ発電できない。揚水式は主に原発の夜間電力を利用して、水をダムに揚げて放流するもので、ピーク需要に対応できる。ちなみに原発がなければ、高値の化石燃料をたいて水を揚げることになる。

 それでは実際、水力は最大電力が必要な時、どの程度稼働していたのだろうか。最新の2008年のデータによると、東電の水力発電の設備能力は898万6000kWであるのに対し、実際に発電した最大の出力は、646万kWだった。上述したような理由から、設備能力の72%しか利用できなかったわけだ。このことから、約250万kW分の供給力を見込めないことが分かった。ほかの電力会社の水力発電の事情も、似たり寄ったりだ。関西電力は設備能力が819万kWあるのに対し、実際の最大出力は616万kWで、75%しか利用していない。中部電力は522万kWに対し、349万kWで67%だ。広瀬氏の資料によれば、関電の余力は101万9000kW。この時点で需要を賄えなくなる。

 火力はすべて利用できるだろうか。これも難しい。1979年に起きた第2次石油危機を受けて、国際エネルギー機関(IEA)は石油火力の新設を、原則、禁止した。これを受けて、日本でも石油火力は新設されず、既存の石油火力も、石炭や液化天然ガス(LNG)火力に転換していった。電力会社は現在も、老朽化が進んだ石油火力でさえ、ピーク需要に対応するために保有し続けている。しかし、設備の古さと効率の悪さは否めない。

 東電が保有する火力発電所のうち、約25%に当たる1075万kWは石油火力だ。このうち、広野2号機、3号機(合計200万kW)は、石油の需要が緩んだ2000年代半ばに完成した。この2基を除く16基、875万kWはIEAが建設を禁じた79年以前に着工した、30年以上も前の設備だ。最も古い横須賀3号機の運転開始は47年前である。熱効率も悪く、発電端でも39%しかない(発電端から発電所内の電力消費や送電時のロスが生じるので、需要家に届く電力を示す「送電端」の熱効率はさらに悪化する)。電力会社によっては、熱効率が33%に過ぎない石油火力もある。LNG火力の43-45%の熱効率と比較すると、日本の既存の石油火力の効率の悪さは際立っている。

卸電力に含まれる原子力の発電

 さらに、問題は「他社受電」と呼ばれる、卸電力事業者と卸供給事業者から電力会社が買う電力だ。「一般電気事業者」と呼ばれる東電など地域ごとの電力会社に電力を供給する事業を手掛ける卸電力事業者には、水力と石炭火力が中心の電源開発(Jパワー)と、原子力発電の日本原子力発電の2社がある。日本原子力発電は、東海第2と敦賀1、2号機の262万kWの原発を保有している。原発を全廃するなら、この他社受電分も目減りする。

 2008年のデータによると、東電はピーク時に1179万kWの電力を他社から受けている。このうち、124万kWは原発だ。関電は、原発から80万kWの電力供給を受けている。中電は69万kWだ。この数字には東北電力と北陸電力の原発からの融通電力が含まれているが、原発の電力であることに変わりはない。

 水力、火力、他社受電のすべてで、広瀬氏の主張が成立しないことが分かった。仮にすべての火力が100%稼働し、今年が節電モードで従来よりも最大電力需要が下回ったとしても、関電では原発なしでは電力供給に大きな問題が生じる。東電も供給力はぎりぎりだ。火力が100%稼働する前提で東電と関電の電力需給状況を図-2と図-3に示した(注:水力の発電能力と他社受電のデータは送電端、火力の能力と需要量は発電端の数字で、供給の数字を発電端に合わせると数%供給が増えるが、大きな影響はない)。

 広瀬氏は、自家発電があるので供給力に不安はないとも主張しているが、現在ある自家発のうち、供給力に余裕がある発電所は、既に電力会社と長期契約を締結して電力を供給する卸供給事業を行っているか、直接、需要家に電力を販売しているはずだ。設備を遊ばせている会社はないだろう。今回の原発停止をきっかけに、新たに電力供給を始めようという自家発などはほとんどないわけだ。電力の供給に不安を覚え、これから自家発を新設する企業があるかもしれないが、現在の燃料価格を考えると経済性が不透明で、それほど多くの企業が今から自家発の設置に踏み切るとも思えない。

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発送電分離で供給は増えるのか

 広瀬氏の電力問題に関する論調には、時として誤った思い込みがみられる。

 例えば、同じ記事のなかで、「風力は補助金目当てで立てられた利権の産物で動いていない」と広瀬氏は言い切っているが、ほんの一例を全体の話にすり替えている。

 大半の風力発電所は稼働している。氏が指摘するように「自然界における風力発電の実害がすさまじい」というほどの騒音、日照への影響が問題視されているところもほとんどない。多くの風力発電所は環境上の問題が少ない場所に設置されている。風力発電所の建設が難しくなっている最大の要因は、送電線網に余裕がなく、不安定な電源を多く接続することが難しくなっていることだろう。

 また、広瀬氏は、発送電を分離すれば、電力の供給量が増えるとも主張している。しかし、なぜ供給が増えるのか、その理由は明確ではない。既に送電については託送制度が導入され、競争力のあるコストで発電できる事業者は卸供給事業などに参入しているだろう。発送電を分離すれば、送電コストが下がるから、新規参入が増えるとの主張があるかもしれないが、発送電を分離すると、逆に送電コストが上昇して、新規参入が困難になる可能性が高い。

 つまり、こういうことだ。電力会社は総括原価主義と呼ばれる方式で、コストに適正利潤を加えた電力料金が認められている。この結果として電力会社の利益水準は一般的に低いレベルにある。

 収益性を測るには、総資産額に対し、いくらの利益があったかを見るのが一番分かりやすい。総資産利益率、「ROA」だ。震災の影響がなかった直近のデータでは、日本の電力のROAは一番高い中部電力でも2.0%、最も低い東北電力は0.8%だ。1兆円の資産があるとすれば、利益は80億円しかない計算だ。

 日本の他業種の同規模の企業と比較すれば、ROAはかなり低い。また、米国の大手電力会社のROAを見るとサザン社が3.3%、アメリカンエレクトリック社が2.8%、コンソリデーティッドエジソン社で2.6%だ。

 もし、発送電を分離し、送電部門を売却した場合、購入した企業が1%や2%の利益率で満足するだろうか。東電の送配電部門の資産は5兆円だ。5兆円に対し500億円しか利益がないような投資をする企業があるだろうか。結局、今の電力会社が得ているような利益水準では普通の投資家は満足しないだろう。発送電分離により、送電料金の値上げが起こる可能性が高い。

 新規に参入した結果、値上げではなく無駄を削ることで利益を出す事業者もいるという反論があるかもしれない。電力部門の自由化の結果、送電部門のコストカットを断行したニュージーランドでは98年、オークランド市で5週間にわたる停電が起きた。高い信頼性と、定期的な補修が必要な送電部門でのコストカットがいかに難しいかを物語る。

 結局、すぐにも原発抜きで電力供給を実現する魔法は存在しないということだ。中長期には、送電線網の増強を図りながら再生可能エネルギーの導入を増やすしか方法はないだろう。欧州と異なり、電力の輸出入が不可能な日本がただちに取れる選択肢は限られている。

 電力料金は産業の競争力と、国民生活に直結している。もし、原発の発電量のすべてを火力の電気で賄うとなると、電力料金の大幅値上げは避けられない。産業によっては、エネルギーコストが安い海外に拠点を移す企業も出てくるだろう。また、今200万人を超える生活保護受給者がいることも忘れてはいけない。貧困家庭では電力料金の価格弾性値は極めて低く、電力料金値上げの影響は非常に大きい。

 原発はいやだという感情論だけでは、エネルギー問題を論じることはできない。エネルギーコスト、産業の競争力、国民生活への影響も考慮しながら、エネルギー供給の面から解決策を見つけていくしかない。データに基づいて冷静に議論したい。

山本 隆三 氏 (やまもと りゅうぞう)
富士常葉大学 総合経営学部 教授

[復興ニッポン]

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Posted by nob : 2011年07月16日 16:55