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少女たちなりの自尊心

■マックで眠るホームレスギャルの
「キャバクラ」開業の理由

モノと情報は過剰なまでに溢れ、街は清潔で安全に見える現代の日本。景気の悪化や精神的な不足感をどれだけ持ち出してきたとしても、その「豊かさ」を否定しきることはできない。しかし、いつの時代、どこにおいても、その社会から「貧困」が消えたことはないのと同様に、それが日本に残っていることも確かだ。ネットカフェ難民、生活保護、フリーター、ワーキングプア……。今も残る「貧しさ」とは、いかなるものなのか。

社会学者・開沼博が池袋のマクドナルドで出会った2人の少女、リナとマイカ。彼女たちは「移動キャバクラ」という聞きなれない生業に勤しむ。偶然の接点を頼りに生きる道を探り続けてきた2人の少女からは、現代の「豊かさ」と「貧しさ」の先に潜む現実が見えてきた。

池袋のマクドナルドで夜を明かす2人の少女

 深夜1時の池袋のマクドナルド。腹より下を毛布で覆って眠る2人の少女がいた。バッグの中には歯磨きと洗顔剤、そして洗面用具。売上ゼロに終わった本日の財布の中身は、リナが300円、マイカが170円。

 目を覚ましたリナは、携帯電話で時間を見ながらボンヤリと思う。

「最近は24時間営業って言ってるくせに、深夜2時になると4時までとか5時まで清掃とか言われて追い出しくらうからな。また公園行って寝るか……」

 カネが無くなったら100円マック。マイカが飲み物を注文したら、リナはハンバーガーを頼む。それを互いに半分ずつ分け合って飢えを凌いでいる。

 空腹であれば、一度何かを口にすればある程度は我慢できるからマシだ。それよりも、タバコを吸えないことが何より辛い。2人とも1日2箱は吸うヘビースモーカーだ。耐え切れなくなって灰皿からシケモク(吸殻)を拾って吸おうとしたマイカを「ダッセー真似すんじゃねーよ!」とリナが怒鳴りつけたこともある。

「とりあえず、ここを出るまでに顔を洗って化粧しないと」

20歳ホームレス、職業は「移動キャバクラ」

 池袋にあるマクドナルドの2階喫煙エリアのカウンター席には、コンセントがついている。幸いなことにひとり分の席が空いていた。小雨模様のその日、私はそこに座ってノートパソコンを取り出すと、コンセントを探した。しかし、それがあるはずの場所には、隣に座る若い女性の巨大なバッグが置かれている。

――お姉さん、電源使いたいんだけどちょっといいすか?

「お姉さん」は2人組だった。手狭なカウンターテーブルは彼女たちの雑多な荷物で溢れかえっていた。色黒のタヌキ顔の少女がはっとして「あ、ゴメンなさーい」と、悪びれる様子もなく返事をして荷物をどかしてくれた。

 無事にコンセントを確保した私がパソコンの起動を待つ間、少女たちが大きな声で話し始めた。

「アタシのこと、お姉さんだって」タヌキ顔が言った。「よかったじゃん」ともう一方の色白なキツネ顔が返事をする。「アタシでもお姉さんに見えるんだ。なんか、マジ気分いいんだけど」

――まあ、オバさんではないでしょ(笑)。お姉さんじゃないの?

「ホントですかー。なんかそう言われるのあんまなくて……」

 ここではじめて2人の顔、格好をまじまじと見ることとなる。一見、着飾った“ギャル”のような風体をしているが、どこか「キタナイ」。

 タヌキ顔は豹柄のジャンパーにジーンズ生地のミニスカート、それにボロボロのスウェードブーツ。キツネ顔はくすんだ紫色のビニールジャンパー、襟元にはフェイクの毛皮がついている。黄色のミニスカート、黒のショートブーツという装いだった。

 顔立ちだけからすると2人ともまだ10代後半のようだが、よく見れば肌は荒れ、ボサボサになった茶髪は痛み放題だ。

――これから仕事?

「そう」とタヌキ顔。「うーん、まあ……」と口ごもるキツネ顔をよそに、2枚の名刺を差し出してきた。

移動キャバクラ リナ&マイカ ママ リナ
移動キャバクラ リナ&マイカ チーママ マイカ

「私がリナで、こいつがマイカ」。どうやら、タヌキ顔はリナ、キツネ顔はマイカというらしい。

 彼女たちの仕事は、「移動キャバクラ」だ。

2時間5万円が最高額。「ウリ代」は別料金

 もちろん、「移動キャバクラ」という職業はリナとマイカが命名したものであって、そのような業界や業態があるわけではない。援助交際? デートクラブ? 合コン? 確かに、既存の何かに当てはめることはできないものだが、彼女らにとって、やっと行き着いた貴重な食い扶持であることは間違いない。

「最初は駅の喫煙所とかでライターを借りんの。そこからいけそうな空気感じたら、名刺渡して、みたいな。客をつかまえたら、和民とか普通の居酒屋行ってキャバ嬢みたいに接待してやるんだ。で、ガンガン飲ませて“料金”の交渉。渋ったら、バックにヤバイのがいる風を匂わして。リナなんてオラオラ系のしゃべりうまいから、サラリーマンたちびびっちゃう(笑)」

 “料金”は客によってまちまちらしい。マイカは続けて語る。

「今までの最高は2時間一緒に飲んだだけで総額5万円。これは脅したわけじゃなくて、向こうから喜んで出してきた。でも、こういうオイシイのはめったにない。だいたい5000円とか高くて1万円くらい」

 カネが入れば2人でインターネットカフェに宿泊する。カネがないときはマクドナルド。あるいは、客を誘って3人でラブホテルに泊まる。

「うちら2人はセットでしか動かない。客と2人きりではホテルに泊まらないのがルール。これはリナ命令」

 客から「ウリ代(援助交際の対価)」をもらうこともあれば、ただ話をして寝るだけのこともある。

「体を伸ばして休むこと」が最高の贅沢

 マイカに次いでリナも口を開いた。

「最近はわりと常連がついてきたから、2日おきにキャバオープンできる感じ。売上は2人で週に3万から5万円くらい? 2人ともすっげー金遣い荒いから、すぐになくなっちゃう。ホストクラブに行ったり、服買ったり、あとマッサージとか」

数百円で入店できる「自宅兼事務所」が彼女たちの日常をつないでいる

 それでも売上が立たない日が続くこともある。貯金などはじめから頭にない。マクドナルドに限ることなく、数百円の小銭さえ手元にあれば「食」と「住」にありつけてしまう現実が東京にはあるからだ。

「3~4日、風呂に入らないのはけっこう当たり前。だから、たまにまとまったカネが入ったときは、こいつと一緒に新宿グリーンプラザか池袋プラザ行ってサウナに入って、仮眠室かカプセルで寝る。あれは極楽やね。うちら最大の贅沢」

 こう語るリナの口調は荒い。それとは対照的に、マイカは20歳前後の女子相応の話し方をする。ゆっくりと体を休める様子を想像するマイカの目は輝いていた。

「サウナ、最高。カプセルも大好き。うちら普段マックとかで座ったまま寝ることが多いから、たまには横になって体を伸ばして、ゆっくり眠りたい。次、いつ行けるやろ」

 実は、リナとマイカが知り合ったのは、遠い昔のことではない――。

父親による激しい暴力。小学6年生で薬物依存

 リナは、1991年8月に大阪府堺市で生まれた、日本人の父とフィリピン人の母を持つハーフ。彼女が5歳のときに両親は離婚。父に引き取られ、母はフィリピンに帰国した。

「母親が岐阜のほうのフィリピンパブで働いていたとき、トラック運転手だったオヤジと出会ってデキちゃった結婚したらしいけど、詳しくはわからない。オヤジは最悪。オレが小学校2年生の頃、事故って会社をクビになって、その後は昼間から酒飲んで、夜はスナックとか風俗に通いまくりで。多分、よくわかんないけど生活保護を受けてたんだと思う」

 焼酎・いいちこを1日3本も飲むほどアルコールに依存する父親との生活。小学生の頃から暴力を振るわれ「いつも全身がみみず腫れ状態だった」という。

「マイカの西成よりは全然マシだけど、堺も悪いのが多いから。小学校5年の頃から、中学校や高校の先輩たちと遊ぶようになった。最初はタバコ。シンナーはやったことない。でもクサ(大麻)は早かった。小学6年生のとき。この頃は10代半ばの奴らとツルンでたんで、みんなくれるんだ。で、ガキだからすぐにブリブリになっちゃうじゃん。それを見て面白がって、みんなどんどん吸わせようとするの」

「同性愛者ではない」男への憧れから「男装」の道へ

 リナは薬物に依存すると同時に、「男装」に凝るようになっていった。

「高校を1年で中退してから、ホントに突然なんだけど、男のカッコにあこがれるようになっちゃって。とくにオラオラ系のメンズナックルズに出てくるような男。色黒で、黒髪短髪を立てて、サングラスとかして、レザーのジャケットに白いパンツみたいな。靴はヘビ革のとんがったやつとか。こういうのにすっごい憧れて、自分も同じようなカッコするようになったんだ」

 しかし、リナは自分が「同性愛者ではない」と強調する。

「男のカッコして女と遊んでるからみんながレズとかオナベかっていうと、違う。そういう奴らもいるけど、そうじゃないやつもいる。オレの場合、純粋に男になりたい。ただそれだけ。だけど、恋をするのは普通に男。付き合ってきたのも男。じゃあ、ホモかよって(笑)」

「10代の頃は、ミナミで“ギャル狩り”。ギャルサーってあるじゃないですか? オレ、ああいうツルむ奴、大嫌いで。それに男禁止とか、服はこうじゃなくちゃいけないとかやたらにルールが多いんですよ。あれがウザい。日本人って感じで。受けつけない」

 そして、16歳の時、年齢を偽ってキャバクラで働き始めた。

自分を抑えられず、キャバクラを転々とする日々

「でも、一つの店で最長2ヵ月。大阪では10店舗近くで働いたかな。オレ、続かないんだよ。だいたい客とケンカするか、スタッフとケンカするか。頭にきたら、店で暴れちゃう。ビール瓶で客の頭殴ったこともある。東京に出てきたのはそれが原因。警察沙汰にはならなかったけど、殴った相手がヤクザと関係がある人だったみたいで、超ヤバいことになっちゃって。追い込みかかる前に『逃げちゃえ』って。それが1年半位前のこと」

「最初はブクロのキャバ。これが1ヵ月。その後体験入店みたいなのを1ヵ月くらいやって、だんだん嫌になってきた。男の相手するのが。特に酔っぱらい。オレ、酔っぱらい見るとチョー頭にくるんだ。酒飲んで絡んでくる客はたいていぼこっちゃう。一種の病気かも。それは自分でも怖い。すぐに殴っちゃう」

「そっから、歌舞伎町の『D』っていうホストクラブっていうかボーイズバーにミナミ出身の知り合いが勤めてたから、紹介してもらった。店長と会って『ホントは女だけど、男としてホストをやりたい』って言ったら運よく採用。これが9ヵ月位前」

 女性がホストクラブで働くなんて嘘のような話に聞こえるかもしれないが、外見をきれいに整えている男性に囲まれる環境では、多少小柄ではあるものの、自ら言い出さない限り隠し通すことができるようにも見える。

性別を偽り入店したホストクラブでマイカと出会う

「その店にいたの4ヵ月位だったけど、最初の月が20、次の月が40万って感じで、給料もアップしていった。今から半年以上も前のことかな。マイカが、フリーの客として来たんですよ。たまたまオレがサブで席に入って。で、オラオラ系で思いっきりいじってやって。そしたら翌日から毎晩通ってくるんですよ、指名で。で、店外(デート)に誘ってくる。超ウザいんですよ。会って1週間後くらいに、仕方ないからアフターで一緒に飯食って……」

 それから数日後、マイカの様子がおかしい。

「『あんた、女やろ』って。これはバレてるなって思ったから、オレもあっけなく『そうや。それがどないした』って答えたの。最初、『詐欺!』とか騒いでたけど、キスしてやったらおとなしくなった。それからも毎晩店に来た。同じ関西出身だし、だんだん、何ていうか、気も合うなって感じになってきて」

「それで2ヵ月位経った頃、店を辞めちゃった。酔っぱらいの女に体触られたり、絡まれたりするのにウンザリしちゃって。女の酔っぱらいは最低だ。だけど、こいつの場合、酒は飲んでもそんなに変わらないの。だから、まあいいかって」

「それで、こいつと飲んでるときに、『2人で移動キャバクラでもやるか』って盛り上がっちゃって。で、こいつもデリ(デリバリーヘルス)辞めて、その後2人で今のような生活をするようになったわけ」

13歳から「性」と「カネ」一筋

 マイカは、リナと同じ1991年生まれ。大阪市西成区で育った。リナと2人でいるときには、お互いにコテコテの大阪弁で話をする。

「私もおじいちゃんが中国人、おばあちゃんが日本人のクォーター。母親がハーフで父親は日本人。だからかもしれないけど、なんかガイジンと気が合うんだ。それもアメリカ人とかネクタイしてる白人とかはダメ。今まで付き合ってきたのも、だいたいガイジン。イラン人、バングラデッシュ人、フィリピン人、中国人、韓国人、ブラジル人、アフリカの黒人……日本人もいるけど続かないんだ。なんでかよくわからないんだけど」

 リナの生い立ちの軸となるものが「薬」と「暴力」だとするならば、マイカのそれは「性」と「カネ」だった。

「援助交際みたいなのは、中学1年生の頃からやってた。単におカネが欲しかったから。だってうち、一銭もお小遣いなんてないから。自分で稼ぐしかない。小学生の頃からファッションとか興味あって。あ、ギャル系ね。中学生になったら服とか化粧品とか欲しいじゃないですか。若いほうが儲かるんですよ。相場高いっていうか」

 援助交際の相手は、現在もそうであるように、街で探す。

「一番はじめの人はよく覚えている。友達と地元のゲーセンにいたら、声をかけられたんだ。歳は30歳くらいかな。何やってる人かって、それは全然わからない。中1の頃だから、そんなことに興味ないし。『お小遣いあげるから、ちょっと遊ばない?』みたいなことを言われた。すぐに何のことかわかったよ」

ターゲットは、華奢な酔っぱらいサラリーマン

 マイカは“援交ギャル”の道をひた走っていた。しかし、18歳のときに勤めていた風俗店の顧客を、禁止されていた“本番行為”に誘ったことが発覚。さらに、ホストクラブへの借金が300万円にものぼったことによる過酷な取り立てに絶えられず、逃げるように上京した。

「もう逃げちゃおうって感じで、知り合いのコを頼って、最初は新大久保の中国人のコの家に居候してた。その後、ブクロとか西武線沿線の店でキャバをちょっとだけやったんだけど、つまんなくて辞めて。あ、つまんないっていうか儲からないから。ホストと遊びたいし、もっとおカネがほしいと思って、デリに行ったの。歌舞伎町に事務所があるデリ。そんでリナと出会ったって感じ」

「移動キャバクラ」を開業した当初は、客を捉まえようと歌舞伎町の通りに立ってみたが、すぐにそこを縄張りとする客引きに「上にエンソ(上納金)払ってんのか!」と脅された。

「区役所通り、さくら通り、一番街、全部行ったけど、どこもダメ。前に一緒に働いていたキャバ嬢でちょっと仲よさげだったコも、平気でチクったりするんだ。こいつら全然信用でけへんと思ったわ」(マイカ)

 繁華街のメインストリートでの「商売」の難しさを身に染みて知ることになった彼女たちは、池袋西口や新宿アルタ前などを中心に、もしトラブルに至っても危害を加えられる可能性が低そうな、華奢な体格をした、酔っ払っているサラリーマンを物色するようになった。

4日…15(ジュク・新規)、残R6.2、M7 “32歳公務員”
毎日の売上はノートで管理されている

「これに売上つけてるんだ」

 リナが、客に買ってもらったという「偽ヴィトン」のバッグから、かわいらしいイラストが描かれた小さなノートを取り出す。

1日…0、ブクロマック、残R320円、M130円 “どないするっちゅうねん!“
2日…0、のっちゃん部屋、残R100円ちょっと、M0円 “激ヤバす”
3日…10(ブクロ)、残R4、M4 “ヨネちゃんに感謝”
4日…15(ジュク・新規)、残R6.2、M7 “32歳公務員”
5日…0、残R2、M1.5 

 日付の横に記載されている数字は、売上金額である。10とは10本、つまり1万円を示す。その右隣にある「残」とは、その日に残っている財布の中身(R=リナ、M=マイカ)だ。さらにその隣に書かれているメモが、基本的には客情報(意味不明な記述や記号、イラスト等もあり)である。


リナは暇があるといつも絵を描いている

 このノートを眺めながら、私は気になる点を質問した。

――ちょっと“客”について聞くけど、3日のヨネちゃんっていうのは?

「ヨネちゃんっていうのは、水道工事の会社で働いてる独身のおっちゃんなんですよ。57歳って言ってた。ツルッパゲで」(リナ)

「最初はブクロの北口の喫煙所で声かけたんだよな。それが1ヵ月前くらいなんだけど、それからもう6回位飲んでる。1回につき飲み代プラス5000円~1万円ってとこだけど、ヘンなことしないし、すっげーラク。無口で、居酒屋で鳥の唐揚げばっか食うんだよ」(リナ)

「そう、いっつも水色の作業着着てさ。すっごい大人しくて、うちらに『どんどん食べて』ってすすめてくるんだ。でも、超常連さん。うちはああいう人、好きやねん」(マイカ)

――4日の“32歳公務員”っていうのは?

「うーん、イマイチ記憶にない。基本的にうちら、常連以外はほとんど覚えてないよな」(リナ)

「それ、あんただけや。うちは覚えてる。その人は、茶髪っぽいセミロングで、最初公務員だなんてウソや思ってたんやけど、居酒屋で見せてくれたやん? なんか区役所の入館証みたいなの。『あ、ほんま公務員や』って驚いたの覚えてるわ。でも、会話とかは印象にないなあ。オタクっぽいっていうか、やっぱり大人しい人やったかな」(マイカ)

ラブホテルに誘われても必ず3人で宿泊

――この期間は“客”とホテルには泊まってない?

「ノート見ると、多分そうやなあ」(リナ)

「だけどこの1週間は2日泊まったよ。会社員のオヤジと、キャバのボーイ?」(マイカ)

――泊まりに行くってなったら、どうしてるの?

「いろいろやな。基本的にウリじゃ稼ぎたくない。だってヤバイでしょ。うちらは基本的にベッドで寝たいだけ。だから、ホテル代だけもってくれるなら行っちゃうことが多いよ」(リナ)

「本番して、お小遣いくれたらラッキーって程度かな。でも、だいたいくれるよね? 5000から1万程度は」(マイカ)

「今までの最高? いくらかな。3万? ただ飲んだだけで5万っていうのが、売上的には最高額だけど」(リナ)

――でも、危ない目にあったりしない?

「だからー、それも多少あるんですよ。リスクヘッジ? 必ず2人じゃないとホテルに行かないっていうのは、オレからしたら安全対策っていうか。1人じゃ何されるかわからないけど、2人いればそうそうヘンなことしないから。客だって怖いんだと思うよ」(リナ)

「確かに、客のほうが怖いと思うよ。だって、リナ、見た目ヤバいっしょ。これで男言葉でうなっちゃったら、完全にスジモンだと思われるし」(マイカ)

「思われねーよ」(リナ)

「思われねー」のかもしれない。ただ、彼女たちが、今、目の前に存在する容易に生きぬくことは難しいと想像される環境の中で、したたかに生き続ける力を身に付けようとしてきたことは確かだ。

「貧しさ」と「豊かさ」の狭間にある「現代の貧困」

 家はないが、寝床と食事はある。携帯電話を持ち、身なりもそれなり。薄くて広い他者とのつながりも築いており、社会生活を送るうえでのコミュニケーションに難があるようにも見えない――。

 カネも、現在の境遇から這い上がるチャンスもないようなベタな「貧しさ」とは、一見遠いところにいるようにも思えるリナとマイカ。

 90年代後半以降、繁華街に対する「浄化作戦」により、「目に付くような」ホームレスや店舗型風俗店、街娼は急激に減少した。猥雑なモノを表面的に消し去り、清潔で機能的になり、「貧しさ」とは遠いところにあるように見える「豊かな」日本。彼女たちは、そんな街の中で生きている。

「現代の貧困」とは、かつてのような可視的な「貧しさ」と直接結びつけられる「貧困」とは異なる。それは、目に見える「貧しさ」が、「あってはならぬもの」として表面的に「漂白」されゆくなかにおいて、それでも残る「貧しさ」と、達成され続ける「豊かさ」との狭間に生まれた「不可視な存在」に他ならない。

 たとえば、「ホームレス」や「ネットカフェ難民」の報道がされる際に、「リュックサックを背負った中年男性」が登場する。彼らは、確かに「わかりやすく貧困を象徴する被写体」であろう。カネもモノもなく、街に暮らす「昔ながらのホームレス」との境界線を漂う存在として。そして、かつての日本を支えた「男性稼ぎ主モデル」に依存する家族システム、企業システム、そして社会そのものから弾き出された象徴として。

 しかし、「男性稼ぎ主モデル」を前提とした「日本型福祉」の崩壊が明確になって久しい現代、「リュックサックを背負った中年男性」に貧困の全ての表象を背負わせ続けるのも無理がある。それは、今も残る旧来型の「貧困」は捉えつつも、「豊かな」日本における異質な他者のこととして「現代の貧困」を封じ込め、また取り逃すことを意味するのかもしれない。

 リナとマイカが始めた「移動キャバクラ」それ自体が、最近の女性や若者の間で広まってきている現象というわけではない。だが、現代に浸透する「フリーランス化」であり「セーフティネットからの排除」であるとすれば、それを捉えることが、極めて普遍的な現象を描きなおすための「補助線」を引くことにもつながるだろう。

「現代の貧困」と「個人化」の向かう先とは

 教育機会や家庭環境が満たされない等の理由によって、社会的包摂への道から早期にドロップアウトした者にとって、水商売や店舗型風俗は、インフォーマルな生活を維持することへのリスクヘッジ方法の一つとして機能してきた(男性ならば、「力仕事」や「暴力と隣接する生業」がそれに当たるだろう)。

 彼女らが、もはやそこに頼ることができないと判断した背景とは何か。

 一方には、それが「普通のバイトに毛が生えた程度しか稼げない」という「デフレ化」(と、それを支える経済成長の柱となる構造の行き詰まり、グローバル化など)があり、他方には、夜間営業取り締まりの厳格化や新規店舗型風俗出店の困難化に象徴される規制強化や「浄化作戦」による、「駆け込み寺」としての中間集団(公と個人をつなぐ集団)への締め付けおよび解体という「個人化」がある。

 名刺1枚と携帯電話で「開業」でき、自らの身体性を駆使し、常連客と築いた「信頼」の中で商売を行なう。職業の「フリーランス化」は「個人の自由の実現」というバラ色の未来につながっているようにも見えるが、一方では、従来であれば中間集団が吸収していたものも含めて、状況の変化の中で生まれるリスクに生身の人間がさらされることも意味する。

 リナとマイカの選択は、「貧しさ」が不可視化され「漂白」された街の中で、これまで用意されてきた「インフォーマルなリスクヘッジ」の手段に頼ることすらできない状況を端的に表していることは確かだ。

「中間集団の崩壊」と「個人化」の一端は、「フリーランス」「ノマド」などと様々な言葉を用いて持て囃されている「脱組織的志向」にも見られる。しかし、そういった現象は、「バラ色の未来へつながるもの」として取り上げられる「高付加価値型人材」の領域だけに当てはまるわけではない。それは、「高付加価値型人材」と同様、いや、もしかしたらそれ以上に、社会的包摂からこぼれた領域に生きる人々にもはっきりと見られる大きな動きに違いない。

「現代の貧困」は、従来の貧困と比較して、より複雑な様相を呈している。土地や労働力が余り、カネやモノが満たされないのが「途上国型の貧困」だとすれば、少なくともここ10年の日本が直面している「先進国型の貧困」は異なる性質を持つ。

 カネやモノはそれなりに行き渡っている。数千円もあれば恥ずかしくない程度には小ぎれいな格好ができて、破れない丈夫な衣服を買うことができる。「食」も「住」も街に遍在している。

 ヒトも情報も過剰であるが故に、労働力(あるいは土地)に付与される「値段」の格差は顕著になり、「持つ者」と「持たざる者」とを隔てる溝がより鮮明になる。世代・ジェンダー・就学歴・エスニシティー・出自の非対称性を背景としながら、相対的弱者が貧困のループに飲み込まれやすい状況が生まれているのだ。

 自分たちを包み込むセーフティネットの網が穴だらけになっても、わずかな接点(「同じく外国人の血を受け継ぎ、同じ年に生まれ、育ったところが近い」「同じ街で、同じ時にタバコを吸っていた」というような共通点)から生まれた綱を頼りにしながら、リナとマイカは街を利用し、街に溶け込んでいる。

 2人の少女は今日も街に立ち、生き続けている。溢れる「豊かさ」に漂白されて、「貧困」など存在しないかのような社会の中で。

[DIAMOND online]

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Posted by nob : 2012年07月17日 09:17