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今本当に必要なのは善悪の基準。。。
■「原発ゼロ」政府方針の矛盾
原子力平和利用における世界のリーダーであることこそ重要
柏木 孝夫
政府は9月14日のエネルギー・環境会議で、「2030年代に原発稼働ゼロを可能にするよう、あらゆる政策資源を投入する」ことを盛り込んだ「革新的エネルギー・環境戦略」を決定した。「原発ゼロ」という数字は明記されたものの、国民的議論にかけられた3シナリオ(本コラムの7月20日付「日本の未来を決める「3シナリオ」の修正部分とは」および8月3日付「電力業界解体に切り込む電気事業法改正へ」を参照)すべてを折衷したような、いくつもの矛盾をはらんだ“玉虫色”の内容になっている。
結局9月19日の閣議では、「革新的エネルギー・環境戦略」を参考文書の扱いにとどめ、閣議決定することは実質的に見送った。経済界や原発立地自治体などから猛烈な反発を受け、日米原子力協定を結ぶ米国や、使用済み核燃料の再処理の委託先である英国、フランスなどから強い懸念や要請があったためとされている。選挙にも決して有利には働かないと、野田佳彦首相は感じ取ったのかもしれない。
「原発ゼロ」に菅前首相の影響力
「原発ゼロ」の政府方針は、多くの専門家やメディアなどからも指摘されているように、選挙対策の色が強く表れたものと、わたしは思っている。近いうちに行われるであろう衆議院の解散・総選挙を見据え、「ゼロ」という数字を何らかのかたちで示したかったのだと推察される。
政府の「革新的エネルギー・環境戦略」には、民主党のエネルギー・環境調査会が9月6日に取りまとめた提言「「原発ゼロ社会」を目指して」が、大きく影響していることは間違いない。この提言には同党の原発ゼロ推進派議員による強烈な主張が反映されており、そして菅直人前首相の大きな力が働いていたようである。
同党の代表選が告示された9月10日の夜、BSフジの「プライムニュース」に、立候補した野田首相、赤松広隆元農水相、原口一博元総務相、鹿野道彦前農水相を、それぞれ支持する同党の近藤洋介、山花郁夫、辻恵、中山義活の4議員が出演。「民主代表選のゆくえは 各候補の支持者にきく」と題し、政策について議論した。番組の後半、エネルギー政策の議論には、わたしも専門家として参加した。
この議論でも各候補の支持者らは、当然ながら同党の提言にあり、後に「革新的エネルギー・環境戦略」にも盛り込まれた「2030年代に原発稼働ゼロを可能にするよう、あらゆる政策資源を投入する」ことを大前提に主張を展開した。原発ゼロの実現時期については候補ごとに多少の差異があり、原口候補にいたっては、さらに前倒して原発ゼロを実現すべきとの主張だった。その一方で、各支持者とも原発の代替案に関しては不明確であり、やはり選挙対策の色が強いと思わざるを得なかった。
選挙対策としては逆効果に
原発ゼロの根拠とされた、国民による支持率の高さにも大きな疑問が残る。前々回の本コラムでも紹介したように、政府による「国民的議論に関する検証会合」では、意見聴取会やパブリックコメントの応募者の意見は、国民全体の縮図とは異なり、分布が偏る可能性が高いことが指摘された。
わたしが出演した9月9日のNHK「日曜討論」は、「激論!どうする原発・エネルギー政策」と題して、古川元久国家戦略相、橘川武郎一橋大学大学院教授、高橋洋富士通総研主任研究員と、島田敏男NHK解説委員の司会で、改めて3シナリオについて議論した。この番組の中でも、政府主催の国民的議論と、8月に実施したNHKの世論調査では、原発ゼロへの支持率に明確な差異があることが示された。
国民的議論の討論型世論調査では47%、意見聴取会の参加者では68%、パブリックコメントでは87%と、いずれも3シナリオの中で「ゼロシナリオ」の支持率が最も高かった。それに対し、NHKの世論調査では「ゼロシナリオ」は36%で、「15シナリオ」の39%よりも少なかった。国民による本当の支持率は、NHKの世論調査の数字に近いのではないだろうか。
エネルギー政策の重要な論点が広く知られるところとなり、議論が深まっていくにつれ、原発ゼロを性急に求めるのではなく、じっくり考えて判断しようという意見の国民が増えてきているようにも思われる。原発ゼロを主張することは、選挙対策としては逆効果になる可能性も決して低くはないだろう。
これまでの本コラム(8月24日付「再エネを補完するコジェネがカギに」など)でも一貫して主張してきたように、国民生活を守る上で、もちろん安全であることは不可欠だが、同様に安定供給の維持も極めて重要であることを、改めて強調しておきたい。安定供給のためには、一定の割合で原発を維持し、一次エネルギーの選択肢を減らさないことが大きな意味を持つ。原子力を手放すことで足元を見られ、天然ガスなど他の一次エネルギーの価格上昇を抑えることが難しくなり、電力コストは確実に上昇する。その結果、産業は静かに国外へと逃げ、空洞化によって雇用は減り、収入も減り、国民生活は大きな打撃を受けることになる。
政府が実施した国民的議論では意見が偏り、原発ゼロへの支持率が高めになることは、実は織り込み済みだったのではないだろうか。民主党は、原発ゼロありきで単眼的に政策を議論してきた感がある。そこに強い影響力を及ぼした菅前首相には、極めて大きな失望を覚える。大学の同窓であり、同じ技術屋出身だからこそ、もっと複眼的な広い視野を持ってほしかったというのが正直な気持ちだ。
最終処分場の確保にこそ政治決断を
原発ゼロが選挙対策に過ぎないと受け止められたのは、政策上の矛盾があったからでもある。例えば、原発ゼロを目指すとしながらも、使用済み核燃料の再処理など核燃料サイクルを中長期的に推進することが、「革新的エネルギー・環境戦略」には盛り込まれている。9月18日に開かれた経済産業省の総合資源エネルギー調査会の基本問題委員会では、原発ゼロを主張する委員からも、原発維持を主張する委員からも、批判的な意見が続出した。
使用済み核燃料の問題は、極めて深刻である。今後、原発を減らすのか、維持するのかにかかわらず、その深刻さに変わりはない。
中間貯蔵施設は、すぐに満杯になってしまう。現状では、全国の原発敷地内に付設された中間貯蔵施設の容量は約2万トン。そのうち約7割が使われており、残りは約6400トン分しかない。青森県六ヶ所村に建設中の再処理工場にも、再処理を待つ使用済み核燃料の中間貯蔵施設がある。しかし、その容量は3000トンで、すでに2860トンの使用済み核燃料が保管されている。残りは、わずか140トン分である。
再処理事業を行う日本原燃と青森県、六ヶ所村の3者が1998年に締結した覚書には、「再処理事業の確実な実施が著しく困難になった場合には、青森県、六ヶ所村及び日本原燃株式会社が協議のうえ、日本原燃株式会社は使用済燃料の施設外への搬出を含め、速やかに必要かつ適切な措置を講ずるものとする」と記されている。
つまり、再処理などの核燃料サイクルをやめると政府が決めてしまったならば、六ヶ所村の中間貯蔵施設に保管されている2860トンの使用済み核燃料が返還されることになる。それらは、原発に付設された中間貯蔵施設に保管するしかない。残る容量は約3500トンにまで一気に減り、すべての原発が数年稼働すれば満杯になる。政府の「革新的エネルギー・環境戦略」が、原発ゼロを目指しながら核燃料サイクルを中長期的に推進するという矛盾した内容になった背景には、こうした事情があったのである。
青森県むつ市では、5000トン規模の中間貯蔵施設も建設中である。これが完成すれば、少しは余裕ができる。しかし、あくまでも中間貯蔵施設であり、いずれはそこから最終処分場へ、使用済み核燃料を移さなければならない。
その最終処分場の確保が、さらに重大な問題である。直接処分するにせよ、再処理するにせよ、最終処分場は確保しなければならない。どこにするのか、地域住民の理解は得られるのか、極めて難しい問題である。その解決にこそ、政治決断が求められる。きれいごとでは解決できない。清濁併せのむ政治家の度量が必要だろう。
原子力の平和利用で果たすべき日本の役割
我が国が原子力の平和利用を世界的に認められてきたのは、日米原子力協定があったからであり、核不拡散条約を批准し、同条約に基づくIAEA(国際原子力機関)との保障措置協定があったからである。特に、日米原子力協定を根拠とする米国との協力関係なしには、我が国の原子力政策は成り立たない。
その米国は、日本が原発を放棄することに、極めて強い懸念を示している。
9月13日付の日本経済新聞に寄稿した米戦略国際問題研究所(CSIS)のジョン・ハレム所長は、原発ゼロを目指す戦略が、核不拡散における日本の国際社会に対する責任の放棄になると指摘している。福島第一原発のシビアアクシデントを経験した日本だからこそ、それを乗り越え、これまでと同じく核不拡散のリーダーであり続けるべきだという。
中国は今後30年間で、75〜125基の原発建設を計画している。日本が原発を放棄して、中国が世界最大の原子力国家になってしまったら、どうなるのか。中国をはじめ他国に対して、核不拡散に関する世界最高峰の技術レベルや安全性を要求する能力を、日本は失ってしまうだろう。国家安全保障上の観点からも、そのことをハレム所長は強く危惧する。
わたしも全く同意見である。まさに、危機を意味する英語「crisis」のもう一つの意味である分岐点に、我が国は立たされている。原子力の平和利用における世界のリーダーとしての責務を担い続けることが、日本の進むべき道だと確信する。
閉鎖的な極限環境でのロボット技術が鍵に
世界のリーダーであり続ける上で鍵となるのが、閉鎖的な極限環境でのロボット技術ではないかと、わたしは考える。自律制御や遠隔操作などのロボット技術を駆使し、原発施設内の放射線量が極めて高い環境下でも、円滑に作業できるようになれば、不具合を未然に防ぎ、故障を迅速かつ的確に修理することも可能になる。作業員の被曝も最小限に抑えられる。福島第一原発の廃炉作業でも活躍できるだろう。
宇宙や地中、深海などの極限空間にも、このロボット技術は展開できる。人体内などの微小空間でも、同様の技術を生かせるかもしれない。要素技術は、さまざまな分野に応用できるだろう。
原発の安全性を高めるための新技術の開発は、新たな産業や市場を創出し、国力を高め、国民の暮らしを豊かにする可能性を大いに秘めているのである。
[日経ビジネス]
Posted by nob : 2012年09月28日 17:06