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拍手、、、これからの時代のビジネスモデルの一好例。。。

■ミシマ社、京都の一軒家からの出版革命
「一冊入魂」を掲げ全員全チーム経営
白石 武志

 チームプレーは日本の「お家芸」とよく言われる。一人ひとりの力は小さくても、チームとして各自の役割を決め、知恵を出し合い、励まし合って取り組めば、不可能を可能にすることもできる。それこそ組織の力だ。

 「日経ビジネス」は10月22日号で「奇跡を起こす すごい組織100」と題した特集をまとめ、企業や団体から復興支援やスポーツ、先端科学研究のチームまで、成果を上げているすごい組織を100事例取り上げた。この特集と連動して、「日経ビジネスオンライン」では5回にわたり、一般にはあまり知られていないすごい組織の実像を紹介する。

 2回目は「原点回帰の出版社」を標榜する異色の出版社、ミシマ社を取り上げる。同社は取次を通さず、全国の書店と直取引するなど出版改革を進めている。8月に発刊した『THE BOOKS 365人の本屋さんがどうしても届けたい「この一冊」』などが話題を呼んでいる。

 JR京都駅から近鉄京都線で約30分。近鉄久津川駅から徒歩約5分の場所に、「原点回帰の出版社」を掲げるミシマ社の京都オフィスがある。記者が日経ビジネス10月22日号の特集「すごい組織100」の取材のためにここを訪問したのは、10月上旬のよく晴れた日の午後だった。

 オフィスと言っても、外観はごく普通の2階建ての一軒家。駐車スペースに置かれた看板がなければ、初めての訪問者は通り過ぎてしまいそうだ。開けっ放しの玄関扉をくぐると、すぐ右手の和室には数多くの単行本が平積みで並べられていた。

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京都オフィスの外観はごく一般的な一戸建ての民家だ

 玄関で出迎えてくれた三島邦弘代表にあいさつを済ませ、まずは右手の部屋について「ここは何のスペースですか」と尋ねると、「そこはトイレです」とでも話すような自然な口調で、「本屋さんです」という返事が返ってきた。

 三島代表には申し訳ないが、民家の和室を「本屋さん」と呼ぶのはちょっと無理がある。面食らった記者が、「じゃあ、ここで訪問客にミシマ社の本をご紹介したり、お貸ししたりしているんですね」と確認しようとすると、三島代表は涼しい表情のまま、「いや、本屋さんです」と同じ答えを繰り返すのだ。

 どうやら、出版社のオフィスが郊外の一軒家で、その中の一室が本屋になっていてもいいじゃないか、ということらしい。

 なるほど、ユニークさで注目を集める出版社だけのことはある。三島代表の話し方は飄々としているが、どこかに関西人らしい頑固さを感じる。玄関先のわずかなやり取りで、この小さな出版社に対する関心がいっそう高まった。

8畳間に100点超の単行本を陳列

 まずは三島代表が「本屋さん」と呼ぶ8畳の和室を案内してもらった。

 部屋の中に入ってみると、100点以上の単行本が凝った手書きのPOPとともに陳列され、確かに書店のような雰囲気がある。壁にはスタッフらが手作りしたと思われるポスターも貼られていて、読者に本の魅力を届けたいという思いが強く伝わってきた。

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京都オフィスの『本屋さん』には100点以上の本が陳列されている

 この「本屋さん」は通常の書店と同じく、営業日には誰でも出入りできるスペースとして一般に開放されている。ここで月1回のペースで開いている「公開編集会議」には、京阪神だけでなく、首都圏などの遠方からわざわざやってくるファンもいるという。

 ミシマ社の「本屋さん」を一巡し、気になった書籍を購入した後、2階の会議室に場所を移し、ミシマ社の設立経緯などについて、三島代表へのインタビューを開始した。

出版業界の将来に危機感

 複数の出版社勤務を経た後、三島代表が31歳でミシマ社を設立したのは2006年のこと。創業当時から、三島代表には出版業界の将来に対する危機意識があったという。

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三島代表はミシマ社のロゴマークが描かれたTシャツを着て取材に応対してくれた

 国内では出版不況がささやかれて久しいが、三島代表が専門とする単行本に関して言えば、1990年代半ばに年間3万点前後だった新刊の発行点数は、ビジネス書のブームも手伝って年間7万~8万点に増えている。ただし、日本全体の単行本の売上高は15年間、ほぼ横ばい。各出版社は売り上げ減を補うために、新刊をいたずらに増やしている可能性があった。

 「こんな本作りを続けたのでは、1冊当たりのクオリティーが落ちてしまう」

 出版業界に身を置く三島代表は、常にこうした危機感を抱いていた。「各出版社は自らの経営を維持することに懸命で、読者を喜ばせるという本来の目的に向かっていないのではないか。少なくとも、自分が立ち上げる出版社はそうありたくない」(三島代表)。ミシマ社が1冊の本作りに全力を注ぐ「一冊入魂」を掲げる背景には、三島代表のこんな強い思いがある。

取次を介さず、自社で書店と契約

 「一冊入魂」の理念は、ミシマ社の経営の至るところに貫かれている。編集面では原則として持ち込み原稿を受けつけず、自社企画の単行本作りに専念している。一度発行した本は絶版にしないという方針を掲げ、特定の物流会社と契約して自社で在庫を管理している。「作家や編集者の情熱が本屋さんや読者に伝わらない恐れがある」(三島代表)ため、取次会社は利用せず、自社で全国の書店と直取引するという徹底ぶりだ。

 こうした経営手法は出版業界で異端視されることもあるが、三島代表に取次制度などを批判する意図はない。むしろ、書籍を全国の読者に届けるためのとても優れた制度だと認めている。ミシマ社が他の出版社と異なる経営手法を採用しているのは、あくまで三島代表が「自分にとってできるだけ自然な働き方とスタイルを追求した結果にすぎない」のだと言う。

 業界の慣行に縛られない柔軟性は、組織運営にも表れている。

 同社の機能は大きく分けると編集と営業、総務、イベント企画の4つに分かれているが、「当社のように小さな出版社は、機械作業のように作業を分化して業務が回るわけではない」(三島代表)。こうした考えに基づき、ミシマ社では全社員がすべての業務を兼務する「全員全チーム」のルールを導入している。

 現在、東京・自由が丘の本社に4人、京都オフィスに3人の社員が勤務しているが、各社員には自らの担当業務だけではなく、ほかの社員の業務を互いにフォローすることを義務づけている。例えば、三島代表は京都に常駐して主に編集業務に携わっているが、同時にいくつかの地域の営業を担当し、全国各地の書店への訪問営業もこなしている。こうした出張先での出会いが、新たな企画のきっかけになることもあるためだ。

書店員と本のガイドブックを出版

 創業から6年間でミシマ社が手がけた単行本は40点を超える。内田樹氏が30年に及んだ教師生活の集大成と位置づける講義録『街場の文体論』や、人気コラムニストが初めて自らの文章術を語った『小田嶋隆のコラム道』といった有名著者の作品ばかりでなく、夫婦での海外放浪生活を綴った近藤雄生氏の『遊牧夫婦』のような新人作家の発掘も手がける。扱うジャンルもプロレス論からレシピ本まで様々だ。

 中でも8月に出版した『THE BOOKS 365人の本屋さんがどうしても届けたい「この一冊」』は、ミシマ社の経営理念の集大成とも言える本だ。

 取引のある書店の店員に一押しの本を紹介してもらい、直筆のメッセージと推薦理由をまとめた本のガイドブックで、各ページの最下段にはミシマ社の社員による書店紹介のコメントを付け加えた。「本屋さんが本のことを一番よく分かっている」と話す三島代表が、7人の社員の総力を結集して全国の書店員とともに完成させた文字通り入魂の1冊だ。

 最近、三島代表の元には、新たな出版社を立ち上げようとする若者からの相談が増えているという。こうした動きが途切れることがないよう、三島代表は「地方に拠点を置く小舟のような出版社でも生き残れることを示したい」と話す。出版業の原点回帰という壮大な挑戦は、静かながら着実に、国内の出版業界に輪を広げつつあるようだ。

[日経ビジネス]

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Posted by nob : 2012年11月02日 12:32