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これが東京の、ひいてはこの国の実情、、、これ以上でも以下でもない。。。
■舛添氏「国の一歩先進む」 都知事選当選から一夜明け
東京都知事選の投開票から一夜明けた10日朝、初当選を果たした元厚生労働相、舛添要一氏(65)は「重い責任を感じている」と述べる一方、「保育や介護などの分野で都は国の一歩先を進める」と財政力のある東京都での改革に意欲を示した。この3年間で3人目のトップを迎える都庁職員からは国での行政経験などに期待する声が上がった。
舛添氏は初当選後、10日未明まで取材を受け、午前7時からテレビのニュース番組に出演。この中で保育や介護の分野で働く人の賃金を上乗せする施策を検討するとし、「国は一律にやらなければいけないが、東京都なら国より一歩先を進むことができる」と独自助成や規制緩和を積極的に進める考えを示した。
午前8時半ごろ、渋谷区内で記者団の取材に応じ「全力を挙げて結果を出す」と述べ、約2時間という睡眠時間にも疲れを感じさせない晴れやかな表情をみせた。
約211万票という得票には「次点の候補の倍以上の票を頂いたのは大きい」としつつ、「戦は終わった。今からはみんなで力を合わせる。他候補に投票した都民にも、舛添で良かったと思ってもらえるような都政をやらなければならない」と力を込めた。
猪瀬直樹前知事の資金問題による辞職に伴う選挙だったことに触れ、「都政全体への信頼が相当失われている」との認識を示した。12日に初登庁の予定で「信頼回復に全力を挙げて職務に励まなければならない。(職員には)一丸となって政策を遂行しようと呼びかけたい」とした。
都政のかじ取りへの自信を問われると、厚労相として年金や医療の問題に取り組んだ経験を強調し、「結果を出すことが政治。今までの政治経験を生かすような形で必ずやり遂げたい」と力を込めた。
猪瀬前知事の突然の辞職により、異例の約50日間のトップ不在となった東京都庁。職員からは新知事の手腕に期待する声が広がった。
舛添氏は就任直後、来年度当初予算案の査定に入る予定。予算案編成を担当する財務局の30代職員は「ようやく知事の下で来年度の準備に取りかかれる」とホッとした表情。街頭演説での都職員と一体となって都政に臨もうとする言葉が印象に残ったといい、「現場の声も聞いてくれると思う」と期待する。
2020年東京五輪の準備も待ったなし。「舛添氏の『史上最高の五輪にする』という公約を共に実現したい」と話すのはオリンピック・パラリンピック準備局の40代男性職員。知事不在で、組織委員会の幹部人事や新国立競技場の費用負担を巡って「国に主導権を握られた」との思いがある。「国と協調しながら都としての立場も毅然と伝えてほしい」と話した。
自民・公明両党などの支援を受けた舛添氏の当選に、都議会の反応もさまざま。都議会最大会派の自民幹部は「政策協定を結んでおり、タッグを組んで政策を進めていける」と歓迎。共産党都議団の幹部は「与党の顔色をうかがう知事にならないか心配だ」と懸念を口にした。
[日本経済新聞]
■宇都宮氏 「手応え、肌で感じていたが…」
前日本弁護士連合会会長の宇都宮健児氏(67)は9日夜、新宿区の選挙事務所で「手応えや支援の広がりを肌で感じていたが、大変残念だ」と選挙戦を振り返った。新宿区の選挙事務所で取材に応じ、「投票率が非常に低く、不利になった」と敗因を分析。「政策討論があまり行われなかった」とも述べた。
自らと同じく脱原発を掲げる細川氏と争ったことについては「福祉や雇用など切実な問題を抜きにして、原発問題だけで一本化は無理だった」と振り返った。
投票終了前に事務所に姿を見せた宇都宮氏は支持者と談笑し、穏やかな表情を見せる場面もあったが、舛添氏の当選が報じられると一転して厳しい表情に。集まった支持者らの中には、涙ぐむ人の姿も目立った。
宇都宮氏は都知事選に2度目の挑戦。共産、社民両党の推薦を受け、原発再稼働反対やブラック企業の規制、福祉政策の充実などを訴えた。弁護士として貧困問題や地下鉄サリン事件被害者の救済に取り組んだ経験も強調したが、及ばなかった。
[日本経済新聞]
■細川氏「脱原発、争点にならなかった」 敗戦の弁
「出馬のためらい」も挙げる
「脱原発が争点として取り上げられなかった」。元首相の細川護熙氏(76)は午後8時半すぎ、千代田区の選挙事務所で厳しい表情のまま敗因を語った。黒のスーツに赤いネクタイ姿。約100人の支持者らに小さく一礼し、「出馬への逡巡(しゅんじゅん)があって準備期間が短かった。力及ばず、残念な結果」などと用意した紙を淡々と読み上げた。
小泉純一郎元首相とともに街頭演説をこなしてきた細川氏は「街頭の熱気と結果の落差の大きさに努力不足を痛感した」と説明。「脱原発の活動を信念として次の世代につなげる」と述べ、足早に事務所を後にした。
演説では「原発ゼロ」を中心に訴えたが、選挙戦中盤からは福祉政策の時間を増やす場面も。「原発だけで戦えるか迷いもあったのかもしれない。一貫した戦略をとれなかった」(陣営幹部)
小泉氏は事務所に現れず、直筆のコメントだけを発表した。陣営幹部からは「反原発のうねりをおこせなかった」「投票率が予想外の低さだった」との声が漏れた。
[日本経済新聞]
Posted by nob : 2014年02月10日 12:00