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また旅立つ君へVol.127/私の見果てぬ夢は世界平和です。。。(笑)
■「大風呂敷」を広げる若者ほど大きく伸びる
周囲が驚くほど気宇壮大な夢を持つべきだ
江口 克彦 :故・松下幸之助側近
将来に向かっての「とてつもなく大きい風呂敷」は、大いに広げてほしい
「最近の若い人たちには夢がないなあ」――。こんなふうに盛んに嘆く年長の経営者や評論家をよく目にします。しかし、私はそうでもないと思っています。
いまの若い人たちは、若い人たちなりの夢を持っている。ベンチャーをやるんだ、独立して事業を始めるんだ、海外の貧しい人たちのためにボランティアをするんだとか、熱い思いを聞かされることが頻繁にあり、そこには夢があふれています。
日本には優秀な若者がたくさんいる
私の若い友人の1人に海外の大学に6年間留学し、その間にITについての技術を身に付けた、まさに私にとっては「雲の上の若者」がいます。当然、各企業から引く手あまた。ところが、彼自身は世界各国を回り、人脈をつくって、時が来れば、グローバルな会社を立ち上げたいと考えているようで、いずれの会社からの誘いも断っているようです。
日本が独走しているBNCT(Boron Neutron Capture Therapy 中性子捕捉療法)は、次世代のがん治療装置として脚光を浴びています。その完成に夢を懸けて取り組んでいるのも若い先生で、本当にすばらしいと思っています。
幾人の若い友人が、企画会社や出版会社を立ち上げており、それぞれに成功を収めています。16歳のときにレンタルサーバー事業を起業し、今年創立 20周年を迎える友人もいます。イチロー選手でも練習を重ね重ねて、日本のプロ野球で、そしてアメリカのメジャーリーグで、しかも、超一流のプレーヤーになり、子どもの頃に描いた夢を実現しました。
こう考えると、本当にスケールの大きい夢を持った若い人がいかに多いことか。この頃の若い人には、若い人なりの夢があるのです。ところが年長者が、あまりそのことを評価していない風潮があります。
先日の調査によると、子どもたちがなりたいもののトップはサッカー選手。2番目が学者、博士、3番目が警察、警官、4番目が野球選手、5番目がお医者さん、食べ物屋さん、7番目が大工さんなどとなっています。
こんなニュースを一緒に観ていた知人が、「夢がないなあ」とこぼしました。しかし、本当にそうでしょうか。サッカーで世界に名を馳せる大選手を夢見ているとすれば、すごい夢ではないでしょうか。学者でも博士への夢でも、ノーベル賞を目指すんだ、警察官や刑事でも、インターポール(国際刑事警察機構)で活躍することを目指すんだ、お医者さんでも、今も世界を飛び回っている有名な脳外科医の先生のようになるんだ、大工さんへの夢でも世界的な建築家になろう、などなど、そのようなことを思っているならば、「夢がない」どころか「とてつもない大きな夢」といえます。
かつては「大企業の社長になる」が夢だったが…
私がPHP研究所の社長をやっているときに、ひとりの若い社員が「十数年後には、自分が社長になります」という人がいました。結構優秀な人でしたから、面白いと思っていましたが、数年経つと退職しました。最近、彼の話を聞くと、なにやら父親から一刻も早く、「人から使われる人間」ではなく「人を使う人間」になれと言われたということ。そして、今は、その夢を果たし、2つの会社の社長をこなしながら、相当な成果を挙げています。
「この頃は夢がない」という人は、自分の生きた時代の基準で考えているからで、数十年前は、大企業の社長になるとか、大物政治家になる、あるいは総理大臣になって国を動かすとか、「末は博士か大臣か」ではありませんが、そういうようなことが「大きな夢」、まさに青雲の志を持って、天下に号するような人物になることが、夢だと考えられていました。
しかし、もうその時代ではない。以前から言っていますが、超価値観多様化の時代、超複雑・超高速の時代に、「夢」の種類も内容も変わっているということを考えて「今の夢」を語る必要があると思います。その人の言うような「夢のない時代」ではなく、「夢の多様化の時代」なのです。とは言いながら、もし小市民的な夢であるとすれば、それはやがて泡沫のように、儚(はかな)く消えて「夢を持っていない彷徨(ほうこう)の人」ということになります。
松下幸之助さんが「棒ほど願って、針ほど叶(かな)う」とよく言っていました。最初は、周囲が驚くほどの気宇壮大な夢を持つべきだ、そういう思いを持って努力しても、結果はその何分の一しか実現しないものである。だから、100を実現したいなら、1000万ほどの大きな夢を持たなければならないということでしょう。
織田信長も『信長公記』によると、26歳のとき、桶狭間の合戦で勝利すると、33歳のときに天下統一を目指しています。そのときの状況からすれば、まさに大言壮語。坂本龍馬も25歳のころに、尊王攘夷の方向に舵を切って「日本を今一度洗濯し候」と大風呂敷を広げています。まあ、信長も龍馬も、その時代的背景が、天下国家を考えせしめたのでしょうが、大事なことは、その「棒ほど願った」ということです。
そういうことを考えると、夢を持つなら、とてつもなく大きな夢を持つべきだということです。若ければ若いほど、大風呂敷を広げるべきだと思います。最初から「なんとかすれば、なんとかなるだろう程度の夢」ではなく、「なんとかしても、どうにもならないかもしれないというほどの夢」を持つべきでしょう。
会社のなかで、それほどの大言壮語で「夢」を語る。周囲から、また上司から、あるいは社長から変人と思われても、こうしてこの会社を発展成長させる、将来はこの俺がこの会社を1人でしょって立ってやる、イギリスの英雄、ウィンストン・チャーチル卿ではありませんが、俺1人で十分だと考える。そして、この会社を日本の人たちのみならず、世界中の人たちの幸福に役立つ会社にしてやる。そういう大風呂敷を広げることこそが大事ではないかと思います。
あるいは、100年後には、火星かどこかに支社をつくると言い出してもいいかもしれません。事実、イギリスの理論物理学者、スティーブン・ホーキング博士が「人類は別の惑星に移住を始める」などと言い出しています。そのための夢を語り、その夢が実現する方向を仕事に取り入れていく。そういうスケールの大きい人材が、今の時代、一層必要であるということです。もし、そういう夢を理解できない社長、上司であるならば、さっさと電車に乗って次の「駅」に行けばいい。
夢がないのではない。夢は多様化している。それぞれの若い人たちが時代に合った夢を持っているということです。
ただ、中途半端な夢ではダメです。正真正銘の大きな夢を語ってほしい。虚言はいけませんが、将来に向かっての「とてつもなく大きい風呂敷」は、大いに広げてほしいと思います。
およそ「人間は歳をとるにつれて、角が取れて丸くなる」と言われますが、実感としてそのとおり。若い者が悟り切った雰囲気で、したり顔をして語る。まるで聖人君子のようなことを言う。そういう若いビジネスマンと接すると、ああ、この人は先はないと感じたりします。性格もまろやかなんて、なんの魅力もありません。これ以上年月が経てば、もうこの人は摩滅して、消えてしまうのではないかと思うこともあります。尖(とが)っているのが青年。やがて尖ったものが取れてくる。さらに50、60歳ともなると、ボールのようになり面白くなくなるものです。
「完成された器」は成長できない
そういえば、松下幸之助さんが「人を採用するときには、キミの好みの人ばかりを採ったらあかん。キミが、どうもならんかもしれんと思う人も採れや」と言っていましたので、これはいかがかと感じた人も結構採用したものです。その中でも、応募の理由を聞くと「私1人で、この会社をさらに発展させ、将来は世界を飛び回って、この会社の活動を拡大成長させていきたいので」という答え。ほかの4人の面接員は「傲慢だ、生意気だ」とオール×でしたが、私が「採用」ということで合格にしました。
その後、彼はASEAN諸国、米国NYに支社をつくり、大いに活躍してくれました。彼は、私の退職後まもなく彼も退職してしまいましたが、いまはNYに移り住んで、自由に翼を広げて大活躍しているようです。
要は、若いときから「完成された器」はもうそれ以上、成長はおぼつかないこと。大風呂敷の夢を広げて、金平糖のように尖ったところがある若い人材が長い目で見ると伸びるし役に立つ。
私の実際の経験から、そのようなことを自信を持って断言できるということです。
[東洋経済ONLINE]
Posted by nob : 2017年06月03日 16:14