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■フジモリ元ペルー大統領:虐殺事件、改めて無罪主張 今月中旬までに判決
【メキシコ市・庭田学】ペルー最高裁の特別刑事法廷で1日、市民虐殺事件にかかわったとして殺人などの罪に問われている元大統領のフジモリ被告(70)が、自らを弁護する最終陳述を行った。元大統領は改めて無罪を主張し、90~00年の大統領としての実績を強調した。裁判は3日にフジモリ元大統領が再び陳述を行ったうえで結審し、今月中旬までに判決が出る見通しだ。
フジモリ元大統領は「私を有罪にするいかなる証言も証拠もない。私は無罪だ」と述べた。
そのうえで、極左ゲリラ掃討などでペルーに平和をもたらしたことや、貧しい人々のための政策実施など、大統領時代の実績をアピールした。
フジモリ元大統領は、軍の秘密部隊による91年の住民15人殺害と、同じ部隊による92年の大学生ら10人の誘拐・殺害にかかわった罪に問われ、禁固30年が求刑されている。元大統領は1日の陳述で「犠牲者には心が痛む」としたものの、事件への関与を否定した。
00年に失脚したフジモリ元大統領は、日本に5年間滞在後、05年にペルーの隣国チリに渡航。同国で拘束され、07年9月にペルーに身柄を引き渡された。
[毎日新聞]
■フジモリ元ペルー大統領:実刑判決 人権団体は歓迎 支持者ら反発「不当判決」
【リマ庭田学】ペルーのフジモリ元大統領(70)が7日、在任中の市民虐殺事件で断罪された。民主的に選挙で選ばれた元国家元首が、「人道に対する罪」で実刑になることは世界初とされる。人権団体は、最高権力者の重大な人権侵害を認定した今回の判決を歓迎し、世界的な「判例」として認知されることに期待した。一方で元大統領支持者らは「不当判決」と反発している。
虐殺被害者遺族らの訴えを支えてきたペルーの人権団体のグロリア・カノ弁護士は「歴史的な判決。フジモリ被告を断罪するだけでなく、犠牲者がテロリストではなく無実であることも証明された」と喜んだ。
92年に学生ら10人が誘拐・殺害されたラカントゥタ事件で姉のドラ・オジャゲさん(当時20歳)を失ったカロリナさんは「事件から17年間、遺族は正義を求め続け、ついに実現された」と涙ぐみながら話した。
一方、フジモリ被告の長女、ケイコ・フジモリ国会議員は「不当な判決だ。(有罪の)証拠はなかった。憎悪と復讐(ふくしゅう)の判決だ」などとして、支持者に街頭で抗議することを呼びかけた。また、被告の弟で弁護士のサンティアゴ・フジモリ国会議員は「(極左ゲリラの)センデロ・ルミノソが一部勝利したようなものだ。判決文は2週間前に既に完成していたといううわさがある」と不満を示した。
[毎日新聞/7日追加]
■ペルー:フジモリ元大統領が上訴 禁固25年判決受け
【リマ庭田学】ペルー最高裁特別刑事法廷は7日、市民虐殺の罪に問われた元大統領、フジモリ被告(70)に対し、「人道に対する罪」として禁固25年(求刑・禁固30年)の実刑判決を言い渡した。当時大統領だったフジモリ被告は、左翼ゲリラ処刑の指示を出していたとし、誤認による市民虐殺事件の「間接主犯」であると認定した。裁判は2審制で、無罪を主張していた同被告はただちに上訴した。
左翼ゲリラ掃討に従事していた軍の暗殺組織「コリーナ部隊」が、91年に8歳男児を含む住民15人を殺害したバリオスアルトス事件と、92年に学生ら10人を誘拐・殺害したラカントゥタ事件などについて、当時の大統領の罪が問われた。
フジモリ被告が、コリーナ部隊を指揮した「間接主犯」として認定されるかどうかが最大の争点だった。判決は、「被告はモンテシノス国家情報局顧問(当時)らと共謀し指揮権を乱用。テロリストせん滅が当時の政府の目標で、被告によって処刑命令が出された」とし、その結果、市民虐殺事件を招いたとした。
フジモリ被告側は「部隊の存在自体を知らなかった」などとして無罪を主張。しかし、判決は「部隊の行為を認知しコントロールできた権力機構の中心的な存在として、間接主犯であると認められる」と被告の主張を退けた。
日系2世のフジモリ被告は90年にペルー大統領に就任。3期目就任間もない00年に失脚し、訴追を逃れるため日本に5年間滞在。05年に東京からチリに渡航し、同国で拘束され、07年9月にペルーに身柄を引き渡された。
[毎日新聞/7日追加]
Posted by nob : 2009年04月04日 22:36