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私にとっては考えたこともなかった視点からの考察。。。

■戦国時代は寒冷化による食料争奪サバイバル戦争だった
自爆テロの横行、日本の高度成長、そして中国の急速な高齢化を読む
石井 彰

 20世紀前半に吹き荒れて、全欧州を瓦礫の山にし、数千万人の死者を生み出したナチズムや、21世紀に入ってから9.11に代表されるイスラム原理主義の自爆テロの嵐が発生した真の原因は、何だろうか。

 第一次大戦の敗戦国、ドイツにとって過酷だった戦後ベルサイユ体制や、世界恐慌の発生、ドイツの国民性、あるいは中東諸国の専制政治体制や貧困など、様々な原因が語られてきた。しかし、どれも表面的な分析の印象は免れず、「真の」発生原因として説得力は弱い。

 例えば、自爆テロの原因が貧困や専制政治にあると言うのは、9.11の自爆犯が金持ちの息子たちや国外留学組のエリートたちであったことを想起すれば、ほとんど説得力がない。ハンチントンのように「文明の衝突」で説明するのも、現在の現象面だけに着目しており、かなりご都合主義の感を免れない。

 ところが近年、フランス国立人口研究所のエマニュエル・トッドは、これらを「移行期危機」という人口史概念で以下のように鮮やかに説明している。

ナチズムと自爆テロを「移行期危機」で読み解く

 人口学的には、男性の識字率が50%を超えると、その社会全体の不安定性が増して攻撃性を帯びる。さらに何十年か遅れて女性の識字率が50%を超えると、やがて出生率が2付近まで低下して、社会全体が落ち着きを取り戻し、攻撃性・好戦性は有意に低下してくる。そのメカニズムは、次の通りである。

 男性識字率が50%に達するということは、若者世代の大半は字が読めて、書物などから新たな知識体系の吸収が可能であり、自我に目覚めるのに対し、彼らの親の世代は大半が伝承による伝統的知識体系に頼っている状況である。

 この結果、親子間の価値観に大きな断絶が生じて、家族内での権威体系が崩壊する。社会は家族の集積であるので、社会全体の価値観や政治体制も不安定化する。

 さらに遅れて、女性の識字率が50%を超えると、女性の知性水準が向上するだけでなく、家族内での地位も向上し、肉体的・精神的負担が大きい「できるだけ多く子供を産む機械」としての役割を放棄し、出生率が低下し始める。出生率が低下し、平均して一家に1人程度の息子しかいなくなると、彼らが戦死した場合に家族はその負担に耐えられなくなるので、社会の好戦性は大きく低下してくる。

 この男性識字率が50%を超えた後に、出生率が3未満に大きく低下するまでの、平均して50年前後の期間がトッドの言う「移行期危機」である。移行期の長さは、国や地域の違い、すなわち家族制度・文化・宗教によって大きく異なる。

移行期危機の真最中であるイスラム諸国

 ナチス・ドイツに限らず、フランス革命やロシア革命、19世紀から20世紀初めにかけての欧州列強の帝国主義戦争や、日本のアジア進出などについても、この説がかなりの程度当てはまるとしている。トッドは、現在、多くのイスラム諸国では、この移行期危機の真最中であり、このことが、自爆テロが横行している真因としている。

 ちなみに、かつての欧州諸国や日本は、移行期の初めに出生率が5〜6程度あったが、現在は2以下になっているのに対し、多くのイスラム諸国ではこの20〜30年間で女性識字率が50%を超えて、出生率が7以上から3.5程度に低下している最中である。

 前回で述べたように、フランスは人口学の一つの中心であるが、現代フランス人口学を代表するトッドの説は、なかなか鋭いのではないか。(参考文献:トッド『文明の接近—「イスラームvs西洋」の虚構 』)

 このような特定社会の不安定性、攻撃性について、前回で紹介したように、ブレーメン大学のハインゾーンは、「ユース・バルジ」という人口の量的変異で説明している。若年人口が壮年・老年人口より急激に突出すると、社会全体が不安定化し、攻撃的になるとしており、一見、トッドの人口の質的変異に着目した説明と大きく異なる印象がある。

 しかし、よく考えてみると、識字率向上も、出生率向上や死亡率低下によるユース・バルジも、かなりの程度、同じ現象を別の角度から見ているにすぎないと考えられる。いずれの説も、戦争・侵略・革命・テロの真因を、人口変動とそのミクロの家族関係の変動へのインパクトに帰している点では、全く同じである。どちらも、ミクロの家族内変動とマクロの社会変動が整合的に説明されている。

日本の戦国時代が到来したのはなぜか?

 歴史上、日本社会を大きく揺るがしたのは、15世紀後半の応仁の乱から17世紀初めの江戸幕府成立までの、約1世紀半にわたる戦乱の時代である。映画、TVドラマや小説では、この時代が最も人気がある。

 しかし、なぜこのような長期の戦乱時代が到来したのか、説得力のある説明は、学校の歴史の授業も含めて、これまでなされてこなかったように思う。きっかけは、室町将軍の権威失墜を背景として、山名宗全と細川勝元の私闘だったとされて、物語的な経緯は多く語られているが、マスの力学としての社会科学的な説明はあまり聞いたことがない。

 ところが近年、日本中世史家の藤木久志氏(立教大学名誉教授)は、15世紀に入って天候不順が続き気温が低下した結果、全国各地で飢饉が頻発し、食い詰めた農民が流民となって京都に大量に流入してきたことを戦乱時代のきっかけと指摘している。

 鎌倉・室町時代前半までは、3〜5年に1回程度発生した飢饉は、応仁の乱前後以降は、2年に1回の頻度で発生したとしている。応仁の乱の直前には、「京都内の餓死者8万人以上」とも言われている「寛正の大飢饉」が発生している。これらの各地からの飢饉流民は、やがて雑兵・足軽となって各勢力に組み込まれ、次第に不穏な情勢が醸し出されたとしている。

 京都だけでなく、全国の領主は、食糧確保を巡って近隣と小競り合いを繰り返すようになり、これが京都内の私闘開始に連動して、次第に全面的な騒乱状態に至ったようである。

気温の低下で相対的に人口過剰に

 15世紀の気温低下、天候不順は、屋久島の古代杉などにも年輪幅として証拠が残されている。また、世界的に長期趨勢的なものであったことを、北半球の氷床コア分析等の証拠によって、カリフォルニア大学のフェイガンも指摘している。このことは、前回でも述べた、同時代の欧州におけるペスト禍の一要因としても指摘されている。

 すなわち、気温が低下したことによって、各地域の環境容量が縮小し、相対的に人口が過剰になっていったというわけである。その前提として、13世紀までは、日本でも欧州でも温暖な時期が長く続き、人口が徐々に増加していた。温暖化から急激に寒冷化に向かった気候変動によって突然人口が過剰になったことが、全面的な戦乱の大きな要因になっていることは間違いないように思える。人口そのものが急増していなくても、寒冷化で環境容量が縮小したために人口過剰になったのである。

 NHK大河ドラマで、「愛」の兜飾りをつけたことで有名になった直江兼続の主家・越後上杉家は、義を重んじたことになっているが、実は関東管領職を盾に、度々晩秋に関東に進出して、春まで居座って食料を強奪し、冬場から春にかけての越後の食糧払底期を食いつないだとされている。

 戦国時代とは、寒冷化による過剰人口を背景に、各領主と、雑兵・足軽化した農民の食糧確保を巡るサバイバル戦争という性格が強かったと捉えることも可能だろう。(参考文献:藤木久志『飢餓と戦争の中世を行く』、『【新版】 雑兵たちの戦場 中世の傭兵と奴隷狩り』、ブライアン・フェイガン『歴史を変えた気候大変動』)

日本の高度成長はなぜ起きたか?

 今では、昔語りに近くなってしまったが、敗戦後の1950年代から80年代にかけて30年以上にわたって、日本経済は高度成長を続けた。1955 年から第一次石油ショック時の1973年まで、実質GDPは年間平均9%以上伸びた。この間、生産年齢人口は年間平均1.3%程度増加していた。

 第一次石油ショック後の1974年からバブル崩壊の1991年までは、それ以前より経済成長率が大幅に下がったが、それでも年間平均4%も伸びていた。この間の生産年齢人口増は、それ以前に比べて下がったとはいえ、年間平均0.6%程度伸びている。

 ところが、バブル崩壊後から現在まで、生産年齢人口は年間平均0.3%程度の減少に転じており、それに応じて実質経済成長率も年平均1%台まで大きく低下している。どうも、長期趨勢的に人口増と経済成長率は、しっかりと連動、相関しているように見える。

 言うまでもないが、1950年代から70年代にかけて、労働力人口が大きく伸びたのは、戦前・戦中の「産めよ、増やせよ」政策と、敗戦後のベビーブームが大きく寄与している。

 もちろん、経済成長の要因は、技術進歩や資本ストックの伸び、経済・金融政策、世界経済の状況などに大きく左右されるが、長期的に見た場合、人口動態との関係は無視できない。

 人口経済学では、このような人口増と経済成長の関係を、「人口ボーナス」と言っている。人口増が続くと労働力投入がどんどん増加し、人口構成が若くなって貯蓄率も高くなり、資本ストックも大きく増加しやすい(老年世代は貯蓄を取り崩して生活するので、若年世代が多いほど貯蓄率は高くなる)。

 さらに、社会が活性化し、発明者の母数も増えるので、技術革新も加速するという見方もある。

 日本では人口ボーナスが30年以上継続したが、一般的に20〜40年程度続くとされている。どうも、90年代初めのバブル崩壊後の日本経済の不調は、冷戦崩壊で日本の競争力が中国などに対して低下してきたとか、不良債権処理や経済・財政政策の誤りといった要因にばかり帰すわけにもいかないようだ。人口ボーナスの期間が終わってしまったことも要因だったのだ。

「人口オーナス」が成長の足を引っ張っている現在の日本

 もっとも、世界を広く見渡してみれば、多くの途上国では、急激な人口増にもかかわらず、というよりも人口急増に足を引っ張られて経済成長のテイクオフができず、貧困の泥沼に喘いでいる。まさにマルサスの罠そのものである。従って、単純に人口が増加すれば、経済成長するとは言えないが、一旦、工業化、経済テイクオフが発生すれば、人口増が経済成長を促進すると考えられる。

 逆に、労働力人口が減少し始めれば、人口ボーナスが逆転し、「人口オーナス(重荷)」となって、経済成長の足を引っ張ることになる。現在の日本はそうであるし、何十年も前から人口停滞のトップバッターである西欧は、この罠にハマっているように見える。このことから、現在、出生率の低下に歯止めがかからない日本は、長期的に経済成長率が大きく回復していくのは非常に困難と考えられる。

 この視点で、今を時めく中国経済を改めて見てみると、将来的に成長率が大幅低下することが不可避だろう。なぜならば、既に開始されてから数十年たった「一人っ子政策」と急速に進む都市化のため、中国の労働人口は2015年ごろには低下し始め、数年後の2018年ごろには、総人口自体が減少し始めると予測されているからだ。

 中国の人口ボーナス時代は既に終わった。その後、現在の日本の状況をしのぐスピードで急速に高齢化していく。世界経済のけん引力を、中国に期待できる期間は、政治制度上の矛盾や地域格差拡大の問題を除いて考えても、そう長く続きそうもない。

 もっとも、全体のGDPが上昇するかしないかは、個人にとって大きな問題ではない。1人当たりGDPが増加するのか、低下するのかの方がずっと重要であり、さらに言えば、単なる取引量の指標にすぎないGDPよりも、真の生活の質の方がはるかに重要である。しかし、「たかがGDP、されどGDP」でもあり、国力の変遷は人口変動とともに推移するだろう。(参考文献:加藤久和『人口経済学』)

[日経ビジネス]

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Posted by nob : 2009年11月11日 13:54