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経済それ自体が虚構、、、株価変動に立脚するビジネスはすべからく虚業。。。

■誤解された敵対的買収の真価を再考する契機に
ライブドア事件の“爪跡”を改めて振り返る

 2004年のプロ野球参入表明、2005年のニッポン放送株買収騒動、そして同年9月に行われた衆議院選挙への出馬──。

 次々とサプライズを繰り出して世間の関心を集め、自ら経営する企業の時価総額を8000億円超にまで膨らませて時代の寵児となった堀江貴文・元ライブドア社長。

 その転落は突然だった。衆院選から4カ月後の2006年1月、東京地方検察庁がライブドア本社を捜索。それから1カ月も経たないうちに証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載、偽計・風説の流布)容疑で逮捕・起訴された。

 それから5年余り。2011年4月には最高裁判所が堀江元社長の上告を棄却し、懲役2年6月の実刑判決が確定した。6月20日には収監のために自宅から東京高等検察庁へ出頭するまでの様子が動画サイトで生中継されるなど、再び注目を集めた。そんな堀江元社長を今も支持する人は少なくない。

 その是非はともかくとして、ライブドア事件が当時、世間に大きな衝撃を与え、今なおこの国の経済社会にさまざまな形で影を落としていることは否めないだろう。ならば、堀江元社長の収監を機に、ライブドア事件と依然として残るその“爪跡”を冷静に振り返り、教訓をくみ取ることは有意義であるはずだ。

 そこで企業経営やM&A(合併・買収)、ファイナンスなどに詳しい3人の専門家に改めてライブドア事件に対する見解を聞いた。最初に登場するのは、本サイトに「あまり法律家的でない法律論」を連載した草野耕一・西村あさひ法律事務所代表パートナー。M&Aのエキスパートとして知られる弁護士の草野氏は、まず堀江元社長の実刑判決の是非について論じる。

 ライブドア事件にはいろいろな見方がありますね。1つは、世の中の秩序をわきまえない人間が、社会の制裁を受けたという見方。それによって日本の古き良き制度が守られて良かったと考えている人も少なくないでしょう。

 逆にIT(情報技術)の旗手、ベンチャーの旗手があまりに出過ぎた真似をしたために、いわば出る杭が打たれて、日本におけるベンチャー輩出の芽まで摘まれてしまったという見方もある。実際にライブドア事件の後、東証マザーズなど新興企業向けの株式市場は崩壊状態に陥っています。

 さらにライブドア事件は、ある種の国策捜査だったのではないかという議論もある。正直に申し上げてこれらの見方は恐らく、それぞれに正しい部分はあるのかもしれません。しかし、忘れてはならない最も重要なポイントは、立件された事件自体が極めて悪質なものであったことです。

「立件した罪は本筋ではない」という見方は誤り

 この事件は勝訴の確実性が高い形式犯(自転車の駐輪違反など、法の形式規定に反する行為があれば犯罪となるもの)だけを取り上げて、堀江氏の実質的な犯罪にまで踏み込んでいない。堀江氏がほかにやったことの方がもっと悪いのに、そこに切り込まなかったという見方もあります。ですが、それは立件された事件の内容を正しく理解しての評価とは思えません。

 例えば、ニッポン放送株を大量に買収する際に立会外取引で行ったことの方が悪い、株を分割したことの方が悪いなどと言われます。確かにどちらもお行儀の良くない行為かもしれませんが、法律家の目から見ると、そう目くじらを立てるような取引ではない。

 むしろ、立件された容疑である偽計・風説の流布による株価の操作や有価証券報告書の虚偽記載こそが、株式市場に決定的な混乱を起こしたものです。まさに堀江氏の行っていたライブドアの経営の根本的に誤っている部分を取り上げているのです。

 この事件は、本当に日本の株式市場の評判を落としました。ですから、立件された罪で実刑判決という制裁を受けるのは、当然のことです。先に申し上げたように跳ねっ返りだから制裁を受けたとか、あるいはベンチャーの旗手がスケープゴートにされたというようなスキャンダラスなとらえ方をするのは間違い。立件された事件そのものを等身大で評価すべきだと思います。

 なぜ堀江氏が株価の操作や有価証券報告書の虚偽記載を行ってしまったのか。私は同氏を個人的に知っているわけではありませんが、当時の報道などから聞き及ぶ限り、かなりの経営センスに恵まれた方だったと思います。例えばいち早くブログに目を向けるなど、とにかくITの新しい流れに敏感だった。その意味では才能があったことは間違いないでしょう。

 だからこそ、アクロバチックなことをしなくても、もうちょっと時間をかければ、彼の手掛けていたビジネスを伸ばすことは十分にできたという気がします。にもかかわらず、なぜ愚かな行為に及んでしまったのか。

 この点が教訓として大事で、これは私の推測ですが、堀江氏は文学部の御出身で、大企業で働いた経験がない。そのせいもあってか、彼自身や周囲の取り巻き、そして社外のアドバイザーは実業の世界について大きな誤解をしていたのではないかと思います。

 例えばこの事件で問題とされた自社株を取得して株価を上げたとか、あるいは連結対象になっていないグループ内の会社に対して、架空の売り上げを計上したということは、少しでもまっとうなビジネスの世界を知っている人であれば絶対にしない。それは倫理を問う以前に論外だと考えるはずです。

ライブドア事件で問われた罪の概要

(1)有価証券報告書の虚偽記載(決算の粉飾)

ライブドアが実質支配する投資事業組合(ファンド)が、現金で買収しておいた2社(クラサワコミュニケーションズとウェッブキャッシング・ドットコム)と交換にライブドア株を取得。

その株売却でファンドが得た約37億6000万円の利益をライブドアが違法に収益計上した実質支配するファンドで買収済みのロイヤル信販とキューズ・ネットの2社に対して、架空売り上げ約15億8000万円を計上した

(2)偽計および風説の流布

子会社のライブドアマーケティングがマネーライフを株式交換で買収した際に、株式交換比率に関して虚偽の公表をした

実際は赤字だったライブドアマーケティングの業績を黒字と偽って公表した

 私もM&Aのディールを手がける弁護士を長年やっているのでよく分かりますが、M&Aのディールは最近、本当に複雑になっています。いろいろな専門家が加わって、法律の問題や税金の問題などいろいろなことを考えて、どうやったら良いスキームができるかを考えます。

 ただし、それはクロスワードパズルを解いているのとは訳が違う。スキームを考える中で、正義や公平といった理念をどう守るかを常に念頭に置いているのです。

 つまり形式的な法の問題だけじゃなくて、実質的な法が守ろうとしているものが何かを考えながらスキームを練っているわけです。堀江氏たちにはその認識が不足していて、M&Aを単なるゲームと見ているところがありました。

 ですからライブドア事件の教訓として最も強調したいのは、これからもM&Aをテコにして事業を拡大していくことを目指す人が出てくると思うのですが、経営はセンスだけでやれるものじゃないということです。

 法のロジックにせよ、ファイナンスのロジックにせよ、ロジックをしっかりと守ることがやはり大事。そして、そうしたことをきちんと意見してくれる仲間を周りに集めることが欠かせません。

形式犯ではなく、4000億円超の実害を出した“実質犯”

 堀江氏が実刑となった罪についてもう少し説明すると、自社株の売却益を収益計上した件がありますね。これは最初から違法行為をするために考え出した取引ではない。

 もともとはこういうことでした。ある会社を買収して完全子会社にする時に、買収するための現金が不足しているから、代わりに株式交換で行う。つまり、現金の代わりにライブドアの株式を渡して買収する。

 買収される側の会社の株主は、現金ではなく、ライブドア株を受け取ることになりますが、本当は現金が欲しい。手にしたライブドア株を売却して現金に換えればいいのですが、問題は株を手にしてから市場で売却する間に、株価が下落するリスクがあることです。

 そこで、そうした事態が起きて損することを嫌がる被買収側の株主のために、次のような仕組みを考えました。例えば、買収するためにライブドア株を1000株渡すとしましょう。その前に、堀江氏が保有するライブドア株を1000株、市場で売却する。その売却代金が8億円だったとします。

 そしてこの8億円で、被買収企業の株主の手に渡ったライブドア株1000株を買い戻すという約束をして履行します。すると、被買収企業の株主は、約束通りの8億円を手にすることができる。一方、堀江氏は、被買収企業の株主から、8億円よりも値下がりしているかもしれない1000株を8億円で買い取る形になります。

 堀江氏は株価の下落リスクを引き取った形になりますが、それでも構わない。同氏は保有株を減らすつもりはもとからないからです。

 ここまでなら、関係者の利害は一致しているし、堀江氏がインサイダー情報を持ち合わせていない限りは法的にも問題はありません。問題はこうした取引に細工をしたことにあります。

 堀江氏が所有する自社株を1000株、市場で売却する。その売却代金の8億円で被買収企業の手にある自社株を買い戻すという点は変わりません。

 ただし、この取引をライブドアの傘下にあるファンドを通じて行い、株式交換比率を調節して被買収企業の株主に1000株よりも多くの株を渡す。それが1200株だったとしましょう。

 すると、前出のファンドは8億円で1200株を買い戻すことになる。堀江氏に1000株を返還してもファンドの手元には200株が残ります。そして、この200株をファンドが市場で売却し、売却益をライブドアグループの収益として計上する。こうした仕組みを思いついて実行したわけです。

 この取引を俯瞰すると、ライブドアが200株の新株を発行して資金調達したことと変わらない。新株を発行すれば、お金が入ってくるのは当然で、会社が事業を通して利益を生み出したものではないのは明らかです。

 人によっては、この件を会計処理のテクニカルな問題にすぎないとする意見もあります。損益取引にするか、資本取引にするかで解釈が分かれる問題で、それを損益取引にした点を形式犯として立件して重罰を科したと。

 でも、これは形式犯では決してありません。実際に投資家が実害を被っていますから。この収益計上ともう1つの架空売り上げの計上によって、実際には2004年9月期に3億円の経常赤字だったにもかかわらず、50億円を上回る経常黒字を達成した形にしました。

 その結果、2003年9月時点で235億円だったライブドアの時価総額は、1年後の2004年9月時点では2528億円、2005年9月時点では4689億円にまで膨らんだ。これは明らかに裏づけのない価値で、実際にライブドア株を購入した投資家は、その後の株価の暴落で大きな損失を被りました。

 ですから、これは単に50億円の粉飾ではなくて、4000億円を上回る被害を生み出した行為なのです。法の形式要件に違反しただけではなくて、これは実害を生んだ実質犯です。2年6月という期間が妥当かどうかは別として、実刑となるのは当然だと受け止めるべきです。

 今から振り返ると、これまで述べてきたこの事件の特殊性を検察もマスコミも強調せず、あたかも新興企業の一般的な手口であるかのように扱った。そのために、「ベンチャーの世界なんてやはりいい加減なんだ」「日本では出る杭は打たれて、こういう形で処罰されるんだ」という非常に偏った二元論的な見方が広がって、事件の歪んだ一般化が進んでしまいました。

 その意味でも、ライブドア事件を特殊な事件として総括しなかったことがやはり問題なのでしょう。この事件は徹頭徹尾、堀江氏とその取り巻きが起こした特殊な事件であって、私の知る限り、ほかの日本のIT企業や新興企業の経営者で、ここまでマネーゲーム的に物を考えている人はいないと思います。

法の強化でM&Aがやりにくくなったことに伴う弊害

 先にも述べましたが、ライブドアについてはニッポン放送株を立会外取引で大量に取得したことを脱法行為だとする見方がありますね。あるいは法に違反しなければ何をやってもいいのかと指弾する声がある。

 これは、あまり法律を知らない人が言うことであって、実際に米国には「一定以上の株式を買う時には公開買い付けをしなければならない」という制度はありません。法律家やエコノミストの多くは「こうした制度はない方がいい」と主張していますし、私もない方がいいと思っています。

 ですから、この制度を置くか置かないかは多分に立法政策の問題であって、そういう制度が絶対に必要というわけではない。法に規定があろうとなかろうと、「絶対にそうしなければならない」という話ではないのです。

 ライブドアがニッポン放送株を大量に取得した当時、立会外取引で株を買ってもいいことは、証券取引法の条文の解釈上は明らかでした。そこを突いてやった行為は、ある意味では「よくぞ勇気をもってやった」というものであって、少なくとも法律家的な目から見て、倫理的に非難されるべきものではないと思います。

 当時は金融庁も「これは違法ではない」という判断を示しました。にもかかわらず、この取引に対してものすごい過剰反応があった。そして、堀江氏らライブドアの幹部が逮捕・起訴された後、証券取引法が改定されて金融商品取引法が制定され、抜け道をふさぐためにたくさんの条文が新たに盛り込まれました。

 強制公開買い付けを求めることさえ問題だと思うのですが、さらにおかしな制度になって、要するにM&Aの取引がものすごくしにくくなってしまった。

 このようにライブドア事件に世の中が過剰に反応して、制度自身が変なものになってしまったことは歴史の教訓であり、反省点だと思います。困ったことに、この問題はまだ解消されていません。

 特に、「堀江氏は敵対的買収を仕掛けたから社会的に制裁を受けた」という印象が依然として残っていることは非常に問題です。

 株式会社というのは株主価値の最大化を追求することを原理づけられた組織です。ですから、それを目指さない経営者の行動は会社法の正義に反しています。

 では、どうしたら経営者は株主価値の最大化を追求するようになるのか。経営者がそうした行動を取ることを保障する最善の制度は、実は敵対的買収が可能であることなのです。

経営者の規律を引き出すためにも、敵対的買収が必要

 もちろんどんな敵対的買収でも自由に行われていいとは私も考えていません。このサイトの連載でも書きましたが、企業の公共性も大事だし、ステークホルダーの保護も大事です。

 ですから、ある種の敵対的買収に関しては、歯止めをかけるべきだと思っています。それに敵対的買収は非常にコストのかかる取引ですから、そうそう起きない方がいい。

 ですが、経営者がいい加減な経営をすれば、敵対的買収を仕掛けられる可能性があるという規律効果(ディシプリナリーエフェクト)があることが、日本の企業社会の成長力を高め、日本経済の活力を今後も維持していくうえで必要です。ですが、ライブドア事件をきっかけにして、敵対的買収が下火になってしまった。

 一部の企業経営者は胸をなで下ろしているかもしれませんが、それは結局のところ、非効率的な企業経営を容認することにつながる。このことは本当に反省されてしかるべきだと思います。

 M&Aはマネーゲームと言われますが、決してそうではない。M&Aは真に国の富を増やし、実体経済の力を高める取引です。それがライブドア事件によって誤解されてしまった。このまま日本経済が衰退していくとすれば、その衰退の一里塚としてライブドア事件は将来に語られるかもしれない。そういう文脈で語られてしまったらいけない。語られないように努力しなければいけないと思います。

 総括して言えば、この事件は、堀江氏がフジテレビの買収に乗り出していようがいまいが、亀井静香氏の対抗馬として衆院選に立候補していようがいまいが、遅かれ早かれ、必ず立件・起訴されて実刑になるべき案件でした。このことをよく理解してもらいたいと思います。

草野 耕一(くさの・こういち)
西村あさひ法律事務所 代表パートナー

[日経ビジネス]

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Posted by nob : 2011年07月19日 09:11