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新しい市場とは「探す」ものではなく、自らの手で「つくる」もの、探しているうちは、結局は誰かの後追いに、、、自らの人生を創り上げるクリエイティビティー。。。Vol.3

■ジョブズもディズニーも
作り出したのは「ジャンル」だった!
とあるコンセプトから生まれた世界初のヘビ型ロボットとは?

「新しいものを生み出すにはコンセプトを作ろう」と言われますが、では、あなたはどうやって自分のコンセプトを見つけていきますか?「ジョブズもディズニーも作り出したのはジャンルだった」という言葉の意味とは? ロボット内視鏡を生み出した東大教授の特別授業、第4回!

「どうしたいのか?」「どうなりたいのか?」から始める

 わたしは博士をとってすぐ、「世界でひとりだけしかやっていない研究をしている」という理由で、カリフォルニア大学サンタバーバラ校ロボットシステムセンターで働くことになりました。

 そこで覚えた印象的な言葉に、「グランド・チャレンジ」というものがあります。グランドとは、グランドピアノとかグランドファーザーなんかのグランド。直訳するなら「壮大な挑戦」となるわけですが、これだとちょっとニュアンスが違うんですね。単なる挑戦ではなく「抜本的な改革・イノベーションとしての挑戦」に近い意味が、この言葉には込められています。

 どういう場面で使うかというと、たとえばわたしが学会などで「こういう発想でロボットをつくって、こんな世の中を実現したい」という話をすると、アメリカ人の研究者は一様に「これは素晴らしいグランド・チャレンジだな!」と評価してくれる。

 一方、日本で同じ話をすると「まあ、おもしろい『お話』でしたね」となってしまう。この違い、おわかりになりますか?つまり、日本人の研究者は「夢物語はいいから、実物をつくって結果を出せ」という態度なのに対して、アメリカ人は発想そのものに評価を与えるのです。

 結果的に、この態度の違いが日本から新しい「ジャンル」を生みにくくしているのだと思います。

「グラント・チャンレンジ」の見つけ方

わたしはいつも、学生たちに「コンセプトから考えること」の重要性を説いています。いきなりモノをつくろうとするのではなく、まずはコンセプトレベルから考える。技術を新しくするのではなく、コンセプトを刷新する。

 たとえば、市場に出回っているパソコン。そのスペックは日々改善され、向上していっています。5年前のパソコンと最新型のパソコンでは、ディスク容量から処理速度まで、雲泥の差があるでしょう。しかし、違いはせいぜいスペックのレベルなのです。技術的には日々新しくなりながら、じつはなにひとつとして新しくなっていない。改善に改善を重ねた結果の「最新型」にすぎません。

 一方、iPadに代表されるタブレット型コンピュータは、ノートパソコンの技術をコンセプトレベルで刷新したものになります。使われている技術としてはノートパソコンの延長でありながら、コンセプトがまったく違う。まさにグランド・チャレンジです。

 そしてここから「電子書籍の時代がやってくる」とか「デジタル教科書に使えそうだ」、「カーナビとして使ってみよう」など、ノートパソコンでは思いつかなかったようなアイデアも出てきます。

 話を整理しましょう。

「どうすればもっといいノートパソコンができるか?」
「ノートパソコンに必要な新機能はなにか?」

 ここから出てくるアイデアは、改善や改良の域を出ません。そうではなく、

「自分はどんな世の中を実現したいのか?」
「いま世の中には、なにが不足しているのか?」

 というように、将来のあるべき姿から考えていく。それがグランド・チャレンジであり、コンセプトの発想になります。新しいコンセプトさえ見えてしまえば、それを実現するためのアイデアも出てきますし、自分が取り組むべき課題もわかるはずです。このあたり、コンセプトから逆算する方法について、私が発明したヘビ型のロボット内視鏡を例に詳しく説明しましょう。

世界初「ヘビ型ロボット」を生み出したコンセプト

 わたしが最初に開発した医用ロボットは、ヒト型でもネコ型でもなく、なんとヘビ型のロボットでした。どんなロボットだったのか、簡単に説明しましょう。

 みなさんにご経験があるかどうかわかりませんが、大腸のポリープなどを調べるときには、お尻から内視鏡を挿入することになります。ところが、大腸には「S字結腸」という極端なカーブを描いている部位があります。そのため、通常の内視鏡を挿入しようとすると、内視鏡がS字結腸部分の壁を圧迫してしまい、うまく挿入できなかったり、大きな痛みを伴ったりしていました。

 そこでわたしが指導教員だった広瀬茂男先生と考案したのが、ヘビのようにくねくねと動く「ロボット(能動)内視鏡」です。内視鏡がS字結腸のカーブに沿って動いてくれれば、スムーズに通過して、患者さんに痛みを与えることもない。病気の早期発見にもつながるし、人の命を救うことにつながる。そんな思いからスタートしたロボットです。

 ロボット内視鏡の直径は、わずか8ミリ。ヘビのようにくねくねとした動きを生み出す動力はモーターではなく、形状記憶合金でした。内視鏡の中に形状記憶合金でできたコイルを何本も組み込み、それぞれに加える熱をコントロールすることによって、右に左にと自在に伸縮させる仕組みです。

 この大腸に内視鏡を通そうとするとき、いちばんの障害になるのがS字結腸の急カーブです。このとき、多くの人は「どうすればS字結腸を真っ直ぐに伸ばすことができるか?」と考えます。S字結腸が直線状になってくれれば、なんの苦労もなく内視鏡を挿入できるからです。

 そこで考案されたのが、次のような方法です。
1. 内視鏡とは別にスライディングチューブと呼ばれる筒を挿入し、
2. S字結腸を直線状にしてから、
3. 内視鏡を挿入する。
 たしかに、こうすることでスムーズな挿入が可能になります。しかし、S字結腸を無理やり伸ばすのですから大きな苦痛を伴うのです。

 こうした状況に対して、広瀬先生とわたしのコンセプトは明確でした。

 とにかく「痛くない内視鏡検査」がしたい。
 病院での治療や検査から、可能な限り苦痛を取り除きたい。

 そのコンセプトの下、浮かんできたのが「S字結腸を直線状にするのではなく、内視鏡そのものを曲げられるようにすればいい」「内視鏡をヘビのように動くロボットにしてしまえばいい」というアイデアでした。

 さらに、ここから「じゃあ、具体的にどうすればヘビのようにくねくねと動くロボットができるのか?」と具体的な開発の手順を考えていきました。つまり、

(1)コンセプト……痛くない内視鏡検査を実現する
(2)アイデア………内視鏡をヘビのように動くロボットにすればいい
(3)開発……………素材は?動力は?安全性は?

 と考えていったわけですね。

 決して「くねくね動くロボットができたから、なにか使い道はないかな?」と内視鏡に目を付けたわけではありません。そもそも、「痛くない内視鏡検査」というコンセプトがなかったら、ヘビ型ロボットをつくろうなど考えもしなかったはずです。

 本物のアイデアとは、コンセプトのあとからついてくるのだと思ってください。

ディズニーランドはなにがすごいのか?

 わたしが学生たちに優れたコンセプトの例として紹介し、積極的に遊びに行くのを奨励しているのが、ディズニーランドになります。

 ディズニーランドのベースにあるのは、昔ながらの遊園地であったり、アメリカによく見られる移動式サーカスなのでしょう。また、アトラクション単体で見ていけば、ディズニーランドのものより巨大で高速なジェットコースターを持った遊園地はたくさんあります。決してディズニーランドが技術的に突出しているというわけではありません。しかし、ディズニーランドとその他の遊園地とでは明らかな違いがあります。

 ディズニーのキャラクターがいること?
 たくさんの予算を注ぎ込んでいること?

 そうではありません。遊園地とディズニーランドの圧倒的な違い、それこそが「コンセプト」なのです。

 よく知られているように、東京ディズニーランドでは「ようこそ夢と魔法の王国へ」というキャッチコピーが掲げられています。このコンセプトを徹底するために、ゴミ箱をたくさん設置してゴミが落ちないようにしたり、従業員を「キャスト」と呼んで来場者を「ゲスト」と呼んだり、そこが日常とは切り離された「夢と魔法の王国」であることを実感するための工夫が随所に施されています。おそらく、ここまでコンセプトの実現を徹底した遊園地は他にないはずです。

(1)コンセプト……大人も楽しめる夢と魔法の王国
(2)アイデア………キャラクターを使い、日常から切り離された空間を演出する
(3)開発……………アトラクションは?従業員は?キャラクターは?

 と、大体これくらいまでの話をすると、多くの学生は次のような質問をしてきます。

「コンセプトが大切なのはわかりました。でも先生、問題なのはどうすればディズニーランドのようなコンセプトが生まれるのか、でしょう?新しいジャンルをつくるようなコンセプトって、どこから生まれるんですか?」

コンセプトはどうやって生まれるのか?

 わたしの答えは簡単です。
 コンセプトが生まれる源、それは「夢」です。
 おそらくウォルト・ディズニーには、ディズニーランド建設にあたって大きな夢があったでしょう。「それまでアニメーションの中で実現していたおとぎの世界を、現実の世界に再現したい」という夢です。

 研究者としての自分がラッキーだったなと思うのは、わたしが子どものころには科学全般に「夢」があったんですね。ちょうど高度成長の時代で、たとえば鉄腕アトムが原子力エネルギーで動く「科学の子」だったように、科学が進むほど世界は豊かになり、人々は幸せになれると無邪気に信じていました。

 いま国論を二分するような大問題になっている原子力発電所にしても、「こんなちっぽけなウランで、こんなにたくさんのエネルギーが出るんだ!」と胸をワクワクさせていたし、クラスには機械や科学が大好きな「科学少年」がたくさんいる。新幹線もできるし、アポロは月に飛び立つし、SF映画や漫画もたくさん出てくるし、ほんとうに科学が夢にあふれた時代でした。

 いま、学生たちに「きみの夢はなんですか?」と質問すると、「公務員になること」や「30歳までに起業すること」など、職業的な目標を答える人が増えています。たしかに、それはそれで立派な目標でしょう。

 しかし、わたしの言っている「夢」とは、目に見える目標ではなく、もっとバカバカしいものだと思ってください。
周りの大人から「そんなバカなこと言ってないで、もっと真面目に考えろ」と笑われるようなこと。「いい歳して夢みたいな話ばかりするな」と叱られるようなこと。

 大きな夢を持つには、バカになる勇気が必要です。わたしは「バカ」の力を信じていますし、その可能性を信じています。そしてバカになるための実践的なトレーニングとして、前任の名古屋大学だけでなく、最近では東大名物ともなりつつある「バカゼミ」という特別講義を毎年実施しているほどです。

 この「バカゼミ」については本書で詳しく紹介するとして、ここでは「コンセプトの大元には『夢』がある」「夢とは本来バカバカしいものである」という2点を忘れないようにしてください。

[DIAMOND online]

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Posted by nob : 2013年08月20日 17:44