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私の知識になかった基本的歴史的事実。。。

■石油がエネルギー・チャンピオンになった理由
「霧のロンドン」の真実と低エントロピー源革命
石井 彰

 既に述べたように欧州、特に英国では、18世紀までに森林資源はほとんど枯渇してしまい、木炭価格は高騰した。特に高熱を必要とする製鉄業や窯業は、熱源を薪炭から、それまで存在は知られていたが、汚いので敬遠されていた石炭に切り替えざるを得なくなった。

 欧州で石造りの家が多くなり、サッカー、ゴルフなどのフィールド・スポーツが興隆したのは、この時代に森林資源が枯渇し、草地が大きく広がったためである。17世紀に英国で発明された、石炭を乾留(かんりゅう)して炭素純度を高めて、より低エントロピー化したコークスは、当然石炭より高価であったが、18世紀初めには製鉄工程の一部に利用され始めた。さらに18世紀後半に反射炉が発明されてから、石炭/コークスのみで鋼鉄の大量製造ができるようになった。

産業革命の核心は「石炭→鋼鉄・蒸気機関→石炭」

 一方で、18世紀のニューコメンやワットの蒸気機関の発明により、石炭は単なる熱源としてだけでなく、強力な動力源として利用され始めた。ワットの蒸気機関は40〜50馬力もあり、往復のピストン運動を利用しやすい回転運動にすることができたので、機械動力として瞬く間に普及した。

 この結果、英国の石炭生産量は、18世紀初頭の300万トン/年から、18世紀末には1000万トン/年に、19世紀半ばには1億トン/年と爆発的に伸び、19世紀末の年間石炭消費量は、薪炭換算で英国全土の森林をわずか4カ月で食いつぶす量に達した。

 薪炭や風水車等と比べた場合、エネルギー源としての石炭の最大の特徴は何だろうか? それは掘り出した石炭を使用して、その何十倍もの石炭を素早く拡大再生産できることである。これは石炭炊きの蒸気機関による動力機械を使用して、採掘、排水、排気を行うことによって、地下深い石炭層の石炭生産の効率を大きく上げることができたことを指す。

 それ以前は、牛馬や水車によって、これらの作業が行われていたが、効率が悪くて深い石炭層の採掘はできなかった。さらに、薪炭に比べると重量当たり3〜4倍の熱量があり、運搬や使い勝手がずっと良かった。これが、石炭のエネルギー源としての低エントロピー性の大きな意味である。

 この石炭→鋼鉄・蒸気機関→石炭という加速度的な相乗効果こそが、産業革命の核心である。そして、生産された豊富な鉄鋼を使用した蒸気機関と機械から、機械繊維産業が勃興していく。

 さらに、1807年の米国のフルトンによる蒸気船の実用化、1830年に英国のスティブンソンの蒸気機関鉄道の実用化へ発展し、新大陸やアジアとの間の、豪州の歴史家ブレイニーの言うところの「距離の暴虐」が雲散霧消し、英国の工業製品を売りさばく世界市場が出現して、英国は世界の工場となっていく。

エネルギーの「真打」登場

 世界の一部では、古代から地表に染み出した微量の石油の存在が知られていたが、ランプとして以外はエネルギー源として利用されることはほとんどなかった。1859年に米国ペンシルバニアでドレーク大佐が、蒸気機関駆動の回転ドリルで初めて地中深くから連続的に生産することに成功した。このドレークの石油井が石油時代の幕開けとなって、米国で油田掘削ブームが発生した。

 廉価豊富となった石油をランプだけではなく、動力源として使用することを考えたのがドイツのダイムラーで、内燃機関を1886年に実用化した。当初、アルコールを燃料としたが、出力を高めるためにガソリンに変更して実用化した。この石油の爆発力を利用した内燃機関は、石炭利用の蒸気機関、すなわち外燃機関に比べると、小型軽量で効率も圧倒的に良かった。

 彼は、これで馬車の様な4輪車を駆動させて自動車を開発した。自動車自体は、18世紀末にフランスのキュニ—が蒸気自動車を製作しており、内燃機関による自動車自体も同じくフランスのルノワールが19世紀半ばに先んじているが、石炭ガスを燃料としていたために航続距離など実用性に問題があった。

 さらに、ドイツのベンツが自動車の走行性の改良を行い、実用に耐える自動車が19世紀末に完成する。その後のフォードの大量生産以降の自動車の歴史は、誰でも知っているとおりである。

 ちなみに、最近話題になっている電気自動車は、ガソリン自動車より先に製造され、19世紀末には時速100キロメートル以上を達成し、速度ではガソリン車を大きく凌いだが、航続距離、重さ、チャージ時間の長さなど、使い勝手が非常に悪かったので、たちまちガソリン車との競争に敗れて姿を消した。

「石油の一滴、血の一滴」

 一方で、この石油は、第一世界大戦直前に軍艦の燃料に使用され始め、急速に軍需物資の色彩を強めていく。石炭燃料の軍艦に比べて、石油燃料の軍艦は燃料庫を大幅縮小できて、武器や戦闘員の積載量を増加させ、かつ航続距離を数倍に伸ばし、燃料積み込み時間も大幅短縮したので、軍事的に圧倒的に有利であった。

 当時の英国海軍大臣チャーチルの英断で、当時世界一を誇った英国海軍が一斉に石油動力に転換していった。当然、各国海軍も対抗上右へ倣えとなり、一般商船も次第に石油に転換していった。

 同じ時期に、ガソリン燃料の内燃機関は航空機の登場と急速な発展につながり、爆撃機とそれを阻止する戦闘機が開発された。その結果、第1次世界大戦時のフランスの宰相クレマンソーをして、「石油の一滴、血の一滴」との名言を吐かせることになった。

 その後、トラックや戦車の発展によって、石油はさらに軍需物資としての重要性を増した。しかし、第2次世界大戦前の段階では、中東での石油発見はまだ本格化していなかったため、石油生産の7割は米国が占めていた。輸出可能な産油国も10指に満たず、その国際貿易は米英蘭のメジャー石油会社、いわゆる7シスターズの国際闇カルテルに完全支配されていた。そのため、1941年に中国占領と仏印進駐への懲罰として、米国の石油禁輸措置とABCD包囲網にさらされた日本は、軍艦・軍用機用の石油を確保できなくなり、自暴自棄的な真珠湾奇襲と石油確保のためのスマトラ島奇襲で太平洋戦争を開始した。

 第2次世界大戦後は、中東で次々に最大規模の油田が発見されたことに伴い、石油は軍需用の希少資源から豊富低廉な民需用資源に代わり、その結果、発電、工場の熱・動力源、民生用自動車の燃料として爆発的に利用されるようになり、石油時代が到来した。

あまりにも優れたエネルギー源「石油」

 石油があまりにも優れたエネルギー源であったために、1950年代から70年代にかけて石炭を急速に主役から駆逐してしまった。結果、世界のエネルギー源の中で石油のシェアが、6割近くと高くなりすぎた。

 これによって、中東産油国が強気になって発生したのが、1970年代の一連の石油危機である。石油危機とは、要するに石油価格の大幅値上げである。このため石油消費国が、今度はこぞって産業・発電用エネルギー源を天然ガスと原子力に切り替えていったのである。この結果、現在では世界のエネルギー消費の中での石油のシェアは約4割まで落ち、今や発電には石油がほとんど使用されなくなったが、依然としてNO.1チャンピオンのエネルギー源である。

 そもそも、石油はなぜエネルギー源のチャンピオンなのだろうか?

 エネルギーを解説した本やサイトは、掃いて捨てるほどあるが、この点を的確に説明しているものは意外に少ない。

 その理由は、まず産出された石油の持つエネルギー量と石油を産出するのに必要なエネルギー量の比率(産出/投入比)が、200〜300倍と桁はずれに効率が良いことだ。

 つまり、石油1バレルで、新たに石油200〜300バレルを獲得できるという、驚異的な拡大再生産能力である。その理由は、石油が通常高い圧力で自噴するからである。

 さらに、同じ体積・重量で石炭のほぼ2倍の熱量があり、同じ体積で水素の3000倍、天然ガスの1000倍の熱量がある(1気圧下)からである。しかも、常温常圧下で液体であり、揮発性も高くないので、どんな容器でも貯蔵、輸送が可能であり、消費現場でも出力調整が極めて容易である。

 環境負荷的にも、石炭に比べると、産出現場でも消費現場でも汚染物質排出ははるかに少なく、またCO2排出量も2〜3割程度少ない。この結果、石油製品の販売価格、すなわち使用価値に比べて生産・精製・運搬の平均コストが1/5程度と極めて小さく、結果として世界全体の石油産業で、ほぼ日本や中国のGDPに匹敵するほどの「レント」、すなわち粗利益を生み出す。

 このほとんどは、産油国と消費国の石油税やガソリン税などの税収となる。これほど莫大な富を生み出す産業は他にない。このように石油は、圧倒的に優れた低エントロピー・エネルギー源である。

 これらの点のほとんどで、石炭、天然ガス、原子力はずっと劣る。特に石炭は、資源量の豊富さを別にすると、石油より優れた点が全くなく、特に燃焼時の汚染物質の排出が大問題であった。

 かつて、欧州などを砂漠化の危機から救った石炭は、煙の中に黒い微粒子と亜硫酸ガスを大量に含んでいたので、大量に使用した場合に湿度が高くなると、微粒子を核にして容易にスモッグが発生した。

 例えば、1952年のロンドンでは、この石炭起源のスモッグによって、喘息など呼吸器疾患が深刻になり、1日で4000人が死亡する大スモッグ事件が発生している。かつて、「霧のロンドン」という、一見ロマンティックなキャッチフレーズがあったが、実はスモッグのことであって、ロマンティックどころではなく、生命の危険さえあったのだ。現在のロンドンでは、石炭が石油と天然ガスによって大半駆逐されたため、霧はめったに発生しなくなった。今、中国でかつての英国と全く同じプロセスが進んでいる。

 だから、第2次大戦後に石炭から石油にチャンピオン・エネルギー源が短期間でシフトしたのである。

天然ガス、原子力の価値は?

 一方、石油より遅れて20世紀前半から米国で一般化してきた天然ガスは、CO2排出量が石油より約3割、石炭より約5割少なく、汚染物質も圧倒的に少ないと言う、より環境フレンドリーなエネルギー源である。今後、この点が石油に対する優位点として重要になってくるし、資源量的にも石油より豊富である可能性が高いが、気体であるために体積当たり熱量が少なくて、パイプライン以外では輸送コストが高くつく。ただし、ガス井戸から高圧で自噴してくるので、エネルギーの産出/投入比率、すなわち大きな拡大再生産可能性は石油と同様である。

 第2次大戦後に実用化された原子力発電は、CO2も化学的な汚染物質もほとんど排出しないので、この点では極めて優れている。資源量的にも、ウラン資源自体は豊富とは言いかねるが、核廃棄物であるプルトニウムも再利用可能なので、事実上、資源量は莫大となる。代わりに、長期の保存管理が困難な放射性汚染物質を排出し、またエネルギー産出/投入比率が石油や天然ガスよりも低くて、コストが高い。

 核分裂反応自体は、核爆弾にみるように凄まじく効率が良いが、それを制御して利用するために、石油・石炭を大量使用して製造した莫大な量のコンクリートと鋼鉄等を必要とするからであり、しかも持ち運び困難な電気にしかならない。

 環境負荷や資源量を別にすれば、石炭も天然ガスも原子力も、石油より劣るとは言っても、薪炭や牛馬、水車、風車などの伝統的な再生可能エネルギーよりは、ずっと効率的なエネルギー源であり、エネルギー源としての価値ははるかに高い。

一世を風靡した「石油は枯渇する」という議論

 化石燃料の歴史は、狼少年の歴史でもある。産業革命から約半世紀たった19世紀初めに、既に英国では20世紀初めに石炭資源は枯渇するという悲観論が沸騰していた。もちろん、英国の石炭は、現在でも品位の高いものが大量に埋蔵されている。

 石油産業発祥の地である米国でも、20世紀の初めに石油は既に枯渇し始めたという議論が沸騰しており、石油会社の株は二束三文になった。第1次世界大戦前後には、アラビア半島には石油は一滴もないと、ほとんどの地質学者と石油会社は信じていた。

 1941年に日本軍が石油確保のために無謀な太平洋戦争を開始しているが、何と既に支配下にあった満州(中国東北地方)の地下に当時の日本の年間石油消費量の何倍もの潜在年間生産能力を持つ大油田(大慶油田群)が存在するとは夢にも思っていなかった。

 1970年代にも、あと30年で石油は枯渇するという議論が一世を風靡した。今から3〜4年前にも、あと3〜4年後、すなわち今頃、石油の生産能力の限界が到来するという議論がマスコミをにぎわしたことは記憶に新しい。

 もちろん、化石燃料は無尽蔵ではないし、人間の時間スケールで新たに生成されるわけでもない。しかし、化石燃料は、原理的には大気中の酸素濃度が有意に低下するまで燃焼させられるほど地下に膨大に存在し、これまでに人類が使用してしまった量は、元々地下に存在していた化石燃料総量の数%にすぎないと考えられる。

 これは、二酸化炭素は大量に含んでいたものの酸素を含んでいなかった原始大気が、数十億年にわたる生物の光合成活動によって、二酸化炭素の炭素と酸素が分離され、分離された炭素の一部は森林など現生生物の体と化石燃料の原料である生物遺骸となり、一方分離された酸素は大気中に蓄積したという地球化学的プロセスの収支計算から導き出せる。

 最も枯渇化や生産能力の限界説が声高に言われている石油でも、地中にある資源量のうち、これまでに人類が消費してしまった量は、資源量を少なく見積もって1/10、多く見積もれば1/15程度である。もちろん、地中の存在量すべてを人類が利用可能なわけでは全くないが、そう簡単になくなるわけでもない。探査・採掘への投資水準や技術革新次第でもあるが、後数十年で枯渇するなどということはあり得ない。

 化石燃料全体では、今のペースで使用し続けても、最低数百年は持つ。過去数世紀間のおびただしい数の枯渇論や生産能力限界説にもかかわらず、地球規模でみれば、実際に枯渇したり、生産能力の限界に達した化石燃料は一つもない。低エントロピー資源たる化石燃料の喫緊の問題は、資源量ではなくて地球環境への負荷、環境制約なのである。(参考文献:石井彰『石油、もう一つの危機』、石油天然ガス金属鉱物資源機構調査部編『石油資源の行方』)

[日経ビジネス]

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Posted by nob : 2009年11月11日 16:16