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それほど甘いものではないけれど、、、諦めずに続けることでの日々の蓄積が将来の在りたい自分自身へと確実に繋がっていく。。。

■セルフヌードをも辞さない女子カメラの深淵
「いい写真だね、と言われることは自分への評価です。その一言がしんどい毎日の糧になるんです」

 セルフヌードの作品を机の上に広げながら、29歳というWさんは、派遣社員として有名企業に勤めていた。写真家を目指したい、と小声で話し、その可能性について私の意見を求めた。

 東京都写真美術館の一室で開催される写真教室。外光は遮断されているが、外は雨の夜。13人の受講者が持ち込んだ湿気が室内を充たしていた。

 ときにはフィルムカメラで作品制作するMIHOIさんは「女性は男性のカメラ志向と異なって新製品に踊らされることはないし、 中古カメラ店を巡ってカメラボディーやレンズをあさることはありません」と話す。

 赤裸々に写されたWさんのヌード作品を、会社帰りのビジネスマンや主婦、フリーランスのカメラマンや学生といった13人が凝視する。そしてそれぞれが講師の私の反応を注視する。

 「セルフヌード、あるいは、セルフポートレートの面白さは? 誰でもいいから答えてみて」

 私の質問にWさんは親指を噛んだ。12人の受講者は口を一文字にして動かない。ながい沈黙。誰かが空調のスイッチを入れた途端に、Wさんの裸体が机から浮いた。その内の一枚が床を滑る。

 カレを撮り続ける鹿野沙也佳さん。彼はときどき写真に没頭することを叱ると話す

 カメラを使って自分を撮影するという自為は、未知の自分に出会えるかも知れない、という可能性を持っている。「私の裸は美しい」と自讃するばかりではなく、コンプレックスに感じる部分や部位をあからさまに写真にするという行為が、自分を見つめ直す契機になる。そこが、セルフヌード、あるいは“自写像”の興味深いところだ。

 密室で三脚を立ててカメラをセットする。裸になってみるわけでもないのに、なんだか気恥かしい。誰も見ていないのに、つい、恰好良く見せようとしてポーズを取ってしまう。裸になればなったで、この角度は耐えられない、などと、シャッターが押せない自分と出会うことになる。

 こうした密室の規制は、写真が元来、他人の目にさらされることを前提としているせいだ。

私なにを撮影すればいいでしょう?

 Wさんのセルフヌードは迫真だった。失礼を承知で言うが、女性の裸の美しさだけをいうなら並み。取り立てて語るほどの肉体美ではない。ただ、なりふり構わない数葉が写真作品として佳作に昇華していた。ヌードにありがちなポーズを取るでもなく、ことさら色っぽいシナを作るわけでもない。なにか、叫んでいるような仕草、髪をかき乱しているカット、部屋の壁を突き抜けようとでもしている姿態…。絵画か何か、どこかで見なれたようなお決まりのポーズ写真との落差は大きかった。その段差についてWさんに訊いてみた。

 「写真を始めたころは、渋谷や住んでいる街(世田谷区)をスナップしていました、でも、何を撮ってもそれ以上のことはなく、表現するほどの作品にまとまっていかない。ヌードも、どれが良い作品でどうしたら駄作か判断しきれません。それをお尋ねしようと思いまして」

 写真としての良し悪しが判らないというのだ。お決まりの、というのは、もちろん批判を含んだ私の言い草で、10年ほど前から、若い女性のセルフヌードが流行った時代を踏まえてのことだった。彼女たちの多くは、写真を世過ぎとしたけれど、何を、どう、撮影していったらよいものかテーマが見つからない。もがいた末に、自分という身近な題材に行き着いたのだ。手っ取り早く「作品」らしきものをを制作することができる。

 写真は実に正直で、撮影者の心情をよく顕わしてくれる。Wさんのセルフヌードの内、注目すべきは肉体による心の”もがき”が画面に漂ういくつかの作品だった。自分は誰? どこへ行きたいのか、何をすればいいのか、写真とは? そういった迷いがストレートに感じられた。

 「ヌード写真として美しく撮影しようと意図した写真には観るべき何物もない。ヌードはこうあるべき、と瑣末な美意識が邪魔をしている」

 そんなことを話した。Wさんは親指を噛みながら聞いていた。そして私にこう問うた。

 「今後は何をどう撮っていくべきでしょう」

 個展を目指したいとフィルムカメラで街をスナップする津田梨可さん

 派遣社員という身分、30歳を目前にした年齢、日常の焦燥や不安、ささやかな事物に対する喜びが表現されているなら、極めてプライベートなシーンでも普遍性を持ち得るだろう。Wさんのセルフヌードが完成するためには、もう少し時間がかかる。ヌードのなかに、日常生活をどのように織り込んでいくのか、都市の四季、通勤途上に通り過ぎる風景や毎日の食べ物、住居のシミや傷といった細部、着衣、履き物の擦り切れ、午前の光、深夜の外光…それらの私的光景の中に、自分の写真をどう編集していけばいいのか、思索と撮影を重ねることができれば、更に深みのある道が見えるかもしれない。

 Wさんは親指を噛むのをやめて「がんばってみます」と吐息のような声で答えた。

写真の入り口は広くてゆるい

 近ごろデジタル一眼レフカメラが売れているらしい。それも女性に売れているという。写真はかつて、ほぼ男の領域だった。確かにそうだったが、ここ 1年くらいの現象として、街や観光地でデジタル一眼レフカメラをぶら下げている女性を、数多く見かけるようになった。中でも若い女性は、オリジナルと思われる可愛らしいストラップをタスキ掛けにして、おしゃれな街を歩いている。

 カメラメーカーの側からいえば、先行きが暗かった一眼レフの市場に、女性ユーザーという新たな市場が生まれたということだろうか…。でも、写真活動をする女性は男性カメラマンのように、新製品が出るたびに心躍り、物欲を満たさんがために無理をするといった行動を取らない。一度購入したカメラを一生物のように大切に扱う。中古市場をハシゴして、カメラやレンズを物色するようなこともまれである。

高校のとき世界にあこがれてカメラマンを意識。「過ぎ行く時代を〜とか現代社会の問題点を〜だとか自己表現〜とか難しいことはまだ考えてないです」と話してくれた河村佳代子さん

 カメラメーカーは、一定の器の中の魚を目がけて、いっせいに網を入れているようなもの。それをすくい取ってしまえば、後はどうなるんだろう、と余計な心配をしてしまう。周到な養殖が行われているのだろうか。

 私の時代の写真は、それなりの覚悟が必要だった。カメラは高価、フィルムや現像代もバカにならない。たとえ高校生といっても取材費もかかる。撮影はもとより暗室技術を習得する必要があった。機械に詳しくならなくてはならない。

 そのような、ある程度の高さをもった敷居を、グッと下げたのがデジタルカメラの登場だった。いまさら言うまでもないことだが、誰にでも、そこそこの写真が撮れるようになった。今まではプロの領域だった動物写真も風景も、ホンの少しレクチャーを受ければ技術を習得していっぱしの写真作品が作れるのだ。カメラの価格も手が出ない高価なものではなくなったし、フィルム代も現像代もかからない。

写真で自立する女性

 大学で英語を教えるIさんは、近ごろ新宿のメーカー系ギャラリーで写真展を開催した。個展に合わせて写真集も発売、彼女の作品の一部はカメラ雑誌で取り上げられた。Iさんが愛用しているカメラはデジタル一眼レフカメラで、レンズは広角から望遠までカバーする。彼女の撮影は実に精力的。撮影目的で街歩きをした日などは、数千カットを収穫する。フィルム時代には考えられないことである。

 「一枚一枚にもっと精魂を込めて撮影すべき、とフィルムで撮影していたころを振り返っています、どうも安易になっているところがあっていけない」

 Iさんの場合はアメリカに留学した高校時代から始めたフィルムカメラの経験があったからこそ、そんな自戒が生まれる。

 私の周囲には社会人でも部活的活動で毎日をエンジョイしている人がいます、と話した小黒ゆいさん

 「フィルム時代もバンバン撮影していましたけど、限度がありました、でもデジタルにしてからは経済的なことを意識せずに撮れるようになりましたからね、でも、問題はカメラではなくて何をどう撮影して作品に仕上げていくかです」

 たしかに、デジタルカメラは撮影と消去を自らにゆだねられるため、撮ろうと思えばいくらでも撮影可能だ。しかし、Iさんが言うように、問題は作品である。1日に数千カット撮影可能なデジタルカメラの特性があっても、1枚の作品ができなければ甲斐がない。

 「デジタルはお手軽なカメラだけど作品制作はフィルムと同様にシビアなものです」

自ら制作した人形を撮影し続ける平石京子さん

 個展と写真集の刊行で、Iさんは写真家としての評価を得るようになった。教員という仕事を持ちながら、写真世界でも独立したということだ。勤務先の大学はもちろん、今まで付き合いがあった写真関係者のあいだでIさんの評価は確実に高まった。

 ことし美大の大学院に進学したHさん。彼女は岩手県の出身で、高校時代は写真部に所属していた。13名の部員の内10名が女子だったという。中学時代から携帯電話のカメラ機能を駆使してきたと話し、

 「高校ではほとんどの人がカメラ付きの携帯電話を持って、雲がきれいだのこんなおいしいもの見つけたと言っては画像を回したものです、ですから、写真にたいする敷居はうんと低かったと思います。友人や好きな動物への愛情というか、被写体に対する敬意が携帯カメラからちゃんとした一眼レフカメラの入手になっていると思います。携帯カメラは単なる記録や記憶のメモでした」

 と若い世代が写真には入りやすい環境にあることを説明し、そのことが、父親世代とは異なった「自然な感覚で本格的なカメラを手にできる」と冷静に分析した。

カメラは自分を磨く道具

 デジタル一眼レフカメラで撮影を楽しむSさんは、4年前大学を卒業し現在はCMの制作会社に勤務する26歳の女性。

 「開設している自分のブログは自己表現ですね。カメラはコミュニケーションツールを作るための重要な道具です」

 Sさんのブログには、日常生活の中で眼にした風景や人物、花や食べ物などが掲載されている。大学で映画を専攻したという経歴からか、物語性のあるスライドショーや写真の一枚一枚にドラマが感じられる。だからといって、プロカメラマンや写真作家を目指しているわけでもない。あくまで自己表現。見知らぬブロガーとのコミュニケーションを楽しんでいるのだ。仕事をたいせつな生活の基盤と捉え、写真は日々の愉楽。同時に、自分の価値を上げるための手段にもなっている。

 彼女がリンクしている他のブログをのぞいてみて、少々おどろいた。写真が佳いのだ。そうとう気張って撮影しているな、という感想を持った。彼女たちは、ブログに掲載する写真を本気で撮っている。

 精一杯、自己表現にいそしんでいるのだ。

 それにしても、ここのところの女性の写真世界への進出は”凄い”としか言いようがない。ところが、カメラを飾りのように肩からぶら下げている人は別次元として、今日まで出会ってきた写真志向の若い女性、彼女たちの多くは自分の行くべき道を探っている、といった印象が強かった。

父親の形見となった一眼レフカメラで静謐な光景を撮り続ける糸瀬早紀さん

 いま何をやれば40代50代の自分は幸福なんだろう…しかし、彼女たちの行くべき道は、もしかしたら無いのかもしれない、とも思わせた。

 「だって、就職できないじゃないですか。たとえ会社に入っても終身雇用が約束されるわけでもないし、せめて写真好きの仲間やブロガー同士、意見交換しながら自分を高めるために何か有意義と思えることをやるしかない」

 と話すTさんは、ことし有名大学を卒業したが、今のところ就職できていない。NPO法人でアルバイトについたものの「切ないほどのお給料です。でも好きな映画の仕事ですから楽しみも見出しています」と現状に甘んじている。それでも、写真を撮るという行為が支えになっていると話し「いつかきっと写真家として自立してみせますよ」と明るい声が返ってくる。こうしたケース、ひとつ間違えば引き籠りになってもおかしくないのに、ここにも、写真に救われている女性がいたか、と写真の幸福を教える立場にありながら、なにか胸を撫で下ろしたい気分になる。

 私はこれまで、彼や彼女たちの多くの作品を見せてもらい、そのやわらかい胸裏に触れてきた。作品のほとんどが日常の隅々を撮影したものだ。セルフヌードしかり、毎日の食べ物、通勤電車から見える風景、雲、野良猫やペット、彼氏や彼女を撮り続ける人もいる。おしなべて、何か確かなものを掴もうとしてもがいている。

 そう、彼女たちは自分探しの旅の途上にあるのだ。唯一のものに出会いたいと念じている様子が、写真から読み取ることができる。

 彼女たちは良い写真が撮影できるようになること、つまり、個人力を高めることが自分という人物評価につながる、と信じる女性たちだった。自分の分身でもある作品をブログやツイッターに公開するために、数十万円かけても高機能のデジタル一眼レフカメラを購入する。写真教室に通い、大学卒業後に専門学校にも入学する。

 彼女たちは、父親の時代とは異なって、今や、企業の名前や学歴が、最終的には自分を救ってくれない、と身をもって知っているのだろう。そのために、自らに力を付けようと努力する人たちなのだ。

 ある高名な写真家の個人塾に籍を置くフリーデザイナーのIさん。昨年、青山で初の個展を開いた彼女が言う。

 「写真は自分を支え探るための道具です。いい写真だね、と言われることは自分への評価ですから、いつもそんな褒め言葉を望んでいるんです。その一言がしんどい毎日の糧になるじゃありませんか」

[宮嶋 康彦/日経ビジネス]

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Posted by nob : 2010年05月26日 01:49