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拍手、、、これぞ個人経営の極み。。。

■ルミネに立ち向かった喫茶店
新宿の有名店「ベルク」を存続させたファンの力
瀬戸 久美子

 また1つ、大切な店が消えた。

 連絡が来たとき、街は既に夕暮れ時を迎えていた。「今日中に出て行けと言われた」。都内某所にある行きつけのビストロの主人から、そうメールが入った。メディアにもたびたび登場し、ファンも多い人気店だ。10年近くの間、競争の激しい一等地で営業を続けてきた。

 経営が赤字だったわけでも、契約違反があったわけでもない。ただ、スポンサー企業の業績が悪化し、急遽、店を閉めるよう言われたとのことだった。釈然としないまま、会食後、最終の電車でその店に向かった。店内では企業側の担当者や行きつけのファン、飲食店関係者らが渋面を作っていた。

 荷造りには数時間を費やした。店の味を支え続けた鉄鍋やミルクパンや秤を抱えて店を出たとき、時計の針は明け方の4時を回っていた。虚脱感を覚えながら各々無言でタクシーに乗り、慣れ親しんだ店を後にした。

 個人店が消えてゆく。

 「先月まであった店が、今月行ったらなくなっていた」。最近、そんな話を耳にすることが増えた。理由の1つにはもちろん、各店舗の業績の悪化がある。熾烈さを増す価格競争に、内食需要の高まり。外食業界にとって厳しい状況が続いているのは間違いない。

 だが、個人店が存亡の危機にさらされている理由はそれだけではない。たとえ繁盛店であっても、パトロンや家主の都合1つで立ち退きを迫られることがある。先々まで予約が入っていても、長年通い続けるファンがいても、「閉店」の看板を掲げざるを得なくなることがあるという現実を、私は改めて目の当たりにした。

 人生の節目でお世話になった店だった。しばらくの間、無力感に苛まれた。そんな折、大手企業と対峙しながらも営業を続ける、ある喫茶店のニュースを耳にした。
契約の見直しから一転、立ち退き要求へ

 JR新宿駅東口の改札から歩いて15秒。「ルミネエスト」地下1階に位置するセルフ型のドイツ風カフェ「ベルク」は新宿駅の名物店だ。平均で5割弱という高い食材原価率を守りながら、看板商品の「ベルク・ドック」(304円)をはじめ200種類以上のメニューで顧客を引き付ける。15坪ほどの店内では、森山大道氏をはじめ名だたる写真家の個展などを開催し、文化人のファンも多い。連日、昼夜を問わず1500人近い顧客が立ち寄り、ホットドックやドイツビールを片手に、店内に漂う「ベルク・カルチャー」に身を傾ける。

 年間売上高は1990年以降、右肩上がりを続けている。一見、個人店の中でも「勝ち組」に見えるベルク。だが、その裏では過去5年にわたり、ルミネとの間である闘争を続けてきた。なお、この件についてルミネに取材を申し入れたところ、「契約については当事者間のものであり、コメントは差し控えたい」との返答があった。以下はベルクならびに周辺取材を通じてまとめたものである。

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駅ビル「ルミネエスト」地下1階にある「ベルク」。1970年に純喫茶として開業し、1990年に現在の店主である井野朋也氏がセルフ型のカフェに転換した。

 ベルクがJRの子会社で駅ビルを運営するルミネに呼ばれたのは、2007年のことだった。

 「契約を結び直したい」。それは突然の申し出だった。

 事の発端は、2006年4月に「マイシティ」(当時)の家主だった新宿ステーションビルディングが、同じJR傘下のルミネに吸収合併されたことにあった。ベルクが入居していた駅ビルは名称を「ルミネエスト」と改め、20代〜30代女性を囲い込むべく店舗のリニューアルが進められた。

 そんな中、ルミネがベルクに持ちかけたのは、それまでの「普通借家契約」から期限付きの「定期借家契約」への変更だった。

 定期借家契約は、借地借家法の改正により2000年から導入された賃貸契約の新制度だ。普通借家契約の場合、何もしなければ自動的に契約が更新される上、貸主は「正当な理由」がない限り契約更新を拒否できなかった。一方、定期借家契約では、貸主は立ち退き料を払うことなく借家契約の更新を拒否できる。

 書類にサインすれば、営業権という「命綱」をルミネ側に握られることになる——。事前に定期借家契約の「特性」を熟知していたベルクの井野朋也店長と迫川尚子副店長は、この申し出を突っぱねた。

 井野店長によると、200以上あるテナントのうち、ベルクを含む4店舗を除いて全てのテナントが定期借家契約に応じたという。そして、歯向かったベルクに対し、ルミネは立ち退きを迫った。

 「JRを敵に回すと、ろくなことがない」

 「楯突いても無駄だ。諦めたほうがいい」

 周囲からは、そんな声も聞かれた。井野店長と迫川副店長は悩みに悩んだ。そして3カ月後、ある「賭け」に出た。ベルクの公式ウェブサイトと店内で配布しているミニコミ誌に、ルミネ側から立ち退きを要求された事実を公表したのだ。

 現状を打ち明ければ、長年のファンや取引先を立ち退き問題に巻き込むことになる。家主に楯突く個人店として、ルミネのみならず一般消費者からの批判も浴びかねない。迷いはあった。だが、「ルミネに対する誹謗中傷としてではなく、自分たちが置かれている現実をベルクのファンに知ってもらう必要があると思った」(井野店長)。定期借家契約を迫るやり方に警鐘を鳴らしたいとの思いもあった。

 そして、この決断が思わぬムーブメントを巻き起こす。
「自分たちだって当事者」と立ち上がったファン

 立ち退き問題を知り、真っ先に反応したのは数人のコアなベルクファンだった。即座にベルクの応援サイト「LOVE! BERG!」(ラブベル)を立ち上げ、ベルクファンの声を募った。

 「常に、誰にでも、高い質のサービスを提供してくれる。ベルクは新宿の良心です」

 「ルミネとベルクが一緒になっている思い出を持つ私としては、どちらもそこにあって欲しい」

 「ベルクを新宿の文化遺産に」

 開設直後から、サイトには熱いメッセージが続々と寄せられた。「自分たちだって問題の当事者だ」。ベルクの営業継続を望むファンは、サイトに集まったメッセージを冊子にしルミネ側に提出した。

 ファンの声に勇気づけられた井野店長は2008年1月、店内に署名箱を設置した。「ベルクの営業継続を求める請願署名」の数は、1ヵ月半で5000人を突破。半年で1万人分を超えた。

 一連の騒動による波紋は広がり、ついには国会でも取り上げられる。2010年10月に開かれた参議院法務委員会で民主党議員がベルクの立ち退き問題について質問。黒岩宇洋大臣政務官(当時)は「借地借家法上、借主(ベルク)が家主(ルミネ)による定期借家契約の強要に応じる義務なし」と答弁している。

 とはいえ、法的に出て行く義務がなくとも立ち退きを求められている事実に変わりはなかった。来店客数が急速に落ち込むことはなかったが、立ち退きという言葉が付きまとうだけで消費者に対する店舗のイメージダウンは免れない。

 一方で、ルミネ側も様々な不測の事態に見舞われる。2011年3月の東日本大震災。2011年5月には、ルミネの社長だった谷哲二郎氏が遺書を残してこの世を去る。2012年6月には、ルミネの立役者と評されてきた花崎淑夫会長の退任が決まる。そして2012年10月、ベルクとルミネの5年越しの騒動に転機が訪れる。
何が個人店を支えるのか

 「嬉しいお知らせです。ルミネさんから、通知が届きませんでした」

 その日、ベルクのブログはこの一言から始まっていた。

 現在、ベルクとルミネの契約期限は2013年3月いっぱいとなっている。そこでルミネが契約を終わらせたければ、半年前に当たる2012年9月にその旨をベルクに通知する必要がある。普通借家契約であるため、ルミネから通知がなかったことは、契約が2年後の2015年3月末まで自動更新されることを意味する。

 「お客様からのベルク営業継続を求める声や、2万名近い署名を無視できない」。ベルクの井野店長によると、ルミネはベルクに対し、そう表明していたという。報告を受けて、ベルク応援サイトには「やったねベルク!」の文字が躍った。大手企業の「資本の論理」に店舗とファンが立ち向かい、「個性と文化」の継続を勝ち取った瞬間だった。

 勿論、これで一連の問題が完全に終結したとは言いがたい。だが大きな節目を迎えつつあることは確かだ。

 点在するファンがネットを通じて1つの体となる。そこから生まれる消費者の底力は時に大手企業を揺さぶり、個人店を支える大きな力となり得ることをベルクのファンは世に知らしめた。

 この5年間、井野店長の元には他のルミネやJR系列の駅ビルを立ち退いたり、同様の状況下にある店主から様々なメッセージが寄せられたという。「定期借家契約」の詳細を理解せぬままにサインし退店に追い込まれた人。「家主に逆らうことは許されない」と自ら身を引いた人。誰にも相談できぬまま、諦めの境地に至った人。窮地に追いやられる個人店が未だ存在する中、今回のベルクの事例に他店が学べることは少なくないだろう。

[日経ビジネス]

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Posted by nob : 2012年11月14日 07:30