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変革につながるのは、リーダーとしての流麗な弁舌ではなく愚直な実行。。。

■ハーバード大教授が徹底解説!オバマ広島訪問の本当の理由
サンドラ・サッチャー教授に聞く

佐藤智恵 [作家/コンサルタント]

ハーバードビジネススクールでリーダーシップの専門家として数多くの講座を受け持つサンドラ・サッチャー教授。特にリーダーの決断とモラルについて議論する選択科目「モラル・リーダー」は、ハーバードの看板授業だ。授業でトルーマン大統領(当時)の原爆投下について教えているサッチャー教授は、今回のオバマ大統領の広島訪問をどのように評価したのか。徹底解説してもらった。(聞き手/佐藤智恵 インタビュー〈電話〉は2016年5月29日)

オバマ大統領の広島訪問に対する
ハーバード大教授の評価とは?

佐藤 サッチャー教授はハーバードでトルーマン大統領の原爆投下について教えていますが、今回のオバマ大統領の広島訪問をどのように評価しますか。

サッチャー オバマ大統領はとても勇気ある決断をしたと思います。中国や韓国など、日本政府が日本の戦争責任をめぐる論議を終わらせてしまう口実になるのではないか、という懸念を示した国もありましたから、複雑な政治状況であったことは確かです。そんな中で大統領は現在の政治状況を包括的に見た上で、広島訪問を決断しました。

 リーダーシップの観点から見ても、オバマ大統領は正しい決断をしたと思います。なぜなら彼は広島で3つの重要なメッセージを世界に伝えることができたからです。

 1つめは、原爆投下という歴史から学ぶこと、原爆の犠牲者や遺族に人間としての思いやりを示すことがいかに大切かということ。2つめが、アメリカは自国の行動について責任をとる国なのだ、ということ。そして、最後に、どの国にとっても、自国の歴史と向き合い、歴史から学ぶことは重要だ、ということです。

佐藤 オバマ大統領は、世界の模範となるリーダーシップを示したと言ってもいいのでしょうか。

サッチャー とても力強い「モラルリーダーシップ」(道徳的なリーダーシップ)を示したと思います。現職大統領の広島訪問は、オバマ大統領のリーダーシップなくしては実現できなかったでしょう。

広島訪問に込められた5つの目的

佐藤 広島でのオバマ大統領の演説は、私たち日本人だけではなく世界の人々の心を打つ歴史的なスピーチであったと思います。サッチャー教授は、この演説内容をごらんになって、オバマ大統領のどのような思いを感じましたか? 大統領の広島訪問の真意はどこにあったのでしょうか。

サッチャー オバマ大統領のスピーチの全文を注意深く読み解いていくと、広島訪問には5つの目的があったことが分かります。

 まず1つめは、原爆投下の犠牲者を哀悼することです。オバマ大統領は多くの方々が亡くなったことだけではなく、死に至るまでの過程でどれほど苦しんだかについても言及しています。例えば、次のような箇所です。

「私たちは、(原爆投下によって亡くなった)10万人を超える日本人の男性、女性、そして子どもたち、数千人の朝鮮半島出身者、12人の米国人捕虜を悼むために(広島を)訪れるのです。

 ここ広島の中心に立てば、原子爆弾が投下された瞬間、人々がどんな思いをしたか、想像せざるをえません。目の前で起きた出来事に、子どもたちはどれほど混乱し、怖い思いをしたか。それを感じ、彼らの無言の叫びに耳を傾けるために広島を訪れるのです。あの恐ろしい戦争で、それ以前、あるいは、それ以降に起きた数々の戦争で、多くの罪なき人々が亡くなりました。私たちは犠牲となった全ての人々のことを忘れないために、ここを訪れるのです」

(出所:ホワイトハウス公式ウェブサイト、翻訳:筆者、以下同)

 2つめは、人間の絆、つまり、すべての人間は、人間性という共通の絆でつながっていることを伝えることです。それは次のような箇所に象徴されています。

「私たちが広島を訪れるのは、愛する人々のことを思うためです。朝一番に笑顔を見せてくれる子どもたち、食卓越しに優しく手を触れてくれるパートナー、そして、愛情いっぱいに抱きしめてくれる父親や母親。こうした人たちのことを思い浮かべれば、71年前、亡くなった人々にも同じように大切な人との大切な時間が流れていたことが分かります」

 3つめは、“人類が抱える根源的な矛盾”について語ることです。彼はその矛盾を次のように説明しています。

「私たちの思考力、想像力、言語能力、道具を作る能力、自らを自然と区別し、自然を意のままに変化させる能力、これらは人類だけが持つ特別な能力ですが、同時にとてつもない破壊力をもたらすものでもあるのです」

サッチャー 4つめは、世界の国々にとって、自国を防衛することは必要不可欠なことですが、武力を行使する際には、道徳的なルールに基づいていなければならないということです。意見が違う人々に対しても、人間性を尊重しなさい、というメッセージが、次のような箇所から読み取れます。

「広島はこの真実を教えてくれます。人間社会が科学技術と同じスピードで進化していかない限り、技術が人類を破滅させることもあるのです。科学の分野で原子分裂という革新がおこったのであれば、同じように人間社会のモラルもそれに応じて革新していかなければなりません。

 私たちは戦争そのものへの考え方を変えなくてはなりません。外交によって紛争を防ぎ、すでに始まった紛争については終結させる努力をしなければなりません。世界の国々はますます相互依存を高めるようになっていくことでしょう。しかしそれは、暴力的な対立ではなく、平和的な協力関係につなげていくべきです。他の国を破壊する能力ではなく、何を築き上げてきたかによって、国としての価値を評価されるべきなのです」

 そして5つめは、歴史から正しい教訓を学び、よりよい世界を築き上げることに貢献してほしいという願いを世界の人々に伝えることです。

「なぜ私たちはここ、広島を訪れるのでしょうか。そう遠くない昔に、この地に放たれた恐ろしい力について深く考えるためです。(中略)ここで亡くなった方々の魂が私たちに語りかけます。自らの心の中をのぞき、あなたは何者で、何ができるかを考えよと。

 私たちには、歴史を直視する責任があります。こうした悲惨な出来事が二度と起こらないようにするために何が出来るかを自問すべきなのです。

 何よりも大切なのは、私たちが人類の一員であることを認識し、お互いの関係をよりよいものにしていくことです。これもまた、人類だけがもつ特殊な能力です。私たちの運命は遺伝子によって決まっているわけではありません。過去の失敗を繰り返すように定められているわけではないのです。私たちは学ぶことができるし、選択することもできる。子どもたちに新しい物語を伝えることができます。戦争が起こることもなく、残虐な行為が許容されることもなくなった、新しい世界の物語を伝えることができるのです」

すべてのリーダーをめざす人々に
模範的な行動を示したオバマ大統領

佐藤 確かにサッチャー教授に分析していただいた上で、演説をあらためて読み返すと、「広島を訪れる理由」が何度も強調されていることが分かります。

 戦後71年たった今年、現職の大統領による広島訪問は、なぜ実現したと思われますか。やはりオバマ大統領でなければ実現できなかったでしょうか。

サッチャー オバマ大統領の行動から判断するに、彼は何よりも被爆者の方々に直接会いたかったのだと思います。彼は思いやりに満ちたリーダーで、これまでもアメリカ国内でも様々な事件の犠牲者のもとに自ら出向き、面会しています。

 アメリカが冒した行為によって苦しんできた人々に、大統領自らが会いに行き、彼らのことを思いやる。これはすべてのリーダーをめざす人々にとって模範になるのではないでしょうか。

 日本の被爆者、そして、遺族の方々もまた、オバマ大統領の気持ちを思いやっていたように思います。現職のアメリカ大統領として広島を訪れ、「広島で起きた悲惨な出来事から教訓を学びましょう」というのは、道徳的な葛藤もあったと思います。しかし、そうした葛藤や大統領の思いを被爆者の方々も深く理解していたように感じました。

佐藤 アメリカ国内でも事件の犠牲者に直接、会いにいったとのことですが、最近ではどのような例がありましたか。

サッチャー 最近では米カリフォルニア州の福祉施設で発生した銃乱射事件で犠牲者となった方々の家族に直接会いに行きました。

佐藤 2015年12月、カリフォルニア州サンバーナディーノで14人が犠牲者になった銃乱射事件ですね。ミシェル夫人とプライベートで訪れ、犠牲者の遺族らと3時間近くにわたって面会したそうですね。

サッチャー そうです。アメリカでは銃規制が不十分であるために、銃による事件が後を絶ちません。そのため、オバマ大統領はいわゆる“銃犯罪による犠牲者の喪主”としての役割を担い、犠牲者や遺族に思いやりを示すことによって、銃がもたらす危害を訴えているのです。アメリカだけではなく他国でも同じ問題を抱えていますが、オバマ大統領は、銃規制を強化しなくてはならないという姿勢を明確にしています。

 オバマ大統領は、共感力の高いリーダーであり、傷ついている人々の気持ちに寄り添うことができる人なのだと思います。広島訪問は、こうしたオバマ大統領の人間性を象徴していると思います。

オバマ大統領のモラルリーダーシップは
いかに形成されたか

佐藤 オバマ大統領はなぜ犠牲者や弱者に対して、特別な思いやりを示すのでしょうか。やはり彼が国際的な環境で育ってきたことも影響していますか?

サッチャー オバマ大統領が最初に執筆した自伝『マイ・ドリーム―バラク・オバマ自伝』には、彼が若い頃、アイデンティティー問題に苦しんだことが書かれています。

 彼は「自分が何者であるか」について常に考え、その現実をありのままに受け入れようとしてきた人です。ケニア出身の父親とアメリカ人の白人の母親との間に生まれたことが、自分の人生にどのような影響を与えてきたか、について、かなりのページを割いて書いています。『こうした両親のもとに生まれたことは、多くの利点をもたらしたが、同時に人生を複雑にもした』『自分は何者であるかを問い続けることで、ようやく人生が満たされた』といった内容が書いてありました。

 オバマ大統領は、ハーバードロースクールを修了後、シカゴのコミュニティーオーガナイザーになります。そこで恵まれない黒人の人々が、必要な社会資源が得られるように、行政に訴えかける活動をはじめたのです。コミュニティーの人々がお互いに協力しながら生活を向上させ、生活環境を改善するための手助けをしました。

 つまり彼には政治家になるまでの過程で、自分のアイデンティティーを追求してきた長い歴史があるのです。自分の生い立ち、インドネシアでの居住経験、家族環境などすべてを受け入れようとしました。だからこそ、彼の考え方は国際的なのだと思います。世界には様々な人々がいて、それぞれ自分とは違っている点もあれば、共通点もある。その事実を偏見なく受け入れられるのです。

佐藤 オバマ大統領が広島訪問を決断するにあたって、最も大切にした価値観は何でしょうか?

サッチャー 人間にとって最も重要な価値観とは何か、を考えて、決断したと思います。人間同士をつなげている価値観とは何だろう。人々がよりよい市民となり、お互いの意見を尊重するような世界にするために必要な共通の価値観とは何だろう。私たちが過去、そして、未来の行動に対して責任をとるために、そして、人間がさらに学び、変化し、成長していくためには、どんな価値観が必要だろうか。こうしたことを考えて決断したと思います。

「平和」と「核なき世界」というのは単なるスローガンではありません。どれほど実現が困難で、多大な時間と労力を要したとしても、現実的な目標であるべきなのです。

佐藤 「人間にとって最も重要な価値観」とは、一言でいえば、道徳観のことでしょうか。

サッチャー そうです。人間としての道徳観です。モラルリーダーシップの核心は、他人の人間性を尊重することです。それはまさにオバマ大統領が広島での演説で伝えたことであり、広島を訪問するという行動で示したことです。同じように、オバマ大統領を受け入れた被爆者の方々もまた、高い道徳観を示されたと思います。

 私は個人的に被爆者の方々が謝罪を求めるのではなく、核なき未来を実現してくださいと伝えたことに、とても感銘を受けました。被爆者の方々は、私たちには現在だけではなく、次世代のために未来を築き上げる責任があることを示しました。これは非常に重要で、道徳的な行為であったと思います。

佐藤 被爆者の方々もまた、モラルリーダーシップを示した、と考えますか。

サッチャー そのとおりです。これほどの苦しみを与えた相手に対して、怒りや恨みを持ち、「生きている限り、絶対に許さない」と思うのも当然のことです。にもかかわらず、被爆者の方々は、「核なき世界の実現に向け、一緒に取り組みましょう」とおっしゃった。これは人間の精神の偉大さや高い品格を象徴する姿勢であり、被爆者の方々は日本だけではなく世界中の人々の模範となるリーダーシップを示したと思います。

[DIAMOND online]

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Posted by nob : 2016年06月07日 13:52